ミカベネ物語 戦争編   作:ミ景

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開戦前? 2

気付けば後方へ流れていく景色を窓からを眺めていた。

 あの後、ホテルから出るまでは良かったが、どういう成り行きかワイも少女が寄こした迎えの車に乗って……いや、最早載せられたというべきだろうか。

 立ち去ろうとするこちらの有無を言わせる間もなく、後部座席に座らせられ、今に至る。

 うん、これ結構マズい状況だ。

 今すぐにもでもドアを開けたいところだが、内側から鍵が掛かっている。

 僅かに視線を右に向ければ、例の少女が座って、同じように窓から見える光景……否、それよりも違うどこか遠くへ向けられていた。

 綺麗な人はどんな仕草でも画になるって改めて理解。

 そんな娘と記憶がないとは言え、一夜を共にしたのか……うん、やはり記憶がないのが痛まれる。

 よくわからない後悔を脳内から追い払い、視線を前方へ向ければ、運転席に座る男が一人。

 迎えに来てからも乗り込んだ時も、そしてこの瞬間ですら、一言も言葉を発していない人物。

 灰色で統一された制服で身を包み、ハンドルを握る両手には白い手袋が填め、目深く被られた帽子で顔はよく見えないが、座席越しの背中でもその鍛えられた肉体が予想できた。

 おそらく、正面から殴り合いになれば勝てる見込みは低い───いや、ないだろう。

 ……何故か、そう言いきれた。

「あ、あの……それでこれってどこに向かっているんですかね?」

 これ以上脳内で思考を巡らせると意味不明な自問自答が始まりそうな勢いなので、今更ながら、聞いてみることにした。

「教会だ」

 簡潔に即答をくれた少女。

「ははは、教会なんて気が早いなー」

 ブラックジョークを紡いだ声は乾いていた。

 

 

 

 

 

「マジか」

 目的地に着いた第一声。

 車から降りて、目の前にある建物に対しての感想。

 少女が言ったように確かに教会であるということ、そして侮辱覚悟で言えばそれが御利益やら神聖さなどが感じられない寂びれたものであるということ。

 街中には”医療教会”などという組織が設立してから大小個体差はあれど支部やら教会なんかが増えている。

 それなのにわざわざこんな郊外にある教会まで足を運んだのか……。

「それでは私たちは先に用を済ませたいと思う。 悪いが貴方は外で待っていてもらえるだろうか?」

 いくつか疑問は浮かぶが断る理由はないので、了承。

「話が早くて助かる」

 教会……蔦や苔が侵食しまくっている石壁なんかを見ると倒壊してしまうんじゃないかと心配になるが、それを他所に躊躇いの無い足取りで彼女……と運転手が続く。

 二人が教会内に入るのを見届けると、ワイは少しホッと息を吐いた。

 見知らぬ人間と密室にいるのはやはり緊張するし、疲れる。

 それも自分が置かれている状況が分からなければ尚更だ。

 思えば。自分の人生に置いては教会というものが絡んで碌なことはなかった。

 具体的には……よく思い出せないが。

 もう一度、深呼吸をしてワイは教会の敷地内に足を踏み入れる。

 待っていてくれ、と言われても細かい指示がなかった為、暇を持て余してしまったワイは寂びれた庭を探索することにした。

 そうして、近づいてわかったことがある。

 庭のほとんどを占める芝生は一見長さが疎らに見えるが、それは恐らく何らかの規則性によって揃えられていると判断。

 また、教会を覆う苔や蔦もどこか違和感を感じた。

 それを確かめるべく近づこうとした時だ。

 

