雪は溶けない   作:箱葉

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ヴァリアー編
tgt.27 試行錯誤の新技術


 

 

 早朝、並中の校門前で黒服の集団が輪を作っていた。

 言わずもがな、風紀委員会の面々である。すっかり元気になったみんなで恒例の打ち合わせをしているなか、家継は腕を組みながらうつらうつらと船を漕いでいた。

 

「東区の公園で最近集会を開いてる奴らの――」

「こないだの件だが、あれは――」

 

 断片的に聞こえる声をなんとか拾おうとはしているが、睡魔には勝てない。

 入院中惰眠を貪りすぎたせいか、最近体温が微妙に下がっているせいか、眠気への耐性が薄れてしまったのだ。

 しばらく御免だと思っていた病院のベッドが恋しい。勝手に食事が出てくるうえに、どれだけ寝ていても許される環境なんてそうそうない。

 

(将来は億万長者になって無限に眠る生活がしたいな……)

 

 あと勝手に食事が出てくる自販機とかほしい。

 そんなことを考えながら深い眠りに落ちようとしていたとき、小さな羽ばたき音が耳に届いた。

 頭の上に軽い何かが乗った気がする。「あ、ツグさんの頭に……」と誰かが言い、こちらに視線が集まるのを感じた。

 

「おお……」

「写メ、写メ撮ろう」

「かわいい」

 

 風紀委員たちがざわめいている。

 雀でも止まりに来たのだろうか。雀にしては軽いような気もするが……どちらにせよ、よくあることなので気にせず眠ろうとする。

 

「緑たなびく並盛の――♪」

「!?」

 

 しかし頭上の鳥が流暢に並中の校歌を歌い始め、びっくりして一気に眠気が飛んだ。

 鳥に教えるほど校歌が好きな人間はひとりしか思いつかない。家継は頭を動かさないよう気をつけながら、隣にいた草壁に「……これ、恭弥のペット?」と尋ねた。

 

「は、はい。最近飼い始めたようでして、よく学校の周りを飛び回ってます」

「エサをやろうとしてもどっか行っちまうんですけど、やっぱツグさんは動物にモテますね」

 

 いいなあ、と誰かが呟く。そういえば風紀委員の中に動物好きが何人かいた。大柄なせいで逃げられるらしく、可哀想だなと思った覚えがある。

 風紀委員たちにもっと近くで見せてあげようかと、頭上に手を伸ばした。誘うように指を振ると小鳥が飛び移ってくる。

 手を下ろしてその姿を目にした瞬間「わ、かわい」と声が出た。

 

 黄色くて丸っこい小鳥だ。ヒヨコのように見えるが、ヒヨコはこんなに飛べない。なんの種類だろうか。蒸しパンみたいでちょっと美味しそうだ。

 

「みんなちょっと、しゃがんでよ」

 

 片手でジェスチャーをすると、でかい図体の男たちが腰を落として身を縮める。その中心に立って小鳥を近づけると「おお……!」と小さな歓声が湧いた。

 小鳥はくりくりとした瞳で家継を見て、誇らしげに胸を張りながら歌う。

 

「大なく小なく並がいい――♪」

「じょうずだねえ、かわいいね~。選曲はちょっとアレだけど」

「――うちの校歌に文句でもあるの?」

 

 突然後ろから声がして「うわ!」と驚いた。いつの間にか恭弥が来ていたらしい。

 小鳥が飛び立ってしまった。「ヒバリ! ヒバリ!」とさえずり、彼の指先に止まる。とても懐いている様子だ。

 

「いや、校歌そのものに不満はないけどさあ、もっと他になんか、あるじゃん」

 

 そう返すと、恭弥は小鳥に向かって「ほら、そこの金髪が愛校心のないツグだよ」と話しかけた。

 校歌ごときで愛校心を問われたくない。しかし反論するほど学校が好きな訳でもないので、黙って肩を竦めた。

 

「委員長、おはようございます!」

「おはようございま~す」

 

 立ち上がった風紀委員たちが一斉に整列する。形式は守っておこうと、家継も挨拶をしながら彼らと同じように並んだ。

 報告は草壁が担当しているが、群れ嫌いな恭弥のために数十秒で終わる。その後はすぐに解散するのが暗黙のルールだ。

 風紀委員たちが散っていったあと、家継は残って恭弥に声を掛けた。

 

「今日お昼終わったらさ、ちょっと試したいことあるから山まで付き合ってくれない?」

「見回りがあるんだけど。明日じゃ駄目かい」

「用事あるから無理だな~」

 

