アストラエアの丘で   作:クラトス@百合好き

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■あらすじ
 どこまでも惹かれていく。熊のぬいぐるみを抱いた可憐な…幼い少女に。
桃実が恋に堕ちたのはミステリアスな雰囲気を漂わせる『ルリムの眠り姫』こと籠女。
会うごとに距離を縮める二人はみるみるうちに溺れていった。
テーブルの下で行われる秘め事によって心を通わせた二人はついに…。
鬼屋敷 桃実と白檀 籠女の危険な、そして妖しい恋物語の行く末は!?

■目次

<5日前>…鬼屋敷 桃実視点
<3日前>…鬼屋敷 桃実視点
<今日>…鬼屋敷 桃実視点



第11章「どうか祝福を」

<5日前>…鬼屋敷 桃実視点

 

「ねぇあの子見てよ」「かわい~。ルリムにあんな子いたんだ」「ちっちゃいから1年生かな?」「なんか看板みたいなの持ってる」「なんて書いてあるの?」「えっと、なになに…」

 

 放課後のスピカ校舎前に出来た人だかりが少女を取り囲んでいた。みなが口々に少女の容姿を賞賛していく。けれど少女は話しかけられてもギュ~~~ッと熊のぬいぐるみ…、パーシヴァルを抱き締めてキョロキョロするばかりだ。誰かを探すように精一杯背伸びをしては頭を右へ左へと動かしていた。そしてその手にはぬいぐるみと共に小さな看板が…。

 

 その看板にはこうあった。

 

『桃実さんへ 約束していたスピカの案内よろしく♪ 源千華留より』

 

 デカデカと…、文字自体はとても綺麗で美しかったのだが小さな看板には不釣り合いなサイズで書かれたその看板には桃実の名前が記されていた。桃実はスピカでは名を知られた存在である。生徒会書記ということもあったがそれ以上に容姿と少し勝気な性格が人気の理由だった。本人はあまり気に留めていないものの独自に行われたスピカ内人気投票ではトップ5に入る実力者なのだ。

 

 そんな桃実の名が書かれた看板をルリムの少女が持っているというのは驚くべきことであり、余計に少女が注目を集める結果となってしまう。今や少女は大勢のスピカ生に囲まれおどおどするばかりである。顔を覗かせて桃実を探そうにも小さな身体ではどうすることも出来ずただ埋もれていく。そうなると今度はぬいぐるみを抱き締めて縮こまるしかなくなり、それが余計に少女のか弱さと儚さを引き立ててさらに見物客を増やすという悪循環を生んでいた。別に誰も少女を傷付ける意図はない。それは少女自身も理解していたのだがそのせいで強く追い払えないというジレンマも少女を苦しめていた。

 

 とうとう少女は小さな声で看板に書かれた人物の名前…、桃実の名を呼び始めた。けれど喋り声や黄色い歓声といったノイズによって少女のか細い声はたちまち掻き消されてしまう。先程よりも大きな声で…、それでも一般的には小さい声であることに変わりはないが、繰り返し名を呼ぶと、その一途な姿に取り囲んでいた観衆はますます魅了され熱狂していく。皮肉なことに少女が声を発する度に観衆の声は大きくなる一方で、そうすることで少女がより懸命に桃実の名を呼ぶことをみなが期待しているかのようだった。

 

 当然その騒動については噂となってスピカを駆け巡り教室にいた桃実の耳にも届いた。最初にクラスメイトから聞かされた時は冗談かと思っていたが、その証言が複数人からもたらされるようになると私は血相を変えて教室を飛び出した。頭の中は籠女の心配で満ち溢れていた。あの小さな身体が大勢に囲まれている様子なんて思い浮かべただけでゾッとする。籠女はまだ幼い1年生なのだ。無遠慮にジロジロ見るんじゃないと近くに行って叫びたかった。気ばかりが焦ってしまい身体が上手く動かない。階段を下りる時も曲がり切れずに何度も壁に激突した。心配は次第になんでもっと早く向かわなかったのかという後悔へと変わっていく。1秒でも早く籠女のもとに向かうべきだった。向かわなければいけなかった。あの子を守るのは…私なのだから。

 

