雪は溶けない   作:箱葉

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tgt.15 目指せリゾート・上

 

 

 説明はまた今度と言われたものの、それからリボーンが赤ん坊の話をすることはなかった。わざわざ言ってこないということは、聞かないほうがいい内容だったのかもしれない。

 藪をつついて蛇を出すのも怖くて、尋ねるのを躊躇っているうちに機会を逃し、数ヶ月経ってしまった。

 

 そのあいだに家継は進級し、3年生になった。

 また縦割りで同じ組になるよう担任と『お話』をしたおかげでA組だ。今年こそは一緒に棒倒しへ参加したい。

 

 3年生といえば、そろそろ進路を考えなければいけない時期だが、どうせ並盛高校へ行くことになる。

 家を離れてまで通いたい高校もないし、並高の偏差値は余裕で越えているため焦る必要もない。

 そのため慌ただしくなる周囲に比べて、家継はいつも通りのんびりと過ごしていた。

 

 

 ある休日。

 リビングで綱吉とおやつを食べていたとき、買い物から帰ってきた母の「やったわ!」という嬉しそうな叫び声が聞こえた。

 弟と顔を見合わせていると、息を切らしながら声の主がリビングに入ってくる。

 

「お茶のペットボトルの抽選プレゼント、一等当たったの! いまポストに!!」

「えーっ、おめでとう!」

「マジ!? なに当たったの!?」

「船に乗って島に行く旅!!」

 

 抽選の一等なんて宝くじの一等くらい幻だと思っていたのに、当たるなんてびっくりだ。

 満面の笑みを浮かべた母に「すごーい!」とぱちぱち拍手をする。しかし綱吉は浮かない顔だ。

 

「なーんだ船か……オレ船酔いするからいいや」

「何言ってんの、豪華客船よ! ツナは小さい船しか乗ったことないけど、いーくんなら分かるでしょ?」

「あー、幼稚園のときの。ほとんど覚えてないけど」

「え、乗ったことあんの?」

 

 綱吉の疑問に、肩をすくめながら「まーね」と苦笑する。

 

「懐かしいわね~。いーくんだけ、恭弥くんと、そのご家族と一緒にハワイに行ったのよね」

「ウソ、そんなことあったっけ!? 全然覚えてない!」

「おれもあんま記憶ないけど、帰ってきたらツッくんが大泣きしてたことは覚えてるな~」

「うわっ恥ずかしっ」

 

 3週間で日本とハワイを往復し、諸島を巡る長旅だったので寂しかったのだろう。あれから絶対に長期間は家を空けないと心に決めた。

 母が「覚えてないなんてもったいない!」と腰に手を当てる。

 

「いい、豪華客船っていうのはね、海に浮く高級ホテルみたいなんだから! フッカフカのベッドで、出てくる料理も超高級! 超ステーキよ!」

「超ステーキ……」

「それに船の中にプールやカジノやコンサートホールまでついてるのよ!」

「ええ! プールって……船の中にまた水!?」

「そして最後に到着するのは南国の楽園! トロピカルな太陽が人生の嫌なことなんてぜーんぶ洗い流してくれるわ!」

 

 母の熱意溢れるプレゼンに(嫌なこと全部か~、いいなあ)とぼんやり考える。

 綱吉も乗り気になってきたらしい。「どーしてもって言うんなら行ってやってもいいよ……」と満更でもなさそうに言ったが、母は困ったように頬に手を当てた。

 

「それが3名様なのよねー。母さん、ランボくんとイーピンちゃんたちを置いて家を空けられないでしょ?」

「それなら心配ないぞ」

 

 突然別の声がしたと思ったら、リボーンとビアンキが扉の近くに立っていた。

 

「チビたちの面倒なら私が見るわ、安心して」

「たまには親子水入らずで楽しんでこい」

「まあ本当!? リボーンくん、ビアンキちゃん!」

 

 ふたりの申し出に、母が嬉しそうな声を上げる。

 しかし家継は不安だった。リボーンは大人疑惑があるものの、体は赤ん坊だから家事は難しい気がするし、ほぼ確実に食事担当はビアンキだ。怖すぎる。

 ランボもイーピンも普通の子供に比べたらびっくりするほどタフだが、ポイズンクッキングには勝てない。フゥ太は人並みの耐久力なので論外だ。

 

(本当に大丈夫かなあ……)

 

