アストラエアの丘で   作:クラトス@百合好き

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■あらすじ
 詩遠から生徒会の用事を頼まれた桃実はルリムへと向かう。けれどさっさと済ませて帰ろうと言う願いは叶うことなく、見知らぬ少女と部屋で二人きり。気まずさに耐えかねた桃実がポケットを探るとそこには親友から貰ったとっておきのアイテムが。
 5年生と1年生。年の差のある二人の物語は静かに密やかに!?桃実視点でお送りする第10章!

■目次

<2週間前>…鬼屋敷 桃実視点
<1週間前>…鬼屋敷 桃実視点

■人物紹介

・鬼屋敷 桃実(きやしき ももみ)
スピカの5年生で生徒会書記を務めてる。髪は濃いめの亜麻色でロングヘア。

・白檀 籠女(びゃくだん かごめ)
ルリムの1年生。「パーシヴァル」と名付けられた大きなクマのぬいぐるみをいつも抱えており、まだ他校にはあまり名前を知られていないがルリムの生徒内ではその金髪と美しい容姿から将来を期待されている。

・剣城 要(けんじょう かなめ)
桃実の元ルームメイトで生徒会副会長。端正な顔立ちとショートヘアから王子様役として人気がある。

・鳳 天音(おおとり あまね)
スピカ5年生。エメラルドグリーンの髪を短くカットしており、要同様に生まれながらの王子様タイプ。

・冬森 詩遠(とうもり しおん)
生徒会長を務めているスピカの6年生。ややきつめの口調のため誤解されがちだが根はお人好し。



サブストーリー 桃実×籠女
第10章「眠り姫」


<2週間前>…鬼屋敷 桃実視点

 

「私が…ルリムにですか?」

 

 私はスピカの生徒会長である詩遠から書類の束を受け取りながら聞き返した。聞き間違いでなければこの書類を抱えて一人でルリムに行ってきて欲しいとのことだ。まぁ別に構わないですけど、と口では言いながらもこの荷物を抱えながらだと大変なんですけどとも目線でアピールしたが結果は覆らなかった。

 

 詩遠は用事があるから行けないと説明したが、私は詩遠がルリムの千華留さんを苦手にしているからではないかと疑っている。高飛車なところもあって誤解されがちだけど根は真っすぐで正直者の詩遠はなんだかんだと話を煙に巻く千華留さんにいつも苦戦を強いられていたからだ。その点で言えばミアトルの六条様は上手くやっている。詩遠にもあの冷静さがあれば…と思わないでもないがあればあったで魅力が薄れるとも言えた。

 

「じゃあ行ってきます」

 

 そう言って生徒会室を出ると今度は親友の要に出くわした。王子様役で評判の天音さんも一緒だ。

 

「桃実、どこかへ行くのかい?」

「ルリムにちょっとね。詩遠からおつかい頼まれたから」

「そりゃあご愁傷様」

 

 顎に手を掛け目を細めながらクックッと笑いながら要は慰めの言葉を私に掛けた。この笑い方は誇張でもなんでもなく要の癖だ。王子様として気取っているわけではなく単にそうやって楽しそうに笑うのを私は何度も見てきた。横にいる天音さんは穏やかな笑みを浮かべながらそれをどうするでもなくただ見守っている。

 

 要は私が気付いていないと思っているようだが、要が天音さんに惚れているのを私は随分前から知っていた。おそらく詩遠も。気付いていないのは要と天音さんという当事者コンビくらいのものだろう。普段は頭の回転も速いしテストの成績だって優秀な二人だけど案外そういった面では鈍かった。もちろん私は親友として密かに応援していたけど、それにしても王子様同士かぁ~とは何度も思ったものだ。上手くいってくれるといいんだけど。

 

「可哀想な桃実にはこれをあげよう」

「なにかと思えばキャンディーじゃない」

 

 それは要がよく口に含んでいるミルクキャンディーで王子様には相応しくないキュートでポップな包み紙にくるまれていた。イメージが崩れないようにと本人は隠しているつもりだが要は甘いものが大好きな甘党だったりする。このキャンディーは好物のうちの一つだった。

