気を失った玉青とそれを見つめる静馬。華やかに彩られた舞台の裏で、密やかに行われた『とある出来事』。それを知らずにミアトルへ向かって走り出した少女たちに過酷な運命が待ち受ける…。
大波乱のダンスパーティ当日。ついに生徒会室の扉が開かれる!?
■目次
<極上の生贄>…花園 静馬視点
<待ち人来たらず>…蒼井 渚砂視点
<私は悪くない>…此花 光莉視点
<2択>…南都 夜々視点
<喪失>…涼水 玉青視点
<極上の生贄>…花園 静馬視点
ブラインドの隙間から差し込んだ光が生み出す、机や椅子、それにハンガーラックの細長い影。その影たちが手を伸ばした先で、床に倒れたままピクリとも動かない少女の裸体を前に私は呟いた。
「少しやり過ぎてしまったかしら」
気丈な性格をしているとはいえさすがにショックに耐えられなかったのか、少女は行為の終わり際に気を失ってしまった。一応壊さぬようにセーブしたつもりだったが、正直言って最後の方はどうだったか自分でも自信がない。なにせこれほどの昂りを感じたのは久々のことで、性欲に溺れる感覚に身を任せずにはいられなかったからだ。
(千華留を手に入れたばかりの、あの頃以来かしら? こんなに燃えたのは)
改めて見てもその寝姿はしなやかで美しく、もはや涼水玉青という存在そのものが一つの芸術作品に昇華されたと言っても過言ではない。そう評するからにはいつまでも眺めていられるし実際それも一興ではあるとは思うが、やはり剥き出しのままというのは忍びなく、私はハンガーから彼女の制服を外すと、その身体を覆うようにそっと被せてあげた。
(まるでビロードを纏った彫刻のようね。こうして正解だったかしら)
普段シニヨンに纏めている髪は乱れて床に広がり、私のキスを否定していた唇の、そのあまりにも無防備な様子がたまらなく愛おしい。一途な想いとは対照的に、今の彼女はたとえ相手が初めて会った者であろうと口付けを拒めないというギャップに嗜虐心が大いにそそられる。身体の方に目をやれば、制服の端からはみ出した手足が、情事の熱を残しているかのようにうっすらとピンク色に染まったまま、未だに私を誘うように妖しい艶を帯びていた。
美しいものを愛するという点においては、私も芸術家もさして変わらないのかもしれない。身体の一部が隠されたことによって奥ゆかしさが生まれた一方で、そのビロードの下を想像するというエロティシズムもまた小さく産声を上げていた。
額に掛かった髪を指でそっと払いのけ、素敵な時間をくれたお礼にと口付けを行う。眠る少女の唇はどこまでも甘く、蕩ける味わいだった。じきに少女は目を覚ますだろう。その時どんな表情を浮かべるのか………今から楽しみだ。
「ふふふ、うふふふふふ。あなたのドレス、ウェディングドレス風に仕立てるように言っておいて正解だったわ。あははははははははははは」
再び身体の奥に渦巻いた甘美な疼きに身を焦がされながら、私はミアトルの制服を纏った。
<待ち人来たらず>…蒼井 渚砂視点
玉青ちゃん…まだかな。
「渚砂さん、よかったら踊りましょう」
「う、うん…」
せっかくの紀子さんからのダンスの誘いも、玉青ちゃんのことが気になってつい生返事になってしまう。あの青い髪を探してあちこち見渡してみても、その姿は一向に捉えられず、みんなが楽しそうに身体を揺らして踊るダンス会場で、玉青ちゃんの姿だけがぽっかりと抜け落ちていた。
これだけたくさんの人がいても、私が一番踊りたいのは玉青ちゃんなのに…。お望みの人と踊る生徒たちの傍らでなんだか私の存在までもが置き去りにされているようで少し寂しさを感じてしまう。
「玉青さん、まだ戻らないのね」
「さすがに遅いわね。誰か生徒会の人に聞いてみた方がいいかもよ」
