まだ鳥のさえずりも聞こえない早朝。
空が白み、ひんやりとした空気が漂う空き地で――家継はどさりと膝をついた。
今日こそは絶対ディーノに勝つ、そんな意気込みで挑んだ手合わせ。しかし結果はボロボロだった。
もはや『ディーノに攻撃する』という行為すらできなかったのだ。
(重症すぎる、最悪だ……!)
三節棍を放り出し、うずくまって頭を抱える。
理由はもう、はっきりと分かっていた。自分にこんな弱点があったなんて思わなかった。
「ツグ、どうしたんだよ。戦うたびに調子がおかしくなってねーか?」
「まったくだ。昨日ネッチョリお仕置きするって言ったよな」
怪訝そうなディーノの声がして、観戦していたリボーン、ロマーリオも近づいてくる。
家継は、何かに抗うようにひたすら体を丸めた。しかし「丸まってないで、とっとと吐け」とリボーンの蹴りが脇腹に刺さって「ウッ」と呻く。
確かに昨日、なんとかしてみるとは言った。
そして今日。なんとかするために全力で戦ってみたが……やはり無理だ。言いたくないし、認めたくもないが、もう観念するしかない。
家継は脇腹を押さえ、ぼそぼそと呟いた。
「ディ、ディーノさんが……」
「ん? オレ?」
「お……おと……弟に、見えて……攻撃できない……」
一瞬の静寂。そして、
「は――はあああ!? どういうことだそれ!?」
ディーノの叫び声と、ロマーリオの笑い声が響きわたった。
(ああもう、絶対に知られたくなかったのに……!)
情けなさでぎゅっと眉間に皺を寄せる。
――そう。家継は日を追うごとに、ディーノが弟に見えてきてしまっていた。
「いや、さすがにそれはないだろ! オレ成人してるし! 笑ってんじゃねーロマーリオ!」
「すまんボス、しかし予想外で、ははは!」
リボーンは珍しく呆れたように「なるほどな」と額に手を当てた。
「ディーノ、おまえウチに泊まってるあいだ、何回ツグに助けられたと思ってる?」
「助けられたぁ……? ああ、確かに階段から落ちそうなときは掴んでもらったが……」
訝しげな兄弟子に、家継は内心(それだけだと思ってんの?)とツッコんだ。
リボーンも指折り数えながらつらつらと言葉を並べていく。
「魚の骨は取ってもらって、零した食事は拭いてもらって、転ぶ前に支えてもらって……めちゃくちゃ世話焼かれてるからな、おまえ」
「えっ、そ、そうだったか?」
「おれは……おれは……」
始まりは、母の料理を無駄にされることが許せないという、ただそれだけだったのだ。
全力でディーノが零さないようサポートしているうちに、ほかの部分まで気になってきて、家の中を壊されたら堪らないと目を配るようになり。結果的に小さい子たちと同じくらい面倒を見る羽目になり。
そもそもリボーンに教育されて、ダメダメ状態から立派なボスになったという経緯からして綱吉に似ているのだ。普段はヘナチョコでも、誰かのためなら強くなれるところも。
気づいてしまったら終わりである。
いつの間にかいけ好かない兄弟子が、守るべき弟の枠にねじ込まれていた。
「お兄ちゃんモードが身に染みついちまってんな」
「おれがお兄ちゃんなばっかりに……」
リボーンの言葉でさらに項垂れる。
「おまえなあ……」
乱雑に頭を掻いたディーノは、考え込むように手を顎に当てた。「ボス? どうしたんだ、難しい顔して」というロマーリオの問いに「いや、ちょっとな……」と返す。
そんなディーノたちを尻目に、リボーンは家継を見上げた。
「で、どうする気だ? 喧嘩をふっかけたのはおまえだぞ」
「いや最初はせんせーが手合わせしろって言ったんじゃん」
「記憶にねーな」
平然と嘘をつく教師に「えええ」と抗議する。
しかしもう戦えない、なんて言ったらしばかれるのは目に見えていた。
ゆっくり体を起こして地面に座り込む。頭をフル回転させて、これからのことを考えた。
正直、もう敵意や殺意を持ってディーノと相対するのは無理だ。舐めている訳ではなく、ただ『身内』としてカウントしてしまっているのだ、本能が。
