アストラエアの丘で   作:クラトス@百合好き

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■あらすじ
 自室でとある首飾りと向き合う深雪。それはエトワールのために用意された特別なもの。千華留の言葉に背中を押され深雪はついに動き出した。けれどその目は静馬を追い、手は胸の首飾りを気にして彷徨うばかり。そんな様子を見た静馬は一人絶望する。深雪…あなたもなの?と。放課後のいちご舎。深雪と二人きりの会話。切り出される愛の告白。全ては静馬の予想通りに進んでいた…。

 深雪の想いは静馬に届くのか?六条深雪と花園静馬の運命が絡み合う第12章!


■目次

<真紅の首飾り>…六条 深雪視点
<予定調和>…花園 静馬視点
<籠の鳥>…花園 静馬視点
<今は届かなくても>…六条 深雪視点

■人物紹介

・六条 深雪(ろくじょう みゆき)
ミアトルの生徒会長。静馬への想いを胸に秘めている。

・花園 静馬(はなぞの しずま)
ご存知エトワール様。2章では深雪に親友でいてくれることを望んでいた。

・源 千華留(みなもと ちかる)
ルリムの生徒会長で静馬の元カノ。4章において深雪に罠を仕掛け告白するように仕向けた。

※既出キャラですが2章及び4章からだいぶ時間が経っているので簡単な紹介を記載させていただきました。


メイン2
第12章「私の勝ちよ」


<真紅の首飾り>…六条 深雪視点

 

 取り出した箱を見てため息をついた。預けられたきり一度しか目にしていなかったその箱が私の目の前に置かれている。もちろん自分で置いたものだ。箱が勝手に歩いてきたわけではない。上の面はガラスで覆われていて中の様子が見えるようになっていた。左右で2つに区切られた収納スペース。片方は空で、もう片方には首飾りが収まっている。紅い…透き通るような真紅の宝石が付いた首飾りだ。

 

 『エトワールの証』。そう呼ばれるこの首飾りは2つでセットになっている。なぜ片方だけが箱に寂しく取り残されているのか?答えは簡単だ。もう一つは彼女が…、たった一人でエトワールの座を勝ち取った静馬が所有しているから。静馬はこの紅い宝石とは対になっている蒼い宝石の付いた首飾りをいつも肌身離さず身に着けていた。朝も、昼も、夜も。着替えの時も、お風呂の時も、そして夜に眠りに落ちる時も必ず。首飾りのある場所には静馬がいて、静馬がいる場所には首飾りがあった。彼女は常にエトワールとしての輝きを身体に纏っているのだ。

 

 輝きを放つのはルビーとサファイア。美しく削り出されたそれらは深い…、深い色合いを醸し出している。宝石としての価値以上に、数多くのエトワール選を、エトワールを見守ってきたことによる歴史的重みが単なる装飾品としてではない厳格な雰囲気を与えていた。この石たちは一体どれほどの喜びと哀しみを見届けてきたのだろうか?勝者と敗者。さらにはエトワールの胸元で輝きながら、何人もの生徒たちを眺めて過ごしてきた2つの首飾りたち。本来であればこの学園の頂点に立つ人間の胸元にあるべきその片割れが、私の目の前で美しく輝いている。

 

 なぜそれが私の…、エトワールではない者の部屋にあるかというと、なんということはない。預けられただけだ、静馬から。一人エトワールとなった静馬の後見人としての立場と役割を有していた私はエトワール任命式の終了後にこの箱を渡された。あなたに持っていて欲しいと言われた時の私の喜びようを誰が想像できるだろうか?私にしかない、静馬との特別な繋がりを手にすることが出来たのだから。いくら他の子が静馬と親密になろうとも決して触れられぬものを私は手に入れた。

 

 だけど先に述べたように、私は一度この箱をしまい込んだっきり見ようともせずに過ごしてきた。怖くなったのだ。もちろん静馬が勝てるように精一杯の努力はしたし、現に得票数にもそれはしっかり反映されている。でも私がいなくたって静馬は勝てた。ただ腕を組んで自信満々に仁王立ちをしているだけでも、静馬は勝てたのだ。そう思うと自分は横で突っ立っていただけのような気がしてしまい、この箱に触れる資格がないと…私のような者の傍にあってはいけない代物だと考えるようになっていた。