「うん、そうしてみるよ。ごめんね二人とも。私ちょっと玉青ちゃんのこと探してくる」
隣室ペアとのダンスをひとまずお預けし、熱気に包まれた中央からダンスを見守る外縁部に移動すると、スゥーッと涼やかな風が流れてきて気温の違いにびっくりしてしまった。ここが避暑地にある別荘かなにかのテラスだとしたら、さっきまでいたのは満員の通勤電車のようなものだ。
(そういえばこの丘の子たちって満員電車とか乗ったことあるのかな? もしかして知らないかも…)
せっかくだからと新鮮な空気を吸い込みちょっと一息。別に中央の空気が淀んでるってわけじゃないけど、少し落ち着いた気がした。
さてリフレッシュも出来たし玉青ちゃんを探さないと…。とりあえず点々と立っている生徒会の人に聞いてみようかな。
(誰にしよう…。やっぱりミアトルの人がいいかな。うん、そうしよっと)
何人かの中からミアトル在籍の知り合い━━━というほどではないけど一応面識のある上級生に恐る恐る話し掛けると、向こうも私の顔を覚えていてくれたみたいで、気さくに応じてくれた。
「ダンスは楽しんでる? こういう時は積極的に楽しんだ者が勝ちよ」
「えっと…はい。あの、ところで玉青ちゃ━━━じゃなくて、涼音玉青さん見ませんでしたでしょうか?」
「玉青さん? あら、まだ戻ってないの? う~ん、着替えに手間取っているのかしら。もしくは疲れて休憩してるか」
なにやらメモのようなものを取り出し、首を傾げる上級生。
「一応、予定表ではミアトルの生徒会室で着替えをしてるはずなんだけど…。ごめんなさいね。私すぐにこっちの担当になっちゃったから玉青さんがどうしてるかまでは把握してないの。舞台袖にいる人ならもう少し詳しく知ってると思うわ」
振り返ってそちらの方を指差し、もう一度「ごめんなさいね」と丁寧に言ってくれた上級生に、こちらも深々とお辞儀して歩き出す。
「あっ、六条会長なら間違いないと思うわよ~」
わざわざ背中に掛けてくれた声に、生徒会の人ってみんな優しいんだろうか、なんて思いつつ手を振り返しておいた。
(うっ、凄く忙しそう…)
親切な上級生のアドバイスに従って舞台袖を覗くと、そこでは声を掛けるのを躊躇うほどに生徒会の人たちがテキパキと働いていた。私には分からないけど、ダンスパーティでも色々とやらなきゃいけないことがあるらしい。もちろん六条様が格別に忙しそうなのは言うまでもないことで、周囲の人の3倍くらい動き回っていた。
どうしようかと躊躇い、しばらく皆の方を見ながら横目で舞台袖の様子を観察してみたものの、「あっ今がチャンスかも」と思って近寄ろうとするとすぐに別の人が話し掛けてしまい、舞台の上で右往左往。恥ずかしいことになかなか話し掛けられずにいた。
それでも聞かないことには始まらないと隙を見て猛ダッシュ。なんとか六条様との会話に成功したのである。
「お忙しいところすみません。涼音玉青さんはまだ戻らないでしょうか?」
「玉青さん? てっきり直接あなたたちのところに合流したのかと思っていたけど…。戻ってないの?」
「はい…」
壁の時計にチラリと視線を送り、首を傾げた六条様が言葉を続ける。
「変ね。ちゃんと裁縫部の人に手伝いを頼んであるから、着替えならとっくに終わっていると思うのだけど…。何かトラブルでもあったのかしら」
「着替えの場所ってミアトルの生徒会室ですよね?」
「ええ、そうよ」
「あの! もしよろしければ私が様子を見に行ってきてもいいでしょうか?」
「それだとあなたの時間が………」
途中まで言い掛けた後、なにやら私の顔をじっと見た六条様の顔がフッと緩んだ。なんだろう? 私の顔に何か付いてたのかな?
