また六道の精神世界に来てしまったらしい。
このあいだとは随分様子が違うが、まさか家継の言ったことを気にして模様替えしたのだろうか。
「言っておきますが、模様替えした訳ではありませんからね」
「えっ、そうなの?」
「……本当にそう考えていたとは。僕は冥界を廻った記憶があるせいか、精神世界の様子が勝手に変わるんですよ」
「へー……っていうか、このあいだはよくも攻撃してくれたね」
マグマを警戒しながら拳を構えると、六道が素早く「待ってください」と手を突き出した。
「あれは検証したいことがあったんです。とりあえず、僕の話を聞いてくれませんか」
「出ていけとか言ってなかった?」
「正直に検証したいから炎を出せと言ったら、出してくれました?」
多分、怪しんで出さなかっただろう。
眉をひそめつつ無言で拳を下ろす。
「まず、前置きをひとつ。あのあと、僕は暇なので他人の精神世界を散歩していたのですが、思わぬ拾い物をしましてね。事故で内臓を失った少女を見つけたので、幻覚で補ってあげているんです」
「幻覚って、そんなこともできるの?」
「並の術士では無理でしょうが、僕は特別なので」
腹の立つ言い方だが、実力は確かなのだろう。
……では、ほかの術士ならもうすこし倒しやすいということだろうか。正直六道のような奴がぽんぽん襲ってきたら堪ったものではない。
どうかほかの術士がもっと弱くありますように、と願いながら「へー」と適当に頷く。
「なので、僕が死ぬと何の罪もない少女がひとり死ぬことになります。――ということを踏まえて聞いてほしいのですが」
「嫌な前置きだね」
「ここで君が炎を出すと、現実の僕の周囲に影響するようでしてね。僕の入っている水槽が突然凍結して大騒ぎになったんですよ」
「…………なんで水槽に入ってんの?」
「そこですか?」
分かっている。
とてつもなく大きな問題が起きていることは分かっているのだが、理解したくなくて、一旦別の疑問を口に出した。
「いや、だって、きみ、病院にいるんじゃないの」
「何も聞いてないんですか? 僕はいま、
「牢獄!? ……というか、復讐者ってなに?」
「マフィア界の掟の番人です。そろそろ現実逃避はやめたらどうですか、沢田家継……いえ、雪のアルコバレーノ」
後ずさると、足元で水がばしゃんと音を立てる。
一瞬、全力で炎を出せば現実の六道も凍るだろうかと考えて指が動いた。しかし内臓を補っているという少女のことが脳裏をよぎり、拳を握りしめる。
(だから最初にその話をしたのか……やなやつだな……)
黙ったまま六道を睨むと、彼は楽しそうに笑った。
「クフフ、その様子だと当たっていたようですね。赤ん坊ではないことには驚きましたが……道理で誰にも見つからない訳だ」
「なんで、分かったの」
「凍った水槽の水が砕かれたとき、破片はすべて消えてしまいました。物質の消失が可能なら、一切の痕跡を残さずターゲットを消せるという雪のアルコバレーノの特徴に合致します」
誰にもバレたくないとはいえ、さすがに無関係の少女を巻き込んでまで隠したいものではない。
溜息を吐きながら「やっぱ、あのとき殺しておけば良かった」と呟いた。よりにもよって六道にバレるなんて最悪だ。
殺してはいけないと思っているのに、すぐおしゃぶりに頼ろうとする自分が嫌になる。
「それは僕も同意見です。しかし、これで納得しました。君が僕の精神世界に逆流してきたのも、憑依できなかったのも――おそらく警戒心を抱きづらいのも、その特殊な炎の性質によるものでしょう」
「……炎の性質?」
「ええ。仮説ですが……君の炎は物質をすり抜けるだとか、浸透するだとか、そういう性質もあるんじゃないですか?」
「えっ、そうなの?」
「知りませんよ、君の能力でしょう」
おしゃぶりの力を使い始めて10年目にして、知らない能力が生えてきた。
言われてみれば思い当たることはある。
家継の炎がどれだけ冷たいといっても、人間を丸ごと凍らせるにはかなりのエネルギーが必要なはずだ。
冷たい炎で囲んだとして、体の表面だけ凍るのが普通だが――もしすり抜ける性質を持っていたとしたら、体の芯まで簡単に炎が届く。
「確かに、そういう性質はあるかもしれない。……で、おれがアルコバレーノだと知ってどうするの? 誰かに言う?」
「僕はその気になれば、マフィア界全体に君が雪のアルコバレーノであることを言いふらし、家族ごと狙わせることができます。しかし君は、少女を犠牲にする覚悟さえあれば僕をいつでも殺せる。お互い、あまり良いことではないでしょう?」
「まあ……できることなら、そういう事態は避けたいね」
「ですから、停戦協定を結びませんか? 僕は君がアルコバレーノであることを誰にも言いません。代わりに、君はこちらに危害を加えないでもらいたい」
家継は腕を組みながら考え込んだ。
提案自体は納得できるし、できることなら呑みたい。