 

 要はそれを両手が塞がっている私の代わりに制服のポケットへと数個入れ再びクックッと笑みを浮かべる。どうやら機嫌がいいらしい。キャンディーよりも一緒に来てくれる方がありがたかったんだけど邪魔しちゃ悪いと思い二人に別れを告げた。頑張れ要と心の中でエールを送りつつ。

 

 それから私は重たい紙の束を抱えて四苦八苦しながらルリムの校舎へと辿り着いた。

 

「すみません、千華留さんどこにいるか知りませんか?」

「千華留様ならいつもみたいに秘密部の部室にいらっしゃるかと」

 

 どうも、とお礼を述べて言われた場所へと歩みを進める。生徒会長だけど大抵部室にいるのは何度か来たことがあって知っていた。秘密部とか変身部とか、とにかく自由なルリムらしく色んな部を作っては乗り換えていっているのは有名だが、いまだに秘密部というのが何をする部なのかを私は知らない。きっと知ったところで面白い反応は出来ないだろうということだけは分かっていたが…。

 

 そのうち部員数名のわりにはやたらと立派な部屋が視界に入った。その扉にはデカデカと秘密部と書かれた看板が掛かっている。正直なんでこんな広い部屋が宛がわれているのか不思議だったけど源千華留という人物はそういったことを可能にしてしまうこれまた不思議な人物だった。

 

「こんにちわー」

「あら、ごきげんよう桃実さん。ルリムへようこそ」

 

 扉を開けて中に入ると千華留さん本人が出迎えてくれた。広い部屋の中を見渡すと彼女の他には一人だけ。大きなクマのぬいぐるみを抱えた小柄な…、熊と比較するとより一層そう感じる少女が椅子に座ってゆらゆらと揺れていた。物珍しそうに見ていた私に千華留さんは笑顔で紹介してくれる。

 

「この子は白檀籠女ちゃん。ルリムの期待を一身に背負う1年生で『ルリムの眠り姫』と呼ばれているの。将来はエトワールの座だって狙える子よ」

「へぇーこの子が」

 

 噂には聞いていたけれど整った顔立ちをしている。1年生ということもありあどけない表情だが成長すればさぞ美人になることだろう。そうなればたしかに外見だけで言えばエトワールを狙える逸材と言えた。そう外見だけならば…。だけどもしルリムが本気でエトワールの座を欲しているのなら私の目の前にいる人物のほうが余程向いているように思える。現エトワールの彼女だったこともあり知名度は抜群だし容姿はもちろん人望もあり、かつ頭脳明晰。問題があるとすればルリムには彼女に見合うだけのパートナーがいないことくらいだ。

 

 だがそれも花園静馬という型破りなスーパースターによって1人エトワールという前例が作られた後ではあまり問題がないのかもしれない。それどころか花園静馬の作った道を元カノである源千華留が引き継ぐというまるでおとぎ話にも思える筋書に多くの生徒は夢中になるようにも思えた。あなたは出馬しないのですか?という質問が喉から出かかったけれど、なんとかそれを飲み込んだ。あまり他校の事情に口出しするのはよろしくない。

 

 私は書類を近くの机に置くと本題に入るべく千華留さんの方へと振り返った。すると…。

 

「あなたは…だあれ?」

 

 いつの間に傍に来たのか眠り姫が私を見上げていた。まだ少し眠いのか何度も瞬きをしている。

 

「おはよう籠女ちゃん。こちらはスピカの桃実さん。も・も・み。どう?わかる?」

「も・も・み。ももみ…さん。うん、分かった」

「偉いわね。じゃあご挨拶をしなくちゃ」

「はじめ…まして。びゃくだん…かごめです」

「鬼屋敷桃実よ。よろしくね、えっと…籠女ちゃん」

 