 手放しで喜べない状況だったが、その場にいる誰もツッコまないので、案外なんとかなるのかもと自分に言い聞かせた。最近はデリバリーもあるし大丈夫かもしれない。

 そもそも、子供たちがどうやってイタリアや中国からここまで来たのかも分からないのだ。家継が想像している以上に自立している可能性だってある。そう思いたい。

 

「リゾート、楽しみだな~」

 

 家継は期待3割、不安7割で困ったように笑った。

 

 

▽▽▽

 

 

 そして出発の日。

 船の前でリボーンたちに見送られながら、家継一行は豪華客船へと乗り込んだ。

 

 目の前に広がった、豪勢で煌びやかな内装にテンションが上がる。

 弟と母の「うわーっすげー! 本当にこれ船の中ー!?」「やっぱりすごいわ~」なんて歓声を聞きながら、家継も物珍しげに辺りを見回した。

 

 本当に高級ホテルみたいだ。足元の絨毯さえフカフカで、思わず何度か足踏みしてしまった。

 いたるところに高価そうな調度品も飾られており、間違ってもぶつからないよう身を縮こめる。

 

「これだけ豪華だと何か壊しちゃいそうで怖いな~」

「縁起でもないこと言うなって!」

「大丈夫よ、そんなこと気にしないの」

 

 家族に笑われながら廊下を歩く。

 綱吉が「んー最高かもー!」と伸びをした。開放感に満ち溢れている様子だ。

 確かに、リボーンたちがいないだけでいつもの100倍は静かに感じる。家継も久々に穏やかな感覚を味わっていた。

 

 船に乗ってしまった以上、もう不安を感じていたって仕方がない。このバカンスを楽しむべきかもしれないと思いながら、家族揃ってレストランへ向かう。

 

 レストランは驚くほど広い空間だった。

 シャンデリアの下で、白いテーブルクロスの掛かったテーブルが並び、乗客たちが豪勢な食事を楽しんでいる。

 入り口の近くに立っていたボーイに母が名前を告げると、彼は訝しげな表情をした。

 

「沢田様ですか……? 先ほど召し上がられたはずですけど」

 

 示されたテーブルを見て、綱吉が「えっ!?」と声を上げた。皿に載っていたはずの料理が食べつくされている。

 近くの床には、お腹を膨らませた見覚えのあるモジャモジャ頭がいた。

 

「食い倒れて寝てる奴いるー!!」

「な、なんでここに!?」

「あら……? ランボくん? どうしたの?」

 

 全然動じていない様子の母に抱えられて目を覚ましたランボは、嬉しそうに母へしがみついた。

 

「アホ牛ったら、ママンがいないって言ったら泣き出してさ。もう帰ってこないって脅したら、この子まで泣き出して散々よ」

 

 ビアンキがイーピンを連れながら現れて、家継は「そんな脅し方しないでよ~」と額に手を当てた。

 彼女の後ろからフゥ太もひょっこりと顔を出す。

 

「ごめんね、ツグ兄。でもこのままだと僕ひとりだけ留守番になっちゃうと思って……」

「いや、ひとり残るよりは来てくれたほうが、全然安心できるからいいんだけどね……」

「あらーみんな来ちゃったの? 困ったわねー」

 

 そう言いながらも母は嬉しそうだ。しかし、これではリゾートで穏やかにバカンスを楽しむことはできないだろう。

 困ったことになったと思ったが、『ツグさん!』と小さな歩幅で駆け寄ってきたイーピンにズボンの裾を掴まれては残念がる訳にもいかず。「おやまあ」と微笑みながら、子供の頭を撫でることしかできなかった。

 寂しかったなら仕方がない。絶対ビアンキの脅しが悪いと思うが。

 

「服着ろ!!」

 

 綱吉の大声が聞こえたので視線を向けると、大事なところを葉っぱ1枚で隠した赤ん坊が壺を抱えながら立っていた。

 ローマかなにかの像かと思ったが、綱吉の態度的にあれはリボーンだろう。相変わらず変装のクオリティが高すぎる。

 

「つーかどっから入ったんだよ!」

「正面からだぞ。正々堂々ガードマンを倒してな」

 

 思わず「倒しちゃダメじゃん!」とツッコんだ。

 船の上なんて隔絶された空間でそんなことをしたら絶対面倒なことになる。

 

 それと同時に、レストランの入り口がにわかに騒がしくなった。数名のガードマンたちが現れ、辺りを見回しながら入ってくる。

 まずい。リボーンたちを探しているのかもしれない。

 背後でフゥ太を除いた4人が、テーブルクロスの下にさっと潜り込んだ。

 近寄って来たガードマンが家継と綱吉に声を掛けてくる。

 

