渚砂のもとに届いた両親からの小包には手紙と一緒に贈り物が同封されていた。遠く離れた地で暮らす両親に思いを馳せつつ開封すると、中には2つのキーホルダーが。渚砂はそのうちの1つを玉青へのプレゼントにしようとするが…。
入り乱れる赤と青と蒼。第19章は波乱の展開!?
■目次
<赤と青>…蒼井 渚砂視点
<青と蒼>……蒼井 渚砂視点
<赤と青>…蒼井 渚砂視点
いちご舎の人から私宛に小包が届いていると聞いたのは、授業が終わり戻ってすぐのことだった。小包かぁ…。なんだろう?何かを注文した覚えはないし、かといって誰かからプレゼントが届く予定もなかったので不思議で仕方がない。用紙に必要事項を記入して渡すと係の人はすぐに分かったみたいで、棚から荷物を…、小包という文字に相応しい小さな段ボール箱を取り出し渡してくれた。
「ご両親からみたいよ。はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
箱を受け取りがてら一応差出人を確認すると、そこに書かれていたのは間違いなく私の両親の名前だった。
「わぁーー。ほんとにお父さんとお母さんからだ」
海外転勤となった二人からの初めての荷物。込み上げてくる嬉しさを表現するように、渚砂はその箱を頭上に掲げ小躍りしながら部屋へと戻った。生徒会の活動で玉青が不在のガランとした部屋に箱を置くと、何度も差出人を見ては手の平で撫でるようにして喜んだ。今のうちに開けちゃった方がいいかな?どうなんだろう?玉青ちゃんと一緒に開けたいけど中身が気になるのも事実。よし!家族からの贈り物だしやっぱり一人で開けちゃおう。
「なにかな?なにかな?」
逸る気持ちを抑えつつ慎重に箱を開けると、中から出てきたのは手紙と小さな袋だった。布で出来た袋からは中身を窺い知ることは出来ず、手に取ってみるとチャリッと軽い金属音のようなものが聞こえる。2度、3度と手の中で弾ませてみるものの袋の正体は予想もつかなかった。
「でもこういうのって、何か分かるまでが楽しかったりするんだよね~」
ここですぐに袋を開けてしまうのもなんだか味気ない気がして今度は手紙に手を伸ばしてみる。小洒落た封筒に入れられた手紙を開くとあまり質の良くない紙に二人の文字が並んでいた。罫線は定規か何かで自前で引いたらしく、ところどころ斜めっていたのが印象的だ。え~と、なになに。渚砂へ。寮での生活は上手くやれていますか?最初に書かれたお母さんの文章には主に私の学園生活や健康を心配する言葉が続いていた。中には同じような内容の心配が繰り返し書かれている部分もある。
「私は大丈夫だよ。友達も出来たし、上手くやれてるよ」
お母さんってば大袈裟だなぁ、なんて思いながらも胸の奥がじんわりと温かくなるのは誰だって同じなんだろうな。一度手紙から視線を外し、手紙を抱き締めるようにしてありがとうと呟くと、自然と視界が滲んだ。
よく考えてみればここでのこれまでの生活も自分にとっては大冒険に等しかった。知り合いが一人もいないミアトルに編入し、初めての寮生活を送ったのだから。それでも夜にホームシックに掛かって泣いたりしなかったのはひとえに玉青ちゃんのおかげだろう。玉青ちゃんがいなかったら、若しくは別のルームメイトだったら、耐えられずに逃げ出していたかもしれない。
「玉青ちゃんへのありがとうだって、何回言っても言い足りないな…」
続くお父さんの文章では仕事が順調だとかそんな内容で始まり、旅先での面白いエピソードがいくつか綴られた後ようやく袋の中身についての言及があった。袋の中身が気になっていた私はついつい前のめりになって手紙を覗き込み、口からは知らず知らずのうちに手紙の内容が再生されていく。
「市場で怪しげな男からルビーとサファイアの付いた装飾品を買わないかと持ち掛けられた。もちろん我々は無視して先を急いだが、男はなおも食い下がってくる。根負けして見てみればなんてことはない。よくあるガラスに色を付けただけの紛い物だったのだが、見た目は悪くなかったのでそいつをとっちめる代わりに
