【完結】覆水盆に返らず   作:家葉 テイク

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02 中編

   四

 

 そうこう言っているうちに、神祓達を乗せた無料シャトルバスはあっという間に学園へと到着した。

 他の学生と案内人たちが下りていくのに従ってバスから降りた神祓達は、そのまま校門に入ったあたりで立ち止まる。

 

 

「学内に入ったら、俺はお役御免だ。悪いが他にも学生客を呼び込まなくっちゃーならないんでね」

 

「そっか……。せっかく仲良くなれたのに残念かも」

 

「案内ありがとな、神祓。俺達は俺達で楽しんでるから」

 

 

 互いに言い合って、神祓と上条達は別れ別れになる。

 そしてそこから、神祓は行動を開始した。今の神祓は、多くの学生に学生を案内している姿を目撃されている。つまり、ごく普通の行動をとることにより『負の注目度』を得ている状態になる。

 そうして行動の自由を確保した神祓は、すぐさま前以て準備していた術式に魔力を通す──が。

 

 

「………………本当に」

 

 

 その行動は、背後からかけられたインデックスの声によって、一時中断せざるを得なかった。

 

 

「せっかく仲良くなれたのに、残念かも」

 

 

 振り返ると、そこには先ほどまでいた純真な少女などいなかった。

 そこにいるのは、あらゆる悪しき者に対抗するために(まじゅつ)を極めた組織必要悪の教会(ネセサリウス)の一員、禁書目録(インデックス)だった。

 

 

「お、前……?」

「Index-Librorum-Prohibitorumって言ったら、分かるかな」

 

 

 言われて、神祓は戦慄した。

 その名はつまり──禁書目録。

 言われてみれば、魔術業界の噂で禁書目録が学園都市にいるという話は聞いていた。

 此処が科学の街で、かつ魔力が全く感知できなかったので気付かなかったが……。

 

 インデックスは、徐に円盤を取り出した神祓を油断なく見据えつつ言う。

 

「あなた、魔術師だね。どういう目的か知らないけど、こんなところで魔術を使おうとしているなんてそれだけで見過ごせないんだよ」

「何やろうとしてんのか聞かずに殴りかかるようなことはしないけどさ」

 

 ザッ、と。

 その傍らに、ツンツン頭の少年が並び立つ。

 右手を構えた彼もまた、魔術師である神祓にとってはある種の有名人だった。

 

「まず、話は聞かせてもらおうか」

(『とうま』……上条当麻か────ッ!! クソったれ、俺は馬鹿か!? 『追跡封じ(ルートディスターブ)』と『告解の火曜(マルディグラ)』を叩き潰した野郎をここまで至近に寄せておいて、何故なんの脅威も感知できなかった!?)

 

 実際にはその無害さこそが上条当麻の真骨頂でもあるのだが──それを知らない神祓は歯噛みして、

 

「霧よ!!」

 

 問答無用でルーンを起動させ、上条とインデックスの間に分厚い霧の壁を展開する。

 当然ながら辺りは一気に白一色に包まれ、周囲の学生達は突然の霧に軽いパニック状態になる。

 当然ながら、一気に視界が隠れた上条も慌てたように右手を翳す。ただ、霧自体は魔術によるものではあるが、気体である関係上、右手では一気に殺しきれないようだった。

 

 

「くそっ!! なんだこれ!?」

 

「苦し紛れだね。このくらいの魔術、私には目くらましにもならないかも!!」

 

(だろーよ……!!)

 

 

 もちろん、神祓もインデックスの触れ込みくらいは聞き及んでいる。一〇万三〇〇〇冊の魔導書を脳内に収めた魔道図書館。彼女の前では、並大抵の魔術は無力化されてしまうだろう。

 だから神祓も、最初からこの魔術は破られるのが前提だと思っていた。

 

 

密度を変更(CTD)疎となり散開せよ(SAS)!」

 

 

 インデックスの強制詠唱(スキルインターセプト)が発動し、霧が一気に散らばり煙幕としての役を成さなくなる。

 しかし──開けた視界に飛び込んできたのは、無数の学生達が右往左往している光景だった。

 

 

「なっ!?」

 

「魔道図書館サマに魔術で挑むほど、俺は無鉄砲じゃねーぜ。人を隠すなら人の中……はちーっと違うか。だがまー、お前らの相手をしてる暇はねーんだ。さっさと退散して目的を果たさせてもらうぞ!!」

 

 

 言いながら、神祓は軽々と水路を飛び越え、上条とインデックスから離れていく。

 その動きに迷いはなく、完全に虚を突かれたインデックスは魔術でもなんでもない当たり前の逃走術の前に成す術もなかった。

 ──そう、インデックス、()

