雪は溶けない   作:箱葉

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tgt.23 目覚めと異変

 

 

 気がつくと地獄にいた。

 赤い炎に包まれた大地がどこまでも続き、いたるところでマグマが噴き上がっている。

 強い熱風に思わず顔をしかめた。

 

(……どこ? おれ、何してたんだっけ)

 

 なんだか懐かしい夢を見ていた気もするが……そうだ。六道に刺された槍を引き抜いて倒れたのだ。

 反射的に胸へ手を当てる。しかし傷はなく、制服もまっさらだった。いったいどういうことだろうか。

 

「おやおや……侵入者かと思い来てみれば。なぜ君がここにいるんです?」

 

 勢いよく振り向くと、家継と同じく傷ひとつない六道が立っていた。

 身構えながら「どういうこと?」と尋ねる。しかし、彼はただ困ったように肩をすくめた。

 なんだか刺々しい雰囲気が減ったように見える。戦うつもりはないらしい。

 

「こちらのほうが聞きたいですよ。ようこそ、僕の精神世界へ」

「精神世界……? ツッ、おれの弟はどうなったの」

「無事ですよ、憎たらしいことに。それにあれからもう何日も過ぎています。沢田綱吉や、君の体は今ごろ病院で寝てるんじゃないですかね」

 

 病院ということは、綱吉は生きているのか。怪我の具合は分からないが、この様子だと体を乗っ取られるようなこともなかったのだろう。

 返答によってはまた戦わなければいけないかと思っていたが、とりあえず武器の出番はないらしい。

 すこし安堵しつつ、気になったことを尋ねる。

 

「おれの体って、どういう意味?」

「ここは現実ではありません。君の精神が体を離れ、僕の精神世界に迷い込んだようです」

「……なんで?」

 

 突拍子もない話すぎて、簡単な質問しかできない。

 

「だから、それは僕のほうが聞きたいんですが。まあ、そうですね。考えられるとしたら力の逆流……でしょうか。槍を刺せば体を乗っ取れる、という話は覚えていますか?」

「もちろん、覚えてるけど」

「あれは槍で傷つけ、契約することによって経路を作り、他人の体を乗っ取るという仕組みなのですが……君の体はどういうわけか干渉できませんでした」

 

 乗っ取るだとか幻覚だとか、心霊現象みたいなものは苦手なのでやめてほしいのだが。

 かといって止める訳にもいかないので、腕を組んだまま静かに続きを聞く。

 

「でも、契約は成功して経路自体は出来ているんです。ですからその経路を辿り、逆に君が僕の精神を侵食している……という可能性がある」

「え……じゃあ、おれがきみの体を乗っ取れるってこと?」

 

 そう尋ねると、馬鹿にしたように鼻で笑われた。

 

「さすがに無理ですね。君には幻術の才能が欠片もないですから。せいぜい、精神世界の中で騒ぎ立てることしかできませんよ」

「……じゃあさっさと帰してくれない? ここ景観最悪だし。模様替えしたほうがいいよ」

「勝手に入って来たくせに失礼な人ですねぇ。本当に沢田綱吉と兄弟ですか?」

「はあ!? おれは正真正銘お兄ちゃんなんだけど!」

「君が正式な後継者でなくて、本当に良かった」

 

 笑顔でずっと失礼なことを言われている。

 どうしてこんな地獄みたいな暑い場所で、嫌な相手と顔を突き合わせなければならないのだろうか。帰れるものなら早く帰りたい。

 六道が考え込むように顎に手を当てながら、こちらをじっと見つめた。

 

「それにしても奇妙ですね……。君は危険な男だと頭では理解しているのに、いまいち警戒心を抱ききれない。その小さい見た目のせいですかね」

「ひとこと余計だけど、よく言われるよ。ライオンにすら警戒されなかったから、なんかフェロモンでも出てるんじゃないかと思ってるんだけど」

「ほう? なるほど……もしくは君の――」

「え?」

 

 聞き返したとき、六道が突然右手に槍を出現させて地面を叩いた。

 反射的に飛び退ると、さっきまで立っていた場所にマグマの柱が噴き上がる。

 

「ちょっと、なにすんの!?」

「君の精神を摩耗させれば出て行ってくれるかと思いまして」

「そういう話の流れじゃなかったでしょ、うわ!」

 

 話を聞き返す間もなく次々とマグマが襲いかかってきた。

 さらに、どう足掻いても逃げられないほどの広範囲で地面が赤く煮えたぎる。

 

(まずい!)

