アストラエアの丘で   作:クラトス@百合好き

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■あらすじ
 何の予定も入っていない素晴らしき安息日を光莉と共に過ごす夜々。シャワーを終え、買ったばかりのリップを試すはずがつい光莉の誘惑に乗せられて…。
 一方、秘密を共有する面々との会話で籠女との逢瀬をこれまで以上に気を付けることにした桃実はスピカの校舎内を探索することに…。
 第18章は密やかな関係に溺れる二つのカップルのストーリー!

■目次

<リップの行方は>…南都 夜々視点
<隠れ家を探して>…鬼屋敷 桃実視点
<女神様のイタズラ>…鬼屋敷 桃実視点
<二つのカップル>…南都 夜々視点


第18章「二人は恋人同士なのね」

<リップの行方は>…南都 夜々視点

 

 日曜の朝。聖歌隊の練習もないという幸運に恵まれた私たちは、朝食を終えるなり早々に部屋へと戻ると秘め事に耽っていた。すでに数回の取っ組み合いが繰り返され、今は疲れ果ててベッドに横たわっている状態だ。身体を覆う真っ白いガーゼのケットのひんやりとした感触が火照った素肌に心地良い。

 

「先にシャワー使っていいよ」

「夜々ちゃんが先に使ってよ。私はもう少しこうしてたいから」

「わかった」

 

 久しぶりだったから疲れちゃったのかな?今にも寝息を立てて眠ってしまいそうな光莉にケットを掛け直してあげてからシャワーを浴びに向かう。ハンドルを捻りお湯に切り替わるのを待つ間に今日の予定でも考えようかと思ったが、そう思った頃にはもうお湯が出始めていた。

 

 思ったよりもずっと早い。建物自体は古いものの、女子のためだけの寮とあっていちご舎の設備はなかなかに優秀だった。ふぅ~。温かいお湯に身を任せていると自然と息が漏れ、さっぱりとした気持ちになっていく。身体をあらかた洗い流した後はシャワーのヘッドを固定し、しばらくの間ぼんやりとしていると浴室は湯気で満たされていった。

 

「そろそろ交代したほうがいいかな」

 

 床を洗い流し浴室を出たものの、ベッドの方からは人の動いている気配が感じられない。まったく…光莉のやつ。

 

「光莉~。そのままだと風邪ひいちゃうよ~。」

 

 タオルで髪の水分を落としながら向かうと、案の定ベッドの上では光莉が幸せそうな顔をしたまま寝落ちしていた。仕方なく額をペチペチと叩いて起こし、浴室へと連れていく。一糸纏わぬ想い人の腰に手を回すこちらの身にもなって欲しい。扇情的な姿だけならまだしも、こうして触れていると色々と収まりがつかなくなってしまうではないか。

 

「バスタブにお湯張ってもいいからちゃんと温まりなさいよ。分かった?」

「うん、ありがとね夜々ちゃん」

「寝ちゃダメだからね。何かあったら呼びなさいよ」

 

 わかったぁ~、という間延びした、おそらく分かっていないであろう光莉の返事を受けながら衣服を身に着けていく。顔に塗る化粧水を取ろうと机の上のポーチに手を伸ばすと、詰め込まれたアイテムの中から買ったばかりのリップが顔を覗かせているのに気付き思わず手に取った。

 

 そういえばこれまだ使ってなかったな。色味が気に入って買ったんだっけ。化粧水と共にそれをポーチごと持って洗面台に向かい、浴室の中から聞こえてくる光莉の鼻歌をBGMにあれこれしていると、やがてタオルを纏った光莉が出てきた。

 

「早かったね。シャワーだけで大丈夫?」

「うんっ。夜々ちゃんが使った後だったから浴室が温まってたし、それにケットを掛けてくれてたからそんなに冷えてなかったよ」

「そっか」

「あっ、そのリップって先週買い物に行ったときのやつ?」

 

 リップの存在に気付いた光莉が水滴に濡れた手でひょいっとそれを掴み私に尋ねてきた。

 

「そうだよ。日曜だし使おうかと思って」

「いいなぁ~。夜々ちゃんはこういうのが似合って。私は童顔だから…」

 

 たしかに…。店員に勧められて光莉もいくつか試してはみたものの、どれも似合わず結局1本も買うことなく帰ってきたのだった。

 

「ねぇ夜々ちゃん。今日はリップ使うのやめておいたら?」

「どうしたの?急に」

「だって…夜々ちゃんキス魔だし。洋服に付いたら落とすの大変でしょ?」

 