 音が、鼓膜を揺らす。

 いや、決して大音量によるものではない。

 質量を持ったように重く圧し掛かるような錯覚と、背筋に走る不快感。

 それが自然で発せられる音ではなく、人為的に発せられる音色によるものだというのは明らかだった。

 この不快感は決して演奏者の腕によるものだけが原因ではないだろう。

 問題はその楽譜にあった。

「仮にも神聖な場所で、”戦慄交響曲”を選曲するとか冒涜とかの次元越えてるだろうが!!」

 ワイが叫び終わると、それに合わせるように音がピタリと止んだ。

「へえ、あれを聞いて”バ・セントラ”の曲ってわかるって凄い─────うん、本っ当に悪趣味」

 男にしては高く、女にしては低い声。

 それは上から、教会の屋根から聞こえ、とうっ、と掛け声と共にその影は降り立つ。

 結構な高さがあるように見えたが、それこそ音も立たないような静かさで着地。

 その人物は頭から外套を羽織り、その下には中世の吟遊詩人を彷彿とさせる衣服が見える。

 言動からして演奏者であることは確定したが、その両手には何も握っていない。

「演奏者本人がその発言って相当イッてるな」

自分(わたし)もそう思うよ」

 皮肉を受け流され、次を考えようとした時に、いつの間にかその人物は目の前にいた。

 驚いて跳び退こうとするも右肩を掴まれ、強引に静止。

 肩を掴んでいる左手には革手袋を嵌めているが、それとは別に右手は素手である

 その右手がこちらに近づいてくるのを不思議と抵抗しない自分がいることに気が付いた。

 掌がこちらの頬に触れる。

 手つきは優しく、しかし存在を確かめるような力強さも感じられた。

 相手の身長はこちらよりも低く、顏は頭から被る外套が邪魔でよく見えない。

 恐らく、僅かに見上げてきたその目はこちらの顔をしっかりと映したのだろう。

 ワイは頭の後ろに手が回されたと思った瞬間、視界が暗くなった。

 

 それが自分の頭が抱きかかえられているのだと判断。

 もう一つ分かったが相手は女性であるということだ。

 声や身長や体型はともかく、確定させたのは顔を覆う柔らかい感触……いや、そっちは装飾品とかごつごつして痛いというか、元々が小さいのかも───偶然かその時だけ押し付けられる力が強くなった。

 

 

 決め手は匂いだ。

 優しく甘いような、香水とも違う。

 そして、どこか懐かしい。

 ……ん? 最後のはおかしいが、こんな体臭を発する男がいるならワイは同性愛に目覚める自信ある。

 あれ、というかなんで見ず知らずの女に抱えられて安心しきっているんだ?

 規則正しい音が聞こえた。

 それがこの人の心音だと気づくと、それに聞き入る。

 どれくらいの時間が経ったのだろうか。

 誰でもいいからもう少しだけこうしていたい。

 そう思うようになった時だ。

「久々に会えたのだ、お願い(プリーズ)は受け付けるぞ」 

 お願い。

 その単語だけが妙に引っかかった。

 お願い? PLEASE? プリーズ?

 

 プリーズ=■■■。

 

 溶けていく思考はその言葉と記憶が引き出された。

 

「ジング…………姉さん?」

 

 よくわからない記憶の鍵が開いた。

 

「うん、久しぶりだ……”ミカ”」

 

 ミカ。それは親しいものしか呼ばない名前。

 何故か震えた声で応えた彼女の顔を見れば、嬉しそうな、悲しそうな、複雑な表情をしていた。

 

「そして…………すまない」

 

 謝罪と共に、苦しみがやって来た。

「あ、ガッ!」

 首に何かが巻き付いている。

 細く鋭いそれは徐々に食い込み締め付けた。

「───────ッ」

 痛みと呼吸が出来ない苦しみに間抜けな声と、目に溜まった涙が溢れる。

 女……ジングを見れば、その両目の端にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 泣きたいのはこちらだ、というか既に泣いている。

 白濁していた意識が徐々にハッキリしていき、今は視界が赤くなっていた。

 痙攣する両手が首へ向かうと、指先が何かに触れる。

 感触からワイヤー系と判断。

 もう力が入らず、爪で凶器を引っ掻いても意味はない。

 そういえば、まるで時代劇の殺し屋みたいだなと、くだらない思考が過った。

 でも、あれって確か悪人だけ殺していくんだよな……じゃあ、ワイは悪人だったのか?

 ……腹切りで詫びようとしたりとか、ワイの人生にどれだけ影響与えているんだ時代劇。

 それも、やっぱり親父(アイツ)のせいか。

 

 両手に力が入らなくなり、ダラリと垂れる。

 

 本当に教会に来ると碌なことにならないな。

 来世はもっと気を付けよう。

 うん、未練は────あるが、仕方ない。

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

 

 未練があるなら、生きればいい。

 

 もう死ぬから無理だ。

 

 まだ生きてる。

 

 死ぬから駄目だ。

 

 死にたいのか?

 

 生きたい。

 

 なら、願えばいい

 

 誰に?

 

 誰かに

 

 そんなことを?

 

 単純でいいんだ、結局願いなんてそんなものだ

 

 わかった

 

 

 

────────────────────────────────────────

 

 

 

    

 生きたい。

 

 

 願いも目的も単純でいい。

 

 その時、暗転しそうな視界の端に赤く光る模様が左手に浮かび上がった。

 同時に爆発したような閃光とガラスでも割ったかのような音が響くのを感じた。

 

 首の拘束が無くなり、気道が確保される。

 

 呼吸というよりは咳き込みながら、その場に倒れ伏し、チカチカと明減する世界でこちらを見下ろす人影に気付いた。

 

 声の主は男だった。

 予想以上に死んだ脳細胞の数は多いらしく、酸素の補給で情報の処理が間に合っておらず、その発言が幻聴の類でないとするなら、中々に奇天烈な発言だった。 

 

 

「問おう。 貴方が俺のマスターか?」

 

 

 この瞬間からワイの”日常”が崩れ去ってしまった。

 

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