 

 反射的に、家継は全身を白い炎で覆った。

 その瞬間。

 

「なっ……!」

 

 驚いたような声が聞こえたかと思うと、六道の姿が消えた。

 同時に体が強く引っ張られ、景色が一気に遠ざかる。地獄のような空間から引き離されていき――。

 

 

 

 

 ――落ちるような感覚と共に、はっと目を開いた。

 真っ白な天井が視界に入る。

 

(戻って、きた?)

 

 消毒液の匂いと、繋がれた点滴。病院だ。

 夕日が差し込んで室内はオレンジ色に染まっていた。

 

(いったい、なんだったんだ……)

 

 呆然と天井を眺めていると、右手にひんやりとした石の感触がした。ずっと箱を握っていたらしい。

 おしゃぶりの入った箱は、なぜか離れても勝手に戻ってくる。呪いのアイテムのような挙動だが、おかげで失くすことがないので便利だ。

 

(おしゃぶり、炎……精神世界)

 

 あれは夢だったのだろうか。しかし、六道は家継が病院にいることを言い当てていた。もし彼の言っていたことがすべて本当だとしたら、最悪の事態にはなっていないはずだ。

 

 それでも弟や、倒れていた家族たちの状況は気になる。

 起き上がって尋ねに行こうかと思ったとき、ちょうど看護師が部屋に入ってきた。

 

「あら! おはようございます、沢田さん」

「おはよう、ございます。あの、弟――沢田綱吉って、この病院にいますか?」

 

 点滴を交換しながら、看護師は「ああ、いますよ」と答えた。

 

「全身の筋肉にダメージを受けていたみたいだけど、軽傷ですから安心してください」

「筋肉……」

 

 ひどい怪我ではなさそうなことに、なにより安心した。目を閉じてほっと息を吐く。

 死ぬ気モードになったら筋肉痛になると以前ぼやいていたので、同じような代償だろうか。

 

「じゃあ、ビアンキとフゥ太、あと雲雀恭弥は?」

「治療を受けて入院中ですよ。みなさん無事です」

「良かった……。あの、お見舞いに行きたいんですけど部屋を教えてくれませんか?」

「え!? だ、ダメです。先生から許可が出るまでは絶対安静!」

「でも、もう動けるし、痛くないし――」

「それは薬が効いているからです! 絶対にダメ!」

 

 すごい剣幕で叱られ、家継は渋々「ハイ……」と布団に引っ込んだ。

 

「致命傷は避けていたとはいえ、大きい怪我ですから。ゆっくり休んでください」

 

 そう言って看護師は部屋を出ていった。

 

(……やっぱり、致命傷は治してくれるんだ)

 

 幼少期に銃で撃たれ、いま思えば明らかに死んでいたはずの怪我を負ったときも、目が覚めたときにはある程度動けるようになっていた。

 だから致命傷をある程度までは修復してくれる力がおしゃぶりにあるのではないかと踏んでいたのだが、予想通りだったらしい。

 

 とはいえ、遠い昔の記憶だ。

 本当に修復してくれるか半信半疑だったため、槍を引き抜くときは正直すこし怖かった。

 さらに修復中自分がどういう状態になっているかも分からないので、白い炎が漏れていたらどうしようとも考えていたのだが……結局どうなったのだろう。

 

 あの場ではあれが最善だったと思っているものの、綱吉やリボーンにアルコバレーノであることがバレたかもしれないと思うと――。

 

「うう……」

 

 ベッドの上でしばらく唸っていたが、分からないことを悩んでいても仕方がない。

 とりあえず、一刻も早く回復するために休もうと目を閉じた。いい子にしておかないと綱吉のお見舞いが遠ざかりそうだ。

 

 

 病室は個室で静かだし、爆発音が響くようなことも、身の危険が訪れるようなこともない。さらに起きなければいけない時間というのもない。

 そんな快適な状況で家継は、今まで気を張って眠れなかった分を取り戻すかのように眠った。それはもうぐっすりと、時間の感覚がなくなるほどの爆睡だった。

 

 

 次に起きたとき、部屋に明るい陽光が差し込んでいた。

 昼時だろうか。何日寝たのか分からない。

 大きなあくびをひとつして目を擦り、ぼーっと天井を眺めているとトイレに行きたくなってきた。確か部屋に備え付けのがあったはずだ。

 

 重い体を起こし、立ち上がろうとしたときだった。

 

(…………ん?)