だがひとつ、引っかかることがある。
「でも、君っておれの弟の体を乗っ取ろうとしてるんだよね?」
「否定はしませんが、今すぐという話ではありません。それに気になるなら、拾った少女を監視してくれても構いませんよ」
「……そこでなんで女の子が出てくるの?」
「言ってませんでしたっけ? 助けた娘と奇跡的に相性が良かったので、僕が現世で活動するときの依り代として使う予定なんです」
「最低だ!!」
事故で内臓を失ったのは不可抗力なのに、勝手に命を握られ、さらに依り代として使われるなんて不憫すぎる。
それで一命を取り留めたと考えると、六道が助けないほうが良かったとは口が裂けても言えないが。
「さあ、どうしますか? 嫌というなら、その少女を通じて君の情報をばら撒く準備はできてますよ」
「言い方が脅しなんだよな~」
こちらも六道を殺せる立場ではあるが、家族を危険に晒すリスクを負ってまでするかというと、できない。少女を介して綱吉に手を出される可能性もある。
それを避けたいなら彼の言う通り、少女を監視しておけばいいわけで……。
「ひとつだけ条件がある。ツッくんに手を出したら、その時点で協定は破棄するから」
「……クフフ。いいでしょう」
家継は溜息を吐いて「わかった」と頷いた。
「きみが約束を守る限り、おれも守るよ」
「それは良かった。お互い、無駄に疑心暗鬼になるのも嫌ですからね。では、1週間後に娘が退院する予定なので黒曜中央病院に迎えに行ってやってください。黒曜ランドで犬と千種と合流する予定ですので、案内と仲介をお願いしますね」
「なんか注文増えてない!? 犬と千種って誰!」
「それは――」
六道が口を開きかけたとき、また体が引っ張られる感覚がした。目が覚めるときの兆候だ。
まだ話をすべて聞けていないのに。焦って六道を見ると、彼はただ、読めない笑みを浮かべたままこちらを見ていた。
見慣れた病室で目を見開く。
家継は、天井を眺めながら心の中で叫んだ。
(1週間後って……まだおれ入院中なんだけど!?)
▽
頭を抱えつつ、行けばなんとかなるかもしれないと考えているうちに数日が経った。
とりあえず外出許可がほしい。そのために回復しようと寝まくったのが功を奏したのか、かなり歩き回れるようになった。なにより、綱吉たちの見舞いの許可が出たのが嬉しい。
すぐに家継は満面の笑みで弟の病室へ突撃した。
「ツッくーん! 会いたかったよ~~!」
「え……に、兄さん!? もう歩いて大丈夫なの!?」
「うん、すっごい元気! なんなら走り回れるよ~」
力こぶを見せると、久々に会った綱吉は心の底から安堵したように笑った。よかった、思ったより元気そうだ。
病室は4人部屋で、獄寺、山本、了平の3人もベッドで横になっていた。
「お兄様、ご無事だったんですね!」
「大丈夫すか? すっげー怪我してたって小僧から聞いたんすけど」
「極限に元気そうだな!」
「おれは全然、みんなのほうこそ大丈夫? 元気そうで良かったよ」
口々に声を掛けてくれる彼らに返事をしながら、綱吉のベッドに腰掛ける。
「はー……ずっと心配してたんだからな」
「ごめん、びっくりさせちゃったよね」
「びっくりしたっていうか、なんであんなことしたんだよ」
じっと睨まれ、気まずくなって頬をかく。
「うーん……だって、そっちのほうが動きやすいかなと思って」
「だからって、あんなことするなよ!」
「ごめん、ごめん、もうしないから」
「絶対するだろ!」
安心したら怒りが湧いてきたらしい。眉間に皺を寄せて怒り始めた弟に「ごめんね」と何度も謝る。
しかし落ち着きそうになかったので、無理やり話を逸らした。
「そ、そういえば、あの後さあ。おれ、変なことになってなかった?」
「変なことってなんだよ!」
「いや……ただ倒れてただけだった?」
「倒れてて、血がずっと流れてて……リボーンがこのままだと命が危ないとか言うから、ほんっとーに怖かったんだからな!」
「あああごめん、怖いこと思い出させちゃった!」
綱吉が半泣きになり、大慌てで彼の背中をさする。
傷の修復中に白い炎が出ていなかったか聞きたかったのだが、出ていなさそうで安心した。
「それでも頑張って戦って、勝ってくれたんだからすごいよ」
「う~……」
「おー、よしよし」
泣かないよう布団をぎゅっと掴んでいた弟が、鼻を啜りながらこちらを見る。
そして訝しげな表情になった。
「……あれ? なんか兄さん、小さくない?」
「ゔっ」
突然痛いところを突かれて固まった。
しかし、いつかはバレることだ。どれだけ戻れと念じても身長は変わらなかった。現実を受け入れなければならない。
家継は小さく震えながら答えた。
「その……小さくなっちゃって……」
「え?」
「六道に刺されたせいか、体積が減っちゃったみたいで。10cm縮んだんだ……」
「う、嘘だろー!? そんなことある!?」