「いえ、今のは余計な心配だったわね。それじゃ、お言葉に甘えてお願いするわ。玉青さんをよろしくね」
何が余計なのかはよく分からなかったけど、とりあえず私は「はいっ!」と元気に返事をしておくことにした。だって気弱な返事をして六条様の気が変わっちゃったら大変だもん。
「ああそうだ。クラスの誰かに抜け出すことを伝えてから行って頂戴。そうでないと今度はあなたを探しにくる人が出てきてしまいそうだから」
「分かりました。失礼します」
やった! これで玉青ちゃんを探しに行ける。
(待っててね玉青ちゃん。今行くから)
戻ってきたら一緒にダンスを踊って、それから…それから。えへへ、玉青ちゃん…驚いてくれるかなぁ? 楽しい想像にルンルン気分で刻んだステップは自分でも驚いちゃうくらい軽やかだった。
<私は悪くない>…此花 光莉視点
「夜々先輩、人気者ですね~」
一緒に踊る蕾ちゃんがそう呟くのも納得というか、私が考えていた以上に夜々ちゃんは人気があったらしい。スピカが誇る聖歌隊のエースとして歌声を披露したばかりというのもあるかもしれないけど、それを差し引いてもその人気っぷりはなかなかのもので、次から次へとダンスを申し込まれては律儀にその全てに応えていた。
私と踊ったのは最初の一回だけ。蕾ちゃんや聖歌隊の人は分かるとしても、ちょっとサービスが良過ぎるように思う。天音様や要様みたいにエトワール選を見据えてのパフォーマンスです、ってことなら分からなくもないんだけれどちょっとモヤモヤする。今も一人の生徒が離れたかと思えば、すぐさまその友達らしき子が出てきて夜々ちゃんに気安く触れていた。
「光莉先輩っ! 夜々先輩のことなんて放っておきましょうよ。私たちは私たちで楽しく踊ればいいんですから」
「そうだね。夜々ちゃんのことは気にせず楽しく踊ろう!」
とは言ったものの当然夜々ちゃんは近くで踊ってるわけで、どうしたって視界に入ってくるのは避けられない。仕方ないからターンの最中にパチリと目が合う度に、私はわざとらしくプイッと顔を逸らして不機嫌さをアピールしてみせた。
(本当はそんなに怒ってないけど、こうしておかないと夜々ちゃんすぐ他の子に色目使うんだもん)
拗ねているフリは私が経験から学び取った知恵というわけだ。
(でも今のところは大丈夫そうかな…)
安心して見ていられる、というと誇張し過ぎになるかもしれないが、パッと見た限りではダンスを申し込む子たちの中に夜々ちゃんの御眼鏡に適うような子は見受けられない。そんなわけで意外と心の中は平穏だった。
「ねぇ光莉。そろそろ玉青さんたちのところに行ってみようよ」
出た。玉青さんだ。いつ言い出すのかな?と思っていたけど予想してたよりもずっと早い。その名前は安全域を指していたメーターの針を途端に危険域近くまで動かし、ホッとしていた私の心をザワつかせた。あくまでフリでやっていたはずの拗ねる気持ちが、表に顕在化しそうになるのを抑えながら慎重に言葉を紡ぐ。
「二人でいるとこ邪魔しちゃ悪いよ。だからもう少し時間が経ってからの方がいいんじゃないかな」
なるべく夜々ちゃんをあちらに行かせたくない一心で発した言葉には、やたらと気にかかる指のささくれのような気持ち悪さが引っ掛かっていた。けれどせっかくの足止めも上手くいかず、ダンスを申し込んできた新たな生徒に謝ると、夜々ちゃんは意気揚々と歩き出した。
(玉青さんのためなら、ダンス断るんだ。私のためには断らないのに…)
鼻の奥が少しツンとして、それを誤魔化すためにスカートを握り締めながら、前を歩く夜々ちゃんにフラストレーションを募らせる。
(やっぱり夜々ちゃんは…)
玉青さんが好きなの? 出かかった言葉を飲み込み、グッと堪えた。
ミアトルの生徒がたくさんいる場所に着くと、そこでも夜々ちゃんは結構な人数の生徒からダンスの誘いを受けた。なんとなくそんな気はしてたから驚かなかったけど、ミアトルの子は夜々ちゃん好みの子が多いからつい心配してしまう。
そんな私の心配をよそに、顔見知りの紀子さんと千早さんに声を掛けた夜々ちゃんは、
「あれ? 玉青さんと渚砂さんは一緒じゃないんですか? てっきり一緒だと思ったんですけど」