 

 

「そう簡単に、逃げられると思うなよ!!」

 

 

 逆に言えば、『平凡な高校生』である上条当麻はその限りではない。

 厄介事に巻き込まれがちなため夜通し走り回ることもザラにある上条は、持久走には自信がある。障害物にあふれた路地裏なんかも走る都合上、霧で立ち止まった人垣を抜けて追跡するくらいならば多少足は遅れるものの、不可能というほどではなかった。

 

 

「チッ……そう簡単に振り切らせてはもらえねーかよ!!」

 

 

 返す刃で水の槍を叩きつけるものの、それは上条の右手の一振りで消し飛ばされてしまう。

 これを見て、流石に神祓も目を丸くした。

 

 

「魔術を、打ち消しただと……!? 俺はまだ『脱色』してねーぞ!? 学園都市にはこんな能力を持つ学生までいるってのかよ!?」

 

「神祓!! お前いったい何しようとしてるんだ!? 答えろ!!」

 

「~~ッ、水よ!」

 

 

 瞬間、神祓の手の中の円盤上を、水が滑る。

 それに呼応して、網の目のように張り巡らされた水路から大蛇が首をもたげるように水流が持ち上がった。

 

 

「小舟となりて大海を渡れ!!」

 

 

 ドッ!! と。

 透明な水流が、何故か木製の小舟のような存在感を放って上条へと突撃する。反射的に右手で防ごうとした上条だったが、直後にそれが間違いだったと気付いた。

 

 

「──!! しまっ、下か!!」

 

 

 水流は上条の手前で下に向きを変え、ちょうど上条の足元を直撃するような軌道で地面に向かう。

 上条は寸でのところで跳躍し、なんとか水流の直撃を回避するが──それでも、地を這う水流に足を取られ、転びそうになる。

 急いで水に右手で触れて妨害を解除するが、神祓もそれを黙って見ているわけではなかった。

 

 さっ、と上条に何かの影が差す。

 

「お前のその能力……右手で発動しているわけか。地面に向けた直後に頭上からのもう一撃──今度は躱せるか!?」

 

 弾かれたように空を見上げると、ちょうど先ほどと同じように木製の小舟のような存在感を放つ水の塊が迫って来ていた。

 

(ルーン魔術の本質は『染色と脱色』! 耳で聞こえる詠唱なんて気分を切り替えるスイッチ程度の意味合いしかねー……。文字さえ用意しておけば、一度の詠唱で二度の発動くらいは訳ないってんだよ! 一度目を打ち消した直後の攻撃、防ぐ手立てはねー……!!)

 

 腕を振り下ろしながら、神祓は勝利を確信する。

 もちろん一撃で気絶させられるような威力ではないし、上条の右手の性質を考えれば途中で打ち消される可能性も高いだろう。

 だが、それでも確実に怯みはする。神祓の目的は上条の撃滅ではないのだ。隙さえ作れれば、そのまま逃げおおせて『目的』を果たすことができる。そうすれば神祓の『勝利』だ。

 

 だが。

 

 

「……ォ、おォォおおおおおおおおおおッッ!!!!」

 

 

 神祓の予想に反して、上条当麻を押し流すことはできなかった。

 右手以外は『平凡な学生』のはずの上条は、絶対に打ち消しきれない一撃を前に、()()()()()()()のだ。

 完全に想定外の一手に対して神祓の思考が空白に染められる。その間にも、一歩踏み出した上条の背後で大瀑布が巻き起こった。

 当然、上条はそれを受け止めることなどできない。しかしこの場合、逆にそれがよかった。水に流されるようにして押された上条は、その勢いを使って神祓へと接近する。

 

 

「なッ……こいつ、あの一瞬でこの手を!?」

 

 

 思わず戦慄する神祓だが、有効な一手はない。先ほどの上条と同じだ。一撃を加えた直後のタイミング、彼女はさらなる行動をとるだけの余裕がない──。

 

 ゴッ!! と、拳が肉を叩く音が響いた。

 上条の右拳を顔面に受けた神祓の身体が、勢いよく後ろに倒れていく。咄嗟に手を突いて受け身を取った神祓は、口端から血を流しながらも、瞳に強い意志を宿していた。

 

 

「話をする気がないってんなら、俺だって力づくで動くしかないぞ。それが嫌なら答えろ。神祓、お前はいったい何をしようとしてるんだ!?」

「…………、」

 

 魔術を殺す右手に加えて、咄嗟の局面で最善を掴み取る機転。

 圧倒的不利の中にあって、神祓が口をひらこうとした瞬間だった。

 

