スネイプ(♀)の一人称はなぜ我輩なのか? 作:ようぐそうとほうとふ
ハリー・ポッターのクィディッチデビュー戦はダンブルドアの危惧したとおり、何者かによる妨害が起こった。呪文攻撃というものはあとからの立証が困難であり、教師陣は危険性は理解しつつも犯人の特定は不可能であると結論づけた。
しかし、スネイプには犯人の目星はついている。
“
本当にやつが魔法をかけていたのか、反対呪文に全力を注いでいたため判別できなかった。杖なし魔法はかなりの集中力がいる。だが今思うと、その場でクィレルをひっ捕らえても良かったかもしれない。
なぜか自分のローブが燃えだしたときは、集中が途切れてゾッとした。箒の制御を取り戻す寸前だったのに。
だがクィレルも他の教師と同様、炎に驚いたらしく、次箒を見上げたときにはハリーは自由に空を舞っていた。
ハリーが箒から投げ出されてもきっとダンブルドアが助けていたに違いないが、あの時ばかりはさすがのスネイプも冷や汗が出た。
一方で当事者のハリーは、勝利の余韻がしばらく続き、自分が命の危機に瀕していたことを忘れていた。だが試合後、ハグリッドの小屋に行くと興奮した様子のロンがハリーを抱きしめて、ようやくさっきの制御の利かない箒の恐ろしさがわかってきた。
「スネイプだよ、ハリー!スネイプが呪文をかけてた」
「スネイプが箒に呪文を?そんなのありえねえ!」
ハグリッドはロンの主張に対して大きな手をブンブンと横に振って否定した。
「でもハリーを凝視してなにかを唱えていたのよ?杖無しで魔法をかけるのはとっても集中力がいるでしょう。あれは間違いなく、呪文よ」
ハーマイオニーは自信があるようだった。だがハグリッドは呆れ顔で、その推理を否定する。
「はあ、お前さんたち…スネイプは“先生”なんだぞ?生徒を殺そうとするなんて…」
「先生だからって生徒を殺さないとは限らないだろ」
「ロン、そういうことを言ってるんじゃない。第一スネイプのことはダンブルドアが信用しているんだ」
「えっ。そうなの?」
「そうとも。確かにスネイプは…その…誤解を受けやすいのかもしれんが…」
ハグリッドがスネイプをかばう理由は“ダンブルドアが彼女を信用している”につきるらしいが、それはむしろハーマイオニー、ロンの疑念を深めるだけだった。
一方でハリーはスネイプ犯人説について懐疑的だった。
「確かにスネイプは僕のことをめちゃくちゃ嫌ってる。…でも、殺そうとなんてするかな…」
スネイプが落とした羊皮紙を反射的に拾ってしまい、手渡さなきゃいけないとき、ハリーは激しく後悔した。
スネイプが顔を上げたとき、てっきりいつものように蛇蝎のように憎悪の眼差しを向けられると思った。しかしそこにあったのは、意地悪な仮面をつけ忘れた女の子のようなきょとんとした顔だった。
普段あんなに苛立たしげで嫌味たっぷりで意地悪な笑みを浮かべているスネイプの顔が、自分を見つめるほんの数秒だけ別人のように見えた。
眉間にシワがなく、口もへの字じゃないスネイプの表情。初めて見た。同じ人間でも表情一つで印象が全く違うなんて。
その時の印象は、
いつも意地悪なスネイプならともかく、あんなに悲しげな顔をしている人が誰かを傷つけようとするものだろうか?