と辺りをキョロキョロと見回しつつ首を傾げた。たしかに二人の姿が見当たらない。嫌な予感がして尋ねると「それが…」と言葉を詰まらせ顔を見合わせた紀子さんたちから不穏な空気が漂った。
「玉青さんがもどってこないのよ。それで渚砂さんは心配して生徒会の人のところに行ったんだけど」
「その渚砂さんも戻らなくてね。千早とどうしようかって悩んでたとこなの」
千早さんの言葉を引き継いだ紀子さんが腕を組んでため息をつく。
(玉青さん、まだ戻ってないんだ。もしかして静馬様に…)
静馬様の氷のような笑みを思い出し、私はぶるりと身体を震わすと、初めて『自分はとんでもないことをしてしまったのではないか?』という怖れが頭をよぎった。
(ううん、そんなことないはず。いくら静馬様だって本当に手を出したりするはず………)
そうだよ。私の考え過ぎだよ。だから大丈夫。大丈夫…だよね。
「どうしたの光莉?」
「えっ? あ…な、なんでもないよ」
あぶない、あぶない。変な時に夜々ちゃんは勘が鋭いから気を付けないと。心の片隅に生まれた不安を追いやり、可能な限りの笑顔を浮かべて答えておいた。
「気になりますし、なんだったら一緒に舞台袖の方に行ってみます?」
余程玉青さんにご執心なのか、今度はそんなことを言い出した夜々ちゃんを引き留めるべく、私は慌てて耳打ちをした。実を言うと玉青さんがどうなったかを知るのが少し怖くなっていて、このまま時間が過ぎて何事もなく戻ってくるのが一番、そう思ったのだ。
「や…夜々ちゃん、夜々ちゃん。たぶん二人とも会場を抜け出して逢瀬してるんだよ。だから探さない方が…良いと思うの。きっと二人きりで盛り上がってるんだよ」
付き合い始めたばかりのカップル。だったらそういう可能性だってなくはない。もっともらしい意見に夜々ちゃんの眉がピクリと動いて、「ああ、そうか」といった表情が浮かび、これならなんとかなりそう、と思ったその時━━━。
「ただいま~!」
人垣の向こうから赤茶色のポニーテールを揺らしながら渚砂さんが戻ってきてしまった。せっかく上手くいくと思ったのに…。
「夜々さん、光莉さん、こんにちわ」
「渚砂さん一人? 玉青さんは?」
「えっと…トラブルかもしれないから、これからミアトルの生徒会室に行くことになって、それで紀子さんと千早さんにそのことを伝えておこうと思って。走っていけばすぐだし、ダンスには全然間に合うと思うから」
一秒でも惜しいといった感じで説明だけすると、渚砂さんはミアトルへ向かって駆け出し、その背中はあっという間に遠ざかっていった。
「ああ、行っちゃった。渚砂さん大丈夫かしら」
「う~ん、少し心配ね。どうする千早? ついてく?」
相談を始めた二人に、これまた思案顔をしていた夜々ちゃんは、突然閃いたといった様子で胸を叩くと、
「なら私たちが後を追いますよ。お二人はすれ違いにならないようにここで待ってて下さい」
なんて調子の良いことを言って見せた。
「ほら、行くよ! 光莉」
「あっ、待って夜々ちゃん」
渚砂さんに負けず劣らずミアトルへと向かって駆け出したその背を追って私も走る。少し走ったところで追い付き、無意識のうちに夜々ちゃんの手を掴んでしまってから私は後悔した。当然のように「どうしたの?」と尋ねられることは予想できたのに、それに対する返答を持たないままだったのだ。
必然的に「あの」とか「えっと」を多用し、しどろもどろになりながらもどうにか言葉を繋いでいく。
「私たちまで行く必要はないんじゃないかな? ほら、渚砂さんが向かったわけだし。玉青さんを連れて帰ってくるまで二人で踊って待とうよ」
「いいじゃない。行こうよ。ね?」
私の言葉に耳を貸そうとせず、手を引いて強引にズルズルと引っ張っていこうとする夜々ちゃんに、私は口を滑らせてしまった。
「だって、手遅れかもしれないんだよ」
「光莉…?」
「ご、ごめん。なんでもない」
もしかしたら口が滑ったんじゃなくて、話を聞いてくれない夜々ちゃんに対する不満から漏れ出たのかもしれない。どちらにせよ完全な失言であることには変わりなく慌てて手を振って誤魔化そうとしたけど、夜々ちゃんにはしっかりと聞かれてしまっていた。
「今の…どういう意味? もしかして光莉。あんた何か知ってるの?」
「し、知らない。私なんにも知らないよ。本当だよ」
