「あ゙ーーーー!! ABCDEFうるせーーびょん!!」
日曜の昼下がり、黒曜ランドに叫び声が響き渡った。
共有エリアにいた家継と千種、クロームが作業を続けながら、床に転がる犬へ視線を向ける。
「犬、うるさい……Dの板はやく取って」
「そーだよ、手動かさないと終わんないよ~。クロームちゃん、Jのネジ三本ちょうだい」
「はい」
「ありがと」
家継は六道のリクエスト通り、家具組み立て屋さんをしに来ていた。
わりと手当たり次第に物を買った自覚はあるので、いったいどんな惨状になっているのか不安だったが……訪れた黒曜ランドは意外と片付いていて驚いた。
掃除用具を得たクロームがちまちま清掃していたらしい。
ただ、問題の家具が入った段ボールたちは部屋の隅っこに寄せられ、中途半端に開けて放置されていた。
一番に起きてきた千種が言うには、クロームは重いものが持てず、犬は説明書が理解できず、千種は面倒くさくて一歩も動かず……という状況だったらしい。
組み立てベッドの段ボールから、マットレスだけ引っこ抜かれているのを見て天を仰いだ。
(確かにマットレスだけでも寝れるけど……!)
しかも料理ができるようにと買ったカセットコンロは、カップ麺のお湯を沸かすためだけに使われているらしい。新品のフライパンと鍋が泣いている。
かくして家継は、彼らのQOLを向上させるために奮闘することとなったのであった。
「なんれこんなにアルファベットが付いてんだよ~!」
「組み立てる順番を分かりやすくするためだよ。ほら板が倒れないように支えて、説明書見て。こういう形でネジを嵌めるって書いてあるでしょ」
説明書を開いて突きつけると、犬は「全部おまえがやりゃいーだろ!?」とそっぽを向いた。
「きみは今後一生、家具を買うたびにおれを呼ぶ気?」
「それはぜってーーヤダ」
「じゃー覚えてね~」
「んあ゙ーーーー!!」
ネジの袋をしっかりと握りしめたクロームが、大の字になった犬に近寄って見下ろす。
「犬……一緒に、がんばろ」
「ネジだけ運んでる女に言われたくねー!」
「こら! クロームちゃんは体が弱いんだからしょーがないでしょ。きみの筋肉は飾りなわけ?」
「こいつうぜーー! 柿ピーどーにかしてくれよ!」
「もう二回吹っ飛ばされただろ……抵抗するのもめんどい」
黙々と手伝ってくれる千種とクロームに加え、定期的に抗議してくる犬も強制的に協力させながら、全員で作業を続けた。
――六道を含めた四人分のベッドに、棚を五つ、机と椅子を各四つ、キッチン用の台を三つ、食器棚をひとつ。
すべてを組み立て終え、各部屋に配置した頃には空が赤く染まっていた。
「おつかれ~! いい感じなんじゃない? だいぶ生活感が増したね」
クロームとふたりで掃除をしてラグも敷いたので、パッと見では廃墟とは思えないほど綺麗になったのではないだろうか。
家継は達成感でご機嫌な笑みを浮かべながら立ち上がった。
「じゃ、おれ近くのスーパーで晩ごはんの材料買ってくるから、みんなは休んでて。嫌いなものとかアレルギーはないよね?」
そう言うと、ソファで脱力していた千種は信じられないものを見るかのような目を家継に向けた。
「おまえ、体力どうなってんの……」
「お兄ちゃんだから鍛えてる」
「……意味が分からない……」
兄だから頑張らなくては、みたいな気持ちは伝わらなかったらしい。
苦笑して、同じソファで寝かかっている犬と、ラグの上に座っているクロームにも「とにかく、行ってくるからね」と声を掛ける。
するとクロームが慌てたように立ち上がり、家継の袖を掴んだ。
「あ、あの……待って! 私も、手伝う」
重いものは持たせなかったとはいえ、彼女にも掃除はしてもらったので疲れているだろう。笑って首を横に振る。
「ありがと、でも大丈夫だよ。どっちかっていうと、作るときに手伝ってほしいんだけど……いいかな? 料理はできる?」