 ヴヴヴ、と。

 

 網目状に張り巡らされた水路から、何かの機械音が響きだしたのは。

 

 

「……? 神祓、何かマズイぞ!!」

 

 

 上条が咄嗟に神祓の手を引き上げたのは、殆ど予知にも似た彼の直感の賜物だろう。

 上条が神祓を引き上げた直後、彼女が先ほどまで倒れていたところを、何かの魚のような機械が通過したのだ。

 

 

「な、んだあれ……!?」

 

「……チッ、HsMS-12か!! やーっぱ面倒なことになりやがったな……!」

 

 

 動揺する上条とは裏腹に、魔術師のはずの神祓は切羽詰まった調子で呟くと、手に持った円盤を振るう。その表面を水が走り、高速で複数の文字を描いていく。

 

 

「水よ、小舟となりて大海を渡れ!」

 

 

 虚空から溢れ出すように現れた水が、機械の魚を一気に吹き飛ばした。

 ひとまずの小康状態を作った神祓は、そのまま数秒前までの敵の手を掴み、こう告げる。

 

 

「こうなっちまったらしょうがない。逃げるぞ上条。『理事長』のところまで!!」

 

 

 

   五

 

「おい神祓、いい加減説明してくれ!」

 

 あたりに水路のない区画。

 機械魚からやっとの思いで逃げた上条は、そこでようやく立ち止まって、改めて神祓を問い詰めていた。

 今度は、神祓も逃げるつもりはない。彼女は一度上条とぶつかってみて、彼の追撃を躱しながら目的を果たすことは不可能だと冷静に判断していた。

 このあたりは、少女時代に既に魔術で世界一周の偉業を成し遂げた『全海既踏(フェルディナンド)』たる神祓だからこそだろう。世界を一周するというのは、魔術の強さだけで成り立つほど甘い偉業ではないのだ。

 

 

「お前、いったい何をやろうとしているんだ!?」

 

「…………ま、ここまできたらしょーがないか」

 

 

 神祓は静かに笑って、

 

 

「俺の目的は一つ。()()()()()の阻害にある」

 

「……とある魔術の、阻害?」

 

「死者の蘇生だ」

 

「…………!!」

 

 

 その言葉に、上条は思わず息を呑んだ。

 

 死者の、蘇生。

 それは科学の発展した学園都市でも、そして御伽噺みたいな魔術サイドでも、未だ成し遂げられていない未踏の領域。

 もしもそんなことができるなら、それはもう神の領域にも等しいと、上条は思うが──。

 

 

「術者は、この学園の理事長。磯焼(いそやけ)愛離(あいり)。ヤツは死んだ父を生き返らせる為に術式の準備をしていやがるのさ」

 

 

 忌々し気に言う神祓だったが、上条はそれに言いようのない違和感を抱いていた。

 確かに死者蘇生というと、自然の摂理に逆らった所業のように聞こえる。だが、それは科学だって同じことだ。数十年前までは不治の病として『自然の摂理』だったものを、技術で『取り返しのつくもの』にしているのだから。

 それを考えれば、死者を生き返らせる術式だってそれだけで責められる謂れはないはずだが──。

 

 

「ねーと思ってんのか? 代償がよ。……死者の蘇生だぞ。そんなモン、プロの魔術師でもできやしねー。当然、相応のリスクがあるに決まってんだろ」

 

「…………!」

 

「等価交換ってヤツでね。ヤツの扱う術式は、人間一人を生き返らせるかわりに()()()()()()()()()()()()()()()()()。…………それも、無差別にな」

 

 

 つまり。

 神祓海繰が学園都市に潜入したそもそもの原因は──父を生き返らせる為に誰かを犠牲にしようとする磯焼の暴走を止めることにあった。

 その為に、彼女が理事長を務める学園に潜入し、暗躍していたのだ。

 

 

「…………分からないな」

 

 

 だが、その事実を聞いて尚、上条は釈然としない思いを抱えていた。

 

 

「お前が理不尽に他者の命を奪おうとしているこの学園の理事長を止めようとしてるってことは分かった。でも、お前の話は矛盾だらけだ。そもそもなんで、学園都市にある学園の理事長が魔術を使えるんだ? そしてなんで、お前がその事情を細かく把握できている? ……正直、今までの話が全部嘘だって方が信憑性があるぞ」

 

「やーっぱそうなるのが自然だわな」

 

 疑いの目を向けられた神祓だったが、スク水ジャージの少女はむしろそれが当然とばかりに笑っていた。

 あっけらかんと笑われて、逆に罪悪感に駆られてしまう上条を慰めるように、神祓は続ける。

 