 頬を染め、もじもじと落ち着かない様子で上目遣いに見つめてきた光莉の言葉に密やかながらも、今日はもうこういうことしないの?といったニュアンスが込められていることに気付き、私はたまらなくなった。()()()()()()。大好きな光莉に。

 

 見つめ合う視線がぷいっと逸らされ、服着てくるね、と言い残してトトトッと去っていくその瞬間、捲れたバスタオルから覗かせた太腿に胸が高鳴った。際どいギリギリのラインまで露わになった透き通る肌に赤い痕を…、くっきりと残るキスマークを見つけ抑えきれない衝動に包まれる。

 

 わざと…じゃないんだろうな、きっと。こんな風に見せつける真似、光莉に出来るとは到底思えない。けれど事実として私は興奮していて、光莉が欲しくてたまらなくなっていた。それと同時にちょっとだけ…、光莉ってやっぱり天然だなぁって。だってリップなんかよりもずっと淫靡なそれを身体のあちこちに残したまま洋服の心配をしていたんだから。

 

「ほんとに誘い上手なんだから。()()()()()。ちょっと強く付けすぎたかな…」

 

 ああ、神様。どうか昼食までたくさん時間がありますように。祈るような気持ちで時計を覗いた私は手の中にあったリップを放り出し光莉の待つベッドへと駆けていった。時計の針が昼食の時間まで進むにはまだ2時間もある。2時間もだ!後ろから抱き着きさっそく首筋にキスを浴びせると光莉へと覆い被さっていく。適当に投げたリップの行方など知らないままに…。私と光莉が再びベッドを軋ませる音が響く中、偶然にも元居たポーチへとすっぽりと収まったリップは、水滴に濡れたその紅いケースを人知らず煌めかせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<隠れ家を探して>…鬼屋敷 桃実視点

 

「なんだかこの3人でいるのも慣れてきたな。後は早く天音とお嬢ちゃんが加わってくれるといいんだがな」

 

 スピカの生徒会室にはお馴染みとなった私、親友の要、生徒会長の詩遠が集まり、のんびりとお茶を飲んでいた。なぜ他のメンバーはいないのかと言われると半分は私のせい、もう半分は要のせいといったところだろうか?要についてはエトワール選でどう戦うか?という極秘の打ち合わせのためで、私についてはもちろん例のアレのためだ。

 

「で…、どうなんだ桃実。お嬢ちゃんにはもう手を出したのかい?」

「ぶふぅっ。ちょっと!何を言い出すのよ要」

「何って言われてもな。重要な事じゃないか。ねぇ会長?」

 

 突然の質問にお茶を…、今日は珍しく紅茶ではなく和菓子に合わせて淹れられた緑茶を吐き出してしまった。まったく要ったらいきなり何を言い出すのよ。机を汚しちゃったじゃない。仕方なく机の上を拭いて綺麗にする傍ら、要に同意を求められた詩遠は困ったような顔を浮かべた。

 

 そう、これが例のアレというわけだ。私には交際相手がいる。女の子しかいないこの丘でだ。違う校舎に通う1年生の…、幼い少女と交際をしている。女同士というだけでも問題が多いのだがそのうえ年が離れていることもあり、バレたら奇異の目で見られることは確実な案件だった。

 

「会長の意見はどうです?………。会長?」

「え?ああ、ごめんなさい。あの、間違いでなければ手を出すっていうのは()()()()()()()()?」

 

 窓から外を眺めながら顔を赤く染めた詩遠は確かめるようにそう言った。親しみやすい雰囲気ではあるが実際にはミアトルの六条深雪に負けず劣らずのお嬢様である詩音には、この手の類の話は不慣れらしい。不慣れというかこの反応は…。思わず私と顔を見合わせた要はやれやれといった様子でクックッと笑みを漏らした。

 

「お嬢ちゃんは1年生だからな。桃実とだと絵面的に少々問題があるな」

 

 要はどうやらこの話を続けるつもりらしい。正直言って、え?続けるの?と思わないでもなかったが、予想外にもコホンとわざとらしく咳をした詩遠が良識を持ってこれに対応した。

 

「少々どころの問題じゃないでしょ。相手の籠女さんはまだ子供なのよ?こういうことはしっかりと知識を得たうえで…」

「会長は常識人だなぁ」

「当たり前です!」

「じゃあ当事者である桃実に聞いてみよう」

「だ~か~ら!『まだ』何もしてないってば」

「へぇ~『まだ』ね。じゃあ予定はあるってことだ」

 

