雪は溶けない   作:箱葉

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tgt.0の後半を家継視点に大幅改稿しています!
開示される情報自体はほぼ変わっていないため、読まなくても支障はありません。もうがっつり直したいところはないので、読み返したときにちまちま直すくらいだと思います。度々改稿してすみません!




tgt.9 見回り商店街

 

 

 肌寒くなり、シャツの上にセーターを着込まなくてはいけない季節になってきた。

 気温が下がると余計に眠くなるので苦手だ。暖を取ろうと学ランのポケットに手を突っ込む。

 ズボンにもポケットはあるが、そちらにはおしゃぶりの箱が入っている。あれは常にひんやりしているので触りたくない。

 

 冷たい風に身を縮こまらせながら目的地へ向かう。

 今日見回りを担当する場所は、すこし離れた位置にある商店街だ。

 眠い目を擦りながら閑静な住宅街を歩いていると、ふいに声を掛けられた。

 

「おいガキ、ちょっとツラ貸せや」

 

 耳にタコができるほど聞いた台詞だ。小さな溜息を吐いて振り向く。

 ヤのつく職業らしき方々が10数名、嫌な笑みを浮かべながらこちらを見下ろしている。各々の手にバットや折り畳みナイフまで握られており(治安が悪すぎる……)と内心ぼやいた。

 声を掛けてきた男が、これ見よがしにナイフをちらつかせる。

 

「おまえ、フーキイインだろ? なら雲雀恭弥に連絡取れるよなぁ?」

「取れるね。それがどうかした?」

 

 横目で周囲の状況を確認する。男たちは家継を囲もうと、じりじり距離を詰めてきていた。

 

 ――幸いなことに、そして彼らにとっては不幸なことに、一般人は近くにいない。

 

 男は機嫌がよさそうに馴れ馴れしく家継の肩へ腕を回し、顔を近づける。

 

「いますぐ呼び出してくれねーかなぁ。さもないと――」

 

 刹那、家継は裏拳で男の鼻を折った。

 

「ぐあああッ!?」

 

 ゴキッなんて鈍い音とともに悲鳴が響く。すかさず鳩尾にも一発入れ、男が地面に崩れ落ちる。

 

「テメエ、何しやがる!!」

 

 怒号とともに一斉に武器が向けられ、家継は目を細めて薄く笑った。

 

「ごめんね。きみらみたいな雑魚を紹介すると、おれが咬み殺されるんだ」

「な、なんだこのガキ……!」

「おい何やってる! 早く潰せ!」

 

 三節棍を振るい、飛び掛かってきた男たちをまとめて昏倒させる。

 どの攻撃も止まっているように見えるほど遅い。思い通りの場所に攻撃が来て、腕を振るえば必ず攻撃が当たる。

 的確に、流れ作業のように処理していく。

 なにもかもが順調で、だからこそ、家継はもやもやとした気持ちを抱えていた。

 

(今はちゃんと動ける。じゃあ、なんでディーノさんとの手合わせでは体がうまく動かないんだろう……)

 

 しばらく沢田家に泊まっている兄弟子、ディーノ。

 家継はあれから、事あるごとに彼へ勝負を挑んでいた。

 しかし何度戦っても勝てない。それどころか、日に日に自分の動きが悪くなっている気がするのだ。

 

「よくもアニキを! 死にさらせや――ぐあっ!!」

「テメエェェ! ぐっ……!」

「う~ん……ほんと、絶好調のはずなんだけどな……」

 

 最後のひとりの頭を塀に叩きつける。血が飛び散って「あちゃ」と小さく声を上げた。

 人様の家の塀を汚してしまった。

 まあ、風紀委員に連絡すれば掃除してくれるだろう。

 

 折り重なった男たちに意識がないことを確認していると、冷たい風が吹いてひゃっと肩をすくめた。寒い。早く帰りたい。

 冷えた手で携帯を取り出し、比較的よく話す風紀委員に連絡を取る。

 

「あー武藤くん? ヤクザの塊が落ちてるから回収に来てくれるかな」

『うす、分かりました』

「じゃーね」

 

 簡潔に用件を伝えて電話を切り、位置情報を送る。ひとりやふたりなら自分で運ぶが、さすがにこの量は無理だ。

 三節棍をしまった家継は、後片付けを丸投げしてさっさと歩き出した。

 