 明日は日曜だ。朝からたっぷりと時間を取って、黒曜ランドへ家具組み立て屋さんをしに行く予定なのである。

 明後日でも構わないのだが、思いついたことは早めに試しておきたい。

 

「新しい戦い方を見つけたかもしれないんだ。どう?」

 

 そう尋ねると「いいよ」と即答され、家継は笑った。

 

 

▽

 

 

 昼食を済ませたあと、家継と恭弥は特に会話もなく山にやってきた。

 普段手合わせで使っている場所よりもすこし奥まったところで足を止める。

 

「で、何をするつもり?」

「実は、おれの炎の新しい活用法が見つかったかもしれなくてさ」

 

 きっかけは六道の言葉だ。

 家継の炎には物質をすり抜けるだとか、浸透するだとか、そういう性質があるのではないかと言っていた。

 

 彼と黒曜ランドで戦っていたとき、家継は炎の『冷たさ』によって幻覚のマグマを切り抜けられないかと試した。

 それは自分が『この炎はマグマの熱を防げるほど冷たい』と強く認識していたからできた芸当だと思っていたのだが……もしもすり抜けるような能力が、白い炎に元々備わっていたのだとしたら。そのおかげで切り抜けられた可能性があるとしたら、どうだろうか。

 

 他に考えることがありすぎてあの時は流していたが、よく考えるととてつもなく便利なのでは? と後になって思ったのだ。

 

「とりあえずちょっと見ててほしいんだけど」

 

 右腕の周りにうっすらと白い炎を纏わせる。

 そして、傍らに立っている木の幹にそっと触れた。炎が当たった部分が白く凍りついていく。さらに手を押し込むと――腕が、幹の中にすっと入った。

 

「ほんとにできた!」

「……!?」

 

 恭弥が驚いたように目を見開く。

 木に触れているという感触はない。ただ空気を押すように、なんの抵抗もなく腕が貫通する。やがて反対側の幹から手のひらが生えた。

 手を引っ込めながら、興奮気味に「見た!?」と満面の笑みを浮かべる。

 

「この炎、すり抜ける性質があるみたいでさ! これってつまり、こんな風に全身を炎で覆ったら壁をすり抜け――」

 

 喋りながら実演しようと全身に炎を纏った瞬間、がくんと体が沈んだ。

 

「――あっ」

 

 内臓が浮き上がるような感覚に襲われる。

 目を丸くした恭弥がスローモーションで遠ざかっていく。いや、家継が落ちているのだ、落ちている? なぜ――足の裏まで炎で覆ったからだ。

 

 当たり前のように地面をすり抜けて、地中に落ちようとしている。

 そう気づいた家継はとっさに両腕の炎を消して地面にしがみついた。胸から上が埋まるのはなんとか回避できたが、恐怖で動けない。

 

「た、た、たすけて! マントルまで落ちる!!」

「何やってるの……」

 

 恭弥は呆れたように溜息を吐きながら、家継の両腕を掴んで大根を抜くように勢いよく引っ張り上げた。

 だが炎に包まれていると足先の感覚が分からない。下を見るのも怖くて目をつむったまま「体ぜんぶ出た!? もう炎消してもいい!?」と尋ねる。

 

「いいよ」

 

 短い返答にほっとして、炎を完全に消す。すると脇にぽいと投げられて体をしたたかに打ちつけた。

 けれどこの痛みにすら安心する。物理を感じるって素晴らしい。大地を抱きしめてうつ伏せになったまま深呼吸した。

 

「は~……じ、地面に立ってるのに高所恐怖症になるところだった……」

 

 六道の槍のせいで若干先端恐怖症にもなっているのに、これ以上怖いものが増えるのは勘弁してほしい。

 ありがとう、と言いながら恭弥を見ると、彼はしゃがんで地面を見つめていた。

 家継がすり抜けた部分の土が凍りついているようだ。トンファーで軽く叩かれると、氷はいつものように砕け散った。

 

「落とし穴が作りやすいね」

「そんな使い方は二度としない……」

 

 四つん這いで移動し、苦々しい表情で地面を見下ろす。ちょうど家継が嵌まったぶんだけ穴が空いている。

 

「通ったところは凍っちゃうんだなあ。すり抜けるたびに物を壊してるんじゃ、ちょっと汎用性が低いね」

「凍結は解除できないんだっけ」

「うん。一度凍っちゃったらもう戻せない」

「ということは……」

 

