雪は溶けない   作:箱葉

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tgt.8 ライバルの登場・下

 

 

 ロマーリオと別れ、ディーノとともに帰宅した家継は、真っ先に自室へ向かって服を着替えた。

 

 血の滲んだシャツを見下ろして溜息を吐く。

 チンピラや不良、ヤクザは弱いので怪我を負わせられることがないし、幼馴染が使うのは打撃武器だ。

 だからほとんど出血するような怪我をしたことがなく、内出血だとか骨折だとか、そういう見えにくい怪我ばかり負ってきた。

 パッと見て怪我してます!と明らかに分かってしまう傷は久々で屈辱的だ。いや、自分から負ったのだけれども。

 

(次は……次こそは絶対勝ちたい)

 

 そのためには、戦い方の幅を広げなければ。

 うーんと悩みながら頭を抱えていると、廊下をどたどた走る小さな足音がふたつ聞こえた。

 とっさにシャツを学校のカバンに押し込む。直後、扉が開いて子供たちが駆け込んできた。

 

「△〇〇□~!!」

「ガハハ! おばけだぞ~~!」

 

 ひとりはランボだが、もうひとりは見たことがない。

 弁髪のまんまるとした頭に中華服を着ている。うまく聞き取れなかったが、言葉の雰囲気的に中国人だろうか。

 見知らぬ子供は家継を見て驚いたように足を止める。

 

「こんにちは。ランボの新しいお友達?」

「コイツは新入り! しっぽ頭!」

「しっぽ……いや、名前が知りたいんだけど。困ったな、中国語分かんないんだよな」

 

 名前は、と聞いても通じないかもしれない。

 しゃがんで自分を指差し「ツグ」と名前だけ言う。それから子供を手のひらで示して「きみは?」と首を傾げてみせた。

 眉間に皺を寄せていた子供は、それで伝わったのかパッと笑顔になって「イーピン!」と答えた。

 

「へえ、イーピンって言うんだ……イーピン!?」

 

 ついこの間、綱吉を狙って爆発騒ぎを起こしていた殺し屋の名前だ。

 リボーンといいランボといい、子供のヒットマンが多すぎる。マフィア界は人手不足なのだろうか。

 まあ、この家で遊んでいるということは、綱吉とは和解しているのだろう。それなら歓迎するかと穏やかに微笑みかけた。

 

「よろしくね、イーピン」

「〇□×!」

「ツグもランボさんと遊べ~~!」

「もう晩ごはんの時間だよ~。食べてお風呂入って、そしたら遊ぼ」

 

 足にまとわりついてきたランボをひょいと抱え、もう片方の手でイーピンも抱える。楽しそうに歓声を上げた子供たちを揺らしながら階下へ降りた。

 

 リビングへ入ると、綱吉やリボーン、そしてディーノがいた。

 帰る途中で家継が戦えることは伏せてくれとディーノに頼んだのだが、守ってくれただろうか。ちらりと視線を向けると、彼はニカッと笑いながら親指を立てた。

 

「兄さんおかえりー。ディーノさんと何話してたの? なんかすげー仲良くなってない?」

「え、全然なってない!」

「おう! 親交を深めたからな!」

 

 反射的に否定してしまった家継と頷いたディーノを交互に見て「どっち!?」と綱吉がツッコむ。

 

「おれはいつでもツッくん一筋だから……」

「もーいいってそーゆーの! 恥ずかしいから!」

 

 弟の反応を微笑ましく思いながら、抱えていたランボとイーピンを椅子の上へ降ろす。

 母が料理を運ぶのを手伝ってから家継も着席した。ディーノのぶんも当然のようにある。まさか今日はうちに泊まるつもりだろうか。

 

「さー何でも聞いてくれ、かわいい弟分たちよ」

 

 茶碗を手にしたディーノの言葉に、兄弟は顔を見合わせた。

 そう言われても、何を質問すればいいのか。そもそも彼に()()()()()()ことはプライド的に許せない。

 「んー……」と悩むふりをしながら、家継は子供たちの焼き魚をほぐす作業に専念することにした。

 

 綱吉も戸惑っているようだ。しかしディーノはこちらの様子を察すると、さらりと話題を変えた。「そーいやツナ、おまえファミリーはできたのか?」という問いに、リボーンが指を折りながら名前を挙げていく。

 

