アストラエアの丘で   作:クラトス@百合好き

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■あらすじ
 走って、走って。一人の少女がスピカを揺るがすニュースを手に校舎を疾走した。先輩たちの驚く顔とよくやったという賞賛を期待して少女は走る。果たして奥若蕾のもたらしたニュースとは?一方、校舎前で対峙する要と天音。大勢のギャラリーを前に二人の王子様がいよいよ決闘!?第13章は…スピカに一大事が巻き起こる!

■目次

<褒めて褒めて>…南都 夜々視点
<薔薇の決闘者>…剣城 要視点
<お茶会の後のおやすみなさい>…涼水 玉青視点

■人物紹介

・奥若 蕾(おくわか つぼみ)
スピカの1年生で聖歌隊に所属しており、夜々たちからは後輩にあたる存在。
ピンクの長い髪が活発な印象を与える通りに何事にも積極的なタイプで、一度懐くとしつこい部分も…。

・南都 夜々(なんと やや)
黒髪ロングのナイスバディ。光莉とは誰にも言えない秘密の関係。女の子しか愛せない体質。

・此花 光莉(このはな ひかり)
薄い金色のロングヘアで夜々とは対照的にお子様ボディ。夜々との交際は1年前から。

・涼水 玉青(すずみ たまお)
久しぶりに登場した(一応)本作の主人公。

・蒼井 渚砂(あおい なぎさ)
玉青のルームメイト。赤茶色のポニテをした元気な少女。


第13章「王子様が王子様を選んではいけないのかい!?」

<褒めて褒めて>…南都 夜々視点

 

 お昼休みも終盤に差し掛かりそろそろ午後の授業に戻ろうかと席を立つ生徒たちがちらほらと見える中、夜々と光莉はのんびりと暖かい陽射しを浴びながら食後の余韻を満喫していた。春の陽気に誘われて、授業の前だというのに既に眠気が襲い掛かってきている。

 

 これはちょっと追い払うの無理かも?早々に白旗を上げた私は大きな欠伸を一つ。そのまま目の前のテーブルに突っ伏すと、堅く無機質な感触にもかかわらずあっという間に瞼が下がり始めた。これが光莉の膝枕だったら数秒も我慢出来なかっただろうとその柔らかな感触を想像しつつも、瞼は重りでも付いているのかと疑いたくなるほど重く抵抗もままならない。あたかも城を守る城門のようにさえ思えたそれらに城主の命令が響き渡り、跳ね橋が鎖で巻き上げられゆっくりと鋼鉄で出来たその門が下がっていくのを感じると、私は眠りに…。

 

「夜々せんぱーーーい!光莉せんぱーーーい!」

 

 食堂に木霊するほどの大音量で叫ぶ声に、私の心地よいまどろみは一瞬で吹き飛ばされた。うぐっ、この声は。流石は聖歌隊に所属しているだけあってよく通るその声の持ち主は、二人の姿を見つけると一目散に駆け寄ってくる。ピンクのロングヘアに黒いカチューシャが目立つ少女の名は奥若 蕾。幼稚園からスピカに通っていて、今年中等部に進級すると共に聖歌隊に加わった。性格は少々…、いやだいぶ生意気なタイプで指導係となった私は手を焼いている。

 

 でも不思議と他の上級生には愛想がいいのかよく可愛がられていてなんだか釈然としない。もし仮に私に対してだけ反抗的というならなおさら面倒なのだけど…、どうしたものだろうか?そんなことを考えていた私にさほど反応も見せないままにこのじゃじゃ馬…、蕾は再び口を開いた。

 

「ビッグニュースですよ!ビッグニュース!スピカに一大事ですよ先輩方」

「ビッグニュース?それより蕾。あんたもう少し声のボリューム落としなさいよ。みんなから見られて恥ずかしいでしょうが」

 

 アイスコーヒーの氷をザリザリとストローでかき混ぜながら小言を言うと、案の定蕾は反論してきた。憎たらしいことにそのどれもが正論ばかりだったから私が言い返すことも出来ずに口を閉ざすと今度は勝ち誇ったように胸を張った。一々うるさいんだから。スピカっていうよりも壊れたスピーカーみたい。言うともっとうるさくなるから言わないでおくけど。僅かに反らせた胸の辺りにはある程度しっかりと膨らみが見えて…、光莉のお子様ボディよりかはずっと成熟したその身体に私の目は吸い寄せられた。ふ~ん。この子ってば意外と身体つきは大人びてるのよねぇ~。1年生のわりには。