 私が到着した時には籠女の身体は人だかりに隠れまるで見えなくなっていた。不安に駆られ籠女の名を呼ぶとそれに気付いた生徒が振り返る。そして私の姿を確認すると隙間を開けていった。私が声を発する度にその事象は波のように伝わり、ついに籠女に続く道が現れたのだ。笑顔を浮かべた籠女のもとへと一直線に走り、私は人目も気にせず抱き締めた。この時の私にはそうすることが当たり前であるかのように思えたのだ。怪我した子を心配する母親のように背中に手を回し、落ち着かせるように優しく撫でてあげると籠女も私の胸に甘えるようにして頭を押し付けた。その柔らかい頬に自分の頬を擦り合わせ、私は何度も耳元で囁いてあげた。もう大丈夫、怖くないよ…と。

 

 私たちの様子を見物人たちは不思議そうな顔をして眺めていたが、私を心配して追いかけてきた要が人払いをすると、名残惜しそうな表情を浮かべつつも校舎へと入っていった。それを横目で確認した私も籠女から身体を離し要の方へと振り返る。

 

「ありがとう要」

「いや、いいさ。慌てて教室を飛び出していったから何事かと思って追っかけてきたら…。正直驚いたよ」

 

 そう言いながらおどけた仕草をした要に籠女のことを紹介する。要には何度か話したことがあったからすぐに理解したようだ。王子様らしく、可愛らしいお嬢ちゃんだね、なんて言いながらお辞儀をすると敵意がないことを示すように優しく笑った。要の独特な雰囲気に目をぱちくりさせていた籠女が私の袖を軽く引っ張ったので私の親友であると伝えておく。

 

 私はふと思い立ち、要に例のミルクキャンディーを持っていないかと尋ねた。不安だっただろうし少しでも気晴らしになればとそう考えたからだ。要はちょっと困った顔をしつつも制服のポケットに手を突っ込むとあのキャンディーを取り出して籠女に渡してくれた。手品のように現れたキャンディーに籠女は顔を輝かせて私を見上げた後、キャンディーを口に放り込んだ。私はというと要の困った顔が気になりヒソヒソ声でその理由を尋ねると、どうやら残り僅からしい。なんでも品薄になっているらしく注文してはいるけど届くのはまだ先とのことで、やりくりに困っているそうだ。お気に入りなのを知っていたので申し訳ない気分になりつつも、籠女に分けてくれた優しさに感謝を述べた。

 

「随分と気に掛けているんだな、お嬢ちゃんのことを。あんなに必死な君を見たのは久しぶりな気がするよ」

「からかわないでよ。だってそりゃあそうでしょう?籠女ちゃんみたいな子だったら誰だって心配するわよ」

「果たしてあそこまで必死になるだろうか…」

「え?」

「いや、何でもない。忘れてくれ」

 

 その後は用事があるという要と別れ…、親切な要は籠女の持っていた看板を邪魔になるだろうと言って持って行ってくれたので幾分身軽になった籠女と二人でスピカの中を歩き回った。最初は運動場や聖堂など外を見て回り、それがあらかた終わると今度は校舎を回る。

 

 校内ではすれ違うたびにチラチラと視線を送られてあまり良い気はしなかったけど、少しでも楽しんで欲しくて私は意識して明るい声を出して籠女に話しかけた。それにしてもなんでみんなこんなに見てくるんだろう?ルリムでは他校の生徒がいても全然気にしていなかったのに。なんだか下品でみっともない気がして私は辟易していたが、ある程度経ってようやく私はじろじろ見られていた理由に気付いた。

 

 私は籠女の手を握って歩いていたのだ。しっかりと小さな手を取り、それはもう仲睦まじく。みんなが私と籠女ではなく繋いだ手を見ていたのに気付き私は急に恥ずかしくなった。一体いつから握っていたのだろうか?たしか数人ずつのグループとすれ違う時に、無意識のうちに握ったんだと思う。籠女が離れてしまわないように手を握り…そして引き寄せた。自分の傍へと。するとどうしたことだう?さきほどまでは何ともなかった手のひらが熱く脈を打ち始めるのを私は感じた。羞恥によって朱に染まり、トクントクンと鼓動するそれは…、まるで心臓のようではないか。どうやら私の手は心臓になってしまったみたいだ。僅かに緩んだ手を握りなおそうと力を込めると籠女の手がやわやわと握り返してくる。いつまでも触れていたくなるようなふにふにとした感触が私を捕らえて離さない。ああ、籠女が私の心臓に触れている。その心臓が脈動する度に私の気持ちが籠女に伝わっていってしまうようで私は喜びと同時に焦りを感じた。だってこれではあまりにも筒抜け過ぎて、何もかもが丸裸にされているみたいだったから…。