 千華留さんの何とも言えない優しい声色はまるで娘をあやす母親のようで、こういった何気ない部分にも人望がある理由を窺わせた。同い年とは思えないほど深く響くその声は、一体どうやって出しているのかと不思議でしょうがない。

 

 そしてそれと同じくらい籠女ちゃんのおっとりとした喋り方にも驚いた。この子は本当に1年生なのだろうか?と。外見も幼いし中等部の制服を着ているだけで実は小学生ですと言われてもおかしくないほどだ。こういったミステリアスな独特な雰囲気も眠り姫と言われる理由の一つかもしれない。

 

 私が色々と考察をしていると千華留さんは突然素っ頓狂な声を上げた。

 

「いっけな~い。私どうしても外せない用事があるのを忘れていたわ。申し訳ないけど少しここで籠女ちゃんと待っていてくれない?」

「えっ?でも私の話もすぐに…」

「まぁそう言わずに。せっかくだし少しくらいゆっくりしていって頂戴。それじゃあ籠女ちゃん、桃実さんと仲良くするのよ~」

 

 そう言い残してあっという間に部屋を出ていってしまう。残されたのは私と…この小さな少女だけだ。少女は熊のぬいぐるみを抱きかかえながら私をうるうるとした瞳で見上げている。保護者代わりの千華留さんがいなくなって不安なのだろうか?まぁそうだろう。いきなり親交のない上級生と二人きりにされたら不安にもなるか。ましてやこの子はまだ1年生なのだ。私だって1年生の時分には上級生というものがカッコよく素敵に、そして同時に怖く見えたので気持ちは分かる。

 

 どうしようかと考えあぐねていると、私のポケットの中で要から貰ったあのキャンディーがコロンと転がったのを感じた。コレだ!小さい子だし甘いキャンディーが嫌いなはずもなかろうと私はポケットに手を突っ込みまさぐると可愛らしい包みのそれを取り出した。

 

「ねぇ、よかったらコレ食べない?お姉さんのお友達がいつも舐めてるやつなの。きっと美味しいわよ」

「キャン…ディー?」

「そう。籠女ちゃんは甘いものは嫌い?」

「ううん…すき」

 

 千華留さんがしていたようになるべく怖がらせないように優しく話しかけてみたがやはりそう上手くはいかないものだ。私の声はところどころ上擦ったりして慣れていないのがバレバレだった。それでも誠意は伝わったようで少女は包みを受け取ると僅かにほほ笑んだ。私はさらに安心させてあげようと自分の分のキャンディーを取り出すと丁寧に包みを剥がし口の中へと放り込む。口の中をキャンディーがコロコロと転がると共にミルクの濃厚な味がいっぱいに広がっていった。

 

 流石に要のお気に入りだけあってなかなか美味しい。おっちょこちょいにも見えてこういうチョイスでビシッと決めるあたり要は根っからの王子様気質なのだろう。信頼できる親友の顔を思い浮かべつつ私が舐めていると、安心したのか少女も包みを取り外し明かりに照らすように掲げていた。

 

 そして私は見たのだ。キラリと輝いた純白のキャンディーが少女の口に…、柔らかそうな唇に触れ、そして口の中へと入っていく様子を。唇のピンク色と真っ白なコントラストの綺麗さに私は目を奪われていた。こんなことは初めてだ。少女がただ飴を口にしただけだというのに…。私はガラスケースでしっかりと守られた格式高い美術品に描かれた神話か何かのワンシーンを見るように、ただただ呆然と眺めていた。口の中のキャンディーを舌で転がすことも忘れ果てて。

 

「これ…おいしい。ありがとう…ももみ」

「えっ?ああ、どういたしまして」

 

 少女の声に我に返り、私はどこかへ置き忘れていた声を取り戻した。私は夢でも見たいたのだろうか?置きながらに見る夢。さながら白昼夢を。今目の前で飴を舐める少女からはそうした何かは感じ取れない。年相応か、もしくはそれよりずっと幼い女の子がただ座っているだけだ。口の中で転がるキャンディーが時折歯に当たって立てる音がやけに大きく聞こえた。

