結局爆発騒ぎの罪は、絡んできた不良たちにすべて擦りつけることにした。
それっぽい理由をつけた報告書が完成し、満足して頷く。
あとは獄寺が二度と校内でダイナマイトを使わないでくれたら完璧なのだが、まあ、無理だろうなと思う。できるだけ幼馴染に咬み殺されないことを願うしかない。
ぐっと伸びをし、両手を上げたままソファに倒れこむ。
暖かな陽光が差しこむ応接室は絶好の昼寝スポットだ。処理の終わった書類が机に散らばっているのを、うつらうつらと眺めていると、無言で仕事をしていた恭弥が「ねえ」と声を掛けてきた。
「なに? おれ今めっちゃ眠いよ」
「結局、あの赤ん坊はなんだったの」
赤ん坊、というキーワードのせいでちょっと眠気が飛んだ。いい感じに眠れそうだったのに。
説明しようにも、複雑な事情すぎてどこから言えばいいのか分からない。うーんと唸りながら言葉を選ぶ。
「んー……なんか、ほんとにおれとツッくんの家庭教師だったよ。すごい強かった」
「へえ、戦ったんだ? 誘ってくれればよかったのに」
「や、呼べる状況じゃなかったから」
「僕とも戦ってって言っといてよ」
「はいはい……」
この幼馴染は本当に戦うことしか頭にない。はたしてリボーンは了承してくれるのか、疑問に思いつつ頷いておく。
そういえば、沢田家周辺に出る不審者の謎が解決したことも伝えておかなければ。掃除の一部は恭弥に手伝ってもらったこともある。知る権利はあるだろう。
「リボーンが言うには、おれたちってイタリアンマフィアのボスの、直系の子孫らしくてさ。で、ボスとしての教育をするためにリボーンが来たってわけ。うちに暗殺者が来てたのもそれ関係っぽい」
「へえ。じゃあ君がボスになるの」
「いや、ツッくんのほう」
そう言うと恭弥の手が止まった。視線を向けると、訝しげな表情の彼と目が合う。
「……あの泣きわめいてる草食動物が?」
「それは恭弥がまだ5歳のツッくんを追いかけまわしたからでしょ! まだ沢田家出禁だからね君!」
「だから、謝ったでしょ。あんなに弱いとは思わなかったんだ」
「ツッくんはいざというときには頑張れる強くて優しい子ですう~~」
無言で大きな溜息を吐かれた。
6歳のころ、一度だけ恭弥を家に呼んだことがある。そのときには家継がある程度戦えるようになっていたせいか、弟も戦えると勘違いした恭弥がトンファーを構えながら綱吉に向かって行ってしまったのだ。
慌てて止めたものの、恭弥の迫力にいたいけな綱吉はびゃんびゃん泣いてしまい大変だった。
そのため沢田家を出禁にし、代わりとして逆に恭弥の家へお邪魔している。
といっても戦闘後の水分補給や傷の手当て、昼寝くらいしかすることはないが。
「でもまあ、マフィアのボスを目指すってなったら戦闘力は必要だろうし……いずれ恭弥にぶち当たるだろうし……そろそろ出禁は解除してもいいかなぁ……」
「わざわざ群れにいくつもりはないよ。弟、咬み応えがないし」
「リボーンのおかげで強くなれそうな気配はしてるんだよ。ああでも手加減はしてあげて! 絶対!」
「いやだ」
フンと恭弥が鼻を鳴らしたとき、突然グラウンドから激しい爆発音がした。これは間違いなくダイナマイトの音だ。
「うわ……」
報告書で丁寧に庇った意味……と頭を抱える。
立ち上がって窓の外を見た恭弥が、低い声で「ねえ」と言った。
「はい……なんでしょうか……」
「君の弟もいるんだけど」
「なにっ」
慌てて飛び起き、窓の外を確認した。
綱吉がまたパンツ一丁の姿でグラウンドを駆けている。爆煙でうまく見えない、と思った瞬間――地響きとともにグラウンドが裂けた。まさか、一撃で地面を割ったのか。
裂け目を跨いで立っている弟の背中は勇ましく、家継は両手を口に当てて叫んだ。
「さすがに強くなりすぎかも~!?」
「なにあれ、ふざけてるの?」
「違うよ、あれがリボーンの教育の成果っていうか! ほら見て、あの堂々とした背中」
