眠い目を擦りながらリビングへ向かう。
3月になり春へ近づいているが、早朝はまだ刺すように寒い。もこもことした部屋着に包まり、温かいお茶を飲もうと湯を沸かしていたとき、リボーンが「ちゃおっス」とやってきた。
「ちゃおちゃお、せんせーも飲む?」
「朝の一杯はエスプレッソって決めてんだ」
渋い返答に「そっか~」と相槌を打つ。
リボーンは本当に何歳なのだろうか。個人的には、体が小さくなる能力持ちの大人だと予想しているのだが、そういう考えができるのは『おしゃぶりには不思議な力がある』と知っているからこそだ。
どうしてそう思ったのか、なんて聞かれたらおしまいなので一生聞けない。
本当にリボーンが大人だったとすると、成人男性に蹴られたり理不尽な目に遭わされているということになるが――腹が立ってきた。
やっぱり深く考えないほうがいいかもしれない。見た目が赤ん坊だから許されることはある。
「ツグ、今日は予定あるか?」
「見回りがあるかな~」
「じゃあ動物園に行ってこい」
「話聞いてた?」
急須にお湯を入れながらじとりと教師を見る。
隣でエスプレッソを作り始めたリボーンは飄々とした様子で「1日くらいサボっても変わんねーだろ」と言った。
「町の治安を守るのは風紀委員の務めだよ」
「立派な心意気だが、毎日やってて嫌にならねーのか?」
「人助けが好きなんだよ。なんか縄張り守ってる!って感じがして」
最初は泣く泣くやっていた委員会活動だが、慣れてくると意外に楽しい。
実は向いているのかもしれないと思い、警察官にでもなってみようかと調べたことがある。しかし身長制限という忌まわしいもののせいで、はなから資格がなかったのだ。嫌なことを思い出してしまった。
ちょっぴり肩を落としながら、コタツまで急須と湯呑を持っていく。リボーンもエスプレッソを持ってついてきた。
「なら、マフィアに向いてんな。マフィアは元々自警団から始まったんだ。今でも自分のシマを守るっつー基本的なことは変わってねーぞ」
「えっ、そうなの? なんか殺し屋がいっぱいいる犯罪組織だと思ってた……」
「それも間違ってはねーが」
「間違ってないんだ」
いい組織なのか、悪い組織なのかまったく分からない。殺し屋がいっぱいいる時点で悪いか。
ともかく、とエスプレッソを啜りながらリボーンが話を戻す。
「見回りは開園前に終わらせてこい。レオンやエンツィオみてーに、ツナに相応しいペットを考えようと思ってな。おまえのアイデアもほしーんだ」
「ツッくんのペット!? なら行くしかないね……」
それを最初に言ってほしい。ころりと手のひらを返した家継に、リボーンは「だろ」と口の端を上げた。
「他のメンバーにも声は掛けてるんだが、時間が合わねーから現地集合になってる。ついでに、ツグも気になる動物がいたら選んでこい」
「おれも? いいの?」
「別にやるとは言ってねーぞ。自分に相応しいと思う動物を選んでみろってだけだ」
「ふさわしい動物、かあ……」
よくある、自分を動物に例えるなら?みたいなことだろうか。面倒くさくて考えたこともない。綱吉ならなんでも似合うと思うが、なんでもというのも幅が広すぎる。
う~んと首を傾げていると、リボーンから動物園のチケットを手渡された。
自費で行ってこいなんて言われなくてよかった。いや、不良やヤクザから散々巻き上げた金はあるから困ってはいないのだが。
(動物園か……何年ぶりだろ)
家継は受け取ったチケットをひらひらさせて「分かった、じゃあ現地集合ね」とにっこり笑った。
▽▽▽
何事もなく見回りを終え、その足で電車に乗って、並盛動物園までやって来た。大型施設は雰囲気だけでも楽しい気分になれるから好きだ。
幼いころにも行ったことはあるが、綱吉が大きい動物に怯えていたことと、家継がふれあいコーナーの動物たちにめちゃくちゃモテていた記憶しかない。
大量のウサギに群がられる家継を見て「おにーちゃんが食べられるー!」と泣いていた弟を思い出し、小さく笑った。さすがに今は泣かないだろうが、まだビビりはするかもしれない。
(じゃなくて。ツッくんに似合う動物を探しに来たんだった)
きょろきょろと辺りを見回し、園内マップを見つけて足を向ける。
どこになんの動物がいるか確認しながら、うーんと顎に手を当てた。
綱吉は基本的に怖がりなので、ペットにするなら小動物のほうがいいとは思うが……ふさわしい、という考え方だと悩ましい。母に似ておおらかなところもあるし、死ぬ気モードのときは荒々しい雰囲気にもなる。