 

 しかしそれも今日でおしまいだ。私は箱からそっと首飾りを手に取ると簡素な金具を外し自分の首に掛けた。煌めくルビーからは冷たい…、少しひんやりとした感触が伝わってきて、鏡を見ると『エトワールの証』が私の胸の中に収まっているのがよく分かる。大きくて不便さばかりが先に来ていた豊かな双丘の谷間で輝いているのを見て、私は初めて大きいのもそう悪いことではないと思った。何度か触れてみては手を離す。その度に宝石は揺れ動き、キラキラと光を反射しては胸の中央でピタリと動きを止めた。そんな様子を鏡で見つめているうちに宝石は私の体温を纏い温かくなっていく。それに比例して私の想いがこの宝石に流れ込んでいくような感覚が…、私の半身であるかのような愛おしさが私を包み込んだ。最後にもう一度手に取り口づけを行うと宝石はより一層輝きを増した。

 

 予想通り、というよりも静馬を見て知っていたが…首がしっかりと覆い隠されるミアトルの制服を身に着けると首飾りはその影に隠れ見えなくなる。冬服はもちろん夏服でも大丈夫そうであることを改めて確認し、私はホッと息をついた。それでも体育などで着替えのある日は気を付けなければならない。この首飾りを付けているところを見られては何を言われるか分かったものではない。制服の胸に手を当てると、そこにたしかに首飾りの…、胸の谷間に鎮座するルビーの存在が感じられた。

 

(私言うのね。静馬に…愛していると)

 

 尋ねるように撫でるとルビーは答えるようにその身を震わせた。なんだか落ち着かない。まだ『証』が身体に馴染み切っていないのだろうか?何日か身に着けて様子を見た方が良さそうだ。試しに鏡の前で胸元に触れてみる。これなら変に思われることもないだろう。カバンを手にした私は部屋を出た。真紅の宝石が付いた首飾りと共に…。

 

 

 

 

 

 

 

<予定調和>…花園 静馬視点

 

 いつかこんな日が来るんじゃないかと思っていた。あの子が…、深雪が私の前に進み出て想いを告げる。それはとても純粋で、大切に育てられた深雪に相応しい宝石のような輝きを持った想い。深雪の顔は真剣そのもので、決死の覚悟を抱いてきたことが窺えるようなそんな凛々しい表情を浮かべて。胸の前に手を当て、時折その制服の奥に佇む首飾りを…、真紅の宝石を付けたそれを気にするような素振りを見せながら私に迫る。

 

 あなたを好き、愛してる。私が何度も他の子に向かって口にし、同じように他の子から言われた言葉をあなたは繰り返す。けれど私は首を縦に振ろうとはせず、ただ黙って見つめるばかり。次第にあなたは声を震わせ、想いが届かぬことを知る。言葉からは熱が失われていきその表情を凍り付かせながら…あなたは涙を流した。頬に幾筋も痕を残したままあなたは去っていく。もう二度と戻らぬ関係を嘆き、後悔して。そこに伝えて良かったという達成感と安堵はなく、あなたは打ちひしがれる。騙されなければよかったのに、と。そうすれば失うことはなかったのに、と。

 

 部屋を飛び出したあなたを私は追いかけようともせず、ただじっと…手の中で光る首飾りを眺めていた。あなたの首に掛けられていたそれを。私は未だ肌のぬくもりを抱いたままの宝石をそっと持ち上げ口付けすると、別れの言葉を呟いた。

 

 さようなら…深雪。私のことはどうか忘れて頂戴、と。

 

 

 

 

 

「私に話したいこと?」

「ええ、少し時間をくれないかしら。出来れば…、いえ、必ず二人きりがいいわ。今日の放課後にでも私かあなた、どちらかの部屋で会って欲しいの」

 