返事は「ふぅん」と淡泊だったが、恭弥の瞳は興味深そうに綱吉を眺めている。
弟が認められたような気がして嬉しいものの、認められるイコール咬み殺されるという方程式が存在するため、喜んでいいのか複雑な気分だ。
(恭弥がツッくんに会うとき、猫ちゃんに対するように優しく接してくれますように……)
絶対に叶わないと分かっているが、それでも心の中で願うしかない。
ひっそり手を組んでいると、飽きたのか幼馴染は踵を返した。
「グラウンド、君が直しなよ」
あの家継百人分くらいある裂け目を、ひとりで直せと。
反射的に無理!と言いそうになったが、いや、弟の尻拭いは兄がするべきだと思い直した。甘んじて受け入れよう。
手を組んだまま家継は「はぁい……」と大人しく返事をした。
▽▽▽
夕方。業者に土砂だけ持ってきてもらい、家継はそれを裂け目に流し込む作業をすることになった。
学ランを脱いでシャツの袖をまくり、猫車に土砂をざらざらと盛っていく。
それにしても裂け目が馬鹿みたいに大きい。体力の心配はしていないが、夕食までに帰れるのかが心配だ。
応接室にある電話から家に連絡すべきだったか、と考えながら取っ手を持ち、猫車をせっせと押す。
さすがにこんな惨状では練習もなにもないのだろう、グラウンドに運動部の姿はない。しかし、ひとりだけ隅のほうで素振りをしている生徒がいた。
土砂を流し込みながらそちらを見ていると、その生徒と目が合う。黒髪短髪で背の高い、いかにも野球少年といった見た目だ。彼は驚いたような表情をして、こちらに駆け寄ってきた。
「おーい、何してんだ?」
「グラウンドの裂け目を直してるんだ。君は自主練?」
「そーだけど……ひとりでか? 大変だろ、手伝うぜ」
「いや、大丈夫。自主練してなよ。試合が近いんでしょ」
「でもよー……」
「君が思ってるよりおれは体力あるし、これは風紀委員の仕事だから、気にしないで」
そう言うと彼は「風紀委員!?」とぎょっとしたような顔で家継を見下ろした。学ランを脱いでいたから気づかなかったのだろう。
「あ、もしかしてツナの兄ちゃんすか!? すいません、オレ気づかなくて、タメで話しちまった!」
「いいよ。ツッくんの……ああ、同じクラスの山本くんか。弟がお世話になってます」
「こちらこそ、ツナには世話になってます!」
どこかで見たことがあると思ったら、弟の同級生だった。綱吉から彼の話は聞いたことがないが、最近仲良くなったのだろうか。
家継が風紀委員だと――それも悪名高い沢田家継だと――分かったうえで、満面の笑みを浮かべる山本は意外と肝が据わっている。
彼も弟にとっての良き友人になってくれればいいな、と思いながら家継は柔らかく微笑んだ。
「沢田先輩ならやっぱ手伝うっすよ!」
「実はひとりでやれって恭弥に言われてるんだよ。だから大丈夫、ほら行った行った」
「そうだったんすね……すいません、じゃー失礼します!」
勢いよく頭を下げ、山本は元いた場所に戻っていった。
すごくいい子だ。頑張れと心の中で応援しながら、家継も裂け目の修復作業に戻った。
真面目にせっせと埋めたおかげで、思ったより早く終わった。なんとか夕飯までに帰れそうだ。
ちらりと視線をやると、山本はまだ練習を続けている。あんなにバットを振り続けて大丈夫なのだろうか。野球について詳しくないが、自分なら絶対筋肉痛になりそうだ。
真剣な表情をしているので邪魔しづらいが、一応声を掛けておく。
「山本くん、おれ帰るからね~。君も無理しすぎないように、そろそろ帰りなよ」
「え、沢田先輩……もう終わったんすか!?」
「君の自主練が長いだけ。大丈夫?」
そう尋ねると、山本は爽やかな汗を流しながらニッと笑った。
「大丈夫っす! もうちっとだけやったら帰ります、お疲れさまっした!」
「分かった、お疲れさま。じゃあね~」
運動部っていちいち爽やかだなと思いながら、家継は手を振って帰路についた。
