アストラエアの丘で   作:クラトス@百合好き

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■あらすじ
 一人きりの時間を過ごす玉青はベッドに横たわり、隣の部屋にいる渚砂に想いを馳せる。少しずつ女性同士の行いに興味を抱き始めた玉青は、アドバイスを貰うために夜々の部屋へ。一方、深雪は静馬から時計の針を戻すように誘われるが…。

■目次

<一人の時間>…涼水 玉青視点
<予期せぬ事故>…南都 夜々視点
<密告相手は誰?>…此花 光莉視点
<鍵のかかった時計>…六条 深雪視点



第26章「私にもそういう時期がありましたから」

<一人の時間>…涼水 玉青視点

 

 ダンス練習のない日の午後。隣の紀子さんと千早さんのところへ遊びに行った渚砂ちゃんを見送った私は、特に何かをするでもなく、ベッドに腰掛けてボーっと過ごしていた。課題等はしっかりとこなしているから急いでやらなければいけないものはないし、渚砂ちゃんの行き先も信頼出来る場所ということもあり、こうして気の赴くままにベッドに寝転んでみても問題はないというわけだ。

 

 思えばこうして一人きりで部屋で過ごすのは久しぶりな気がする。生徒会に入ってからは活動で忙しかったし、基本的にはいちご舎に直帰する渚砂ちゃんが部屋で待っていたから二人でいることが多かった。

 

 そんな一人での時間だが、心が穏やかなのかといえばそうではない。相変わらず静馬様という存在によって渚砂ちゃんとの仲を搔き乱されているうえに、その静馬様によって引き起こされた私の身体の変化が憂鬱さを増幅させていた。

 

「渚砂ちゃん…」

 

 ゴロリと寝返りを打って隣室の方を見る。じっと見つめてみても壁が透けたりするわけではないが、なんとなくそこに居るんだという安心感にほんの少しだけ心が満たされる。

 

 普段の私ならおそらく着替えていただろうけど今日はそんな気力もなかったので、制服がシワだらけになるのも気にせずそのまま膝を抱えるように丸まっていると、自分の胸に視線が向いた。

 

 自慢というほどでもないが、クラスの中でもわりと大きい方である。知り合いに六条様や静馬様、千華留様に加え、1学年下にもかかわらずその3人に引けを取らない夜々さんがいるせいか最近すっかり霞んでいたけれど。

 

(まだ昨日の感触が残っているような気がする)

 

 胸のサイズの事とは対照的に、忘れたくても忘れられなそうな静馬様の感触。それに触発されるように、そういえば自分の胸はどんなだったっけ、と興味本位で制服の上から触れてみた。

 

「んっ…」

 

 やはりというか、ブラを着けたままということもあって手に伝わる感触はそれほど柔らかくない。身体に伝わる刺激だってごく僅かだ。もしいつもならば気分が乗らなくて早々に止めていたに違いない。

 

 しかし今日は違った。渚砂ちゃんと静馬様の関係、自分に訪れた同性の身体に対する興味の目覚め。そんな2つの重大な不安からくるもやもやした感情によって、今の私はちょっとだけ壊れていた。

 

 最初は些細な好奇心。そうした方が良いのでは、といった程度のもの。ただ触るのではなく、静馬様の感触を強くイメージしながら触ってみるというものだった。

 

「うっ…、ん…。んんッ!?」

 

 思わず漏れた声に自分でも驚く。まさかこんなに違うなんて、と。知識ばかりが先行し、欠けていたイメージが補われたことで、私の身体には確かな変化が訪れていた。

 

 少ない刺激ながらに気分は予想以上に昂り、零れる吐息は身体と同様に熱を帯びていく。手を動かし太腿同士を擦る度に、ベッドが僅かに軋んで音を立てシーツにシワが刻まれていった。

 