 ミアトルの生徒会室でそう話しかけてきた深雪に、私は言葉を失った。私に話しかけているこの瞬間も深雪は胸に手を当てている。その仕草はここ数日で急に見られるようになったもので、以前には見たことがなかった。首飾りか何かを身に着けていて、丁度その位置に宝石が来るのだろうか?そんなことを思わせる仕草だ。他の…、単なる友人や生徒会メンバーでは気付かない小さな変化、おそらく私や千華留といったような人間でないと感知出来ないであろう変化。その仕草と共に私を見つめる目も以前とは違うものになっていた。いつもの澄んだ…、深雪らしい理性と知性を帯びた目が僅かに濁っていて、それは山を駆け巡る清流の中にところどころ現れる澱みのように色んなものを溜め込んでいる。私に対する純粋な想いとは裏腹に、きっと彼女自身でも気付かぬうちに抱えてしまったのだろう。

 

 深雪の気持ちはずっと前から知っていた。けれど私は見て見ぬフリをして向き合おうとしなかった。怖かったのだ。親友を失うことが。恋人や身体の関係による相手を作る方法はなぜか知らず知らずのうちに身に付いていた。愛を囁き、抱き寄せ、口づけをする。もちろん失敗に終わることもあったが、概ね上手くいった。私はみんなを愛し、みんなから愛された。しかし友人の作り方はいつまで経ってもよく分からないままで、今になっても…。別に親しい相手が出来なかったわけではない。むしろたくさん…、選別しなければならなくなるほど多くの人が私の周りにはいた。

 

 それなのにどうしたことだろうか?私が親しくなった者の中から数人が、私に愛を囁き恋人となることを望んだ。交際をしては別れ、また別の人間と交際する。そんなことを繰り返すうちに彼女たちは私を遠くから美術品のように眺め始めたのだ。その事象は私との関係を望まなかった者にまで伝染し、いつしか私は額縁に収められた肖像画のように周囲と隔絶した存在になった。憧れの存在と言えば聞こえは良いかもしれないがそれは私の求めた世界ではなかった。近付けばその分だけ距離を置かれ、かといって離れると、恋人になりたいと望むものだけが私を追いかけてくる。付き合う相手には苦労しなかったが、普通の友人はどんどん減っていった。

 

 今では幼稚園から良く知っていた東儀瞳と狩野水穂の他に数名。千華留は少々特殊な立場なので友人の枠に含めていいのか悩むところではあるが…、それを除けば最も親しい友人が深雪である。誰にだって『親友』と紹介出来る唯一の存在…それが六条深雪だ。

 

 深雪は私への想いを抱いた後も変わらなかった。変わらずに接してくれた。冗談を言い合ったりふざけ合ったり。流石にエトワールになってからはそういったことはしなくなったけれど、今でもそういうことが出来る相手だと私は思っている。いいや、思って『いた』。ほんの数日前までは。切り立った崖の中腹で狭い足場の上に立って必死で足掻いていたのに…、不意に足を滑らしたかのように深雪は変わってしまった。それとも『とうとう』と言った方が正しいだろうか?いずれ訪れることが分かっていたその日が、とうとう訪れたのだと。どうして!?なぜ今になって…。そう叫びたかったけれど、それは私の理屈であって深雪には何ら関係のないものだ。私が勝手に深雪が親友としていてくれることを当たり前の事だと勘違いし、そして勝手に裏切られたような気になっているに過ぎない。

 

 そう、全ては私の願望であり、深雪に押し付けていた自分勝手な想いである。変わらないでいることなど不可能だ。深雪が変わることを望んだ以上それを私が押しとどめることなど出来ないことくらい理解している。私にもそれくらいの分別はあった。たとえその決断に深雪以外の人間の意志が介入していたとしても…。

 

 おそらくは千華留に…、ミアトルの校舎で会いキスを交わしたあの後にでも唆されたのだろう。深雪はあの子の作り出した幻影を見破れず、惑わされ翻弄された。そして誓ってしまったのだ。私に想いを告げることを!ああ、そうだろう。それならばここ数日の変化にも納得がいく。深雪は騙されてしまったのだ。可憐な少女の外見をした悪い魔女に…、得体の知れない何かを秘めたあの子によって。千華留にとってそれは、大変ではあっても決して難しいことではなかったはずだ。

 

 なにせ相手はあの深雪。深窓のご令嬢なのだから。尽きることのない黄金を生み出せる、と嘯(うそぶ)く錬金術師に群がる憐れな貴族たちのようにコロッと騙されたに違いない。でも深雪にとっての不幸はそこではないのだ。もう少し、あとほんの少しだけ思考を巡らせていれば辿り着けたであろうことに深雪は気付いていない。