 

 自分ではさりげなく、気付かれないように観察していたつもりだったけれど、脛にコツンと靴が当たる感触がして私はうわっと声を上げた。不審な目で私を見る蕾に何でもないと返しつつ光莉の方に顔を向けると、澄ました顔でストローに口を付けている。どうやら光莉が蹴ったらしい。お行儀が悪いという戒めなのか、それとも蕾を見ていたことへの嫉妬か。

 

 後者だと嬉しいなぁと思いつつも、幼い身体つきを比較してたことまではバレていないだろうかと内心ヒヤヒヤもした。私は光莉の身体をとても気に入っているというのに、本人が未だに不本意だというのはなんだかなぁ。とは言っても1年経っても全く成長しなかった胸囲は少々気の毒ではあったけれど。少しくらい分けてあげたいけれど、それを言ったら光莉は怒るだろうな~。光莉が怒る姿を思い浮かべながら再び氷をザリザリとかき混ぜていると、耳元で…、壊れたスピーカーが音を鳴らした。

 

「━━て、━━よ。って、私の聞いてます?夜々先輩!やーやーせーんーぱーい!何だらしない顔しながらボケーっとしてるんですか。ここから先が盛り上がる部分なのに」

「き、聞いてたわよ。っていうかだらしない顔って何よ?あんた少しは先輩に敬意を払いなさいよ、聖歌隊でだって結構指導してあげてるのに」

「じゃあ私が何喋ってたか言ってみて下さいよ」

「そ、それは~えっと…」

「ほら、やっぱり聞いてないじゃないですか。それに指導するのは先輩として当然の役目です。別に威張ることじゃありませんよ」

「あーいえばこーいうんだから。ほんっと可愛くない。どうせ光莉の前だからって張り切ってるんだろうけどさ。言っておくけど光莉は私のものだから。あんたには渡さないわよ」

「なっ!?違いますよーだ」

 

 さっき脛を蹴られたのもあってご機嫌取りにさらりと光莉にアピールしておいた。変な意味には取られないようにあくまでさらりと軽~く。するとちゃ~んと聞いていた良い子ちゃんで真面目な光莉は、耳を僅かに桜色に染めながら目を伏せるようにしてアイスティーに口を付けていた。もうとっくに液体は飲み干していて氷しか残っていないというのに…ストローを吸うフリをして誤魔化してる。

 

 ニヤニヤと笑う私と目が合うと光莉はすぐに視線を下に落とし、口を小さく動かした。夜々ちゃんのバカ…と。ああ、ほんとうに可愛いんだからなぁ~光莉は。分かっているんだろうか?そういう仕草の一つ一つが私を喜ばせていることを。そんな態度を取られたら今すぐにでもどこかへ連れていって押し倒したくなってしまう。まだ午後の授業があるというのに放課後まで我慢できるだろうか?

 

 一方の蕾は顔を真っ赤にしながら舌をべぇーっと突き出していて、こちらは全然可愛くない。なんでこう憎たらしいんだろう。光莉の可愛げの十分の一でもあれば、もっと優しく接してあげるのに…。とは言いつつもなんだかんだ私のためにと最初から話し始めた蕾によると、なんでも要さんが校舎前で天音さんを待ち伏せしていたらしい。へぇ。この時点でなかなかに興味をそそる話だ。要さんに天音さんといえばどちらも王子様役として人気のある人物である。スラリとした長身と端正な顔立ちに加えて、その立ち居振る舞いまでもがまさにおとぎ話に出てくる王子様そのものといった感じなのだ。そして王子様役ということはつまり、相手に来るのは『普通であれば』お姫様が定番ということになる。それなのに王子様が王子様を待ち伏せするとは…。

 

 話の続きが気になって私がそれで?それでどうなったの?と食い付くと、蕾は得意気な顔をして最初からそうしていればいいのにと言わんばかりの態度で話を続けた。悔しいけどそそられるお話だ。私でなくとも先をせがんだに違いない。その証拠に聞き耳を立てていた近くの生徒たちが、いつの間にやら私たちのテーブルの近くに集結していた。見かけによらず頭も優秀な蕾は話も上手く、ところどころで観客の興味を煽るようにしながら話を続けていく。お昼のバラエティー番組だったらさぞや大袈裟なテロップと効果音がついていたことだろうに。徐々に増える視聴者たちを相手に、物語は終盤へと差し掛かり…。