もぉ~お父さんってば…なにこれ?部屋にくすくすと笑いが漏れる。これは本当の出来事なんだろうか?なんだかとっても胡散臭い。意外とお茶目なところもある父の作ったフィクションと言われた方が余程納得できるというものだ。娘を心配する母の言葉に続けて書く形になり、心配以外の事を書かなければと、手紙を前に必死で考える父の姿が目に浮かぶような気がした。
「でもなんだか二人らしいや」
真実はどうあれ、その装飾品とやらが入ってるであろう袋は私のすぐ傍にあって、開封される瞬間を今か今かと待っている。どうせならその話に乗っかっておいた方が楽しく開封できそうだと思い、私の心の中ではそのエピソードは見事に現実の出来事として大切に書庫へとしまい込まれることとなった。二人の笑顔を思い浮かべながら袋を手に取り、留めてあったテープをそっと剥がして傾ける。すると手のひらの上には二つのキーホルダーがチャリッと音を立てながら転がり落ちた。
わぁー綺麗。お揃いのデザインの装飾の中央にそれぞれ赤と青に色付けられたガラスがはめ込まれている。早速部屋の明かりにかざしてみると、赤と青のそれが光を吸い込んでキラキラと輝いた。
「本物かどうかなんて私には全然分かんないよ」
って、私はそもそも本物のルビーやサファイアをじっくり見たことがないんだった。お母さんがいくつか持ってたような気がするけどどんなだったか全然覚えてない。分からなくて当然かぁ。海外旅行かなんかで勧められたら、あまり疑うこともなく信じちゃうかも。
キーホルダーになっているのはお母さんがしてくれたのかな?相変わらず手先器用だなぁ。高価な品ではなくとも、遠く離れた地にいる両親から届いた初めてのプレゼントに私の気分はすっかり高揚した。
「赤と青か~。なんだか私と玉青ちゃんみたい」
ベッドに寝っ転がってしばらくキーホルダーを眺めているとそんな事が頭をよぎった。二つを並べて揺らしてみると私の赤茶色のポニーテールと玉青ちゃんの青いシニヨンの髪が一緒に歩いているみたいに見える。他の子たちからは私と玉青ちゃんはこんな感じに見えていたのかな?なんて思ってみたり。
これ、どうしようかなぁ。1個はカバンに付けるとしてもう1個は…。不精にもベッドに寝転がったままペンケースとかポーチとかに合わせてみたもののどうにも決まらない。いっそのこと2個ともカバンにつけるのも…。う~ん。
「あっ、そうだ!一つは玉青ちゃんへのプレゼントにしようっと。日頃の感謝を込めて…うん、それがいいや。心配だって結構させちゃって━━━ッ!?」
そう思った瞬間、胸がズキリと軋んだ。思わず胸に手を当ててみる。
「心配…か」
最近、玉青ちゃんとは少しギクシャクしている。生徒会の活動で頑張る傍ら可能な限りの時間を一緒に過ごしてくれるものの、出会った頃のような、なんでも通じ合っているみたいな感覚は鳴りを潜めている。原因はもちろんあの人だろうけど。あの人が現れてから玉青ちゃんは少し
煌びやかな銀髪の似合う整った顔立ちのあの人。エトワール…、花園静馬様。なんで私なんかと仲良くしてくれるのか不思議に思えるような御方。でもそんな静馬様は私に親しくしてくれている。
思い出している今だって、宙に浮いてるみたいな気がしてしまう。一度こうなるとまた抱き締めて欲しいという願望が膨れ上がってきて、けれどすぐにはどうにもできず、モヤモヤとした得体の知れないものが身体に溜まり燻り続けるのだ。女の子同士だっていうのに、視界のどこかに静馬様の姿を探しては落胆することだってある。私は静馬様に惹かれている。間違いなく。
だけど…。同性にドキッとしたのは静馬様に対してだけじゃない。それはついこの間の出来事。目を瞑るとはっきりとその時の事が思い出せる。それだけ記憶に刻まれたという証拠だと思う。
「
そう声に出してみると、静馬様を思い浮かべた時みたいに胸が弾んだ。あの日、あの温室で、そう言われながら玉青ちゃんの背中に庇われた時みたいに。あの時の玉青ちゃんはとてもキラキラと眩しくて輝いていた。パァッてスポットライトに照らされたように、玉青ちゃんだけが光ってた。胸のドキドキは、もしかしたら静馬様に感じたものよりも…大きかったかもしれない。
