雪は溶けない   作:箱葉

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tgt.29 修行の始まり

 

 

 早朝。家継はラップをした朝食をテーブルに置き、まだ寝ている三人に「じゃーおれ帰るからねー」と聞こえているか分からない声掛けをして黒曜ランドを出た。

 彼らが起きるのを待っていたら学校に間に合わない。

 

 バスに乗ってギリギリ戻ってこられたものの、自宅の前で足が止まってしまった。

 家に入れば、きっと父がいる。

 どんな顔をして会えばいいのだろう。

 

 昨夜は黒曜ランドの生活環境を改善せねばという使命感と勢いで話せたが、いざ家で父と再会するとなると、何を話せばいいのか分からない。

 門に手を置いたまま悩んでいると、突然庭に面したガラス戸が開いた。

 

「おっ、おかえり~~! 友達とのお泊まり会は楽しかったか? 父さんはツグがいなくて寂しかったぞぅ!」

(げっ!)

 

 作業着姿の悩みの種が、能天気に笑いながら庭へ出てきた。

 どうやら昨日のことは話さないつもりらしい。合図をするようにウインクが飛んできて、家継は今すぐ踵を返して帰りたくなった。帰る場所はここなのだが。

 

「母さんが朝メシ用意してるぞ~、ちゃんと食えよ」

「ああ、うん……」

「なんだ、元気ないな。学校に行きたくねーのか? 勉強イヤになっちゃったか?」

「別に……」

 

 目を逸らしながらようやく門を押し開ける。

 そういえばこんな人だったな、とは思う。しかし昨日、新たな一面を知ってしまったせいで、嘘くさい演技のようにも見える。

 父は満面の笑みで「まー元気出せって! 勉強なんか何とかなるからさ!」と背中をバシバシ叩いてきた。

 

「いたっ、痛いって!」

 

 脇腹に一発やり返してやろうか。

 拳を握りしめると同時に、玄関のドアが勢いよく開いて綱吉が飛び出してきた。家継を視界に入れた途端、救いが訪れたかのような顔をして「良かった! 助けて!」と駆け寄ってくる。

 弟の首には、父が六道に渡したボンゴレリングとよく似たものが下がっていた。

 

「どうしたの? あれ、そのリング……」

「兄さんもリボーンから聞いた!? このすっげー怖いアイテム!!」

 

 自分も知っていると言えば、どこで聞いたのか説明しなければならない。まさか黒曜ランドに泊まってたら父に遭遇しました、なんて言えるわけがない。「えー、んー、怖い?」と曖昧な返事をしながら、突き出されたリングを見る。

 それは霧のリングとすこし形が違っていた。

 

「あれ、なんか丸っこいね」

「感想そこ!? もー、そうじゃなくてさぁ――そうだ、兄さんだって後継者候補なんだし……」

 

 綱吉は何かを思いついたように、リングを通している鎖を掴み、直後ぶんぶん首を横に振った。

 

「やっぱダメだーー! ディーノさんに返してくる!」

「えっディーノさんがどうしたの? ツッくーん!?」

 

 あっという間に駆け出してしまった綱吉に、家継は何も分からないまま取り残された。呆気にとられながら見上げると、父はただ笑みを浮かべていた。

 

「あれがボスに渡されるリングだ。本来なら長男であるおまえに渡すべきなんだが、九代目が決めたことだし……なにより体質のこともあるからな」

 

 悪いな、と頭を撫でられて「別に、なんの不満もない」と手を払う。

 

「体調のほうは最近どうだ? おかしなとこはねーか?」

 

 強いて言うなら身長は縮んだし、体温も微妙に下がっている。しかしわざわざ教えたくはない。

 そろそろ支度しないと遅刻しそうで、適当に「ない」と答えて家の中に入ろうとしたとき、足元からリボーンの声がした。

 

「そういや家光、報告してなかったが、ツグは六道骸との戦いで身長が十センチ縮んでるぞ」

「なにぃ!? 全然成長してねーと思ったら縮んでたのか!?」

「もー、せんせー言わないでよ!」

 

 思わぬところから告げ口されて憤慨するが、リボーンは真剣な表情でこちらを見ている。

 