 

 正面からまた数人ずつのグループがこちらに向かってやって来る。みな思い思いの会話をしていたが私たちに気付くと一様に視線を一点に集中させた。繋がれた手へと。一瞬手を離そうかと思った。けれど私がしたのは全く真逆のことで、自分でも正直驚いていた。私は籠女を抱き寄せたのだ。たいして距離が近かったわけでもなく、ぶつかりそうな気配なんてまるでなかったのに…。首を傾げるその一団が通り過ぎるまで私はそうしたいた。その間にも籠女に握られた心臓がさらに強く鼓動を鳴らしていく。私は籠女の顔を見るのが怖くなって食堂に向かって歩き出した。でも同時に気付いても欲しかった。だから繋いだ手はそのままにして。その後ろで2つの影が見守っていることに気付くことなく。

 

「なあ、どう思う?」

「どうって言われてもボクには分からないよ。要の方がずっと付き合い長いだろ?」

「そうなんだが…今回ばかりは自信がなくてね。桃実のやつ幼女趣味なんだろうか…」

「ボクには仲の良い姉妹のようにも見えるけど」

「もう少しだけ観察してみるか。よしっ、いくぞ天音」

 

 桃実の様子が気になった要は急遽助っ人に天音を招集し二人の後ろを気付かれないように尾行していく。手を繋いだ二人はどんどんスピカ校内を進みやがて食堂に入っていった。しまった、と軽く舌打ちした要だったがもうどうにもならない。人もまばらな上に隠れる場所のない食堂では尾行のしようがないのだ。用事があると言ってしまった手前、のこのことお茶を飲みに来たと言い訳することも出来ない。結局食堂の入り口で天音と…、時間を気にしていたにも関わらずなんだかんだと一緒にいてくれるお人好しと待つほかなかった。けれど幸運なことに桃実と籠女は二人から見える位置のテーブルに座ると仲良くメニューを眺めだしたのである。

 

「籠女ちゃんはどれにする?これなんかルリムにないから珍しいかも」

「じゃあ…それがいい。ももみは?」

「私はこれにするから途中で交換しようか」

 

 私たちが食べ始めると案の定周囲のテーブルからはヒソヒソ声と視線が集中したがこの前のパフェで『あ~ん』まで経験した私には正直楽勝だった。籠女はルリムのメニューにないデザートを食べられてご満悦した様子で終始にこやかだったし、我ながら良く出来た方だと思う。私はセットの珈琲を、籠女は砂糖とミルクたっぷりの紅茶を飲みながら他愛もない会話を繰り返し、ゆっくりとティータイムを満喫させてもらった。

 

 ドリンクを飲み終わると…、予想はしていたけれど実際にそうなると少し寂しいものだが、籠女は眠たそうに目を擦り始めた。それでも必死に起きていようとしてくれる辺りに私への信頼が窺えたけれど、さてどうしようか?籠女をここに一人残したまま千華留さんを呼びに行くわけにもいかない。かといって籠女を背負うにしても不慣れな私では籠女一人がやっとで、パーシヴァルを持つのは厳しいように思えた。とりあえず試してみようかと籠女に声を掛け中腰になった私の背中に乗せてみる。柔らかな籠女の身体を背中に感じたものの、私は特に何も思わなかった。籠女を落っことすわけにはいかないという危機感と母性本能が上手く働いているようだ。

 

 よしっ!これなら大丈夫そうだ。うつらうつらとはいえ籠女の協力もあり立ち上がってみてもふらつくことなく安定していた。体重なんてむしろこんなに軽くて平気なのかと心配になるくらいである。けれど予想した通りにパーシヴァルは持てそうにない。慣れればなんとかなりそうではあったが初挑戦の今日ではちょっときつそうだ。籠女が私の首に回している手で持ってくれるのが一番だったけど途中で眠ってしまうかもしれないのでこちらも却下することに。とにかく安全を第一に考えてルリムと往復しようかと考えていたその時…。

 

「仕方ない。手を貸してやるか。お~い、桃実!」

「要のそういうところ嫌いじゃないよ、ボクは」

 