――翌日、疲れて応接室で眠りこけているあいだに山本の自殺未遂があったと聞いた家継は、心臓が口から飛び出るかと思った。
「な、なんて言った!? 山本くんは無事!?」
報告に来た、幼馴染その2の草壁哲矢が「無事です」と頷く。
「昨日練習をしすぎて骨折し、思い悩んで屋上から飛び降りようとしたようです。それで……ツグさんの弟が、山本と一緒に飛び降りて助けたと」
「ツッくんは「無事です、怪我ひとつありません」
食い気味に返され、ほっと胸を撫でおろす。ソファに再び倒れこみながら大きな溜息を吐く。
「最近びっくりしてばっかで、心が休まらないよ~……」
まさか、骨が折れただけで自殺しようとするなんて。
腕が壊れれば野球はできない。それだけ山本にとって野球が大切だったのかもしれないが、命がなくては意味がないだろうに。
昨日もっと強く止めて帰らせておけば良かったと思ったが、過去は変えられない。ふたりとも無事だったことに安堵するしかなかった。
昨日会話しただけの上級生に心配されたって山本も困るだろうし、彼の様子はそれとなく綱吉から聞いてみよう。
「ストレスが溜まっているなら……ちょうど最近、問題を起こしている不良グループの溜まり場を突き止めたところなんですが」
「昨日もう嫌ってくらい体動かしたんだけど。草壁くんっておれのことも戦闘狂だと思ってる節があるよね」
「す、すいません! ストレス発散と言えば喧嘩かと……」
「それは、風紀委員だけの常識かも」
風紀委員というか、不良の。
並中の風紀委員会は実質、ただの統率がとれた不良集団だ。草壁の立派なリーゼントがその証である。
彼は幼稚園のころからリーゼントで、恭弥や家継に突っかかってきたので筋金入りだ。喧嘩に勝ってからは自ら舎弟を名乗るようにもなってしまった。
もう長い付き合いなので、普通に友人として接してほしいと思っているのにそれでは駄目らしい。
「なにかできることはありますか?」
「いや……その溜まり場は他の子にあげて。おれは寝る」
「分かりました」
草壁は頷き、部屋から出て行った。
ひとりにしてほしいとき彼はすぐに察してくれる。だからこそ恭弥も草壁を副委員長にしているのだろう。
凶暴な幼馴染ほどとは言わないが、家継もひとりが好きな性分だった。あまりにも人と接することが多いと疲れてしまう。
(最近は騒がしすぎる……誰もいないところで、好きなだけ眠れたらいいのに)
毛布にくるまって、うとうとしながら想像する。
ひんやりとした狭い場所でたったひとり、好きなときに起きて、好きなときに寝る。最高だ。
――この身を委ねてしまえば、深く眠れるのに。
胸元がすうっと冷えていく。冷えた空気が肌を伝い、毛布の端が白く凍りついた。はっと目を見開く。
「やば、まちがえた……」
慌てて炎を体の中に取り込むよう頭の中でイメージする。身震いするほどの冷気はそれですぐに収まった。
時々、こういうことがある。気を抜くと冷気をもたらす炎が漏れ出てしまうのだ。制御が難しく、ふとした瞬間に体表まで現れてしまう。
おしゃぶりの力はまだ未知数で、自分の力なのに何ができるのか、どういう仕組みなのか未だに分かっていない。
最近はリボーンもいるのだ。もっと気を引き締めなくては、と家継は毛布を握る手に力を込めた。
▽▽▽
風紀委員に休日という概念はない。
午前中の見回りを終え、昼食のために帰宅したある日のこと、なぜかリビングに知らない子供が増えていた。
綱吉、リボーンと一緒に、牛柄の服を着たアフロ頭の子供が食卓を囲んでいる。
「ただいま~」
「あっ兄さん! なんとかしてくれよ、オレじゃ手に負えないよ!」
家継を認めた瞬間、綱吉がすがるような目で見てくる。どういう状況なのか分からないが、やたら空気が悪いことだけはひしひしと感じた。
空いている席に己の分であろう昼食があったので、とりあえず席に着きながら「どういうこと?」と尋ねる。