 恭弥がそばに落ちていた木の棒を拾う。「腕に炎出して」と言われ、炎を纏った腕を突き出すと、彼はそこに向けて木の棒を振り下ろした。

 すり抜けた棒は、炎に触れたところが白く凍りつく。

 

「もしこれが僕のトンファーだったら、使い物にならなくなるわけだ」

「そうだね」

「生身の体が当たれば凍って砕けるわけだ」

「……そうだね」

「とことん格闘に向いてないね、君の炎」

 

 がっくりと項垂れる。

 弟のために人を殺さないと決めたのに、家継の炎はどうしてこんなにも殺しに特化しているのだろうか。

 

「有効活用できると思ったんだけどな~……」

「戦いそのものには使えないけど、回避や不意打ちには使えるんじゃないの」

「……確かに。普通に戦って、避けるときだけ炎を使えば……やってみようか」

 

 立ち上がり、三節棍を持って構える。

 合図もなく飛び掛かってきた恭弥をいなし、武器の打ち合いを始めた。

 家継を木のある位置に追い詰めようとしてくるのはわざとだろう。

 炎を纏った上半身を大きく反らし、木をすり抜けて攻撃を躱す。同時にトンファーが凍った木を抉り倒し、手元からもバキンと破壊音がした。

 

「あーー! 三節棍が!!」

 

 木が倒れる重い音とともに悲鳴を上げる。うっかり三節棍まで凍らせ、持ち手を握り潰してしまった。最悪だ。

 しかし恭弥が止まる気配はない。慌てて体勢を整え攻撃を避ける。

 

「ちょっと、おれ武器ないんだけど!」

「素手でもいけるでしょ。僕と遊べるようになるまで調整してよ」

「そんな無茶な!」

 

 三節棍というクッションがあったからこそ、あまり気負わずに炎の調整を試していたのだ。素手で捌くとなると彼を凍らせないよう細心の注意を払わなくてはならない。

 冷や汗を掻きながら、避けることと炎のオンオフに集中する。

 

(手の炎を消す、纏う、ジャンプ、上半身に纏う、ジャンプして下半身に纏う、消す、纏う、消して蹴る、足首まで纏って避けてジャンプからの――)

 

 また木をすり抜けようとしたとき、炎を纏い損ねた足が引っかかって視界がぐるりと回転した。

 

「のわーーーーーー!!」

 

 地中に勢いよく突っ込んだ瞬間、足首を掴まれて引きずり出される。

 

 ……心の底から、恭弥に付き合ってもらって良かったと感謝した。ひとりで試していたら今ごろ生き埋めになって帰らぬ人となっていたかもしれない。

 

 逆さまで宙ぶらりんになった家継は、脱力した状態で「すごい発見ができたよ、地中だと呼吸できないみたいだ」と言った。

 

「へえ、じゃあ水中も試してみようか」

「もうちょっと遅めに攻撃してくれない? 考えることが多すぎて頭がパンクしそう……」

「なら、考えなくてもできるようになるまでやるだけだよ」

「はい……」

 

 足首を離され、地面に手をついて一回転する。体勢を立て直すや否やまた猛攻が始まった。

 それから数時間、山の中を移動しながら様々なシチュエーションで戦い続けてなんとかコツは掴めてきた。現時点で分かった、炎を使う際のデメリットは四つある。

 

 足裏まで覆ってしまうと落ちること。

 武器は凍らせてしまうので持てないこと。

 地中や水中など、空気のない場所では呼吸できないこと。

 すり抜けるという性質上、誰かを背後に庇うのは不向きであること。

 

 さすがに、すり抜けている最中に炎を消すとどうなるのかという実験はしなかった。うっかり死ぬ可能性がある。

 しかし器用に扱えさえすれば、障害物の多い地形でも自在に動き回れる。建物内などもショートカットが可能だ。

 制約はあるが、かなり便利な能力だと思う。今まで気づかなかったのが悔しいくらいだ。

 

(六道に感謝……はしたくないけど、あいつのおかげではあるな……)

 

 幼い頃から人を殺すためだけに使っていた炎を、自分の動きに余裕を持たせるために使えることがすこし嬉しい。

 炎の切り替えも体に馴染み、恭弥に攻撃を叩き込めるようになってきた。

 手応えを感じたので炎のオンオフに加え、殺気を消す戦い方も混ぜてみる。より不意打ちに近い攻撃を連発でき、幼馴染の目が輝いた。

 