「ある……」
ない。だがこう誤魔化すしかないのだ。
先ほどまで半泣きだった綱吉に、憐れむような顔をしながら「きっと伸びるって、まだ成長期だし」と励まされてしまった。
「うん……ありがとね……」
項垂れながら乾いた笑いを浮かべる。
綱吉も落ち着いたようだし、そろそろ帰ろうかと立ち上がったとき、あることを思い出した。
「そうだ、犬と千種って誰か知ってる?」
尋ねると隣の獄寺がゲッと顔を顰めた。
「骸の仲間っすよ。並中生を襲ってたのもそいつらです」
「え」
「京子ちゃんのお兄さんも、獄寺くんも山本も、そいつらに怪我させられちゃったんだ。兄さんは会わなかったの?」
「うん、全然。まじかー……」
そういやすっかり忘れていたが、黒曜中に転校してきた帰国子女は3人組だった。
ということは、六道は家継が並中生襲撃犯を追ってきたことを知っているうえで、その犯人たちと交流するように言ってきたということか。
(面の皮が厚すぎない? それぞれ一発殴っても罰は当たらないよね……)
うーん、と額を押さえていると、綱吉が「どうしたの?」と首を傾げる。
「いや、なんでもないよ。せんせーが言ってた名前に聞き覚えがなかったから知りたかっただけ。じゃ、ツッくんとみんな、ゆっくり休んでね~」
微笑み、手を振って病室を出る。
それから家継は、ビアンキとフゥ太の見舞いにも行った。
ふたりも1、2週間すれば退院できるらしい。ビアンキは刺されていたようだし心配だったが、傷は残らないと聞いてほっとした。
フゥ太は何か言いたげだったが、まずは回復するのが先だ。退院したら沢山話そう、と約束して部屋を出る。
恭弥のところにも見舞いに行ったが、六道の話をすることはなかった。負けた話をしても腹が立つだけだ。
ただお互いに無事を確認したあと、家継の身長を一瞥した恭弥は面白いものを見つけたような顔で「新しい学ランと三節棍を注文しなくちゃね」と言った。
地味に楽しんでいないだろうか。勘弁してほしい。
憤慨しながら自分の病室に戻り、また回復するために眠り続け――そして、六道に言われた日がやってきた。
診察室で主治医が難しい顔をしながら「おかしい」と呟く。
「治りが早すぎる。体を貫通していたはずなんだが……」
しばらくあれこれと調べられて大丈夫なのか心配になったが、ようやく主治医は頷いた。
「うん、1日くらいなら外出しても大丈夫だろう。だがくれぐれも、無茶な動き方はしないように」
「はーい、ありがとうございます」
治りが早いのもおしゃぶりのおかげだろうか。何はともあれ、無事に外出許可をもらえて良かった。
普段着がぶかぶかになってしまったので、新しく届いた学ランを着て病院を出る。
久々に浴びた太陽の光が心地良い。
(早く退院して、日光浴しながら芝生で寝たいな~)
病院で好き放題に寝ていたせいで眠気がひどい。目を擦りながらも、午前中には黒曜中央病院に着くことができた。
あれから六道の精神世界には行けなかったので、結局待ち合わせの時間も、少女の外見も、名前も一切知らない。そんな状態で合流できるのだろうか。
不安になりつつ広いロビーに入る。中央病院というだけあって人が多い。
(そもそも、少女って何歳くらいなんだ)
同い年くらいで考えていたが、小学生かもしれない。ぐるりと見渡してみたが、これだ、という人物は見当たらなかった。
まだ退院の手続きが終わっていない可能性もある。座って待ってみようかと思ったとき、突然女性の大声が響いた。
「行かないってどういうこと!? わざわざ迎えに来てあげたのに!」
思わず視線を向けると、着飾った女性が娘らしき少女を怒鳴りつけていた。
セミロングヘアに眼帯、そして白いワンピースを着た少女は俯いたまま、ふるふると首を横に振っている。
「そう、家に帰りたくないの。だったら好きにしなさい!」
母親らしき女性はそう言い捨て、その場から去っていった。残された少女は視線を落として立ち尽くしている。
六道が言っていたのはあの子だと直感が告げた。
もしそうでなくても、あのまま放っておくのは可哀想だ。
とりあえず話してみようと、近づいて「こんにちは」とできるだけ優しく声を掛ける。
家継を見た少女が目を見開いた。
「あ……骸様、の……」
「やっぱり、きみか。遅くなってごめんね、六道からは今日病院に行けとしか聞いてなくてさ」
苦笑しながら謝ると、彼女は目を丸くしたまま首を横に振った。緊張しているだけかもしれないが、かなり大人しい子らしい。
さすがにこのまま黒曜ランドへ連れていって、並中生襲撃犯と会わせるのは不安だ。もうすこし話を聞いて、信頼関係を築いてからのほうが良い気がする。
「朝ごはんは食べた?」
「……」
また首を横に振った少女に「おれも食べてなくてさ、悪いんだけど先にそこのカフェに寄ってもいいかな?」と尋ねると、彼女は戸惑ったように頷いた。