アストラエアの丘で   作:クラトス@百合好き

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■あらすじ
 絡めとられていく。玉青の放ったビンタは戦いの終わりではなく始まりの合図。花園静馬の次なる一手。イベントでのダンスのパートナー選びで静馬が指名したのは…。
第23章では玉青を心配する夜々に、エトワール選を見据えて動くスピカ生徒会も登場します!

■目次

<舞踏会への招待状>…涼水 玉青視点
<忠告>…涼水 玉青視点
<迸る情熱>…剣城 要視点


メイン3 ダンスパーティ編
第23章「あなたが私のパートナーよ」


<舞踏会への招待状>…涼水 玉青視点

 

「ほら光莉急いで。練習遅れちゃう」

「だ、だって夜々ちゃんがどうしてもって言うから」

 

 慌ただしく階段を駆け下りていく二人。練習というワードと普通の生徒が学校へ行くには早すぎる今の時間から察するに、これから聖歌隊の朝練に向かうのだろう。私を応援してくれる友人を送り出そうと「いってらっしゃい」と後ろから声を掛けると、階段の途中でピタリと足を止めた夜々さんが振り返った。

 

「あ…玉青さん! 丁度良いところに。玉青さんに話しておきたいことがあるんで放課後ちょっといいですか?」

「え? ええ。今日は生徒会の活動があるのでそれが終わってからでしたら」

「本当は今ここで話したいんですけど時間がなくって」

 

 すみません、と謝る夜々さんの隣で光莉さんが息を弾ませている。その頬がうっすらと桜色に上気しているのは走ってきたからという理由だけではなさそうだ。なんとなくそういうことも分かるようになってしまったのは進歩と言っていいものなのか…。余程時間がないのか放課後の約束だけを言い残していちご舎を飛び出して行った二人の背中を眺めながら、そんなことをぼんやりと考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇあの人って」「あっほんとだ」

「静馬様にビンタした子じゃない?」「青い髪の子だよね?」

 

 朝の通学路。当然と言えば当然だけど、人目を避けようと少し早めに出たにもかかわらず、あちらこちらから私を噂する声が聞こえてくる。流石に指差してくるような人はいないけれど、やはり落ち着かない。隣を歩く渚砂ちゃんが「玉青ちゃんすっかり有名人だね」なんて呑気に言ってきたけど、私からすればいつぞやの渚砂ちゃんだって充分に有名人だった気がする。

 

(あの時は大変でしたね…)

 

 食堂で渚砂ちゃんが唇を奪われた翌日の事を思い出し、ちょっとだけブルーな気持ちになってしまった。あれからたいして日数が経っていないはずなのにひどく昔の事のように感じるのは濃密な日々を過ごしたせいかもしれない。色んな事が有り過ぎて、頭がパンクしてしまいそうだ。

 

「少し目立ち過ぎましたね」

「そんなことないよ。玉青ちゃん…カッコよかったもん」

「もう…からかわないで下さい渚砂ちゃん」

「え~? ほんとのことなのに~」

 

 たぶん校舎に着いても野次馬がたくさん来るに違いない。でも私はたぶん大丈夫。渚砂ちゃんさえ傍にいてくれたら…。

 

「校舎まで走っていきましょう。ほら渚砂ちゃん、早く!」

 

 ミアトルへ続く真っすぐな道を駆けていく。繋いだ手は離さずに、強く…強く握りしめて。

 

 

 

 

 

 

 

「本当にいいんですか?」

「うん! 隅っこの方で授業の復習とかして静かにしてるよ」

 

 懸念事項だった生徒会活動の時間。渚砂ちゃんと一緒にいたいとは言ったものの、まさか本当に一緒に生徒会室まで来てくれるとは思っていなかったから、その感動は言葉では言い表せないものだった。問題は六条様が許して下さるかどうかだけど…。

 

「むしろ私の方こそ玉青ちゃんのお仕事の邪魔をしないように気を付けなきゃ。もしうるさかったらちゃんと言ってね」

 

 健気にしおらしい態度を見せる渚砂ちゃん。そんな姿を目にして頑張らないなんて選択肢は存在しない。少々無茶なお願いかもしれないけど、どうにかして許可を頂こう。

 

 そう張り切って六条様に相談したものの、意外にもあっさりとOKを貰えてしまい、むしろ拍子抜けするほどだった。

 

(私としては嬉しいですけど…。少しだけ引っ掛かりますね)

 

 何はともあれこれで堂々と渚砂ちゃんを連れて生徒会室に出入りしてもよくなった。いくら静馬様だってこんな場所で渚砂ちゃんを誘惑したりはしないはずだ。少しだけ私にも運が向いてきたのかもしれない。会議の開始を告げる六条様の声を聞きながら私は心の中で密かに喜んでいた。

 

 

 

 

「本日の議題は3校合同の音楽祭についてです。音楽系の部や同好会が主体ではあるけれど、少しでも演奏に力を注げるようにと今年も生徒会がバックアップをすることになったわ。配布したプリントにもあるように━━━」

 

 六条様のよく通る声が生徒会室に響き渡り、音楽祭の進行に合わせ列挙された仕事の数々をその都度生徒会のメンバーへと割り振っていく。メモを取るペンの音や指示を聞いて頷く者。六条様はそういった様子をさりげなく観察して各々が理解出来ているかをチェックしながら淡々と会議を進めていくのだから流石としか言いようがない。私も与えられた仕事の内容についてメモを取りつつ、そんな六条様の仕事っぷりを目に焼き付けておいた。