 やがて胸だけでは物足りなくなり、無意識のうちに手は足の付け根へと伸びたが、残念なことにミアトルの制服はそういった事をするには少々エレガント過ぎた。たっぷりの生地が使われたスカートに行く手を阻まれ、お目当ての場所へ辿り着けない手がもどかしげに虚空を彷徨う。

 

 どうしよう。このまま続けるか、それとも。

 

 隣の部屋の方を見つめ逡巡する。けれど意を決した私はスカートをめくると、その中へとそっと指を忍び込ませた。

 

 不安だったから。今だけだから。そんな言い訳を自分にしながら、頭の中で渚砂ちゃんに触れる。私の勝手な妄想の世界の中では、渚砂ちゃんは触れる度に、はにかんだり、切なそうな顔を浮かべたり、様々な表情を見せてくれた。

 

 そして身体に籠っていく熱が限界に達し、いよいよ吐息として吐き出すだけでは追い付かなくなった頃、私は矢を打ち出した弓の弦のように身体を震わせ、空想の世界から元の世界へと帰還した。

 

「渚砂ちゃん…」

 

 弛緩した身体を仰向けにし、左手の甲をおでこの上に乗せると、ちょっとだけ熱が逃げていく気がした。そのままの格好で呼吸を整えながら、もう一方の手を天井にかざすと、照明の光を浴びた指がテラテラと濡れて輝いているのが見えた。

 

(そろそろ渚砂ちゃんが帰ってきちゃうかも…。その前に動かないと…。でも、少しの間だけ…このままで…)

 

 重たい身体に意識を引きずられるようにして目を瞑る。次に目を開けたら元の私に戻っていることを、ほんの少しだけ期待しつつ、けれどもう戻れないことを薄々自覚しながら…。

 

 

 

 

―*―*―*―*―

 

 

 

 

「玉青ちゃんただいまーー!」

 

 諸々の痕跡がすっかりと消し去られた部屋に渚砂ちゃんが帰ってきたのは、夕食の1時間程前のこと。

 

 余程楽しかったのかその顔はとても晴れやかに見える。

 

「おかえりなさい渚砂ちゃん。楽しかったですか?」

「うんっ。とっても有意義な時間だったよ」

「ならよかったです」

 

 この様子なら音や声が隣に伝わっていたということはなさそうだ。いちご舎の分厚い壁には感謝したってしきれない。

 

 ベッドだって綺麗になっているし、鏡でしっかりと確認したから制服の乱れも心配ない。これなら大丈夫だろう。

 

「ねえ…玉青ちゃん。ダンスパーティの日の事なんだけどさ」

 

 幸い渚砂ちゃんが何かを気にしたりする様子もなく、話題がダンスパーティに移ったことに安堵した私は何事もなかったかのように返事をした。

 

「どうかしたんですか渚砂ちゃん」

「えっと…楽しみに…しててね。それだけ言っておこうと思って」

 

 なんだろう? う~ん、と首を傾げて考えてみる。

 

「楽しみ…。楽しみ…。あっ! 渚砂ちゃんが素敵なダンスを披露してくれるとか?」

「ちょ、ちょっと玉青ちゃん。詮索はなしだよ。せっかくの楽しみがなくなっちゃうもん。と、とにかく、とっておきのサプライズがあるから楽しみにしててね!

 

 私が正常だったなら、渚砂ちゃんの笑顔に罪悪感を抱いていたかもしれない。だけど心に浮かんだのはそれとは全く別のもので。

 

 目はとっくに覚めているはずなのに、やっぱり私は壊れたままだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<予期せぬ事故>…南都 夜々視点

 

「それで玉青さんの相談って?」

「いえ、そんな大袈裟なものじゃなくて、私は少しお話し出来るだけでいいというか」

 

 紅茶の入ったカップを両手で支えながら玉青さんは微笑んだ。

 

「そう…ですか。ならいいんですけど」

 

 果たして彼女は気付いているんだろうか? 自分の視線がどんな色をしているのか。その瞳の奥に込められた━━━いや、無意識のうちに()()()()()()()()()意図が如何なるものなのか。