それなのに最近の玉青ちゃんは、私を静馬様から遠ざけることにばかり夢中で私の顔を見てくれない。いつも傍にいるのに、どこか遠くにいるみたいで…。『私の』と言ってくれた時の玉青ちゃんの影が時々ほんの少しだけ見えたりするけど、それを手繰り寄せようとするとはぐらかされてしまって、引っ張った糸の先に玉青ちゃんはいなかった。もう一度でいいから、あの玉青ちゃんに会いたい。
「玉青ちゃんは何で私にあんな事を言ったのかな?」
青いキーホルダーを握ると、心臓がキュッと押し潰されそうに苦しくなる。知りたい。教えて欲しい。あの時の玉青ちゃんが私をどう思っていたのか。
「これが…きっかけにならないかな?」
両親の送ってくれたキーホルダー。赤と青に彩られたそれは天啓のようにも思えた。二人でお揃いのキーホルダーを付けて歩いたらまた前みたいに仲良く出来るような気がしてくる。そう思うと二つのキーホルダーを飾るガラスが…、
「玉青ちゃん…喜んでくれるかな?」
良いアイデアが浮かんだのもあって玉青ちゃんの帰りがとても待ち遠しく感じた。何度も時計を見てはそわそわして、渡す練習なんて始めちゃったりする。帰ってきたらまずはおかえりって言って、そしたら…渡そう。
「ただいま渚砂ちゃん」
「あ、おかえりーー!玉青ちゃん、今日は早かったね」
「ええ。仕事が捗ったので。渚砂ちゃん…何か良いことでもありました?」
「えへへ。分かる?」
気持ちが伝わったみたいで余計に嬉しくなった。
「実はね、玉青ちゃんにプレゼントがあるんだ」
「プレゼント…ですか?」
「うんっ!」
ふふふ。玉青ちゃんったら驚いた顔してる。
「じゃーーーん!!!」
「わぁっ!素敵なデザインですね」
「うんっ。海外のお父さんたちが送ってきてくれたの。赤と青のが2つセットになっていて、綺麗でしょ?」
「赤と青。まるでエトワールの証みたいですね」
「そうなの?」
「ええ。エトワールの証もこんな感じで蒼と紅の宝石が付いた2対の首飾りなんですよ」
「へぇ~」
簡単に説明をしながら玉青ちゃんは私の手の平の上のそれらを色んな角度から眺めては頷いている。どうやら気に入ってくれたみたい。よかったぁ、とホッとしつつ、改めて青い方を玉青ちゃんに差し出した。
「はい、玉青ちゃんの分。私が赤で玉青ちゃんが青なの。明日から一緒にカバンに付けて登校しようよ」
「本当にいいんですか?これは渚砂ちゃんのご両親が渚砂ちゃんにって送ったものなんですよ?それを私が貰うなんて」
「いいの、いいの。私が玉青ちゃんにあげたいんだもん」
「渚砂ちゃん…」
「ほら、こうやって並べると私と玉青ちゃんみたいに見えない?」
さっきベッドでしてたみたいに並べて見せると玉青ちゃんもすぐに分かってくれた。以心伝心って感じですっごく嬉しい。
「渚砂ちゃんにそこまで言われたら受け取らない理由がありませんね」
「もぉ~大袈裟だってば」
玉青ちゃんの手が青いキーホルダーに伸びて、触れようかというところでその手が止まった。不思議に思って首を傾げている私の目の前で、手は伸びたり戻ったりの繰り返し。どうしたの?と尋ねると、玉青ちゃんは躊躇いがちに口を開いた。
「あの…渚砂ちゃん。渚砂ちゃんが良ければなんですけど…」
「うん…」
「
「え?でも名前に青って入ってるし髪も綺麗な青髪だし…。玉青ちゃんには青い方かなって」
玉青ちゃんは首を振り、赤い方を指差しながら理由を教えてくれた。
「赤い方が欲しいんです。さっき渚砂ちゃん言ったじゃないですか。赤は渚砂ちゃんだって。だからその赤い方を貰えば、いつでも渚砂ちゃんと一緒にいられます。渚砂ちゃんだと思って大切にしますから」
「玉青ちゃん…」
私の心臓が跳ねた。あの温室の時みたいに。玉青ちゃんの気持ちに触れたような…、そんな気がした。
「そっか。じゃあ私はこっちの青い方を玉青ちゃんだと思って大切にするよ」