「ワオ、いつの間にそんな戦い方を覚えたの?」

「時々兄弟子と練習してたんだ。楽しい?」

「楽しいけど、僕と練習すればよかったのに」

「サプライズだ、よ!」

 

 鋭く伸ばした指先とトンファーが、お互いの首元に突きつけられる。そして同時にゆっくりと下ろした。

 もうとっぷりと日が暮れている。お開きの時間だ。

 思っていた以上に大きな収穫が得られた家継は、満足げにぐっと伸びをした。

 

「ちょっと熱中しすぎたな~。夕飯の手伝いできなかったや」

 

 軽い体操をしながらぼやいていると、恭弥が「兄弟子って誰?」と尋ねてきた。

 

「ディーノさんって人。ボンゴレと同盟組んでる、キャバッローネファミリーっていうマフィアのボスだよ」

「強いの?」

「おれまだ一回も勝ててない」

「……君が?」

 

 月の光もあまり届かない森の中、歩き出そうとした恭弥が振り返る。どうやら興味が湧いたらしい。

 まあ、勝てない理由は単純な実力差だけではないのだが。

 

「多分、きみも難しいんじゃないかな」

「……どこにいるの」

「普段はイタリアにいるし、忙しい人だからすぐには会えないよ」

 

 そう言うと、彼は「日本に来たらすぐに呼んで」と不服そうに口を曲げた。

 

「絶対勝つから」

「おお、いいね。おれも恭弥とディーノさんが戦うとこ見たいかも」

 

 絶対だよ、と念を押す恭弥に苦笑しながら頷き、家継たちはそれぞれ帰路についた。

 

 

 遅くなってしまったので、もうみんな夕食を食べているかもしれない。

 ただいまと言いながらリビングに入った家継は、目の前に広がった光景に驚きの声を上げた。

 

「えっなに!? ご馳走の山!?」

 

 食卓にすごい数の凝った料理が並べられている。しかも母は鼻歌を歌いながらまだ作り続けていた。

 先に食べていた綱吉が困惑した表情でこちらを見上げる。

 

「なんか、もうすぐ父さん帰ってくるらしいよ」

「えっ」

「それで母さんすげー張り切っててさあ……」

 

 一瞬、言われたことが理解できなかった。口をぽかんと開けながら綱吉と母を交互に見て、叫ぶ。

 

「死んだんじゃなかったの!?」

「オレよりひどい勘違いしてたーー!!」

 

 綱吉は父が蒸発したと思っていたらしい。あまり話題にしないほうがいいかと思って、お互い父親の話を避けていたせいでとんでもない誤解が生まれていたようだ。

 振り向いた母が憤慨したように腰へ手を当てる。

 

「やーね、ちゃんと生きてるわよ!」

「父さんは星になったとか言ってなかったっけ……!?」

「だってお父さんが、『オレが消えて星になったとでも伝えておいてくれ。そのほうがロマンチックだ』って言ったんだもの~。素敵よね~!」

「す、素敵……かな」

「ほら、連絡もとってるし、絵ハガキも来たのよ~」

 

 そう言って見せられたのは南極のペンギンが描かれた絵ハガキで、『もうすぐ帰る 父』とだけ書かれていた。文章は簡潔すぎるわ、どこから送ってきているのかも分からないわで無茶苦茶だ。

 さすがの家継も言葉を失い、半笑いのような表情で絵ハガキを見下ろした。

 

「でもツグ兄、死んだって思ってたパパンが生きてたのは嬉しいんじゃない?」

 

 フゥ太にそう尋ねられ、ぎこちなく笑う。

 

「う、うん。嬉しくはあるかな~」

 

 家継は小四くらいまで父のことを、『お父さん』という名前の母の友達だと思っていた。

 父が家にいる時間が少なすぎたことと、家継の眠っている時間が多すぎたことが原因で父親と認識できなかったのである。おかげで未だにどういう気持ちで接すればいいのか分からない。

 父が死んだと勘違いしたときも、悲しいより先に母が可哀想、という気持ちが湧いてきたくらいだ。

 

(困ったな……今更なに話せばいいんだろ……)

 

 絵ハガキを返し、食卓につく。

 頭の中は困惑でいっぱいだったが、まあ……母がとても嬉しそうなのは何よりだ。

 会ってみればなんとかなるかもしれない。多分。

 そう思いながら、家継は母が取り分けてくれた七面鳥を箸でつついた。

 

 

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