彼女がこくりと頷く。
「え、なら、もしかして自分の食べるぶんは作ってた?」
「いらないって言われたから、作ってない」
「……」
犬と千種に断られたからといって、自分のぶんまで作らなくなるのはどうかと思う。しかしひとりで作れと言うのも、素直でないふたりに無理やり押しつけろと言うのも酷だ。
家継が全員に自炊の習慣を叩き込むほうが早いだろう。
ゴミの中にあったスーパーの弁当やカップ麺を思い出しながら、先は長いなと内心頭を抱えた。
「じゃあ、きみもカップ麺とか?」
「昨日は、麦チョコ」
「……だけ?」
「うん」
「……おとといは?」
「麦チョコ」
「……だけ?」
またこくりと頷かれる。
「ご飯は……毎日、食べよう」
「……? 食べてる」
心底不思議そうに首を傾げた彼女に、家継は穏やかな笑みを浮かべた。
「麦チョコはね、ご飯って言わないよ」
あまり、自分を大切にできない子なのかもしれない。
いや。大切にするという選択肢があることすら分からないのかも。
六道が彼女に目を留めた理由を、なんとなく理解したような気がした。
顎に手を当て、どう言えばクロームが納得してくれるか短いあいだ迷った家継は、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「ご飯は大事だよ~。食べないだけでびっくりするくらい体力がなくなるし……六道が憑依するときって、きみのその体力のない体を使うわけでしょ? 六道も思うように動けなくて敵に負けちゃうかもしれないよ」
「そ、それはダメ……!」
「でしょ? だから無理に詰め込めとは言わないけど、できる範囲で、いろんなもの食べてみよう」
悲愴な顔で彼女は頷いた。
良かった、大切さは伝わったらしい。
幻覚で内臓を補っているせいで食べづらい可能性は考えた。しかし、あの六道がそんな杜撰な幻覚を作るとは思えない。
ということはただ、相当に食が細いだけだろう。
しばらくはここに通って、彼女でも食べやすいメニューを探したほうがいいかもしれない。
家継の自宅で出てくるのは、大抵がっつりした料理だ。少食な女の子向けのものがさっぱり分からないので、明日書店に行ってレシピ本を見てみようと考えながら背を向けると、またクロームに袖を引かれた。
「どうしたの?」
「ごめんなさい、あの……骸様が、今日は泊まっていきなさいって」
「え……なんで?」
「夜に来客がある、から?」
意味が分からない。なぜ六道の客を家継が迎えなければならないのだ。「それっておれ必要?」と尋ねると、クロームは戸惑ったように視線を泳がせながら六道の伝言を口にした。
「協定を忘れないでくださいね、って」
「あいつ何でもかんでも協定って言えばいいと思ってない!? ……分かったよ、泊まるって伝えといてくれる?」
「わかった」
やっと掴まれていた袖が解放され、家継は今度こそ黒曜ランドを出た。
スーパーへ行く道の途中、母に連絡を取る。
友人の家へ泊まることを伝えると『ええっ、そうなの?』と残念そうな声が上がった。
『今日はやめない? お父さん帰ってるのよ?』
「えっ、もう!?」
携帯を耳に当てたまま、家継は固まった。
電話の向こうで『奈々~、どうした~?』と酔っぱらいのだらしない声が聞こえる。
父だ。本当に帰ってきている。
『いーくんがね、今日お友達の家に泊まるって』
『なに~!? 会えるのすっげー楽しみにしてたのに――』
「っあの、友達大事な用があるらしくて無理なんだよ、明日の朝すぐ帰るから! じゃね!」
『あっこら、いーくん!?』
一息に捲し立てて通話を切った。
画面を見つめたまま立ち尽くす。まだ全然心の準備ができていない。
死んだと思っていた父の声が聞こえて、懐かしいような――腹が立つような、奇妙な感覚に襲われた。