━━千華留に見抜けることが、どうして私に見抜けないと思ったのかということに━━

 

 千華留が素振りを見せた時点で深雪は気付かなければならなかった。私がとうの昔に気付いていたことに。気付いていてわざと目を背けていたことに。本来であれば騙した千華留を怒るべきなのかもしれないが私の考えは違う。千華留は…、賢いあの子は知っているからだ。私が深雪の想いを知ったうえでそう振舞っていることを。そうだ、あの子が見抜けぬはずはない。だからあの子は全て分かったうえで深雪の背中を押したのだ。結果がどうなるかは別として、秘めた想いを卒業前に吐き出させてあげようとして…。深雪から嫌われようとも自らその役目を買って出たあの子を責めることなんて出来はしない。あの子なりの決意が、前に踏み出す一歩がそうさせたのだから。そう、つまりこれは私の罪。深雪の善意に甘え続けた私がケジメをつけるべきものだ。たとえかけがえのない親友を失うことになったとしても…。

 

「分かったわ。じゃあ私の部屋に来て頂戴。なるべく早くいちご舎に戻って待っているから」

「ありがとう静馬。私も可能な限り急ぐようにするわ」

「ねぇ深雪。どんな話なのかだけ教えてくれるわけにはいかないの?」

「ごめんなさい。それも二人きりでないと話せないの。本当にごめんなさい」

「いいのよ、別に。あなたが謝る必要なんてないわ」

 

 頭では理解していても、もしかしたら?という一縷の望みに縋るように私の口から零れた質問は、深雪の答えで砕け散った。その反応を見て、私はやはり回避出来ないことを悟ってしまったのだ。深雪は今日やって来る。私に想いを告げるために。

 

 時計を見やると今は午後1時。深雪が来るのは4時くらいになるだろうか?それまでの間、私は待たなければならない。それはさながら断頭台に上る罪人のような…、いや、深雪からすれば想いを受け入れない私が刑の執行者なのか?どちらかは別にせよ、ギロチンが落ちるその瞬間へのカウントダウンが…今、始まったのだ。1秒1秒が過ぎるごとに私と深雪の時間が削られていく。長い年月を掛けて大切に育てた樹が木こりの振り下ろす巨大な斧で抉れていくように、私と深雪の育んできた関係は時計の針が進むごとに亀裂が入り、そして最後はギロチンによって一瞬で断たれてしまうのだ。その崩壊の足音の前では、今まで過ごしてきた5年という歳月などなんの役にも立ちはしない。それが分かっているからこそ、私は悲嘆に暮れるしかなかった。

 

 

 

 

 

<籠の鳥>…花園 静馬視点

 

 時計の針が進んでいく。無情にも、止まることなく。訪れるその時がただただ迫ってきている。部屋で深雪を待つ間、私は自分の事を呪っていた。なぜ!?どうして!?2つの言葉ばかりが頭の中をぐるぐると駆け巡っている。私は深雪を誘惑した覚えなんてない。むしろ友人でいてもらうために神経を注ぎ、一生懸命注意して振舞っていたのに。そうだ。一度たりとも。私は一度たりとも深雪を誘惑などしていない。神にだって誓える。なのになぜ!?どうして深雪は私のことを好きになってしまったのだろうか!?好物をより分けて最後に取っておく子供のように、パフェの器の中で最後まで残された真っ赤に輝くイチゴのように、私は深雪を大切にしてきたというのに。一体何が深雪の心を惹きつけてしまったというのか。鏡の前に立つと煌めく銀髪も、瞳も、身体も、性格も、全てが空虚に見えた。

 

 私はただ傍にいてくれる親友が欲しかったのに…。みんな離れていく。かつての友人たち、そして今は深雪が…離れようとしている。深雪の想いを受け入れて恋人になることは容易い。そうすれば一時的には繋ぎとめることが出来るだろう。でもそれでは意味がないのだ。そうなってしまえば深雪は特別な存在ではなく、今までいた友人たちと同じに…、その友人たちの一人になってしまう。それはどうしても許せなかった。どうせ離れるにしても、最後は親友としての深雪のままで私の元から去って行って欲しい。それが私の願いだ。

