スネイプ(♀)の一人称はなぜ我輩なのか?   作:ようぐそうとほうとふ

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詮索屋

 森の闇は深い。月明かりが届くまで、幾重にも折り重なった植物がその僅かな明かりを反射し、遮り、濃い影を作り出す。

 

 スネイプの杖先が示す藪の向こうは、少し開けた場所らしい。全体的に月の光で明るい。奥に大きな岩が転がっていて、その手前に影が落ちている。

 

 そこに“なにか”がいた。

 

「………」

 

 ユニコーンがぐったり地面に体を投げ出していて、それに覆いかぶさるようにして黒い何かが口づけしていた。何かをすする音が聞こえた。血に違いなかった。

 

 スネイプはここにきて自分が自信過剰に陥っていたのだと気がついた。

 特別に重い処分に見える今回のハリーたちへの罰則だが、実際は10年に一回の頻度で起きる恒例行事でもあった。禁じられた森夜のツアーは重大な校則違反を繰り返しそうな生徒向けの脅しだ。

 しかし今の森は通常通りの“罰則コース”でも危険かもしれなかった。ユニコーンを害している何かがずっと森の奥にいるとは限らない。

 そこでスネイプは職員会議で自身もハグリッドと共に森に入り生徒の安全を確保すると提案した。万が一危険な何か(スネイプの予想ではクィレル)が襲ってきても叩きのめせる、と。

 クィレルが血をどこの誰に渡しているのか知らないが、やつ一人ならむしろその場で縛り上げ、操り主のところまで案内してもらう。それくらい強気でいた。

 

 

 どうやら私はこれから降り注ぐ危機に対していささか楽観的だったらしい。

 

 

 すする音がやんだ。はあ、と深く息を吸う音がした。

 

 スネイプはローブの裾を持ち、“何か”の視線がハリーとドラコを捉えないよう、腕を少し上げた。しかしハリーが憑かれたように“何か”を凝視し、なおも姿を捉えようと背伸びをした。

 枝の折れる音が響いた。

 

 その“何か”は上体をぐるんと捻じ曲げ、こちらを見た。周囲の気温ががくんと下がり、腥い臭気まで漂ってくる。濃い影の落ちた頭部に2つのギラギラと光る瞳があった。その邪悪な眼差しを見て初めて、“何か”がローブを目深にかぶったヒトであると理解できた。

 スネイプは自分の二の腕に一気に鳥肌が立ったのに気づいた。こちらから攻撃を仕掛けるスキもなく、“何か”はぶわ、と宙に舞い上がった。

 

ルーモス・マキシマ!」

 

 スネイプは背後の二人をローブで覆うようにして後ろ手に抱きしめ、とっさに呪文を唱えた。眩い光が杖先から放たれ、周囲は昼間のように照らされた。

 

「ッ!」

 

 “何か”は見開いた目に直接光を浴び、声にならない悲鳴を上げた。スネイプはさらに呪文を唱える。

インカーセラス!(縛れ)」

 杖先からロープが出現し、“何か”に絡みついた。真っ黒な塊が地面にぼとりとおちる。捕らえたと思ったのは“何か”の纏うローブのみだったらしい。

 

カーベ イニミカム(敵を警戒せよ)」

 スネイプは大きく杖を振り、自身の周囲5メートルほどに警戒呪文をかけた。しばらく待っても追撃は来なかった。

 

 

「いっ…今のは……?いったい…」

 怯えきったドラコはハリーの体にガッチリ抱きついて涙を流していた。ハリーはハリーで額を押さえ、ドラコに体を支えられているような状態で、スネイプにはどこからどうフォローしたものかわからない。

「あれが…呪われたいのちだ…」

 スネイプは深いため息をついた。また杖を振り、落ちていた枯れ枝を燃やして簡易的な松明を作った。ドラコがホッとしてハリーに抱きつく力を弱めると、ハリーはそのまま地面に膝をついてしまった。

 

「ポッター、まさか傷が痛むのか」

 スネイプはハリーの肩を掴んだ。ハリーは強く額を押さえ、眉間にはぎゅとシワを寄せて冷や汗をながしている。

「あっ、アイツに攻撃されたのか?!」

「…ドラコ、赤い光を打ち上げろ」

「は、はいッ!」

 

 ドラコは空に赤い光を発射した。遠くでファングがわんわん喚き散らす声が聞こえる。

「も…もう大丈夫です」

 ハリーは気丈に応えた。だがスネイプは別の、恐ろしい予感に内心がすうっと凍りつくようだった。

 

 

 


 

 

「以上が私が森で見たものの詳細です」

 

 ダンブルドアはスネイプの報告を聞いて、ふうむと唸って半月眼鏡を外した。

 

「クィレルが何者かにユニコーンの血を提供していると思いきや…それ自体がユニコーン狩りをしていた、と。なるほど、どうやら敵は想像していたよりも遥かに追い詰められているようじゃ」

