スネイプ(♀)の一人称はなぜ我輩なのか? 作:ようぐそうとほうとふ
隣に座っているリリーの視線を感じて、スネイプは心臓が高鳴るのを感じた。
夏の日差しで植物が青々と生い茂るスプラウトの温室前のベンチでのことだった。テストが終わって生徒たちはみんな夏季休暇の話をしている。校内はどこか浮ついた空気が流れていた。
リリーが私を見ている。
私がリリーの視線を独占している。
でもこの喜びは絶対顔には出しちゃいけない。ただ一度気づいたことを誤魔化すのは無理だ。ボロが出ないうちにスネイプもリリーの方を見た。
リリーは視線が合うと、ゆっくり瞬きをした。
「セブ、最近楽しそう」
「えっ?そうかな…」
「ええ。寮でも友達ができたの?」
スネイプは友達という言葉を聞いてほんの少しだけ顔をしかめた。けれども、寮の中の人間関係が変わったのは確かだった。ルシウス・マルフォイに気に入られて以降、周りの人間の態度はあからさまに変わった。
もういたずらに靴を隠されたり、ローブをほこりまみれにされたり、悪口を叩かれることもなかった。
「友達なんていないよ。でも敵は減ったかも」
「そっかー」
リリーはそう言うとスネイプの肩に頭をのせてくっついてきた。スネイプは予想外のリリーの行動に呼吸が止まりそうになった。スネイプは自分の動揺を悟られないよう平静を装いながら聞いた。
「ど、どうしたの?」
声が上ずってしまった。全然動揺を隠せていない。スネイプは頭の中で薬草の名前をたくさん思い浮かべて余計な煩悩を塗りつぶそうとした。けれども腕に感じる体温のせいでどうしたって意識してしまう。
リリーはベンチから足をブラブラさせながらスネイプの肩の上で頭をぐりぐりさせる。その頭の重みが、頬の肉の柔らかさが、ぬくもりが、心臓をますます早く動かす。
「べつに…ちょっと、セブが遠くに行っちゃうような気がしただけ」
ああ、好き。
好きという言葉以外に適切なものが見つからない。ううん、今の私じゃ見つけられないだけかもしれない。
というか言葉を探すまでもなく、私の中でなにか大きな感情が風船みたいに膨れ上がってるっていうことが、もうそれだけでリリーへの気持ちを表してるんだと思う。
スネイプは意を決してリリーの手を握り、まっすぐリリーの瞳を見た。
「リリーが一番に決まってるよ!」
リリーはそれを聞くとにへ、と破顔した。
「えへへ。よかった」
リリー…あなた天使なの?
うっかり言葉に出そうになったのを慌てて飲み込む。顔に出しちゃだめ…態度に出しちゃだめ…。
「でも…もし私のせいでグリフィンドールの人からなにか言われてたらごめんね…」
「え?!そんなことないわ。セブったら相変わらず心配性ね」
スネイプはこの場を切り抜けられてホッとした。握った手もさり気なく離すことができた。
夏の少し湿った風が二人の髪を揺らした。
「夏休みだね」
「……うん」
「帰りたくない?」
「うん」
「いつでも手紙を送ってね。フクロウでも、郵便局でもいいわ。直接来たってね」
「ありがとう…リリー」
大好きだよ。これを口にするには勇気が足りないけれど、心の中でちゃんと付け加える。
スネイプは家に帰ってもリリーがいるなら何とか夏を越せる気がした。事実、はじめての“夏休み”はそうだった。
けれども二年、三年となるとリリーはどんどん捕まらなくなっていった。そして五年生でついにいっしょに過ごす夏休みはなくなってしまった。
「おやおや…またお前か、ポッター」
「ちっ、違います…!僕たちたまたま居合わせて…!!」
硬直するハリーを見て、スネイプは意地悪そうに微笑んだ。そしてすぐに生徒たちをかき分けてダンブルドアとマクゴナガルが大慌てでやってきた。
ダンブルドアは神妙な顔をしてミセス・ノリスの様子を見た。マクゴナガルはハリー、ロン、ハーマイオニーのそばに来て水浸しの廊下と嘆き悲しむフィルチを交互に見て、そばに寄り添った。
「コイツらです!コイツらがやったんです!私にはわかる!!」
「アーガス。落ち着きなさい。どうやらミセス・ノリスは死んではおらん。石になっているだけじゃ」
「石?石ですって?!」
フィルチはほとんど叫ぶようにして泣いた。そのあまりの取り乱しっぷりに生徒たちの間でますます動揺が広がっていった。
「オホン!いずれにせよ、ここにいるべきではありませんな!私の部屋が一番近いですよ!」
ロックハートがここぞとばかりに人混みをかき分け、人目を引こうとマントをバサッとやった。ダンブルドアは一言礼を言い、ハリーたちとフィルチを引き連れロックハートの部屋へ入った。
「いや、石化ですか。非常に似た事件に遭遇したことがありますよ!詳しいことは自伝に書いてあるのですが、故郷に近い村でのことで…」