 

「あっ! そうだ玉青さん。そのクッキー、スピカの子がくれたんですけど、とっても美味しいですよ。よかったらいかがですか?」

 

 テーブルの上の小皿を指差し、努めて明るく、かつカラッとした雰囲気で言ってみたものの、玉青さんの反応は鈍く、チラッと視線を送っただけで再び私の方を向いた。先程までと同じく、どことなく湿った、それでいてギラついた目をして。

 

(まずいなぁ…)

 

 声には出さないけど非常にまずい。せめて光莉がいればよかったんだけど、今はあいにくと留守だ。

 

(光莉のやつ早く帰ってこないかなぁ)

 

 私は心の中でそう祈りながら小さくため息をついた。

 

 断っておくが、玉青さんが嫌いなわけではない。友人だし、普段であれば一緒にいるのは大歓迎だ。そう、()()()()()()()()()()()()

 

 

 

―*―*―*―*―

 

 

 

 

 玉青さんが私の部屋を訪れたのはある日の夕方。光莉が不在なことを告げると、むしろ好都合だと言って部屋に上がってきた。慌ててお茶とお菓子を用意し━━━こういった事は光莉の担当だったので手際が悪くて少し手間取ったが、それも無事に終わり、いつものポジションであるベッドの上に腰かけたのは結構前だ。

 

 それから特に相談らしい相談もなく、本当にただただ見つめられている。

 

(まずいよなぁ…)

 

 今日何度目かになる思考を繰り返し、私は困り果てた。

 

(注意…した方がいいのかなぁ)

 

 そんな風に思い至ったのは、玉青さんの視線が私のある一点に注がれていたからである。そこは顔よりも少し下。お腹よりは上。つまり胸である。女の子であれば誰もが持ち合わせているものでそう珍しいものではない。あれ? 一応学年ではトップのサイズだから珍しいといえば珍しいのかな?まぁそれは置いておくとして、玉青さんは私の胸をじっと見ているのだ。

 

 紅茶の入ったカップを手に、ちびちびと飲んでは見つめるの繰り返し。女の子同士とはいえちょっと気まずい………なんてレベルの話で済めば簡単だったんだけど。

 

(お互い同性愛者なんだよね~)

 

 それぞれに好きな女の子がいて恋愛の真っ最中ではあるが、一切他の子に興味が向いないというほど、私たちの年頃の性的欲求というのは生易しくない。部屋に二人きりで胸ばかり見られているこの状況、一体どうしたものか。

 

 前回部屋に招いた時は、玉青さんに自分自身のことを理解してもらう必要性もあり、光莉と共謀して一芝居打ったわけだが今回は違う。正直心当たりが全くない。身体をくねらせたりしたわけでも、胸を強調したりしたわけでもないのだ。

 

 というか友人に色仕掛けしようものなら、今夜にでも私の身体のどこかに光莉の歯形が刻まれることになるだろう。それが太腿の付け根あたりかお腹になるかは光莉の気分次第といったところだけど。

 

(私の勘違いって可能性は………、ん~、ないかな)

 

 試すだけ試してみようと、暑いわけでもないのに制服の前を少し開けて空気を送り込む。玉青さんの方を見ず、さも全然気にしてませんってオーラを出しながら。

 

 横目でチラリと様子を窺うと玉青さんの視線は面白いように私の胸元へと吸い寄せられていた。

 

(あちゃ~。これは確定っと)

 

 いわゆる『覚えたて』というやつだ。自分も同じ道を通ってきたから分かる。思春期の少年少女が異性に興味深々で仕方がなくなってしまうアレだ。我々の場合はその対象が同性の裸とかになるわけだけど。

 

(まぁ私だって光莉の着替えとかガン見してたから玉青さんのこと言えないけど、いざ自分が向けられるとちょっと戸惑うなぁ)

 

 とりあえず変な空気にならないように釘でも刺しておこうと思ったその時、玉青さんが呟いた。

 

