ミカベネ物語 戦争編 作:ミ景
夏ももうすぐ終わろうとする八月下旬。 時刻は昼前に差し掛かっている。
そうはいっても日光は手加減というものを知らずに相変わらず降り注ぐ。
むしろ、自身の存在を刻むかのように勢いをましたようにも思えた。
外を歩くだけで汗が滲み、ついついだらしなく右手で顔を仰いで、左手はシャツの襟を掴んで動かして風を送り込む。
流石のこの気候もあって人の行き来も少ない道を被った帽子の下から眺める。
普段はこんなことはないと思うがこの数日の生活の変化もあってつい弛んでしまっている自分がいると自覚。
とはいっても、暑いのは苦手だ……寒いのも同様ではあるが……。
本来なら夏季休暇で閉まっている校門は部活動や一部の用がある者の為に開放されている。
その一部に自分が含まれていたりもする。
「……はあ」
普段なら外では出さないようにしているため息も出るようになった。
これは気を引き締めなければいけない。
「おやおや、これはこれは誰かと思えば
後方から男の声……誰なのか振り向かずともわかる。
「……こんにちは、
「はい、こんにちは。 いやぁ、挨拶はいいですね、特に若人にされるものはいい」
第三者が聞けばセクハラまがいの発言でもあるが、他意はない。
後ろから歩幅を合わせてくる足音が近づく。
そうしてすぐに横に影が並ぶ。
声と同様に若い男。 名前は
教員として数えられていることもあってか、
それ以上に汗すら浮かばせずに涼しい顔をしているその姿を見ていれば最早気色すら悪い。
こちらに気を使っている様子はないが、校門を過ぎた辺りで、ふと思い出したかのように言葉を紡ぎだす。
「しかし、生徒会に属しているとはいえ夏季休暇に大変ですね」
ニコニコと品のいい笑顔を浮かべた状態で石村が話しかけてくるのを聞き流す。
「別に大したことはないです。 部活をしている人たちのほうが大変そうですし」
私はグラウンドで各々の活動に励む部活動生を眺めてそう言った。
それに合わせるように石村の視線も動く。
「ええ、確かに。 運動部に入っている方々は個人的に好きですよ。 何より挨拶を意識している子たちはいい」
この人物は何故か
それこそ病的にと言えるほどに。
だが、今のところ害はなく、 たまに体育教師や生徒会に交じって朝の挨拶運動などに積極的に参加している程度に収まっているがこれがいつ爆発するか私にも予想はつかない。
しかし、カウンセラーとしては優秀らしくで真面目で冗談などにも寛容的。 そして、整っている容姿も合わさって生徒や教師、保護者からも好評でもあるようだ。
「そう言えば、本日の活動はどういったもので?」
「簡単な資料の作成と、個人的な用です」
石村は何かを考えるに手で顎をなぞる。
「なるほど。 ならそのあとに少しお時間よろしいでしょうか?」
「……少しなら」
「ありがとうございます。 冬蕾さんにもよりますが手短に済むように心掛けます」
待ち合わせ場所はカウンセラー室で決まり、私と石村は別れてそれぞれの目的場所へ向かった。
そうして、私は黙々と作業を片付けていき、午後二時頃には終了した。
凝り固まった背筋を伸ばして、室内を見渡す。
空調の効いた生徒会室は一人では広く感じられた。
以前には一人が当たり前と思っていたのでこれはある意味新鮮な感情だと気付く。
その原因は自身の脳内で探るも答えはわかりきっていた。
最近、複雑な事情で同棲している人物のせいだろう、と。
それを思い出すと何故か、頬が熱くなるので思考を切り替える。
そこで石村との約束を思い出し、僅かに憂鬱になるもここで無視するとろくなことにはならない経験でわかるので渋々向かうことにした。
生徒会室から廊下へ出ようとすると、一気に熱気が侵入。
自身に適した温度で管理した世界との別れを名残惜しく思いながら私は部屋を後にした。
カウンセラー室前まで来るとため息を漏らす。
