静馬から直々のご指名によりダンスのパートナーに選ばれた玉青は、嫌な予感を抱きつつも渋々練習に参加する。残念なことに予感は的中し、練習初日から静馬に翻弄されて疲れ果てる玉青。しかし渚砂との憩いの時間に嬉しい出来事があって!?
■目次
<練習初日>…涼水 玉青視点
<あなたと踊りたくて>…涼水 玉青視点
<練習初日>…涼水 玉青視点
「1…2…3。1…2…3。そう、上手よ玉青さん。さすが優等生ね」
音響機器から流れるワルツに合わせて、右へ左へと軽やかに身体が動く。六条様が耳元で囁く優しい言葉と巧みなリードのおかげもあり、私は見えない糸で操られた人形のようにフロアに見立てた生徒会室を舞っていた。
(ダンスのパートナー。静馬様じゃなくて六条様なら良かったのに…)
思わずそう口に出してしまいそうなほど素敵なリードに身を委ねながら、私は心地良さに酔いしれていた。難点といえば、あまりにも実力以上のものが出過ぎていて、これを本来の実力と勘違いされたらどうしよう、という心配が頭をよぎることくらいだ。
女性しかいないこの丘では男性役をこなせる存在は限られていて、必然的に人気が高まりやすい傾向にある。その中でも有名なのはスピカの剣城要さんと鳳天音さんの王子様コンビ。そしてエトワールである静馬様だ。
(ミアトルでは静馬様ばかりが有名でしたが…、もしかして六条様は実力を隠していらっしゃったのでしょうか?)
ただでさえスタイルの良い六条様だが、美しく構えた基本姿勢をとるとそれだけでいつも以上に背が高くスラッと見える。そのうえ実際に組んでみるとさらに大きく感じられ、同性である私であっても嫉妬してしまうくらいに抜群のプロポーションだった。
相変わらず見えない糸に引っ張られて踊りながら、ふと夜々さんの話を思い出す。私が渚砂ちゃん以外の人に、心惹かれるかもしれないという話だ。あの時は夜々さんに言われて静馬様を思い浮かべたせいでしっくりこなかったけど、こうして六条様と踊っていると「なるほど」と思わないこともない。
(婚約者がいると知られていなかったら、きっと何人もの女生徒から告白されたでしょうね。静馬様よりも余程エトワールに相応しい方ですわ)
以前から抱いていた漠然とした考えは、生徒会を通じて接する機会が増えたことで私の中で強固なものへと変貌していた。
そもそもなぜパートナーであるはずの静馬様ではなく六条様と踊っているのかと言えば、気まぐれなエトワール様が時間になっても現れなかったためである。仕方なく予定を変更し、私がどれくらい踊れるのかを確認するためのテストをしているわけだが、今現在もエトワール様のお姿はどこにも見当たらない。
そんな自分勝手な人よりも親身になってくれる六条様の方を素敵だと思うのはなんらおかしい事ではないし、むしろ自然なくらいだ。
頭の中に生まれた雑念に邪魔されつつも、糸に繋がれた私の身体は規則正しいリズムに乗ってワルツを踊り続ける。右へ左へ足を動かしターンを決め、名残惜しさを感じながらもフィニッシュを飾ると、見ていた生徒会のメンバーから拍手が起こった。
「とても良かったわ。これなら心配はいらなそうね」
「いえ、六条様のリードがお上手だったからで普段は私こんなには」
踊れません、と続けるつもりだったのに━━━、
「謙虚なのね。でも褒めてくれてありがとう。一応踊りには自信があるの。静馬にだって負けないつもりよ」
六条様にしては珍しい張り合うような言葉に遮られ、言いかけたセリフは喉の奥へと消えていった。いつもは一歩引いたお淑やかな振る舞いを心掛けているはずなのに、あえて口にするということはそれだけ自信があるのだろう。もし私なんかと違ってもっと上手な人と踊ったら…。そう、たとえば静馬様とか。
そんな「見てみたい」という思いを見透かしたかのように背後から聞き慣れた声が響いた。
「なら一曲お相手して頂こうかしら、深雪」
(静馬様っ?)