 

 そして喋ることも特になく、しばらく二人で飴を堪能していたが、無情にも溶けていくキャンディーはやがて口の中で消えていった。ポケットをまさぐってみてもそこにはもうキャンディーはない。こんなことならもっとくれればよかったのに。心の中で親友に文句を言っても、親友はクックッと笑うだけで返事はなかった。

 不意に…。

 

「ぱーしばる」

「えっ?」

「お友達の…名前」

 

 少女が抱き締めていたクマのぬいぐるみを私に向かって突き出しながら紹介を始めた。どうやらそのクマは『パーシヴァル』というらしい。可愛らしい見た目に似合わぬ勇猛そうなネーミングである。しかしなるほど、その大きな図体で小さな少女の身体を覆い隠し守っている様はたしかに騎士に見えなくもない。そう考えれば騎士の名を持っているのはそうおかしなことではないように思えた。

 

「いつも籠女ちゃんの傍にいて偉いわね。パーシヴァル」

 

 私が差し出されたクマのぬいぐるみ…、パーシヴァルにそう話しかけると少女の顔は花が咲くようにパァッと輝いた。ちゃんと一人にカウントされたのが嬉しかったらしい。確証はないがきっとそうに違いない。少女はパーシヴァルを自分の方へと向かせるとそのモフモフのボディーに顔を埋(うず)めて何度もそれを繰り返した。

 

「ごめんなさい。遅くなってしまって。あら、二人ともすっかり打ち解けたみたいね。ふふふっ良かったわ」

「ああ、お帰りなさい千華留さん。打ち解けたと言ってもちょっと会話したくらいですけど」

「そんなことないわよ。ほら?」

 

 戻ってきた千華留さんにそう言われて振り返ると、少女は私の制服の端をそっと掴み見上げていた。千華留さん曰く、懐いた相手にしかこういう仕草をしないらしい。その言葉が正しければ私はどうやらこの少女に懐かれたというわけだ。

 

「籠女ちゃん、桃実さんとお友達になったのね」

 

 中腰で話しかけた千華留さんの言葉に少女はもう一度私を見上げ、そして頷いた。

 

「うん…。私だけじゃなくて…ぱーしばるも…友達」

「なるほどね~。桃実さんはちゃんとパーシヴァルにも接してくれた。だから籠女ちゃんは懐いたってわけね。初対面でいきなり籠女ちゃんとお友達になれるなんて凄い快挙よ?桃実さん」

「あ、ありがとう…」

「じゃあ握手しましょうか!」

 

 そうして千華留さんの提案によってなぜか握手をすることになった私たちは向かい合い、お互いに手を差し出した。けれど私はさっきキャンディーを食べる姿に見惚れていたのがなぜだか急に恥ずかしくなってしまって、そうなってくると今度は透き通るように白く美しい手に私なんかが触れるのがなんだか悪い気もして、怖気づいたようにまごまごしていた。気付けば赤面していたらしい。少女が不思議そうに見上げる中、千華留さんに茶化されたのが後押しになって私はようやくその手を握った。

 

 でも、それは間違いだったのかもしれない。少女の手は予想通り、いや予想していたよりも遥かに柔らかく、肌触りは絹のように滑らかだった。そしてビーナスを模して造られた彫刻とは違い、その手は温かく血が通っていた。壊れないように、壊さないように、私は慎重に触れる。その感触をたしかめるかのように…。

 

 握手が終わった後も次にパーシヴァルとの握手を求められるまで私はぼんやりと自分の手を眺めていた。パーシヴァルの手は見た目通りの手触りをしていたおかげで私は驚かずに済んだ。同時に安心することも。これでパーシヴァルまで少女と同じ手触りだったら私は思わず抱き締めていたかもしれない。なんだか私の頭とは別に、もう一つの意志が私の身体を動かしているんじゃないかと思うくらい私は揺れていた。

 