プライバシーを守るためという点もあってか防音加工されている室内の様子は伺えないが、想像はつく。
少し考えるも正直時間が惜しいので、扉をノックする。
すりガラスが嵌められたスライドドアを開けると、心地の良い温度と匂いに気付く。
室内に入り、後ろ手で戸を閉めると鼻唄交じりにお湯沸かす男の後ろ姿が見えた。
私は慣れた足取りで近くの応接用のソファーに腰掛けると、当然のように男がおしぼりと皿に盛られたサンドイッチを机に置く。
丁度お湯も沸き上がったようで独特でありながらも無駄を感じさせない動きでカップや茶葉を用意。
いい匂いが私の食欲を掻き立て出した頃にはすでに配膳が済み、目の前には遅めのランチが広がっていた。
「腹が減っては何も出来ぬ、と誰かが言っていましたからね」
それだけ言うと男は再び、自身の作業に戻っていった。
「……いただきます」
そう私が言って、食事に手をつけると男の背中は鼻唄に合わせて揺れていた。
「……ごちそうさまでした」
私が食事を終えると、同じように男が食器を片付けていく。
再び帰ってきた彼の手にはティーポッドとカップを乗せた盆が握られていた。
「お粗末さまでした」
「それで今の私は誰と語るということでいいのかしら?」
自身と私のカップにお茶を注ぐと男の視線には優しさとは違う、光が宿る。
「この場で考えるなら、石村太子……なのだろうが、話題的には違うだろう……と
こちらを見据える男の顔には登校する際に見せていた貼りつけられた笑顔とは違うものが混じっていた。
というよりも、最早別人のそれである。
「それで医療教会の神父様が何用?」
「開戦までは時間がないということもあり、手短に言えば……改めて参戦おめでとう、と言いたいところではあるが現状無事とは言い難いな」
「……そうね」
「幼い頃から君を知ってはいるつもりの身としては、肝心な時にいらぬ失態をするのは相変わらずと見受けられる、というか某も言葉に詰まるというか現に詰まった。 おかげで腐れ阿保の──おっと失礼」
「いいわ、事実だもの」
私は慣れているから気にしてはいない。
「それでも召喚時に家を半壊させるとは中々出来ることではない……おかげで少し苦労したがね」
「その件に関しては感謝しているわ」
この言葉に嘘はない。
「まあ、それはいい。 君の父君とは
「私のサーヴァントが違反行為を働いた件かしら」
「……否定はしない」
脳内で当時……とは言っても二日前の出来事が思い出される。
「別段、開戦すればある程度の戦略的な行為には目を瞑るが、開戦前はマズい。 今後の面倒に繋がる」
「……それで私を処罰しに来たわけ?」
お茶で潤わせたはずの喉から出た声は自分でも緊張しているのを隠せていないとわかる。
「はっ、それはない。 というよりはさせないというのが正しい」
「どういうこと?」
私の疑問に男が大げさに両手を上げて、天を仰ぐ。
「某を誰だと思っている、このアイザック=スタンスターンの目が黒い内は"奴ら"の好きにはさせないさ」
「"奴ら"? 」
「ああ、変わり者ので知られる我らが教会の中でも特に気違いの連中だ」
その中に貴方は入らないの? という言葉はお茶と一緒に流し込んだ。
「色々といるが、中でも狂っているのは仮面を付けているやつだ。
想像しようとして思考を切り替え、脳内から追い払う。
私の様子を余所に神父は続ける。
「中でも気を付けるべきなのは、"教父"。 あれは危険だ」
「具体的に私たちはどう気を付ければいいのかしら?」
その問いにアイザックは無言になる。
「……思いつかないのか、手立てはないのか。 どちらかで言うと?」
「思いつかない」
即答である。
「某から言えるのは奴らに聖杯を渡したら面倒なことにしかならない。 それを阻止するためには君には頑張ってもらわなければならんのだよ」
「随分と心強い御言葉だこと」
「皮肉を言う様は奥方にそっくりだな……まあ仕方あるまい本来中立を保つべき医療教会が願望器を欲しているのだからな。 それもこれも教父の口車に乗せられた間抜けどものせいだ」