しかし振り向いた私の視界に映ったのは、あの銀髪でもなく、ましてやミアトルの制服でもなかった。ストレートの黒髪にトレードマークの赤いリボン。そして可愛らしいルリムの制服。静馬様の元カノ━━━源千華留様である。
「な~んちゃって♪ どう? 驚いたでしょ」
つい先程まではいなかったはずの人物。そのうえ静馬様そっくりの声真似までして現れたものだから私の頭の中は軽くパニック状態だった。というか今だってどこかに静馬様が隠れているんじゃないかと思うほどに、たしかに静馬様の声に感じられたのに…。
「玉青さんはとっても良いリアクションね。それに比べて深雪さんときたら。もう少し驚いてくれないと」
「もう騙されるのはこりごりだもの」
苦笑いを浮かべた六条様とは対照的に、ニコニコと笑みを絶やさない千華留様はどこか幼い印象を感じさせる。「本当に上級生なんだろうか?」と疑ってしまいたくなるほどに屈託のない笑顔。でもこれが千華留様の全てではないということは、未熟な私にも薄々感じられた。
それに…ただ可愛らしいだけの人を
「ふふっ…、あまり人の顔をじっと見つめてはダメよ。そんなに熱心に見つめられたらドキドキしちゃうじゃない」
からかうように窘められて私はようやく無遠慮に千華留様を眺めていた事に気付いた。慌てて謝りつつも、恥ずかしくて少しだけ顔が熱くなる。
その後のお二人の会話によれば、千華留様は特に用事があったわけではなく単にミアトルに遊びに来たらしい。私からすると少々驚く理由━━━いや、理由がないのだから理由ではないわけだけど、とにかく目的もなく度々こうして訪れるそうだ。
そんな静馬様に負けず劣らずの自由人らしい千華留様は、何の躊躇いも見せずに六条様にじゃれつき上目遣いにねだってみせる。
「ねぇ深雪さん。もしよかったら1曲踊ってくださらない? 静馬が来るまで暇なんでしょ。深雪さんのダンスの腕前、ぜひ知りたいわ」
「ちょ、ちょっと千華留さん?」
蠱惑的な瞳を輝かせ、ぴったりと身体を寄せるその様子は、あどけなさを残しつつもどこか小悪魔的な印象を抱かせる。こちらが本来の千華留さんなのか、それともさらに別の顔があるのか…。疑問はなかなか尽きそうにない。
「随分と楽しそうね、千華留。何をそんなにはしゃいでいるのかしら?」
暖かな夕方に突如吹き荒れた寒風の如く、ピリッとした緊張感を伴いつつ二人の生徒を従者のように引き連れて現れたのは、
「………。まぁいいわ。それより深雪に裁縫部の二人から相談があるそうよ。なんでも私と玉青さんにドレスを作りたいんですって」
遅れた原因はその二人に捕まっていたせいだと静馬様は説明した。ミアトルの部活はどれも気合の入ったものばかりだが、その中でも特にこの裁縫部は数々のイベントで衣装の製作を請け負う関係上、人気があり腕利きが揃っていると評判の部である。自らも衣装制作に打ち込む千華留様は当然この話に興味を持ったようで、「ルリムの生徒にも着せようかしら」と思案顔だ。
一方の六条様は難しそうな表情を浮かべていた。今回のイベントは開催1回目ということもあって、まずは各校制服で、というスタンスを取っていたからその事についてだろう。千華留様は乗り気だが、抜け駆けのような形になるのは少々まずい。スピカの方々が黙っていないはずだ。
時にはそういったバランス感覚も生徒会長には求められる。「とりあえず話を聞かせてもらうわ」と言って別室へ行ってしまった六条様たちを見送り、部屋には私と静馬様、それに千華留様が残された。
「そういえば今日は渚砂はいないのね」
「ええ、まぁ」
「時間が余ったら渚砂と踊ろうと思ったのに。ああ、それで連れてこなかったというわけ?」
たしかにそれもあるにはある。けど一番の理由は━━━。
「あなたと踊っている姿を、見られたく…ありませんから」
顔を逸らし苦々し気に言うと、静馬様は「ふぅん」と小さく呟いただけでそれ以上の追及はしてこなかった。
「とりあえず踊っておきましょうか。ワルツ…踊れるわよね?」
きっとただの確認なんだろうけど、ちょっと見下されたような気がしてムッとしつつも手を差し出すと、それを見た静馬様が手を取り私を引き寄せる。右手を組み、左手は静馬様の上腕に優しく添えて、それから━━━。
「………? 静馬様? あ、あのっ」
違和感を覚えて僅かに身体を捻って確認すると、本来なら肩甲骨のすぐ下辺りにくるはずの手が腰に添えられていた。基本姿勢にしては明らかに手の位置が低い。それも…とてつもなく。百歩譲ってこの前のようにおふざけで私を抱き締めた時なら腰の位置に手を宛がっても分かるが、今日は真面目に踊る