「だって今手遅れって」
「そんなこと言ってないよ。夜々ちゃんの…聞き間違えじゃ…ないかな…たぶん」
「嘘よ。たしかに言ったわ! 手遅れだって」
夜々ちゃんに強く追求された瞬間、突如吹き荒れた強風が、ザァーーーッと樹々たちを揺らし、豊かに繁った枝から木の葉を奪い取ると、遥か上空に向かってそれらを巻き上げた。深い緑の葉っぱたちは見事な螺旋となって宙を舞い、しばらくダンスを踊ってから私たちの傍へと落下し、カサッと音を立てて着地した。
「光莉。あなたさっきから変よ。妙に落ち着きがないかと思えば、急にぼーっとしてどこか上の空になるし。紀子さんたちといた時から様子がおかしいとは思っていたの。ねぇ光莉。何か知ってるなら教えて頂戴。お願いよ、光莉」
力強い視線から逃れるように近くの木に駆け寄った私は、太い幹に寄り掛かり空を見上げた。返事はしない。というより怖くて出来ない。
「………。光莉が答えないなら、私はこのままミアトルに行くわ。直接確かめればいいんだもの」
歩き出した背中が本気だと言っていた。その足を止めたくて震える声を絞り出す。
「あ、あのね夜々ちゃん。玉青さん…もしかしたら静馬様に…」
「静馬様になんだっていうの!?」
振り返りながら叫んだ夜々ちゃんの微かに怒気を含んだ声に、身体がビクッと跳ねた。
「分からないよ。今のはあくまで私の予想だから、そうかもしれないってだけ。でもどういう意味かは、夜々ちゃんなら…言わなくても分かるでしょ」
「なによそれ? だいたい何で静馬様の行動を光莉が予想出来るのよ?」
「それは…」
「あんた…まさか静馬様に玉青さんのこと売ったのッ!?」
「違うよ。私はただ静馬様に玉青さんの様子とかを伝えただけで、遅れてるのだって本当にトラブルかもしれ━━━」
━パァンッ━
言い終わる前に飛んできた平手打ちが私の頬を強かに打った。チリッと電流みたいな強い衝撃に遅れてヒリヒリとした痛みが襲ってくる。
「や、夜々…ちゃん?」
「こうされて当たり前でしょッ!? 自分が何をしたか分かってるの?」
「うっ、ぐす…。ひどいよ、夜々ちゃん」
私はただ、夜々ちゃんに私だけを見て欲しかっただけなのに…。
「どうしてそんなことしたのよッ!? 答えなさい、光莉!!」
「夜々ちゃんが━━━んだよ」
「えっ?」
「や、夜々ちゃんが悪いんだよ。全部夜々ちゃんのせいだよっ!!」
「どうしてそうなるのよ?」
やっぱり自覚がないんだ。私の気持ちなんて、何も知らないで…。
打たれた頬を押さえつつ、私は溜まっていたものを吐き出すように半ば叫びながら喋った。
「夜々ちゃんは誰にでも良い顔し過ぎだよ。嫌われたくないからってみんなに優しくして。私がどんな気持ちで夜々ちゃんの傍にいるか全然分かってない」
「だったら私に言えばいいでしょ! なんで玉青さんを売ったのよッ!? 玉青さんは…私たちの友達じゃないの?」
友達。夜々ちゃんの口から出たその言葉の薄っぺらさに吐き気がした。
「本当にそうなのかな…」
「どういう意味よ?」
「そのままの意味だよッ!!」
狼狽て後ろに下がった夜々ちゃんの代わりに今度は私が前に出た。
「気付いてないと思った? だったら私って夜々ちゃんに凄く下に見られてるのかな。バカで都合の良い子だって。たしかに私はそんなに頭が良い方じゃないよ。それは認める。だけどいくら私だって、自分がいない時に部屋に呼んでシャワー浴びさせるような関係が友達じゃないってことくらい分かるよ」
「あんた…気付いて」
「ほら、夜々ちゃんこそ何か言ったらどう? 誤魔化して、嘘ついてさ。夜々ちゃんはずるいよ」
「あ、あれは玉青さんの相談に乗ってただけで…」
「シャワー浴びる必要がある相談って何? 答えてよ!?」
「それは………」
「やっぱり言えないんだ」
「違うの光莉。お願いだから話を━━━」
━パァンッ━
今度は私の番だった。乾いた大きな音が響いて夜々ちゃんは頬を押さえてよろめいた。
「私にだって恋人としての意地があるんだよ。夜々ちゃんのことが好きだから、愛してるから。夜々ちゃんの一番でいたいって。私は夜々ちゃんの恋人だもん。なのに…なのに夜々ちゃんは」
「光莉…」