 うっ…。要のやつ抜け目ないんだから。籠女との一件で要が自分の思う以上に恋愛事の機微に敏感だと知って以来、要はとてもやりづらい相手となってしまった。迂闊なことを喋ると今のように手痛い反撃が来るというわけだ。

 

「二人ともそこまで。とにかく!桃実はこの件については慎重になりなさい。あなたが問題になれば、要にだって迷惑が掛かるのよ。下級生に手を出して不祥事を起こした結果、スピカがエトワール選を辞退せざるを得ないなんてことになったら、分かるでしょう?」

 

 詩遠に言われてハッとした。そうだ。要は天音さんとエトワール選に出たくて行動を起こしたんだ。それに会長だって…。スピカからエトワールを輩出するのを夢に見ている。もしそんな事態になれば面目は丸潰れのうえに大きな汚点として残ってしまうだろう。私と籠女の事が信用できない人物に漏れたら大変なことになる。私たちの事は()()()()()()()()()()()()()()。そのことを改めて思い知らされた。

 

「これまで以上に気を付けることにするわ。ありがとう要、詩遠。私…最近ちょっと油断していたから」

「それがいい。君とお嬢ちゃんが悲しむ顔は見たくないからな」

 

 要がクックッと嬉しそうに目を細めると、それに合わせて詩遠も静かに頷きながらほほ笑んだ。

 

 

 その日の放課後から私は行動を開始することにした。やれることはやっておいた方がいいとそう考えたからだ。まずは安全地帯の確保から。いちご舎の部屋以外にも二人きりで安心して会える場所が必要となる。食堂などの人の目に触れざるを得ない場所とは別にそういった場所があれば、落ち着いていちゃいちゃ出来るというわけだ。しかしそう簡単にそんな素敵な隠れスポットが見つかるはずもなく…。

 

「ん~。意外とこそこそ会える場所って見つからないものね~。まぁそういうつもりで探したことがなかったから当たり前なのかもしれないけど」

 

 事前に思い浮かべていた候補はいくつかあったものの、実際に行ってみると案外周囲から丸見えだったり、狭かったりと、なかなか良い場所が見つからない。仕方なく今は地図を塗りつぶすようにスピカの中をしらみつぶしに歩き回っている状態だ。

 

 でもこうして意識しながら歩いているとちょっとした暗がりなんかがそれっぽい場所に見えてきて、なんだかあちこちがいかがわしい雰囲気に包まれているような気がしてくる。自分と籠女が息を潜めて抱き締め合っているのを想像し、私は身悶えした。

 

「あっ、そういえばあそこなんていいかも」

 

 それは直感というかなんというか。ある種の『匂い』みたいなものを嗅ぎ付けたのかもしれない。屋上とは別の…、だけど少し校舎から張り出していて屋外となっている部分。あまり広くなく、日当たりも悪いせいで利用する生徒のいない、中途半端なテラスのようになっている細い場所で、無駄に置かれた鉢植えが狭い面積をさらに狭くしていて邪魔なことこのうえない。

 

 一般生徒はまず立ち寄らないであろうその場所は今扉の前に立ってみてもひっそりと静まり返っていて誰もいないように思える。どうやら『当たり』かもしれない。うふふ、ラッキー。誰もいないのだから気遣う必要はないのだけれど、なんとなく静かにそぉ~っと扉を開けて降り立つとそこには…、人が来るとは思ってなかったらしく身体をビクッと硬直させた先客の姿があった。

 

 片方は一瞥しただけでも相当にスタイルが良いと分かる漆黒のロングヘアの少女。もう片方はそれとは対照的に薄いスレンダーな身体付きで淡い金色の髪をした少女だ。

 

「あ、ごめんなさい。まさか人がいるとは思わなくて。あなた、たしか聖歌隊の…」

「聖歌隊の南都夜々です。こっちは同じく聖歌隊の此花光莉」

「私は━━━」

「━━━大丈夫です。分かりますから。生徒会の鬼屋敷桃実さんですよね。何度か式典や行事でお見掛けしました」

 

 ぺこりとお辞儀をした光莉さんを眺めながら、私はある出来事を思い返していた。私と籠女がお御堂の裏で『祝福』を受けた時のあの歌声を…。もしかしたら夜々さんの歌声に重なっていたもう一つの声の持ち主はこの子だったのかもしれない。なんとなくそんな気がした。

 