しかしそんな体たらくで勝てるような相手ではないことも分かっていた。
「例えば、仮に、ディーノさんが弟だとして――」
「弟じゃねーからな!?」
「それでも手合わせしなくちゃいけない場合は……」
兄として、絶対に傷つけられない。
しかし――傷つけなくても、動けないようにすればいいのではないだろうか。
「攻撃はできない、けど……傷つけずに無力化する、っていうのを、目標にするのはどう……かな」
おそるおそる、小さな教師に視線を向ける。リボーンはニヤリと口の片端を上げた。
「ただ攻撃するよりよっぽど難しーぞ」
「分かってる。でも……」
考えれば考えるほど、いい案なのではないかと思えてきた。
「ツッくんがボスになったとして、あの子はきっと誰かを傷つけることに慣れることはないと思うんだよ。……だから元々おれも、戦い方をいつかは変えなくちゃいけないとは思ってたんだ。ちょうどいい機会なんじゃないかな?」
家継は、自分や家族の命を狙う敵に対して容赦しない。敵の命はどうでもいいと思っているし、むしろ殺したほうが何度も襲われることがなくなるので効率的だとすら思っている。
しかし、綱吉がマフィアの道を進むとなったら話は別だ。あの子は家継のやり方を好まないであろうことは分かりきっている。だから、本当にちょうどいい機会だった。
ディーノが「いいんじゃねーか?」と眉を上げた。
「言うタイミングがなかったんだが、日に日に……おまえが戦意を喪失すればするほど、すげー戦いにくかったんだ」
「え?」
「どっから攻撃が来るか読めなくなっていったんだよ。ま、動きが鈍すぎて防げたけどな」
後半は余計だ。
しかし、彼の言葉で光明が見えたような気がする。攻撃が読めない、というのはかなりの強みになるのではないだろうか。
「だから、傷つけずに無力化するっつー方向性はすげーいいと思う。そっから派生して、殺意を消したまま攻撃できるようになったら化けるんじゃねーか?」
「ディーノにしてはいい意見だな」
リボーンも満足そうに頷いた。家継は目を輝かせて「それだ!」と立ち上がる。
「無力化したいだけのときも、攻撃したいときも、殺気を消せるって強くない? それで行こう……じゃなくて、お願いします!」
がばりとディーノに頭を下げる。
「お、おお……いいぜ。それと、弟に見えるっつー話だが……」
「それは諦めてください」
「いや、抗議したいわけじゃなくてだな。おまえ、もしかして年上が苦手なのか?」
思いもよらない質問に、家継は「え?」と目を丸くした。そんなこと初めて聞かれた。
もしかして、ディーノに対して接し方を悩んでいる様子を誤解されたのだろうか。首を傾げつつ答える。
「いえ……別に、母さんとか……幼馴染のお母さんとは普通に話しますけど」
「母親ばっかりじゃねーか! 年上の男は?」
「年上の男……風紀委員の先輩とかは話すけど……いや、みんな舎弟みたいに接してくるから年上感ないな」
それと恭弥は年上疑惑があるが、年齢を教えてくれないため一生の謎だ。もうあれはああいう生き物だと思って接している。
言われてみれば、年上の男性を年上として扱ったことがほとんどないかもしれない。父親は父親だし、基本的に弟か、敵か、その他大勢という認識しかない。
「う~ん……そもそも、年上とこんなに話すこと、ないかも?」
「……そうだよな。うん、よし、そうか」
ディーノはロマーリオと何かをゴニョゴニョ呟き、突然納得したように頷いた。
そしてすこし屈んで視線を合わせ、笑いながら家継の頭を撫でた。
「しゃーねーな。そういうことなら、オレが弟でいーぜ! ちょうどお兄ちゃんが欲しかったところだ」
「え……それはそれで、譲歩されてる感じがちょっと」
「どーしろってんだよ!」
がくりと頭を下げたディーノに、家継は思わず笑ってしまった。
多分、家継が接しやすいよう気を遣ってくれたのだろう。出会った当初ならそんなところにもムカついていただろうが、今は素直に優しい人だと受け止められた。