「前にも言ったけど、私には夜々ちゃんしかいないの。この広い丘で、夜々ちゃんには恋愛対象の人がたくさんいても、私には夜々ちゃんしか…夜々ちゃんしかいないのに」
「だから静馬様に玉青さんを?」
「そう…だよ。私が一番夜々ちゃんを愛してるもん。私が一番だもん。玉青さんじゃなくて…私が」
お互いの頬は赤く腫れてて、二人の間には冷たい隙間風が吹いていた。本当なら駆け寄って抱き着きたい。抱き着いてしがみついて泣きたかった。けれど私はそんな感情を押し殺して夜々ちゃんに告げた。
「行くなら行けばいいよ。私はもう戻るから。玉青さんと………お幸せに」
言い終わると同時に無我夢中で駆け出した方角は、ミアトルの方でもなく、かといって大ホールの方でもなかった。こんな状態で戻ったって周りのみんなを驚かせるだけだ。だったらどこかで一人で泣いてる方がいい。
そんな強がりとは裏腹に、足を緩めても一向に追いかけてくる足音がしないのが悲しくて、悔しくて。ボロボロと涙を零しながらアストラエアの丘を彷徨った。
気付けば私はお御堂の前で膝をつき地面に座り込んでいた。これも女神様の思し召しなんだろうか? だってここは、私と夜々ちゃんが結ばれた…大切な場所だったから。
「夜々ちゃんのこと…好き。好きなのに…。どうして夜々ちゃんは私だけを見てくれないの?」
厳かに佇む聖堂は、夜々ちゃんとの想い出の残滓を色濃く匂わせながら、いつものようにただじっと私を見下ろしていた…。
<2択>…南都 夜々視点
光莉を大切にしていなかったわけじゃない。むしろ精一杯大切にしていた
平手打ちをした方の手の平にはまだ…その感触が残っている。朝に寝ている時に触るとフニフニとした柔らかなほっぺを叩いた感触が。思わず光莉に平手打ちをしてしまった。激昂して…感情を抑えられずに。そして私の自業自得とはいえやり返されてしまった。私の頬に残る痛みは罰だ。光莉を軽視し、侮っていたことに対する罰。
「光莉…」
もう既に姿の見えなくなった相手に向かって呼び掛けた。返事なんてあるはずないのに、そうせずにはいられなくて。けれど光莉からすればこれも私の独りよがりのパフォーマンスにしか映らないのかな…。
今、私の前に広がっているのは2つの道。1つはミアトルへと続いていて、渚砂さんを追うというものだ。光莉の言うことが本当なら、渚砂さんは最悪の現場を目撃してしまうし、なにより傷付いた玉青さんを介抱しなければならない。正直言ってそんな役目がこなせる人間は自分以外に思いつかない。
もう1つは光莉の去っていった方へ続く道。おそらくホールには戻ってないだろうから探すところから始めないといけないだろう。でもあの状態の光莉に私の言葉が届くかは、いまいち自信が持てない。かと言って追わなければ光莉は間違いなく傷付く。きっと自分より玉青さんを選んだのだと光莉は思うはずだ。
どちらも私の役回りは重大で、なのに両方に同時に行くことは出来ない。どちらか一方は後回しということになる。
恋人か、友人たちか。究極の判断を私は迫られた。
「あ~~~~~~もうっ!!」
大声を出したところで妙案が浮かぶわけもなく、行き場のない苛立ちをぶつけようと木を蹴ってみても、ザラザラとした堅い表皮にほんの僅かな傷が付くだけだった。頭に浮かぶのは「ああすればよかった」とか「こうすればよかった」なんてくだらない考えばかり。貴重な時間が刻一刻と失われていく焦燥感に頭がどうにかなりそうになる。
(静馬様はいざとなったら本当に実行する人だ。それに嫌な予感がする。たぶん光莉だってそう思ったから挙動不審だったんだ)
「ッ━━━。ごめんね光莉」
採るべき道を選んだ私はミアトルに向かって駆け出した。
<喪失>…涼水 玉青視点
これは夢だ。とても悪い夢。目が覚めたら視界には一面の青空が広がっていて、柔らかな草原の上に気持ちよく寝そべっているんだ。そう祈って開けた目に映ったのは、青空ではなく真っ白な生徒会室の天井で、さらに言えば横たわっていたのは無機質な床の上だった。
(私、静馬様に…)
全部覚えてる。キスも、愛撫も、何もかも全て。もちろん下腹部に走るズキッとした鈍い痛みの理由も。
(手篭めにされて…)
さんざん泣き叫んで枯れたと思っていた涙がどこからともなく湧き出し頬を伝い、虚に見上げた天井がぼやけて霞んでいった。