 

 ――警察官が制服を着ているのは、一目で警察だと分かるようにするためであり、犯罪の抑止に繋がるからだと聞いたことがある。

 それなら風紀委員の学ランと腕章(とリーゼント)も、並盛町においては近い意味を持っているのではないだろうか。抑止力以上に、恐怖や怨恨を生み出している気もするが。

 

 こちらの服装にぎょっとした表情を向けてくる住民たちを見て、そんなことを考える。

 

 少々ハプニングはあったものの、無事に商店街へ到着した家継は見回りを始めた。

 しかし今日はなかなか出番が多い日のようだ。

 

 30メートルほど先のほうで「キャァァ! 引ったくりよ!」と悲鳴が聞こえる。

 どれだけルールを敷いても、暴力で支配しても、犯罪を起こす者は絶えないらしい。

 

 歩行者を突き飛ばしながら男がこちらへ走ってくる。

 彼は家継の服装を見て眉をひそめたが、体格的に脅威ではないと思ったのだろう、そのまま突き進んできた。

 わざと避けるように後ずさる。

 真横を男が通り抜けようとした瞬間、足を突き出して引っ掛けた。勢いよく体勢を崩した男に手刀を打ち、一瞬で意識を刈り取る。

 

 人目のあるところで無駄に暴力を振るう気は流石にない。

 

 うつ伏せに倒れた男の手からカバンを取り、埃を軽く払った。息を切らしながら駆け寄ってきた中年の女性が、家継を見て目を丸くする。

 

「まあ……! あ、あなたが取り返してくれたの?」

「はい。どーぞ、お怪我はないですか?」

「ええ、ええ、大丈夫よ。ありがとう、風紀委員ってあなたみたいな子もいるのねえ!」

 

 ほっとしたようにカバンを受け取った女性は「これくらいしかないんだけど、よかったら食べて」と個包装の飴玉を3つ渡してきた。ソーダ味だ。

 

(おばちゃんって何でみんな飴玉持ってるんだろう……)

 

 中年以上の女性を助けたとき、飴玉をもらう確率が異様に高い。毎度のことながら不思議だ。美味しいので文句はないが。

 家継は「ありがとーございます」と微笑みながら受け取って、何度も礼を言う彼女に手を振った。

 

 人の目もあり軽めに攻撃したので、引ったくり犯の意識はいつ戻ってもおかしくない。すぐ逃げられないよう、背中によいしょと座り込んだ。

 通路のど真ん中だったせいで、人々は家継たちを避けるように大きく迂回している。

 

 飴玉を口に放り込みながら、もう一度風紀委員に位置情報を送った。ヤクザのついでに回収してもらおう。

 

 膝の上にひじを乗せて、頬杖をつく。

 じっとしていると余計に眠い。回収班が到着するまでこのまま寝ようかな、なんて欠伸をしていたとき「いーくん?」と声がした。

 

 ――この呼び方をする人物はひとりしかいない。

 

 一気に目が覚め、勢いよく振り向くと、目を丸くした母が立っていた。

 

「うわっ、か、母さん!?」

「まあ、何してるの? 人の上に座っちゃいけません!」

 

 まずい。まさかこんなところで会うとは。

 背筋に冷や汗が伝う。慌てて立ち上がりながら「いや、違うよ、これは!」と手をぶんぶん振った。

 

「この人、引ったくりなの! だから逃げないよう重しになってたんだ」

「やだ、そうなの。引ったくりって……危ないわねえ、怪我はない?」

「全然ないよ、ほらちょー元気」

 

 腕を広げて見せると、眉根を下げていた母はほっとしたように笑った。「もう、男の子ってほんとにやんちゃなんだから」と両手で頬をむにむに挟まれる。

 彼女の手が、まだまだ形を保っている飴玉に当たったようで「ん? なに食べてるの?」と尋ねられた。

 

「さっきカバン取り返したお礼にって、飴もらった。まだ2個あるから1個あげるよ」

「あらいいの? ありがとう~」

 

 どーぞ、と母の手に飴玉を載せていると、馴染みのある声が商店街に響く。

 

「ツグさん!」

 