 

 来年は自分が六条様のように振舞わなければならないかもしれないのだから、ただ聞いてるだけでは時間がもったいない。コツみたいなものがあるならば、少しでも掴んでおくべきである。

 

 途中で休憩を一度挟んだ後、順調に会議が進んだ甲斐もあって大方の担当が決まり、びっしりと書き込んだメモを確認しつつ安心していると、不意に六条様の声が聞こえなくなった。どうかしたんだろうかと不思議に思って顔を上げると、ホチキス止めされたプリントの最後のページを見つめて固まっている。

 

 私も急いで紙をめくってそのページに辿り着くと、そこには大きな文字でこう書かれていた。

『祭典後に行われるダンスパーティ及びエトワールによるダンスの披露について』

 

 ダンス…パーティ? 今までの音楽祭にはなかったけれど…。

 

「今回新たな試みとして音楽祭終了後にダンスを踊る時間を設けることになったの。生徒同士の親睦を深めるというのがお題目だけど、分かりやすく楽しんで欲しいというのが演奏する彼女たちの本音のようね。何かやろうという意見自体は前々からあったみたいで、それを企画として纏めてきてくれたの。私も良い試みだと思ったから賛同したわ。今回はあくまで後付けのイベントではあるけど将来的には音楽祭のプログラムに組み込めたらと考えています」

 

 これは確かにいいかもしれない。聴くだけよりも遥かに会場の一体感は増すだろうし、何より自分たちが参加者になるというのは大きなポイントだ。音楽祭に向けての意欲というものが大きく変わってくるのではないだろうか?

 

「書いてあるように最初にデモンストレーションとしてエトワールに踊って頂きます。その後は生徒たちが誰とでも好きなように踊る自由参加型のダンスパーティとなる予定よ。問題は…()()エトワールと一緒に踊るかという点ね。一応エトワールが自分で選んでよいということになってはいるのだけれど…」

 

 えっ!? それってもしかして静馬様が渚砂ちゃんを指名するのも可能ってことじゃ…? 安心しきっていた心が一瞬でざわついた。あの人のことだから、ただ踊るだけでは済まないかもしれない。

 

「正直言ってこの議題が今日一番の悩みどころだったのだけれど…。当の本人がいないんじゃどうしようも━━━」

 

 声が途切れて部屋が静かになると、廊下の方からコツコツとよく響く甲高い足音が聞こえてきた。誰しもがその音に気を取られ自然とドアの方へと視線を向ける。そして近付いてきた音はピタリと生徒会室の前で止まった。

 

「━━━どうやらお出ましのようね。相変わらず良いタイミング。狙っていたのか、それとも引き寄せられたのか、どっちなのかしら。ねぇ…()()?」

 

 もし最後の呼びかけがなかったら、六条様の言葉を理解出来た者は一人もいなかったに違いない。私だって途中まではてなマークを浮かべていたのだから。そんな予言のような言葉通り、勢いよく開かれた扉から颯爽と登場したのは紛れもなくエトワール━━━花園静馬様だった。

 

「丁度私のパートナーについて決めるところのようね。でもご心配なく。パートナーなら既に決めてあるの」

 

 そう言いながら部屋の隅にいた渚砂ちゃんを一瞥したのを私は見逃さなかった。そして意味深な笑みを浮かべつつ小気味いい足音を響かせて六条様の横に並んだ静馬様は私に対しても視線を投げかける。敵としてか、何なのか、その視線の意味は分からない。

 

 知らず知らずのうちにギュウッと握りしめていた手を緩めひとまず深呼吸。ああ、嫌だ。この人が現れるとつい身体に力が入ってしまう。

 

「候補が決まっているというのは素晴らしいことね。考える手間が省けるもの。でもね静馬。あなたには選択権はあるけれど、決定権まで持っているわけじゃないことを忘れないで頂戴。もし生徒たちの代表として相応しくないようであれば認めるつもりはないから」

「あら? 別にちょっとみんなの前で踊るだけじゃない。そんなに大袈裟なものではないでしょ。それともあなたを選べば満場一致で賛成ってわけ?」

「なッ!? そ、そんなわけ…」

「心配しなくてもあなたも納得する人選よ。ミアトルの生徒会長さん」

「どういう…意味?」

 

 聞けば分かるわ、と小さく呟いて六条様を追いやると、ただ一人全員の正面に立った静馬様にみなの視線が集中する。次に口から飛び出してくるのは一体どんな発言なのか? 予想なんて誰にもつかず、ただただ固唾を飲んで見守ることしか出来ない。緊張が高まる中にあって、それでも平然としていられるこの人はやはり、生まれながらのスターなのかもしれないと一瞬思ってしまった。

 

「それじゃあ発表するわ。私と踊ってもらう人物の名を」」

 

 静馬様の視線が大勢の生徒たちを飛び越して後ろの方へと向かう。その先は追わなくたって分かる。そこにいるには渚砂ちゃんだ。

 

(やっぱり渚砂ちゃんを指名するおつもりなんですね。エトワールとしての仕事にかこつけて)

 

 これはれっきとしたエトワールの職務だ。もし決まってしまえば口出しすることは出来ない。どうにかして阻止しておかないと渚砂ちゃんと踊る姿を見せつけられてしまう。全校生徒の前で抱き合う二人の姿なんて…見たくない。