 二人が見ていたことなんてまるで知る由もない私にはその声が天の助けのようにさえ思えた。用事を終えたという要の言葉をすっかり信用し、ルリムまで手伝いを頼むことにしたのである。要は体格もあるし自分がおぶろうかと提案してくれたけどもう背負ってしまったというのもあるし、何よりも自分がそうしたいという気持ちもあって譲らなかった。それに籠女だってきっと要より私の背中の方が落ち着くと言う…はずだ。要はそうか、とだけ呟くとそれ以上は何も言わずにいてくれたのが私は嬉しかった。そんなわけで私が籠女を、要がパーシヴァルと看板を…、看板は天音さんが走って取ってきてくれたけど返却が必要なんだろうか?と私は少々疑問だったが、そういう役割分担になった。

 

 見送ってくれた天音さんを背にルリムへと歩く道すがら要はしきりにパーシヴァルを高く持ち上げてみたり顔を眺めてみたりしていたが、それに飽きたのかそのうち私の顔をチラリと覗いては意味ありげに笑みを浮かべ始めた。私は当然何がおかしいのかと要に尋ねたけれど、要は一向に答えようとしない。そんなやり取りが続くうちに私は次第にムキになっていったが、要のクックッという笑いで誤魔化され答えを得ることができなかった。要ったら一体なんなのよ?もう!ちょっと悔しい気持ちはあったけれどこうして籠女を運ぶのを手伝ってもらっている身なので追及しないでいよう。

 

 背中の籠女は揺れが心地よかったのかぐっすりと眠ってしまっている。私の首に回していた手も今は力が抜けてゆらゆらと揺れるばかりで、すっかりと身体を預けているせいか背中に感じる重みも増したように感じた。そうか、千華留さんはいつもこんな風に籠女の重みを感じていたんだ。本当は起きててくれた方が不慣れな私としては楽なのだけれど起こすのも可哀想なのでそのままにしてあげた。

 

 時折ずり落ちないように調整しながらルリムまでの長い道のり…、通常であればそれほどではないが今日は遠く感じたその道をなんとか制覇しルリムへと辿り着く。校門には千華留さんが立っていた。

 

「ありがとう桃実さん。あなたなら籠女ちゃんを送り届けてくれると思っていたわ。要さんもパーシヴァルをありがとう」

「どういたしまして」

「籠女ちゃん本当によく寝ているわ。桃実さんに心を許しているのね」

「まさか千華留さんは我々が来るのを予想してここに?」

「さぁどうかしら?」

 

 要の質問にふふふっと笑った千華留さんはそれ以上語らなかったが、その目は全てを…、私と籠女のことを見透かしているように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

<3日前>…鬼屋敷 桃実視点

 

 放課後の生徒会室では秘密裏に会議が行われていた。といっても参加者は詩遠と要の二人だけで、他のメンバーの姿は見当たらない。にも関わらず小さめのトーンで話し続けているのには訳があった。会議の題材は桃実についであり、その内容がデリケートなものだったからだ。

 

「桃実のことが噂に?」

「そうよ。桃実がルリムの1年生にすっかりお熱だってね。まぁそんなに生々しい感じではなく単に可愛がってるってくらいのものだけど」

「まぁここのところ良く会ってるみたいですからね」

「悪いんだけど変な邪推をされないように桃実に注意をしてもらえないかしら?あなた親友でしょう?今のところは噂もそれほど桃実へのダメージになっていないけど何があるか分からないもの。せっかく人気があるんだからイメージは大切にすべきだわ」

「………。わかりました。今夜にでもそれとなく言っておきますよ」

「今じゃダメなの?」

「そうしたいのはやまやまですが…、既にそのお嬢ちゃんが来てましてね」

「そうなの!?ハァ…、なんだか心配だわ。あの子大丈夫かしら」

 

 詩遠が心配していることはごく当たり前のことだった。スピカ生徒会の役員ともあろうものが他校の1年生にべったりなどというのはあまり規範を示す身としては好ましくない。それに今はまだよくても、そのうち付き合っているだのなんだのという噂になりでもしたら桃実はきっと傷付くだろう。

 

 けれど要は何か思うところがあるのか悩んでいた。窓の外を眺めこの瞬間もお嬢ちゃんと戯れているであろう親友の顔を思い浮かべ小さくため息を一つ。損な役回りであることを認めつつも決意を固めると、あのクックッという笑いが自然と浮かんでいた。

 

 

 