それをちゃんと二人に伝えるのは難しく思えた。ハリーはうーんと唸ってなんとか言葉を捻り出そうとする。そんなハリーを見てロンがからかうように言った。
「まさか、魔法にかかってるのハリー?」
「えっ?!呪いをかけられたの?!」
フレッド、ジョージの文脈をしらないハーマイオニーが真に受けて動揺する。ハーマイオニーはおそらくこの手の冗談を好かない。
「違うよ!やめろよロン!」
すでにスネイプが脚を怪我していることはロン、ハーマイオニーの二人には伝えてある。それがどうやらハーマイオニーに余計な発想を与えてしまったらしい。
ハーマイオニーは咳払いをしてから饒舌に話し始めた。
「ねえ、スネイプはトロールが地下牢に行った日になぜか遅れて現れて、足を怪我していたんでしょう?一体どこに行ってたのかしら」
「え?うーん、足元が見えなくて階段から落ちたとか?」
ハーマイオニーはロンを無視した。
「いささか論理が飛躍しているんだけど…聞いて。ハリーの箒、グリンゴッツ侵入事件…私は、最近起きた事件について共通の犯人がいるような気がしてならないの」
ロンはハーマイオニーの女探偵のような語り口から何かを察したらしい。驚き混じりの声色でまたハーマイオニーの言葉を遮った。
「まさかスネイプが三頭犬に噛まれたって、そう言いたいのか?」
「おい、なんでお前さんたちがフラッフィーのことを知っているんだ?」
「え…ハグリッド、あの犬知ってるの?」
それに真っ先に反応したのはハグリッドだった。ハリーは驚いて聞き返した。
ハーマイオニーは推理ショーを遮られた苛立ちがフラッフィーという名前を聞いて吹っ飛んでしまったらしい。ボロを出したハグリッドをじっと見つめている。
「あっ!全く俺ときたら…。聞かんかったことにしてくれ!」
「ねえちょっと!ハグリッド、もしかしたらスネイプはフラッフィーの守るものを狙ってるのもしれないのよ」
「そうだよ!教えてよ、あの犬なんなの?」
「扉の下に何があるの?」
自分のミスをきっかけに矢継ぎ早に飛んでくる質問にハグリッドは明らかに動揺し、混乱していた。
「お前さんたち、決めつけて話すのもいい加減にしろ!スネイプは絶対にそんなことはせん。断言する。全部忘れるんだ…そもそもあれはダンブルドアとニコラス・フラメルの…」
「ニコラス・フラメル?」
ハグリッドはしまった!という顔をした。そしてもう、口を利くのをやめてコーヒーの入った鍋みたいなポッドを無意味にかき回すだけになってしまった。
三人は黙秘するハグリッドを置いて、暗がりの道を足早に寮へと戻った。
「ねえハーマイオニー。さっきのことだけど…たしかに僕たち、決めてかかり過ぎだよ」
「…確かに、足の怪我については飛躍が過ぎたわ。でもスネイプは確実に、何かの陰謀に関わっている。だってあなたの箒に呪文をかけていたのは確かだもの」
ハリーは黙った。
本当にスネイプが箒に魔法を?
自分がそこまで憎まれているとしたら、学園生活はもうほとんど絶望的だ。
深刻な空気を帯びてきた会話に、ロンが咳払いして軽い調子で提案した。
「まずは犯人よりも、あの犬が何を守ってるのか知るべきじゃない?」
ロンの言うとおりだった。今一つ、絶対的に確かなのは、ニコラス・フラメルという人物が三頭犬の守るなにかと深く関係していることだ。
そしてもう一つ、ハリーは大切なことを忘れていた。
「しまった!僕たち大急ぎで帰らないと。寮で祝賀会があるんだった!」
ハーマイオニーはニコラス・フラメルを調べることでスネイプ=犯人説について一度は矛を収めたものの、疑念は簡単には拭えないようで、たまに図書館に見回りに来るスネイプをつぶさに観察していた。
ハリーはハリーで、ハグリッドの小屋ではスネイプを庇ったものの、以前よりもエスカレートしていく授業中のいやみったらしさに、庇ったことを後悔しそうになっていた。