「う~~ん迷っちゃうな~~」
「あら、ツグも来てたの」
後ろから声を掛けられ、振り向くとビアンキがいた。彼女も呼び出されていたらしい。
「ビアンキも来てたんだ。どう、いい動物は見つかった?」
「別に、ツナのために来たわけじゃないわ」
つんとそっぽを向かれて苦笑する。
リボーン目当てで沢田家に来たせいか、未だに家継たちと友好的に接してくれない。それでも最近はよく話してくれるようになってきた。
「じゃあ動物を見に? よかったら一緒に行く?」
「やめておくわ。私は珍しい食材を吟味しにきたの。それじゃ」
「へえ、食材……食材? 動物園で!?」
言葉のおかしさに気づいたときにはもう、ビアンキは遠くへ行ってしまっていた。
後を追いたいが恐ろしくて確認できない。まさかとは思うが、ここの動物に手を出してしまったらどうしよう。
(こ、怖い……見なかったことにしよう……)
誰も見なかった。そういうことにして、ひとりで動物園を巡ることにした。
気を取り直して園内を歩き、動物たちを見ていく。サルもいいし、カピバラもかわいい。
大きい動物は迫力がある。しかし怖がる未来しか見えないので、やっぱり小動物が良いのではないだろうか。ウサギとか、リスとか。レッサーパンダもいい。
頭を悩ませながら歩いていると「ぐぴゃああ!!」と聞き慣れた叫び声を耳にした。
「ランボ?」
どこにいるのだろう。周囲を確認し、とあるエリアで目を見開いた。
「ゾウに遊ばれてる~~!?」
「くぴゃ!」
ゾウの長い鼻で、キャッチボールのように投げられていたランボがべしゃりと地面に落ちる。どうやって柵の中に入ったんだ。
慌てて駆け寄っているあいだに、子供はモジャモジャ頭の中から紫色の大きなバズーカを取り出した。
まさか、ゾウに使う気だろうか。「ランボ、待った――」そう声を上げた瞬間、ランボはそれを自分に向けて撃った。ボフンと煙が立ち上がる。
(何やってんの~~!?)
思わず、ゾウのエリアを囲んでいる柵を握りしめたまま固まってしまった。
ランボは無茶なことをするが、武器の扱い方を分かっていない訳ではない。
わざわざ自分に向けるということは、当たっても害はないか、ただ煙だけが出るアイテムの可能性もある。さすがに自爆ではないはず――そう思いながら様子を窺っていると、段々煙が晴れてきた。
そして、さらに家継は疑問符を浮かべることになった。
「いたた……おや、ここは……?」
ランボがいたはずの場所に、見知らぬ青年がいたのだ。
彼は尻餅をついたまま顔を上げ、自分を取り囲む複数のゾウに「うわああああ!?」と叫んだ。
ランボはいったいどこに行ってしまったのだろう。
困惑しながらあちこちに視線を向けていると「あっ、ツグ氏! たすけて、たすけてくださいい!!」と謎の青年から呼びかけられた。
いつの間にか青年もゾウに鼻で持ち上げられている。
(なんでおれの名前、知ってるんだろ……?)
怪訝に思ったものの、ベチョベチョに泣きながらこちらへ手を伸ばしている人間を無視するのもかわいそうだ。
仕方がないので、柵をひょいと越えて青年の元へ向かった。
青年に向けて手を伸ばしながら「ゾウさーん、ごめんね、その人降ろしてくれる~?」と声を掛ける。
遊んでくれると思ったのか、ゾウは楽しそうに何度か鼻を揺らしてから青年を放り投げた。危なげなく、横抱きに受け止める。
「ヅグ氏~~!!」
「うわっきたな! くっつかないで!」
青年が抱き着いてきて家継の肩に鼻水やら涙をつけてきた。一瞬手を放して蹴り飛ばしそうになったが、なぜか(いや、だめだ)という気持ちが湧いてきて手が止まる。
仕方なく青年の背中と、遊んでほしそうにつついてくるゾウの鼻を交互にぽんぽん叩く。
辺りを見回しながら「ランボはどこに行っちゃったんだ……」と呟くと、青年が「オレです~……」と声を上げた。
「え?」
「オレがランボです、10年後の!」
「……え? 10年後のランボ……!?」
まったく言っている意味が分からない。
くるくるとした髪質や牛柄のシャツは確かに、部分的にランボを彷彿とさせるが……10年後とはどういう意味だ。あのバズーカに何らかの力があったのだろうか。
とりあえず、ここに居ては目立ってしまう。職員に見つかる前に急いで立ち去らなければ。
ゾウにじゃあねと手を振って、半信半疑のままランボ(仮)を抱えて柵の前まで走った。「とりあえず出るよ。ほら、柵は自分で越えられるでしょ」と言いながら降ろす。
「腰が抜けちゃって登れません……」
(このひと、絶対ランボだ!)