 

「要様が大勢の見守る前で力強くおっしゃったんです。天音、私とエトワール選に出てくれ!と。最初は驚いた様子の天音様でしたが、少しすると要様が手を取り、一緒に高く掲げて宣言しました。共にエトワールの座を勝ち取ろう!と」

 

 身振り手振りを交えながら歴史的瞬間を見事に再現しきった蕾に、私はおー!っと感嘆すると同時にパチパチと拍手を送った。満足気な表情を浮かべ恭しくお辞儀してみせた蕾に、私だけでなく周囲のテーブルからも拍手が聞こえ食堂に響き渡る。蕾のやつ聖歌隊じゃなくて演劇部に入った方が良かったんじゃないだろうか?そんな考えが浮かぶほど堂々とした一幕であった。まさかじゃじゃ馬の後輩にこんな才能があったなんて、と驚いている間にも、蕾から伝わった話が食堂中に広まっていく。

 

 それもそうだろう。だって王子様が王子様とタッグを組んでエトワール選に出るなんて誰にも予想出来なかったに違いない。スピカでトップクラスの人気を持つ二人は、エトワール選の出場を巡るライバルだと考えられていた。どちらかが出ればどちらかが落ちる。勝った方の王子様が、見事王子様を射止めたお姫様と力を合わせて戦うという極めてシンプルな構図。誰もが痺れる王子様同士による一騎打ちの決闘シーンがこんな結末を迎えようとは…。

 

 しかしシンデレラを目指して頑張っていた二人のファンクラブのメンバーの胸中はさぞや複雑なことだろう。王子様を奪い去った相手がどこぞの馬の骨ならいざ知らず、誰もが認める王子様なのだから。文句を言うことも出来ず呆然としてるに違いない。いや、案外黄色い悲鳴を上げて喜んでいるのかも?とにかく蕾の言うようにこれはスピカにとって、ううん、他の2校にとってもビッグニュースに違いなかった。これほどのニュースを真っ先に私たちに知らせに来た蕾が急に可愛く見えてきて私は蕾の頭を撫でてあげる。満更でもなさそうにはにかんだ蕾の頬は熱狂に包まれたせいか僅かに紅潮して見えた。

 

 

 

「へ~、あの二人がね。今頃はどこも大騒ぎかしら。これで今年のエトワール選が盛り上がるといいんだけれど」

 

 報告を受けた千華留は悠然と紅茶に口を付けながら嬉しそうにほほ笑んだ。浮足立つ他の生徒会メンバーをよそに、まるで動じる気配はない。人の心理と言うのは不思議なもので大人気の候補がいたからといって必ずしも選挙が盛り上がるわけではないことを千華留は知っていた。あまりにも結果が分かり切っているというのはそれはそれでつまらないというわけだ。もちろん選挙は盛り上がらなかったとしても、そういうずば抜けた候補というのはその後の学園生活で安定した能力を発揮することも多いから一概に悪いとは言えない。そういった後々の事まで含めて楽しむのがエトワール選の醍醐味でもある。

 さて、ミアトルの深雪さんはどう動くのかしら?楽しくなってきたわ♪

 

 

 

「そう、わかったわ。詩遠さんの策とは思えないけど…、彼女にとっては僥倖ね。これでスピカは最高のカードを手に入れたことになったのだから」

 

 一方の深雪も落ち着いた様子で報告に来た生徒を迎え入れた。チラリとエトワールを…、何も言わずに窓の外を眺めて佇む静馬を見た後しばし考え込む。今のミアトルに対抗できる候補はいるだろうか?そんな戦力分析を冷静に始めながら深雪は努めて笑顔で他の生徒会メンバーに顔を向けた。ゆっくりと見回し浮足立つ者たちを嗜めるように鋭い視線を送っていく。静馬との一件以来、新たな強さを手に入れた深雪の顔には自信が満ち溢れていて、それが生徒たちにも伝わるとみなが自然と表情を引き締め心に誓った。勝つのはミアトルである、と。口々に決意を語り始めた生徒会室の中で、静馬だけがただ一人憂いを帯びた表情を浮かべていた…。

 

 

 

 

 

 

 

<薔薇の決闘者>…剣城 要視点

 

「明日の昼休み。校舎の前で天音に伝えようと思う。私とエトワール選に出て欲しいと」

 