「はい、これで籠女ちゃんとパーシヴァルと桃実さんはお友達同士。よかったわね籠女ちゃん」

「ぱーしばるも…喜んでるの」

「パーシヴァルもおめでとう」

 

 2人と1匹?それとも3人?が喜んでいるのが見えた。まぁたまにはこういうのもありだろう。その後、頼まれていた仕事を終えた私はスピカへと戻っていった。どこか夢心地でいい気分に浸りながら。

 

 ああなんということだろう。私は気付いていなかったのだ。飲み込まれたことに。あの時少女が、籠女が口にしたのはキャンディーではなかったのだ。籠女の口の中に消えていったのがキャンディーではなく私であることを…千華留さんだけが知っていた。

 

 

 

 

 

<1週間前>…鬼屋敷 桃実視点

 

 あの出来事があって以降、私はルリムへの用事を詩遠の代わりに行うことが増えた。任されるというよりも自ら率先して引き受けていたというのが正しい。千華留さんと会い、そして籠女と会う。何度か会う中で私たちは少しずつ距離を縮め本当に友人となった。

 

 そして今日も…。ルリムでの用事を終えた私は籠女に連れられルリムの食堂へと足を運んでいた。食堂と言っても各校によって特徴があり、ルリムのものはお洒落なカフェのような作りになっている。スポーツに力を入れているスピカの食堂が栄養バランスに気を使い、量も多めな定食メニューが多いのに対して、ルリムはメニューもカフェ仕様だ。一つの皿にご飯とおかずが一緒に盛られたワンプレートランチに、パスタとサラダのセットなど。もちろんデザートも豊富である。私も初めてメニューを開いた時はデザートのページが複数のページにまたがっていることに驚いたものだ。スピカも期間限定メニューを出したり頑張ってはいるけどルリムを見た後では少々華やかさに欠けると思えた。正直私としてはルリムのメニューの方が嬉しいのだけど、要や天音さんみたいな運動バリバリタイプからすると物足りないだろうなぁ。

 

「籠女ちゃんは何にする?私はこのケーキと珈琲のセットにしようかしら」

 

 私たちが訪れたのは放課後だったこともあり、みなデザートばかり注文していて食事メニューを頼む生徒は皆無だった。それにしても…、自由で開放的なルリムらしく、スピカの制服を着た私がいても誰もジロジロと見てきたりはしない。何度か来ていて知ってはいても、私の目には相変わらず新鮮に映った。もしこれが逆だったらきっと穴が開くほど見つめているに違いない。

 

 ここで注目を集めているのは私よりもむしろ籠女の方であった。同じ制服を着ている少女をみながチラリ、チラリと覗き見ている。けれどその視線も決して嫌なものではなく、どれもが少女を見守るようなどこか温かいもので籠女がみなに愛されているのが見て取れた。千華留さんが一緒の時にはあまりそういった視線を感じないのは千華留さんという存在がルリムでは絶対的なものだからだろう。いるだけで安心できるというあたり、まさにルリムの聖母と言っても過言ではない。

 

「ぱーしばるは…ぱふぇが食べたいって」

「どのパフェかしら?こっち?それともこっちの?」

「これ…」

 

 籠女が指差したのを見て私は戸惑った。パーシヴァルの手が指していたのは各種パフェの良いとこどりをしたようなジャンボパフェだったのだ。たしかに美味しそうだしボリュームから見ればお値段もかなり良心的に見える。でもこれは誰かと一緒に食べるもののような…。私の目に映る籠女の身体はちんまりと小さく、とてもこれを一人で完食できるようには見えない。どうしたものかと籠女を見ると少女は私を見上げていた。

 

「一緒に…食べるの…だめ?」

 

 なんだ、そういうことだったのか。てっきり一人で食べるつもりなのかと思っていたけど私と半分ずつ食べるつもりだったようだ。それなら何の問題もない。私は籠女の頭を優しく撫でるとカウンターに注文しに向かった。ケーキはまたの機会にすればいい。

 