「二人は仲が良さそうね」

「はい。私と夜々ちゃんはルームメイトなんです」

「ああ、どおりで」

 

 夜々『ちゃん』ね。ふ~ん。光莉さんの方はちゃん付けで呼ぶのね。可愛らしいこと。おっとりした美少女って感じね。籠女も成長したらこんな感じになるのかしら?うん、あり得るかも。光莉さんに未来の籠女像の一つを感じ取り私は一人納得した。それにしても二人はこんな場所で何を?と尋ねようとした言葉を慌てて引っ込める。その手に聖歌隊が使う冊子を見つけたからだ。

 

「聖歌隊の練習?そうだったのなら邪魔してごめんなさいね」

「ええ、まぁ」

「や、夜々ちゃん。次はこの辺から合わせてみよう」

「ええと、そうだね光莉」

 

 う~ん。せっかく見つけた場所だったんだけど…。もし二人が普段から練習で使っているんなら諦めるしかないかぁ。ん~でもなぁ。なにか引っ掛かる。なんだか急に練習を始めたような。扉の前に立った時も歌声は全く聞こえてこなかったし…。それになにも二人きりでこんな場所に来なくても…。そう思うと、途端に二人の仲が親密なように見えてきて、己を恥じた。

 

 いけない、いけない。自分がそうだからって他の人もそうとは限らないわよね。単に仲良しってだけか…。仲間を見つけたと思ったらそうでなくてなんだか残念なようなホッとしたような。

 

 複雑な心境からか重い足取りで桃実がその場を去った後、夜々と光莉は胸を撫で下ろしていた。

 

「はぁーーーーびっくりしたぁ」

「よかったね夜々ちゃん。聖歌隊の冊子持って来てて」

「聖歌隊を隠れ蓑にするみたいでちょっと申し訳ないけど背に腹は代えられないもの。それにしても…、まさかここに人が来るなんて思ってもみなかった。生徒会の人だったけど何かの点検とかだったのかな?理由聞いておけばよかったね」

「うん。けど…下手に聞いてもそれはそれでまずかったかも?」

「そうだね~。はぁっ…。なんだか気が抜けたら眠くなってきちゃった」

「私も…」

 

 二人は壁にもたれかかると、手を繋ぎながら笑い合った。

 

 

 

 

 

 

 

<女神様のイタズラ>…鬼屋敷 桃実視点

 

 さてと。今日はどこを回ろうかな?昨日は聖歌隊の二人組に遭遇したりと空振りに終わってしまったがスピカの校舎は広く、まだ行っていない場所が結構残っていることに今更ながらに感心していた。まだあるのかと思う反面、これだけ広ければ良い場所の1つや2つあるだろうという期待もあった。昨日と同様に見取り図を片手に歩き回っていくと候補としてまずまず悪くなさそうな場所がちらほら。けれど安全性などの問題でどこも決め手に欠けている。

 

「気分転換に屋上にでも行こうかしら」

 

 スピカの屋上は給水設備等が設置されてはいるものの、広い校舎に比例するようにそれなりの面積があり見晴らしも良い。お昼には購買で購入したパンを片手にここでランチを取る生徒もそこそこいるが、放課後の今は誰もおらず閑散としていた。それでも晴れていたこともあって景色を堪能しながら大きく伸びをしているとなんだか上手くいくような気がしてきて心が楽になる。

 

 ここで籠女とランチするのもいいわね。仲良く1つのパンを分け合ってもいいし、小さなサンドイッチの詰め合わせを膝に置いて食べるのも楽しそうだ。運が良ければこのロケーションを二人だけで味わえるかもしれない。

 

「二人だけで…」

 

 ハッとして辺りを見回し確認を行う。誰かが来たらすぐに分かりそうな屋上の入り口。二人でも悠々と隠れられそうな給水タンクがあるエリア。ここより高い建物はすぐ近くにはなく、手でも振らない限りは地上からも見えなさそうだ。もしかしてここなら…。

 

「いいじゃない。運が向いてきたわ。籠女とはここで会いましょう」

 

 優良な候補が見つかってひとしきり喜んだ後、そろそろ戻ろうかとしたその時だった。階段を上ってくる数人の声が聞こえる。3人?いや2人だけだ。しかもその声には聞き覚えがある。つい最近聞いたばかり。それも昨日。夜々さんと光莉さん。あの2人だ。どうしてこんな時間に屋上に?それも2人きりで?逢瀬の場所を探してうろついていた自分に言える事ではないが、なんだか妖しい空気を感じ取り私は急いで身を隠すことに決めた。