 放課後の生徒会室で私は二人にそう切り出した。その二人とはもちろん生徒会長である詩遠と親友の桃実だ。桃実には既に話したことがあったけれどちゃんと決心したので改めて、詩遠は私のことを早くから評価し抜擢してくれたりと何かとお世話になったので。もっと人を呼ぼうかとも思ったのだがまずはこの二人に話すのが一番筋が通ると考えた。

 

「どうしてそんな場所で?それに二人きりの方がいいのではなくて?」

「なるべく多くの人に見て貰いたいからな。私は目立ちたがり屋なのさ。知ってるだろ?」

「私はとやかく言うつもりはないわ。要がやりたいようにすればいい。そのうえで何か手助けが必要であればそれをするだけよ」

「要がそうしたい…というなら異論はないけれど」

「じゃあそれで決まりだな」

 

 詩遠からの質問はまあ来るだろうなとは予想していたけれど、思いのほかあっさりと引き下がったのには少しだけ驚いた。私と天音が組めばスピカの中にはまず敵はいないしミアトルやルリムにだって対抗できるペアは存在しないだろう。つまり私の試みが成功すれば、詩遠の悲願であるスピカからのエトワール輩出の可能性が飛躍的に高まる事になる。だから明日の成功率が上がるようにともっと色々と口出しするかと思っていたのだが…。そんな胸中を読み取ったかのように詩音は口を開いた。

 

「そんな顔はやめて頂戴。たしかにエトワール輩出は私の悲願だけれど、そのために友人を駒にするような真似をするつもりなんてさらさらないわ。目的と手段を履き違えるほど私は落ちぶれていませんもの。だから明日はあなたの望む通りになさい。私と桃実は少し離れた場所でそれを見守っていますから」

 

 これはこれは失礼した。私としたことがどうも詩遠の高潔さを見誤っていたらしい。友人の優しさについ嬉しくなってクックッと笑い声が漏れてしまった。もっともそういう彼女たちだからこそ、親しくしているわけだが…。何はともあれこれでようやく決まりだ。二人にはこの剣城要の晴れ姿をしっかりと焼き付けてもらうとしようか。待っていろよ天音!私はずっと君の背中を追い続けてきたんだからな。

 

 

 

 

 

 迎えた翌日の昼休み。私は校舎の前で予定通り天音を待ち伏せしていた。よしっ!これだけ人がいれば充分だろう。昼休みが始まったばかりの校舎前には多くの生徒たちが行き交っていて、私の姿を見つけて手を振る者や、キャアキャアと騒ぐ者などその反応は様々だ。熱心なファンの何人かはこちらに近付いてくるなり、なぜ私がこんなところにいるのか?と質問を投げかけてきた。私はそれに、これから楽しいことが起きるから見ていくと良い、と返しながら手の甲にキスをしていく。慣れないうちは気恥ずかしかったけれどこうすると彼女たちが喜んでくれるのもあって、いつしか恒例の仕草となっていた。

 

 天音とエトワール選に出るからといって今までのファンを邪見にするような真似をしては私の名に傷が付くからな。そんなことは私のプライドが許さないだろう。そしてなによりもファンがいてこその王子様だ。私はそれを理解している。だからこそファンは大事にしなければな。彼女たちはこれから起きるイベントのギャラリーでもあるわけだし。

 

 そうこうしているうちに5分ほどが経った。それにしても天音はまだ来ないのか。ちょっと待ちくたびれたな。ここに立ってからたいした時間も経っていないにもかかわらず私は早くも時計が気になり始めてしまった。どうやら私も人の子らしい。普段王子様だのなんだのとチヤホヤされていても情けないことに緊張しているというわけさ。向かいの木陰に目を向けると詩遠と桃実が心配そうに私のことを見つめている。私は自分に喝を入れるためにも心の中で精一杯の虚勢を張ることにした。全く、何をそんな不安そうにしているんだか。私を一体誰だと思っているんだろうか?私は剣城要。天音に唯一並ぶことの出来る王子様だというのに。過保護なことこのうえないな、と。

 

 わざとらしくため息をつく仕草をしてみせたところで桃実の傍らにいるお嬢ちゃんが目に映った。ああ、桃実のやつ上手くやれているようだな。私からすればそっちの方が余程心配だった。私は別に失敗しても私が悔しいだけで誰かに迷惑が掛かるというわけでもないが桃実は別だ。失敗は許されない。この丘で秘密の愛を育むことは簡単なことではないはずだ。ふとした気の緩みで綻びが生まれ、悲劇へと真っ逆さまということだって考えられる。私が上手くいけば、桃実にとっての当面の目眩し…、スケープゴートになれるかもしれない。そう思うとますます成功させなければならないという気になり力が湧いた。

