雪は溶けない   作:箱葉

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tgt.5 家庭教師の観察

 

 

 ダメダメだが伸び代はある綱吉。優秀だが掴みどころのない家継。

 それが、リボーンの沢田兄弟に対する現在の評価だ。

 

「いってきまーす」

 

 登校時間ギリギリで目覚め、慌てたように家を出る綱吉のあとをコッソリついていく。

 

 快活な野球少年である山本と、スモーキンボムとして名を馳せていた獄寺。リボーンがお膳立てしたとはいえ、まったく違うタイプの彼らを仲間にした綱吉には中々見込みがある。

 卑屈な部分や逃げ癖が目につくが、根っこはお人好しで愛される才能を持った人間だ。

 マフィアのボスに最も必要なのは人を惹きつける魅力。その一番大切なものの片鱗を、綱吉はすでに持っている。

 

 しかし、兄のほうは――。

 

 並中へ近づくにつれ、校門前で服装チェックをしている家継が視界に入った。

 眠そうに目を細めた、綱吉よりもすこし吊り目がちな童顔に、奈々に合わせているのか肩まで伸ばされた金髪。第二次性徴を迎えていなさそうな幼さも相まって、学ランさえ着ていなければ異国の少女にしか見えない風貌だ。

 

 腕を組み、けだるそうに生徒を眺めていた家継が、綱吉に気づいた途端ふんわりと嬉しそうに頬を緩める。

 

「ツッくんおはよ~」

「おはよー……」

「服装は……おっけー、花丸でーす。えらいね~」

「恥ずかしいからやめろよ、も~~」

 

 バッチリ!と指でマルを作った兄に対して、綱吉は手で追い払うふりをしながらその場を早足で去っていく。

 背中へ向けて「今日もがんばれ~」とゆるく応援した家継は、直後ほかの生徒に対して「あ、きみ。シャツ出てるから直してね、3秒以内に」と投げやりに指摘した。

 

 当人が自覚しているかは知らないが、家継は懐に入れた者と、それ以外への対応に天と地ほどの差がある。

 口元にはいつも笑みを浮かべているし、歌うような口調は母に似て朗らかだ。

 しかし、本来は他人に興味がないのだろう。どうでもいい相手には温度のない目を向け、警戒すべきと判断すれば、それは鋭い殺気に変わる。

 

 人は見かけによらないことを理解しているつもりだったが、彼の強さや戦い方には少々驚かされた。

 家継の前で綱吉に銃を向けたとき。

 一瞬で、周囲が戦場になったのかと思ったのだ。

 

 殺気なら嫌というほど浴びているリボーンだが、あれはただの学生が出せるものではない。攻撃も確実に急所を狙い、それが通らないと分かれば武装解除にかかった判断の速さ。確実に命をかけた戦闘に慣れている。

 

 それは不良の頂点に君臨している幼馴染の影響なのか、ほかに原因があるのかは分からない。どちらにせよ、血に染まった手を隠してほわほわ微笑んでいるのだからとんだ狸だ。

 

 マフィア向きではあるが……仲間に支えられるのが綱吉なら、ひとりで解決してしまいそうなのが家継だ。ファミリーのボスよりは暗殺者やスパイに向いている。

 裏社会では腐るほど居るような性質だが、あの平和な沢田家でどうしてそんな人間が出来上がったのか。それが一番の謎だ。

 

 謎を解くための鍵として、一度は雲雀恭弥と話してみたい。家継のことを聞くついでにファミリーの一員として引き入れることができれば、戦力増加に繋がり一石二鳥だ。

 委員長殿には他にも聞くべきことがある――という訳で。

 

 

「そろそろアジトが欲しいな」

 

 

 昼休み。

 屋上で昼食を取っていた綱吉、山本、獄寺の前でそう言ったリボーンは、上手いこと言いくるめて彼らを応接室へ向かわせることに成功した。

 もちろん応接室が風紀委員会の、雲雀恭弥の根城であることを分かっての所業だ。

 

「へ~、こんないい部屋があるとはね――!?」

 