「大怪我するたびに縮んだらどーする。色々調べてはみたが、似たような事例がなくて困ってんだ」

 

 身長のことはどうでもいいなんて言っていたくせに、裏でしっかり調べられていたらしい。やはり誤魔化すのは無理があったか。

 父が慌てたように家継の周りをウロウロした。

 

「体温の件といい、いったいどうなってんだ? 一度もっと大きな病院で調べてもらったほうがいいんじゃ……いや、ボンゴレの医療機関がいいか!?」

「病院はいい! 普通に生活できてるし、問題ないからほっといてよ。じゃ!」

 

 話が面倒くさくなりそうな予感がして、家継は逃げるように家の中へ入った。

 どうせ病院に行っても原因は分からないだろう。ほぼ百パーセントの確率でおしゃぶりのせいなのだから。

 

 階段を駆け上がって着替え、急いで朝食をとる。支度を済ませて玄関を出ると、そこには父だけが残っていた。

 一応小声で「行ってきます……」と言いながら横を通り抜ける――が、首根っこを掴まれた。

 

「待て、しばらく学校には行かなくていーぞ」

「え、なに?」

「おまえは今日から十日間、父さんと修行だ!」

「――は?」

 

 意味が分からない。

 なぜ学校をサボってまで修行する必要があるのだろうか。しかもよりによって、この父と。

 

「いや、修行とかいらない。風紀委員の活動もあるし」

「雲雀恭弥も今、跳ね馬と修行中だろうよ」

「跳ね馬……ああ、ディーノさんか。えっディーノさん? なんで恭弥と?」

「そりゃ、雲雀恭弥が雲の守護者だからな」

「正気!?」

 

 守護者とはボスである綱吉を守る者たちのこと、であるはずだ。どう考えてもあの幼馴染が、はいそうですかと守護者になってくれるとは思えない。

 気が向いたときなら手を貸してくれるかもしれないが……。

 

(そりゃ、守ってくれるならあれほど頼もしい相手もいないけどさあ)

 

 六道といい、どうして癖の強い者ばかり選ばれているのだ。獄寺や山本など、もっと他にいい相手がいるだろうに。

 

「ていうかおれは!? ツッくんの守護者に一番適任でしょ!? 命をかけて守るけど!?」

「おまえは一応ボス候補だろ~? それに守護者はもう全員決まってるぜ」

「そんな……」

 

 ショックで言葉を失っているあいだに、家継はツルハシを担いだ父に引きずられ、修行のため山へと連れて行かれた。

 

 

 父と修行なんて冗談じゃない。

 そう思っていたけれど――道中かいつまんで聞いた事情に、そうも言っていられない状況なのだと理解してしまった。

 

 ボンゴレリングが思っていたよりずっと重要なもののようで、それを狙っている者たちがいるらしい。しかもその相手が同じボンゴレの、最強と謳われる独立暗殺部隊、ヴァリアーだという。

 

 昨日綱吉たちが襲撃を受けたと聞いて血の気が引いたが、ディーノが場を収めたらしい。さっき会った綱吉にも怪我はなかった。

 それでも、その場にいて守ってやれなかったことが悔しい。引きずられながら家継は小さく唇を噛んだ。

 

「偽物のリングをつかませて時間稼ぎはしたが、もって十日だ。だからあいつらを迎え撃つために、おまえたちには強くなってもらわにゃならなくてな」

「じゃあ、ツッくんも修行してるの?」

「ああ、リボーンとな。それとオレの部下にも手伝ってもらう予定だ。さ、着いたぞ~」

 

 ひらけた場所に出て、ようやく襟首を離してもらえた。締まっていた喉をさする。

 

「おまえの戦闘能力については大体聞いてる。いやー、結構ヤンチャしてたなんてびっくりだ! ずっとのんびり寝てると思ってたのに、大きくなったなあ」

「家にいないから分かんないだけでしょ」

「さっきからちょっと冷たくないか!? 父さん悲しいぞぅ……」

 

 こっちは突然、父がマフィアの偉い役職に就いていると知って困惑しているのだ。今まで通りに接してもらえると思わないでほしい。

 泣くふりをする父をなんとも言えない顔で見つめて、家継は投げやりに言った。

 