 

 

 

 

 

 時計が4時を指し示してほんの数分後に…深雪は来た。急いできたからなのか、それともこれからのことを期待してなのか僅かに頬を紅潮させて。私に挨拶をしながらも手は胸の辺りをしきりに撫でていた。自分を落ち着かせるように、胸のペンダントに話しかけるように。ああ、そこにあるのはどんな形のペンダントなの?私が付けているものと同じ形?じゃあ色はどんな色なの?私のサファイアとは正反対の真紅の宝石かしら?あってはならない。あってはならないのよ。あなたが私の対となる『エトワールの証』を身に着けているなんて。あなたは一体どんな気持ちでそれを首に掛けているの?私に近付くため?私の隣を歩くため?それとも単にお揃いのものを着けるのが嬉しい?ねぇ教えて頂戴よ、深雪。

 

「早かったのね。もっと遅くなるかと思った」

「本当はもっと早く来るつもりだったのだけれど遅くなってしまったわ」

「なあに。そんなに大切なお話なの?」

「ええ。多分驚かせてしまうと思うわ」

「とりあえず座って頂戴。お茶も淹れてあるわ」

 

 心の中で荒れ狂う想いとは裏腹に、深雪との会話は驚くほどスムーズに言葉が出せた。何の話か分からないフリを…、深雪を騙しながら。声は震えることもなく、調子も一定で。どこにも変な部分は見当たらなかった。上出来だ。私はそう思いながらも内心可笑しくて仕方がなかった。だってこんなことが出来たって何の意味もないのに、私はそこそこ一生懸命に演じているのだから。なんで私は深雪を騙しているんだろうか?自分でも何のためにこんなことをしているのか分からなくなって、私は自分を嘲笑していた。

 

「久しぶりね。こうして私の部屋で深雪と二人で過ごすのは。お互い何かと忙しかったから」

「ごめんなさい静馬。今日は世間話をしに来たわけではないの」

「大切な話があるんだったわね。どうぞ始めて頂戴」

 

 ええ、と頷いた深雪は再び胸に手を当てた。また!またその仕草ッ!やめて欲しいと伝えたかった。そんなことをしても私の答えは変わらない。胸の首飾りは…、『エトワールの証』はあなたに力を与えたりなんてしない。みんな勘違いをしている。その宝石には伝統や歴史が刻まれていると。そんなのは嘘っぱちに過ぎないのだ。私のサファイアも、あなたのルビーもただ眺めていただけ。勝者も、敗者も、みんな自分の精一杯をさらけ出して戦ってきた。そして勝者は、みなの上に立つものとして振舞ってきた。意味があるのはそのことだけ。そんな石がなくたって、歴代エトワールたちの栄光が揺らぐことはないのだと叫びたかった。

 

「静馬…あなたのことが好きなの。愛してる」

 

 深雪の告白が始まると私は全身の血が下がっていくように冷めていった。親友からの…、大切な人からの言葉だというのに、心に響かない。嬉しいという感情も、それ以外の感情も、どこかへ忘れてしまったかのように凍り付いていた。繰り返される『好き』、『愛してる』。私が聞きたかったのはそんな言葉じゃなかった。

 

 私が深雪に囁いて欲しかったのは…『少し疲れてる?』『休んだほうが良いわ』『またズル休みするつもり?』『おはよう静馬。今日もいい天気ね』

 

 頭に浮かぶのは他愛のない言葉たち。親友が掛ける何気ない、けれど優しさに満ちた普段の会話。私は嬉しかったんだ。深雪が傍にいてくれて…。長距離を飛ぶ渡り鳥たちがふと羽を休めに寄る小さな島や森の枝のように心休まる場所。それが深雪だったんだ。そういった考えが表情に出てしまっていたのか、それとも何も言わずただじっと見つめていたからかは分からないけれど、深雪の声は少しずつ自信を失い掠れて━━いかなかった━━

 

 これは一体どうしたことだろうか?私の中で違和感が急速に膨れ上がり、次々と疑問が浮かんでいく。予想では私の反応に戸惑い、狼狽えた深雪はそろそろ白旗を上げるはず『だった』。

 