「あ、あの…、夜々さんって胸…大きいですよね

 

 私はそのセリフを聞いて固まることしか出来なかった。普通の女の子同士ならまだしも、我々のような人間の間でだと、少々違ったニュアンスに聞こえてしまう。たとえばシャワーを浴びた後かなんかに光莉が隣に座って同じようなセリフを吐いたら、私は誘われていると判断する。これで言ったのが光莉だったら「なに? 誘ってるの?」なんて軽口を返せたけど、相手は玉青さんだ。

 

(とはいえ()()()()()()()()だなぁ)

 

 言われたのが私だからセーフだけど、静馬様に言ってたら、玉青さんは今頃押し倒されてただろう。

 

「玉青さん、気付いてます? 視線とかセリフとか、マナー違反ですよ」

「え? あ、ご…ごめんなさい。気に障りましたか?」

「気に障ったというか…。私たちはお互いが性的な欲求対象になり得るんですから…気を付けないと。ほら、変な意味に聞こえちゃったりしますからね。それともまさか、私のこと()()()()()?」

 

 私の指摘に「あっ」て顔をした玉青さんは、顔を真っ赤にして俯いた。

 

(まぁそりゃあそうだよね。私も誘われるとは思ってないし)

 

 それに玉青さんには渚砂さん一筋でいて欲しい。

 

「渚砂さんと何かあったんですか? それとも…静馬様?」

 

 悩んだ末に、私は原因を探ることから始めた。玉青さんの場合、だいたいはどちらかが原因である可能性が高い。そして今回は後者の人物だったようだ。

 

「何があったのか話してくださいよ。私たち友達じゃないですか」

「はい。実は━━━」

 

 

 

―*―*―*―*―

 

 

 

「なるほど。そんなことが…」

 

 冷静に聞くフリをしていたが、私は心の中で「チッ」とか「余計な事を」と静馬様を恨まずにはいられなかった。

 

(こういうのって、自分の中で少しずつ折り合いをつけて、それで学んでいくべきだと思うんだけどなぁ)

 

 でもあの人らしいと思っちゃうあたり、私も毒されてるのかも。というか強引に身体を触らせて興味を誘発させるなんて手口、えげつなさが凄過ぎて静馬様以外には到底出来そうにない。

 

「ごめんなさい。私、最近変なんです。自分でも自分の事がよく分からなくなって。渚砂ちゃんのことも変な目で見てしまうし、今だって夜々さんを…」

「気持ちは分かります。私にもそういう時期がありましたから。でも玉青さんはラッキーですよ。なんてったってアドバイス出来る人間が近くに居るわけですから」

 

 胸をトンと叩き、大船に乗ったつもりで安心してください、とアピールすると、玉青さんは少し涙目になって頷いた。

 

「最初から素直に相談するべきでしたね。夜々さんは先輩なんですから。それで、夜々さんはどうやって対処していたんですか? 何か良い方法が?」

「私はとにかく身体を動かしたりしてましたね。結構精神的な面も大きいですから、気分がスッキリすると解消されたりしますよ。他には夢中になれるものを見つける…とかですかね。玉青さんは文芸部ですし、なにか文章を書くとか」

「どうしてもその…変な気分になってしまったら?」

「あんまりオススメ出来ないですけど冷たいシャワーをちょっとだけ浴びるってのをやってたことあります。もちろん身体冷やすとまずいんですぐに温かいシャワーを浴び直しますけどね。全体に浴びなくても手足の先だけとかでもいいかもしれません」

「なるほど」

 

 本当は他にも色々試したことがあるんだけど、言うと絶対に笑われるからやめておいた。今振り返って考えてみても無謀なチャレンジの数々はそっと胸の中に封印だ。光莉にだって話すつもりはない。

 

「そ、それでなんですけど」

「ええ」

「シャワーってお借り出来ますか?」

「へ?」

「ですから、その…冷たい…シャワー」

「それって…」

 