(どうしてこんなことに)
とてもではないが身体を起こす気力はなく、代わりに視線をのそりと下に動かすと視界の端に黒い布地が映った。おそらく私が気を失った後に静馬様がそうしたのだろう。ミアトルの制服が申し訳程度に胸や下半身を隠すようにして身体へと掛けられていた。
一糸纏わぬ私を覆うその黒いブランケットは、暗く重たい陰鬱な雰囲気を漂わせ、さながら葬列に加わる遺族の悲しみを吸った喪服のようであった。
(ドレスは………もう直せそうにありませんね)
無惨に引き裂かれ床に散乱したドレスの残骸。かつては純白の、美しいウェディングドレスの如く輝いていたそれは、もはや見る影もなく、私という名の墓標に添えられた献花と成り果てていた。
そう、私は死んだのだ。静馬様によって。もちろんそれは物理的な『死』ではない。けれど渚砂ちゃんに裏切られ、さらに凌辱されたとあっては、私にとっては死んだも同然のことだった。
「目が覚めたみたいね」
「はい、少し前からですけど」
自分を死に追いやった張本人の声に幾ばくか気力が戻り、ゆっくりとだがなんとか身体を起こすと、掛かっていた制服がずるりと下に滑り落ちた。別に隠さなくても良いかと思ったが、身体に刻まれたキスマークが目に映り、なんとなく制服をつかんで身体に引き寄せる。女王様は既に制服に着替えを終えていて、気怠げな様子で椅子に腰掛けて私を見下ろしていた。着てると言っても前のボタンは全開で、豊かな曲線が露わになっていたけれど。
「血を拭うために使ったから、ショーツは諦めて頂戴」
手に持っていたそれが放物線を描き、私の目の前にトサリと落ちた。死の匂いが色濃く香る黒と白に溢れた景色の中で、ショーツに染み込んだ鮮血の赤だけが、生命の輝きを示すように、やけに眩しくその存在を際立たせている。
私の純潔の証。そして悪魔によって踏みにじられた今となっては純潔
けど………もうどうでもいい。私にはもう何も残っていないのだから。
(ガラスの破片でも落ちていたら手首を切り裂いたのに…)
残念なことに私の願いを叶えてくれそうな物は落ちていなかった。
ギィッと椅子を軋ませ、立ち上がるなり近寄ってきた静馬様が無言で顔を寄せる。その仕草に私は「ああ、そういうことか」と唇を差し出した。
「抵抗しないのね」
「別に…。したければお好きなように」
誰の声かと思うほどに感情の篭っていない乾いた声が出たが、心情を鑑みればそれは当然の事と言えた。静馬様については今更拒んだってどうにもなりはしない。だったら身を任せる方が楽というものだ。もし望むというならば私から舌を動かしたってかまわない。少なくともそうしている間は、余計なことを考えずに済むだろうから。
「そうね、じゃあせっかくだから…遠慮なく」
目を瞑りキスを受け入れるとそのまま床に寝転がされた。背中を支えられていたから痛くはなかったが、その一方でまだするつもりなのかと呆れもした。この人の欲望はあまりにもストレートで
黒いブランケットの下で静馬様の手が蠢く。屍同然の私にこんな行為をしたって━━━。
「んっ…、く、ん………。なん…でっ? どうして?」
私の口から漏れたのは、自分でも予想外の恥じらいを秘めた吐息だった。声が出ないようにと抑え込んだ空気が、鼻に抜けて悩ましい音楽を奏で出す。反射的に手で口を覆う私の姿に嘲笑が投げ掛けられた。
「死んだフリごっこはもうお終い? ふふっ、そんな真似が私に通用するわけないでしょ」
自信に満ちた声は私の身体は知り尽くしたとでも言いたげな不遜極まりない態度で。けれど事実その通りに、私の感情は僅かな手の動き一つで揺らめかされていた。
(悔しい。何かもかもこの人の思い通りなんて)
微かに芽生えた反抗心は私に活力を取り戻させはしたが、同時に色んな感情をも蘇らせてしまった。そしてそれは皮肉なことに、この人を悦ばせるスパイスにもなってしまったのである。
再び私を喰らおうと静馬様が獣へと立ち返ろうとしたその時━━━。
ドタドタッと慌ただしく廊下を走る音。一人ではなく複数の人間が扉から遠ざかっていく音が聞こえた。それとは別に近付いてくる足音。こちらは軽快で、間違いなく1人のものだ。
(何!? 一体何が起きているの!?)