 そんな要の思いを知らないままに私は相変わらず籠女と会って浮かれていた。今日はなんとなくというか…、そろそろ籠女が来るような気がして校舎前に立っていたら

丁度そこに籠女がやってきたのだ。おかげで観衆に囲まれることもなくスムーズに校内へ迎え入れることが来たし、なによりこれで3日連続で籠女に会えたということもあって、私の喜びようといったら半端ではなかった。私たちは当たり前のように手を繋ぎ食堂へ向かう。もう手に注がれる視線は気にならなくなっていた。それどころか見せつけてやりたいとさえ思う。これほど仲の良い相手があなたたちにいるの?と少々の挑発を込めて。

 

 そんな高揚した気分もあっただろうか…。私と籠女は食堂に着くと、向かい合わせではなく隣同士に座った。4人掛けのテーブルで隣同士に。前に見かけた子たちは単に食べ物をシェアするためにこうしていたんだろうけど私は違った。これなら手を繋いだまま座ることが出来ると考えたのだ。

 

「じゃあ注文してくるからちょっとだけ待っててね」

 

 そう言い残して席を立つと籠女と繋いでいた手が離れた。小さな手から絶えず伝わってきた温もりが消え私の手は寒さに凍えるみたいに震えた。早く戻って手を繋がなければ私の手は凍死してしまうかもしれない…。そんなありもしないバカげた妄想が頭に浮かぶ。私が頼んだものを受け取って戻ると籠女はおずおずと手を伸ばしてきた。彼女の手からひんやりとした感触が伝わってくる。籠女も私と同じことを考えていたのだろうか?と思うとその冷たい手触りも愛おしいものに思えた。

 

 少しの間私がその感触を楽しんでいると、籠女の指が私の手の甲をイタズラっ子が駆けまわるみたいに跳ねていく。どうしたんだろう?手を握ってくれればいいのに。私がこそばゆくなって隣に目をやると籠女は正面を見たままで、こちらを見ないまま必死に手を動かしていた。籠女なりに色々と考えた結果、なるべく周囲に気付かれないようにしながら手を握ろうとしていたようだ。その頬が僅かに桜色に染まっているのを見て私は居ても立っても居られなくなって、籠女の手を取って握ってあげた。より深く…。

 

 細くしなやかな指の付け根に自分の指を忍び込ませると驚いたように籠女の手が硬直した後、震えているのが伝わってきた。それでも私は構わず指を絡ませていくと次第に籠女も私の手の動きに応じるように指を絡ませ始めた。周囲から見えないテーブルの下で、熱を帯びた指同士が互いを求めるように艶めかしく踊る。籠女の透き通るような白い指に自分の指が巻きついている姿を想像し、私は悶えた。先程感じた籠女の手の震えは驚きからくるものだったが、今伝わってくる震えは私と同じものだ。籠女の手もいつしか心臓になっていた。相手の心臓の鼓動を受け取り、そして今度は自分の鼓動を伝えようと必死で脈打っている。私はスラリと伸びた人差し指に狙いを定め、2本の指で挟んでキューっと力を込めると籠女の指がわなないた。

 

 テーブルの下は周囲から死角となっていて誰の目にも映らずに済んだ。もし見られていたとすれば私の表情くらいだろう。そちらのほうは少々自信がない。籠女を見つめる表情…、あの熱に浮かされたような恍惚の笑みを見られていたらと思うと少し怖くなった。けれど周囲を見回してもそういったことに気付いた気配は感じられず、面白おかしそうに私たちを見る者が僅かにいるだけだ。そう、全てはテーブルの下で行われた秘め事。しかしそれは決して夢ではなく現実の出来事で、その証拠に二人の指にはくっきりと赤い痕が…、二人が指を押し付け合ったことによって刻まれたその痕が余韻を残すようにジンジンと熱を帯びていた。この熱はきっと毒だ。もしこれが全身に行き渡れば病に掛かってしまうだろう。分かってはいても止める手段はなかった。私にも、籠女にも。隣同士に座ったまま毒が広がっていくのをただ待つことしか出来ないのである。

 

 私たちは示し合わせたかのようにお互いの手を離すと、無言で注文したものを食べ始めた。食べている最中も一言も交わさなかった。

 

「行きましょうか」

 

 食器を片付け終わってから私はようやく籠女に声を掛けた。席を立って振り返ると私たちを守ってくれたテーブルが無言で佇んでいる。私はここへ来てこのテーブルを見る度に、今日行われた事を思い出し頬を染めるのだろうか?そう考えると何の変哲もないテーブルがそういった欲を満たすために造られた彫刻のように見えて私は目を背けた。

