スネイプ(♀)の一人称はなぜ我輩なのか?   作:ようぐそうとほうとふ

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お生憎様

 二年生のクリスマス、スネイプはリリーの家のクリスマスパーティーに招かれた。帰らなくてもいいクリスマス休暇に実家に戻るのは憂鬱だったが、リリーの誘いを断るなんてありえない。

 家では相変わらず、いてもいなくても変わらないような扱いを受けた。いや、それでも以前よりはマシなのだ。父親への愚痴のはけ口にもならないし、母親への罵声を聞くこともないだけよくなった。そう思うしかない。

 スネイプの家庭環境は悲惨なものだったが、それでも学費や学用品のお金は出してもらえていたし、ご飯だって食べさせてもらっている。でも、パーティー用のおしゃれな服はねだることはできない。

 スネイプは思い悩んだはてに、ホグワーツの制服をお古のコートの下に着ていくことにした。制服ならばどんな場でもフォーマルとみなされる完璧な装いだからだ。

 

 リリーの家は幸せなマグルの家庭そのものという感じで、家の壁にちょっとした電飾でサンタが輝いていた。

 玄関ベルを鳴らすと、リリーの父親が玄関ドアを開けて歓迎してくれた。一人でやってきたスネイプをエバンズ夫妻は優しく出迎えてくれた。リリーはスネイプに抱きつき、嬉しそうに自分の部屋に招いた。

 リリーの姉ペチュニア・エバンズは姿を見せなかったが、スネイプにとってはどうでもいい事だ。お互い、第一印象からして良くないし。

 

 リリーの部屋はいい匂いがした。自分の家のしみったれた匂いと全然違う。それを言うと、窓のそばにあるドライフラワーを指さした。

「チュニーがね、作ったんだって。いい香りよね」

「ふうん…お姉さんとうまくやってるの?」

「うーん…正直言うと、あんまり。避けられちゃってるの」

「あの人、魔法が嫌いみたいだもんね」

「……うん」

 ペチュニアがリリーを避けるのはどうしてなのか、スネイプにはよくわからなかった。こんなに素敵な女の子が妹なんて羨ましいくらいなのに。

 

 

 食事ができたよと声をかけられ階段を下りると、テーブルには豪華な料理が並んでいた。

「もう、チュニーったら聞こえなかったのかしら」

 黒髪の母親が階段を上って、もう一度二階に声をかけた。たっぷり間を開けて、ペチュニアが降りてきた。

 下りてくると、制服を着て座ってるスネイプを見てギョッとしたような表情になった。スネイプが来ていることは知っているはずなのに。

 

 リリーの隣で食べるクリスマスの夕食はホグワーツで食べるどんなご馳走より美味しかった。ホグワーツでの勉強や、魔法のこと。リリーのことなんかを話しているうちにあっという間に皿は空になった。その間ペチュニアは一言も話さなかった。

 

「ケーキの用意をするわ。リリー、手伝ってくれる?」

 母親に呼ばれ、リリーは台所へ立った。そして呼ばれてもないのに父親まで台所に行ってしまう。

 父親は精力的に家事を手伝うのが好きらしい。エバンズ夫妻は並んで皿洗いをし、リリーはケーキの最終仕上げをしていた。

 居間にはスネイプとペチュニアだけ取り残されていた。

 

「…お招きありがとう」

 スネイプは一応、形だけでも礼を言った。

「あたしは招いてない」

 案の定、敵意むき出しの返事が返ってきた。そこまで嫌われるいわれはない気もするのだが、聞いたところで理由なんて教えてくれるはずがない。

「…仲間を連れてくるなんて、ほんと最悪。しかも男女のスネイプなんかとずっと仲いいのね、リリーは」

「…何、悪い?」

「悪いわよ」

「…あっそ。それですねてるとかバカみたいね」

 スネイプの言葉に腹を立てたのか、ペチュニアは席を立ってしまった。

 それに気づいた母親がごめんなさいね、と謝ったが、スネイプとしては消えてくれてせいせいしたと思ったくらいだった。

 

 ペチュニアがリリーを避けて、スネイプを嫌う理由がわかったのは、クリスマス休暇を終えて学校へ帰る生徒が賑わう9 3/4番線ホームでのことだった。

 

「…チュニー、ごめんなさい…!ねぇ」

 