羊皮紙を拾って以後、心なしかスネイプのハリーに対するあたりが強い。
前なんて、マルフォイが授業時間すべてを使ってハリーとロンをぺちゃくちゃ煽り倒しているというのに注意の一つもしなかった。
そればかりかこれみよがしにマルフォイのおでき治療薬にA+をつけ、ハリーの薬にはCをつけた。
「ポッター、休暇に浮かれるにはまだ早いぞ。我輩としては、こんな魔法薬を作る生徒が休暇などとることを疑問に思うがね」
この前見たあの表情はハリーが見た幻か、たちの悪い錯乱呪文でもかけられたからなのかもしれない。やっぱりスネイプは悪巧みの最中で、あわよくば自分をホグワーツから追い出すつもりなのだと思い始めてきた。
スネイプはクリスマス休暇が近づいて、大きなクリスマスツリーが飾られて構内に浮かれた雰囲気が漂ってももしかめっ面だった。
クリスマス休暇にわざわざ学校に残る生徒はそう多くない。ニコラス・フラメルについてはハーマイオニーに任せっぱなしで、ハリーとロンは二人っきりの寝室で大いに遊んだ。
ロンのチェスの腕はなかなかのもので、たとえ休暇いっぱいチェスの勉強に費やしても勝てる気がしなかった。
なによりハリーが嬉しかったのは、はじめてのクリスマスプレゼントだ。中でも透明マントはこの学校生活に大いなる恩恵をもたらすだろうと確信した。
飾り付けも、料理も、何もかもがこれまで生きてきた中で一番楽しい思い出になった。学校に残るという選択はかつてなく正しかった!
クリスマスを満喫したハリーは、ベッドで満腹の腹を摩りながら、今日一日を振り返った。そして透明マントが“ニコラス・フラメル”の謎を解くのにこの上なく役に立つことに気づいた。
このマントさえあれば、いつもはマダム・ピンズが目を皿のようにして見張っている閲覧禁止の棚にだって入り込める。
マントに添えられた“上手に使いなさい”というメッセージを思い出し、ハリーは早速それを羽織った。
向こうの景色が透けて見える。不思議な感じだ。自分で持ってるランプが宙に浮いて見えるのはたとえわかっていてもゾッとする。
ハリーは慎重に、絶対に物音を立てないように行動したつもりだった。しかし、音を立ててはいけないと強く念じれば念じるほどに動きはぎこちなくなってしまう。
なんとか閲覧禁止の棚にたどり着き、目についた本をとった。そおっと表紙を開けた途端、本の中から背筋も凍りつくような絶叫が響いた。ハリーは思わず飛び退いて、すぐそばに置いていたランプを蹴っ飛ばしてしまった。
あわてて本を閉じ、どこかへ転がっていったランプ本体を探そうとすると、シューッという音が聞こえた。目で確かめるまでもない。管理人フィルチの忠実な猫、ミセス・ノリスだ。
ハリーはマントを翻して図書室から脱出した。すると図書館の方へ向かってくる足音が聞こえた。
ハリーはとっさに方向転換して、隙間の空いていたドアにすっと体を滑り込ませた。
廊下の向こうではスネイプとフィルチが話している声が聞こえる。
呼吸を気取られないように、ハリーは口を塞いでゆっくり周囲を確認した。
どうやらそこは使われていない教室らしかった。もう何年も換気をしてないんだろうか?空気がひどく埃っぽい。だが、教室にしてはちょっと変わったものが置いてある。
しゃがみこんだハリーの目の前に、天井まで届く大きな鏡があった。
その金枠の上部にはこう書かれていた。
「すつうを みぞの のろここ のたなあ くなはで おか のたなあ はしたわ……?」
スネイプは学生時代、クリスマス休暇が嫌いだった。あの冷え切った我が家に帰るか、誰もいない地下の談話室で一人過ごすかの2択で、しかもどっちを選んでもリリーはいない。けれども教師になってからは嫌いじゃなかった。