 もしかして玉青さん、スイッチ入っちゃったんだろうか。

 

「ん~、ちょっと待ってくださいね。貸すのは良いですけどバスタオルとか用意しないといけないので」

「すみません」

「気にしないでください。それに言ったの私ですから」

 

 洗面台の上から予備のタオルを出して渡し浴室へ案内する。それからしばらくするとシャワーの音が聞こえてきた。

 

(あっ、ちょっとまずいかも…。玉青さんじゃなくて…私の方が)

 

 正直言うと好みの美少女が自室でシャワーを浴びているというシチュエーションはかなりグッとくるものがあり、平静を装ってはいるものの、私もそれなりにドキドキしてしまっていた。

 

(よくよく考えると、これ光莉に見られたらやばいんじゃ…)

 

 見方によっては浮気相手を部屋に連れ込んでいるようにも見えなくはない。光莉にバレたら絶対怒られるな、これは。後でタオル使った理由考えておかないと。

 

 一人ベッドに腰掛けながら彼女への言い訳を考えていたら、予想よりも早く浴室の方から音がして玉青さんが出てきた。

 

「シャワー、ありがとうございました」

(うわ~、これも無意識なのかな? 玉青さんって意外と無防備かも)

 

 先輩面して玉青さんに上から目線で注意っぽいことをしたけど、よくまぁあんな事言えたな、と今の自分を見て思う。几帳面な玉青さんは既に堅苦しいミアトルの制服をビシッと着てはいたが、セリフといい、僅かに濡れた青髪といい、そそる要素満載な状態だった。

 

「それでどうです? 効果は?」

「ええっと…、はい、あの…言いにくいんですけど………身体がジンジンしちゃって、本当にこれであってるんでしょうか?」

「冷やし過ぎたのかもしれませんね。ブランケット有りますからこっちで温まってください。少しすれば治ると思いますから」

 

 玉青さんは身体をピクンと震わせ、時折両手でさする仕草を繰り返していた。たしかに辛そうだけど、逆にその辛そうな表情が余計に淫靡な雰囲気を醸し出している。これをエロい目で見るなというのは私的に相当きつい。挙句にブランケットを掛けようとして身体に触れたら、なんとも艶めかしい声を出され、私の理性は崩壊寸前に追い込まれた。

 

(そりゃあ静馬様だってちょっかい出したくなるわよね。玉青さんエロ過ぎ)

 

 手遅れになる前にスクワットか何かを始めないとまずいかもしれない。

 

(あっ、そうだ! さっきは言い忘れたけどあの手があった)

 

 いや~危なかった。思い付かなかったら部屋を飛び出していちご舎を一周する羽目になってたかも。それにしても…、こういう時に素数を数えるのって誰が最初に言い出したんだろう? まぁ気を逸らせれば誰でもいいんだけどね。

 

 2,3,5,7,11,13,15………あっ15は違った。17,19,23,29………。

 

 頭の中に数字を並べていく。数学は好きじゃないけどこれには何度か危機を救ってもらったことがあるから素数は好きだ。ちなみに途中でわざと間違えるのが自分流のやり方で、その方が意識が割かれて効果が増すような気がしている。だいたい53前後のあたりまでいくと、あら不思議。なんとかなってる場合が多い。

 

(今回もギリギリセーフかな。後で玉青さんにも━━━)

 

 平静さを取り戻しかけたところでクイクイッと引っ張られた袖に思考が中断された。

 

「もう大丈夫そうですか?」

「まだちょっとあれですけど…なんとか」

「ならよかった」

 

 立ち上がった玉青さんからブランケットを受け取り様子を窺う。少し顔が赤いけれど身体の方は幾分良くなったみたいで足取りはしっかりしていた。

 

「もう失礼しますね。光莉さん戻って来ちゃうと夜々さんにご迷惑でしょうし」

「迷惑…ではないですけど、たぶん疑われて大変な事になるとは思います」

「ふふっ。今日は色々とありがとうございました。今度何かお礼をさせてくださいね。それじゃあ」

 