 

 詩遠は…、誤解されがちだが本当に良いやつだ。一見きつい性格のように見えるけれど、いざ接してみると優しくて…、1つ年上なのにどこか抜けているというか付け入る隙が多くてな。完璧過ぎないところが魅力というのもおかしな話だが詩音に限って言えばそれが正しいようにも思う。桃実からお嬢ちゃんの件を打ち明けられた時も驚きつつも祝福していたし、今回の私のことだって応援してくれている。それもエトワール選を見据えた生徒会長としてではなくあくまで一人の友人としてだ。ふふ、どうも私は友人に恵まれたらしい。こんな2人が傍にいるのだからな。これでもし嘆きでもしたら天罰が下るというものだ。

 

 通りすがる生徒たちに律儀に挨拶をしたり手を振り返しながらもそんなことを考えていたら、ああ、ついにご到着だ!道の向こうからエメラルドグリーンの短髪を揺らしながら王子様がやって来る。残念ながら白馬には乗っていなかったが紛れもなく王子様だ。いつも肩を並べたいと思っていた。ライバルだと思っていた。競い合うことが楽しくて仕方がなかった。私の憧れの王子様。願わくば君にとっても私が王子様であればいいのだがな。知らず知らずのうちに口の端を釣りあげて笑いながら私は大声で呼びかけた。

 

「天音ーーー!!君に話がある。どうか聞いて欲しい。大事な話だ」

 

 知り合いに呼びかけるにしてはあまりにも大きなその声に、周囲の生徒たちはなに?どうしたの?と振り返る。そして声の主が私で、呼びかけた相手が天音であることに気が付くと少女たちは驚き足を止めた。多くの視線がまず私に集まり、次に天音へと移る。

 

 ざわざわとした喧騒の中で自然と私と天音との間に道のようなものが現れた。観客にはこう見えていたかもしれない。二人を繋ぐ道には真紅の絨毯が…、豪華絢爛な宮殿の床に敷かれた目にも鮮やかな敷物が玉座へと続く道に敷かれているように。もっとも玉座は道の両端、私と天音の両方に用意されているわけだが。天音も驚いた表情を浮かべていたが私の声にどこか察するところがあったのか、キョロキョロするようなみっともない仕草を見せることもなく、私をしっかりと見据えたまま真っすぐに近付いてくる。当然私には見えたさ。絨毯を踏みしめながら堂々と進み出る天音の姿がね。

 

 そうして天音との距離が縮まるのに合わせて、観客のざわつきは小さくなり、やがて昼休みだというのにシーンと静まり返った。誰もが予感しているのだ。何かが起こると。それは決して笑い話になるようなことではなく、重大な何かであることを。要の目の前に立った天音が静かに口を開く。僕に一体何の用だい?と。要はその返答に右手をスッと天音に向けて叫んだ。

 

「私と共にエトワール選に出てくれ天音!君と一緒に戦いたいんだ」

 

 周囲から悲鳴のような叫び声が上がる中、要が伸ばした右手はまるで決闘用の細剣…、レイピアのように鋭く天音に向かって突き出されている。それは紛れもなく決闘を申し込むための合図だった。対決するのは王子様たち。王子様対王子様。世紀のイベントを前にみるみるうちに校舎の前は二人の王子を取り囲む決闘場と化し、その観客となった生徒たちは興奮した表情を浮かべながら席に着いた。周囲の期待に応えるように天音も右手を突き出し要の剣に僅かに切っ先を触れさせる。すると細剣は軽い金属音を立ててその身を震わせた。紅い…、紅い薔薇の花びらが吹き荒れる決闘場で向かい合う両者。次に口を開いたのは天音だった。

 

「なぜボクなんだ?君は王子様だろう。王子様ならお姫様を選べばいい」

「━━━王子様が王子様を選んではいけないのかい!?━━━

 はっ、知らなかったな。君がそんな…臆病者だったなんて」

「ボクが臆病者だって!?どういう意味だ」

 

 要に挑発された天音が鋭い突きを繰り出すと、それに負けじと要も攻撃に転じる。本人たちにとっては相手の実力を確かめるような…、様子見とも言える攻防。けれど観客の目にはそうは映らないらしい。早くも盛り上がりを見せ始め両者への声援が飛び交った。要を応援する者や天音を応援する者。両方に声援を送る者など、とにかく送られるエールの多さに二人の人気が窺えた。