 

 渚砂ちゃんは私のもの。私の………私の渚砂ちゃんだ。渚砂ちゃんの名を口にしたらすぐに反論してやる。誰の賛同もなくたって、みっともないくらい大声を出して抗議を━━━。

 

「涼水玉青さん。あなたが私のパートナーよ」 

「えっ………?」

 

 この人は今なんて言ったんだろう? よく聞き取れなかった。少なくとも渚砂ちゃんの名ではなかった。注意深く聞いていたのだからそれは確かだ。じゃあ…なんて? 頭が真っ白で何も考えられない。

 

「ふふふふふ。聞こえたでしょ。あなたがパートナーだと言ったのよ」

 

 いつの間にか目の前に立っていた静馬様が私を見下ろしていた。さながら獲物を見つけた猛禽類のようなゾッとする視線で、腕を組み、仁王立ちしながら、遥か頭上から鋭い視線で私の身体を貫いている。

 

「うそ……どう……して?」

 

 私が竦んだのは視線が怖かったからじゃない。理解出来なかったからだ。こんな絶好のチャンスに渚砂ちゃんを選ばないどころか、ライバルであるはずの私を指名するその魂胆が…あまりにも不気味で。

 

 助けを求めるように巡らせた視線の先では、六条様も驚いたらしく呆然としていた。

 

「いいでしょ深雪? なにせ玉青さんはあなたが推してるミアトルの次期生徒会長。この辺りでお披露目も兼ねて名前を売っておくのは後々役に立つと思うけど。それにあなた大好きでしょ? ()()()()()()()()。口癖だものね」

「一体何を考えているの静馬?」

「さあ? なんのことかしら。今述べた以外のことは何も。ミアトルの未来を考えれば悪くない選択だと思うけど。それとも他に何かあると、あなたはそう言うのかしら?」

「━━━ッ」

 

 悔しそうに拳を握りしめた六条様がさりげなく私に向かって目配せをしてみせた。その意味はおそらく「ごめんなさい」。つまり引き受けるかどうかは私の意志に委ねられたということだ。

 

 確かに静馬様の話は筋が通っていて反論が思いつかない。それこそ生徒会の外の事情、恋愛関係でも持ち出さないことには…。

 

「ねぇ玉青さん。あなただって深雪から寄せられた期待に応えたいとは思わない? もちろん、嫌だったら断っても構わないわ」

 

 表面上はあくまで穏やかに同意を求めるような言い回し。けれど時折私から外れた視線が、肩越しに渚砂ちゃんを捉えている。私が断ろうものならすかさず渚砂ちゃんを選ぶと、そう脅しているというわけだ。

 

 卑怯者! 何が断っても構わないだ。逃がすつもりなんて()()()()()()()()

 

「分かるでしょう? ()()()()()()()()()()()! 涼水玉青さん」

「くっ…。分かりました。謹んでお引き受けします。エトワール様」

 

 起立して恭しくそう告げると静まり返っていた室内にホッとした空気が漂い、誰かが控えめに鳴らしたパチパチという拍手の音に釣られて一人また一人とその拍手に加わっていく。

 

「いつまでも突っ立ってないで私の隣に来たらどう?」

「………。はい、静馬様」

 

 その言葉に従い前に出ると、スッと手を差し出された。生徒会室には檀上などなくフラットな平面だ。段差なんてない。とすればこの手はダンスを求める仕草で、遊び心なのだろうか? 

 

 一瞬迷った後、手を取ろうとしたその時だった━━━。

 

 掴もうとした手がスルリと空を切り、逆に私の手首を掴むと、力強く引っ張られた私は小さく「キャアッ!?」と悲鳴を上げながら引き寄せられた。

 

「な、何をなさるんですか!? 冗談もほどほどに…」

 

 びっくりしたせいで未だにうるさく心音が鳴り響く。今自分がいるのは、静馬様の腕の中。衝突の直前に目を瞑ってしまっていたらしく、目を開けて間近に静馬様の顔を見た時には本当に驚いた。

 

「冗談? 面白いことを言うのね。本番ではこうやって身体を寄せ合って踊るのよ」

「私が言っているのはそういうことじゃ」

 

 身体を引き離そうとジタバタともがきつつ抗議の声を上げる。思いのほか不快ではなかったけれど、かといって良い気分ではない。恋敵の腕の中にいるというのは複雑な心境だ。

 

「ああ、ごめんなさいね。こうした方がよかったかしら?」

「えっ? あ………きゃっ」

 

 静馬様がそう耳元で囁いたかと思うと、スススッと動いた手が私の腰を支えるように後ろから宛がわれ、再び小さく悲鳴を上げてしまった。

 

「あっ……嫌、嫌です。離してください静馬様。お願いですから、手を…離して」

「ダンスのポーズをとるだけよ。大人しくしてなさい」

 

 遠ざけるために身体を押しのけようとしていた手は掴まれて強引に静馬様の腰へ。

グイッと腰を押されたせいで背筋が伸び、反り気味になった身体が否が応でも密着させられる。それと同時に顔も近付き、前を向いていると唇が触れそうにさえなるほどに近い。必死に顔を背けても大して距離は離れてくれず、むしろ吐息が耳に当たってくすぐったかった。

 