「本当ですか!嬉しいです渚砂ちゃん。これで生徒会の活動があっても寂しさを紛らわせられますね」
私の手から渡った青いキーホルダーにそっと頬を寄せた玉青ちゃんが嬉しそうに微笑む。その姿を見ていたら、青いガラスが今度こそ
「ねぇ玉青ちゃん。玉青ちゃんは私のこと………。どう…思ってるの?」
「急になんですか。もちろん
「ならなんであの時玉青ちゃんは『私の』って言ったの?前に聞いた時は答えてくれなかったから。私…どうしても知りたくて」
「それは…」
今度こそ、手繰り寄せた糸の先に
「私ね、嬉しかったんだ。あの時玉青ちゃんが『私の』って言ってくれて。この前は言いそびれちゃったからさ。ずっと喉の奥に引っ掛かってたの。ちゃんと伝えたかったなって思ってて」
「それ、
「うんっ!
私は期待していた。また『私の』って言ってもらえるんじゃないかって。言ってもらえたらきっとドキドキするんだろうなってそう思ったから。だから素直に言えた。嬉しかったって。ちょっとはにかんじゃったけどね。私は言い終えると玉青ちゃんの言葉を待った。
だけど返ってきた言葉は…予想だにしないものだった。本当は気付くべきだったんだと思う。私の言葉を聞きながら玉青ちゃんが辛そうに、苦しそうに顔を歪めていた事に…。本当ですか?って聞いた声のトーンが、ちっとも嬉しそうじゃなくて、確かめるような静かなトーンだった事に…。
「━━渚砂ちゃんの
「え………。たま…お…ちゃん?」
「本当はそんなこと…思って…、思ってないのに」
「ま、待ってよ。どうしてそう思うの?私はッ━━━」
「━━━じゃあなんでこそこそ静馬様と会っているんですか!?私が知らないとでも…」
泣きそうな声だった。ううん。泣き
「気付いてたの?」
「当たり前です。渚砂ちゃんの方こそ気付いてなかったんですか?渚砂ちゃん、静馬様と会った日はいっつも嬉しそうな顔してニコニコしてるんですよ。幸せで仕方ないってそんな顔をして。他の子には分からなくたって、私には分かります」
「それは…ごめん」
「そんなに静馬様がいいんですか…。あの御方が」
「ごめん玉青ちゃん。まだ自分でもよく分からないんだ。静馬様に会うとドキドキしたりして、それで…」
「だったらッ!だったらこのキーホルダーだって静馬様にあげればよかったじゃないですか?私じゃなくて静馬様に!」
そう言って玉青ちゃんはキーホルダーを…、ほんの少し前には嬉しそうに抱いていたそれを私に向かって突き出した。
「ひどいよ玉青ちゃん。なんでそんな事言うの?」
「私だってこんな事言いたくありません。嬉しかったんですよ、これを受け取ったところまでは。本当に嬉しかったんです。なのに渚砂ちゃんが…渚砂ちゃんが嘘をつくから!」
「嘘じゃない…、嘘じゃないよ。ほんとだもん。玉青ちゃんに言われて…私…私」
「私が、私が静馬様に会わせないように必死になっていたの知ってたくせに!知ってて、それなのに…」
「ごめん…なさい。でもこれは…これは玉青ちゃんにって。絶対似合うと思ったから。お揃いの付けたかったから…。だから…だから。
どうしていいか分かんなくなって、ただただどこかへ行きたかった。ここじゃなければ…、玉青ちゃんの前じゃなければどこだっていい。気付けば部屋を飛び出していた。後ろから玉青ちゃんが私を呼ぶ声がしたような気がしたけれど、空耳だったのか本当に呼んでいたのかさえ分からなかった。手の中に残された青いキーホルダーを握りしめたまま、がむしゃらに走る。門限なんて知るもんか。
走って、走って。息が上がってもまだ走って。足の動きが鈍くなってきてつまずきそうになった辺りでようやく足を止めた。苦しくて何かに掴まっていないと倒れてしまいそうで、よろよろと近くの木に手を伸ばすと倒れるように体重を預ける。木に抱き着くみたいにして寄っ掛かって幾分呼吸が戻るまで間そうしていた。もし人に見られたら笑われちゃいそうなひどい有様だったけど、私に出来るのはそれくらいしかなくて。