六道にまた面倒なことを押しつけられたと思っていたが、泊まることになって逆に良かったかもしれない。少なくとも一晩は気持ちを落ち着かせる時間ができた。
「生きていたのは嬉しい、し、帰ってきたのもいいこと、なんだけど」
誰もいない道の真ん中で呟く。
「でも、今更――……」
今更。その言葉の続きを飲み込んだ。
▽
買い物から戻った家継は、まず犬と千種にも調理に慣れてもらおうと、ふたりの前でクロームと一緒に夕食を作った。
男子陣はなんでも食べるだろうと、生姜焼きと鶏むね肉のサラダ、味噌汁というよくあるメニューにした。クロームに白米と肉は重いかもしれないので、サラダに加えて別でうどんを少量作ってみたが、それで正解だったらしい。
三人とも無事に食べてくれてほっとした。
その後、全員で銭湯に行って帰ってきたところまでは良かったのだが――問題になったのは家継の寝る場所だった。
今のところ空いている六道のベッドを借りようとしたら、猛烈な抵抗にあったのである。
「骸さんのベッドは使うなよ! ソファだかんな!」
「ええ、だめなの? このソファ全然いい思い出がないんだけど……」
「骸様に一番に寝てもらう場所だ。無理」
槍で縫い留められていたので、座るのもちょっと嫌なのに。
彼らの気持ちも分からなくはないが、家継だって暖かい布団で寝たい。しかしクロームが「じゃあ、私のベッド、使う?」と言ったので「いやいやいやいい! 大丈夫!」と首をぶんぶん横に振った。
「せっかく頑張って組み立てたんだから、自分のベッドでゆっくりおやすみ」
「でも……」
「いやーおれ急にソファで寝たくなっちゃったな~!」
彼女が何度かまばたきして黙る。
こうしてソファで寝ることが決まり、一同は解散した。
深夜。
月明かりだけが射し込む部屋の中で、家継はふと目が覚めた。
建物の外に何者かの気配がする。ソファから身を起こすと同時に、隣の部屋からクロームが現れた。
「きみも起きた――……あ」
違う。クロームの姿だが、中身は別人だ。
口をつぐむと『彼』は薄笑いを浮かべた。
「クフフ……こんばんは、沢田家継くん。今日はご苦労様でした」
相変わらず感情の読めない人間だ。
しかし格好が可愛らしいせいで、いまいち脅威を感じない。クロームが就寝前に、家継の母に買ってもらったパジャマに着替えたのだろう。薄紫色のモコモコしたパジャマと六道の雰囲気が合わなさすぎる。
言及するか迷ったが、結局そこには触れず家継は目を細めた。
「なんできみが出てきてんの……」
「客人が来ると伝えたでしょう? 僕直々に出迎えようかと思いましてね。君も同行してください。まだ、この体を自在に動かせるほど回復していないので」
六道はこちらが返事をする前に歩き始めた。
階段を下りようとしたところで彼がふらつき、咄嗟に腕を掴んで支える。
「……どうも」
「気を付けてよ、クロームちゃんの体なんだから」
「おや、随分仲良くなったようで」
「きみがこき使ってくれるおかげでね」
ひとつ下の階に移り、置いてあった椅子に六道は座った。彼の言ったとおり、歩くだけでもかなり消耗するようだ。
家継は腕を組みながら「それで?」と尋ねた。
「客人って誰? なんでおれまで会わなきゃいけないの」
「会えば分かりますよ。君がいれば、交渉が有利になるかと思いまして」
「交渉って、おれそんなに口は上手くな――」
そのとき、階段を上がってくる足音に言葉を止めた。
相手が何者かは分からないが、協定を結んでいる以上できる限り六道の味方をするしかない。
こんな夜中に誰なんだと思いながら階段を注視していると、ついに訪問者が姿を現した。
「――君が、六道骸か」
大柄な男の顔が月明かりに照らされ、はっきりと見えた瞬間。
家継は言葉を失った。
「な――……と……」