 山本が一番乗りで、クーラーのほどよく効いた応接室へ入る。そして先客に気づいた途端言葉を失った。

 応接室にはソファで寝ている家継と、山本たちの気配を察して立ち上がった雲雀がいた。

 

 窓の外から観察しようと覗き込んだリボーンは(……なるほどな)とひとりで納得した。初めて至近距離で雲雀を見たが、家継によく似ている。

 静かで凛とした気配や、人を寄せつけないオーラ。全体的な雰囲気が『お兄ちゃん』を装っていないときの家継にそっくりだ。ふたりが並べばさぞ肝の冷える空間になることだろう。

 

「きみ、誰?」

 

 微笑んだまま冷ややかに尋ねる雲雀に、山本は警戒を強める。彼の物騒な噂を知っているのだろう。一方、噂を知らない獄寺はただ眉間に皺を寄せた。

 

「風紀委員長の前ではタバコ消してくれる? ま、どちらにせよただでは帰さないけど」

「んだとてめ――」

「消せ」

 

 獄寺が身を乗り出した瞬間トンファーが振るわれ、タバコの先端が削れた。動きが早い。

 しなやかな身のこなしにリボーンは口の端を上げる。

 緊迫した空気の中、のこのこと入ってきた綱吉がまずトンファーの餌食になった。

 

「1匹。2匹。3匹」

 

 流れるように獄寺もやられ、山本は善戦したほうだが、右腕を庇っていることを見破られて蹴りを食らう。一瞬で応接室は静寂を取り戻した。

 わざと手加減されていた綱吉が「いたた……」と頭を押さえながら起き上がり、驚愕に目を見開く。

 

「獄寺くん! 山本! なっなんで!?」

「起きないよ。ふたりにはそういう攻撃をしたからね」

「え゛っ……うわヒバリさん!」

 

 相手が雲雀だと気づいた綱吉は、座ったまますごい勢いで後ずさった。雲雀はつまらなさそうに鼻を鳴らす。

 

「出禁が解除されたってことは、好きに咬み殺していいのかと思ったけど……やっぱり弱いな。きみ、グラウンドを割ったときみたいな強さはどうしたの」

「で、できん? てかグラウンドのこと知ってるんですか!?」

「見てたからね。そこで寝てるツグも」

「兄さ――なんでこんなとこで寝てんの!? しかも布団付きで!」

 

 やっと眠りこける兄に気づいた綱吉が驚きの声を上げる。

 そろそろ出るか、とリボーンは消していた気配を露わにし、室内へひょいと飛び込んだ。

 

「それはここが風紀委員会の部屋だからだぞ」

「リボーン! 風紀委員会って……おまえ騙したな!? アジトじゃなかったのかよ!」

「なに? 勝手に僕の部屋を乗っ取ろうとしないでくれる?」

「ヒィィそ、そんなつもりじゃなかったんです!」

 

 不機嫌そうに眉をひそめた雲雀が、リボーンを見て「ねえ」と声を掛けてくる。

 

「きみ、家庭教師なんでしょ。なんでこの子弱いの」

「わりーな。グラウンドを割ったときは死ぬ気状態っつーやつで強化されてたんだ。いまやってやるよ」

「おいやめろリボーン! 助けて兄さん~~!!」

 

 銃を取り出すのを見た綱吉が半泣きで寝ている兄へ駆け寄る。弟の助けを呼ぶ声に反応したのか、家継がもぞりと動いて「んん……ツッくん……?」と目を擦った。

 

 目を覚ましそうな様子に雲雀が舌打ちし、突然、綱吉の首根っこを掴んで家継のほうへぶん投げた。兄弟の頭がゴチンとぶつかり、同時に「「ふぎゃ!」」と悲鳴を上げて沈黙する。

 ふたりともさっくり気絶したらしい。

 

「戦わせてやろうと思ったのに、いいのか?」

「あの子に見られたら面倒くさいんだ。それに、もっと楽しめそうな獲物が目の前にいる」

 