「今んとこ獄寺に山本、候補がヒバリと笹川了平と……」

「友達と先輩だから!」

「えっ恭弥も候補に入れてんの!?」

 

 予想外の人選でさすがに家継も声を上げた。命知らずにもほどがある。

 

「あたりめーだろ、おまえの幼馴染ならファミリーみたいなもんだ」

「ヒバリさんはさすがに無理だろ!」

「そうだよ、絶対嫌がるって!」

 

 兄弟の反論をスルーして、リボーンは黙々と味噌汁を飲んだ。

 

「ていうかリボーン、なんでオレたちのとこに来たんだよ。ディーノさんとのほうが上手くやっていけそうなのに」

「ボンゴレはオレたち同盟ファミリーの中心なんだぜ。どのファミリーより優先されるんだ」

「えええ! ボンゴレファミリーってそんなにえらいの~!?」

 

 綱吉が悲鳴を上げるなか、家継は「へえ」と目を細めて微笑む。

 

「よかったじゃん~」

「なにが!?」

「権力はあればあるほど便利だからね。めんどくさいことも増えるけど」

「いらねー! オレマフィアのボスなんかなりたく……う、うう……!」

 

 弟は呻きながら頭を抱えてしまった。リボーンが「おまえがならねーなら、ツグがやることになるぞ」と言うと、さらに呻き声が大きくなる。

 

「それは……でも……!」

「ツッくんが本当に、ど~~しても、死んでも嫌だっていうなら頑張ってみるけど……」

「だ、ダメだよ! 兄さんもボスになってほしくないし……でもオレがなるのもイヤだー!」

 

 予想外の言葉に目を見開いた。

 てっきり兄さんがやってよ、とでも言われるかと思っていたのに。

 戸惑いながら首を傾げる。

 

「え、おれがなるのもダメなの? なんで?」

「家族がマフィアなんかになってほしくないだろ、普通!」

 

 至極当然のことのように言われ、ぽかんと口を開ける。

 普通。そうか。

 綱吉は当たり前のように、家継の人生も平穏であることを望んでくれるのか。

 目から鱗が落ちたような気分だった。じんわりと胸のあたりが暖かくなる。家継は、はにかむように微笑んだ。

 

「そ、そっか、えへへ……」

「なんでそこで照れるんだよ!」

「はは、おまえらを見てると兄弟っていいなって思うぜ」

「ツッくんはあげませんよ」

「取るつもりはねーって!」

 

 むむ、とディーノを睨む。

 ――そのとき彼の手元が視界に入り、家継は固まった。

 

 机の上にボロボロと食べこぼしが落ちている。ありえないほど食べ方が汚い。

 見たものが幻覚でないか疑っていると、母が「あらあら、ディーノくんたら零しちゃって」と困ったように笑った。幻覚じゃなかった。

 

「ディーノは部下がいねーと半人前だからな」

「はあ!?」

「こいつはファミリーのためとかじゃねーと力を発揮できないタイプなんだ。部下がいねえと運動能力が極端に下がる」

「なにそれ、ある意味究極のボス体質!?」

 

 リボーンと綱吉のやり取りを聞いてハッと思い出す。

 そういえば手合わせの前、リボーンがロマーリオを連れて行けと、やけに念を押していた。あれは部下がいないと戦えないからだったのか。

 

「またリボーンはそーゆーことを……ツナたちが信じるだろ? 普段フォークとナイフだからハシがうまく使えねぇだけだよ」

「な……なーんだ、そーですよね!」

 

 ディーノは自分の体質に気づいていないのだろうか。本気でそう思っているような雰囲気で笑っているが、絶対リボーンの言葉のほうが正しいと思う。

 

 ライバルの弱点を知れたがあまり嬉しくない。

 弱体化した状態でボコボコにしても意味がないのだ。家継はとにかく、全力のディーノと戦って勝ち、自分こそが兄に相応しいのだと証明したかった。

 

 何はともあれ、まずは机を拭くために立ち上がろうとしたとき。

 突如「キャアアアア!!」と悲鳴が響いた。母の叫び声だ。さっき風呂の準備をしに行ったはず。

 

 家継はすぐさま立ち上がって駆け出した。後ろで誰かが転ぶ音がしたが、おそらくディーノだろう。無視して廊下に出ると、ちょうどこちらへ駆け寄ってくる母と鉢合わせた。

 

