スネイプ(♀)の一人称はなぜ我輩なのか?   作:ようぐそうとほうとふ

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明日からはきっといい日

「君たちがそんなに呪文に熱心だった覚えはなかったんだけどな…」

 

 リーマス・ルーピンは照れと困惑が混じったような顔をしてジェームズ、シリウスに言った。リーマスは入学当初から他の生徒たちに対してあまり打ち解けていなかった。だが話しかけられて嬉しそうにしているあたり、人間嫌いというわけではないらしい。

 

「頼むよ!君、妖精の魔法の授業じゃ一番だろ」

「でもどうして浮遊呪文を?」

「ちょっとすぐにやりたいことがあるんだ」

 

 リーマスは“なんじゃそりゃ”と言うような顔をしたが、寮でも人気の二人に話しかけられてほんのちょっぴり嬉しかったのでそれを快諾した。

 リーマスは談話室の隅っこのテーブルの上に羽ペンを出し、杖を構えた。

 

「そんなに難しくはないよ。みてて…」

 

 リーマスは咳払いして杖を軽やかに振った。

 

ウィンガーディアム・レビオーサ!

 

 羽ペンはふわりと浮き上がり、リーマスが振る杖に合わせて空中でくるくる回った。

 

「振り方に気をつければ簡単だよ」

「僕もやる!」

「あ、発音にも気をつけてね。その…たまに爆発しちゃうから」

 

 リーマスは多分、初回の授業で机を燃やしてしまったピーター・ペティグリューのことを思い出したんだろう。いくらなんでも二人はそこまでの失敗はしない。

 

 二人はリーマスにしっかり呪文を見てもらった結果、一時間で浮遊呪文をマスターした。フリットウィックよりも優秀な先生だと褒めそやすとリーマスは照れながらもとても嬉しそうにしていた。

 

「ふっふっふっ…見てろよスニベルス!」

 

 

 翌日の放課後、早くも二人はいたずらの好機にめぐりあった。人気の少ない廊下でスネイプが蔦の鉢植えを抱えて歩いていた。きっとスプラウト先生に頼まれたんだろう。おべっか使いというほどじゃないが、スネイプはリリーと先生の前ではいい子ちゃんだ。

 

「やるぞ…オホン」

 

 ジェームズは杖を抜いてスネイプに狙いを定めた。

 

ウィンガーディアム・レビオーサ!

 

 杖に手応えがあった。

 ふわ、とスネイプのスカートの裾が浮き上がった。

「えっ?」

 スネイプが違和感に気づいたときにはもうジェームズにとっても遅かった。浮き上がっていたのはスカートの裾だけではなく、スネイプのローブ全体だった。

 

「ばっか…!」

 

 シリウスが可能な限り小声でジェームズに怒鳴った。しかしスネイプのローブはあっという間に廊下の天井まで浮き上がってしまい、手から鉢植えが滑り落ちて土をぶちまけた。スネイプは半ば首吊りのような形で空中でローブをほどこうともがいていた。

 助けなくちゃ、と思ったが鉢植えの割れた音に気づいて誰かがこちらへ向かってくる足音が聞こえてきて二人は飛び上がった。

 

「まずい!逃げよう!!」

 

 シリウスに促され、ジェームズは慌てて逃げ出した。

 呪文は失敗だった。

 しかも、スネイプは女らしい悲鳴一つ上げなかった。本当だったらスカートがめくれてキャーッと叫び、それをからかうつもりでいたのに…。

 スネイプはジェームズがやったと気づいただろうか?そしてそれをリリーに言うだろうか?逃げ切ったあとも頭の中で不安がぐるぐる渦を巻き、呪文の失敗をからかってくるシリウスの言葉は右から左だった。

 しかし次の日も、その次の日もリリーの態度は相変わらず素っ気無いだけで嫌われてもないし、先生に呼び出されたりもしなかった。スネイプもいつも通り、リリーと話すとき以外は暗い顔で伏し目がちに過ごしていた。

 

 ひょっとして僕がやったって気付かれてないのかな?