同時に、相手の男も驚愕したような表情を浮かべる。
「なっ、ツグ!?」
「と、父さん……?」
「なんでここに居るんだ!?」
「それは、こっちのセリフ、なんだけど……」
なぜ、父がこんなところにいるのだ。しかも家継の嫌いな黒いスーツを着て。
動揺しすぎて固まっていると、六道が楽しそうに笑い声を上げた。
「知らなかったんですか? 彼はボンゴレの門外顧問ですよ」
「……門外顧問ってなに?」
「ボンゴレであってボンゴレでないもの。平常時には部外者だが、ファミリーの非常時においてボスに次ぐ権限を発動できる――実質ボンゴレのNo.2です」
「……は?」
信じられない。
呆然としながら父に視線を向けると、彼は気まずそうに頭を掻きながら笑った。
「いや~ハハハ、もっと後でかっこよーく教えるつもりだったんだけどなー」
軽い雰囲気で茶化すのは父の通常運転だが、こんな状況でも笑っているのはおかしく見えた。なんだか父が別の世界の人間のように感じる。
「じゃあ、父さんって……元々ボンゴレの人間だったってこと……?」
「まあ、そういうことだ。あっ、奈々には内緒だぞ!」
言うわけがない。
まさか……いや、そうだ。家の周りにいたボンゴレの護衛を、誰が手配していたのか。すこし考えれば分かることだった。
だとしたら。
あのとき――昔、家継が誘拐されたとき。
マフィアだったのなら、家族の傍にいて守ってほしかった。そうすれば痛い思いも、怖い思いもしなくて済んだかもしれないのに。
そんな考えが一瞬よぎり、家継は父から目を逸らした。
「ど、どうした、怒ってるのか?」
「……別に」
今そんなことを考えたって、どうにもならないことは分かっている。
しかし不意に浮き上がってきた胸の軋みを、すぐに消すことは難しかった。
「しかしツグは、本当になんでここに居るんだ? おまえたちはその……かなり酷い戦いだったと聞いてるんだが」
「おれは家具を組み立てに来ただけだよ」
「家具ぅ? ……どーいうことだ!?」
「クフフ、利害の一致というやつですよ」
家継は溜息を吐き、いつも通りに振る舞おうと腰に手を当てる。
「おれの話はいいでしょ。門外顧問の父さんは、ここへ何しに来たの?」
「あ、ああ、そうだったな。出鼻を挫かれちまったが――六道骸」
そう言った途端、父の雰囲気ががらりと変わった。父の顔ではなく、マフィアの顔だ。
彼は懐から奇妙な形のリングを取り出した。
「君に、ツナの霧の守護者になってもらいたい」
(……ツッくんの、霧の守護者?)
どういう意味だろう。
聞きたいが、妙に真剣な空気が漂っているせいで口を挟めない。やはりマフィアというものは苦手だ。
「僕が、なんの条件もなく呑むと思いますか?」
「逃走中の柿本千種と城島犬の保護は、私が責任をもつ」
「クフフ……物好きですねぇ……。僕は全ての能力を取り上げられてしまいましてね。特異なこの娘の体を借りても、わずかな時間しかこちらに留まることはできませんよ」
「……それでも構わない」
六道はしばらく沈黙したあと「ボスは沢田綱吉になるんですよね?」と父に尋ねた。
「ああ」
「それなら、いいでしょう。取引成立です」
「……ちょっと待って、それってどういう意味?」
さすがに耐えきれなくなって口を挟むと、六道が面白そうに目を細める。
「彼が持っているのはボンゴレリングといって、ボンゴレの中心となる七人に代々受け継がれているものです。そのうちの六つはボスを守護するに相応しい者たちに与えられ、受け取った者は守護者と呼ばれる」
「そうだ。これは霧のリングだから、これを持つ六道骸は霧の守護者ってことになる」
「つまり、六道はツッくんを守る守護者になるって……こと?」
確かに戦力的にはこれほど心強い相手もいない。しかし危険すぎやしないだろうか。