「腰…細いのね。こうして抱き締めていると折れてしまいそう」

「あなたに褒められても嬉しくありません」

「つれないのね。まぁいいわ。音楽祭、頑張りましょうね玉青さん」

「………。はい…。」

 

 まさかこんな事になるとは思いもしなかった。私が…エトワール様とダンスを踊る事になるなんて…。

 

 

 

 

 

 

 

<忠告>…涼水 玉青視点

 

「ええッ!? 静馬様がダンスのパートナーに玉青さんを指名した?」

 

 部屋に夜々さんの驚く声が響き渡る。それは朝に交わした約束の通りに夜々さんの部屋を訪れた私が、今日の生徒会での出来事を話している最中の事だった。なぜか椅子ではなくベッドに胡坐(あぐら)をかくような格好で鎮座している夜々さんが慌てた声で聞いてくる。

 

「ま、まさか引き受けたわけじゃないですよね?」

「断れるわけないじゃないですか。もし断ったら渚砂ちゃんを指名するのは目に見えてましたから」

「あちゃー。やられた…。一足遅かったか。やっぱり朝のうちに話しておけば良かった。あ、でも渚砂さんを人質に取られてるようなものだしどっちにしろ断れないか…」

 

 分かりやすくおでこに手を当てるポーズで感情を表現した夜々さんが部屋の天井を見上げている。どうして夜々さんはそんなにも驚いているんだろうか? それにやられたって…。話が全然見えてこない。未だにぶつぶつと呪文のように何かを言い続ける夜々さんを見つめたまま固まる私に、光莉さんが「どうぞ」とお茶を勧めてくれた。立ち昇る香ばしい匂い。カップの中に揺らめいているのは紅茶ではなくほうじ茶だった。

 

(あ、これ美味しい。ケーキにも合いそうですね)

「夜々ちゃん。夜々ちゃんってば! 玉青さんが困ってるよ」

「え? ああ…ごめんなさい」

 

 お茶を飲んで少し落ち着いたらしい夜々さんは、きちんと座り直して私を見据えると勢いよく話を切り出した。

 

「ずばり言いますねけど、静馬様は玉青さんのことを狙っていると思います」

「えっと…話がよく分からないんですけど」

 

 えらく自信満々かつ真剣なセリフではあったけれど、さっぱり意味が理解出来ない。

 

「だ~か~ら~。静馬様が玉青さんを狙ってるんですってば!」

「狙ってるって、まさか…命…とか?」

「私はいたって真剣に話をしてるつもりなんですけど」

「ご、ごめんなさい」

 

 私の返答に些かむすっとした表情を浮かべた夜々さんに謝りはしたものの、分からないんだから仕方がない。今だって必死に考えを巡らせてはいるけど、答えはさっぱりだ。

 

「もしかして本当に分からないんですか?」

「すみません」

「まぁ玉青さんは自覚するようになってから日が浅いですし、今は渚砂さんの事で精一杯だから他の事が見えにくいというのはあるかもしれませんけど。いいですか? 私が言っているのは、静馬様は渚砂さんだけじゃなくて玉青さんのことも手に入れたいと考えてるってことです」

「静馬様が私をですか? それこそ有り得ないですよ。だって私と静馬様は渚砂ちゃんを巡るライバル関係にあるんですよ?」

「やっぱり…。そんなことだろうとは思いましたけど、甘い! 甘いですよ玉青さん!」

 

 まだそこそこ熱いお茶を勢いよく━━━ではなくちびちびと口に運んだ夜々さんがベッドから手を伸ばして机にカップを置くと、チャプンと揺れた液体が危うくカップからはみ出そうになりながらもどうにか零れずに収まった。床が汚れなくてなによりである。

 

「私の同業者としての勘ではありますけど、間違いなく静馬様は玉青さんを狙ってます。分かるんですよ、そういうの」

「勘…ですか」

 

 年下とはいえその方面ではずっと先輩の夜々さんがそこまで言うからには、そうなのかもしれない。

 

「静馬様の視線から何か感じ取ったりはしませんでしたか?」

「敵意ならひしひしと感じましたけど」

「他には? こう…なんというか絡みつくような視線とか、背筋がゾクッとするような何かとか」

「それも…やはりライバルだからとしか」

 

 今日の昼間に感じた視線からは、私に対するそういった感情は読み取れなかった。渚砂ちゃんに対する視線からは読み取れるんだけど…。

 

「じゃあ逆に玉青さんから見てどうですか? ライバルとかそういったいざこざを全て綺麗さっぱり取り払ったとして、そのうえで静馬様を見たとしら、玉青さんは静馬様のことをどう思いますか?」

「ど、どうと言われても」

「美人だなとか、付き合ってみたいなとかってのも一切?」

「そりゃあ美人だとは思いますけど付き合いたいってのはちょっと…」

 

 何でこんなことを聞くのか全く分からない。夜々さんなりに何か伝えたい事があるのはなんとなく理解出来るけど。

 

「う~ん。あんまり光莉の前では言いたくなかったんだけど仕方ないか…。よしっ!」

 

 言うなりパァンッと手を合わせた夜々さんが光莉さんに向かって叫んだ。

 

「光莉お願い! 今からしゃべる話は聞かなかったことにして」

「もぉ仕方ないなぁ。玉青さんと渚砂さんのため…なんだよね? だったらいいよ」

 