 部屋を出て行く玉青さんに、私も「それじゃあ、また」と言って手を振り見送った。

 

「はぁ~~~疲れたぁ」

 

 扉がパタンと閉まると同時にベッドへと倒れ込む。なんとか任務をやり遂げたって感じだろうか。

 

「結構危なかったけどね。色々」

 

 ブレーキが働いてくれて良かった。特にシャワーの直後あたりはやばかったように思う。静馬様みたいに同時に何人も相手するメンタルが私にも有ったら、手を出しちゃってたかも。

 

「うぅ~~~。これから会う時はエロい目で見ないように気を付けなきゃな~。反則だよ、あんな顔」

 

 

 

―*―*―*―*―

 

 

 

「ただいま~」

 

 おっ光莉だ。片付けも終わってるし、悪くないタイミングかな。

 

「おかえり光莉。帰ってこないから心配したよ~」

「つい話に夢中になっちゃって。あっ、手…洗ってくるからこの前貰ったクッキー食べようよ」

「おっけ~。じゃあ準備だけしとく」

 

 聖歌隊らしく、鼻歌でも讃美歌を歌いながら光莉の姿が洗面台の方へと消えていく。どうやらご機嫌のようだ。

 

「あれ? ねぇ夜々ちゃ~ん。夜々ちゃーーーん?」

「ん~? なぁに~?」

 

 扉を挟んでのやり取り。どうしたって大き目な声になるのはお互い様かな。そう思っていると、光莉はわざわざガチャリと扉を開けて尋ねてきた。

 

「浴室濡れてるけど、シャワー浴びたの?」

「ああ…うん。ちょっと汗かいちゃったから気持ち悪くて」

「今日ってそんなに暑かったかなぁ」

 

 一瞬不思議そうにしたけど、光莉はそれほど気にする様子もなく再び洗面台へとトコトコ戻っていった。

 

(さすがに玉青さんが浴びてたとは…言えない…よね)

 

 ごめんね光莉。でも浮気したわけじゃないから。むしろ理性を振り絞って頑張って耐えたから。許して光莉ぃ~~~。

 

 どうか通じますように、と祈りながら、私は嘘をついた罪悪感よりも、むしろ光莉を裏切らなかった誇らしさに酔いしれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

<密告相手は誰?>…此花 光莉視点

 

 コンコンッとノックすると扉は少しだけ開き、その隙間から部屋の主が顔を覗かせた。

 

「誰?」

「あの…」

「ふふふっ。珍しいお客さんが来たわね。いいわ、入ってらっしゃい。誰かに見られてもいいならそのままでもいいけど」

「失礼…します」

 

 見られて困るわけじゃないけど、人にじろじろ見られながらする会話でもないと思って私は部屋に入った。

 

 思ったよりも簡素な、というか私たちと変わらない『いちご舎』における一般的な普通の内装。ちょっぴり意外だった。特別な役職だし、人柄から考えても、何か特別な調度品とかあるのかと思っていたから。

 

「がっかりしたかしら。別に普通の部屋よ。生徒会の役員とかが使う一人用の部屋。もしかして大理石の床でも想像してた?」

 

 頭の中を透視でもしたかのように、その人は悪戯っぽく笑いながら答えた。

 

 こうして会うのは久しぶりだけど、相変わらず怖い人だなって印象を抱いてしまう。夜々ちゃんとはもう1年付き合っているのに、まだまだ私は未熟者らしい。

 

「それで…どうかしたの? 遊んで欲しくなった? 私は構わないわよ」

 

 本気か冗談か分からない態度で平気でキスを迫ってくる。それを躱しつつキッと睨みつけると、その人はつまらなそうに「つれないわね」とおどけてみせた。

 

「私、夜々ちゃん以外の人なんて嫌です」

「その()()()()()に何かあったからここへ来たんでしょ」

「あぅっ………」

 