「あの、手の位置が」
他の生徒会メンバーが見ていることもあり、一応気を遣って小さな声で抗議したものの手は依然としてそのままである。
「いい加減にしてください」
少しだけ怒気を込めて注意し、ようやく手が動き出してホッとしたのも束の間、その手は上に向かうと思いきや下に向かって移動し始めた。そしてそのまま背中から臀部ギリギリの際どい部分を撫で回すように上下させたのである。
ツゥーッと滑る指先が臀部に触れそうになると、否が応でもその行方を意識して神経を集中させてしまうのだが、静馬様は決してそれ以上触れようとはしない。普段より数倍も敏感になった私の背中を弄ぶように、上下するばかりだ。
もどかしいと言うとなんだか私が期待しているみたいになるので絶対にそう言いたくはないが、なんとも絶妙な位置を行ったり来たりする手に、意識の大半を持っていかれてしまう。
(こんなに大勢の人がいる前で…)
頭の中では先日の夜々さんの忠告が蘇り、とある考えを浮かび上がらせる。
「ンッ………。失礼…します」
冷静さを失ったらまずい。それに下手に反応すればこの人を喜ばせるだけだと判断した私は、セクハラまがいの行為を止めるべく強引に静馬様の手を掴んで正しいポジションへと導いた。もちろん「こんなの何でもありません」といった表情とセットで。
「残念。意外と大人なのね。もっと可愛らしい反応が見れると思ったのに」
「そろそろちゃんとしないと怪しまれますよ」
「ふふふっ、夜々さんに何か言われた?」
「そ、それは…」
目の前にいるあなたに狙われています、とは言えなかった。先程のだってちょっとしたお遊びとかスキンシップでからかっただけ、と反論されたらそれで終わりだ。夜々さんの事は信用しているが、さすがに今の段階では分が悪い。静馬様だけならともかく、万が一周囲の子にまで自意識過剰だと思われたら屈辱以外の何物でもない。
「いいですから早く踊りましょう」
音響担当の生徒に目で合図を送って音楽が流れるとようやくダンスが始まった。とはいえ正直既にヘトヘトな気分だ。この人といるといつも精神を擦り減らされる。
(それにしても…やはり静馬様のリードもさすがですね。あまり認めたくはないですけど)
疲れさせた張本人は凛々しい表情を浮かべてしっかりと男性役をこなしている。数秒前まではふざけていたというのに、踊り出した途端にこれだ。本性を知っているからいいものの、初心な下級生とかだったらウインクされただけで虜にされそうである。エトワールの名は伊達ではないということだろうか。
「少し…退屈ね」
いくつかの要素を終えて踊りが中盤に入った頃、静馬様は私に向けてというわけでもなくポツリと呟いた。真意を測りかねて尋ねようと口を開きかけたその瞬間━━━。
(なッ!?)
別に油断をしていたわけではない。けれど突然グインッと引っ張られ私は困惑した。それまでがお行儀よく、悪く言えばこじんまりとしたリードだったものが、どうしたわけかダイナミックなリードに変貌したのである。ステップの歩幅は大きくなり、上半身もより観客に魅せるような大胆な動きに。高身長というわけではない私は途端についていくのがやっとの状態に追い込まれてしまう。
最大限に目立つ事を優先したスタイル。つまりそれは私の事なんて全く考えていないリード。
相手に寄り添い、来て欲しいポイントへ自然と導くような六条様のものとはまるで違う。次にどうすればいいのかなどと考えるまでもなく、気付いた時には理想的な位置にふわりと着地させてくれる魔法みたいなリード。誘導されるがままに踊るだけで心地よく、
優しさに満ちている六条様らしい踊りとは天と地だ。
1つの要素が終わる度に、次はここ、その次はここ。指定されたポイントに辿り着かなければ置いていくぞと言わんばかりに私を責め立てるようなリード。銀髪をはためかせて生き生きと動き回る静馬様に対して、私は覚束ない足を必死で動かし遅れないようにするので精一杯だ。何度も合わせてくれるように呼び掛けたものの当然のように返事はなく、代わりに返ってきたのは意地悪な笑みだけだった。
キャパシティーを超えた動きに次第に呼吸が苦しくなり、頭が真っ白になっていくと同時にクルクルとターンをする際に見える観客の顔がぼやけて霞んでいく感覚に襲われる。無我夢中で動かす手足はもはや正しいのかさえわからない。
なんで私がこんな目に遭わされなきゃいけないの?