 

「…………友達だったのさ」

 

 

 その一言には、確かな温かさがあった。

 

 

「こんなナリしてるがね。俺はちょーっと若作りしててな、実年齢は三〇だ」

 

「さんじゅっ!?」

 

 

 思わず声を上げながら、上条は目の前の『少女』を見てみる。

 …………青髪をポニーテールにした、スク水ジャージ。どこからどう見ても高校生くらいの少女である。

 いやまぁ、上条の担任には酒も煙草も嗜む幼女がいたりするので、そういう意味ではこのくらいは不思議ではないのだが。

 

 神祓は上条の動揺は軽く流し、

 

 

「当時の俺はまだガキでな。……ひょんなことから仲良くなったアイツの、力になってやりたかったんだと、思う。当時アイツの家にいた飼い犬(ペット)の怪我を、魔術で癒した」

 

 

 懐かしい記憶を呼び起こしているのだろう。優しい声色で、神祓はそう振り返る。

 当時から魔術師だった彼女は、一般人であっただろう磯焼の前で魔術を使った。そして磯焼は、それから長い年月を経て──。

 

 

「…………だから、捻じ曲がった。いや、俺が、捻じ曲げてしまった。大切な肉親の死を受け入れられなかったアイツは、あの時俺が見せた魔術を思い出したんだろう。そして、誰かを犠牲にする決断をしちまった」

 

 

 神祓は、静かに拳を握る。

 その表情からは静かな怒りが伺えるが──彼女は礒焼に怒っているのではない、と上条には分かった。神祓が怒っているのは、おそらく、彼女が決定的に歪む原因となった、幼き日の己の善意だ。

 相手の為になるからと、その後に及ぶ責任について考えもしなかった、無邪気な愚昧(やさし)さだ。

 

 

「…………神祓、お前……」

 

「最初に言っておくが、お前の力は使わせんぞ。これは俺の問題だ。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 神祓は、襲い掛かったときよりもずっと獰猛な表情で上条に言う。

 

 無責任な優しさによって生み出されてしまった歪な幻想を、殺す。神祓はその為に学園都市に来たのだった。

 その静かな覚悟に、上条は何も言えなかった。

 こんな悲しい友情に対して、上条がかけられる言葉なんて何もなかった。

 

 

「……だからできるなら、お前は此処で帰ってくれ。これは俺の問題だから。俺が、決着をつけるべき過ちだから」

 

「………………それは、できない」

 

 

 それでも。

 ただの高校生である上条の出る幕なんかないと分かっていても、その事実を認識したうえで、上条は明確に拒否の言葉を返した。

 

 

「一応、理由は聞いておくが」

 

「失敗を取り戻したいってんなら、俺にも失点はあるからな」

 

 

 上条は握った拳に視線を落とし、そして少し口をつぐんだ。

 どこか遠くから、賑やかさとは異なる喧噪が聞こえてくる。

 

 

「……俺とお前の戦闘で、学園は軽いパニックになっている。さっきの機械の魚……この学園の警備が動いたのも要因の一つだろう。もとはと言えば、俺達が勘違いでお前の前に立ち塞がったのが原因だからな」

 

 

 実際には、立ち塞がった上条達に事情を説明しなかった神祓の落ち度でもあるわけだが──神祓はあえてそこには触れなかった。

 それが上条の方便であることを見抜いていたからだ。

 

 道を踏み外した友人を正すという、悲しい決意。その決心によって、神祓の精神が削れていることを、上条は無意識に見抜いていた。

 だってそうだろう。完全に冷静な人間だったら、そもそもインデックスと上条に魔術の使用が露見した時点で二人を味方につけようと考える。神祓はこの街を守るために動いているのだから、二人の助力をとりつけることは容易のはずだ。

 にも拘らず、神祓は上条達と敵対する勢いでその場から逃げ出した。

 

 それは、彼女が『自分の手で事件を解決したい』という拘りの為に合理性を投げ捨てたからだ。

 そしてそこで合理性を投げ捨ててしまう──そんな『魔術師』の危うい精神性を、上条は見過ごすことができなかった。

 

 

「…………損な性分だね、お前も」

 

 

 神祓は意味が通じないであろうことを承知で呟き、

 

 

「分かった、上条。改めて頼む。──俺と一緒に、道を踏み外した友達を引っ張り上げてくれ」

 

 言って、神祓は円盤を持っていない右手を上条に差し出す。

 

 上条の答えは、当然決まっていた。




神祓の証言は適度に疑ってくださいませ。
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