 

 何かがおかしい。

 だが、何がおかしいのか分からない。

 首を傾げながら点滴スタンドを掴もうとし、空振りする。リーチを見誤るなんてことはそうない――家継は素早く自分の手を見下ろした。

 なんだか手が小さい、ような。

 

「え」

 

 心臓が一気に嫌な音を立て始めた。背中に冷や汗が伝う。

 おそるおそる入院着に包まれた腕を伸ばしてみたが……短い、ような。

 

「いやそんな、まさかね……」

 

 震える声で自分に言い聞かせながら、そーっと足を下ろして立ち上がる。

 明らかに、視線が低い。

 

「う……うそ……え……? いやそんな、まさか」

 

 スリッパを履き、点滴スタンドを掴んだ家継はよろよろと病室を飛び出した。

 近くにナースステーションがあったので「すみませーん!」と駆け寄る。こちらに気づいた看護師が驚きの声を上げた。

 

「沢田さん? どうしたんですか!?」

「あ、あの、あの、おれの身長を測ってもらえませんか今すぐ!?」

「今!? 安静にしてください、ほらお部屋に戻って――」

「お願いします! 測ったらちゃんと寝ますから! 一大事なんです、ほんとに!!」

 

 ステーションにいた看護師たちは顔を見合わせたあと、溜息を吐いて身長計がある部屋に連れていってくれた。

 台の上に乗り、傷口が痛むのも構わずめいっぱい背筋を伸ばす。頭のてっぺんに器具がこつんと当たる。

 家継は必死に目をつむって、心臓が口から飛び出しそうなほど緊張しながら看護師の言葉を待った。

 

「142cmね~」

「10cm減ってる!!!!!!」

 

 絶叫して膝から崩れ落ちた。

 

 

 ――そこからの記憶がまったくない。

 気づいたら病室に戻っていた。

 

 点滴スタンドを掴んだまま、部屋の真ん中で呆然と立ちすくむ。

 

(10cm……えっ、なんで縮んだの? 10cmも……え……?)

 

 黒曜ランドで六道と戦っていたときに違和感はなかった。

 考えられるとしたら、槍を引き抜いて、傷がある程度修復されたその時だ。すなわち、おしゃぶりの作用である可能性が一番高い。

 そういえば以前おしゃぶりには身長を縮める能力があるのでは、と怪しんでいたことを思い出し、未だに震えている手で箱をポケットから取り出した。

 

 箱の見た目に変わったところはない。

 家継はただひたすら、祈るように両手で箱を握りしめた。

 

「戻れ……戻れ……戻れ……戻れ~~~~!」

 

 どれだけ強く念じても、何の変化もない。

 

 さすがに10cmも身長が縮んでいれば誰が見ても分かる。

 綱吉やリボーンはもちろん、母になんと言えばいいのだ。急に縮んじゃったと言って納得してくれるだろうか?

 ……母ならするかもしれない。

 

 そう考えるとちょっと落ち着いて、意外となんとかなる気がしてきた。

 だって赤ん坊が家庭教師をやっていても、綱吉くらいしか何も言わないのだ。突然兄がちょーっと、ほんのすこし、0.1mくらい縮んだって誤差の範囲かもしれない。

 

 それにメリットだってある。

 この身長なら、あらゆる機関で小学生料金が使い放題だ。

 

「うん、悪いことばかりじゃない……悪いことばかりじゃ……」

 

 無理やり微笑んだ口の端が震える。

 

「あ゙~~~~~~~~」

 

 人生で一度も出したことがないような汚い声を上げ、家継は膝をついた。

 

「なにやってんだ」

「うわあ~~~~~~」

 

 突然後ろからリボーンの声がして、半泣きで点滴スタンドに縋りつく。まだ心の準備ができていない。あと20年くらい待ってほしい。

 ひとりで病室に入って来た彼は、しばらく無言で家継を眺めた。

 

「おまえ……縮んだか?」

「うええええん」

「泣いてねーでベッドに戻れ、バカツグめ」

 

 結構な勢いで尻を蹴飛ばされ、半泣きのまま大人しくベッドに転がる。

 枕元に飛び乗ったリボーンが「それで、なんで縮んでんだ?」とまた傷を抉ってきた。

 

「……わかんない」

「心当たりは?」

「……ない。きっと、六道に刺されて体積が減っちゃったんだ……」

「んなことあるわけねーだろ」

 

