スネイプ(♀)の一人称はなぜ我輩なのか?   作:ようぐそうとほうとふ

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秘密の部屋
鶏ガラ足のスニベリーちゃん


 

 

 羽ペンが羊皮紙の上を走るカリカリという音があちこちの机から聞こえていた。

 頭の痒くなる音だと、同じ寮で同級生のシリウス・ブラックが称していたのを思い出す。

 

 ジェームズ・ポッターはあくびを噛み殺し、少しでも眠気に対抗しようとして黒板を睨みつけた。

 黒板の横ではマクゴナガルが授業用の七面鳥をなでながら涼しい顔をしている。そしてその真ん前の席でリリー・エバンズが羽ペンをカリカリやっていた。

 

 リリー・エバンズはマグル出身で学校に来るまで魔法の勉強なんて何一つしてこなかったはずなのに、どの授業でも優秀だった。けれどもガリ勉というほど勉強に根詰めているわけでもなく、成績がいいのを鼻にかけたりしない子だ。

 正直かなり仲良くなりたい。ううん、直感的に感じた。好きだって!

 けれども一つ問題があった。

 ジェームズは昨日見た光景を思い出す。

 

 人気のない廊下でリリーとセブルス・スネイプが抱き合っていた。

 

 いや、女子同士がふざけて抱き合ったり、慰めるために頭をなでたりだとかは寮でも散見される。決して珍しい光景ではない。けれども、スネイプのそれは周りの女子とはちょっと違った。

 

 スネイプはまるでいつも何かに耐えてるみたいなしかめっ面をしてて、一人で早足で歩いていた。男みたいな名前にふさわしく可愛げがなくて、骨っぽい足にはスカートが恐ろしいほど似合ってなかった。

 

 そのスネイプが、リリーに抱きしめられて微笑んでいたのだ。

 その笑みは、ジェームズと目があった途端削ぎ落とされた。

 ジェームズは初めて見たスネイプの笑顔よりもその表情の変わりように驚いてしまった。

 

 スネイプは目を丸くしてこちらを見つめたあと、ふっと目を伏せてまたリリーの腕の中に顔を埋めた。まるでみせつけるかのように。

 

 

 なんなんだ、あれ…。

 

 

 ジェームズはため息をついた。するとマクゴナガルがネズミを見つけた猫みたいにきっと睨んできたので、ジェームズは背筋をピンと伸ばし、羽ペンをカリカリやった。

 通路を挟んで隣に座っていたシリウスがクスッと笑うのがわかった。

 

 

「それでね、マクゴナガル先生ったらおかしいのよ。授業で使ってる七面鳥、ディナーにされちゃうところを助けたらしいんだけど…名前がケンタッキーなんですって」

「…?どういうこと?」

「えっ。だから…ケンタッキーってフライドチキンのお店でしょう?食べられないように助けたのに変な名前っていう…」

「ああなるほど。リリーは面白いね」

「もう!セブのバカ。冗談を解説するってすっごく恥ずかしいのよ?」

「ごめんごめん」

 

 リリーとスネイプは魔法史の授業が終わってからも教室でおしゃべりしていた。今日最後の授業だからこうやって夕食までの時間一緒にいる。

 ジェームズはそれをチラッと見て、またため息をついた。

 

「授業中変な夢でも見たのかい」

 早速シリウスがからかってきた。ジェームズは冗談で返して教室を出た。

 

 廊下をしばらく歩いて人気がなくなってからジェームズは口を開いた。

「スネイプってさ…やなやつだよな」

 

「ん?ああ、あの鶏ガラ足のスニベリーちゃんね。エバンズと仲いいよな」

 シリウスはジェームズがリリーのことが気になっていることをなんとなく勘付いていた。ジェームズは自分の心が見透かされた気がして恥ずかしくなった。

「あいつは確かにやなやつだよ。闇の魔術に詳しいのを恥ずかしいとも思ってない。寮でも嫌われてるらしいよ」

「なんでエバンズはあんなのと仲いいんだろう」

「エバンズの前ではいい子にしてるんだろ」

「…はあ。なんだよ、普段はあんなつんけんしてるくせに」

「寮の中じゃあいつが女かどうかは疑わしいってさ。風呂も絶対みんなとはいらないらしい。覗こうとした一年の女子は陸で溺れたとか」

 