「いったい何組が教会の息が掛かっているの?」
「……クラスまでは言えないが、三組だ。 今後増える可能性はあるが、それも極僅かだろう」
私が現在確認しているクラスは
「召喚されていないクラスは?」
「……二騎だ。
「これまたいい加減な情報ね」
「誤った情報を流すくらいなら、わからないと伝えるほうがまだマシというのが某の考えだ」
「それは言えているわ」
「ところで召喚後の支部には顔を出したのかね?」
「…………ノーコメントで」
私の表情を見て何かを察して、互いに沈黙。
「ま、まあ"アレ"は君にとっては兄弟弟子にあたるので無下にしないように」
口元が僅かに痙攣しながら吐き出された言葉には謎の説得力を感じられた。
その後はお茶と焼き菓子などを摘みながら、"世間話"をした。
「では、よろしく頼みますよ、冬蕾さん」
スクールカウンセラーとしての顔と声音に戻った男に別れの挨拶をして部屋を退出。
校舎を出ればすでに
帰路につくと来る時とは違い、夕飯の買い出しに出かける主婦、仕事終わりのサラリーマンなどが行き交うようになり、人通りも増えていく。
私が現在
声を張り上げて客寄せする店に挟まれた通りはショッピングモールなどが立ち並ぶ現代に置いては珍しく活気があると感じつつも、自分には関係ないと歩く。
そうして、空気に徹して進んだ先に見覚えのある二人の背中を確認。
一人は長身で身体つきから男とわかる。 見た目で判断すれば20代ほどだろう。
青を基調とした生地には幾つかの線が交わる模様が施されたジャージを身に着けて、頭にはストレートキャップを被り、手入れが行き届いているとわかる綺麗な金の長髪を後ろに流していた。
隣に話しかける時に見える横顔からも整った顔をしているのは確認できる。
もう一人は平均的な身体つきをした女子高生で私と同じ高校に通う普通の少女だ。
名前は
学校での素行は真面目でそつなくこなすが今一つ情熱のない少女。 しかし、暗さ成分は少なくむしろサッパリしたような印象も感じる。
しかし、どこか
学校内では男女共に中立的な立ち位置を保つために目立つこともなく、虐めなどの被害を受けることもない普通の少女。
そんな彼女でもどこか特別なことに興味を持ってしまった
彼女の日課は寝る前に暖かいミルクを飲んで、20分ほどのストレッチで体をほぐしてから床につくというものだ。
そうするとほとんど朝まで
それを思い出すと頬が熱くなり、自然に手が帽子を目深く被せた。
そして、歩みも速くなり、気付けば二人に追いつこうとしている自分がいることに気付く。
冷静さを心掛けようとしてもどうしても心拍数が跳ね上がるのは抑えられなかった。
「奇遇ね、楠さん」
思った時には声を掛けていた。
「あ、冬蕾さん! お疲れ様です、私もちょうどバイトが終わったところでして、そしたら
「そうね、何故貴方がいるのか説明してもらえるかしら?」
私の視線を受けると、代わりとばかりに両手に握られていたビニール袋を掲げる。
袋には近くのスーパーのロゴが印刷されていた。
「見ての通り買い出しだ。 俺はいいがお前らはそうはいかんだろ」
「……それなら私と彼女で済ませれたわよ」
そういうと、青年は
「いやぁ、冗談にしてはきつい。 それならアンズ一人でなら済ませられると訂正すべきだ」
確かに否定はできない。
無言の私の代わりと楠さんが反論。
「そんなことないですよ、冬蕾さんは私と違って成績は優秀ですし、この間のは何かの間違いですよ!」
「マジかよ、これは……うん」
恐らく思っていることは彼も同じか似たようなものだろう。
終始そんな感じで会話しながら、私たちは歩く。
商店街を抜けていくと住宅街が並び、その先をいくと徐々に人気は無くなり、山に隣接する地区へ出た。
途中にある幾つかの上り坂を昇ると山の斜面に設けられた階段が見えた。