「ええ。頻度が上がっています。もう石の為に強硬手段をとるのは時間の問題かと」

「そうじゃろう。しかしやつが石を求めれば求めるほど、辿り着けん」

「校長、やつが生徒に危害を加える可能性は」

「…君はヴォルデモートが学内にいると思うか?」

「今となっては、はい」

「生徒に危害を加える可能性は、極めて少ないじゃろう。ハリーの初試合の頃ならいざ知らずユニコーンの血を啜るまで弱ってしまっては、よほどの好条件が重ならない限りは戦うことすら不可能じゃ」

 

 スネイプはダンブルドアの言うことについて、ほとんど彼は正しいと確信している。ただ時々相容れない点があり、その多くはハリー・ポッターに対しての扱い方だ。

 

 スネイプは、危険な出来事全てからハリーを遠ざけるべきだと思っている。それは傷つくあの子を見たくない、とかリリーの子どもを危険に晒したくない、とかではなく。単なるリスク管理のスタンスだった。

 一方でダンブルドアは、若干の危険はむしろあの子のためだと思っているかのようだった。

 

 あの子がもっと慎重でおとなしく、思慮深い子だったらこんなに気をもまないでもよかったのに。

 どんなに恐ろしい外敵が来ても、ハリー自ら危険に踏み込んでいかなければもっと安全に日々を過ごせるのに。

 どうしてこうも余計なことに足を踏み入れるのだろう?

 わざわざトロールに立ち向かいに行ったり、ドラゴンを助けようとしたり、禁じられた廊下に近づいたり…。

 この救いようのない校則破りグセは遺伝なんだろうか?

 なぜかジェームズ・ポッターが教授に怒られながらリリーにウィンクしてるのを目撃した時のことを思い出してイライラしてきた。

 

 

 

 

 

「あいつ嫌い」

 

 リリーはスネイプのいう“あいつ”が誰かわからず、きょとんとしていた。

「誰かに意地悪されたの?」

「意地悪は寮で日常的にされてるよ!慣れた。そうじゃなくって…」

 スネイプは言葉が詰まってしまった。スリザリン寮でちょっとした村八分を受けていることが思っていたより心の傷になっていたことに驚いた。慣れていると自分で言っておきながら情けない。

「…セブ。ほら」

 

 リリーはスネイプの方へ両手を広げた。スネイプはそっとその腕の中に体を預け、目を瞑った。

 リリーはスネイプに家で嫌なことがあったときもよくこうしてくれた。学校でもひと目のないベンチでだったら抱き締めてくれる。ちょうどそのときは夕暮れ近くで、ほとんどの生徒が晩餐に行っていた。スリザリン寮とグリフィンドールの寮のちょうど中間くらいの一階の渡り廊下。スプラウトの温室に行くときくらいしか使われないそこで二人は一日にあった出来事を共有していた。

 

「リリー…」

 

 リリーは私が強がりなのを知ってるから、理由や犯人を問いただしたりしない。リリーは私を尊重してくれる。だから好きだ。

 言葉にしなくても、何かを察してこうやって抱き締めてくれる。リリーのちょっと困った笑顔を見ると、それだけでなんだか自分の悩みを全部打ち明けたような気持ちになって、楽になる。

 

「あ」

 

 リリーの腕から顔を上げると、今回のイライラの元凶である“あいつ”が柱の向こうからこっちを見ているのに気がついてしまった。

 

 ジェームズ・ポッター。

 

 くしゃくしゃの黒髪につぶらな榛色の瞳をした、グリフィンドールの男子だ。こいつとは組分け前の電車からすでにひと悶着あった。

 もう晩餐を食べ終わったんだろうか?でもどうして、わざわざ寮への近道じゃない廊下を歩いているんだろう。

 そんなの決まってる。リリーを探してたんだ。

 だってポッターはリリーのことが好きだから。

 

「セブ?」

「…ううん。なんでもないよ」

 

 スネイプはもう一度リリーの腕の中にぎゅっと体を押し込めた。ポッターに見せつけるみたいに。

 もう一度顔を上げたとき、ポッターはいなかった。

 

「元気でた?」

「うん。ありがと…リリー」

「んーん。セブはこう見えて寂しがりやだもんね」

「やになった…?」

「まさか!そういうところが可愛いわ!」

 

 リリーはスネイプの手を取り、大広間に向かった。まだ机の上には夕食が山盛りのはずだ。ここに来て何より良かったのは、ご飯がいつ食べても美味しいところだった。

 それはあれから20年近くなった今でも変わらない。 

 

 

 あのときのポッターの驚いた顔ときたら。年頃も相まって、本当にハリーとダブってしまう。だが今思うとジェームズのどこか恥ずかしげな赤みを帯びた顔は、すでに恋をぼんやりと知ってる色だったんだと思う。

 スネイプはリリーをはっきりと好きだと意識していたけれども、自分がリリーをどうしたいのか言葉にできるようになったのは、もっと後のことだった。

 あの頬の赤らみは、相手に触れたいという欲望は、無邪気に手を繋ぐことができない年になって炎のように胸を焦がした。

 