やかましい生徒たちはいないし、自分の部屋はあるし、何よりホグワーツの冬の空気は肺にしんと染み込む感じがして好きだった。
頭痛の種、ハリー・ポッターが学校に残っているとはいえ夕食に顔を出すか出さないかは自分で決められたし、子供というのはなぜか雪で遊びたがる。屋内にいればまずばったり会うことはない。
スネイプはクィディッチの試合以来、ずっとクィレルに目を光らせていた。とはいえ、休暇中の外出先までは監視することはできない。
スネイプはじっくりとクィレルの不審な行動について考える時間を得たわけだ。
ダンブルドアはクィレルの背後に名前を言ってはいけない例のあの人の存在を感じているようだった。しかし、本当にあの人が生きているんだろうか。スネイプはダンブルドアの命令に忠実だ。しかし、理性とは別の部分であの人の生存を否定している自分もいた。
もしクィレルが単なる“石泥棒”だとしたらポッターを殺すのは明らかに余計な手間だ。ポッターを邪魔に思う何者かが噛んでいるのは間違いない。しかし…死の呪文をまともに食らって生きてるなんて信じたくない。
スネイプは貧乏ゆすりをしている自分に気づいて、そっと膝に手を当てて落ち着かせた。
「こーら。セブ、お行儀悪いわ」
リリーがよく、こうして私を諌めていた。貧乏ゆすりは熱中して考え事をしてるときに出る癖だった。
組分けで別々の寮になったとき、スネイプは絶望した。しかしうまく場所を見つければ放課後一緒に勉強できたし、昼ごはんも外で一緒に食べれたし、むしろ魔法の勉強のおかげで時間の濃度は一気に増した。
「ね。みて!水中に花を出現させる魔法…水中って実はいろんなもので満ちているから、比較的容易なんですって!」
「え…そうなんだ。でもできるかな?」
本を覗き込んで、二人してああでもないこうでもないと、持ってきた金魚鉢に呪文をかけていた。結局、一年生のうちに花を出現させることはできなかった。
不意に思い出したその憧憬にスネイプは笑ってしまった。個室でよかった。生徒たちに笑顔なんて見られた日には、全員を罰則を課すしかなくなる。
“セブルス・スネイプ”が生徒たちからどう見られているべきか、教職についた頃からずっと気を使っていた。
厳しいのに、身内びいき。そして誰にも好かれないってくらいに意地悪に。
舐められたくないというのがまず根底にあった。そして次に、関わりたくないという他者への強い拒絶感だ。
魔法使いには男女差別的な社会通念は(すくなくともマグルと比べれば)ない。だからこれは自分で自分に課すルールなのだ。
それに、どうせ子供の頃からもともとこういう性格だ。攻撃性が強まったのは、リリーが自分を置き去りにしていくように感じてからだと思う。
スネイプはギュッと強く拳を握り、それ以上過去に思いを馳せないように意識を現実に連れ戻した。ダンブルドアの頼まれごとを一つ、休み中にこなさなければならない。
例の石防衛のため、『みぞの鏡』を地下に運ばなければならなかった。
スネイプはみぞの鏡が置かれている空き教室に向かった。ドアを開けてすぐ、違和感に気づいた。ドアから鏡の前まで、布が何かで拭われたかのように埃が全くなかった。運び入れたのは割と前のはずなのに。
まさか生徒が鏡を見つけたんだろうか?だとすればなおさら、誰かが虜になる前に移動させなければならない。
スネイプはくすんだ色合いの鏡面を見た。映ったものを見て、縁にかかれた言葉を読み上げる。
「私はあなたの顔ではなく、あなたののぞみを映す…」
鏡の向こうに立っているのは、まだ幼い二人の少女だ。微笑みを携えた赤毛の少女、リリー。そして、彼女と手をつなぐ私…。
スネイプは杖を振り、鏡に布をかけた。そして鏡を浮かせ、レデュシオ(縮め)を使い、運びやすい大きさに変えた。
教室を去るとき、思っていることが思わず口に出てしまった。
「望みが永遠になればいいのに」