 そう言うなり飛び掛かってきた雲雀に応戦する。振るわれたトンファーを十手で受け止めると、彼は嬉しそうに口元を吊り上げた。

 

「ワオ、やっぱり強いね」

 

 その言い方にすこし違和感を覚える。

 リボーンの外見はただの赤ん坊だ。裏社会の人間であればこのおしゃぶりがアルコバレーノの証であると知っているため、最初から警戒される。しかし表の人間はリボーンの姿にすっかり騙されるはずなのだ。

 

 強者の気配に聡いのか、裏社会に詳しいのか――別のアルコバレーノの存在を知っているか。

 ニヤリと笑いながらリボーンは「まあ待て」と話しかける。

 

「おまえに聞きてーことがあるんだ。質問に答えてくれたらちゃんと戦ってやってもいーぞ」

 

 十手を振ってトンファーを弾き返すと、不満そうにこちらを睨みつつ「なに」と返される。

 

「聞きたいことは2つある。まず1つ目。ツグとはどうやって仲良くなったんだ?」

 

 雲雀は片眉を上げた。

 

「それ、聞く意味あるの?」

「大アリだな。群れるのが何よりも嫌いなおまえが、ツグのことは傍に置いてるんだ。教え子がどうやって懐柔したのか気になるだろ」

「僕は群れてなんかない。ひとりとひとりが同じ空間に居たって、それはひとりだよ」

 

(何言ってんだこいつ)

 

 口から出そうになった言葉を飲み込む。

 彼らの出会いについて聞けば、すこしは家継について分かるかと思ったのだが無理かもしれない。

 

「……史上最悪のコンビとか、視界に入ったら死ぬコンビとか言われてるみてーだが?」

「周りが勝手に言ってるだけでしょ。コンビになんかなったつもりはないね。あの子が自分でついてきてるだけ」

 

 だから、なぜついてくることを許しているのかが知りたいのだが。他の人間が家継と同じ時間、同じ距離、同じ態度で接してきたら一瞬で殴り倒しているだろうに。

 こりゃダメだ、と早々に諦めてリボーンは話を変えた。

 

「じゃあ、2つ目の質問だ。どっちかっつーと、こっちが本命なんだが……並盛町に訪れた殺し屋たちを、一切の痕跡も残さず消した人物に心当たりはねーか?」

「……さあ? 知らないね」

「お前が並盛町の支配者だって言うなら、知らねーはずはねえぞ」

 

 知らないと答えるまでに不自然な間が空いた。

 

(――ビンゴ)

 

 並盛に来てから初めて掴んだ手掛かりに口の端が上がる。

 

「会ってみてえ。オレの予想通りなら、そいつは――()()()()()()なんだ。オレと同じような白いおしゃぶりを持った、ネーヴェと呼ばれる赤ん坊を探してる。教えてくれるなら、3日くらいぶっ続けで戦ってやってもいいぞ」

 

 戦闘狂である雲雀にとっては破格の条件であるはずだ。

 

 リボーンが探している人物、それは、マフィアの間で伝説とされてきた正体不明の8人目のアルコバレーノだ。

 白いおしゃぶりを身につけていたことからネーヴェ()と呼ばれているが、それ以外のことはほぼ不明。ただ、それが手を掛けた者は一切の痕跡を残さずに消えるということで有名だった。

 完全犯罪の暗殺者。それがネーヴェに付けられた称号だ。

 

 どう隠したって沢田兄弟の血筋は漏れる。

 昔から密かにボンゴレの手の者を護衛としてつけていたものの、世界各国から暗殺者が送り込まれているという情報も掴んでいた。

 

 ――しかし、数が合わなかったのだ。

 

 こちらで把握している、今まで断続的に送り込まれてきた殺し屋の数は約150名。対して、護衛が実際に処理したのは20名。130名の消息が、並盛に入ってから途絶えている。

 そんな芸当ができるのはネーヴェくらいしかいない。だから並盛にいるのではないかと数年前から囁かれていたのだ。

 