 なんでもお見通しと言わんばかりの口ぶりに気圧されて、私は既に怖気づいていた。

 

「今日、玉青さんが来ました」

「それで? お茶を飲んで帰りましたって?」

「からかわないでください。子供じゃ…ないんですから。シャワー。シャワーを浴びたんだと思います。浴室が濡れてたし、普段使わないタオルが棚から出されてました」

「他には?」

「ベッドに髪の毛が落ちてて。最初は浴室を見て変だなって思って、その後ベッドを見たら、青い髪の毛があったから、それで玉青さんだろうって」

 

 夜々ちゃんが浮気するとは思いたくない。というかそんなこと考えたくない。けど、私がいない間に部屋に来て、シャワーを浴びて帰る必要が生じる行為なんて他には思いつかなかった。

 

 前から少し怪しいとは思ってた。いくら友達だからって親切過ぎるんじゃないかって。夜々ちゃんは色々理由を付けていたけど本当はただ単に玉青さんがタイプだから………。

 

「玉青さんはお友達なんじゃなかったの?」

「そうですけど…、玉青さんは無自覚に夜々ちゃんを誘惑するから。夜々ちゃんのこと取られたくないんです」

「一つ質問していいかしら?」

「なんでしょう」

「どうして私に話そうと思ったの」

「それは…。勘です。あなたに話すのが一番だと」

「ふふふ。女の勘ってわけね。利口よ…あなた」

「そろそろ戻ります。怪しまれますから」

 

 部屋から出ようとする私の背中にその人は声を掛けた。

 

「さっきは子ども扱いしてごめんなさいね。立派な()()()に対して失礼な行為だったわ」

「………。おやすみなさい、エトワール様」

 

 これは私の嫉妬だ。夜々ちゃんを独り占めしたくて仕方がない、欲張りな私の…。

 

 自室の前に着いたのに、中に入らずに突っ立ったまま私は呟いた。

 

「夜々ちゃんは誰にも渡さない。誰にも…。誰にも…」

 

 

 

 

 

 

 

<鍵のかかった時計>…六条 深雪視点

 

「練習がないと暇ね」

「まさかあなたの口からそんなセリフを聞ける日が来るとは思ってなかったわ。普段の仕事もそれくらい熱心だといいのだけど」

 

 昼下がりの生徒会室。部活や同好会に励む生徒たちの気配は伝わってくるものの、私と静馬しかいないこの場所はシンと静まり返っていた。そんな中で聞こえてきた珍しい呟きに皮肉を返す。

 

 この時期にしては今日は気温が高く、ダンスパーティが終わった後の夏服への移行期間が待ち遠しくなるくらいではあるが、だからといって頭がおかしくなるほどに暑いというわけではない。せいぜいタイを緩めてボタンを1つか2つ開け、パタパタと風を送り込めば充分にリフレッシュ出来る程度といったところか。

 

 練習が楽しみな理由。それはおそらく新しいオモチャの存在だろう。私が次期生徒会長にと見出した青髪の少女━━━涼水玉青。つい最近まで渚砂さんにちょっかいを出していたかと思ったら、いつの間にやら玉青さんの方に対象を変えたようだ。

 

「はい、これ」

「ありがとう深雪」

 

 書類にサインしていく静馬のタイミングを見計らい関連する資料を渡す。静馬が見終わったらそれを受け取って片付ける。今まで何度も繰り返してきた作業は、多少の心の揺らぎがあっても問題なく行われた。

 

「今日はもう終わりにしましょう。お茶を淹れるわ」

 

 どういう風の吹き回しだろう? 今日の静馬は、なんだか変な気がする。上手くは言えないけれど、昔に戻ったような…。

 

 数分後。目の前に紅茶の入ったティーカップが置かれ、静馬はもう一つのカップを片手に少し悩んだ後、私のすぐ隣に腰掛けた。

 

「「久しぶりね」」

「あっ…」

 

 何気なく漏らした声が重なり、互いに顔を見合わせる。どうやら同じことを思ったらしい。

 

