ミカベネ物語 戦争編 作:ミ景
夢を見ていた。
目が覚めるまでの間は素敵な時間を過ごしていたかったがどうやらそれは許してもらえないようだ。
肉体は存在しない空間でワイは前を向いていた。
まるで映画を見るような感覚で眼前には誰かの視点で映像が切り替わっていく。
懐かしくもあり、正直思い出したくない光景……というのは嘘になるだろう。
まだ自分たちには───オレたちには家族だった頃の映像。
親父や姉さんがまだ話せていた頃や、くだらない稽古をさせられていた頃……。
幼いながらも従順にそれらをこなしていた頃……。
月並みながら、悪くない思い出たち。
他人から見ればくだらない映像が流れていく中で、それらは徐々に色彩を失い、速度が落ちていく。
ワイはそこで察した。
───ああ、これか。
いつの間にか白黒になった映像にはノイズが走っていた。
嫌に耳に付く旋律と、衝撃音が響き渡る。
誰かの悲鳴と叫ぶ声。
色んな音の不協和音が運ばれながらも、視点は前へと進んでいる。
ワイは少なくともその先を知っている。
映像だけだったはずが気付けば、鉄とカビの匂いと、舞い上がった埃を感じていた。
目の前に誰かが倒れている。 それが誰なのかは知っている。
モノクロの映像に赤が継ぎ足されていく。 この時何が起こったのかは知っている。
少なくともこれだけは言えた。 この瞬間が陳腐な家族風景が壊れていく切っ掛けの日となったのだ。
瞼を勢いよく開いたのを理解したのは、目を焼きつけるような感覚にさせてくれた照明のお蔭だろう。
再び瞼を閉じて、情けなく呻き声を上げたワイの声を掻き消すように声が聞こえた。
「おやおや、おはよう! 少なくとも今は夕暮れ時なので御機嫌ようが無難な挨拶なのかもしれないね」
声……というよりかは音声、というの方が正しいのかもしれない。
機械音声から発せられる独特なイントネーションが、良く響く。
僅かに重い右手を額へ伸ばして手庇を作り、その音声の方向に視線を向けた。
声の主は白い面を被り、白衣を纏った長身の影。
長く伸びた嘴を彷彿とさせるような形状に、両目のある部分にはレンズが填め込まれ、間抜けな表情をするワイの顔が反射して映り込んでいた。
所謂、ペストマスクを連想させるそれを着用しているようだが、驚いたのはその格好というよりもその距離である。
意識がハッキリしていなかったが、徐々に覚醒していくにつれそれが眼前に迫っているという事実に内心恐怖すら覚えた。
一体どこのスプラッター映画だよ……。
「ふむふむ、どうやらまだ意識が混乱しているようだ……心拍数の上昇、更に発汗も確認。 これはいけないな」
機械音声が再び何かを呟く。
少なくともワイに危害を加える様子がない……というのは早計だろうか?
混乱しているのは事実なわけだし、拘束されているわけではないのだ。
ここは思い切って声を掛けてみるのも手かもしれない。
「あのー、申し訳ないのですが貴方は一体……?」
そこまで言うとペストマスクは一度離れる。 そこで初めて全体像が分かるがのっぺりとした細身の長身は想像以上高く、優に2mは超えてると推測出来た。
「あぁ、すまない我輩としたことが挨拶には自己紹介が必要だというのに! 君を決して蔑ろにしているわけではないのでそこは誤解なきように頼む」
芝居がかったような身振り手振りでそう語るも機械的な音声は感情を載せられない為に本心は読めない。
「我輩はキューブ……綴りはC、U、B、Eでキューブだ。 よろしく頼むよ、
「ああ、こちらこそ───なんでワイの名前を?」
あまりに自然と言われた為に流しそうになるも、聞き返す。
「ああ、我々も君が寝ている間……いや、意識を失っている間を遊んでいたわけではなくてね。 有効に使ったという訳だ、
こちらの疑問に即答を返すペストマスクこと、キューブ。
「なるほど……」
意識を失っていた。 そのワードで何かが引っかかる。
「……あ」
声が漏れたと同時に記憶が蘇る。
「ジング! ジング姉さんは!?」
重い身体を無視して、寝台から跳び起きたワイはキューブ詰め寄ろうとするも、視界が揺らぎ、身体の重心がぶれた。
迫りくる床を避けようと反射的に腕で受け身を取ろうと構える。
「おぉっと」
何かが襟首を掴む感覚と同時に首へ自身の体重が掛かる衝撃が走る。
「ぐぇっ!」
我ながら間抜けな声を上げたと思うも、そのお蔭で益々記憶が戻っていた。
ワイが体勢を立て直すと襟首を掴んでいた感覚が消える。
咳き込みながらも喉を摩るワイは、視線を上げるとキューブとは別の人物が立っているのに気付く。
「ははは! 君はそそっかしいな!」
その声の主の言動を察するにワイを助けてくれた人物なのだろうと推理。
「どうも、ありがとうござ……い、ます」
腰に手を当てて立っている人物は、綺麗な顔立ちで声から察するに女性とは思うも、ワイが注目し言葉を失ったのは美人だからというのは理由ではない。
舞台役者が身に纏うような中世を彷彿させる男性用の貴族服を着こなし、鍔付きの帽子を頭に被っているのだった。
要は男装コスプレした美人さんが目の前に立っているのだ。
ペストマスクを被る白衣の機械音声を出すキューブと、謎の男装コスプレ美人という属性に溢れた空間に圧倒されるしかなかった。
「ところで何故君がここにいるのだ、サダナーンよ」
キューブの問いにコスプレ美人は高らかに答える。
「ああ! テスの弟君が来たというならば是非ともこの目で見てみたくてね!」
「ふむ、なるほど……ところでサダナーンよ。 彼に挨拶はしたのか?」
キューブがこちらに視線を送るとそれに合わせて、サダナーン(仮)もこちらに向く。
「いいや、していない! むしろ、初対面だというのに挨拶が出来ていたならば矛盾が生まれてしまうぞ! それは貴公なりの冗句というものか!」
「ふむ、確かに我輩の問いには誤解を生じさせる要素があるな、後で修正しておこう。 それよりもサダナーンよ、早く挨拶を済ませてはどうだ?」
「ああ、そうだな! では改めて───私の名前は」
「サダナーンさんですよね?」
もうコントかよ、ってくらいに名前言われてて我ながら不作法だったと思いながらも気付いた頃には答えていた。
「なんと!? 聞いたかキューブよ!! 弟君は既に私の名前を知っているようだぞ!! 流石はテスの弟君だ! ははは!!」
一人笑うサダナーンを見て、ワイは馬鹿にされているのか、それともこの人が相当な天然なのか単なる馬鹿なのか判断に迷った。
だが、少なくともその隣で何とも言えない雰囲気を醸し出しているキューブを見て、ワイは察することにした。