両隣を木々で囲まれた場所はどこか幻想的で、少々不気味だ。
「あの、クソ女。 サボってたらシバキ倒す」
「大丈夫、とは信じたいんですけど」
そう言う楠さんは乾いた笑い声を
そんなやり取りをしていると
「相変わらずボロいな」
そんな声を無視して、階段を昇り切ると先に昇っていた楠さんが立ちつくしているのに気付いた。
その視線を追うと、私は思わず、は? と声が漏れていた。
すぐに追いついた青年も同様に呆気に取られたようで、言葉を詰まらせている。
今朝まで古びてボロボロな本殿があった場所には、金や銀、真紅などの最早”和の
「何回か脳内会議して反復させたけど、やっぱりこれはないわね」
「おっ、そうだな」
思考を停止させた青年の返事の直後
「ははは!」
と甲高く笑い声が
主を探せばそれは本殿の屋根に腰掛けていた。
紅白で彩られた巫女装束で身を包んだ女が腹を抱えて笑っていた。
頭にはイヌ科の立ち耳が生えており、口元には狐を
「
ケラケラと笑う姿に明らかに苛立つ気配が後方から感じた。
「テメェ、何考えてやがる腐れ女! 仮にも巫女服着てるやつが和の美しさ壊すとか万死に値するからな、オイ!?」
うん、怒ってるのはわかるけど、ちょっとその理由はよくわからない。
「なんじゃ、
見え透いた挑発……いつもの彼なら流すところだが。
「オーケー、その喧嘩買った! 内臓ブチ
「おうおう。
「今日も荒れそうね」
我ながら
買い物袋を置いて、右腕に布を巻き付ける青年───
屋根から跳び上がって、音もなくゆっくり降り立った女の両手にはいつの間にか札と
この二人がこうやってぶつかり合うのは既に何度かあったが、お互いに手は抜いているらしい。
それでも、個人的に異常と感じたのは……。
「なんで、近接戦で
両者の巻き添えをくらう前に避難しようと、楠さんに声を掛けよう振り向いた時。
私の背筋に寒気が走る。
「……」
というよりかは何もできないというのが正しかった。
身体が動かなかったのだ。
あと、僅かでぶつかるという所まで
「……?」
「────」
明らかな動揺の視線を隠せない
私が見ている二人は使い魔としては最高峰の存在で、仮にも
それが差はあれど、
普通の少女に。
「駄目ですよ。 喧嘩は」
怒声ではない。 静かなものだった。
それなのにこんなにも耳に響くものなのか。
その時だけ、遠くで聞こえていた鳥たちの鳴く声や、蝉の音が消えた気がした。
生唾を呑み込んで
ランサーは矛先を少女に向けるも、すぐに下ろす。
いつの間にか首筋に添えられたキャスターの
「悪かった、なにこれも俺たちにはスキンシップだ。 なあ、キャスター?」
苦無を下して、彼女も同意する。
「その通りだ、我らは少しばかり
二人が素直に謝ると、空気は霧散した。
「な、なんだぁ! 本当にビックリしたんですからね、もうやめてくださいね!?」
ランサーもキャスターも首を縦に振ると、楠さんは胸を撫で下ろす仕草をする。
「と、とりあえず我が
「え、でも、食材とか運ばないと────」
「いやいや、それは俺とマスターでやるからアンズは先に上がってろよ、な?」
私に投げかけれた問いとわかり、
「ええ、運ぶくらいは私にも出来るし、楠さんは一服いれてからでもいいんじゃないかしら?」
三人から言われて、彼女も最初は戸惑うも断る理由もないので、渋々といった形でキャスターの先導に従う。
その二人が見えなくなってから、ランサーは買い物袋を持って歩き出した。
私もそれに並ぶ。
「しかし、なんて目をするんだよ、アイツ」
ボソリと呟いた一言。
「怖かったの?」
私は自然と言葉を掛けていた。
「……ビビったのは否定しねえよ、つーか、危うく
反射的に矛を向けたのはある意味は彼の経験からくるものだったのだろう。
「そうね、誰も大事なくてよかったわ」
嘘ではないわ。
「……そうだな」
この日、改めて学んだのは
そして、私が好意を抱いている少女であるということだ。