 会計を済ませパフェを待っている間、ふとテーブルの方へと目を向けると、こちらを見ていた籠女と目が合った。それだけなら別によかったのだが、籠女はパーシヴァルの手を持つと私に向かって小さく振り始めたのだ。目を逸らすわけにもいかず、かといって手を振り返すのも恥ずかしくてじっとしていると、その振り方が徐々に大きくなっていく。その様子に周囲もなんとなく籠女を見て、次いでその視線の先にいる私を見て、また籠女を見てと揺れ動く。おそらく手を振り返さないことには籠女はやめないだろうと考え仕方なく手を上げた私はそのまま固まってしまった。

 

 タイミングが悪かったのか神様のイタズラか?丁度みんなが私に目を向けた瞬間だった。突き刺さる視線が痛い。見れば私を見てクスクスと笑っている下級生もいる。私はスピカ生徒会の上級生なのよ?と叫びたくなったけど流石にそれは大人げないのでやめた。そりゃあまぁ客観的に見ればパフェを注文しつつそれを待つ下級生に手を振るというなんとも微笑ましいお姉様の図といった感じで笑ってしまうのも分かる。私だって自分じゃなかったら笑い転げていたかもしれないが、残念なことに今立っているのは私なのだ。どうしようもない。

 

 その一方で籠女は私が合図したと勘違いしたらしく先程よりもさらに一生懸命にパーシヴァルの手を振り返した。こちらはこちらでお姉様にアピールする妹といった感じで可愛いのは間違いない。この姿を見て無視するという選択肢は私の手の中にはなく、私は結局、赤面して半ば俯きながら籠女に向かって手を振るという羞恥プレイを実行するのだった…。私はやり遂げたのかだって?もちろんやり遂げたに決まっているじゃない。私はスピカの鬼屋敷桃実よ。そう自慢したくなった。

 

 そう、この時の私は自分が注文したもののことをすっかり忘れていたのだ。背後でパフェがトレーに乗せられた音を聞いて、私は凍り付いた。

 

「はい、お待たせ。あそこで手を振ってる子と一緒に食べるんでしょ?じゃあスプーンは2つだね。いや~仲が良くて羨ましいね~」

 

 振り返ると陽気な感じのお姉さんがにこにこと楽しそうに私を見ながらスプーンを2つトレーに用意してくれた。私は諦めたように笑うとトレーを受け取り籠女の元へと向かう。もうこうなったらどうにでもなれ、と心の中で叫びながら。

 

 そうしてテーブルに置かれたパフェに籠女は目をキラキラと輝かせていた。ジャンボパフェはメニュー表の写真通りに…、いや正直予想よりも巨大な器にこれでもかとアイスやイチゴやパイ生地などが盛られ籠女の瞳に負けないくらいキラキラと輝きを放っている。宝石箱のようなそのいでたちに周囲の生徒たちの視線も自然とそちらに吸い寄せられたおかげで私は少し楽になった。カロリーは気になりつつもやはり女の子としてはこういったものに弱いようで、あちこちから注文してみようか?といった囁きも聞こえてくる。

 

 パフェを前に元気を取り戻した私も早速スプーンをその山に突き立てまずは一口。アイスのひんやりとした感触が顔の火照りを冷やしてくれる。う~ん、美味しい。なんだかリッチな味わいがする。パフェを構成するパーツの一つ一つのクオリティーが思ったよりも高いらしい。これは期待出来そうだ。私は上の部分もそこそこに、層になった部分をスプーンで掬って口へ運んだ。こうして一度に混ざりあった味を楽しむのもパフェの醍醐味の一つである。複雑に溶け合う味を楽しみつつ籠女に目をやると、少女も一生懸命にパフェを口に運んでいた。色んな場所を掘っては顔をほころばせる姿はさながら探検家のようでもある。私たちは我先にと宝の山を掘り進めていった。

 

「籠女ちゃん。パフェ美味しい?」

「うん…おいしい」

 