「ここらへんに不審な子供を見ませんでしたか?」

「いっいいえっ!」

「おれも見てないな~」

 

 そう答えると、彼らは顔を見合わせて別の場所へ向かっていった。

 綱吉がテーブルクロスを持ち上げ、隠れていた4人に「探されてんじゃん!」と焦った声を上げる。

 

「やべーな。見つかったらママンたちもろとも途中の島で降ろされちまうぞ」

「ど、どうするんだよ! まさか島につくまで隠れ通すつもりか!?」

「なに言ってんだ? オレたちはヒットマンだ」

 

 リボーンたちは揃って「ガードマンを消す!」と各々の武器を構えた。

 

「ソレ間違ってるー!!」

 

 机の下から出た彼らはバッと散らばってしまった。

 まさか本当にガードマン全員を消すつもりだろうか。綱吉が「ま、待てって!」と慌てて追いかけていった。フゥ太はヒットマンではないからだろう、その場に留まっている。

 

「でもやっぱり、みんないると楽しくていいわぁ」

「うん、僕もすっごく楽しいよ!」

 

 母とフゥ太は和やかな雰囲気だが、そんなことを言っている場合ではない。「そ、そうだね……」と無理やり微笑みながら家継も4人を追おうとして立ち止まった。

 食事もないテーブルに、ふたりを置いて行くわけにはいかない。

 

 こんなに豪華な船なら、食事を余分に作ってくれるくらいのサービスはあるだろう。そう踏んで一旦テーブルを離れ、近くのボーイに声を掛ける。

 

「すみません、どうもそちらに伝わっていた人数が違うみたいで、料理が足りなくて。申し訳ないんですが追加で用意してもらえませんか?」

「かしこまりました、少々お待ちください」

 

 大丈夫だったようだ。ほっと息をついてテーブルに戻る。

 

「追加で料理頼んだから、母さんとフゥ太はゆっくりしてて」

「あら、いーくんは食べないの?」

「先にみんなを探してくるよ~」

 

 そう言って、家継は早足でその場を離れた。この船で連続殺人事件が起きる前に止めなければ。

 辺りを確認しながら進んでいるうちに、やけに外国人が多いことに気づいた。

 

(そういえば、どこの島に行くとか聞いてなかったけど……外国なのかな?)

 

 日本から出ている船なのだから、もっと日本人が多くてもいいような気もするが。先に外国を経由したのだろうか……なんて考えながら甲板のほうに出ると、ポイズンクッキングを片手に身構えているビアンキを見つけた。

 視線の先には二人組のガードマンがいる。慌てて彼女の元に駆け寄った。

 

「ビアンキ!」

「あら、あなたも殺りにきたの?」

「止めに来たんだよ。部屋に隠れてればバレないだろうし、戻ろう? おれ南国の楽園を血に染めたくないよ~」

「バカね、マフィアの世界はそんなに甘くないの。殺らなきゃ殺られるわよ」

「マフィアじゃなくてただのガードマンだよ!」

 

 しかも無断乗船しているのはこちら側だ。擁護できる要素がない。

 揉めているあいだにガードマンたちがこちらに来て、ビアンキが見つかってしまった。ポイズンクッキングを即座に投げようとする腕を止める。

 

「なにするの、ツグ!」

「ごめんなさーい! お姉ちゃん、最近パイ投げにハマってるみたいで……あはは……」

 

 ビアンキを押さえて後ずさりながら愛想笑いを浮かべる。

 ガードマンたちは怪訝そうにこちらを見たが、軽く会釈をして通り過ぎていった。ビアンキが困惑した様子で去っていく彼らを見る。

 

「どういうこと? 私を探していたんじゃないの?」

「違うみたい……? ね、とりあえずみんなと合流しようよ」

「仕方ないわね……」

 

 渋々手を下ろしたビアンキと共に、他のメンバーを探す。ちょうど近くから綱吉の声が聞こえたのでそちらへ向かった。

 外通路に弟とリボーンの姿が見えたが、さらにやたらと濃い5人組の集団と会話している。知り合いのように見えるが誰だろうか。

 ビアンキがリボーンの元へ駆け寄る。

 

「リボーン! おかしいわ……ガードマンたちは私たちを探してるわけじゃないみたいなの」

「当然だぞ。オレがツナたち含め、全員の乗船手続きを済ませたからな」

 

 その言葉に家継は「えっ、そうなの!?」と声を上げた。綱吉たち、ということは抽選で当たったはずのメンバーも含めて、ということで……つまり、当選自体が嘘だということだろうか。綱吉がリボーンに詰め寄る。