 

 食堂から出た私たちはそのままスピカの校舎を出てルリムへと…、向かわなかった。私はあまり人の来ない森の方へと進路を変え進んでいく。私は何も喋らなかった。籠女も無言でただ付いてきた。でも何も会話をしなかったわけではない。私たちは会話したのだ。口ではなく、手で…。互いの手をぴったりとくっつけ合い、そこから僅かに滑らせると、指はスルリと相手の指の付け根まで進んだ。そのまましっかりと指に力を込める。するとまるで磁石でも備わっているかのように二人の手が重なり、普通の握り方とは比べものにならないほど、強く、そして固く結ばれた。この手があれば私たちは会話出来た。

 

 ここまで来れば充分だろうか?もう誰も来ないだろうというほど森を進んできたけれど、それでも私は用心して辺りを見回した。大丈夫、誰もいない。私と籠女の二人きりだ。空いている手をそっと籠女の肩に置くと、籠女は何も言わずに目を閉じて私を待った。言葉はもういらなかった。だって私たちは充分過ぎるほどに会話をしていたのだから。そして私は奪った。籠女の唇を。幼い少女の唇はそれはそれは甘い…禁断の味だった。

 

 

 

 

 その日の夜、私の部屋に要が尋ねてきた。去年まではルームメイトだったし今現在も親友である要が遊びに来るのは別におかしなことでない。けれど今回はどうも様子が違っていた。思いつめた顔をした要は、これをあのお嬢ちゃんに、と言いながら私に何かをくれた。私は渡されたものを確認すると驚きの声を上げる。要が持ってきたのは例のミルクキャンディーだった。袋は開封されていて中身のキャンディーも残りがだいぶ少なくなっている。まだ入荷しないせいでますます貴重になっているはずの在庫を丸ごと私に寄越してきたのだ。要のお気に入りなのは知っているから受け取れないと断ろうとしたものの要は頑として受け付けなかった。それどころか私に受け取るようにと強く迫ってきたのである。

 

 突然の出来事に私は訳が分からず要の真意が理解できなかった。何度理由を尋ねても要はお得意の比喩的な言い回しでなかなか本心を語ろうとはせず、しびれを切らした私が声を張り上げるとようやく観念したように俯いた。そして顔を上げた時にはいつもの…、いや、いつも以上に凛々しい表情を浮かべた要がそこにいた。

 

「━━━あの子のこと好きなんだろ━━━」

 

 その一言で充分だった。要は気付いていたのだ、私の籠女に対する気持ちに。いつから?なんて質問をする気はさらさらなかった。どうして?という質問も。要は私の気持ちを確かめるためにこの部屋を訪れたのだ。このキャンディーはいわば要から私への祝いの品というわけだ。キャンディーの袋を握りしめ小さくありがとうと呟いた私を要は優しく抱き締めてくれた。

 

 王子様役でありながら時にコミカルな面も見せる要だが、今日はそんな面影はどこにもなく、ひたすらなまでに王子様だった。不意に込み上げてきた涙が頬を伝いキャンディーの袋に落ちていく。要はその涙をスッと人差し指で拭った。もし籠女と出会う前にこんな風に優しくされていたら私は要に恋をしていたかもしれない。そう思えるほどの素敵な…王子様。去年まで一緒の部屋で過ごしていたというのに私は気付かなかったのだ。

 

 私が落ち着くと要は今度は自分のことを話し始めた。

 

「今度機会を見つけてみんなの前で言おうと思っていることがある」

「それって…、天音さんのことでしょ」

「ああ」

「………。告白ではないのね」

 

 それを聞いた要はクックッとあの笑いを受かべながら楽しそうに笑った。それはそれは楽しそうに。

 

「桃実はずっと勘違いをしていたね。私が天音に惚れていると。たしかに私は天音に惚れてる。惚れ込んでいると言ってもいい。けれどそれは恋愛対象としてじゃない。好敵手として、エトワール選のパートナーとして、友人として。君のお嬢ちゃんに対するものとは違う。私はみんなの前で天音にこう宣言するつもりだ。エトワール選に一緒に出て欲しい!ってね」

 