身体の向きを変え、今度は背中でもたれかかるようにしながらキーホルダーを眺めると、思わずあっ…、と呟きが漏れた。青いガラスはまだ明るい陽射しを受けてキラキラと輝いていた。けれどその光り方はどこか痛々しくて。メッキが剥がれたみたいに安っぽく輝くそれは…、とても先程のようには美しくなかった。
<青と蒼>……蒼井 渚砂視点
結局、足は温室へと向かっていた。玉青ちゃんにあんな事を言われた後で会いに行くなんて間違ってるって思ったけど、それしか思いつかなくて。千早さんや紀子さん、他にも友達はいたけれど、こんな時に頼れそうな相手は静馬様しか…。だけどそれは玉青ちゃんにばかり頼っていたからだと気付いて、また悲しくなった。
「何やってるんだろう…私。バカみたい」
とぼとぼ歩くたびに、
温室の前に辿り着いて静馬様の姿を見た時、ようやく人間に戻ったような気がした。美しい草木が並ぶ温室の独特な…、周囲から隔絶された空気の中をまっしぐらに進み、迷わずその胸に飛び込む。その瞬間、抑えていた涙が溢れ出して頬を伝った。
「静馬様ッ!静馬様…静馬様」
縋りつくように何度も名前を呼んで、頭を押し付ける。ぐりぐりと子供みたいにそれを繰り返すと少しだけ心が落ち着いた。いきなりの行為だったにも関わらず、静馬様は優しく私を抱き留め微笑んでくれて…。聖母みたいに慈愛に満ちた声が頭の上から降り注いだ。
「どうしたの渚砂?今日は会う予定の日ではなかったでしょう?」
私の様子が尋常ではないことを知ったうえで、あえて普段通りに喋ってくれる。何もかもお見通しみたい。
「私…玉青ちゃんと…喧嘩してしまって。それでどうしても静馬様に会いたくなって」
「そう。大変だったわね。さぁ、お茶の用意はないけどそこに座って」
促されて着席したはいいものの、玉青ちゃんとの事をどこまで喋っていいか分からず、言葉が出ない。そもそも喧嘩したという事自体言わない方がよかったのかも。きっと玉青ちゃんは静馬様に知られるのを嫌がっただろうから。
「あら…。もう、ダメじゃない渚砂。そんなに力強く握っていたら手を痛めてしまうわ」
「えっ?あ、これは」
とっさにどこかへ隠そうかと思ったけど手遅れだった。そっと重ねられた手でゆっくりと広げられ手の中にあったキーホルダーが姿を現す。
「なかなか素敵なデザインね」
「両親が送ってくれたんです。赤と青がセットになっていて…」
「でも渚砂が持っているのは青い方だけみたいだけど」
「赤いのは…玉青ちゃんに」
「ごめんなさい。聞くべきではなかったかしら」
渚砂が返事代わりに俯いていると、静馬は自らの胸元に手を伸ばしタイをしゅるりと緩めた。そのまま躊躇うことなくボタンを外していくと形のいいバストの上の方が僅かばかり露わになったものだから、渚砂は慌てて顔を背けた。
「し、静馬様!?急にどうなされたんですか?」
「あなたに見せてあげようかと思って。私も似たようなものを身に着けているから」
女の子同士だから見ていても良いのよ、なんて冗談めかして仰ったけど、とてもそんな真似は出来そうにない。同性である自分から見てもその姿は色っぽくてどぎまぎさせられてしまうほどだ。見ないようにとなるべく視線を落とし、じっと待つ。
「渚砂は良い子ね。ご両親の育て方が良かったのかしら」
「静馬様の姿を見たら誰だってこうするに決まってます。じろじろ見るなんて…畏れ多くて」
くすくすと笑った静馬がエトワールの証を取り出すと、
「もしかしてこれがエトワールの証…」
「そうよ。歴代エトワールのみが身に着けることを許されたものよ。そうでないのに身につけたがる不届きものもいるみたいだけど」
その皮肉は静馬が深雪に向けて放ったものだったので当然渚砂には分かるはずのないものだった。どう反応していいか分からず仕方なく首飾りについての感想を述べる。
「蒼い石なんですね」
「せっかくだから並べてみましょうか」
「ええっ!?だ、だって私のは…その」
「どうしたの?」
「ただの色の付いたガラスで…。とても静馬様のものと並べるようなものでは」
「いいのよ。私がそうしたいのだから」
