ミカベネ物語 戦争編   作:ミ景

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開戦前

寝台の上で一人の男が目を覚ました。

 意識の覚醒が完全とはいえないのか、上半身を起こして辺りを見渡すも何かが視界の半分を遮っていることに気付く。

 汗で顔に貼りついた自身の髪を払い、戻った視界で見渡した。

 部屋を薄暗く照らす照明や男が腰掛ける寝台も含めて、安物ではない。

 しかし、大衆が受け入れるような無難さを感じ取った。

 そこで興味を失ったようで下を見下ろして、自身が何も纏っていないことに気付く。

 視線を動かし、近くに掛けてある衣服を見つけ、重い足取りで男はそこへ向かおうとした。

 同時に身体に掛かる重力が一気に両脚へ圧し掛かる感覚で体勢を崩し掛けるも、男は耐える。

 そうして、数秒後。

 男は何事も無かったかのように歩み出した。

 見覚えがあるようで、ない……そんな服装に袖を通していく。

 着替え終わった所で、軽く身体を動かし寸法に問題ないことを確認。

 近くに立てかけられてあった姿見へ視線を移すと、黒い道着にも似た衣服に身を包んでおり、先程遮った髪は背中へと届くほどの長さである。

 顔にはいくつか古傷があり、恐らく全身にも似たような傷があるのだろう。

 だが、男は自身の目が嫌に気になっていた。

 決して自己愛性障害などというものではなく、酷い嫌悪感にも似たような感情であろうか。

 何かが自分の中で重なる前に身体は動いていた。

 拳が鏡を打ち砕き、その後ろの真鍮の額縁を貫く。

 引き抜いた右拳はそのまま連動するように上着を引っ手繰ると、ガラス片の上に被せた。

 飛散したことで無数に増えてしまった自身の像を直視しないためである。

 男は素早く踵を返して、部屋を後にした。

 

 

 

 全70階立ての高さは296m程のとある高級ホテル。

 その部屋は巨大な窓から夜を彩って光溢れる街、ツウィッタウンの全貌を眺めることが出来る造りとなっているのだが……。

 部屋の中心に置かれた長机を挟むように男女が二人いるだけであり、両者とも窓から見える景色など一瞥もせずに自らの作業に徹していた。

 女性は目深くフードを被った状態で、目の前には重火器を分解した状態で広がり、手入れをしていた。

 時折、ルームサービスなのか、持参なのかは不明だが綺麗な皿に盛られた色とりどりの砂糖菓子を器用に口に運んでいる。

 対して、向かい側の席に座る青年は白衣を纏い、色素の薄い青髪からはたまに不健康そうに隈を浮かばせた目を覗かせ、口元には市販の白いマスクと付けるという閉鎖的な印象を受ける。