 目を閉じて拝むようにお願いするその姿に、光莉さんは渋々といった様子で了承する。私からするとちんぷんかんぷんだけど、二人の間ではこれで通じているんだろう。胸を撫で下ろし「よかった~」と呟いているあたり、案外光莉さんの方が実権を握っているのかも…。

 

「コホン。それじゃあ本題に入るとして。まず初めに玉青さんは自分が美人であるってことを自覚すべきなんです」

「は、はぁ…」

「そこ、気の抜けた返事をしない! いいですか? 私や静馬様、それに玉青さんは女の子が好きなんです。ということは女の子を見て、あの子可愛いとか、付き合いたいとか、そういったことを考えるわけですよね。もちろん特定の相手を好きになることはありますけど、それとは別に自分の好みの人に無条件に惹かれちゃうケースも出てきます」

「それって例えば私が渚砂ちゃん以外の人にってことですよね?」

「その通り!」

 

 あるんだろうか…そんなことが。渚砂ちゃんを好きでいながら、他の誰かに惹かれるだなんて。

 

 そんなことを考えていると、見透かしたように夜々さんが補足をしてくれた。

 

「別に玉青さんがすぐにどうこうって話じゃありませんよ。今回は静馬様についてですし。とにかく、静馬様からすれば渚砂さんにちょっかい出しながら玉青さんにも手を出すってのは別におかしな話ではないんです。どっちも可愛いからどっちにも手を出す。経験豊富で自信があればこそ…ですけどね。まぁ静馬様らしいというかなんというか」

「あ、あの~質問いいでしょうか?」

「どうぞ」

「その口ぶりだと夜々さんも経験があるんですか?」

 

 姿勢を変えベッドの上でくつろいでいた夜々さんにそう問いかけると、分かりやすく戸惑った。

 

「まぁ…ありますよ。ミアトルだと静馬様とか、生徒会長の六条様も素敵ですね。どっちも…その…凄い美人じゃないですか。静馬様が六条様に手を出さないのが不思議なくらいですよ。そういった噂ってないんですよね?」

「六条様には許嫁がいるって話ですし、さすがに静馬様も手を出さないんじゃ…」

 

 もし破談にでもなれば名家同士の大問題に発展してしまうだろうし、きっと静馬様だってただでは済まないはずだ。

 

「そんなもんですかね? あとこれは玉青さんの危機感を煽るために言っておきますけど、私から見れば玉青さんも充分その美人カテゴリーに入りますからね」

「え? えええっ?」

「最初に言ったじゃないですか、美人なの自覚した方がいいって。私弱いんですよ、美人さんに。玉青さんなら交際相手として全然アリですよ」

「そ、そんな…」

 

 夜々さんはもぞもぞと体育座りをすると、足を抱えて自らの太腿に顔を押し付けるようして顔を隠してしまった。

 

「だから理屈じゃないんですよ。本能っていうか、ビビビッてくるんですよ。あ~あの子可愛いな、みたいに。もちろん理性はありますから浮気するようなことはしませんけどね」

 

 光莉さんの方をチラチラと気にしつつ、小さな声で「玉青さんもいずれ分かりますよ」と付け足すと再び亀みたくうずくまってしまう。横目でチラリと光莉さんの様子を窺ってはみたものの、目を瞑ってカップを傾ける光莉さんの表情はなんとも読み取りづらい。

 

「女の子が好きってそういうことなんですよ。仕方ないじゃないですか。どう取り繕ったって好きなんです…女の子が」

 

 絞り出すように告げた声は、どこか苦みを含んでいて。それはたぶん夜々さんなりに色々と経験したことが言葉に宿っていたんだと思う。私よりずっと前から自覚した彼女だからこそ出来る、明確ではないけれど、重みを持ったアドバイス。

 

「夜々さんって優しいんですね」

「玉青さんが美人だからそうしてるのかもしれませんよ?」

「もし夜々さんがそんな人だったら、光莉さんが惚れるわけないじゃないですか」

「玉青さんがミアトルじゃなくてスピカの生徒で、光莉がこの丘に来る前だったら、声を掛けてたかもしれませんね。私と付き合ってくださいって」

 

 顔を上げた夜々さんは笑っていた。それもとびっきりの笑顔で。

 

「お茶、新しいの淹れてきますね」

 

 スススッとカップを手に立ち上がった光莉さんの姿が見えなくなると、夜々さんはゴロリとベッドに寝そべり━━━叫んだ。

 

「あーーーもう!!! だから言いたくなかったんですよ。光莉のやつめちゃくちゃ怒ってる…」

「ええっ? 今も穏やかな顔してましたし、声も優しかったですよ?」

 

 なんとなく良い雰囲気で終わったと思ったのに余韻が台無しだ。それとも私の見当違いなんだろうか?

 

「玉青さんに対してだからですよ。玉青さんが帰ったらどうなることやら。光莉って凄く嫉妬深いとこがあって、この前だって聖歌隊の先輩に色目使ったでしょって問い詰められて。なかなか会話もしてくれないし、夜だって許してくれたのかと思ったら噛んできたりしてもう大変で…」

 

 制服をペロリとめくった夜々さんがお腹の辺りを指差しながら噛まれた時の事を教えてくれる。

 

(これってもしかして惚気られてるんでしょうか?)