「修行するのはいいけど、夕方までにしてくれる? 黒曜にご飯作りに行く予定あるから」

「昨日も気になってたんだが、なんでそんなにあいつらの世話を焼いてるんだ?」

「……いろいろあるの、こっちにも」

 

 視線を逸らすと、父は「ふーん」と面白くなさそうに口を曲げる。

 

「ま、いいか。夕方に帰れるかどうかはおまえ次第だ。おまえはとにかくひたすらオレと戦って、経験を積んでもらう。それと……コレを試してもらいたい」

 

 そう言って彼がポケットから取り出したのは、見慣れないプラスチックの容器だった。

 

「この中には死ぬ気丸が入ってる。死ぬ気弾を錠剤型にしたもんでな、体への負担は弾よりデカいが、脳天に撃たねーから死の危険はない」

「……まさか、それを飲めって?」

「ああ。リボーンからは、おまえに死ぬ気弾を撃っても効果がないかもしれないと聞いていてな。しかし死ぬ気になるのとならないのとじゃ、戦力に天と地ほどの差がある。だからいっちょ試してもらおうと思ってよ」

 

 差し出された容器を、しかし家継は受け取らなかった。

 

 ずっと、ひっそり懸念していたことがある。

 死ぬ気になると額から炎が出るのは、綱吉や了平を見て分かっている。しかし彼らの炎の色は違っていた。綱吉はオレンジ色で、了平は黄色。

 人によって炎の色が違うのなら、家継の死ぬ気の炎は――白色になるのではないだろうか。

 

(だとしたら、死ぬ気になるのはまずい)

 

 人を凍らせていたあの炎が、もしも死ぬ気の炎と同じ部類のものだったとしたら正体がバレるかもしれない。

 死ぬ気弾は後悔がなければ効かないと聞いている。丸薬でも同じなら、飲んだところで何も起きないかもしれない――だが、もし効いてしまったら?

 

 家継だってもっと強くなりたいのだ、試せるものなら試したい。けれど賭けをするには危険すぎる。

 容器を見つめたまま黙り込んだ家継に、父が首を傾げた。

 

「どうした? もしかして薬に見えてイヤなのか?」

「違う! いや、うん、やっぱイヤかも。だからいらない」

「頼むよ~。まずくねーし、一度試してみるだけでいいから、なっ?」

「いらないってば!」

 

 そっぽを向くと、ふいに空気が変わった。

 

「そうか……しかし飲まなきゃ、危ない目に遭うぞ」

 

 とっさに左へ飛びのいた瞬間、さっきまで家継がいた地面にツルハシがドガン!と突き刺さる。

 土埃が舞う中さらに距離を取った家継は、地面が大きく抉れているのを見て息を呑んだ。

 

「ほう、いい動きだ。だがまだ遅い」

 

 視界にオレンジ色の炎が広がる。

 

(これって、ツッくんのと同じ――)

 

 気を取られた隙を突かれ、ツルハシの柄で横薙ぎに吹き飛ばされた。

 あれは、死ぬ気の炎だ。まさか父も出せるとは――自分じゃなくて父が綱吉とお揃いの色をしているのが腹立たしい。

 

 歯を食いしばりながら着地しようと体勢を整えたが、父が驚異的なスピードで追いついてきた。手に炎を灯して推進力にしているのか。

 体を捻って、迫ってきた拳を蹴飛ばし着地する。

 

 すぐにその場から離れようとした刹那、ひやりとしたものが首元に当たった。

 ツルハシの刃を突きつけられている。

 額に炎を灯した父が、こちらを真剣な顔で見下ろしていた。

 

「ヴァリアーの強さをおまえは知らない。すこしの油断でおまえも、ツナも、友達もみんな殺される。死ぬ気で修行しなきゃ勝てない。我儘を聞き入れてやれる状況じゃねーんだ」

 

 その言葉に、ふつふつと怒りが湧いてきた。

 

(なんで、そんなこと言われなきゃいけないの)

 

 こんな状況になったのは、そもそも父がマフィアだったからではないか?