 

 昨日あの場所を探し当てた時の『匂い』のような…、そんな何かを嗅ぎ付けたのだ。とりあえず給水タンクの影に隠れてみたはいいものの、想像していたよりも居心地は悪くあまり長居したい場所ではなかった。ただこちらから見えにくい分、相手からも見えにくいであろうことについては安心出来る材料と言えた。

 

「来た!」

 

 昨日と同じく聖歌隊の冊子を手に仲良さげにやって来た2人をじっと観察する。やっぱり練習に来たんだろうか?でもその割にはなんだかキョロキョロと落ち着きがないような…。人がいないかを確認している?人の迷惑にならないようにと配慮するにしてはちょっと大袈裟な素振りに見えた。やっぱり変だ。どうやら勘が当たっていたらしく、周囲を警戒する2人を前に、スパイ映画のように心臓がドキドキと弾む。

 

(ちょっとちょっと。まさか何か悪い事でもしに来たってわけ?やめて頂戴よね。仮に校則違反の事とかだったら大問題よ?)

 

 大それたことをするような子たちには見えなかったけど、とにかく目を離すわけにはいかない。不祥事が起きようものなら当事者だけでなくみんなに迷惑が掛かるのだ。昨日思い知らされた事実と共に要と天音さん、それと詩遠の顔が浮かんできて思わず手を握りしめた。

 

 ひやりとした汗がつぅーっと服の中を伝い、手はじっとりと汗ばんでいる。見逃さないよう目は見開いたままで、何かあればすぐに飛び出そうと身構えておく。確認が終わったのか視線を通わせた2人が言葉もなく頷き合ったのを見てゴクリと喉が鳴った。

 

「光莉」

「夜々ちゃん」

 

 結論から言って二人が始めたのは私が考えていたようなことではなかった。けれど…それと同じくらい驚くべき出来事で。コンクリートの段差が丁度ベンチのようになっている辺りへと腰掛けた二人は隣り合わせに座ると楽し気に雑談を始めた。それだけなら別に何でもないのだが、その姿勢が…、そもそもが()()()()()()()()べったりとくっ付いていたのだけど、少しすると光莉さんが夜々さんの胸の辺りにもたれかかるように身体を預けたのだ。

 

 安心しきってリラックスした様子からは、これが特別なことではなく普段から行われている日常であることが窺える。夜々さんがとても慣れた手付きで光莉さんの髪を手で梳くと、光莉さんは気持ちよさそうに目を細め、やがて眠りに落ちるかのように瞼を閉じた。空いた方の手を互いに…、ただ握るのではなく指を絡め合うように繋ぐとしばしの静寂が辺りを包む。

 

(あの子たち…付き合ってるんだ)

 

 もし籠女と交際していなかったら、目の前の光景にどぎまぎするだけでそういった考えには及ばなかったかもしれない。でも今の私は…。ああ、ダメだ。上手く考えが纏まらない。分かるのは二人が私たちと同じように交際しているということ。そしてその仲が、私と籠女よりも遥かに親密で深い関係にあるということだけだ。昨日一瞬だけ訪れた違和感は間違いではなかった。先程の様子から二人が交際を秘密にしているのは間違いない。

 

 だけどまさかこんな事が起きるなんて。まさかこんな…アストラエアの丘で隠れて付き合っている子が…すぐ近くにいただなんて。そして昨日言っていた言葉を思い出す。ルームメイトであると。二人だけの巣箱。邪魔の入らない隔絶された空間。そんな場所を持つ二人なら当然その先は…。

 

(二人は知っているのね。私が知らない世界を)

 

 それが無性に羨ましく、そして許せなかった。こんな場所で会わずとも、あなたたちには堂々と二人きりになれる場所があるというのに!人に言えず、閉ざされた世界だとしても私たちよりもずっと自由であるというのに!でも同時に可哀想でもあった。それだけの関係にありながら部屋を一歩出れば、咎人のようにこそこそとしなければならないのだから。

 

(違う。それは私たちも同じだ。私と籠女だってどれだけ深い仲になったとしても、結局は隠れて生きていくことになるんだ。()()()()()()()()()()()()()…)

 

 それはなんだか出口のない迷路みたいで、空がずっと雲で覆いつくされているような気が滅入る話だった。だけどこれこそが掟。この丘の…、女性しかいないアストラエアの丘における不文律。

 