そう悪態をつきたいのを必死に堪え、私はどうにか最後まで踊りきった。
「ハァッ、ハァッ。やっと…終わった」
膝に手をあてて身体を支えながら息を吸い込むと、少しのぼせたような状態だった頭がすっきりしていく。そのまま上体を起こして呼吸を整えつつ汗を拭う。我ながらよく頑張ったと自分を褒めてやりたい気分だ。
そんな晴れ晴れとした気分で静馬様の方を振り返った私は、発せられたセリフに戦慄した。
「なにしているの? もう一度やるわよ」
「え? でも…」
「いいから早く来なさい」
「その、デモンストレーションって1回踊ったら終わりなのでは…」
「他校の生徒からダンスを申し込まれるかもしれないでしょ? まさかその後ずっと椅子にでも座ってるつもりなの?」
私を虐めたいだけなんじゃないかと一瞬疑い掛けたものの、言っていること自体は至極まともだった。なにより静馬様の口からこれほどの正論が出てきたことに驚きを隠せない自分がいる。そんな失礼なことを思ってしまうのは、いつも難癖だったり揚げ足取りされてた記憶が強いせいだろう。
それは別として今回ばかりは体力のない自分の情けなさもあってぐうの音も出ない。渚砂ちゃんと追いかけっこした時も、私がへばっている横でピンピンしてる渚砂ちゃんを見てちょっと羨ましいと思ったこともあった。運動神経自体は悪くないし、文芸部だからと言い訳していたシワ寄せがこんな形で来るとは想像していなかったけど…。
「言っておくけど加減するつもりはないから」
ニヤリと口元を歪めて言い放ったそのお言葉通り、ダンスのレッスンは2回目だけでは終わらず、何度も何度も繰り返されることに。
私がクタクタなのは誰が見ても明らかなのだが、それでもダイナミックモード全開の静馬様が振り回すので当然ダンスの出来栄えは酷いものとなった。ステップはドタドタと音を立てて滑らかさの欠片もなく、フィニッシュは決めポーズなのか意識を失って倒れこんでいるのかといった有様。
話し合いを終えて戻ってきた六条様がその惨状を見かねて次でラストと言ってくれなければ床に横たわる羽目になっただろう。
「お、お疲れ…さま…でした」
地獄のレッスンを終え、声を絞り出すようにしてそれだけ告げると、私は逃げるように自室へと帰っていった。明日も練習があるなんて…信じたくない。
「玉青ちゃんお疲れ様っ! 練習はどうだった?」
せっかく渚砂ちゃんが出迎えてくれたというのに、グロッキーな私はその横をすり抜けるように通り過ぎるなりベッドにポフッと横たわった。
「あ、あのね玉青ちゃん。私ね、紀子さんと千早さんにね━━━」
「━━━ごめんなさい渚砂ちゃん。ちょっと休ませてください」
「あっ、ごめんね玉青ちゃん。そう…だよね…疲れてる…よね」
途端にしゅんとしてしまう渚砂ちゃんに罪悪感が募るものの、
「よかったら後でお話聞いてね。邪魔しないように私はちょっと出掛けてくるから」
音を立てないようにと静かに閉まったドア、そして部屋から遠ざかっていく渚砂ちゃんのトトトッという足音を聞きながら私は瞼を閉じた。
<あなたと踊りたくて>…涼水 玉青視点
「玉青ちゃん、ダンスのポーズとってくれる?」
就寝前のひと時。パジャマ姿の渚砂ちゃんに言われて、不思議に思いながら基本姿勢をとる。もちろん昼の練習で指摘された点をいくつか反芻し、なるべく綺麗な立ち姿を心掛けるのを忘れなかった。とはいえ一人だとちょっと不格好というか、様にならないかも。
「これでいいんですか?」
「う、うん」
確認のために尋ねると、頷いた渚砂ちゃんはおずおずと近寄ってくるなり私に抱き着く━━━わけではなく半歩ずれて立ち、何やら小さく呟きながら基本姿勢をとろうとした。
「これって…」