ロックハートがべらべら喋ってる横でダンブルドアは石になったミセス・ノリスにいくつか呪文をかけたが、どれもなんの効果もなかった。フィルチはハリーたちを指さした。
「こいつらが…石にしたんです!そうに違いありません。絶対間違いない!処罰させてください!」
「フィルチ、一度座って、よく深呼吸したまえ」
ふいにスネイプの声が聞こえてきて、ハリーは飛び上がりそうになった。
スネイプは生徒たちを寮に送り終えたらしく、いつの間にか部屋の暗がりに立っていた。
「確かにポッターは問題を起こすことしか取り柄のない生徒だ。だがだからこそこんな高度な魔法が使えるわけがないという証明になる」
スネイプの嫌味に、ハリーはほっと胸をなでおろした。ハリーはスネイプが真っ先に自分の容疑を否定してくれたのにとても安心した。
嫌味を言ったはずなのにホッとされるという意外な反応にスネイプは「は?」と言いたげな顔をしてハリーを睨んだ。
「だが一つ疑問がある。なぜお前たちはハロウィンのパーティーに出席せず、三階の廊下なんかにいたのだ?」
「私達、ほとんど首無しニックの絶命日パーティーに行ってたんです」
ハーマイオニーが絶命日パーティーについて説明した。少なくとも、三人がいたことはニックほか何人ものゴーストが証明してくれる。
「では、なぜあの廊下に?広間に行く道でも寮へ行く道でもなかろう」
「それは…」
ハーマイオニーはハリーをちらりと見た。そもそも三人があの廊下に向かったのは、ハリーにしか聞こえない不気味な声を追っていったからだ。それをこの場で言えば、スネイプがハリーに不利な解釈をするかもしれないからだ。
「僕たち…その。……はじめは寮に行こうとしたんですけど、やっぱり広間に行こうかなって…どっちにするか迷っちゃって…」
ハリーがしどろもどろに言い訳すると、スネイプの顔はますます意地悪に歪んだ。
「ほお?校長、どうやら彼らは真実を話すつもりがないように見えますね。我輩としては彼が正直に話すまで、謹慎処分にするべきだと思いますが?」
「何を仰るんです、セブルス」
マクゴナガルがすかさず切り込んだ。
「ポッターたちが悪いことをしたという証拠は一つもありません。疑わしきは罰せず、でしょう」
「誰がやったかなんてもうこの際どうだっていい!私の猫が…ミセス・ノリスは石にされてしまったんだ!!」
フィルチはミセス・ノリスにすがり、とうとう泣き崩れて起き上がらなくなってしまった。普段は憎たらしくてたまらない一人と一匹だが、このときばかりは流石にハリーも哀れに思え、直視できなかった。
ダンブルドアは優しくフィルチの肩をさすって言った。
「アーガス、君の猫は治してあげられますぞ。スプラウト先生がマンドレイクを手に入れましたから、十分に成長すればすぐに治療薬が作れるはずじゃ。のうセブルス」
「ええ…まあ」
スネイプは同意した。それを聞いてダンブルドアはハリーたちに微笑みかけて言った。
「よろしい。では三人とも、ベッドに戻り給え」
マクゴナガルに背中を押されるようにして三人はロックハートの部屋から追い出された。ハリーは振り向いてダンブルドアへ尋ねた。
「あの!あの壁の落書きの意味は…」
だがその視線を遮るようにスネイプが立ち塞がった。いつもの如く、不機嫌顔で。
「ポッター、クィディッチを禁止させられたくなかったら口を慎み、ベッドに帰れ」
ハリーは言われたとおりに口を閉じて、寒々とした廊下に出た。グリフィンドールの寮がある塔までマクゴナガルがついてきたため、三人は“不気味な声”について一切話せなかった。
「ポッター…お願いですから、去年のようなことにならないよう、謹んでくださいね」
マクゴナガルに名指しで注意され、ハリーはちょっぴり傷ついた。
ハロウィンから明けて数日、学内はミセス・ノリス襲撃事件の話で持ちきりだった。もちろんフィルチは狂犬のような有様で、汚れ落としをものともせずいまだ書かれた壁の血文字の前を見張り続けていた。
「秘密の部屋は開かれたり。継承者の敵よ気をつけよ…か。どういう意味なんだろう?」
ロンがハーマイオニーに問いかけると、ハーマイオニーは心ここにあらずといった感じで図書館へかけていってしまった。
「なんだよ、もう」
ハーマイオニーが本に夢中なのはいつも通りだし、夢から覚めるとだいたい有益な情報を仕入れてきてくれるので、ハリーはそこまで気にしていなかった。
それよりも次の魔法薬学で提出するレポートがハーマイオニーの助言無しでAを取れるかが重要だった。
ロンはそれが面白くないようで、羊皮紙にへばりつくようにしているハリーを見てため息をついた。
「この前のロックハートの部屋でだって、スネイプは君に悪意たっぷりだったろ。どうしてそう一生懸命になれるのかなぁ」