 風紀委員が数人、リーゼントを揺らしながら駆け寄ってきた。先頭にいる男は先ほど連絡を取った武藤だ。ヤクザの回収が終わったのだろう。

 

「ごめーん。これ、引ったくりだからついでに持って行ってほしくてさ」

「ああ、それでですか。分かりました」

 

 武藤は頷き、他の委員に目配せをして気絶している男を運んでいった。仕事が早くて助かる。

 すぐに去ってしまった彼らを見送り、母は不思議そうに「お友達?」と首を傾げた。

 

「同じ委員会の子だよ。おれじゃ運べないから、あの人たちに警察へ連れて行ってもらったんだ~」

「まあ、風紀委員ってそういうこともしてくれるのねえ」

 

 うちの学校だけだと思う、という言葉は飲み込んで微笑む。

 

「それより、母さんはなんでここに? いつものスーパーより遠いよね」

「ああっそうだったわ! 今日、この商店街にあるスーパーで大安売りしてるのよ~! だから頑張って来ちゃったの」

「な、なるほど……それでか」

 

 完全に身内はいないと油断していたので、いまだに心臓が跳ねている。

 手刀したところを目撃されなくて良かった。弟にもだが、母にだって暴力のぼの字も見せたくない。

 

「買い物、付き合うよ。荷物重いでしょ」

「いいのよ、いつも沢山お手伝いしてくれるじゃない。休みの日くらい遊んできなさいな」

「遊びまくってるからだいじょーぶだよ、ね、一緒に行きたいな~」

 

 甘えるように手を握ると、彼女は「まあ」と嬉しそうに笑った。

 

「いーくんが来てくれるなら心強いわ。じゃあ張り切っていっぱい買っちゃいましょ!」

「やった、任せて~!」

 

 見回りの続きは買い物のついででも出来る。

 まるで今日1日、何事もなかったかのような満面の笑みで母にくっつく。

 そうしてふたりは繋いだ手をゆらゆらと揺らしながら、スーパーへ足を向けた。

 

 

▽▽▽

 

 

 数時間後。

 オレンジ色の夕日に照らされながら、親子は戦利品を抱えて帰路についていた。

 Lサイズのレジ袋5つ。そのうちの4つを家継が、残りを母が持っている。重くないか心配されたが、普段から3kgの三節棍を腕に留めているのだ。どうということはない。

 

 それよりも家継は、購入した食料や日用品の量にちょっと引いていた。

 沢田家には驚くような勢いで居候が増えている。どれだけ買っても足りないのだろう。

 もうすこし、買い物に付き合う回数を増やしたほうがいいかもしれない。

 

 和やかに会話しながら公園の横を通りがかったとき、知っている顔を見つけて家継は声を上げた。

 

「あれ、獄寺くんだ」

「あら?」

 

 いつも元気にダイナマイトを爆発させている彼が、珍しくひとりでブランコに座っていた。

 すこし項垂れているようにも見える。いったいどうしたのだろう。

 母と顔を見合わせて、ふたりは自然と獄寺のほうへ足を向けた。

 

「ほんとだわ、獄寺くんじゃない」

「何してるの~?」

「! お母様、お兄様……」

「ん? ひとり? ツナたちは?」

「いや……自分はそろそろ帰ろうかと……」

 

 母が首を傾げると、獄寺は焦ったような様子で言葉を濁した。本当に珍しい。

 彼が立ち上がろうとブランコの鎖を掴んだとき、母が「あら」と声を上げた。

 

「そのブレスレットじゃない? 高校生の不良の方たちが上納品として持ってきたっていうのは」

「え!! なぜそれを……?」

「獄寺くんのことはツナがよく話すもの、ねえ?」

「うん。晩ごはんのときとか、いつも話してるよ」

 

 ほとんどは獄寺の怖いところを話しているというか、被害報告のようなものだが、それでも昔に比べればずっと楽しそうだ。

 なかなか友達を作れていなさそうで心配していたのだが、獄寺や山本たちのおかげで綱吉は随分明るくなった。

 町内で問題を起こすのは勘弁してほしいが、感謝だってしているのだ。

 

「いつも……10代目がオレの話を?」

「ええ。ツナの口から獄寺くんの名前が出ない日はないわ」

「そうそう。いつも仲良くしてくれてありがとね」

 