 

 そんな気がしないでもない。それともあれかな。こういう会話が出来る相手が見つかって夜々さんも嬉しいのかもしれない。きっと二人は息を潜めて生きてきただろうから。惚気る相手もいなかったのかも…。

 

「と~に~か~く! くれぐれも静馬様と二人きりになったりしちゃダメですからね。気を付けて下さいよ。ダンスの練習をしようとか、呼び出す口実はいくらでも考えられるんですから」

「き、気を付けます…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<迸る情熱>…剣城 要視点

 

「まったくやっかいなことになったものだ」

 

 苛立たし気にプリントの束を机に投げ捨てると、傍でお嬢ちゃん━━━籠女を膝に乗せたまま器用に紅茶の入ったカップを傾ける桃実が疑問を呈してくる。

 

「あら、どうしてよ? 他校の生徒にも大々的にアピールするチャンスなんじゃないの?」

「そう単純な事じゃないのよ。さっき要も言ったでしょう。ダンスにはエトワール様も参加されるって。そしてそのダンスのパートナーが━━━」

「━━━六条会長が次期会長候補と推してる4年生というわけさ」

 

 さすがにエトワール選を視野に入れてるせいかよく状況を理解している詩遠の言葉を引き継ぎ問題点を答える。机の上に散らばったプリントには六条会長のサインと共に、エトワールのダンス披露についての詳細が記載されていた。

 

「つまり、今年のエトワール選における私と天音の障害となり得る存在かもしれないわけだ。下手をすれば我々が新たなスターの引き立て役にされる可能性だって考慮しなければならない。迂闊なことは出来ないのさ」

「なるほどね。でもお誘いを断るわけにもいかないんでしょう?」

「要と天音はミアトルやルリムにも名前が売れているとはいえ、この機会を逃すのはよろしくないわね」

「難しいのね選挙対策って」

 

 溜息をついた桃実の膝の上では、話が面白くなかったのかすっかり瞼が落ちかかり、今にも眠ってしまいそうなお嬢ちゃんの姿があった。目覚まし代わりにと好物のキャンディーを差し出してやると、目を輝かせて手を伸ばす。この年にして私イチ押しのミルクキャンディーの味が分かるんだからなかなか見所がある。ぜひルリムの生徒たちにも布教して貰いたいものだ。

 

 しかし、キャンディーはお嬢ちゃんの手に渡ることはなく、桃実の「だ~め!」という言葉と共に遮られてしまった。

 

「ミルクキャンディーでしょ? 籠女の好物だけど今はだめよ。夕食が食べれなくなったら良くないもの」

「キャンディーの1つくらい平気だろ。それに当のお嬢ちゃんは欲しそうにしてるんだし」

「ダメよ。この前もご飯残してたんだから。籠女くらいの年の子は栄養バランスを大事にしないと」

 

 そう言って丁重にキャンディーを返却してきた桃実につい、詩遠と顔を見合わせてしまった。笑いをこらえる詩遠の言いたいことはよく分かる。私だって全く同じ気分だ。

 

「やれやれ。これじゃカップルというよりもよくて姉妹、それどころか親子といっても過言じゃないな」

「どういわれようが構うもんですか。籠女はきちんと私が育てますから」

「まったく君ってやつは…」

 

 苦笑いを浮かべつつ、心の中では次の3校合同会議に思いを馳せる。

 

(エトワール様のパートナーを務める4年生か。一体どんな奴なんだろうか。クックッ。俄然面白くなってきたじゃあないか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから2日後、ミアトルの生徒会室には各校代表の姿があった。

 

「それでは会議を始めさせていただきます。音楽祭自体については既に役割分担は済んでいますから、議題は今回から行われるダンスパーティについてですが…」

「六条会長。ちょっといいだろうか?」

「なんでしょう剣城さん」

 

 辺りを見回しながらゆっくりと立ち上がる。少々わざとらしくはあったが牽制するならこれくらいの方がいいだろう。

 

「パーティに花を添えるエトワール様とそのパートナーの姿が見えないようだが、一体どちらにおられるのかな? 主役と言っても差し支えないのだからこの会議に出席するのが筋というものでは?」

「それは失礼いたしました。会議の話題がデモンストレーションの件になってから呼ぼうかと思っていたものですから━━━。

 ご指名よ! 静馬」

 

 準備室らしき方へ向かって声が掛けられると、相変わらず悠然とした態度のエトワール様が現れた。やけにあっさりと非を認めたかと思えば、そういうことか。ハナから用意があって私が突っかかるのも想定済みだったというわけだ。

 

「なんだ。最初からいらしてたんですか。隠しているなんて六条会長も人が悪い。言ってくれればよかったものを」

 

 クックッと冗談めかして笑いながら詩遠に視線を送って着席する。出てきたのはエトワール様だけでパートナーの姿は見えないがこの分だとそちらの方も準備室に待機しているのだろう。わざわざ2度も相手のやりやすいように場を整えてやる必要はない。どうせルリムの源会長が上手くやるだろうしな、などと考えていると案の定。「あらあら?」な~んてわかりやすい声と共にパートナーのお披露目を催促した。

 

「深雪さん、もったいぶらないでくださいな。静馬と踊るパートナーの方にも、ぜひ姿を見せて頂きたいわ。スピカの皆さん()気になって夜も眠れなかったでしょうし」

「その口ぶりからすると、千華留さんはどんな方かご存知のようね」

(詩遠のやつ、そんな分かりやすい挑発に)