 それなのに涙を見せるどころか僅かに声を震わせることさえなく私への愛を叫び続けている。あなたのどこにこんな強さがあったというの?あなたはか弱い深窓のご令嬢だったのではないの?私の知る深雪と、今目の前にいる深雪とにズレが生じていた。大地を割る亀裂のように、徐々に大きくなっていくズレが。弱い子だと思っていた。理屈や理論で身を守らなければ壊れてしまう存在だと信じていた。

 

 それがどうだろうか?この深雪の堂々たる姿というのは。まるで誰かが乗り移ったかのような…、そんな滑稽な考えが浮かぶほどにかつての深雪と違っている。何が彼女をここまで変えたのか私は知りたくなった。人か、物か、あるいは両方か。人であればそれは間違いなく千華留だろうけど、直感が違うと告げていた。ならば物か。そこで目に付いたのは例の…、深雪の話が進むにつれて気にする回数が増え、ついには制服の上から握りしめるようにしながら大事に触れている首飾りだ。

 

 そうか、お前が。お前が深雪を惑わしているのか。『エトワールの証』め…。よくも深雪を…、私の親友を誑(たぶら)かして!

 

「その首飾りを渡しなさい!」

「首飾り?何のことかしら」

「あるのは分かっているのよ。いいから私の言う通りに━━━」

「━━━嫌だと言ったら?」

「みゆ…き?」

 

 彼女が話し始めてからようやく見せた私の大きな反応に、深雪は満足気な笑みを浮かべながら私を見据えて言い放った。自信に満ち溢れたその姿はまるで普段の私みたいで、逆に私はおろおろと狼狽えるばかりだ。まるで…深雪みたいに。おかしい。こんなはずではなかったのに。レールの上を走る列車がどんどん別の方向へと進んで行ってしまうような不安が私を襲った。私はどうにかして元のレールへと戻ろうと分岐を繰り返すのに、一向に戻る気配はない。それどころか分岐を司るレバーが私の手からスルリと零れ落ちて、私は列車の行く先を黙って見つめるしかなくなってしまう。

 

「私の手からこれを取り上げたいと言うなら、あなたが外して頂戴。ほら?」

「私が…外す?」

「そうよ。静馬は得意でしょ?そういうことが」

 

 そう言って挑発する深雪に吸い寄せられるように…、実際にはよろよろとした情けない足取りで彼女の傍へと向かう。こうして近くへ寄ってもその態度が崩れる様子はない。ああ、手が…手が震えている。今まで幾人もの少女の制服を脱がせてきた私の手が震えている。まるで初めての夜を迎える生娘のように、みっともなくガタガタと。

 

 覚束ない手つきで制服のタイを緩めボタンを外していくと、たしかにそこには首飾りのロープが見えた。けれど肝心の宝石は影に隠れていてまだ姿を現していない。さらに1つ、2つとボタンを外すと谷間に…、深雪の形の良くそれでいて大きなバストで出来た影の間にひっそりとペンダントが佇んでいた。そっとロープを引っ張ると上に持ち上げられた宝石が…、さっきまで闇の中にいたせいで、浴びれなかった光がようやく当たったことを喜ぶかのようにルビーがキラリと輝いた。綺麗なものね。こんなに美しく輝くものだったかしら?なんだか不思議な気分だった。ついさっきまでこんなものに力はないと思っていたのに。こうして手に取るとそれはあたかも意志を持っているかのように私の目に映った。そして私が真紅に煌めくその宝石に目を奪われていたその時…。

 

「━━私の勝ちよ、静馬━━」

 

 聞こえたセリフを理解するよりも早く深雪が私の唇を奪っていた。予想だにしなかった深雪の行動に私の頭の中はパニックに陥り、指の1本さえも動かすことが出来ない。深雪が?深雪が私にキスをした?あの深雪が?目を見開いたまま固まる私を尻目に、長い睫毛に覆われた瞼で瞳を隠した深雪が私に迫り2度、3度と唇同士が触れ合うと、その度に深雪の柔らかい唇と豊かな双丘が私の身体に押し付けられた。普段であれば楽しめたかもしれないその感触も今の私にはそんな余裕はなく、長めに…、そして強く吸われて奏でたリップ音が聞こえたと思ったら、ゆっくりと身体を離した深雪が笑っていた。