 リリーがペチュニアと揉めていた。

「知らなかったの。貴方への手紙だって…ホントなの!」

「見たことには変わりないじゃない!」

「だって…ダンブルドア校長とあなたが手紙をやり取りしてるなんて…思いもしなくて、よく宛名を見ないで自分のだと思って…」

「あなたが、わたしのプライバシーを侵害したのは変わらないわ!魔法使いってそういう生き物なわけ?」

 二人の喧嘩は他の喧騒に掻き消されてはいたが、スネイプにはしっかり聞こえていた。

 

「わかっていて()()()をよんだんでしょ?!制服まで着て、あたしに見せつけようって…。でもお生憎様。私はあんたたちみたいな生まれそこないじゃないの!」

 

 リリーはショックを受けて、もうそれ以上何も言えない様子だった。スネイプも思わずずっとペチュニアを見つめてしまった。

 涙を浮かべたペチュニアの薄い色の目が、スネイプを捉えた。

 喧騒と人混み越しに、ペチュニアの視線がスネイプにつき刺さるようだった。

 

 その日初めて、自分が知らないうちに誰かを傷つけてしまったことを知った。そして、それはこれからの人生でずっと起こりうることなんだと悟ったのだ。

 

 


 

 

 クィディッチの試合はハリーにとっても、そして全校生徒にとっても大荒れの日となった。

 なんと試合中にブラッジャーがイカれ、ハリーを叩きのめそうと暴れまくったのだ。

 ハリーはあえなく墜落し腕を折り、あげくロックハートに骨抜きにされてしまった。そのせいで死ぬほどまずい骨生え薬を飲むハメになった。

 しかも保健室にドビーが現れ、いま学校で起きている恐ろしいことについて不吉なことだけ言い残して逃げた…もとい、消えてしまった。

 

 そのほぼ同時刻、コリン・クリービーが石にされたのだ。

 

 

「急いで継承者が誰か突き止めなきゃ!」

 ハーマイオニーはハリーの言葉を聞いて頷いた。

「そのためには、ハリーに辛い決心をしてもらう必要があるわ」

「えっ…」

 

 ポリジュース薬の材料を手に入れるため、ハーマイオニーが考え出したのはハーマイオニーらしからぬ方法だった。

 必要な材料はスネイプの薬品庫にしかない。だが当然のように常に施錠はばっちりで、鍵が開いているのは授業中くらいだ。

 だから授業中騒ぎを起こしてその隙に火事場泥棒をしよう!というのがハーマイオニーの作戦だった。

 ロンはそれを聞いて面白がったが、ハリーは絶望的な気分になった。次の授業はふくれ薬を作ると予告されていたのだが、それをロンと一緒に爆発させなければならない。

 

「万が一スネイプが被弾してみろ…僕、殺される」

「ま、まあ君の好感度はゼロなんだし、これ以上悪くなることはないじゃん!」

 顔面蒼白のハリーにロンが明るくフォローしたが、全然フォローになってなかった。

「それをなんとかするために必死に勉強してるんだよ!」

「じゃあこのまま生徒たちが石にされ続けてもいいの?」

 ハーマイオニーのビシッとした指摘にハリーは何も言い返せず、黙って受け入れるしかなかった。

 

 

 クィディッチの初試合のときよりも胃が痛い。お金を払ってもいい、シェーマスに頼めないだろうか?でも薬品庫に忍び込んでも気づかないほどの隙を作るにはシェーマスじゃだめだ。

 これまでミスなく授業を切り抜けてきたハリーが問題を起こせばスネイプは喜んで食いついてくる。やっぱりハリーが適任なのだ。それかネビルが3人くらい毒ガスで殺すとか、それくらいの規模でやらかしてくれないと…。

 

 作戦決行の授業前、ハリーは神様に祈った。

 どうかスネイプに薬が被弾しませんように…!そうだ。いっそ全部マルフォイに当たれ!と。

 

「ハリー」

「なに?」

「グッドラックよ」

 ハーマイオニーはなぜかとても楽しそうだった。規則破りに青筋立ててた彼女はどこへ行ってしまったんだろうか。

 

 

 授業が始まった。スネイプはいつも通り不機嫌そうな表情でふくれ薬の作り方の書かれた黒板の前を行ったり来たりしながら注意事項を述べた。

 最近のスネイプはほとんどミスをしないハリーに対して無視するという方針をとっているのでこちらをチラリとも見ない。だからこそ爆発させるために通常ありえない材料をこっそり混ぜるのも可能だった。

 ペアを組んでるロンがスネイプの視線があさっての方向にそれたのを確認してハリーへウインクした。審判のときだ。

 

 スネイプ先生ごめんなさい…。

 