 

 ジェームズはとりあえず安心し、楽しみだった飛行術の授業に向かった。

 

 

 箒に乗れるか乗れないかで育ちの違いがわかる。…というとあまりにスリザリン的だが、要するに訓練前から乗れる子どもというのはだいたい親が魔法族の名家というだけの事だった。箒を飛ばすにはマグルに見られない環境が必須だ。

 マグル生まれの子でいきなり乗れるやつは稀だし、昨今気軽に箒を飛ばせない環境で育った子も多いため、初回から箒を乗りこなしていたジェームズはちょっとしたヒーロー扱いだった。

 純血一家のシリウスは家の立地が悪いせいもあって幼少期から触れることはできなかったらしい。初回は箒の扱いに苦労していた。だが二回目にはもうジェームズと同じくらい巧みに箒を操っていた。

 とはいえ、三回四回とやっていればマグル生まれの子だって乗りこなせるようになる。宙返りが何かを披露すればまた賞賛されるだろうが、先週はフーチに咎められ減点されたので封印だ。

 

 グリフィンドールはスリザリンとの合同訓練のため、当然スネイプもいる。嫌そうな顔で箒を持っていた。

 面と向かうといたずらのことが頭にチラついてしまうので、ジェームズはなるべくスリザリン生の固まっている場所を見ないようにした。

 

 基礎の確認が終わり自由飛行の時間になった。ジェームズとシリウスはビュンビュン好きなように飛ばしていたが、シリウスは途中で未だにうまく乗れないピーター・ペティグリューをからかいに地上へ戻った。

 ジェームズは箒の上でぼうっと地上を見下ろした。リリーはフーチに熱心に質問している。

 

 すると突然、ジェームズの頭上に影が指した。

 

 おや?と見上げると、上から誰かが箒ごと降ってきた。その誰かの靴底が目の前に迫ってきて焦ったジェームズは、慌てて体をひねりなんとかドロップ(文字通り)キックを避けた。

 

 ジェームズは箒から滑り落ちそうになったがなんとか持ちこたえ、襲撃者を確認した。

「チッ…」

 

 落ちてきたのはスネイプだった。舌打ちを隠そうともせず、箒の柄を握ってこちらを睨んでいる。

 

「箒もまともに乗れないのか?!」

 ジェームズが怒鳴ると、スネイプも負けじと言い返した。

「お前こそ、呪文もまともにかけられないのか?」

 ジェームズは唖然とした。箒から落とそうとするなんて!復讐にしては過激すぎる。

 

「殺す気か?!」

「お前こそ!あやうく窒息死だった」

 

 一触即発の空気が流れた。このまま空中戦が始まるかと思いきや、地上のフーチが笛を鳴らして二人に呼びかけた。

 

「そこの二人!自由時間は終わり!降りてきなさい!」

 二人は渋々地上に降りた。だがこの瞬間から敵対関係は決定的なものとなった。

 

 

「やあ。セブルス・スネイプ」

 スネイプはその日の放課後、肩身狭く談話室の隅っこで予習をしていると上級生に声をかけられた。3年生のケヴィン・マルシベールという男子生徒で、クィディッチでチェイサーを務めているごついやつだ。そして例に漏れず、純血であることを鼻にかけていた。

「はい。なんです?」

 上級生の、それもかなりいかつい男子に声をかけられ、スネイプは一瞬恐怖に見舞われた。だが毅然とした態度で返事をすると、マルシベールは快活に笑って言った。

 

「聞いたよ。箒でグリフィンドール生に襲いかかったそうじゃないか?すごい度胸だ」

「あ…でも、仕留め損ねちゃって…」

「ははははは!!」

 マルシベールは馬鹿みたいな大声で笑った。

「よかったら暖炉の前で話さないか?寮生活の感想とか、学校生活で困ってることがないか聞きたいらしいんだ」

 マルシベールが手で示すのは、スリザリンの中でも特権階級といえる、スラグ・クラブ会員たちの集まりだった。

 スラグ・クラブはスリザリンの寮監、ホラス・スラグホーンがお気に入りの生徒を集めたサロンみたいなもので、寮を問わずに将来有望とみなされたやつらが誘われている。他にも魔法省のお偉いさんだとか、資産家だとか、学者だとか…そういうスラグホーンが好む人物が親族にいる場合も声をかけられる。