 ボンゴレ側としては恩があるうえ、それほどの力を持つアルコバレーノなら、鉄の帽子の男についても何か知っているかもしれない。

 だからこそリボーンはネーヴェに会いたかった。

 

 眉間に皺を寄せながら黙り込んでいた雲雀が、ようやく口を開く。

 

「……白いおしゃぶりに、ネーヴェという名を持つ人間なら知ってるよ」

「――! 本当か」

「けれど君と話はしたがらないだろうね。聞いてみるけど、絶望的だと思って」

「居場所を教えてもくれねーのか? じゃなきゃ戦ってやらねえって言っても?」

「…………無理」

 

 思いっきり不機嫌な表情で、渋々と、それでも雲雀は否と答えた。戦う機会を失ってでも断られたことに内心驚く。

 食い下がるか、ひとまず引いておくか。

 悩んでいるあいだに雲雀は踵を返し「ここ、片付けといてよ」と言い残して応接室から出て行ってしまった。

 足音が遠ざかり、リボーン以外全員気絶している応接室に静寂が戻る。

 

 すこし残念に思ったが、まあいい。

 少なくともネーヴェが並盛町に存在し、かつ住人とコンタクトも取っているという情報が得られた。それだけでも充分だ。あとは虱潰しに探していけばいつかは必ず見つけられるはず。

 

 となると、残ったのは家継についての問題だけだ。

 正直、表面上は戦闘力を伸ばす以外で特に指導すべきところがない。

 いい意味でも、悪い意味でも完成されすぎているのだ。綱吉とは違った意味で手がかかる。

 

(まだしばらくは、仲を深めつつ観察するしかねーな)

 

 十手を懐にしまいながら、小さな溜息を吐く。そのとき、リボーンを悩ませている本人が「うう……」と呻きながら目を覚ました。

 

「頭いった……何……? あああツッくん!?」

 

 自分の上でぐったりと意識を失っている綱吉に気づいて、家継は飛び起きた。

 ぺたぺた弟の頭を触っては「おお可哀想に……たんこぶできてる、痛かったねえ……」と撫でる家継に「ヒバリがやったぞ」と告げ口すると、彼はびくりと肩を跳ねさせた。

 

「うわっせんせー、いたんだ」

「ああ。片付けとけっつってたぞ」

「も~~最悪」

 

 家継は応接室を見渡して惨状を確認し、呆れたように溜息を吐く。思っていたより冷静だ。

 

「弟が殴られて怒るかと思ったが、いーのか?」

「全然良くない。良くないけど……」

 

 一瞬言葉を詰まらせ、目を伏せて続ける。

 

「まあ、マフィアのボスになるなら、危ない目に遭うことは増えるだろうし、先に恭弥で慣れといたほうがいいかもって……」

 

 弟を軽々と背負いながら家継は顔を逸らした。一瞬瞳が潤んでいるのが見え、ああまったく冷静じゃなかった、と何故かほっとした。

 

「それはそれとして、痛い思いなんてしてほしくないけど……あーもう、保健室行ってくる。山本くんと獄寺くんも後で運ぶからちょっと待っててね」

 

 落ち込んだ様子で応接室を出ていく姿を、リボーンは黙って見送った。

 ブラコンすぎるのが玉に瑕だと思っていたが、むしろ、そこでだけ家継の子供らしい部分が見えて安心する。

 

 ……なぜ、自分は彼の幼さにこれほど安堵しているのだろうか。自分の感情にすこし違和感がある。なんだ?

 自分の手のひらを見つめながら思案していると、ふんわりとした違和感がどんどん形を得ていく。

 

(なぜ? なんでって、あいつが普段、隙がなさすぎるから――そう。隙がなさすぎるんだ。こえーくらい、オレが気づかないくらいに)

 

 気づいた瞬間、鳥肌が立った。

 隙がない、ということに気づかせないほど、()()()()()()()

 

(……どういう育ち方をしたらああなるんだ、クソ)

 

 本当に綱吉より手が掛かるかもしれない。

 今後の家継との接し方を考えながら、リボーンは舌打ちをした。

 

 

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