 

「君は生まれながらにスターだった。王子様だった。けれど私は違う。たしかに多少の輝きは持っていたが君には遠く及ばなかった。だから努力したのさ。君に並ぶために。君の隣を歩くために。努力し続けた。そして今の私があるんだ。私が王子様になれたのは君がいたからだ!君は私の王子様なんだ天音!!」

「それがボクを選ぶ理由なのか?王子様になったというならお姫様は選びたい放題だろうに」

「そういう君はお姫様のあてはあるのかい?」

「いまのところは…ないね!」

「ハハハッ。そうだろうな。言ってやるさ。今のスピカに君のパートナーを務まる者はいない!この私を除いてな!君も分かっているはずだ。君の隣に立てるのは…私だけだと!」

 

 いよいよ本腰を入れ始めた二人の剣先が互いを狙い突き出されるたびに、太陽の光が反射し刀身はキラリと輝いた。それぞれの身を包むのは決闘用の華美な装飾の付いた…、それぞれの髪の色をモチーフにしたような煌びやかな礼服だ。身体に迫る刃を紙一重で躱し、あるいは防ぎ、お返しとばかりに相手に向かって剣を振るう。息もつかせぬ攻防に観客の声は増すばかり。時折躱しきれなかった一撃が掠めるように通り過ぎ礼服を切り裂くと決闘場は割れるような歓声に包まれた。

 

「ボクだってただ突っ立っていたわけじゃない。君は言ったな。ボクの隣を歩くために努力し続けたと。それはボクも同じさ。君がいたから走り続けたんだ。ボクの隣にはいつも君がいた。他の子と違って君はボクに食らい付いてきた。勉強でも。スポーツでも。立ち居振る舞いだって。初めてだった…真剣勝負が出来たのは。嬉しかったよ。君がいてくれて」

「当たり前だ!私は君に勝利するつもりでいつも勝負を挑んでいたんだからな。手を抜くわけがないだろうッ!」

「でも同時に怖かったよ。君に負け続けたら私は何者でもなくなってしまうじゃないかって。だからボクも努力したのさ。君に負けないように。君に勝てるように!けれどそれでも君はボクの隣を平気な顔して歩いていた。君こそが本当の王子様だと思った。ボクのは所詮メッキに過ぎないと…そう思わされたんだ」

「だけど君は私のライバルであり続けたじゃないか。それが…それこそが君が本物の王子様である何よりの証拠さ!」

 

 細剣を交える二人の肩は大きく弾み、疲労の色を感じさせた。胸に手を当てて苦しそうな呼吸を繰り返しながらも両者譲ることなく剣を振るい続ける。礼服の装飾は千切れ、肌には浅い切り傷を負って血が滲んでいた。その血は地面に零れ落ちそうになると一輪の薔薇へと瞬時に変化し、風に煽られて闘技場を舞う仲間たちと共に二人の周りを飛んでいく。決着が近い。当事者も、観客も、誰もがそのことを理解しつつも口にはしない。そんな無粋な真似はとても出来はしないと。やがて細剣を胸の前で空へとかざした天音が要に問うた。

 

「1つだけ、1つだけ条件がある。それを君が飲んでくれたらエトワール選に出ると約束しよう」

「なんだ!言ってみろ天音!」

「好敵手であり続けろ!私は本物の王子様になってみせる。だから君も…、君も王子様でいてくれ!」

「承知した!!」

 

 言葉と同時に繰り出される渾身の一太刀。要がそれを裂帛の気合で弾き返すと、天音の剣はくるくると弧を描いて空中に跳ね上がり近くの地面と突き刺さった。ついに訪れた決着の時。痺れた手を押さえる天音に向けて剣を投げ捨てた要が手を伸ばし…掴んだ。互いの健闘を称えるように言葉を交わし合い時折ほほ笑む。

そして二人の言葉を待つように静まり返る観衆の方へと向き直ると繋いだ手を高く掲げた。

 

「ここに誓おう!!私と天音がこのスピカに━━━」

「「━━エトワールの座を!!━━」」

 