へたり込む青年に確信した。全然成長してない。
「仕方ないなあ……じゃあ投げるから、頑張って受け身取ってね」
「え? いや、ちょっと待っ――」
青年の脇に手を入れて勢いよくぶん投げる。「ああああああ!!」と悲鳴を上げながらランボは柵を越え、背中から地面に落ちた。
無駄に背が高いせいで、抱えて移動するより投げたほうが楽なのだ。我慢してほしい。
というか10年後というのが本当だったとしたら、彼は15歳ということになる。それにしては背が伸びすぎではないだろうか。
そういえば外国人なんだっけ……と思いながら家継も柵を越え、転がったままのランボを抱えて離れたベンチまで移動した。
ベンチに座らせて、ハンカチで顔を拭いてやると落ち着いてきたらしい。改めて話を聞こうと隣に座る。
「それで、10年後ってどういうこと? ほんとにランボなの?」
「え、ええ……そうか、あなたはまだ知らなかったんですね。子供のオレが、紫色のバズーカを出したのは見ましたか?」
「ああ、うん」
「あれは10年バズーカといって、10年後の自分と5分間入れ替わることができるんです」
「そ、そんなテクノロジーがあるの……!?」
つまり、撃たれた本人は5分間タイムスリップできるということではないか?
そんなものが存在していいのか。家継の持っているおしゃぶりも中々のオーバーテクノロジーだが、さらにとんでもない。
(じゃあ、おれはいま未来人と話してるってこと!?)
そこに思い至った家継は、ふと興味が湧いた。
「あのさ、1個だけ知りたいんだけど……未来のおれって、身長伸びてる?」
「……み、未来のことは教えるなと言われているので」
「お願い! 身長なんか知ったってなんも変わらないじゃん! ね!?」
「すみません、最近ツグ氏に会ってないので……分かりません……」
冷や汗を流しながら目を泳がせるランボに「ええっそんな」と声を上げる。
確かに、よく考えると彼は元々ボヴィーノファミリーの者だ。成長すれば接する機会も減るかもしれない。
しかし諦めきれず、ぐいぐい詰め寄った。
「じゃあ、一番新しい記憶では? 伸びてる!?」
「ええと……高校生のツグ氏は、お変わりなかったと……」
「なっ……」
絶句した瞬間、ボフン!と煙が大人ランボを包み込んだ。
「あららのら~? ツグ発見!」
棒付きキャンディを持った、子供のランボが現れる。
5分経って元に戻ったらしい。ということは、あの青年は本当に未来から来たランボということで、高校生になっても身長が伸びていないことの信憑性が高まった。……高まってしまった。
額に手を当てて項垂れる。高校でも伸びないのであれば成長期に期待はできない。
「そんな……180センチのナイスガイになる予定だったのに……」
「あ! オレっち動物園にきたんだった! ツグも遊びにきたのか~?」
膝に乗り上げて学ランを引っ張ってくるランボの頬を軽くつまむ。憎たらしいが、いまのランボに罪はない。
「ランボはあんなに伸びるのに……世の中って理不尽だね……」
「なにいってんの?」
「一緒に動物見る?って聞いたんだよ~」
「見る!」
元気よく返事をした子供を抱えて、家継はよいしょと立ち上がった。
気持ちを切り替えよう。未来は確定ではないのだから、今から毎日牛乳を飲めば伸びることだってあるかもしれない。まだ絶望するには早いのだ。
「じゃあ行こっか。見たい動物とかいる?」
「あのねえ、ランボさんねえ、ゾウはキライ!」
「でしょうねえ」
しみじみと頷いて、ランボが好きそうかつ、綱吉に合いそうな動物を考える。
やはり小さい生き物にしよう。まだ行っていない鳥類コーナーへと足を向ける。
身長が伸びないかもしれないというショックを微妙に引きずったまま歩いていると「極限!!」とまた知り合いの声が聞こえてきた。
「熊はどこだー! オレと闘えーッ!」
了平が訳の分からないことを叫びながら駆け回っている。「笹川くん、なにしてんの?」と声を掛けると、こちらに気づいた了平は近寄ってきた。
「おお、沢田か! おまえも熊と闘いに来たんだな!」
「いや違うけど」
「動物園に来たからには闘わんと気が済まん! だから先ほどから探しているのだが、なかなか見つからんのだ」
動物園は闘う場所ではないとツッコミたかったが、言っても意味がない気もする。