 おどけてウインクしてみせた要を見て私はやっと理解した。ああ、そうなんだって…。私は長いこと要が天音さんを好きなんだと思っていたけれどそれは勘違いだった。今になって思えばそうかなと思える部分もたしかにあった。それは私が籠女を好きになったからこそ分かったことだ。要が天音さんを見る目は穏やかで、私が籠女を思い浮かべている時の目とは全然違っていた。喋る時のトーンや、触れ合った時の反応だって…。もし好きならあんなものじゃ済まないということを、私は身をもって知っていた。

 

「『私が気付いていることに』気付いていたのね」

「あんな風に気を遣われたら普通は気付くさ。天音はどうかしらないけどね」

 

 私は要のことを理解し、気付いていたつもりになっていた。だけど本当は真逆だったのだ。私は要のことを何にも理解できていなかったのである。気付いているはずがその実『気付かれていた』なんて。こんな滑稽なことがあるだろうか?さらに要は私が籠女に想いを寄せていることもちゃんと分かっていた。恋愛事に鈍いだって?私は要にそんなレッテルを張り付けていたのか。私は自分のことをなんと過大評価し、そして要のことをなんと過小評価していたことか…。観覧席から見下ろす舞台の上で道化を演じていたピエロが要ではなく自分であることを私はようやく悟った。

 

「はっきり言ってこの丘で同性愛というのはあまり受け入れられないだろうね。ましてや相手は1年生の少女だ。もし周囲にバレたら君を見る目がガラリと変わることだってあり得る。既に君がお嬢ちゃんにお熱だという噂もあるんだ。まだ大したものではないけどね。だからこれから先、君は守らなければならない。自分を、そしてお嬢ちゃんを。言ってること…分かるだろ」

 

 それは優しい要からの忠告だった。要は私に教えてくれているのだ。気を付けろと。私たちの関係を表に出してはならないと。路地の片隅で咲く目立たぬ花のように、静かに、密やかに。浮かれる私に破滅が訪れないように要は忠告してくれたのだ。もし周囲にバレたら私は間違いなく奇異の目で見られ気味悪がられるはずだ。きっと私が少女をたぶらかしたと思われるだろう。何も分からぬ純粋無垢な子供を…誘惑したと。

 

「それでも私は君を応援するよ。なんたって君は私の親友だからな。なぁに…ちょっとくらい幼女趣味だって構わないさ」

「最後の一言は余計よって言いたいところだけど、実は自分でもよく分かっていないの。なんであの子なのか」

 

 私はあの子の何にこんなにも惹かれたのだろうか?純粋さか、懐いてくれたからか、それとも単に容姿か。どれか1つかもしれないし、全部かもしれないし、もっと別の理由かもしれない。ただこの気持ちは本物だ。だから私はあの子と結ばれたい。

けれどその前に私は感謝を述べなければならない。この容姿も性格も兼ね備えたとっておきの親友に。涙ではなく笑顔を受かべて抱き着いた私を王子様は華麗に抱きとめた。

 

 

 

 

 

 

 

<今日>…鬼屋敷 桃実視点

 

 私はお御堂の裏の草原にいた。もちろん少女と会うためだ。ならなぜ校舎の前でもなく、人目につかない森の中でもないのかと思われるだろう。どうしてもここで会いたい理由が私にはあったのだ。それは、そう…祝福を受けたいからに他ならない。聖堂の中ではスピカの誇る聖歌隊の美声が讃美歌を奏でていた。私と籠女の恋はこれから地中の奥深くに根を張り、ごく親しい友人にだけ見られながら成長していくのだ。人目に触れないように息を潜めながら、ひっそりと。だからせめて最初くらいはたっぷりの陽の光を浴びておこうとここを選んだ。要に相談したら人払いは任せろと力強く言ってくれたのを思い出して少し笑った。何から何まで私はお世話になりっぱなしだ。それはそうと籠女はちゃんと来られるだろうか?一応ここには案内したことはあるけどちょっと不安だった。

 

 そう、私が心配するのは『来てくれるかどうか』ではなく、迷わずに来られるかどうかである。あの子は来る。今も手にパーシヴァルを抱え、その小さな体を精一杯に動かしながらここを目指しているのだ。もしかしたらもうすぐそこまで来ているかもしれない。ああ、そうだ。ほら?足音が聞こえてきた。パタパタと音を立てて聖堂の角を曲がろうとしている。

 

「籠女っ!!」

「ももみ!」

 