 

「バレたら追い出されるとか言ってたのも嘘ってこと? じゃあ最初から仕組まれてたのかよ!?」

「そーだぞ」

「ってことはこの船は? この乗客は!」

「みんなマフィア関係者だぞ」

 

 無慈悲な言葉に弟は崩れ落ちた。

 

「まじか~……」

 

 やけに外国人が多いなとは思っていたのだ。まさか全員マフィア関係者だったとは。

 ビアンキが先ほど言った、マフィアの世界は甘くないという言葉が間違ってないことになってしまった。

 地味に南国リゾートを楽しみにしていたのだが、これは大変な旅になりそうだ。

 

 内心頭を抱えていたところ、綱吉のそばにいた集団の中で一番背の高い男が「ああーっ!」と突然叫び、家継を指差した。

 

「き、貴様は、我がトマゾファミリーの人間を半数壊滅させた金色の悪魔ぁぁッ!?」

 

 あまりにも身に覚えがなさすぎて、家継は「は?」と呆気にとられた。

 トマゾファミリーとはなんだ。金色の悪魔とは。

 

「忘れたとは言わせんぞ! 3ヶ月前、ファミリーの者たちが日用品を買い溜めるために大勢でスーパーへ行ったと思ったら、突然現れた金髪の風紀委員にボコボコにされたと報告があった……!」

「全然記憶にないんだけど……確かにおれは風紀委員だけど、別の人じゃない?」

「ふざけているのか!? 金髪の風紀委員はお前しかいない!」

 

 倒した人間のことなんていちいち覚えていない……が、なんとなく思い出してきた。

 日用品の買い溜めというより、買い占めの域に達していたし、周辺の住民に迷惑を掛けていたのでボコった記憶が確かにある。

 しかし綱吉の前ではいそうですなんて言えないので「じゃあ他校の風紀委員だったんじゃないの。ほんとに知らないって」としらを切った。

 

「も~~何言ってんだよマングスタ! こんなにちっちゃくてカワイー子がウチのファミリーボコれるわけないっしょ! ねー!」

「し、しかし……!」

 

 普段なら殴り飛ばしている言葉だが、この状況においては助け舟だ。

 ウインクを飛ばしてきたチャラい男に乗じ、家継も両手を口元に当てて「そうだよぉ~」と全力でかわいこぶった。

 

「おれお箸より重いもの持てないもーん、ねーツッくん」

「いや商店街の景――う、うん。ソーダネ……」

 

 綱吉は一瞬ツッコミかけて、目を逸らしながら乗ってくれた。

 そういえば3kgの三節棍を持っていることを知られているのだった。そろそろこのネタは使えなくなってきたかもしれない。

 

「ところでこの方たちは誰?」

「はいはいはーい、オレはトマゾファミリー8代目ボスの内藤ロンシャンで~~す! 今年から沢田ちゃんのクラスメイト!」

「えっ、そうなの!?」

 

 まさか弟のクラスメイトにマフィアのボスがいるとは思わなかった。綱吉が一方的に絡まれているようだが、背の高い男はともかく、ボスのロンシャンに敵意は感じられない。

 

(ディーノさんみたいなもんかな……? 全然強そうじゃないけど、ツッくんと同い年くらいだと、みんなそんな感じなのかも)

 

 うーん、とロンシャン一行を眺めていると、彼はテンション高くこちらの背中を叩きながら話しかけてきた。随分とフレンドリーなタイプらしい。

 

「ふたりとも難しい顔してどうしたの! マフィアランドって超楽しいリゾート地なのに!」

「マフィアランド……?」

 

 まさか向かっている島の名前だろうか。名前があからさますぎる。

 ビアンキに抱えられたリボーンが「そーだぞ」と頷いた。

 

「マフィアランドは、マフィアが警察の目を気にせずゆっくりくつろぐために、各ファミリーが莫大な資金を出し合って建造したスーパードリームリゾートアイランドだ」

「すごい、びっくりするほど嫌な予感しかしないや」

 

 真っ黒な説明に乾いた笑いしか出ない。

 

 ロンシャンの歓声が聞こえて視線を向ける。

 広がる海原の向こうに、島があった。

 ジェットコースターや観覧車、いたるところに楽しそうな乗り物が見える。あんなに大きな遊園地は見たことがない。まさに、島全体がテーマパークといった様子だ。

 

「うわー……すご……」

 

 潮風を受けながら感嘆の声を漏らして――家継たちは、マフィアランドに到着した。

 

 

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