父がボンゴレの人間なら、当然六道が綱吉を乗っ取ろうと企んでいることも知っているはずだが……。協定があるとはいえ不安だ。
「ちなみに、君がボスだったら絶対にお断りしてました」
「失礼だなあ!? まあおれも、きみが守護者だったら絶対お断りしてたけど」
「じゃあお互いさまですね」
「……確かに」
「おまえたち、喧嘩して仲良くなったのか?」
父の疑問に、家継と六道は同時に「全然違う」「違います」と答えた。
最近の子はよく分からんなあと言いながら、父がボンゴレリングを六道に渡す。
銀色のリングは、クロームの細い指に収まった。
これで六道は霧の守護者になったらしい。なったところで何が起きるのかはよく分からないが、家継や綱吉にとって仲間……ということになるのだろうか。
つい最近戦ったというのに妙な気分だ。
しかし、それなら好都合なことがある。ふと思いついて父を見上げた。
「あのさ。これで六道も、他の子たちもボンゴレの庇護下に入るってことだよね?」
「正確にはオレの庇護下だけど、まーあんま変わんねーかな?」
「じゃあ頼みたいことがいくつかあるんだけど! 黒曜ランドに電気とガス通してくれないかな?」
「へっ? 電気?」
予想外だったのか、父が素っ頓狂な声を上げる。六道が小さく笑った。
「そうだよ、みんなここに住む気満々だから電気とガスないと不便でしょ? あとキッチンもほしい! ここ料理作るのも大変なんだよ、あと洗濯機と!」
「分かった、分かった。検討しとくから、な」
「検討じゃなくて絶対やってよ。おれしばらくここで料理教えなくちゃいけないんだから」
「なんでだ!?」
お兄ちゃんだからである。
それに保護するというのなら、最低限生活に必要な環境を整えるのは当然だろう。
むっと唇をへの字に曲げると、父は「分かった、手配しておこう」と苦笑した。
「じゃ、そーゆーわけだ。よろしく頼む」
「ええ」
六道と軽い挨拶を交わしたあと、父が近寄って頭を雑に撫でてきた。
「父さんはもう帰るけど、おまえも早く寝ろよ~? 大きくなれないぞ……ってほんとに成長してねーな!?」
「うるさいな、はやく帰って」
「息子が冷たい! 反抗期か!?」
「帰って!」
鬱陶しい手を払いのけると、父は笑いながら背を向けて去っていった。
なんだか一気に疲れた気がする。辺りに静寂が戻り、家継は深い溜息を吐いた。
「クフフ、やはり君を呼んで正解でしたね。ここまで一気に生活環境が改善されるとは思いませんでした」
喜ぶところはそこなのか。
……いや、彼は最初から、犬と千種の保護を交換条件にしていた。彼にとってはむしろ、一番喜ぶべきところなのだ。
家継はようやくそこに気づいて、静かに六道を見下ろした。
「……きみってえらいね」
「はい?」
「ちゃんと傍にいて、守ってる」
「なんの話ですか?」
「……なんでも」
首を横に振ると、六道は大きく息を吸って吐いた。
「そろそろ時間切れのようです。この娘を――」
その途端、ふっと六道の気配が消えてクロームが倒れ込んできた。
慌てて支える。クロームはただ眠っているようで、安心した家継は彼女を横抱きにして上の階へと戻った。
クロームの部屋へ行き、ベッドに横たわらせて布団を掛ける。「おやすみ」と囁いて離れようとしたとき、袖を掴まれた。
「クロームちゃん?」
振り返ると、彼女の瞳がうっすら開いている。ほとんど夢の中にいるようだが、眠気に抗うように眉間へぎゅっと皺を寄せていた。
寝ぼけて寂しくなったのだろうか。
家の子供たちを思い出して微笑み、ベッドに腰掛けた家継は「眠るまでいようか?」と小さく尋ねた。
返事はなかったが、袖を掴んだ手が離れることはなかったので、その手をやんわりと握る。
「いいよ、大丈夫。ここにいるから、安心しておやすみ」
一定のリズムで彼女の手をとんとん叩く。
そうして、眠りにつくまで傍にいた。