「母さん、どうしたの!?」

「オフロに、オフロに……っ!」

 

 慌てたように指を差す母に怪我がないか確認したあと、風呂場へ急ぐ。ガラッと勢いよく引き戸を開けて絶句した。

 

「な……なに!?」

 

 そこにいたのは――巨大な亀だった。

 どこからどうみても亀だ。人間5人分はありそうなサイズの怪物が、浴槽にミチミチと詰まっている。

 遅れて来た綱吉とディーノが声を上げた。

 

「あ……ありえないって……!」

「あちゃー、エンツィオの奴いつの間に逃げたんだ?」

「えーーっ!? あれさっきのカメなの!?」

「エンツィオ?」

 

 ふたりは亀のことを知っているようだ。

 首を傾げる家継に、リボーンが「ディーノのペットだぞ」と説明してくれた。

 

「エンツィオは水を吸うと膨張するスポンジスッポンでな。巨大化すると狂暴化して家一軒食っちまうんだ」

「なんじゃそりゃーー!!」

「なんてもん連れてきてるんですか!?」

「相棒なんだよ、けどスマン!!」

 

 すでにエンツィオはバリバリと浴槽を食べ始めている。このままでは家が壊されてしまう。

 ……しかし、人様のペットをどう止めればいいのか。

 三節棍を出す準備はしたものの、迷っていると、足元をイーピンが駆け抜けた。

 

「△××!」

 

 拳法らしき型をとり、なにやら見えない攻撃がエンツィオの頭に当たる。しかし効いていないようだ。

 ディーノが家継と綱吉の肩に手を置いた。

 

「下がってろ。誰も手を出すんじゃねーぞ。てめーのペットの世話もできねーよーじゃ、キャバッローネファミリー10代目の名折れだ」

 

 鞭を構えて前へ出た彼に、家継は「え、でも……」と呟く。部下がいなければ半人前だと、先ほど聞いたばかりだ。

 嫌な予感がしてそっと三節棍を握る。

 

「静まれエンツィオ!」

 

 勢いよく振り上げられた鞭は――なぜか綱吉のほうへ勢いよく飛んでいった。

 

「だよねえ~!?」

 

 弟に当たる寸前、三節棍をヒュンと回転させて絡めとる。

 

「いっ……たく、ない……アレ!? あっ、それは商店街の景品!?」

「そうそう、こーゆーときに使えるから便利なんだよ」

「スマン! すっぽ抜けたっ!」

 

 恥ずかしそうに振り向くディーノへ、巻き取った鞭を返す。

 しかしやめておいたほうがと進言する前に、彼はまた「やめねえか!」と鞭を振るった。

 

「うわっ、ちょっ、勘弁して!」

 

 綱吉、ランボ、イーピンに襲い掛かる鞭を反射的に弾く。「ほんっとスマン! 大丈夫か!?」と焦るディーノに「大丈夫だけど!」と頬を膨らませた。

 これでは埒が明かない。

 

「せんせー、どうにかしてよ~!」

 

 ふくれっ面のまま振り向くと、ぽかんとこちらを見る綱吉と目が合った。

 

「に、兄さん、そんな素早く動けたんだ……」

「いやあほら、やっぱお兄ちゃんだからさ。みんなを守らないとって思ったら体が勝手に……ねっ」

 

 頬をかきながらエヘヘと笑って誤魔化す。視線でリボーンに助けを求めたが、彼はニヤニヤとこちらを見ているだけだった。

 

「手を出すなって言われてるしな。だが、不満ならおまえがなんとかしろ」

「え、うわっ!?」

 

 リボーンは唐突に家継を蹴り飛ばした。

 後ろ向きにたたらを踏み、段差に足が引っかかって勢いよく尻餅をつく。

 

「いった……せんせーなにすん、の……」

 

 尻を押さえながら、ふと気配を感じて顔を上げる。

 頭上には、今にも噛みつこうとしているエンツィオの口が迫っていた。

 

「兄さん!!」

「ツグ!!」

 

 しかし、家継はぽかんとしたまま動けなかった。いや、動かなくていいと、直感で分かっていた。

 鞭を振るおうとしたディーノをリボーンが「待て」と止める。

 

「なんでだよ、ツグが――」

 

 そう言いかけて、ディーノは口を閉じる。

 