 ハリーは鍋でグツグツ煮えてるふくれ薬にハリネズミの針の粉末をドサッと投入した。

 

 

 ふくれ薬は教室中に飛散した。生徒たちの間で悲鳴が上がり、教室は阿鼻叫喚となった。ふくれ薬がかかった生徒はその部分がどんどん膨らんでいった。

 慌てふためく生徒たちの向こうでハーマイオニーが薬品庫の扉の隙間にすっと滑り込むのが見えた。

 

「何をしているのだ、ポッター!!」

 

 スネイプが爆心地であるハリーの鍋の方へ歩いてきた。どうやらローブで体をかばったらしく無傷だった。(そもそも露出しているのが顔と手くらいなので被弾する確率は低い)

「あ…あの…!」

「一体何をどうしたらこんな簡単な薬を爆発させるのだ!?ロングボトムですら途中までまともに作れていたというのに!」

「あの、僕…教科書を読み間違えちゃって!」

「なんのための眼鏡だ。グリフィンドールから15点減点!それに罰則だ」

「そんな!事故なんです先生!」

「だまれ」

 スネイプはぴしゃりと言った。そして鼻なり耳なりが膨らんだ生徒たちを並ばせてぺしゃんこ薬を配り始めた。

 ハーマイオニーはいつの間にか自分の席について白々しく「大変だわ」と言いたげな顔をしていた。

 

 

 

 

「…まあほら、うん。思ったよりキレてなかったよな」

「……」

「それに罰則だ。二人っきりで書き取りとかかもしれないよ。やりー!」

「スネイプがそんなぬるい罰を考えつくとは思えない…」

「あー、でもクィディッチ禁止はなさそうだし。…ねえ元気出してよ」

「そうよ。ハリーのおかげでポリジュース薬作成に取り掛かれるんだから」

 どんな慰めもハリーにとっては無意味だった。気分が風船みたいにどんどん萎んでいく。

 

 

 罰則は研究室に山積みにされている提出用フラスコの掃除、一週間だった。

 それを聞いてハリーは外での掃除とかよりはマシかもしれないと思った。だが放課後、スネイプの研究室を訪れて棚にずらりと並んだフラスコを見て考えが変わった。

 地味で退屈で、とほうもなく面倒くさい罰だった。

 口の狭いフラスコに得体のしれない試薬がそこにべったりこびりついていたり、カチコチに固まった紫色のジェルっぽい何かを砕かなきゃいけなかったりと、一筋縄でいかないものばかり。

 

 しかもスネイプは立ち会わず、研究室の奥にある扉の向こうに引きこもって出てこなかった。罰則を逐一みはられるのも嫌だが、なんだか避けられているようで落ちこんでしまう。

 

「はあ…」

 

 ハリーは大きなため息をついて鉱石みたいな試薬をアイスピックで突いた。

 

 10本目のフラスコを片付けたあたりで、研究室の扉がノックされた。スネイプはすぐに個室から出てきてハリーに一瞥もくれず、訪問者を中に通した。

 入ってきたのはマルフォイだった。必死にフラスコを磨いてるハリーを見て唇の端を吊り上げた。

 

「スネイプ先生、父上がクィディッチチームに新しいスパイクを送りたいと仰っていましてね。デザインに関して、先生の意見もお聞きしたくて」

「君の父上は素晴らしい卒業生だ。本当に尊敬しているよ。…ではあちらで話そうか。ここは…罰則中だからな」

 マルフォイは鼻で笑い、これみよがしにスネイプのあとにくっついて個室へ招かれていった。ハリーは悪態をつきたくなるのをグッとこらえた。

 苛立ちは全部フラスコ掃除に向けるんだ…。と強く念じた。

 

 20分程経ってからマルフォイが部屋から出てきた。ドアを開け、一礼してからハリーの方を見た。

 

「フン。フラスコ掃除か。お前にお似合いだな」

 

 ハリーはマルフォイを睨んだ。マルフォイは一年生の頃からずっとハリーに何かとつけて突っかかってくる。こうやってしつこく何度も絡んでくるのはマルフォイがハリーのことを嫌いだからだ。

 けれども不思議なことに、マルフォイがいま何を考えているのかは手に取るようにわかるのに、スネイプの考えていることは一切わからない。マルフォイのことなんかわかったってなんの意味もないのに!