 

「やった!やったわ!私、静馬とキスをしたわ」

「どうして…こんなことを」

 

 呆然と立ち尽くす私の反応が可笑しくて仕方がないといった様子で深雪はなおも笑い続けている。私の手から離れた首飾りは制服の外へと飛び出し、双丘の曲線に合わせるようにそのロープをたわませながら深雪の胸の上で煌めいていた。

 

「どうだった?あなたには子供じみたキスだったかもしれないけれど、私には大事な…とても大事なキスだったわ。初めてだったの。誰かとキスをするのは。ファーストキスよ。こんなに幸せなことはないわ。だってそうでしょう?顔も知らぬ婚約者ではなく、愛するあなたに捧げられたのだから」

 

 興奮冷めやらぬ深雪は真紅の宝石にそっと口づけをすると、未だにはだけたままの…、白い肌が眩しく覗く胸元へとそれを投げ込んだ。僅かな金属音を立てて谷間にダイブしたそれが中央で止まると、宝物をしまい込むように用心深く鍵を掛け始める。外されていたボタンを元に戻し、緩んでいたタイが締め直されると首飾りは制服の奥底へと姿を消した。

 

「あなたに気がないことくらい私にも分かっていたわ。一度も。5年も傍にいたのにあなたは一度もそうした素振りを私には見せてくれなかった。だから私は自分の気持ちを封じ込めていたの。フラれるくらいなら友人の方がマシだと思ったから。でも私は決意したの。千華留さんに背中を押されてね」

「やっぱり千華留に唆されたのね」

「ええ。けれど私はそれで救われたわ。そして悟ったの。今のままの私では静馬は振り向いてはくれないと。千華留さんに思い知らされたの。あなたたちの見てる景色は、私の見ているものとまるで違うということを」

「それで…あなたの目的は果てせたの?キスをして…満足した?」

 

 口づけだけが目的ではないはずだ。そう思わせるだけの力強さが今の深雪には備わっていた。

 

「いいえ。私があなたに伝えたかったのは、さっき言った愛の告白なんかじゃないわ」

「なら…なら何だと言うの?」

「静馬なら気付いているんじゃないかしら?」

「分からないわ。分かるわけないでしょう。あなたはもう籠の鳥ではなくなってしまった。大空へと羽ばたいてしまったのよ」

 

 空を自由に飛ぶ鳥たちの行き先を私がどうして知っているというのだろうか?遮るもののない空を、囚われることなく泳ぐ鳥たちの。目の前で胸に手を当てた深雪は私に向かって一歩進み出ると、声高らかに宣言した。

 

「私はあなたを諦めないわ。あなたにどれだけフラれようとも愛し続けて見せる。この…この首飾りを証にするわ。私がこれを胸に掛けている限り諦めていないと…それを示す証に。だから覚えていて頂戴。あなたの傍を離れたりなんかしない。いくら嫌われようと、冷たくされようと、私はあなたの傍にいるから。明日も明後日も、その先だって。ずっと、ずっと隣にいてみせるんだからっ!!」

 

 そう言い残して深雪は部屋を飛び出して行った。私の予想とは全く違う結末を残して…。一人佇む部屋の中に、まだ深雪の熱が残像のように揺らめいている。抱き締めることの出来ないその姿に手を差し伸べながら私の肩は震えていた。

 

 深雪、深雪。あなたは気付かないでしょうね。あなたの言葉に私が救われたことに。こんなことになっても傍にいると言ってくれただけで…、深雪にとって私が額縁に収められた肖像画にならないことがどれほど嬉しいことか。あなたは知らないでしょうね。ええ、いいわ。踊って。私の隣で踊って!私もあなたを『親友』として見るのはやめて、これからはそういった対象として見るわ。だから私を振り向かせてみせて頂戴。あなたの魅力で。

 

 あなたの踊る姿を…楽しみに待っているわ、深雪。

 

 

 

 

 

 

<今は届かなくても>…六条 深雪視点

 