 

 おいおいとは思ったものの既に手遅れだった。携えた扇子を広げて口元を隠しウフフと笑う源会長の満足気な顔を見るに、最初から詩遠をからかうつもりだったらしい。悔し気に「ふんっ」とそっぽを向いた詩遠はバサバサと音を立ててプリントをめくった。

 

「皆さんご静粛に。玉青さん、出てきて自己紹介を」

 

 エトワール同様に準備室から現れた少女に一同の視線が集中する。

 

「ミアトル4年生の涼水玉青です。今回エトワール様のパートナーを務めさせていただくことになりました。よろしくお願いします」

(ふぅん。この子が六条会長のイチ押しか。顔立ちは整っているが外見だけではなんとも判断しかねるな)

 

 スカートの裾を摘まんで優雅に挨拶した青い髪の少女。やり手の六条会長が推挙するのだから優秀なのは間違いないんだろうが…。

 

(やはり比較対象がエトワール様となると…な。パンチに欠けるのは致し方ないか。いや、さすがに比較するのは可哀想だな)

 

 あれが相手ではどんな人物でも霞んでしまうに違いない。その点やはり源会長の存在はルリムにとっての切り札と言える。とすると彼女はエトワール選の候補ではなく純粋に次期生徒会長としての採用かもしれない。期待と不安が入り混じってはいたがちょっと拍子抜けだ。どうせなら強力なライバル出現の方が私も天音も燃えるんだがな。

 

 そんな悠長な思考は続く源会長のセリフで跡形もなく吹き飛んだ。

 

「ふふふふ。ミアトルは思い切った起用をなさるわね。まさか静馬に平手打ちをお見舞いした子をダンスのパートナーにするだなんて」

「なんだって!? 君が例の…?」

 

 ビンタの噂は聞いてはいたが、まさかこの子だったとは。言われなければ気付かなかっただろう。話題性もあるし、これはエトワール選への布石もありそうだ。

 

「本当に六条会長はイジワルな御方だ。こんな隠し玉まで用意しておいて。余程ミアトルは目立ちたいらしい」

「別にそんなつもりは…」

「果たしてそうだろうか? エトワール選を見据えての戦略のようにも━━━」

「━━━ふふ。ふふふふふ。あははははははははは」

「静…馬?」

 

 真意がどうあれ、ここは叩いておいた方がいい。そう判断した私は追い打ちを掛けようと口火を切った。予想される六条会長の反論を想定していた………つもりで。

 

 しかし私の言葉に割り込んできたのは予想外の、そう、エトワール様の笑い声だった。あっけにとられたのは私だけではない。同じミアトル陣営のはずの六条会長までもが驚いていた。

 

「ごめんなさい。今年のスピカの立候補者があまりにもみっともないものだったから、つい可笑しくって。気分を害したなら謝るわ」

「私がみっともないだって? ぜひ理由をお聞かせ願おうじゃないか、エトワール様」

 

 先ほど詩遠を迂闊だと心の中で叱っておいて、とは思ったものの反応せずにはいられなかった。それにこの人と正面切ってやり合ったことはない。だから面白いと思った。自分…剣城要という人物を測る絶好の試金石になると。今まさにその地位にある者相手にどこまでやれるのか、と。

 

「………。スピカの剣城さんだったわよね。どう? 政治()()()は楽しい?」

「政治ごっこ? エトワール選は各校の名誉が懸かった戦いでしょう。それをごっこ遊びになぞらえるとは。あなただってミアトルを背負っているはずだ」

「私は違うわ。スピカ生だろうがルリム生だろうが、なんにしたってエトワールになっていたもの」

「とんだ自信家だなぁ! 私も自信家のつもりだったが、あなたには負けるよ」

 

 皮肉交じりにやれやれとポーズを取って見せる。内訳は演技が2割で残り8割は本心だ。だってそうだろう? 数代前のスピカから輩出されたエトワール様は常に支えてくれた人への感謝を口にしていたし、きっと他のエトワール様だって似たようなもののはずだ。それなのにこの人はそれをあっさりと否定する。

 

 だけど心のどこかでは、この人に憧れを抱いてしまう。圧倒的に君臨する…強いエトワール。それは私の考えるエトワールの理想像に似ている部分もあるからだ。

 

「分からないみたいね。自校の名誉がどうこう言うならなおさらよ。エトワールになった後で、あなた自身が恥ずかしい思いをするだけ。滑稽であったと。不純物であったとね」

「エトワールになれなければ意味はない!」

 

 私の言葉にエトワールの目がスッと細くなり、さっきまでとは打って変わって冷たい眼差しが叩きつけられる。恋愛に奔放な、スキャンダルだらけのエトワール。そう揶揄する者もごく少数だがいるにはいる。だが彼女たちは知っているのだろうか? 花園静馬がこんな顔をする人物であることを。

 

「もしあなたが真にエトワールの器だというのなら、何もしなくたって勝手にそうなるわ。それとも自信がないのかしら? 相応しい人物であると」

「これはまた面白いご冗談を。エトワールの座が歩いて目の前にやってくるとでも? ふざけるな! あなたには六条会長のバックアップがあった。それによって動いた票は決して少なくなかったはずだ」