 

「マルフォイ、君は僕が嫌いなんだよね?」

 急に話しかけてきたハリーにマルフォイは少し驚きながら、いつもどおりの高飛車な調子で返した。

「は?何だ今更。ずっとそうだろ…」

「でも君は僕にしつこく構ってくる」

「構うだって?お前の間抜けっぷりが一言言わずにいられないせいさ」

「じゃあ君が避けるのってどんなやつ?」

「…はあ?」

 ハリーの変な質問にマルフォイは眉をひそめた。質問の意図がわからず黙っているマルフォイを見てハリーはがっかりしたぜと言わんばかりに視線を外した。

 

「マルフォイにわかるわけないか…」

「なんだ?いきなり変なことを言って…イカれたのか?」

「はぁ…」

「おい、無視するな!」

 

 マルフォイは無視するハリーに復讐と言わんばかりに掃除したてのフラスコを台から落としてから教室を出ていった。ハリーは悪態をついてから粉々になったフラスコをレバロで直し、掃除に戻った。

 

 全部のフラスコがピカピカになったのは罰則開始から三時間近く経ってからだった。もう広間の晩餐も片付けられている時間だ。

 ハリーはスネイプのいる個室のドアをノックした。スネイプはすぐに出てきた。

 

「あの…全部終わりました」

 

 スネイプは数秒してからドアを開けた。相変わらずの眉間に深くシワが刻まれている。取れなくなったらどうするんだろう?スネイプはそういうことを気にしないのかもしれないが、ハリーはふと見せる穏やかな顔が好きだから、できればもう少し気を使ってほしいと思った。

 

「一つ割ったな?」

「直しました。それにあれはマルフォイが…」

「言い訳は十分だ。また明日、同じ時間来るように。では帰れ、すぐに」

「…はい」

 

 あわよくば、ハリーの父親と過去に何があったのか聞きたかった。しかし取り付く島もなかった。ハリーは落胆して地下室を出て、寮へ戻っていった。

 

 

 その日ハリーが罰則から解放されたあとすぐにスネイプの研究室のドアをノックするものがいた。ロックハートだった。

 スネイプがドアを開けると、押し付けがましい笑みを浮かべたロックハートがドアに足を押し込んで爽やかに告げた。

「どうも!こんばんは。ミス・スネイプ」

「…何用ですかな」

「いえね!ちょっと提案がございまして。お時間よろしいですか?」

「……………どうぞ」

 スネイプは数秒の沈黙に「ふざけるな、とっとと帰れ、教師やめろ」という念を込めたが、ロックハートは拒絶の意図なんて全く汲まずに教室の椅子に見せつけるように足を組んで座った。スネイプからするとそんなアピールをされてもうざったいだけだった。

 

「近頃起きてる残酷な事件ですが…猫から始まり、ついにコリン・クリービーくんが犠牲になりました…私はこれにとても胸を痛めていましてね」

「それで?」

「校長に提案したのです!決闘クラブを開いてみてはいかがでしょうとね!いいアイディアでしょう?まあ闇の魔術に対する防衛術の教師として当然ですが!」

「そりゃいいですね」

「それでね、ぜひ先生に助手をお願いできないかと…お願いしに来た次第です。いかがでしょうか」

「お断りします」

 スネイプが即答すると、ロックハートはわざとらしく腕を大振りして引き止める。

「ああ、そう言わないで!年の近いあなたにしか頼めないんですよ。なんせ私、一番若造ですから…」

「我輩はそのようなイベントごとに興味はないので」

 スネイプは頑なに拒否する。ロックハートは柔和な笑みを浮かべながら、頭の中で高速で思考した。

 ロックハートがロックハートたるゆえんはチャーミングな仕草や忘却術という技術ではない。こういうときに自分の意見を押し通す閃きの瞬発力なのだ。

 

「イベントなんてとんでもない!生徒の安全のためですよ。…まあ確かに、スネイプ先生は女性だ。決闘を不安に思う気持ちは理解できますが…」

 

 スネイプの眉がピクリと反応した。

「…別に女性だから臆しているわけではありませんが?」

 ロックハートはすかさず畳み掛けた。

「いや、手加減はしますが…相手が人形やカカシではやはり、どうも。でも確かに、怪我でもなされたら大変だ。可愛らしいスネイプ先生を転ばせでもしたら、私のスリザリンからの好感度は地に落ちてしまう!」

 

 堕ちたな。

 ロックハートは苛立っているスネイプを見て確信した。スネイプは苛立ちを鎮めるように大きく深呼吸してから腕を組んで胸を張って言った。

 

「いいでしょう、やります。やりましょうとも」

 

 

 

 

 

 

 


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