 二人が叫ぶと同時に猛々しい真紅の竜巻が吹き荒れ空を舞っていた薔薇の花吹雪が遥か上空へと向かって高く舞い上がった。やがて頂点に達して浮力を失った花たちが、闘技場一面にシャワーとなって降り注いでいく。辺り一面に響き渡る歓喜の声に祝福されて薔薇の花の一つ一つが、まるで意志を持ったかのように辺りを漂い続ける中、観客たちに混ざって拍手を送る特別な…、素敵な友人たちの姿を見つけた私は、勝鬨(かちどき)を上げるように空高く拳を突き出した。見届けてくれたという感謝とやり遂げた達成感を胸に高く…高く。

 

 

 

 

 

 

<お茶会の後のおやすみなさい>…涼水 玉青視点

 

「そうだったんですね。ミアトルでも大変な騒ぎでしたもの。生徒会室でも何か話し合いをしていたようですし」

 

 恒例となったお茶会で渚砂ちゃんに紅茶の入ったカップを渡しつつ私も席に着く。今日の参加者は私と渚砂ちゃんに夜々さん光莉さん、それに目撃者となった蕾ちゃんを加えた5人だ。話題はもちろんスピカで起きた大事件について。まさか王子様同士が組んでエトワール選に出るだなんて蕾ちゃんの詳細な話を聞いた今でも信じられない。生徒会長の六条様はさぞや眠れぬ夜を過ごしていることだろう。多くのエトワールを輩出してきたミアトルにとって強大なライバルが出現したのだから。きっと今年はミアトルにとって厳しい戦いになるに違いない。それくらい要さんと天音さんの名はスピカの外でも知れ渡っていた。私の知る限りでは今のミアトルに対抗できるペアはいないように思う。それこそ静馬様が出るというなら話は別だが6年生では任期の途中で卒業となってしまうし現実的ではない。源千華留様のいるルリムならあるいは、といったところか。なんにしろ今年のエトワール選ではミアトルは蚊帳の外になるかもしれない。

 

「お二人は率直にどう思われました?」

「私はその人たちのことあんまり知らないけど…、どっちも王子様なんだよね?キャラが被っちゃってるけどいいのかな?」

「う~ん。そういう問題はありますけど強みがあるのはいいことなんじゃないでしょうか。とにかく華がある方たちですから目立つでしょうし」

 

 蕾ちゃんから感想を尋ねられて真っ先に答えたのは渚砂ちゃん。散々語りつくされたであろう内容にスピカの面々の反応は薄い。次に答えた私の答えもなんだかありきたりで面白みに欠けているとは自分でも思ったけれど、詳しい人柄までは知らないので仕方なかった。結局主に喋っていたのはスピカ陣営で私と渚砂ちゃんは聞く側に回ることに。最初は聞くばかりだとあれかと思ったが意外と他校の有名人の話を聞くのは楽しい体験だった。

 

 なにせ名前は知っていても立ち居振る舞いは風の噂でしか知らないことも多く、こうやって同じ学校の子から話を聞くとまた一味違った人物像が見えるからだ。要さんの独特な言い回しを好むという情報も蕾ちゃんの力の入った芝居のおかげで随分グレードアップされた。それにしても蕾ちゃんは本当に聖歌隊でよかったのだろうか?今からでも演劇部を兼部したらと思うほどの熱演だった。そんな蕾ちゃんを茶化す夜々さんに顔を赤くして反論する蕾ちゃんと、楽しいお茶会は大盛り上がりして幕を閉じた。

 

 またね、また誘ってください、とお別れをして3人が帰ると部屋は途端に夜の静けさを取り戻し急に眠気が襲ってくる。時計を見るともういい時間だ。そろそろ寝ないと明日に影響が出てしまう。既にベッドに入って寝る準備を済ませた渚砂ちゃんに私は一つだけ気になったことを訪ねた。

 

「夜々さんと光莉さんって前からあんな感じでしたでしょうか?なんだか雰囲気が変わったような気がして…。渚砂ちゃんは何か気付きませんでしたか?」

「私?ううん、何も。相変わらず仲良さそうだったけど。玉青ちゃんはどうしてそう思ったの?」

「い、いえ。いいんです。本当になんとなくそう感じただけですから」

 

 そう言われると自分でもなんでそう思ったのかよく分からない。けれどたしかに私は何かを感じ取ったのだ。上手くは言えないけど何かを。喧嘩をしているようには見えなかった。というよりもむしろ仲が良いように見えた。なんだか以前よりも親密になったような…。まあ何か良いことでもあったのだろうと自分を納得させ私もベッドに入り天井を見つめる。

 