いいの…かな?静馬様が望むんだからいいんだろうけど。渋々と青いキーホルダーを取り外して隣に並べる。
「あっ…」
思わず落胆の声が漏れる。やっぱり思った通りだ。エトワールの証の蒼いサファイアが深みのある輝きを放っているのに対して、自分のものはテカテカとした安っぽい輝きをしている。単体で見ればそうでもないが、本物と並べてみると一目瞭然で、私にもはっきりと違いが分かる。というか、こんなにも違うものだなんて…。せめて玉青ちゃんの事で悩んでなければ、そう悪くはないと思えたのかもしれないけれど…。そんな心情など知る由もなく、自己主張するようにますます青く光るガラス細工は私を憂鬱な気分にさせた。次第に並べているのも恥ずかしくなって引っ込めようとすると…。
「どうして引っ込めようとするの?」
「やっぱり私の…ただのガラスですし」
「そんなことはないわ。素敵だと思うけれど」
「静馬様は
その言葉に深い悲しみを感じ取ったのか、静馬は肩を落とした渚砂に向かってここぞとばかりに口を開いた。まさに今が慰め時だと言わんばかりに。
「サファイアの石は渚砂の色でもあるのね」
「私の…色?」
「だってそうじゃない。あなたの名字。蒼井渚砂の蒼はサファイアの色でしょ」
「あっ!」
「気付かなかったの?渚砂らしいといえばらしいけど。それにやっぱりあなたのキーホルダー、なかなか素敵よ。交換して欲しいくらい」
「いくらなんでもご冗談が過ぎますよ」
「そう?とても素敵よ」
笑いながらそう告げた目はキーホルダーを見てはいなかった。視線は互いの手の平よりもずっと上。私の顔に注がれている。キーホルダーなんて映らないとでもいいたげに
「あのッ!静馬様の首飾り素敵ですね」
見つめ返していたら飲み込まれてしまいそうで咄嗟にそう言ったけど、静馬様の瞳は依然として私を貫いたままで…。スッと伸びてきた手が顎に触れると、逸らしていた顔を向けさせられて改めて告げられた。
「素敵よ…渚砂。とても可愛らしいわ」
「お顔が近過ぎます」
「そんなことないわ。これくらいで丁度いいくらいよ」
「す、すみません。今日は…話を聞いて欲しくて来ただけで…その」
放っておいたらすぐにでも顔が迫って来るんじゃないかって雰囲気に包まれ、辺り一面が華やいで見えた。けれど…手の中のキーホルダーが一瞬だけ
「そうね。とりあえずはタイムリミットかしら。門限に遅れると面倒だし、一緒に戻りましょうか」
「は、はい」
「玉青さんと会うのが気まずければ夕食までは談話室で過ごすといいわ。きっと玉青さんも、色々考えることがあるだろうから」
予想外にもあっさりと解放され静馬様から離れる。最後に小さくお互いのためにもね、と付け足した静馬様の顔はやっぱり綺麗だった。
いちご舎に着くと静馬様に別れを告げてから談話室へと向かった。なるべく人のいない方の席に座り物思いに耽る。でもいざ考えをまとめようとすると思うようにいかなくて、夕食まで結構な時間があったはずなのにあっという間に時間が経ってしまった。食堂の入り口は早めに来た生徒たちでごった返していて、玉青ちゃんの姿を探したけれど見つからず、仕方なく中に入って適当な席へと着く。一応静馬様からも離れた位置にしておいたけど…。
玉青ちゃん遅いな…。普段は5分前とか10分前行動を心掛ける玉青ちゃんには珍しく今日はなかなか姿を見せなかった。生徒たちが続々と着席していき食堂が埋まっていっても、なおもやって来ない。心配になって席を立って部屋へと行こうかと思ったその時、後ろから声を掛けられた。だけどそれは玉青ちゃんではなくて…。
「立ちなさい渚砂」
「えっと…あの…これは」
「いいから立ちなさい」
「は、はい」
有無を言わさぬ迫力の静馬様を前に訳も分からず席を立った。多くの人が座っている中で起立させられ、静馬様と向かい合っているのはこの上なく目立つ。当然、周囲の生徒たちも何事かとこちらをじっと見つめくるものだから、私は視線から逃れるように身を縮めるほかない。なんだって静馬様は私に立つように命じたんだろう?