「きみさあ、なんでスリザリンの寮について詳しいんだよ」

「女子は噂話が好きだから。そしてなぜか僕にそれを教えてくれるんだよね」

 

 どうやらシリウスは一年生にして色男の風格があるらしい。ずいぶんませてる。けれどもブラック家といえばスリザリンのエリートにもなれる血筋だから、それも関係しているのかもしれない。

 悩ましげに黙ったジェームズを見てシリウスは励ますように言った。

 

「なんだよ、別に女の子同士だし仲良くったって君のライバルじゃないだろ」

「そんなんじゃないってば!」

 

 ジェームズはこの場で自分の疑念をシリウスに話してしまおうかとも思った。けれどもあの光景を思い出すと、なんだか胸の奥が変な感じになる。それをわざわざ告げ口のように他人に話すはなんだかとってもふしだらなような気がした。

 

「あーあ!なんかこう…ぎゃふんと言わせられたらいいのに!」

「ぎゃふんとねえ」

 シリウスは小さくて尖った顎を手で撫で付けて、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「じゃあいっちょやってみる?」

「どうやって?」

「うーん…転ばせる…とか」

「怪我させるのはまずいよ。…そうだな…うん。鶏ガラ足…か」

「ひょっとしてかわいげのあるいたずらを考えたね。ジェームズ?」

「君とはほんとに気が合うね、シリウス。問題は浮遊呪文はまだ僕たち完璧じゃないってことだけど…」

 それを聞いてシリウスはニヤリと笑った。

「よし、リーマスに習いに行こう!」

 


 

 

 

 

 セブルス・スネイプはフクロウが運んできた夕刊予言者新聞ともう一通、しもべ妖精のよこした学内の異常の報を見て目を白黒させた。

 

空を飛ぶフォード・アングリア!マグル多数目撃

暴れ柳に車が激突

 

 ハリー・ポッターがなぜかホグワーツ特急に乗っていないという知らせを受取り、ダンブルドアの代わりに方々に連絡を取りまくっていたさなかのことだった。スネイプの頭の中でこの2つは直ちにハリーへと結びつき、怒りに変わった。

 スネイプは教職員室から出て大広間へ向かった。晩餐会の明かりと子どもたちの騒ぎ声がどこからか聞こえてくる。

 

 廊下の先、大広間の扉の前にハリーとロンがいて扉の隙間からこっそりと中を伺い見ていた。

 

 どうやらかなり“冒険”してきたらしい。服はところどころ破けてて髪はぐちゃぐちゃ。ロンの頭には葉っぱと枝が絡まっていた。

 スネイプは大きなため息をついてから二人に近づいた。

 すぐさま首根っこを掴んでやろうと思ったが、二人は何やらヒソヒソと話しているようだった。スネイプは耳を澄ませる。

 

「あれ?職員席にスネイプがいないぞ…!」

 ロンがハリーにささやく。ハリーも慌てて隙間に乗り出して広間を確認した。

「ホントだ。何かあったのかな?」

「自分の寮への不正加算がバレてついにクビになったのかもしれない」

「そんなわけないだろ!!……先生は…そんなのずっとやってる」

「たしかに。じゃあ一体どうして…?」

 

 何かと思えばくだらない内容だった。スネイプは二人の背後に立ってオホン!と大きく咳払いした。

 

「こうも考えられないだろうか?馬鹿な生徒が行方不明だから、晩餐を抜いて嫌々探していた…」

 ハリーとロンの肩がびくりと強張り、二人はぎくしゃくとした動作でゆっくり振り向いた。

 

「地下室だ。ポッター、ウィーズリー」

 

「………はい……」

 