「確かにそうだけど…」
ハリーは羽ペンを動かす手を止めて考えた。今年度が始まってからのスネイプは相変わらず、ハリーに対して意地悪だ。
つい今日の授業もポリジュース薬とかいう教科書のさわりにしか出てないような難しい薬の材料について質問してきて、こたえられないからと減点してきた。
「うん…確かにそうだ。でも僕、頑張りたいんだ。…なんでだろう?」
ロンはひときわ大きなため息をついてから力説しはじめた。
「僕が思うに、君は惑わされてるんだよ!おっぱいドーンのことは一旦忘れろ!君はスネイプのいいところを見つけようと躍起になってるだろ?でも現実は悪い所だらけだ。君は今盲目になってるんだよ」
「き、君は僕がおっぱいに目が眩んだって言ってるのか?!」
「おっぱいはものの例えだよ!僕が言いたいのは…」
「ちょっと、あなたたち!!」
気づけばハーマイオニーが傍らに立って眉をひそめていた。談話室中の視線がハリーたちに向けられていた。気づかないうちにヒートアップしておっぱいと叫んでいたことに気づき、二人は赤面した。
「最低……」
ハーマイオニーの軽蔑した声色に、二人は返す言葉もなかった。
ハーマイオニーはしばらく二人と口を利いてくれなかったが、魔法史の授業で秘密の部屋についての知見が得られるとすぐにまたいつも通りに戻った。
創設者の一人、サラザール・スリザリンの遺した秘密の部屋。その部屋の中には恐怖が封じられているという。
そしてその部屋を開けることができるのは“スリザリンの継承者”だけ。そんな神話めいた伝説。
「あってもおかしくないよね?」
「…でも、恐怖ってなんだろう」
「あの壁の文字。スリザリンの継承者…そいつが今、学内にいるってことなんだよね」
「スリザリンの継承者…ね。僕、怪しいやつを知ってるよ」
「えっ?誰?」
ロンはニヤッと笑って言った。
「マルフォイさ!だってあいつの家はずーーっとスリザリンだろ?」
ハリーは一理あるかもしれないと呑み込みかけたが、ハーマイオニーがそれを制した。
「そう決めつけるのは早いわ。猫が石にされただけなんだから」
「ハーマイオニー、石にされただけなんて言い方は君らしくないね」
「決めつけて行動すると、ヒントを見落としてしまうわ」
「見落とす、といえばなんだけど。ミセス・ノリスが石にされていたとき、廊下が水浸しだったよね?僕ずっとそれが気になってて…」
ハリーの言葉にハーマイオニーはハッとする。しかし現場はフィルチの警備で立ち入ることができない。ハリーは必死にあのときの記憶を呼び起こした。
「あそこには…確か…」
「嘆きのマートルのトイレが近くにあったわ」
「嘆きのマートル?絶命日パーティーにいたゴースト?」
「ええ」
三人は後日、マートルのトイレに出向いたがわかったことといえば彼女と絡むには細心の注意と気遣いが要求され…その見返りは極端に少ないということだけだった。しかも女子トイレに入っていたせいでパーシーに減点されてしまった。
ロンはみんながベッドに入ってしまいガラガラになった談話室で、暖炉の前を独占して満足げだった。時間はもう午前ゼロ時。最近夜ふかし気味で三人とも寝不足だった。けれども秘密の話をするにはここが一番居心地がいいから仕方がない。
「どっちにしろさ…スリザリンの継承者って言うからには、そいつはスリザリンにいるはずなんだよ」
「マルフォイかどうかはおいといてね」
ロンはハーマイオニーの言葉にうなずいた。
「うん。そう…。ねえ、誰かに口を割らせることはできないかな?」
「真実薬は流石に作れないわ…」
ハリーは突然、パッとひらめいた。
「あっ。ねえハーマイオニー。あれは?ポリジュース薬」
「ああ、なるほど!それならなんとか作れると思うわ」
「えっ何その薬」
「ハリーはスリザリン生に化けて情報を集めようって言ってるのよ」
「わあ。それは…クールだ!」
ロンはあんまりわかってないらしかったが、とりあえず同意した。
「ただ問題は…材料が軒並み普通の手段じゃ手に入らないってところね」
ハリーもスネイプにいじめられてからきちんと調べていたから知っていた。クサカゲロウ、蛭、満月草、ニワヤナギなんかは生徒用の棚からちょっとくすねるだけでいい。だが二角獣の角の粉末やドクツルヘビはスネイプの保管庫に忍び込むくらいしか手に入れる方法が思いつかない。
「…まあ、詳しい手順はまた明日考えましょう。でも、名案ね」
ハリーはハーマイオニーを唸らせて満足だった。
「それに、ハリーはクィディッチの試合が近いもんな」
「あ、うん。…スリザリンとの試合だ」
「そりゃ絶対負けられない。それに君がマルフォイを叩きのめせばこれ以上被害者は出ないかもしれないし!」