 頬を紅潮させて嬉しそうにほほ笑む籠女を見て私の頬もつい緩んでしまう。食べ進める途中で籠女がスッとスプーンを私に差し出してきた。どうやら食べろということらしい。つまり『あ~ん』という例のアレなわけだ。一つのパフェを食べているんだから必要性はないのだがどうしてもやりたいらしい。隣や近所のテーブルの生徒からの視線は感じていたが吹っ切れていた私はさほど躊躇うこともなくスプーンに口を付けた。お返しにと私もスプーンを差し出すと籠女もそれを食べてほほ笑んだ。最初こそ小さくわぁとかきゃあとか聞こえてきたけど堂々と繰り返すうちにそれも収まった。赤面なんかしてるからいけなかったのだ。堂々としてれば仲の良い姉妹くらいにしか見えないというのに。もっと早く気付いていたら手を振る時だって上手くやれたんだけどな。まぁ今更言っても仕方がない。

 

 10分後にはあれだけ巨大に思えたパフェも既に7割ほどが胃袋に収まっていた。意外となんとかなるものだと思いながら最後のイチゴをスプーンに乗せて口に運ぼうとしたところで私は籠女の視線に気付き手を止める。その真っすぐな眼差しはスプーンの上のイチゴに向けられていて私がスプーンを動かす度にイチゴを追いかけていた。食べたいならそう言ってくれればいいのに…。私が少し笑みを零しながら何も言わずにゆっくりとスプーンを籠女に近付けてあげると、籠女の目は私とイチゴとを交互に行き来した。食べていいの?と尋ねるように。私は何も考えていなかった。籠女が欲しがっているからただ食べさせてあげたいという一心でスプーンを差し出した。それだけだった。

 

 籠女が無邪気に喜びながらスプーンに口を付けた。精一杯に口を広げた籠女の唇にイチゴが触れる。あの時のキャンディーのように。そしてイチゴは姿を消した。籠女の口の中へ。けれどキャンディーとは違ってイチゴは何度か咀嚼された後すぐに籠女の喉を通過した。白い喉がそれに合わせて動くのを見ながら私の喉もゴクリと音を立てていた。籠女の口の端にはクリームが残っていて、それを舐めとろうとした籠女の舌がちろちろと動く。一回では上手くいかなくて何度か試すと、その度に濡れた唇がさらにコーティングされて艶やかさを増していった。綺麗に舐めとり終わると再び喉が動き、同じように私の喉も動いた。前回はキャンディーを、今回はイチゴを、籠女が食べただけだ。それなのに私は見惚れていた。

 

 私には幼女趣味でもあるんだろうか?幼い少女とパフェを食べるだけでこんなに胸がときめくなんて…。いや、違う。そんなはずはない。喉が鳴ったのだってパフェが甘かったから珈琲を飲みたくなって鳴っただけだ。そうに決まっている。言い訳するように珈琲に口を付けると、じわりと舌に広がった苦みが色々なものを洗い流していった。顔を上げて籠女の喉を見ても、もう私の喉は鳴らない。そのことに私はどこか救われていた。

 

「ふぅ~ご馳走様。籠女ちゃんは満足できた?」

「もうおなか…いっぱい」

「それは良かった。私も楽しかったわ。こんなにデザートが充実してるならこれからはルリムでお茶しようかしら」

「今度は…スピカで…ももみと一緒に…食べたい」

「スピカで?まぁいいけど。ここと比べると物足りないかもしれないわよ?」

「だい…じょうぶ。きっと楽しい」

「じゃあ次はそうしましょうか」

「うん…約束」

「はい、約束ね」

 

 すっかり落ち着きを取り戻した私は空になったパフェの器を前に籠女と楽しくお喋りをしていた。次の約束までしてしまうなんて我ながら浮かれている。でもそれくらい籠女といるのは楽しかった。私はカップの中の珈琲をゆらゆら揺らしながら余韻を味わっていたが聞こえてきた声に慌てて顔をそちらへと向けると…。

 