 二人は打ちひしがれた表情でスネイプに続いた。

 

 

 研究室につくやいなや、スネイプは二人に夕刊予言者新聞を見せつけた。でかでかと載せられたフォードアングリアを見てロンが両手で顔を覆った。

 

「我輩の言わんとしていることはわかるな?おまえたちはマグルの面前で、違法に改造された車で飛び回ったのだ。一体何を考えている?!」

 

 スネイプはバシッと紙面を叩いた。どうやら空飛ぶ車はハリーとロンが考えていたよりも大騒ぎになっていたらしく、中見出しで忘却術士が全員動員と言う文字が踊っていた。

 ハリーはスネイプの顔を見た。スネイプの眉間には相変わらず深いシワが刻まれていて、今日は追加で青筋が立ってる。

 

「あの、僕たち列車に乗れなくって。…というかホームへの道が突然、閉まっちゃったんです!」

 ハリーが意を決して事情を説明しだすとロンが続いた。

「そうなんです!で、僕たちマズイぞって思って…パパの車を飛ばしたんです!」

 

 スネイプはそれを言い訳と解釈した。腕を組んで指先は苛立たしげに二の腕を叩いている。

「それで…慣れない運転なせいで列車にも激突しそうになるわで…そう、僕ら暴れ柳に殺されかけた!」

 

「ウィーズリー、口を閉じろ。まったく一体どうして、フクロウを飛ばすだとか…漏れ鍋へ行くだとか思いつかなかった?それとも車でドーンと登場したら目立てるとでも思いついたのか?」

 

 ハリーとロンは顔を見合わせた。フクロウ!全然思いつかなかった。

 スネイプはそんな二人を見てなおさら、もっと怒りが湧いてきたらしい。

 

「あの暴れ柳は貴重な植物だ。それに車で突っ込むなんて。退校処分でも不思議じゃないな」

 退校と聞いてハリーもロンも縮み上がった。スネイプはそれを見ていくらか鬱憤が晴れたのか、フンと小さく息をついた。

 

「命知らずの無謀な振る舞い。グリフィンドールの勇敢に()()()()行いだな、ポッター」

 

 ロンはちらっとハリーを見た。どうも夏休みを挟んでもスネイプのハリー嫌いは変わらないらしい。ハリーは強かに殴られたかのように辛そうな顔をしていた。

 

 そこで扉がノックされ、マクゴナガルが入ってきた。マクゴナガルは二人を見ると過去一番呆れた顔をした。

「ポッター、ウィーズリー!全くあなた達は…」

「ああよかったミネルバ、このままじゃ学年度最速にして最大の減点を下すところだった」

「すみませんセブルス。…二人共、どれだけの事をしたのかわかりました?」

「はい…先生…」

「よろしい。私からも…そして校長先生からも一言あるそうです。さあ来なさい」

 校長という言葉を聞いて今度はロンが苦悶の表情を浮かべた。ハリーもがっくりうなだれた。

「ぜひ厳罰を、とお伝えください」

 スネイプの捨て台詞にマクゴナガルは困ったような表情を浮かべ、二人の背中を押して地下室を出ていった。

 

 

 スネイプは二人が出ていってからようやく肩の力を抜いた。新学期早々ぐったり疲れた。結局このあともハリーの尻拭いをしなければならないのに。

 晩餐後スプラウト先生と暴れ柳の治療方針をたて、必要そうな魔法薬の調合準備をして、さらに先程連絡した人々へ無事だった旨をフクロウで知らせなければ。よくよく余計な仕事を増やしてくれる。

 

 まったく、あの二人ときたら。

 一体どうして車を飛ばそうなんて発想が出てくるのかわからない。さっきのハリーとロンへの説教は演出半分本音半分だった。9 3/4線ホームへの入り口が突然閉じてしまうというのは確かに驚く出来事だとは思うが…なぜ少しも待ってられないんだろう?