 それに好きで我儘を言っているわけじゃない。

 

 家継がどんな風に生きてきたかなんて知らないくせに、父が不在のときに何が起きたのかも――そんな恨み言が喉まで出かかる。

 そして、冷たい声が一言だけ零れた。

 

「何も知らないのはあなたのほうだ」

 

 父はただ、わずかに眉を上げる。

 相手を睨みつけたまま喉で刃をぐいと押す。すると一瞬、彼が刃を引っ込めた。ほんのすこしだが瞳に動揺が見える。

 

「……」

 

 家継は息だけで笑って、口角を上げた。

 

「父さんさ、勉強が嫌になったかってさっき聞いてきたじゃん」

「……聞いたな」

「ほんとに何も知らないよね。おれ、こないだの期末学年三位だったんだよ」

 

 むっと頬を膨らませて父を見上げる。きっと子供の精一杯の背伸びのように見えていることだろう。

 父がぷっと吹き出して「嘘だろ!? そりゃすげーなぁ――」と言った瞬間、家継は袖から出した三節棍を勢いよく振り抜いた。頭に直撃して父が呻く。

 背後に回り込んで飛びつき、首に腕を掛けて締め上げる。

 

「ぐッ――!」

 

 振りほどこうと腕を掴まれる前に、父の背中を蹴って距離を取った。

 今までの動きから、彼が化け物並みに力が強いことは分かっている。掴まれたらその時点で終わりと思ったほうがいいだろう。

 

「ってーー! 頭を狙ってくるとは、容赦ねーな!?」

「そうでもしなきゃ、父さんには勝てそうにないからね」

 

 家継は姿勢を低く保ちながら三節棍を構えた。

 父は強い。家継よりもずっと強いことは、押し潰されそうなほどの気迫だけで分かる。

 けれど同時に、手加減されている。

 父と修行をすることになったのはむしろ都合が良かったかもしれない。

 

 ――彼は家継を殺せない。そもそもこの戦いの目的は、家継を強くすることであって殺すことではない。

 

 言うことを聞かせようとどれだけ殺気を放っていても、それならどうとでもなる。

 今まで遭遇してきた殺し屋たちよりよっぽど戦いやすい相手だ。腕が折れようと、血を流そうと死の危険はないのだから。

 

「おれ、反抗期だから父さんの言うこと聞きたくないんだ。……どうしても飲ませたいなら、力ずくでやってみればいい」

 

 挑発するように笑うと、父は頬を掻きながら「こりゃーなかなか……厄介に育ったな!」と苦笑した。

 視線が交わったその瞬間、互いに地面を蹴る。

 そして山奥に轟音が響いた。

 

 

▽

 

 

 一方その頃。遠く離れた場所では、綱吉が半泣きで崖の岩肌にしがみついていた。

 

「なんでオレばっかりこんな目にーー!」

 

 崖を登らされるのは本日二回目だが、もう全身の筋肉が痛い。気を抜けばすぐ落っこちそうだ。

 縄にぶら下がって楽をしているリボーンが「おまえだけじゃねーぞ、ツグもちゃんと修行してるはずだ」と言った。

 

「えっ嘘、兄さんも!? 誰と!? 崖登りしてんの!?」

「あいつはもう基礎体力がついてるからな、別メニューだ。相手はまあ、いずれ分かる」

 

 ニヤリと笑ったリボーンに急かされ、また崖を登り始める。

 

 朝、兄にボンゴレリングを押しつけようとしたとき、脳裏に黒曜ランドでの血塗れの姿がよぎって渡せなかった。

 もう二度とあんな姿は見たくない。

 信じがたいけれど、兄が強いことは分かっている。それでもまだ綱吉にとって、兄は暴力から程遠い場所にいるのだ。だからどうしても心配が拭えなかった。

 

(大丈夫かな……こんなひどい目に遭ってないといいけど……)

 

 せめて、怪我はしていませんように。

 そう思いながら、踏ん張って目の前にある岩へ手を伸ばした。

 

 




家光の属性が原作で明言されてないので、本作では大空として扱っています。あの激強パワーはきっとそう(多分)。

それとめっちゃ今更なんですが、家継のイメージイラストが描けたので活動報告のほうに置いてあります!
なにが来ても大丈夫な方はよければどうぞ。
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