 部屋に戻った私は扉を閉めるや否や、扉に背中を預けそのままずるずると滑るようにして床に座り込んだ。やった。やり遂げたわ。静馬に…、愛する人に全てをぶつけた。私の想いも何もかも…全てを!心は今すぐにでも立ち上がって踊り出したいくらいなのに、それに反して私の身体は鉛で出来ているかのように重く、鈍い。極度に張り詰めていた緊張の糸が切れて腰が抜けてしまったのか立ち上がることも出来ず、キスを交わした唇を撫でる指先もふるふると震えるばかりだ。未だに破裂しそうなほどに鼓動を続ける心臓も、熱く火照る顔も、先程の出来事が夢ではないことを教えてくれる。

 

 最初から知っていた。叶わぬ恋であることを。身分違いの…、メイドが女主人に恋をするようなものであると。実際にそうだろう。静馬はこの学園でもっとも輝く星乙女であり、私はそれを支える生徒会長に過ぎないのだから。それでも私は諦めないことを選択したのだ。背中を押してくれた千華留さんには今度お礼をしなくてはならない。彼女がいなければこんな日は一生訪れることはなく、私は恨めしい顔をしながらミアトルの卒業証書を受け取っていたことだろう。千華留さんには私がいかに堂々としていたのかを余すことなく話してあげよう。

 

「ふふ、ふふふふ。あはははははははははは」

 

 思い返して自然と笑いが込み上げた。こんな風に声を上げて笑ったのはいつ以来だろう。ああ、そうだ。我ながらあのキスは上手くいった。『あの静馬が』完全に虚をつかれ為す術もなく私に唇を奪われたのだから。3度も口づけを交わした。3度もだ。静馬の唇は甘美な味がした。この世のどんな美食も敵わぬ甘美な味が。

 

 そう、私は思わせぶりな態度を取るだけでよかった。数日前から首飾りで着飾り、時折気にするように胸に触れた。他人の目を避けながら静馬に熱っぽい視線を送り、目が合えばスッと逸らす。何気ない仕草だけどそれで構わない。静馬だけが気付けばいいのだから。もちろん静馬はすぐに気付いてくれた。首飾りが『エトワールの証』であることまで。気付いてくれると信じていた。あなたが私にくれた唯一の…、繋がりを意識出来る物だったから。静馬は思っただろう。私が告白して来ると。そして予想したはずだ。それはそれはか弱い…、静馬がいなければ何も出来ない箱入り娘が失恋し去っていく姿を。私はほんの少しその予想を超えるだけでよかった。僅かに歪め隙を作ることが出来れば『エトワールの証』が目を眩ませてくれる。

 

 そうするために繰り返し胸の首飾りを印象付けた。徐々に触る回数を増やし、最後には握りしめながら言葉を紡いだ。案の定あなたはふらふらと近付い来た。私を疑うことなく、誰が見ても無防備な状態で。制服をはだけさせ首飾りに…、その真紅の煌めきに目を奪われたあの瞬間。ああ、今こうして目を閉じると鮮明に思い浮かぶ。あなたの艶やかな唇。何度も夢に見た唇が目の前にあった。今までファーストキスは誰かに奪われるものだと思っていたけれど、こうやって捧げることも出来るなんて。もう誰かに上書きされることはない。少なくともキスについては。だけど…だけどまだ足りない。私はまだ静馬を手に入れていない。スタート地点に立っただけなのだ。欲しい、静馬が欲しい。静馬は私の…私の全て。

━━愛しているわ静馬。あなたが想うよりもずっと…私はあなたを愛してる━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 いかがでしたでしょうか。今回は第2章と4章で描かれた深雪、静馬、千華留のお話の続きとなっております。テーマはミスリード。エトワールの証をそのアイテムとして強調してみました。ミステリーっぽい雰囲気にならないかな~と。まぁなにごともチャレンジあるのみです。
 途中で夜々と光莉の過去編を挟み、さらに桃実と籠女のお話を入れた結果、だいぶ時間が経ってしまいました。申し訳ありません。
 さて、最近の傾向を反映してセリフ少なめ、地の文多めの構成になっていますね。自分としては他作品と雰囲気の違いが出て特色が出せているのではと考えているのですが、逆に言うと浮いてるというか場違いな感じになっているのかも…。これがみなさんの目にどのように映っているのかわからないのでなんとも言えないのですが…好評だといいな、と思っております。
どうか次章もよろしくお願いします。それでは~。
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