でもやっぱり、話そうとしたらぎこちなくなってしまう。彼の言う通り、自分は年上が苦手なのかもしれない。
それなら好意に甘えて弟扱いさせてもらおう。
「……じゃあ、夕方、また手合わせしてね。次からは傷つけずに勝ってみせるから」
「おう! 受けて立つぜ、お兄ちゃん」
「お兄ちゃんとは呼ばないで」
弟扱いを決めたはいいが、明らかに見た目が年上の人物からお兄ちゃんと呼ばれるのはちょっと、嫌だった。
▽▽▽
「――夫か? オレが……んだほうが……」
「……いえ、いつも――慣れて……で」
誰かが話している。
うとうと微睡みながら、音をぼんやりと受け止める。
何度か声を掛けられた気もするが眠くてたまらない。「うん……うん……」と適当に頷いて、暖かいものにぐりぐりと頭を押しつけた。
しかし段々目が覚めてきて、誰かに背負われていることに気づいた。体の前面が暖かい。
この背中は、おそらく弟だ。
「――さん、兄さん!」
「ん~……?」
しょぼしょぼした目を擦りながらおはよう、と挨拶しかけ、急に感じた寒さにくしゃみが出た。
「っくし! さむ!?」
「ゼエ、ハア……や、やっと起きた……!」
目の前で栗色の髪がふわふわ揺れている。
その先には青い空が広がっており、あれ?と首を傾げた。先ほどまでコタツの中で昼寝していたはずなのだが。
息も絶え絶えな様子の綱吉が、家継を背負ってよろめきながら歩いている。その前には「おっ、起きたか!」と笑うディーノと、肩に乗っているリボーンもいた。
背後からは大勢の足音が聞こえる。黒服の部下たちも揃っているのだろう。
やっと状況を把握し、家継は慌てて頭を上げた。
「うわっごめんツッくん、すぐ降りるよ!」
「降ろすんじゃねーぞ、ツナ。これも修行の一環だ。重いものを背負って山登りは定番だからな」
「嘘だろー!? ピクニックじゃなかったのかよ!」
リボーンの言葉に弟が悲鳴を上げる。
自分は寝ているところを修行道具にされていたらしい。
周囲は木々が密集しており、本格的な山だ。足元が不安定な状態で人間ひとり背負わせるなんて容赦がない。
綱吉のために降りてやりたいが、絶対降りるなという無言の圧をリボーンから感じる。せめてこれだけでもと、家継はおんぶされたまま袖から三節棍を出した。
「ディーノさん……これ持っててくれない? 3kgあるから外したらマシになるかも」
「えっ、それ商店街の景品……3kgもあんの!?」
「あー、持ってやりたいところではあるんだが……」
「駄目だぞ」
リボーンの無慈悲な回答に、沢田兄弟は揃って「そんな~!」と声を上げた。ディーノも苦笑いしている。
「そもそもツグを背負うって言ったのはツナだろ。最後まで責任を持て」
「だって、いつも2階に運んだりしてて慣れてるから! この状態で山登りさせられるなんて思わないだろ! あと兄さんはなんで3kgもある棒ずっと持ってるんだよ!」
「ご、ごめん……」
最後に関しては家継が悪い。重ければ重いほど攻撃力が上がって便利なんだ――とは、口が裂けても言えなかった。
「いつも運んでくれてありがとね……」
「どー、いたし、まして!」
憤慨した様子で、綱吉はのしのしと歩を進めた。
結局、三節棍を持ったまま運んでもらうことになってしまった。「3kg増えてるって聞くと余計に重く感じる……」と綱吉がぼやく。言わなければよかったかもしれない。
しかし死ぬ気モードを頻繁に経験しているからだろうか。弟の筋力がすこしずつ増えているような気がする。
成長したなあ、としみじみしているうちに、目的地に着いたらしい。一気にひらけた場所へ出て、やっとリボーンから「降ろしていーぞ」とお許しが出た。
ようやく地面に足をつけて、寒さに身震いする。
「それで、なんでこんな山奥に?」
そう尋ねると、ディーノが「トレーニングだ。今回は主にツナのな」と言いながら鞭を取り出した。