 感極まった様子の獄寺は瞳を潤ませ「すいません10代目! オレ間違ってました!!」と言いながら走り去ってしまった。

 

「獄寺くん?」

 

 きょとんと目を丸める母に、家継は「なんか、解決したみたいで良かったね」と肩をすくめる。

 

「解決って、なにが?」

「さあ……? おれたちも早く帰ろ、寒いよ~」

「そうだったわ! 日が落ちる前に帰らなくちゃ」

 

 母を促して歩き始める。

 

 それにしても、友達のことで悩むなんて、青春してるみたいでちょっと羨ましいなと思った。

 

 

 

 その日の夕食後。

 風呂を終えた家継は、自室で枕を抱えて寝転びながら、リボーンとダラダラ取り留めのない話をしていた。

 家庭教師は夜だというのに、2杯目のエスプレッソを飲んでいる。

 

 夕方に獄寺が落ち込んでいる様子だったのは、強化プログラムとやらをさせられていたから――らしい。

 考案者がリボーンという時点で、ハチャメチャだったんだろうということが窺える。

 

「獄寺くん、可哀想に……」

「アイツの強化プログラムは成功したからな、次はおまえだぞ」

「おれ!? いらない、いらない」

 

 足をバタバタさせて抗議すると「ホコリ立てんな」とクレームが来た。

 リボーンの真っ黒な瞳がきらりと光る。

 

「おまえだって補欠とはいえボンゴレのボス候補なんだ。しっかり教育してやらねーとな」

「いいよお……ツッくんを助けてあげて、おれボスになる気ないし」

「……そういや、ツナもめちゃくちゃ嫌がってんのに、おまえは積極的にボスになるとは言わねーんだな」

 

 思い出したかのように彼が「なんでだ?」と首を傾げた。

 家継だって代われるものなら代わってやりたい。しかし、それでは駄目なのだ。

 

「だって、ツッくんがボスになったら守ってくれる人が増えるでしょ? おれがボスになったとしたら……もしツッくんかおれ、どちらかしか助けられない状況になるとするじゃん。そしたら、きっとおれが優先されちゃう。それじゃ駄目なんだよ」

「そこまで考えてるとキメーな」

「シンプルな暴言!」

 

 エスプレッソを飲み終えたリボーンが、うつ伏せだった家継の背中に飛び乗る。

 

「ぐえ」

「だから戦えることも隠してんのか。おまえがボスやればいいってツナに思わせねーように」

「それもあるけど……暴力は見せたくないんだよ」

「オレは毎日ツナに銃ぶっ放してるけどな」

「努力を泡にしてくれてどーも……」

 

 恨めしい気持ち半分、期待半分で溜息を吐く。

 この家庭教師はやり方はめちゃくちゃだが、生徒のことをよく見ている。おかげで確実に綱吉は成長しているのだ。

 だからどれだけ理不尽に見えても、口を出さないようにしようと決めていた。

 

「あいつも薄々は勘づいてそーだけどな。どこに弟の体を片手でぶん投げる、か弱いお兄ちゃんがいるんだ」

「だって、ツッくんが危ないときはどうしても手が出ちゃって……!」

 

 痛いところを突かれて顔をしかめた。

 ……そろそろ覚悟を決めるべきなのかもしれない。

 おしゃぶりのことはともかく、家継が不届き者をボコりまくっている不良の一員であると……いや、言えない。無理だ。絶対幻滅される。

 枕に顔をうずめて「うううううう」と唸った。リボーンが小さく鼻を鳴らす。

 

「それと、ディーノのこともどうするつもりだ。日ごとに動きのキレが悪くなってんぞ」

「……」

 

 本当に、嫌なことばかり聞いてくる。

 枕から顔を上げてぼそぼそと呟く。

 

「……分かってるよ。明日は、ちゃんとする」

「本当か? 明日も腑抜けてやがったらネッチョリお仕置きだからな」

「う~~ん……」

 

 動けない原因は、なんとなく分かっていた。けれど、それを認めたくない。

 まだどうにか出来るかもしれないが――出来ないかもしれない。

 眉間に皺を寄せながら、家継は「なんとか、してみるから……」と呟いた。

 

 

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