ミカベネ物語 戦争編 作:ミ景
人間は誰しも”夢”というものを見たことがあると思う。
将来の目標とかそういう希望に溢れてそうなものじゃなく、寝ている時に見ている方の”夢”である。
魘されるようなものから、
ワイもそういったものを見たという記憶があったし、これからもそういう体験は幾度となくあると思って────いた。
逃避していた意識が鈍い痛みで呼び起こされていく。
鼻腔に含んだ空気には潮風と鉄の生臭い匂いが含まれており、酸素を取り入れた肺が膨らむと痛みで視界が赤く染まる。
そのお陰もあってか意識のほうは無事に覚醒。
切った額から垂れてくる液体を掌で拭い、仰向けの体勢から首だけを動かして辺りを見渡す。
空は暗く、普段なら気に留めない街の灯りが嫌に眩しく映り込む。
闇夜に徐々に慣れてきた視界から見えたものは、なんというか……惨状が広がっていた。
規則正しく積み上げられていたコンテナの山は崩れて
舗装された大地は抉られ、切り刻まれ、砕かれていた。
ワイは重い身体を引きずり、近場の瓦礫を支えに何とか立ち上がる。
そこから見えた近くにある倉庫群も酷い有り様でシャッターが変形したもの、壁に大穴を開けているもの、切断されたもの……この惨状を例えるなら、嵐が過ぎ去った後、とでも言うべきなのだろうか。
何も知らない人間ならそう思うかもしれないが、少なくとも今のワイはもう”そちら側”に戻れそうにない。
この波止場を無茶苦茶にしたものたちを知っている……というよりも自分は偶然にもその件に絡んでしまった。
ふと、視線を別に向ければ闇夜に閃光が奔っていた。
音と火花を散らして、ぶつかり、離れ、交錯する光。
それが光沢を宿した金属の反射であり、刃が交わるものというにはあまりにも人間離れした速度である。
しかし、それは一見すればまさしく”人”であった。
一際大きい衝撃と共に二条の光が停止した時、ようやくそれらの像が明らかになる。
一つは、全身を銀の甲冑に包んだ者で表情はわからないが明らかに劣勢であり、僅かに肩を揺らして呼吸をしている。
もう一つは全身を黒衣で包み、顔には東洋の死体妖怪を彷彿とさせるように布が垂れ下がっている。
だが、それよりも異質に見えるのはその人物の手元であった。
甲冑が振るう得物は細身の刃で形状としても刀に近いものである。
それに対して、黒衣の人物は得物を握っていなかった。
正確には腕に円錐状の螺旋が構築されていた。
黒衣の方は余裕を感じさせるようにその姿に、呼吸に乱れを感じさせない。
ただの鍔迫り合いですらも一歩間違えれば危ういほどに差が生まれているのだ。
それでも懸命に刃を押す姿を見て、何かを思ったのか優勢のはずの黒衣が半身ほど後退。
その時。悪寒が背中に走る。
声を出す工程の動きですら、痛みが走るのを無視して叫ぶ。
「────さがれっ!!」
内心自分でも驚く声量が響く、同時に動きがあった。
甲冑は後退しようとしたものの、眼前に迫るそれを刃は反射的に受け止める。
”それ”は相変わらず黒衣の者の腕にあった。
変わったことを挙げるなら、円錐の螺旋が高速回転をしているということだろうか。
半身引いたのは気迫に押されたとかではなく、確実に仕留めるための体勢を整えたということで合っているのだろう。
いくら防具で身を守っていてもあれだけのものを直撃すればひとたまりもない。
ここに来て何もできないということの歯痒さを思い知る。
その時、目に入ったのは自分の血を拭った左手……その甲に浮かび上がった模様。
三角を重ねるように構築された朱線の刻印。
これを見るとここ数日の出来事を思い出す。
何より”これ”のせいで今こんな目にあっているのだから。
使い方として正しいかはわからない────────それでも!
「ちくしょうが! あのヤブ医者! 誰がラストエリクサー症候群だって!?」
左手を翳す。
「使うぞ! セイバー!」
甲冑姿の背中が無言で持ちこたえているのが映る。
反論を押し退けてでも使う覚悟が霧散していく。
嬉しいようなちょっと寂しいような。
だが、改めて繋がりが強く感じることもできた。
左甲の刻印────令呪に光が灯る。
『戦争なんざクソッタレだ』
そう言ってたやつが他人を蹴落とすために力を使おうとしている。
『命は助けたい……けど、戦争には勝ちたいって─────おかしいですか?』
綺麗ごとなんかじゃ洗えない矛盾ばっかり見えるようになった。
『おめでとう! そして、ようこそ』
終われば戻れるって思ってた。
だけど────やっぱり、ワイはもう……”あちら側”には戻れそうにない。
「令呪をもって命じる────」
じゃあな、日常。