「玉青ちゃんが生徒会室に行ってる間にね、隣の二人にちょこっとだけ教えてもらったの。ほら、私ってダンスの授業とか受けたことないから全然知らないでしょ?」
ミアトルに限らずこの丘にある3校では、幼稚園から通っている子なら基本的にはスタンダートなもの、特にワルツであれば間違いなく踊れるが、渚砂ちゃんのような途中編入の子はそうではない。普通の学校に通っていたのであればなおさらだ。というか普通はダンスの授業なんかないということを私は渚砂ちゃんから聞いて初めて知ったくらいで、どこの学校でも多かれ少なかれやっているものだと思っていた。
とにかくそういうわけで渚砂ちゃんはダンスについては全然知らない
「あれ? でも上手く組めないや。手がなんだか…逆?のような」
「あ、それはですね━━━」
渚砂ちゃんが組もうとしていたのは女性役の方。私もお昼の延長で女性役のつもりでいたので、一度姿勢を直して男性役に切り替える。すると二人に教わった状態になったらしく、渚砂ちゃんは嬉々として身体を合わせてきた。
「私の右手に軽く乗せるように…そう。身体を少し逸らすようにして首のラインを長く見えるようにすると綺麗ですよ」
「えっと、こう? 出来てる…かな?」
「ええ、とっても綺麗ですよ渚砂ちゃん。ふふふっ、まさか渚砂ちゃんが踊りの練習をしてたなんて。二人にはどこまで教わったんですか?」
「その…笑わないでね? 絶対だよ?」
「もちろんです」
「後ろに下がって、次に左に行くの。………。そこまで」
恥ずかしそうにか細い声で渚砂ちゃんは答えた。顔を赤らめて俯いたところを見るに、本当に笑われるかもしれないと思っていそうだ。
「安心してください渚砂ちゃん。それだけ出来れば充分ですよ」
不安を拭おうと掛けた言葉に「でも…」と言いつつパッと顔を上げた渚砂ちゃんに優しく言い聞かせる。
「本気で踊ろうとする人は極僅かだと思います。それに会場もみんなが大きく動けるほど広くはないですから。なので音楽に合わせて少し身体を揺らしながら動ければ、それで充分なんですよ」
説明しながら頭に浮かんだのはスピカの剣城さんだった。相当に気合が入っているみたいだからきっと当日も凄いに違いない。
「せっかくですからちょっと動いてみましょうか」
「ま、待って。動く時に声出してもいい? 1,2,3って。それやりながらじゃないと不安で…」
「なら私が声を出しますから渚砂ちゃんは動くのに集中してくださいね。それじゃあいきますよ」
チラチラと足元を気にする素振りもあえて注意はしない。もちろん見ないに越したことはないけれど、まずはやってみるのが一番だ。
1,2,3。1,2,3。と余裕を持って二度カウントし、いよいよ本命の1で踏み出すと━━━。
「わわわっ」
「きゃっ」
「ご、ごめん玉青ちゃ━━━」
「━━━あ、渚砂…ちゃん」
左足を前に出した私は、
キスしたい。瞬時に沸き起こった感情はそれだった。
告白した日以来、渚砂ちゃんとはキスをしていない。したくなかったわけじゃなくて、するのが怖かったから。女の子同士でキスすることを、渚砂ちゃんは本当はどう思ってるんだろうって考えたら怖くて出来なかった。本当は嫌だけど、私に合わせて平気なフリをしているのかもしれない。キスしたいのは私だけで、それどころか好きという想いさえも私だけのもので、全部独りよがりなんじゃないかって考えてしまうことがある。
自信がなかった。渚砂ちゃんを愛しているという自信はあっても、渚砂ちゃんに愛されているという自信が。
今だって心に身を委ねてキスしたら、表面上は友好を装いつつも、内心では失望され、軽蔑される気がして身体はピクリとも動かない。ああ、静馬様を羨ましく思うのは何度目だろう。私だって何も考えずにキスを迫れたら…どんなにいいか。