静馬様がそちらに気を取られた隙に、制服を手繰り寄せ身体を隠す。この部屋の前でピタリと止まった足音の主は、どうやらこちらの様子を窺っているようだった。顔をしかめた静馬様が私の口を押さえ、自らも息を潜めて気配を消そうと身体を硬直させた。
そして扉の向こうから聞こえてきたのは…。
<<あ、あの~。そちらに涼水玉青さんいませんか? クラスメイトの蒼井渚砂です。六条様に言われて様子を見に来ました>>
(渚砂…ちゃん?)
一体どうして? どうして渚砂ちゃんがそんなことを言うの? 扉を押さえていたんじゃ? 静馬様に従っていたんじゃ?
「へぇ…。あの子が一番最初に来たってわけ。よかったわね。一番乗りが渚砂で」
「何を………言っているんですか? あなたの指示で渚砂ちゃんは」
私にしか聞こえない大きさの声で囁かれた言葉が、私の混乱に拍車を掛ける。
「おままごとかと思っていたけど、案外あなたたちの恋とやらも捨てたもんじゃなかったわね」
遠ざかっていった複数の足音。まさか………あれは。
━コンコンッ━
<<もしも~し! 誰かいませんか~?>>
扉の向こうから響く渚砂ちゃんの声。それを聞きながら静馬様の浮かべた笑みに背筋が凍り付いた。
「そろそろ感動のご対面といきましょうか。今のあなたの姿を見たら、渚砂はどんな顔をするかしらね?」
「うそ………。あ、あ…あ…あああ」
あれは…あれは…、渚砂ちゃんじゃ━━━。
<<ドア開けますよ~?>>
だ、だめ。開けないで! 開けないで開けないで開けないで開けないで!! 今扉を開けられたら、私…あなたに顔向け出来ない。
「渚砂ちゃん、開けちゃダメェーーーーーーーーーーーー!!」
■後書き
というわけで前回に引き続きダンスパーティ当日のお話となっていましたが、いかがでしょうか? 通して読んで下さっている方は前回分だけでも扉を押さえていたのが渚砂ちゃんではないというのに気付いていただけたかと思うんですが、万が一にも誤解を生まないように今回分でも多少の補足をしたので大丈夫…なはず。
自分なりの百合観を色濃く反映した結果、とうとう夜々ちゃんと光莉ちゃんにまで影響が…。でも夜々は玉青を無視なんて出来ないだろうし、その様子を見た光莉がジェラシーを燃やさなかったら、それはそれで夜々に対する恋心が嘘になってしまうのでは?(つまり本当に愛してるならにっこり笑ってなんていられないよね)という感じでこうなりました。
静馬様に告げ口するという方法はさておき、やっぱり自分の好きな相手が容姿も能力も優れた他の子にデレデレしてたらおもしろくないですよね。そういう意味では光莉ちゃんは成立したカップルでありながら、成立してるからこその苦しみを味わったキャラかなぁ、と。
もしよければ次章もよろしくお願いします。それでは~。