 ああ、またもあの鼻持ちならないジェームズを思い出す。ついでにシリウス・ブラックもだ。スネイプは確信した。どうやら勇敢気取りの命知らずは遺伝するものらしいと。

 

 昨年度末に起きた賢者の石事件にしたってたそうだ。トロールに襲われ、森で得体のしれない何かと出会ったあとだというのに自分から泥棒を捕まえに行くとは、どういう神経をしているのやら。

 男の子という生き物はひょっとしてみんな馬鹿なんじゃないかと思う。

 …いや、そういえばグレンジャーもいたか…。

 

 スネイプはローブを脱いで背もたれにかけた。そしてどっかりその椅子に腰掛けて、もう一度夕刊をめくる。

 ぱらぱら流し読みしていると14面あたりに載っているロックハートの写真がウインクしてきて気分が悪くなった。

 夕刊は丸めて暖炉にくべてしまおう。

 グシャっと紙を丸めるとキャーという悲鳴が上がり、暖炉に投げ入れた途端写真の中から人々が逃げていった。彼らの行き先はよくわからない。

 

 もしもハリーが生き残った男の子という肩書を鼻にかけ、この胡散臭い目立ちたがりやモンスターのようになってしまったらそれこそ絶望だ。

 

 

 

 背が、伸びていた。

 

 

 

 きっとそのうちますます男の子っぽくなる。そしてあっというまに粗忽で乱暴で、手のつけようのない悪ガキになってしまうのだろう。

 

「リリー…どうせならあなたにもっともっと似てくれればよかったのに」

 

 

 


 

 

 ハリーはマクゴナガルとダンブルドアの説教を受けてからグリフィンドール塔へ向かった。懐かしの寮の入り口まで行くと、ハーマイオニーが待っていて合言葉を教えてくれた。

 

「ねえ!空飛ぶ車で墜落して退校って聞いたわよ?!」

「退校はうそだ」

 

 ハーマイオニーはそれ以上追及しようとしたが、太った婦人の肖像画を抜けるとすぐにフレッドとジョージがロンとハリーを担ぎ上げ、暴れ柳に突っ込んだ英雄として讃え始めた。ハーマイオニーはしかめっ面をしていた。

 ロンとハリーは話したこともない上級生たちからまで称賛されたことで多少気分が良くなり、足取りは多少軽やかに二年のベッドルームに向かった。

 

 ネビルやシェーマスらにも車のことを聞かれ、ロンと多少誇張した話(空を飛んでる最中大鷲に襲われたくだり)をしてから各々ベッドに潜った。

 

 ふかふかのマットレスに体を沈めて、いい匂いのする毛布に包まりながら、ハリーはかなり後悔していた。

 

最悪の出だしだ!

 

 車で空を飛んで暴れ柳に突っ込み、生還する。ここまではまあよかった。(死ぬかと思ったが)けれどもスネイプに真っ先に捕まってしまうだなんて。

 案の定スネイプはめちゃくちゃ怒ってたし、一年生の頃よりも嫌味たっぷりだった。嫌われてるのは気のせいかも?と思っていたのにこれじゃあ先が思いやられる。

 ハリーはどうしてもスネイプに聞きたいことがあったのだ。

 

 "みぞの鏡の間に僕を助けに来てくれたのは先生ですか?"

 

 なのにこれじゃあ一ヶ月は話しかけるなんて無理だ!

 ハリーは特大のため息をついた。横で寝ていたロンがううんと唸った。

 

 ハリーはついさっき、プンプン怒っていたスネイプを思い返した。

 

「ドーン…か」

「なに…おっぱいの話…?」

 ロンが寝ぼけた口調で急に返事するものだからハリーは思わず飛び起きてしまった。

「ち、ちがうよ!」

「ううん…わかるよ……わかる」

「だから違うよ!ロンのバカ」

 

 ハリーはクッションを一つ投げつけてもう一度毛布を頭までかぶった。

 

 今年はどうか、これ以上スネイプを怒らせるような事件が起きませんように!

 

 ハリーはそれだけを強く願い、やがて眠りに落ちて行った。

 

 


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