 何をしているのか、自分だけが見えるようにと囲いを机上に作り上げ、ボソボソと何かを呟きながら指先を動かしているようだ。

 そんな二名では例え異性であろうと、良い雰囲気など生まれるわけもない。

 その静寂を打ち破ったのは部屋と廊下を繋ぐ両開きの扉。

 高級ホテルとあって防音や防弾などセキュリティとプライバシー保護を守る砦の壁である。

 突如、それが凄い勢いで開け放たれ────否、正確には吹き飛ばされた。

 無残にも吹き飛んだ扉だったものが転がると、来訪者の姿も明らかになる。

 その者は上半身を晒して、蹴りの姿勢であった。

 体勢を戻し、揺れる長髪を煩わしそうに後ろに流すと自然に部屋へ踏み入れる。

 女性の方は一瞥することもなく作業に徹しているが、青年の方は男へ一言。

「君は扉の開け方すら忘れたのかい?」

 男は肩を竦めた。

「ああ、鍵が掛かってたみたいでな。 引いて駄目だったから蹴り飛ばしてみたところだ」

「……野蛮人め」

「ま、文句言うなら”電池袋”にでも言ってくれ」

 軽く綺麗な舌打ちが響く。

 男たちの視線はもう一人へ向けられるも、本人は知らん顔であるが……。

「ところで”蛆虫”よぉ、お前んの所の”箱入り娘”は元気か?」

 刹那。 銀光が室内を奔った。

 その飛来物を男が反射的に掴んだ瞬間、真横から殺気。

 鋭利な切っ先が男の喉を掠める。

「冗談……じゃねえけど、お前煽り耐性無いのは変わらねえのかよ!」

「うるさい! 貴様はここで殺す!!」

 白衣を翻して短刀と解剖刀振るう青年と、それを巧みに避ける半裸の男。

 両者の闘争に無関心と接していた女も次第に視線がチラつき、最終的には傍らに忍ばせた拳銃に手が伸びていた。、

 遂には男の手が青年の動きを捉えて首を掴み、宙に吊し上げる。

 気道を圧迫され窒息しながらも、残った力で青年は刃を男の肩に突き立てた。

 だが、男は怯まずにその手へと更に力を込める。

「テメエを殺すのは面倒なんだろうが……モノは試しだな」

 次の瞬間、乾いた音が響く。

 男は好奇心で、青年の首をへし折ったのだ。

 手を離すと支えを失い、青年の身体は床に落ちる。

 首はあらぬ方向へ向いており、前髪の隙間から覗かせた瞳を見れば、瞳孔は開いていた。

 男は腰を屈めて、話し出す。

「俺が言うのもなんだが……煽りに乗るってことはそれを気にしてた、潜在的に自覚があるってことらしいぜ」

 誰に言い聞かせているのかわからないが、男はそれだけ言うと立ち上がって長机の席に着いた。

 場所は青年と女の間に挟まれる形だ。

「しかし、目覚めて早速一人脱落か……こりゃ骨が折れそうだ」

「いやいや、君が物理的に折ったせいなんだけど」

 先程までいなかった人物の気配。

 二人が視線を向ければ、廊下と部屋の境目に立つ人物……とはいってもそれは何とも奇怪な風貌であった。

 黒衣の外套とフードを被り、顔にあるのは笑っている男の白面。 左胸には木彫りの子供の面、右肩には銀色に輝く女性の面が揺れていた。

「もうすぐ”開戦(エンゲージ)”するのに何考えてるの!? 馬鹿なの!? 死ぬの!? 意味と理解が行方不明してるんだけど」

「うるせぇな、”三面相”。 一人いなくなっても何とかなるだろ」

 奇怪な男は更に奇声を上げて抗議。

「はぁああああ!? 君たちは自分たちの立場を理解していない! 下になれとは言わないが、あくまで対等なんだ、上になることはあり得ないんだよ! それに君たちを今マスターあって存在が許されるんだからその意思を尊重しないとね。 というかそのための同盟なんでしょうが!?」

 

 ねっ!?

 

 と同意を求めようと問いかけるが無言。

 数秒の沈黙の後に三面相は地団太を踏む。

 それだけでは終わらず飛び跳ねる。

 木彫りの面と銀の面が外套から外れても気にせず、跳ね続けた。

 それに対して、椅子に腰掛けていた二名は明らかに嫌気が刺しているも三面相は跳び続ける。

 しまいには、変なスイッチでも入ったのか、跳ぶことに喜びを見出したらしく止める気配がない。

 いっそこのまま窓から突き落としてやろうかと二人が思い出した頃に動きがあった。

 

「何をしているんだね、ジョン?」

 

 今度こそまともであってほしいと思う男の願いは届いたのか……

 そこに立っていたのは若く男とも女ともとれる美しい人物が立っていた。

 見た目に反して、高位に立つ者なのであろう上等で気品に溢れた衣服を身に纏い、手に握られた杖の持ち手は銀色をした女性の首を模していた。

「はっ! 教父様! たった今この下賤な亡霊モドキ共に金銭をせがまれて、命の危機を感じた私は仕方なく跳ねていました!」

 ゼェゼェと息を切らしながら、三面相ことジョンは言い訳を早口で話した。

 それに対して教父と呼ばれた人物は床に落ちている二つの面を拾い上げていく。

「ジョン、悪いがこれは君にしか頼めないことなのだが……」

 廊下を出て、彼を手招きすると行進するような動きで着いて行く。

 そうして、教父が二、三言話すとその言葉に背筋を正して敬礼をするジョン。 そこだけ見ればまるで軍隊である。

 渡された仮面を持って何処かへ消える彼を見届けることなく、入れ替わるように教父は室内へ入ってきた。

 

「これからという時にすまないな、諸君」

 彼が室内を見渡すよ、男が鼻で笑う。

「悪いな、早速一騎脱落だぜ?」

 床に倒れる青年を指すも、教父は喉で笑う。

「つまらない戯れだ、そもそも君たちを通常の人体で比べるのは無理があるというもの……そうだろう、”アサシン”?」

「…………」

「……ちっ」

 誰かの舌打ちと共にのそりと立ち上がる青年。 

 首の具合を確認しているが問題はないようでそのまま自分がいた席へと戻っていく。

「では、改めて挨拶をしよう。 20年前に別たれてしまった”(ハイ)”を修復する為に我々はこうして同盟を結んだわけだ……我々と」

「おい、勘違いするなよ。 あくまでも────」

 男の声を制す教父は続けた。

「もちろんだ、君たちは自らの或いは召喚者の願いを叶える為に尽くすといい。 ただ、”願望器”が現れた時に少し時間が欲しいだけだ……」

「…………」

「信じられなければそれでも結構だ。 まだ開戦もしていないのだから決断も今のうちだ」

「……よく言う」

 女の吐き捨てたような声。

 

「それで今回集まって頂いたのは、開戦前の最終確認だ」

 

 

 同盟を続けるか、否かの……な。 

 

 

 

 

 

 既に答えは決まっていた。

 

 

 

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