「深雪の支援がなくても勝ったわ。私は花園静馬だもの。知ってるはずよ? 私の得票率を」

「はっ………はははははははは。こりゃあいい。こいつは傑作だ。()()()()()()()()()。あなたが言うと説得力があり過ぎて、否定しようとする自分の方が間違っている気になる。でもねエトワール様。それは強者の理論だ。何もかも手中に収めているあなただけが言えるセリフだ。数代前にスピカから輩出されたエトワール様は、常に周囲への感謝を口にしている方だった。みんながあなたになれるわけじゃない。私はッ━━━」

「━━━あなたが目指すのはか弱いエトワール様? 違うでしょ。仮にもスピカのスターで、王子様を自覚しているというのなら…ね」

「くっ………」

「毅然としていなさい。王子様はみっともない真似はしないものよ」

 

 会話はもう終わったと言わんばかりに踵を返し、エトワール様は背中を見せた。その涼やかな後ろ姿に比べて、拳を握りしめて立つ私のなんと無様なことか。完敗だ。潔くそれは認めよう。だがいつかこの借りは返させてもらう。

 

 

 

 

 

 

 

 会議を終えての帰り道。ぬるい風を受けながらスピカへと戻る間は、二人とも言葉は交わさなかった。ようやく口を開いたのは校舎に入って少し経ってから。生徒会室の扉が見えた辺りの頃だった。

 

「迂闊なことは出来ないんじゃなかったの?」

「………」

「まぁ別にいいけど」

 

 詩遠が怒るのも無理はない。私のせいでスピカとしては身動きが取りにくくなってしまったのだから。してやられたというわけだ。謝っておくなら今しかないだろう。

 

 そう思った私は詩遠を呼び止めてその前に回り込むと、深々と頭を下げた。

 

「済まなかった。私のせいだ」

「ちょ、ちょっと要。冗談よ。責めるつもりなんてないわ。からかっただけよ。頭を上げて頂戴」

「しかし…」

「見くびらないで」

「えっ?」

「見くびらないでって言ったの。いいから顔上げなさい!」

 

 いつになく真剣な眼差しをした詩遠がそこにいた。

 

「いい? 一度しか言わないからよく聞きなさい。

 勝てそうにない子に━━━ううん、夢を託せないような子に公認出してあげるほど、私の夢は軽くないの!

「しお…いや、会長」

 

 思わず『会長』と呼んでしまうほど、詩遠は凛々しかった。

 

「だから…自信持ちなさいよ。今年のスピカの代表は…剣城要と鳳天音。これは決定事項。何があっても変えるつもりはないから」

 

 言うだけ言ってさっさと歩き始めてしまったその背中に呟く。天井を見上げ、後悔を込めながら。

 

「まいったなぁ。会長の夢を()()()()()()()、だなんて思っていたのに…。これじゃ格好がつかない」

 

 自分がエトワールになる。そしたら自動的に会長の夢も叶う。だから私が叶えてあげよう。いつの間にかそんな傲慢な考えが私の心に巣食っていたらしい。でもこんな風に託されてしまったら、そんな考えはもう二度と思い浮かべちゃいけない。

 

 視線の先で、足を止めた詩遠は振り返らずに答えた。

 

「ほら、行くわよ。未来のエトワール様」

 

 

 

 

 

 

 生徒会室の扉を開けると、私たちを待っていた桃実が一人、ニヤニヤしながら出迎えてくれた。3人分のカバンを持ち、すぐにでも施錠して帰れる状態だ。

 

「ねぇ二人共。まだ食堂ギリギリやってる時間だし、パフェでも食べていかない? 奢るわよ」

「どうしたのよ急に」

「別に~。ただ、ちょっとね。恋愛とは違うけど、廊下で思いっきり青春してたお二人さんにご馳走したくなっただけよ」

「なんだ。聞こえてたのか」

 

 自分のカバンを受け取りながら尋ねると、桃実は「そりゃあ、あれだけ熱く語ってたらね」とおどけてみせた。

 

「それで行くの? 行かないの?」

「行くに決まってるでしょ。桃実の驕りなんてめったにないし。明日は雨かしらね」

「クックっ。会長の言う通りだ」

「何よ二人共。私がせっかく誘ってあげてるのに」

「夕食を残さないように気を付けないとな。そうだろ? 保護者の桃実さん?」

 

 お嬢ちゃんを絡めての皮肉に詩遠が笑い出し、それに合わせるように私も声を出して笑う。こんな風に3人で過ごすのはなんだか久々のような気がした。

 

(ってそうでもないか。なんだかんだで付き合いが長いものだな…私たちも。スピカか。いい学校に入ったものだ…)

 

 カバンを振り回して追いかけてくる桃実から逃げながら、私は少しだけノスタルジーに浸っていた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 いかがでしたでしょうか? 今回ちょっと長めになりました。どのお話も修正するうちに少しずつ伸びてしまって。主に静馬様関連が…。



 話は変わりまして「えっ今更!?」と言われるかもしれませんが特殊タグって使い方難しいですね。使い方というか『使いどころ』と表現した方がしっくりくる感じですが。

 なんというか思った以上に強弱がはっきりついてしまうというか。タグを適用した部分が目立ちすぎちゃってあまり何度も使わない方がいいのかな…なんて。ちょっと試行錯誤してみたいと思います。



 世間はコロナウイルスで大変ですが、みなさんもどうか体調に気を付けて下さい。
もしよければ次章もお願いします。それでは~♪


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