「こうしていると、昔に戻ったみたいね。私もあなたも役職なんてなくて、ただの一般生徒だった頃」

「そうね。でも静馬はあの頃から既に特別な存在だったわ。ミアトルだけじゃなく、他の2校からも一目置かれてた」

「やめて頂戴、そんな話。もっと楽しい話題がいいわ。そう、たとえばルームメイトになったばかりの頃の話とか」

 

 本当に今日の静馬はどうしてしまったんだろうか? 私に向ける視線も、声色も、優しさに満ちている。

 

「少し疲れてしまったの。最近はあなたと顔を合わせると互いに牽制してばかり。嫌味や皮肉で傷付け合って心休まる時なんてこれっぽっちもない。昔は良かったわ。何でもない会話をしては二人で笑い合って。あの時は気付かなかったけど、私はたぶん…幸せだったのね」

「静馬…」

「そんな顔をしないで。私だってノスタルジックな気持ちになることくらいあるわ。今みたいに」

 

 なぜか私は静馬がこのまま消え去って、どこかへ行ってしまうんじゃないか、という感覚に襲われた。おかしな話だ、今も目の前にいるというのに。

 

 それともこの静馬は幻影か何かなのだろうか。砂漠の蜃気楼のような、触れることの出来ない幻。

 

「静馬、あなた何を考えているの? 変な事考えてるんじゃないでしょうね?」

 

 手を伸ばせば届く距離にいる。なら手を伸ばすべきだ。

 

「ねぇ深雪。私たち、昔の関係に戻れないかしら? 一緒の部屋でルームメイトしてた頃の私たちに」

「私にあなたへの想いを捨てろっていうの?」

「ええ、そうよ」

 

 静馬の言葉に伸びかけた手が止まる。それとは反対に今度は静馬が手を伸ばして私を誘った。

 

「もしあなたがそうしてくれるのなら、卒業までの間、真面目に過ごすわ。エトワールの仕事だってちゃんとやるし、授業だってサボるのはやめにする。もちろんあなたとだって親友として…」

「魅力的な提案ね」

「なら」

「でも嫌よ。時間は戻ったりなんかしない。それと同じように、あなたを好きだという気持ちは、もう私の中から消えたりしないもの」

「そう…残念ね。とても残念だわ、深雪。あなたが私の手を取ってくれないのは分かっていたけど、それでも残念よ」

 

 私と同じように手を引っ込めた静馬は残念という単語を3度も繰り返した。

 

「さようならね、深雪」

「どういう意味?」

「そのままの意味よ。もう一度言うわ。さようなら深雪

 

 それだけ言い残して静馬は部屋を出て行った。

 

 静馬の言ったさようならの意味を、私はこの時理解していなかった。私がそれを理解するのはもう少し後のこと。そう、あの忌まわしいダンスパーティーの日のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 いかがでしたでしょうか? 今回は玉青ちゃんに起きた変化がメインとなっていました。夜々ちゃんのところ、夜々が玉青に手を出すか出さないかでかなり悩んだのですが、こうなった次第です。

 どっちも好きなキャラなので、玉青ちゃんと夜々ちゃんの組み合わせも結構想像したりしてますが皆さんはどうでしょうか?

 私の中だと二人とも大人びた性格という位置付けなのと、アニメで報われなかった思い出が強くて、互いに好きな相手がいるのを知りつつ傷の舐め合い的にくっ付くという悲劇的なエンドまっしぐらな話になりがちです。

 ガラスで出来た橋を進んで行くみたいなイメージで、心はそうでもないのに身体は求めあっちゃって、いつか訪れる破滅をしりながらも………って感じですかね。

 この二次創作時空だと夜々ちゃんが経験値高めの状態なので、アニメ時空よりも上手くいきそう…。というか普通にキャッキャウフフしてそうな気がします。

 
 今回の後書きはこの辺で。もしよかったら次章もお願いします。それでは~♪



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