 ――エンツィオの動きが止まった。

 全員が固唾を飲むなか、エンツィオは家継の後ろ襟をそっと噛み。

 ぽいっと放り投げ、家継を甲羅の上に乗せた。

 

「……ありゃ」

「なんで乗せられてんのー!?」

 

 綱吉のツッコミに合わせるかのように唸り声を上げたエンツィオは、何事もなかったかのようにまた浴槽をバリバリ食べ始めた。

 何が起きたのか分からない。

 家継は甲羅の上で困惑した表情を浮かべる。「いったいどうなってやがる!?」と混乱するディーノに、綱吉がハッとしたように叫んだ。

 

「もしかして兄さんの動物に警戒されない体質、エンツィオにも効くの!?」

「あっ、これってそういうこと?」

 

 リボーンが「どういうことだ?」と尋ねると、綱吉はわたわたと身振り手振りを交えて説明した。

 

「兄さんって昔から、全然動物に警戒されなくてさ! 犬や猫はめちゃくちゃ寄ってくるし、頭の上へ勝手に鳥が留まったりするんだよ」

「そう、なんだよね、なんでか分かんないけど」

 

 揺れる甲羅にしがみつきながら首を振る。

 ただ好かれやすいだけかと思っていたが、まさかエンツィオなんていう規格外の生き物にもこれが通用するとは。特殊なフェロモンか何かが出ているのかもしれない。

 

「じゃあエンツィオにやめろって言えば止まるのか?」

 

 リボーンの問いに、家継は気まずくなって目を逸らした。

 

「それが……まったく警戒はされないんだけど、別に言うこと聞いてくれるわけじゃないんだよね~……」

 

 つまり、エンツィオの上に置き物が増えただけである。

 

「仕方がねーな。レオンの出番だ」

 

 そう言ったリボーンは、手のひらの上にカメレオンを出した。たびたび見かけていた彼のペットだ。まともに見るのは初めてな気がする。

 

 レオンはペタッと綱吉の顔に張りついたかと思うと、みるみるうちに形を変え、綱吉の顔をロマーリオに変えてしまった。

 ペットというのはそんな、特殊能力を持つようなものだっただろうか。

 エンツィオにしがみついたまま「ツッくんの顔が!」と悲鳴を上げる。

 

「ロマーリオじゃないか! もう帰ったんじゃなかったのか!?」

 

 振り向いたディーノは部下の顔を見た瞬間、纏う空気が変化した。

 

「バカヤロー!! オレにまかせて下がってろ!!」

 

 先ほどとは比べ物にならない気迫で振るわれた鞭は、正確にエンツィオの首に巻きつく。

 そして一瞬で、華麗に絞め落としてしまった。

 

 ひっくり返ったエンツィオに落とされて着地した家継へ、ディーノが「大丈夫か?」と手を差し出す。

 その頼もしさにうっかり手を握り返してしまい、しまったと思ったときには彼に引っ張り出されていた。

 

「くっ……手を取ってしまった……!」

「どーゆー顔だよ、それ」

 

 しわくちゃになった顔をディーノに笑われる。

 全身から頼れる兄貴感が溢れているのはむかつくが、それはそれとして、へなちょこ状態よりはいいな、とも思ってしまう。

 名状しがたい感情に苛まれながら、エンツィオ暴走事件は解決することとなった。

 

 ちなみにエンツィオは乾かせば元に戻るらしい。みんなでドライヤーを当て続けた結果、なんとか元の大きさに戻すことができた。

 

 浴槽が壊れたために、今夜は銭湯へ行くことが決まったのだが――そこで家継は気づいてしまった。

 怪我をしたせいで素肌を晒せないことに。

 

「み……みんなで行ってきて……」

「え、兄さんは行かないの?」

「おれめちゃくちゃ眠いから、もうシャワーで済ませるよ……」

「そっかー」

 

 乾いた笑いで手を振る家継に、リボーンとディーノは何か言いたげな視線を向けてきた。

 綱吉やランボ、イーピンは気づかずに楽しみだな~なんて言い合っている。

 

 家族と銭湯なんて珍しいイベントを逃す羽目になるなんて。

 あまりの悔しさに、みんなが家を出たあと家継はひとり、自室で「ディーノさんめ……!」と八つ当たりしながら泣いた。

 

 

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