しかしその瞬間、震えていた牛柄の子供が「っしゃあ!」と叫びながらナイフをリボーンに投げつけた。
簡単に弾き返されたナイフが子供に刺さる――直前、家継は反射的にナイフを掴んだ。
「あっ……ぶな! せんせー、子供にナイフはまずいよ!?」
「チッ」
「チッじゃなくて! 君も、人にナイフを投げるんじゃありません」
注意しながら子供を見下ろすと、なぜかキラキラした目で見上げられていた。「オマエだれ!」と元気に聞かれ、綱吉が「オレの兄さんだよ、沢田家継」と説明する。
弟の対応的に敵というわけではなさそうだ。また物騒な子供が来たな、と思いつつ無難に微笑んでおく。
「そうだよ、ツグです。よろしくね」
「オレっちランボさん! よっしゃーツグはランボさんを守れー!」
ランボと名乗った子供がアフロに手を突っ込み、取り出したのは大量の手榴弾。跳ね返されたとして、家継ひとりで捌ききれる量ではない。
リボーンに向けてそれらが放り投げられるのを見た家継は、
「あっ無理かも、ごめん」
一瞬で優先順位を決め、綱吉の首根っこを掴んで安全な場所に放り投げた。
「ちょっうわああああ!?」
「ぐぴゃああああ!!」
綱吉とランボの叫び声が爆発音とともに響く。
咳き込みながらランボの姿を探す。つい見捨ててしまったが無事だろうか。
煙が晴れ、ボロボロだが意識のあるランボを見つけ、ほっと安心した。
手榴弾を持ち出してくる子供なだけあり、体は丈夫なようだ。しかしリボーンのように精神的に成熟している訳ではないようで、ランボは大声で泣き出してしまった。
「いてて……兄さん、いまオレのこと投げたよな!? そんな力あったっけ!?」
「え、あっ……ナゲテナイヨ」
「あって言った!」
「ほんと、おれ、持てない、お箸より重いもの」
「嘘つけーー!」
「うわああああああん!」
大混乱のリビングでリボーンが「うるせえ」と呟く。
綱吉は溜息を吐きながらランボに近づき「あーもう、リボーンに突っかかるなって言っただろー?」と言いながら抱き上げる。
「その子、なんなの?」
「ボヴィーノファミリーってとこの子で、リボーンを倒そうとしてるらしい……シカトされてるけど」
「おお……それは……でっかい野望だね」
口に飴玉を放り込まれたランボは徐々に大人しくなっていった。
知らないあいだに、綱吉の面倒見がものすごく良くなっている。ランボもどうやら綱吉に懐いているらしい。
(だったら悪いことしちゃったな~)
どう謝ろうか考えていると、ランボが家継を指さす。
「ラ、ランボさん守れって言った……」
「それは本当にごめん。でもあんな量の爆弾からはさすがに守れないよ~」
「守れって言った~~!!」
抱っこされて半泣きになっている子供に視線を合わせる。
「とりあえず、手榴弾は1個まで。それを約束できるなら守ってあげるよ」
「ちょっ何言ってんだよ! 1個でもダメだろ!」
「だってもう持っちゃってるんだもん……ほら、ランボさんは偉いから約束できるよね?」
「いっこ?」
「そう、いっこ」
「なんで?」
「1個じゃないと危ないからね」
ね、と微笑みかけると、ランボはもごもごと口を動かして小さく「わかった」と答えた。……無駄に大人びているリボーンよりかわいいかもしれない。
「えらいぞ~よしよし、じゃあ約束の握手~」
満面の笑みで小さな手を握ってやると、綱吉がまた溜息を吐く。
「ランボも訳分かんないけど、最近の兄さんも訳分かんないよ……」
「え! おれは昔からずーっとツッくんのことが大好きなお兄ちゃんだよ!?」
「そうじゃなくてー! ああもう、メシ食おうメシ」
裏社会に毒されすぎている家継は、自分の言動が一般的な感覚からかなりズレていることに気づけなかった。今まではそもそも、『ズレた感覚』が必要になる場面に弟が遭遇しなかったせいでもある。
そのため、疲れきった様子の弟に、ただ心配しながら首を傾げることしかできなかった。