 私たちは互いの名を叫び抱き合った。誰もいない聖堂の裏で籠女を抱えくるくるくると廻る。ひとしきり廻ると柔らかい草の上へと倒れこんだ。しばらくそのまま草の上をゴロゴロと転がっていると二人は草だらけに。その様子を見てはまた笑い、頬と頬を擦り合わせるとあっという間に朱に染まった。起き上がって互いの草を払った私たちは手を繋いで草原を駆けていく。手はしっかりと指を絡めて…握りしめながら。

 

 ゴール地点であるお御堂のすぐ裏に辿り着くと息を整えて声を潜め、天使たちの歌声に耳を傾ける。今聞こえてくる曲はそろそろ終わりだから次の曲が始まるまで待とうと小声で囁いた。待つ間も籠女の体温を感じていたい。そう思った私は肩を寄せ籠女の首のあたりに頭を軽く乗せた。風で揺れる金髪が私の顔を優しく撫でていく。髪をクシャりと撫でると色鮮やかなその髪が太陽の光を反射してキラキラと輝いた。

 

 そして次の曲が始まった。私と籠女を祝福するとっておきの歌が…。ひと際伸びのある声が全体を引っ張るようにリードしていく。この声は…南都夜々といっただろうか?たしか3年生にして中核を担うエースの。それに寄り添うように響く…もう1人の歌声が聞こえる。誰のものかは分からないが、その声は夜々の声と混ざり合い溶けていった。まるで1つであることが当然であるかのように。

 

 そんな歌声に励まされるように私と籠女も見つめ合い…唇を重ねた。柔らかく甘いその唇はどこか懐かしいような味がして、私はその理由を求めるかのように慎重に舌を籠女の内へと侵入させる。触れた途端に引っ込んだ籠女の舌が恐る恐る…、試すように私の舌を撫でた。1回、2回と。互いに不慣れな私たちは一旦唇を離し息をつく。ああ、そうか。だからこんな味がしたのか。私はその理由に納得すると籠女の制服のポケットを探り、見つけた。可愛らしい包み紙にくるまれたあのミルクキャンディーを。あの時籠女がこのキャンディーを口にした瞬間から私は籠女に魅了されていたのだ。大切なことに気付けた私はつい嬉しくなってほほ笑むと、籠女も同じように笑っていた。

 

 引き寄せられるように触れ合わせた唇から甘い香りがする。今度はすぐに唇を離した私たちは聖堂の方へと向き直り繋いだ手を掲げた。少しでもお日様を浴びれるように高く…高く。私たちの口から出たのは長々とした誓いの言葉ではなかった。だってずっと愛します、なんて言葉は必要なかったから。ただ見届けて欲しくて私たちは願った。

 

「「━━━どうか祝福を━━━」」

 

 高らかに響く祝福の歌声に包まれながらもう一度口づけを交わした二人の手の平で、陽の光を浴びたミルクキャンディーがキラリと輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 いかがでしたでしょうか?淡くて、密やかで、危険で、妖しくて、退廃的な香りが…、してるといいのですが。というわけで桃実と籠女のお話でした。前章に引き続きかなりセリフを絞って地の文多めな構成となっております。こんな構成に出来たのはミステリアスな籠女ちゃんのおかげかな…と。セリフよりもこっちのほうがしっくりくるかなってことでこうなりました。一方の桃実も前章に続き今回とず~っと視点で追いかけていたせいかひしひしと愛着が…、ええ、いつものあれです。妖しい魅力の虜になって幼い少女に惹かれていく上級生。タマリマセンワー。


 お次は剣城 要について。お話の中で予期せぬ成長を遂げるキャラっていますけどアニメ版の要はまさにそんな感じでしたね。地球温暖化とか風変わりなセリフが注目されがちですけど、やっぱりあのテニス対決を挑んだ瞬間にグッと来た人は多いんじゃないでしょうか?というわけでこの章では要様頑張りました。可能な限りカッコよくというのは意識したつもりです。かなりのイケメン王子様になったのでは?本当はもっと特徴的なセリフを入れたかったんですけど雰囲気と合わないと思い断念。笑い方とかお嬢ちゃんって呼び方くらいでしか茶目っ気部分がないかも…。


 というわけで自分の中では色々と(カップリングとか文体とか)チャレンジした『つもり』の桃実と籠女編でした。二人のことを少しでも、良い!と思っていただけたら幸いです。二人の恋に祝福あれ!それでは~。
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