「せっかくかわいい弟分たちに会いに、はるばる日本へ来たんだ。ツナにオレのムチさばきを伝授してやろーと思ってな」
「え゙っ! いや、あの、オレ武器必要ないですし……そうだ、兄さんに教えていただけると……」
「いや、ツグはその、あれだ。商店街の景品があるから。チャレンジしたいっていうならオレは構わねーけど……」
「商店街の景品があるからいいかなあ」
「だよなあ~」
「商店街の景品ってなんなの!?」
弟のツッコミに、家継はディーノとふたりで「はは……」と曖昧な笑みを浮かべた。ごほん、と咳払いしたディーノが持っていた鞭を綱吉に渡す。
「ほら、やるよ。オレのお古だ」
受け取った綱吉がすこし嬉しそうな顔をしたのが悔しい。
三節棍にしなよと言いたいところだったが、三節棍は間違えて自分の体に当たると死ぬほど痛い。家継自身、数多くの内出血や打撲を経験しているため、気軽に勧めることはできなかった。
まあ、鞭の有用性は嫌というほど分からせられているし、武器は持っておくに越したことはない。今回は黙って見守ることにした。
「ディーノさんのムチ……」
「まあやってみろって、面白ぇーから。まずエンツィオに水をかけるんだ」
兄弟子の懐から取り出されたのは、浴槽をバリバリ食べてしまった亀だった。
「え! だってエンツィオって水かけたら……」
「かけた分、でかくなり好戦的になる。こいつがおまえのスパーリングパートナーだ」
「んなーーーー!!」
「心配ねーよ、水をかけなきゃこれ以上でかくならねーし。もしものときはウチのファミリー総出で助けてやるよ」
「うわ! けっこー動き速い!」
水をかけられ、サッカーボールくらいのサイズになったエンツィオがドダドダ暴れている。
風呂場の悪夢を思い出して、家継は眉間に皺を寄せながら「が、がんばれツッくん……!」と応援した。
「ひいっこないでー!!」
綱吉が怯えながら振り上げた鞭は偶然か必然か、的確にエンツィオを捕らえ、ぽーいと放り投げた。弧を描きながら亀が飛んでいく。
「おお! いいセンスしてんじゃねーか!」
「えっ、天才じゃない!?」
「え! オレ使いこなせてた?」
綺麗な放物線を描いて、エンツィオは石造りの何かの中に落ちた。あれはなんだろう。
部下たちが「ん? どこに落ちたんだ?」「ありゃ井戸だな」「井戸……?」とざわつく。
(……え? 井戸?)
まさか、と思った瞬間ディーノが「やべえツナ! 逃げろ!」と叫ぶ。
同時に土の下から、超巨大化したエンツィオが轟音とともに飛び出した。風呂場に居たときより何倍も――その辺に生えている木より大きくなっている。
「ゔわ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ」
「危ない!」
尻餅をつきかけた綱吉の腕を引っ張り、駆け出した。
一発で井戸の中にシュートしてしまうなんて、弟は天才かもしれない。運が悪いとも言うが。
土煙と降ってくる岩の中で「あいつらを守れ!」と部下たちに指示するディーノの声が聞こえた。彼らは無事なようだ。ほっとして、綱吉を引く手に力を込める。
エンツィオが手当たり次第に暴れ、ときどき木々まで飛んできた。足踏みをするたびに地面も揺れ、綱吉がそのたびに転びかける。
(筋力はついてきてるし、体幹を鍛えたほうがいいかもなあ)
冷静にそんなことを考えながら、逃げる場所を目で探す。
安易に麓へ降りるとエンツィオが人里に解き放たれてしまう。左手側にいたロマーリオが「こっちだ、ボンゴレ!」と手招きしたので、そちらへ向かって走った。
「グオオォォオ!!」
獰猛な唸り声を上げながらエンツィオが手を振りかぶる。視界の端でそれを捉え、家継は攻撃が確実に自分たちへ当たることに気づいた。
綱吉を投げれば、自分は攻撃が直撃するが、弟だけなら逃がすことが出来る。
即座に判断し、全速力で引き離すために綱吉の襟を掴んだ。
「にいさ、待っ――」
「ロマーリオさん!」