(なら私はどうすればいいの?籠女と一つになったとして…その後は?分からない、何も分からないわ)

 

 昨日までは籠女との関係が全てで、結ばれさえすればそこがゴールだと思っていたのに。今こうして目の前に荒涼とした大地が…、先駆者であるはずの夜々さんと光莉さんまでもが手探りで頼りなく歩む世界があると知って、私は怖くなってしまった。眩暈にでも襲われたのかもしれない。気付けば音を立てている自分がいた。

 

 いるはずのない…、いてはならない観測者の登場に二人の目が驚きに見開かれる。無意識のうちに光莉さんを抱き締めた夜々さんの行動が、なおさら二人の仲を確かなものだと感じさせた。

 

「ご、ごめんなさい。生徒会の仕事で点検に来ていて。驚かせちゃったわね」

 

 どうにかこうにかそれらしい言い訳を考え引き攣った笑みを浮かべたものの、頭が回ったのはそこまでで後は立ち尽くすほかなかった。二人も明らかに表面だけの愛想笑いを浮かべ私の出方を窺っているように感じる。向かい合ったまま距離が縮まることはなく、間を通り抜けていく風は異様に乾いていた。

 

「奇遇ですね。今日もこんなところで会うなんて」

「二人は…あの、とても…。とても仲が良いのね」

 

 なんて薄っぺらい言葉なのだろうか。まるでそんなこと()()()()()()()()()()()。もちろんそれは二人にも伝わっていて、特に夜々さんは白々しいとでも言いたげに私を冷たい目で見つめていた。こんな会話に何の意味があるだろうか?私だって同じような立場だというのに。そう思うと、言葉は自然と発せられた。

 

「━━二人は恋人同士なのね━━」

 

 言ってしまってからすぐに後悔して両方の手の平で口を塞いだ。謝罪の意を示すように。なぜなら…。隠さなければこの丘で平穏に過ごす事が出来ないと学んでいるからこそ、その言葉が二人にどれほどの不安と恐怖を与えるか、私は知っていたから。

 

 今頃二人の胸中には様々な思いが渦巻いているはずだ。言い訳をするのか。認めるのか。それとも何か別の…。聞きたくなった。答えがいずれのものであったとしても聞くのが怖かった。だからその場から逃げ出すように立ち去ろうとしたのに…。籠女の事が浮かんで私は思わず足を止めた。

 

 こんなのフェアじゃない。二人にだけ不安と恐怖を与えてどこかへ行くのだなんて。もし私と籠女が同じ状況に陥ったら、夜は一睡も出来はしないだろう。あの人は言いふらしはしないか?教室に着いたら噂で溢れかえってはいないか?と。

 

 普通なら…、一般の生徒なら何を言っても安心させることは出来ない。けれど()()()()。あるのだ。二人を安寧に導くとっておきのセリフが。それを胸に私は振り返ると二人に告げた。

 

「私にも…いるの。好きな子が。とても大切な…()()()()!」

 

 先程とは違う驚きに二人は目を見開く。

 

「本気なの。付き合っているの。自慢の…自慢の()()なのよ。素敵で…可愛らしい…私の『眠り姫』。」

 

 そう言い残して私は今度こそ、その場から去っていった。あの二人にならそれだけで充分のはずだ。同じ側の人間であると伝えるためには…。敵ではないと、むしろ味方であると宣言するには。後悔はなかった。この丘の掟を知る者同士、安易に口外することはないと信頼出来たから。私たちは咎人だ。人に指差される咎人なんだ…。階段を駆け下りる靴音がやけに大きく聞こえていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<二つのカップル>…南都 夜々視点

 

 私と光莉は()()()()()()()()。元々女の子同士なのだから過剰に意識し過ぎないように気を付ければ、軽く手を握ったり、じゃれ合ったりするくらいなら周囲に変に思われることはない。もちろん、周囲の反応を探りながら少しずつ大丈夫そうな範囲を見つけ、適した振る舞いをその都度覚えていくという作業が必要ではあったが…。

 

 教室ではあくまでも友人を装いながらも、ちょっと仲が良過ぎるんじゃないの?と思われるくらいのギリギリのラインでの触れ合いを繰り返して、普段からいちゃついているイメージを抱かせた。そうやって許容される範囲に僅かながらに余裕を持たせることで、安全性を高めるための布石として。万が一に何かしらミスをしても、あの二人か、と呆れて見過ごしてもらえるように。

 