「━━━ッ」
ギリリと奥歯を噛み締めながらも、私は努めて冷静に話しかけた。
「1で渚砂ちゃんは右足を引いて下さいね。2で左足を横に。3でその左足を追いかけるように右足を動かして揃えてあげましょう」
「1で右足。1で右足。うん、大丈夫そう」
「連続ではなく一つずつやりましょう」
1,2,3。1,2,3。1。
今度は上手く噛み合い私と渚砂ちゃんの足が揃って動く。
「出来たっ」
「じゃあ次は左足ですね。いきますよ。2」
これも問題なし。
「最後に3」
「出来た、出来たっ。やったよ玉青ちゃん」
「ええ、ばっちりです。これを連続で出来れば文句無しですよ。このままやってみましょう」
それから何度も同じ動作を繰り返して、渚砂ちゃんは少しコツを掴んだらしい。徐々に見様見真似というか、なんとなくのステップ━━━正しくはないかもしれないけど、しっかりとリズムには乗りつつ色んな動きが出来るようになった。
私も楽しくなってきて、右へ左へ渚砂ちゃんをリードする。
1,2,3。1,2,3。部屋の中に3拍子が木霊して、ベッドや机にぶつからないように小さな動きではあるものの、私と渚砂ちゃん、二人で踊る私たちなりのワルツが出来上がっていった。
「ふふふ。どうですか渚砂ちゃん」
「すっごく楽しいよ玉青ちゃん。こんな風に踊れるなんて夢みたい」
二人だけの舞踏会。これはこれで素敵だけど、渚砂ちゃんさえOKしてくれるなら…。
「ねぇ渚砂ちゃん。ダンスパーティの日も私と踊ってくれませんか?」
「あ、もう玉青ちゃんってば~」
「え?」
「それ私が言おうと思ってたセリフなのに」
予想だにしなかった言葉に自然と足が止まる。3拍子はいつの間にか聞こえなくなって、佇む私たちを静寂が包み込んだ。
「紀子さんと千早さんに習ったのだって玉青ちゃんと踊りたかったからだもん。他の誰かじゃなくて、私は玉青ちゃんと踊りたい。玉青ちゃんがいい」
「渚砂ちゃん…」
「だから私と踊ってください」
踊りのことだって分かってはいるんだけど、プロポーズめいたセリフに私の胸はドキドキで一杯になった。顔を合わせるのが恥ずかしいくらい興奮してしまって、慌ててギュッて抱き着いて見られないようにする。それでもくっついた身体から、高鳴る心音が伝わっちゃいそうだ。
心音が私の不安も何もかもを、包み隠さず渚砂ちゃんに伝えてくれるなら、いっそのこと全部託してしまうのに…。
「絶対ですよ。私…渚砂ちゃんと踊るの楽しみにしてますから」
「うん。私も練習しておくから、優しくエスコート…してね」
「ええ…必ず」
もし今キスを求めたら、渚砂ちゃんは怒るだろうか? ダンスを踊る約束をして充分過ぎるくらいの幸せを手に入れておいてって神様は言うかもしれない。私と渚砂ちゃんはいつ崩落するかもしれないボロボロの橋の上に立っていて、ちょっとでもバランスを崩したら谷底へと真っ逆さまに落ちてしまうだろう。
だけど私は渚砂ちゃんとキスしたい。それが今私が知っている中で、最上級の愛情表現だから。
「目…瞑ってください」
「玉青ちゃん?」
「何も言わないで。お願い…ですから」
「うん…いいよ」
頷いた渚砂ちゃんは
「好きです、渚砂ちゃん」
3度目のキスは優しく、精一杯の気持ちを込めて。いつの日か、渚砂ちゃんから求めてくれますように。
いかがでしたでしょうか。なかなか大変な情勢が続く昨今ですが、時間をやりくりして細々書いております。玉青ちゃんと渚砂ちゃんが甘々な感じにイチャついているシーンは、自分がそういうのが見たいなっていう願望が強く出ちゃったのも関係してたり…。癒しが欲しい。癒されたい。そんな心境です。
それではまた次章で~♪