「ねぇ渚砂。あなた…キスしたことある?」
突然のセリフに驚いたのは私だけじゃないはずだ。だって静馬様の声はよく通る澄んだ声で、ボリュームも小さくはなかったから。その証拠に私の周囲から発生したざわめきは次第にその周りへと広がっていき、やがて食堂全体に伝わっていった。
「今の聞いた?」「どういう意味かしら?」「静馬様どうするつもりなんでしょう」
そしてみなの意識にある一つの事柄が思い浮かぶと、そのざわつきは瞬く間に熱を帯びて燃え上がった。
「もしかしてキスするつもりなんじゃ」「嘘?ここで?」「でも、静馬様なら」「相手の子はたしか編入生よね?」「ねぇ、ほんとうにすると思う?」「そうでなきゃあんなこと聞かないわよフツー」
静馬は混乱を収めようと立ち上がったミアトルの生徒会長の姿を視界の端に捉え、満足気に笑みを浮かべると渚砂の顎に手を掛けた。それを見た生徒たちの一部が黄色い悲鳴を上げると、ただでさえ異様な盛り上がりを見せていた食堂は、さらに一段と空気を変容させる。
これから起きるであろう事態にわくわくが止まらないのか目を輝かせるもの。顔を背けつつも気になるのかチラリチラリと覗き見るもの。様々な感情が渦巻きつつも、みなが望むただ一つの結末に向かう同調圧力のような何かに渚砂は怖くなり、狼狽えた。みんなにキスを急かされているかのようだ
「心配しないで渚砂。怖がらなくて大丈夫。忘れられない思い出に…してあげるわ」
「待ってください静馬様。お願いですから」
「私だけを見なさい。そして信じなさい、私を」
一歩後ろに引いた身体がテーブルに当たってその拍子に食器が小さな音を立てる。カチャンという音がやけにはっきりと聞こえたのは、騒いでいたみんなが静まり返り、事の行方を固唾を飲んで見守っていたからだった。途端に音を失った食堂はなんだか別世界みたいで知らない場所に放り出されたみたいな気がした。一歩前に踏み込んだ静馬様に、そのままテーブルに押し付けられるようにして身体が密着すると、見上げた視界の中には静馬様しか映らなかった。周囲にはこんなにも人がいるのに…。
「大好きよ渚砂。━━
その言葉と共に口付けが交わされ食堂には黄色い悲鳴が響き渡った。呆然と立ち尽くす深雪に目もくれず、二度、三度と渚砂の唇を奪った静馬は得意気に唇を離すと、食堂の入口へと振り返り…そして告げた。
「━━遅かったわね。可憐な騎士様━━」
「玉青…ちゃん」
見間違えるはずなんてない。綺麗な青いシニヨンの髪。
「嘘…。嘘です。こんな…こんなことって。なんで?どう…して?」
大切そうに両手で握られていた何かが、力なく垂れさがった手から零れ落ちるのを私は見た。床にぶつかり、本来ならばカチャンと音を立てるはずのそれは、歓声に掻き消されて誰の耳にも届かない。けれど私には、
私のファーストキスの相手は女の人でした。背が高くて、美人の、いと高貴なる御方。
━━この丘で唯一絶対の
いかがでしたでしょうか?今回はたっぷり渚砂ちゃん視点となっております。久々に1話1話が長めだった気がします。結構自分の好きな要素を詰め込んだ章なので気に入っていただけたら嬉しいです。それではまた次章で~♪