 二人きりの場面でも注意を怠らなかった。誰かに見つかることを想定し余程安全が確保されない限りは、言い訳出来る程度の接触までで抑えるように我慢した。いくら欲しくなったとしても不用意にキスするようなことはしない。互いにそれをしっかりと認識し、どちらかが雰囲気に流されそうになっても相手が抑制することで欲望に蓋をした。そうやって過ごすうちに…、とても不思議なことが起き始める。

 

 キスをせずとも、手を握り身を寄せ合うだけでもある程度満たされるようになっていったのだ。おかげで校舎にいる間もだいぶ心に余裕を持つことが出来るようになった。もちろんキスや身体の交わりの素晴らしさがそれで失われたわけではなく、むしろ特別な…、秘密裏に行わる神聖な行事として昇華されたことで、事が始める直前の()()()()()()()()()は得も言われぬ芳香を奏でた。

 

 慣れのようなものだったのだろうか?つまりは油断したと?それは違う。私たちには自信があった。これくらいの接触で私たちの関係に気付く者はいないと。もし仮にいたとしても、それは私たちと同じ側の…。だってそうでしょう?女の子しかいないこの丘で少しくらい仲が良過ぎたって、冗談交じりの軽口で茶化す人はいたとしても、真剣に交際していると疑う人はいない。なぜならそういう間柄の人間が身近にいるかはたまた当事者でもない限り、軽い接触だけを材料にそこまで想像出来るわけがないのだから。

 

 昼休みと違い放課後は人があまり来ないことを知っていた屋上で光莉と戯れる。胸に掛かる光莉の体重を受け止めながら手櫛で髪を梳いてあげると光莉は気持ちよさそうに目を細めた。そこまでは普段と変わらない、いつも通りの二人だけの時間だった。世界に私と光莉だけ。他には誰もいないはずの…。

 

 物音に気付いてそちらの方を見た時、思わず背筋が凍った。でもそれは単に誰かに見られたからではなく、その誰かの顔に見覚えがあったからだった。風に揺れる濃いめの亜麻色の髪。凛とした顔立ち。生徒会の鬼屋敷桃実さん。スピカでは名の知れた有名人ではあるが問題はそうではない。そう、問題は…()()()会っていることだ。

 

 いくらなんでも二日連続でこんな人のいない場所で会うだろうか?それも生徒会の人物と。その瞬間私の頭に浮かんだのは、私と光莉の関係が生徒会にバレて問題になったという可能性だった。最初から見張られていた?昨日会ったのも偶然ではなく監視の一環で?疑われているにも関わらず間抜けにも光莉との逢瀬を見られてしまった?でもこちらには判断出来る材料が何一つもなく、迂闊なことは言えない。

 

「奇遇ですね。今日もこんなところで会うなんて」

「二人は…あの、とても…。とても仲が良いのね」

 

 とりあえずの言葉に対する反応は何とも形容しがたいもので不思議な感覚に包まれた。戸惑っている?何か言いたいことが本当はあるのに宝箱にそっとしまい込んで蓋をしているみたい。寂しげな空気を纏ったその表情は、生徒会のメンバーとして異端者を断罪しにきた執行者のようにはとても見えなかった。もし彼女がそうであったならばこんな表情はせずに、もっと満面の笑みを浮かべて私と光莉を追及していただろう。お前たちは罪人であると。アストラエアの丘を乱す反逆者なのだと。

 

「━━二人は恋人同士なのね━━」

 

 言うなり申し訳なさそうに口を塞いだ姿を見て私の心は揺れた。的確な言葉だった。私と光莉の関係を表すものとしてはこれ以上にないほどの。知られてはいけない私たちの秘密の関係。本来ならば絶望的な悲観を抱くはずの場面で、心が揺れたのは別の理由だった。

 

 桃実さんは…もしかして。その時思い出したのはスピカで広まった噂。一瞬で話題から消え去った()()()()()()()()()()。生徒会の鬼屋敷桃実がルリムの1年生にお熱だという噂。もしあれが事実だったというのならば、桃実さんが私と光莉の関係をちょっとした触れ合いを材料に看破したとしてもおかしくはない。分かるものだ。隠していても、同じ側の人間であることは。

 

「私にも…いるの。好きな子が。とても大切な…()()()()!本気なの。付き合っているの。自慢の…自慢の()()なのよ。素敵で…可愛らしい…私の『眠り姫』。」

 

 そう言い残して去っていく桃実さんに私も光莉も言葉を掛けることが出来なかった。

 