「せんせーに呼び出されたんじゃないの?」
「ん? ああ、パオパオ老師からなにか言われてチケットを渡されたのだが、全部忘れた!」
「そっか……じゃ、熊探し頑張ってね……」
「ああ! 沢田も見つけたら教えてくれ!」
肩をすくめながら手を振ると、熱い男は「うおお! 熊はどこだーッ!」と叫びながら走り去っていった。
さっきから出会う知り合い全員が、綱吉のペット探しという本来の目的を忘れている気がする。
せめて自分だけは探さないと、と思ったところで、いつの間にかランボがいなくなっていることに気づいた。
「あ、あれ? ランボどこ行った!?」
了平の熊探しに気を取られているあいだに見失ってしまった。
また動物に遊ばれていたら大変だ。慌てて探し回っていると、近くで爆発音がした。これは……バズーカではない。ダイナマイトの音だから獄寺だろう。
ランボといい、なぜ動物園で爆発物を使うんだ。
正直面倒くさくなってきていたが、ランボがいるかもしれないし……と音がしたほうへ向かう。
しかし、そこにはもう誰もおらず――煙の中から出てきた影に家継は絶句した。
「グルルル……」
ライオンだ。
しかも6頭くらいいる。爆発のせいで檻が壊れ、脱走してしまったらしい。
「あちゃ~……」
家継は天を仰いだ。もうめちゃくちゃだ、収拾がつかない。
頭を抱えているあいだにもライオンたちはどこかへ行こうとしており、さすがに止めたほうがいいかと駆け寄る。
予感はしていたが、思ったとおり、ライオンは家継が近づいても襲ってこようとはしなかった。百獣の王にも家継の警戒されない体質は効くらしい。
無抵抗の動物を殴って気絶させる訳にもいかず、隣を歩きながら適当に話しかけてみる。
「ねえ、あんまり出歩かないほうがいいと思うよ」
「グルルル」
「みんなびっくりしちゃうって」
「ガウ」
「え、自由を知りたい? それじゃあ仕方ないか……」
駄目だ。まったく止まる気配がない。
ライオンを見た途端、入園者たちが悲鳴を上げて逃げていく。
その場にしゃがみこんで「ね~、ここで休憩しようよ~」とライオンにお願いしてみる。しかし、家継に反応して立ち止まってくれたのは3頭だけだった。
残りは止められなかったが、ここにはリボーンたちが来ている。何とかしてくれるだろうと、目の前のライオンたちの足止めに集中することにした。
家継に興味を示した1頭が、寝そべるようにごろんと横になる。
フサフサのたてがみや背中を撫でてもびくともしなかったので、ちょっと悪戯心が出た家継はライオンに頭を預けて寝転んでみた。
「おお……あったかい」
巨大な命を感じる。
手を組んで感動していると、他の2頭も家継に寄り添うように腰を下ろした。片方は家継の腹の上に頭を置いたので、ゆっくり撫でてやる。もう片方はふんふんとこちらの匂いを嗅いで、肩に頭を乗せてきた。
(すご! ライオンのハーレムじゃん)
猫の集会所に行ったときもこんな状態になるが、ライオンもネコ科なんだなあと実感させられる。こんな体験は中々できないだろう。
暖かいしこのまま寝てしまおうかな、なんて考えていたとき「に、兄さんが食べられるー!?」と綱吉の悲鳴が聞こえた。
目を開けると、気絶したライオンを背負った綱吉が唖然とこちらを見ていた。
周りには京子や獄寺、山本、ハルもいて、ランボはイーピンを追いかけ回している。みんな無事に合流できたようだ。残りのライオンは彼らが対処してくれたらしい。
「ふふ、ツッくん昔と同じこと言ってる」
「笑ってる場合じゃないって! なにやってんの!?」
「ライオンと一緒に寝てるよ~」
ねー、と首の下をわしゃわしゃ撫でると、ライオンは大きく喉を鳴らした。
遅れてやってきたリボーンが「おっ」と声を上げる。
「うまく手懐けてんじゃねーか。ツナとツグ、両方ライオンでいーかもな」
「いいね~。結局良さそうな動物分かんなかったし……ツッくんもライオン似合ってるよ」
「いらないいらない!」
わりと本気で良いかもしれないなと思ったのだが、綱吉は全力で首を横に振った。
しばらくして動物園の職員たちが駆け寄ってきて、しっちゃかめっちゃかな状況は収まることとなる。
ただ……家継はなにもしていないのに、みんなまとめて怒られたのは納得がいかなかった。
そして沢田家にライオンが追加されることも、なかった。当然である。