 スネイプはまだ一年生だし家族に偉い人もいないのでスラグ・クラブに誘われることはないだろう。だが昼間のポッター襲撃であの中の誰かの興味を引いたらしい。

 

「…でも…私なんかが…」

「いや、いや。そんなこと!優秀なスリザリン生は大歓迎だよ。それに…」

 マルシベールは声を落とした。

「彼らと仲良くしてれば、寮内での君へのちょっかいもきっと減るさ。なんてったって、プリンス・ルシウス様々がいるしね」

 プリンスという言葉にスネイプはほんの少し眉をひそめた。それは潰えた純血家系、母親の旧姓だったからだ。もちろん皮肉っぽい言い方からして“王子様”という意味であることは明白だったが。

 

「ちょっとおべっか使えば、あの人身内には甘いんだ」

「……じゃあ…少しだけ……」

 

 スネイプが暖炉の方へ来ると、上級生たちはソファーを空けて歓迎した。女子の先輩も二人いて、スネイプに優しく微笑みかけた。

 ルシウス・マルフォイは中心人物らしく、一番暖炉に近い一人がけソファーにゆったりかけ、スネイプと握手した。

「ミス・スネイプ。どうかな、学校生活は」

「新しいことばかりです」

「そうか。聞いたよ、君ってなかなか血の気が多いんだって?…」

 

 ルシウスの態度はプリンスというよりかは王様気取りという方が適切な気がしたが、話しているうちに意外と人がいいのだということがわかってきた。

 上級生に囲まれて話すのはとても緊張した。だが同級生の奴らよりもはるかに優しかった。しかも、周囲からチラチラ視線を感じる。いつも自分に意地悪をしてくる女子グループが、スネイプが上級生に気に入られている様子をこっそり見ているようだった。マルシベールの言うとおりかもしれない。

 終始いい雰囲気で消灯時刻を迎えると、さり際にルシウスが優しく囁いた。

 

「きっと明日からはいい日になるよ」

 

 


 

 

 セブルス・スネイプは目の前にいる満面の笑みで新品のユニフォームと新型の箒を抱えているドラコ・マルフォイを見て、彼の父親、ルシウスを思い出した。

 初めてあったとき彼はもう七年生で子供時代の顔は知らないが、おそらくこのドラコそっくりの顔をしていたのだろう。

 ドラコの横にはキャプテンのフリントが鼻の穴を膨らませて立っていた。彼は今日、通例ならグリフィンドールが使うはずのフィールドを横取りしようと企んでいるらしかった。

 スネイプは特段クィディッチに思い入れはなかったが、生徒の努力には寮監として助力を惜しまないというのがスタンスだ。スネイプはにやりと笑ってフリントが提出してきた書類にサインした。

 

「では…練習に励み給え。新しいシーカーのためにね」

「ありがとうございます、スネイプ先生!」

 マルフォイはシーカーと言われて得意げだった。どうしてそんなにポッターと張り合うのだろうか。

 二人の間に特別なトラブルがあったのか思い出そうとしたが、入学当初からトラブルまみれでどれが原因かわからなかった。

「今年は必ず僕がスリザリンを勝利に導いてみせます!」

「期待している」

 そう言うと二人は肩を怒らせて研究室から出ていった。

 スネイプは一人になってため息を吐き、肩をコキコキと鳴らした。

 

 この調子で日々が進んでいけばいいのだが…。

 今年は賢者の石なんて不審者向けの誘蛾灯みたいなものはない。だがハリー・ポッターがいる。

 

 あのトラブルメーカーは、新学期早々とんでもない事をやらかしてくれた。車で暴れ柳に突っ込む暴挙は未だスネイプの中で怒りとして燻り続けていた。

 しかもその罰は中途半端なもので、ロックハートのファンレターの宛名書きという地獄なのかぬるま湯なのかよくわからないものだった。

 そう思えばクィディッチの練習が潰れるのくらいなんだっていうんだ。

 

 