「夜々ちゃん…桃実さんの言ったことって」

「本当だと思うよ」

「じゃあ…」

「うん。もう一度会わなきゃいけないね」

「恋人と会える場所を探しに来ていたのかな?」

「そうだったら女神様のイタズラかもね」

 

 さらにその翌日。廊下で桃実さんを待ち伏せした私たちはあの中途半端なテラスへと向かった。

 

「昨日は驚かせてしまってごめんなさい」

 

 会話が始まるなり頭を下げた桃実さんにやめるよう促し、会話を進める。

 

「桃実さん…あの私と夜々ちゃんの事…」

「ええ、大丈夫。分かってる。分かっているわ。あなたたちの事は誰にも話してない。それがこの丘での()()()()()ですもの」

「それを聞いて安心しました。ところで桃実さん自身のことは?誰か知っている方は?」

「………。それなんだけどスピカに2人いるの。でも信頼出来る人よ」

 

 信頼出来る…か。まぁ桃実さんが言うなら変な人ではないんだろうけど。

 

「名前を聞いても?」

「親友の剣城要と会長の冬森詩遠」

「それはまた随分と…難しい立場ですね。生徒会の主要メンバーだなんて」

「そんなことないわ。むしろ味方だと頼もし過ぎるくらい。その二人の他は千華留さん…かな。直接話したわけじゃないけどあの人は気付いていると思う」

 

 その名が出てきて思わず苦笑いを浮かべた私たちを見た桃実さんは何か察したようだ。

 

「千華留さんにエトワール様。この丘では避けては通れない存在だもの。仕方ないわ。それより今日の放課後屋上で会わない?紹介したいの。私の『眠り姫』を」

 

 了承代わりに頷き合うと私たちはその場を引き上げた。

 

「はじめ…まして。びゃくだん…かごめ…です」

「よろしくね籠女ちゃん」

 

 桃実さんが連れてきた『眠り姫』は噂にあったようにルリムの制服を纏った幼い少女だった。1年生ということを差し引いてもなお幼く、大人びた印象の桃実さんと並ぶとそのアンバランスさが際立つとともに、得も言われぬ背徳感を匂わせる。

 

 まぁ似たようなものか…。すぐ隣に立つ自分のパートナーである光莉を…、3年生にしては平らなボディを持つ天然で抜けたところのあるおっとりした性格の少女を見て私はそう思った。どちらもいかにもといった具合の子供っぽい下着を身に着けていそうだ。

 

 どうかしたの?と不思議そうな顔で見てくる光莉にまさかそんなこと言えるはずもなく、笑顔で誤魔化した後は桃実さんと隣に座りながらパーシヴァルと呼ばれるクマのぬいぐるみと共に戯れる光莉と籠女ちゃんを眺めていた。言うと怒るだろうからやめておくけど、光莉にはぬいぐるみが良く似合っていてとても可愛らしく、今度プレゼントにでもしようかと思ったほどだ。

 

「私たち…趣味が合いそうね」

「もしかして光莉もタイプだったりします?」

「籠女が成長したらあんな感じかなってちょっと思ったわ」

「ああ、なるほど」

 

 それ以上好みついて触れるのは互いにまずいと感じたのか私たちはえらく真面目な話を始めた。学園生活で注意していることや、逢瀬に適した場所や時間帯。今後に役立てようと可能な限りの情報交換を行っておいた。

 

「生徒会の要と詩遠は私の事を知っているから、理解もあって信頼出来るわ。あなたたちの事は話していないけれど、もし何かあったら私共々頼ってね」

「ええ、ありがとうございます」

「それじゃあ私と籠女は戻るから。次は食堂でお昼ご飯でも食べましょう」

 

 そう言って手を繋いで去っていった二人を見送る私たちの手もしっかりと繋がれていた。一時はどうなることかと思ったけど、今回はどうやら一件落着したみたい。桃実さんと籠女ちゃん、どうかお幸せに。そんな祈りを込めて見上げた空が夕焼けで赤く染まっていた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 いかがでしたでしょうか?前回の後書きで『明るいお話の予定です』って書いたのですが、あまり明るくなかったですね。すみません。夜々と光莉。そして桃実と籠女の2つのカップルが出くわすお話でした。静馬と千華留以外は周囲に隠れ、息を潜めているという設定ですので見つかりにくい場所で会っていたり、努力してるよってお話が書きたかった感じです。それにしても桃実視点をこんなに書くことになるとはスタート前には予想だにしていなかった…。

 よかったら次章もよろしくお願いします。それでは~♪




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