 その火の痛みを、いつまでたっても忘れられない。

 

 

 

 その火がまだ胸に燻っているのだとわかったのは、ハリーが禁じられた廊下の前を懲りもせずに嗅ぎ回っているのを見つけたときだった。

 

 


 

 

「我輩としては…」

 

 ロン・ウィーズリー、ハーマイオニー・グレンジャーとともに顔が青ざめているハリーを思いっきり睨みつけた。眉間にシワを寄せれば寄せるほど横にいるロンが縮み上がっていく。

 

「これ以上グリフィンドールからは点が引けないと記憶している。違うかね」

「はい……せんせい…」

「ではここにいる正当な理由が当然あるのだな?…ミス・グレンジャー、どうだね?」

「えと…私達、あの…」

 

 ハーマイオニーはしどろもどろになってしまう。普段は生意気そうだがこういう時にはしおらしくなるだけまだ可愛げがある。

 

「僕たち、見張ってるんです」

 

 ハリーが声を少し震わせながら言った。

 予期してなかった反撃にスネイプは少し狼狽える。

 

「今、ダンブルドアは学校にいないんです」

「だからなんだ?それと諸君がここにいる理由は結びつかないと思うのだか」

「賢者の石です!…先生はここにあるって知ってるんですよね?」

「………何を言い出すかといえば、ポッター。よほど我輩を苛立たせるのが好きとみえる」

「僕、先生がクィレルを脅すのを見ました!でも僕には先生が泥棒だとは思えないんです」

 

 ぶちん、とスネイプの眉間で血管が切れる音がした。

 

「ポッター。今すぐ寮に戻らなければ10秒に付き一人あたり50点引く。次ここで見かけても同様だ。寮対抗で史上初のマイナス点を叩き出したくなかったら…ッ」

「い、行こうハリーっ!」

 

 ロンは大慌てでハリーの腕を掴んで階段へかけていった。ハーマイオニーもハリーの尻をひっぱたくようにそれに続く。

 

 まさか一番怪しいスネイプに面と向かって疑惑を話すとは思わなかった。

 ハーマイオニーはため息をついて談話室のソファーに沈み込んだ。だがああして真正面から疑っていると切り出せば、ある程度抑止力になる。けれども一年生の脅しがあのスネイプに効くのかどうかはわからない。

 

「スネイプ、あれで泥棒をやめるかな?」

 隣に座るロンが憂鬱そうにつぶやいた。それにハリーが答える。

「僕は…犯人が誰かやっぱりまだわからないよ」

「どっちにしろダンブルドアがいない日なんてきっともうないよな?ああ…マクゴナガルがうまいこと気づいてくれればいいけど!」

「でも私達にできることはないわ。スネイプに見つかった以上寮から出られなくなっちゃったんだもの」

「何言ってるんだい。僕らにはこれがあるだろ」

 

 ハーマイオニーの暗い声に、ハリーは自信満々に透明マントを引っ張り出してきた。ハリーの度胸には何度も驚かされる。

 

「何もなければないでそれでいい。泥棒なんていなかったっていうのが一番だ。…でも、万が一誰かがフラッフィーを出し抜いていたら…止められるのは、僕たちしかいない」

 

 三人はしばらく黙ってから、お互いを見つめ合って静かに頷いた。

 


 

 

 

 ハリー・ポッターの口から賢者の石という言葉が飛び出てきて、スネイプはいよいよ我慢ならなくなった。シンプルに頭をぶっ叩いてやりたくなったが、大人としての理性がなんとか手を振り上げるのを抑えた。

 どうやってその存在に辿り着いたのか。(大方ハグリッドだろうが…)そして辿り着いてなお、泥棒を見張るだって?

 スネイプを泥棒と疑うのはいい。むしろ勝手に怪しんでくれて結構だった。なのに、あろうことかハリー・ポッターは私を庇った!見当違いの疑いから。

 

 なんて腹立たしいことなんだろう。そして、庇ったのがもしハーマイオニーだったら自分はここまで腹を立てることがなかっただろうことに薄々気づいていた。それがまたスネイプの中のいらだちを加速させる。

 スネイプは自分の机の上のレポートを全部暖炉に放り込んでしまいたくなる。もちろん少女でもあるまいし、そんなことはしない。

 

 

「……しかし……ダンブルドアがいないのもまた事実だ…」

 

 スネイプは自分に言い聞かせるように言う。まずは忌まわしき三頭犬の様子を見に行くべきだろう。

 

 

 

「本当に…親子揃って………」

 

 

 

 詮索屋。

 

 




小和オワリさんに1話のあのシーンを描いていただけました…!
オワリさんの激重感情の化身女スネイプを見て書き始めたといっても過言ではないので本当にうれしいです!ありがとうございます。
(1話にも掲載しています)
ドーンですね

【挿絵表示】

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