 しかしハリーはロックハートの罰則をこれまで受けたどの罰よりもきつい拷問だと感じていた。

 宛名書きだけならともかく、ロックハートの自慢話を延々聞かされるなんて、バーノンおじさんの芝刈り機の話を一晩中聞いてるほうがよっぽどマシだ。

 しかも罰則中、他の人には聞こえない不気味な声まで聞こえてきた。ストレスでやられてしまったのだろうか。

 

 ハリーは談話室の隅っこで魔法薬学の教科書を開き、明日の授業で作る薬の作り方を予習し始めた。それを見てロンはぎょっとした顔をした。

「君がどんなにいい魔法薬を作ってもスネイプはAをくれないよ?」

「いいんだよ。横からネチネチ言われたくないだけ」

 

 やっぱり嫌われてる…よね。

 

 ハリーはあれから何度も考えたが、去年のスネイプの態度はやはりハリーを嫌っているに違いなかった。箒の件やみぞの鏡の間でハリーを助けたのは、単に先生が教師だからだろうと無理やり飲み込んだ。

 じゃあ、ときおり見せる寂しげな表情は?そこだけはよくわからなかった。そして同時に、どうしてそんなに気になるのか自分でもよくわからない。

 スネイプのことをしっかり考えれば考えるほど、ハリーは自分が何を考えているのかよくわからなくなってくる。

 

 僕が嫌われてるのは…やっぱり父さんのせい?

 

 医務室でダンブルドアが言った言葉はハリーにとってはあまりに難解で、かと言ってハーマイオニーに尋ねることもできない謎だった。

 

 先生と父さんに何があったんだろう。まさか直接聞くわけにも行かないしな…。

 

 ハリーは頭の中が魔法薬学の教科書よりももやもやで満ちてきたのを感じ、予習はやめにしてベッドルームに上がった。

 

 

 次の日の魔法薬学の授業は問題なくこなせた。そつなく魔法薬を作るハリーを見てスネイプの眉間のシワがさらに深くなった。出来上がった魔法薬を見て、スネイプは苛立たしげに評価Bをラベルに書き込んだ。魔法薬をうまく作るとそれはそれでスネイプの不評を買うらしい。

 ハリーはため息を吐きたくなる気持ちをぐっとこらえた。今回はハーマイオニーの次くらいには上出来だった。それだけは確かだからだ。

 

 スネイプがハリーを見る目は相変わらず険しかった。昨年度の学年末パーティーで感じたあの胸の熱はもしかして勘違いだったんだろうか?

 ハリーはスネイプに対してばかみたいに真剣に悩んでいるのを誰かに相談したくなった。けれども誰に相談すればいいのだろう?答えは見つからなかった。

 

 

 

 そうこうしているうちにホグワーツはハロウィンの準備でどこか浮かれた雰囲気が漂い始めていた。

 ハリーはほとんど首無しニックに絶命日パーティーに誘われ、あまり深く考えずにOKをしてしまった。ゴーストの間では死んだ日を祝う絶命日パーティーという催しがあり、そこでハリーにニックの首はほぼ完璧に落ちていると首無し狩りクラブの会員にアピールしてほしいというのだ。

 ロンは「そんなのやってて落ち込まないのか?」と乗り気ではなかったが、ゴーストのパーティーへの好奇心が抑えられなかったらしく、同行を承諾してくれた。ハーマイオニーに至っては興味津々で、当日ごね始めたロンをびしっと叱っていた。

 

 ハリーは新学期早々感じていた様々な不吉な予感…ドビーのことやホグワーツ特急への道が閉ざされたことや謎の声…を半分忘れていた。しかし、予感というのは不吉なものに限って的中するものだ。

 

 ロックハートの罰則中に聞こえた謎の声はハロウィンの夜、ニックの絶命日パーティーが終わってまた聞こえた。

 

 そして三人は、三階の廊下でミセスノリスが石になっているのを発見してしまったのだ。

 

 

秘密の部屋は開かれたり

継承者の敵よ、気をつけよ

 

 

 水たまりに松明の明かりが反射し、石になったミセスノリスの名前を叫ぶフィルチの声がこだました。意味深に微笑むドラコ・マルフォイと、その背後からぬっと現れたイライラした顔のスネイプを見て、ハリーはまた自分の好感度が下がったような気がした。

 

 

 

 

 


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