「桃実。あなた一体何してますの?」

「ごきげんよう。二人とも仲良いのね」

「詩遠?それに千華留さんも。なんでここに」

「なんでって…。用事を済ませに来たら千華留さんにお茶でもどうかって誘われたのよ。まさかあなたが籠女ちゃんとパフェ食べてるところに遭遇するとは思わなかったわ。随分親しいのねぇ」

「え?あ、そ…そうなんですよ。最近友達になって」

 

 照れ笑いを浮かべながら正直ホッとしていた。だってパフェを食べている最中に遭遇していたら私は青ざめていたに違いなかったから。にたにたと笑いながら少女とパフェを食べているところを見られでもしたら、明日から顔を合わせづらいことこの上ない。おそらく必死で要や他の人間に言わないように口止めしていただろう。それにしてもまさか私だってこんなところで会うとは想像していなかった。

 

 案外千華留さんのイタズラなのでは?なんて思いたくもなる。千華留さんは時々そういうお茶目なところがあるからあながち間違いではないのかも。

 

「あら、籠女ちゃん眠くなってしまったの?ふふふっお腹いっぱい食べたのね」

 

 向かいに座っていた籠女は目をとろんとさせて眠たそうに船を漕いでいた。小さな体がかくん、かくんと崩れ落ちそうになっている。素早く傍に駆け寄った千華留さんは取り出したハンカチで籠女の口の周りを優しく拭くと、驚くことにひょいっと籠女を背負ってしまった。いくら軽そうと言っても限度はあるものだが、千華留さんの手慣れた様子からすると日常茶飯事なのかもしれない。

 

 籠女は千華留さんの背中に揺られ今にも眠ってしまいそうだったけど、それでもどうにかこうにか目を開けると私に『約束』とだけ呟いてそのまま眠ってしまった。安心しきってすやすやと眠るその顔は王子様のキスを待つあのおとぎ話のようでもあり、まさに…。

 

「━━━眠り姫━━━」

「眠り…なに?」

「な、何でもないわ」

 

 心の中で呟いたつもりが口に出ていたらしい。慌てて言い返した私の顔を詩遠が不思議そうに見つめていた。

 

「ところで桃実さん、何か籠女ちゃんに約束してあげたの?」

「今度はスピカでお茶をしようって」

「へぇそうなの。念押しするくらいだから余程楽しみなのね。籠女ちゃんスピカに入ったことないからよかったら案内してあげて頂戴」

「ええ。あの、一ついいですか?」

「何かしら」

「千華留さんは慣れてるんですね。籠女ちゃんを背負うの」

「私はルリムの聖母だもの。つまりみんなのお母さんってことね。ふふふっ。それじゃあ籠女ちゃん送っていかないといけないからここで失礼するわね。桃実さんに詩音さん、ごきげんよう」

 

 器用にパーシヴァルを掴んだ千華留さんはよろめくこともなく安定した足取りでカフェを出ていった。本当に母親のようだ。羨ましいな、とポツリと呟いた私の言葉はカフェの喧騒に掻き消えて誰にも届くことはなく、そもそも何を羨ましいと思ったのか、私自身にも分からないままに私は詩遠と共にスピカへと帰っていった。

 

 珈琲で洗い流したはずの甘い余韻に…溺れながら。

 




 いかがでしたでしょうか。過去回想編は激しいセリフのやり取りが多かったので一転して淡い感じを心掛けました。目指すはどこかほの暗く、耽美で、そして退廃的な…。はい。いつも通りそれが出来るとは言っておりませんのであしからず。

 桃実と籠女のカップリングは本当になんというかこう急に思い浮かんだというか。それ自体はちょっと前だったんですが登場させるのにドキドキしていました。自分的には結構チャレンジだった部分もあったので文章になるのかと不安で不安で。いつもセリフが先に浮かんで地の文は四苦八苦していますので、今回みたいにセリフが少ないと心細くって仕方ありません。もし今回のような雰囲気が気に入っていただけれたら幸いです。

 次章もこの二人のお話の予定なのでもしよかったらよろしくお願いいたします。それでは~。



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