 どうしようか?この話の流れのままに言ってしまおうか?私の中での決心は既についている。だから渚砂ちゃんにはいつかは言わなければならない。今日か、明日か。言うなら早い方が良い。ベッドの中で向きを変え小さい声でねぇ渚砂ちゃんと呼びかけると、向かいのベッドからもぞもぞと動く気配がしてひょこっと渚砂ちゃんが顔を出した。その愛くるしい仕草に眠気が少なからず吹き飛び、私は目が冴えてしまう。なんで渚砂ちゃんはこんなにも可愛いのだろうか。もし将来研究職についたら論文にまとめるのもいいかもしれない、と冗談を考えながら口を開いた。

 

「六条様から生徒会に誘われている話を以前にしたの覚えていますか?」

「うん、覚えてるよ。だってあの時玉青ちゃんってば…」

「渚砂ちゃん?」

「ううん。何でもない!つ、続けて」

 

 あっ…。そういえばあの日は。渚砂ちゃんの反応のせいで私もその時のことを思い出してつい赤面してしまった。そう、そうだった。ハプニングで私は渚砂ちゃんのスカートの中に頭を…。

 

「た、玉青ちゃん!?思い出さなくていいからね?話を続けてよ。ねぇ玉青ちゃん聞いてる?」

「は、はいっ!大丈夫ですよ渚砂ちゃん。何にも思い出してないですから。安心してください」

 

 多分信じてはもらえないであろうバレバレな言い訳をしながらどうにか気持ちを落ち着かせようとする。危ない危ない。真面目な話をするつもりだったのに変な雰囲気に飲まれてしまうところだった。恐るべし渚砂ちゃんマジックである。深呼吸を繰り返し頭の中から邪念を追い払ってから私は話を切り出した。

 

「私生徒会に入ろうと思っているんです。六条様が随分と熱心に勧誘してくださったし、ミアトルの役に立てるならって思って」

「そっか。玉青ちゃんは偉いね。いつも一生懸命で…周りの人のことまで気にしてる。私なんかとは大違いだよ」

「そんなことありませんよ。生徒会に入るのは渚砂ちゃんのためでもありますから」

「私のため?」

「はい。渚砂ちゃんが過ごしやすい環境を作ってあげたいというのも大きな理由ですから」

「~~~~。玉青ちゃんって結構女ったらしだよね。モテるってのも納得かな」

 

 そう言って再びもぞもぞと動いた渚砂ちゃんは寝返りを打ったのかと思いきや、ベッドを抜け出し、枕を持って私の傍に立った。半ばパニックになって身体を起こした私に何も言わないままに、渚砂ちゃんは空いたスペースへとその身体を滑り込ませる。えへへ、と笑いながら枕をセットし横になると、今度は私にも横になるようにとポンポンと隣を叩いた。

 

 もうっ…私のベッドなんですからね。そう軽口を言いながらもポフッと倒れこんだ私をベッドは優しく受け止めてくれた。目の前に渚砂ちゃんがいる。ぬくぬくと温かい…、布団によるものだけではない、なんともいえない人の体温の心地よさが伝わってきて私の眠気も復活してしまったようだ。少し経って聞こえてきたスゥスゥという寝息を子守歌に私も眠りに落ちていった。

 

 おやすみなさい渚砂ちゃん。明日も良い日でありますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 いかがでしたでしょうか?今回は要と天音という王子様同士のお話です。私の思う百合は女の子同士での交際が異端とされる世界観なんですけど、この二人の王子様同士というのも、なんというか王子様の相手はお姫様っていうのを覆すというか。別にいいじゃない?王子様同士でも。っていう思いを込めてます。いや、その別にそこまで崇高な思想に基づいて云々ではないので気楽に読み流してください。あくまで周囲の一般生徒たちの固定概念をちょっとひっくり返すというかそんなイメージでの組み合わせです。章タイトルもまんまですけどこれが全てな感じがします。

 さて、女の子なのに王子様というとやはりあれを思い出した方は多いんじゃないでしょうか?そう、少女革命ウテナですね。私もそのイメージが強くあるので幻影でもいいからと決闘シーンをねじ込みました。良いですよね!薔薇の舞う決闘場。もし視聴してないよという方いらっしゃったらぜひどうぞ。私のを読んで下さってる方だと視聴した方多そうですけど念のため。

 久々登場の玉青ちゃんはちゃっかり渚砂ちゃんと添い寝。どうしても甘々な感じになっちゃいますね~。そんなわけで今回はこの辺で。次章もよろしくお願いします。それでは~。



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