 あり得ないの権化みたいな赤ん坊にだけは言われたくない。

 やけくそになって「わかんないよ~!」とぐずると、リボーンが「わかった、わかった」と溜息を吐く。

 

「まあ身長のことはどうでもいーんだ」

「どうでも良くない~……」

「うるせーな。こっちはもう助からねーかとヒヤヒヤしてたっつーのに、めちゃくちゃ元気じゃねーか」

 

 頭を小刻みに蹴られて「いた!」と叫んでも止めてもらえなかった。

 何しに来たのだ、この赤ん坊は。病人を痛めつけに来たなら帰ってほしい。

 

「……おまえ、なんであのとき槍を抜いた?」

 

 家継の頭に足を乗せたままリボーンが静かに尋ねる。空気ががらりと変わり、いつになく真剣な雰囲気だ。

 居心地が悪くなって家継は目を逸らした。

 

「なんでって……完全におれが邪魔だったでしょ。あのままじゃ、ツッくんは自分に槍を刺して、六道に乗っ取られてた可能性が高い。だったら交渉の駒であるおれが使い物にならなくなればいいと思って……ダメだった?」

「マフィアとしては花丸をやりてーくらい正しい判断だ……が、ガキがそこまで気を回してんじゃねー。生意気だから0点だな」

「ええ、せんせーの助けを待てば良かったってこと!?」

「オレは生徒の勝負に干渉できねー掟があるんだ」

「駄目じゃん! じゃあどうすれば良かったのさ」

 

 リボーンはフンと鼻を鳴らして「知らねー」と言った。

 

「だが、あのままおまえが死んでたら、ツナは一生自分のことを責めるぞ。そんくらい甘っちょろい奴なんだって、分かってるだろ」

 

 そんなことは分かっている。

 家継だって死にたくないし、痛いのは嫌だ。死を覚悟して槍を引き抜いた訳でもない。

 けれどもし、本当にどちらかが死ななければ片方は助からないときが来たら、迷わず死を選ぶだろう。

 人を大勢殺してきた自分より、優しい弟が生き残ったほうが世のためにもなるはずだ。

 

「なんか、せんせーみたいな発言だね」

 

 茶化して小さく笑うと「みたいじゃなくて先生だ」とまた頭を蹴られた。

 それと同時にがらりと病室の扉が開く。

 

「いーくん! 目が覚めたのね、大丈夫!?」

 

 母とランボ、イーピンが入ってきて、一気に部屋が賑やかになった。お見舞いに来てくれたらしい。

 

「母さん! 全然平気だよ~」

「本当? リボーンくんからみんなが空から降ってきた隕石に衝突したって聞いて、すっごく心配したんだから……!」

(どんな誤魔化し方してんの!?)

 

 思わず枕元にいるリボーンを見たが、彼は飄々と「ま、この程度の怪我で済んでよかったな」と言った。

 仕方がないので困ったように笑いながら話を合わせる。

 

「そうなんだよ~……なんか光ったと思ったらすごい衝撃でさ、びっくりしちゃった」

「ツグずーっと眠ってたもんね! 起きるのおそいぞコラァ!」

『ランボ、乗るのダメ!』

 

 腹の上にランボが飛び乗り、それをイーピンが窘める。

 いつもの日常が戻ってきたみたいだ。

 

「でも、まだしんどそうね。なんだかいーくんが小さく見えるわ」

 

 頭を撫でられて思わず涙が出そうになった。

 本当に縮んでいるのだが、もう今日は言う元気がない。

 黙って撫でられていると、思ったより体調が悪そうに見えたのか「また明日も来るわね」と母たちは早めに帰ってしまった。

 リボーンも今日は説教をやめることにしたらしく帰ったので、病室が一気に静まり返る。

 

 元気に見えるよう振舞おうとしていたが、やはりしんどい。疲れてまた眠気が襲ってきた。

 目を閉じると、リボーンの言葉がぐるぐると頭を回る。

 

 もし、またあのときのような状況になったとしたら。

 

(やっぱり、同じことをするだろうな)

 

 それ以外に最適な行動というのが、家継には分からなかった。

 

 

 

 

 ――意識が浮上する。

 ばしゃん、と水音がして足元に視線を落とすと、膝の辺りまで水に浸かっていた。

 綺麗な睡蓮がいくつか咲いている。

 

 ここはどこだろうかと視線を上げたとき、また六道と目が合ってふたりは「あ」と同時に呟いた。

 

 

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