受け取ってくれ、と振り向きざまにロマーリオへ向かって弟をぶん投げる。体勢を立て直す間もなく、家継はエンツィオの手で弾き飛ばされた。
「うわ……!?」
ぽーんと体が浮き上がる。
咄嗟に体の力を抜いたので怪我はない……が、思ったより高く飛ばされすぎだ。5階建てのマンション分くらい高い。
攻撃を食らう直前、綱吉がロマーリオに受け止められるところは見たのでおそらく無事だろう。
あとは、家継が無事に着地するだけでいい。
ほっと息を吐いて下を見た。この高さから落ちたら確実にいろんなところが折れる。
しかし、幸い真下には森があった。上手いこと枝を経由すれば無傷で着地できるかもしれない。
目を細めて落ちるルートを決めていたとき。森の中で何かが光った。
オレンジの炎が広がる。
「――え、まさか……」
「リ・ボーン! 死ぬ気で兄さんを受け止めるー!!」
「嘘おおおお!?」
助けたはずの弟が、死ぬ気モードで逆に助けに来てしまった。
驚異のジャンプ力で飛び上がった綱吉は、浮いていた家継をがっしりと抱える。「待って、危ないから!」と身じろいだが「動くな!」と止められた。
このままでは地面に激突してしまう――と、思ったのだが。
森へ落ちていった綱吉は軽快に枝を飛び移り、徐々に落下の衝撃を殺していった。しかも驚くべきことに、そのルートは家継が元々考えていたものと同じだったのだ。
まさか、本能で最適なルートが分かったのだろうか?
無事に地面へ着地するとともに、綱吉の死ぬ気モードが切れる。
「はああああ~……!」
綱吉が溜息を吐きながら崩れ落ち、勢いよく地面に降ろされた家継は腰を打った。しかし痛みを感じるどころではなく、興奮気味に「すごいよツッくん!」と目を輝かせる。
「あんな高いところから無傷で降りられるなんて、めちゃくちゃセンスあるよ! 本当に成長が早いなぁ!」
「ちょっ、なに喜んでるんだよ! 危うく入院沙汰になるとこだったんだぞ!」
「あっ、そうだった。助けてくれてありがとね、びっくりしたけど嬉しかったよ」
満面の笑みを浮かべると、綱吉はなぜか不満げな表情で家継を見た。
「兄さんはもっと自分の心配しろよ……」
「え?」
「え?じゃないよ! 最近オレのこと助けて……つーかぽんぽん放り投げて、こないだなんか川に落ちてただろ!」
「あー、それは体が勝手に……」
家継にとっては、どれもなんてことない。
しかし綱吉の前で病弱なお兄ちゃんとして振舞っていたのが、ここで思わぬ足枷になっているようだ。すごく心配されてしまっている。
「そもそも、水の中に入ったら高確率で風邪ひくからって、いつもプールすら入れねーじゃん。あのときだってもしかしたら風邪引いてたかもしれないんだぞ」
(おっと……)
実際風邪を引いていたので返す言葉がない。
目を逸らして「う~ん……」と言い淀む家継に、綱吉は俯く。
「オ……オレだって、自分の身くらい守れるし、庇わなくていーよ……」
その言葉に、目を見開いた。
良かれと思って助けていたが、綱吉にとっては邪魔だったのかもしれない。実際、今回は逆に助けに来るほど成長している。
「……ごめん、ツッくんももう中学生だもんね。もうちょっと……頑張って、見守ってみる」
「そ、そうじゃなくて! ……いや、いい」
綱吉は何かを言いたそうにしていたが、結局黙り込んでしまった。その場に沈黙が降りる。
風が梢を揺らす音だけが、やけに大きく聞こえた。
何を思っているのだろう。普段はすぐに察してあげられるのに、今は弟の心が読めない。
嫌なことをしてしまったのだろうかと不安になり、家継も何も言えなくなってしまった。
微妙な空気になったところに「おーい、大丈夫かー!」とディーノの叫ぶ声が届いた。顔を上げると、兄弟子が部下たちを連れて駆け寄ってきている。
ほっと息を吐いて、ゆっくり立ち上がる。彼の声に安心する日が来るとは思わなかった。
「ディーノさんたちだ。……行こう、ツッくん」
座り込んだままの弟に手を差し出す。
綱吉は眉根を下げたまま、うん、と小さく頷いた。