アストラエアの丘で   作:クラトス@百合好き

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■あらすじ
 静馬の残した爪痕は大きく、関わった少女たちの心に深い傷を残していた。別々の部屋での生活となった玉青と渚砂。心配する声はドア越しにしか伝えられなくて…。
 偶然によって引き起こされた新たな試練が、乙女たちに降りかかる。

■目次

<行ってきます>…蒼井 渚砂視点
<気になる噂>…六条 深雪視点
<飛び火>…蒼井 渚砂視点
<炎上>…六条 深雪視点


メイン4 運命の全校集会編
第30章「噂って怖いわね。まるで生き物みたい」


<行ってきます>…蒼井 渚砂視点

 

 片手に持ったお皿を落とさないように気をつけながらコンコンッとノックして少し待つと、扉の向こう側で人の動く気配がした。

 

「おはよう、玉青ちゃん。朝食の時姿が見えなかったからきちゃった。調子はどう?」

<<おはようございます渚砂ちゃん。その…体調が優れなくて…。今日も学校はお休みしようと思います>>

 

 ダンスパーティーから数日。玉青ちゃんは体調不良を理由に欠席を続けている。部屋はまだ六条様の向かいの部屋を借りたままで、あれ以来私は玉青ちゃんの顔を見ていない。お世話をしてる六条様は出入りしているみたいだけど、私とはこうしてドア越しに会話するのが、いつの間にかルールのようになっていた。

 

「あのね、お願いしてサンドイッチを作ってもらったの。ご飯まだでしょ? ちゃんと食べないと元気出ないよ」

<<ありがとう。じゃあ扉の前に―――>>

「ねぇ、入っちゃ…ダメ…かな。お皿置くだけでいいから…」

 

 なるべく言わないように我慢していた言葉を口にすると、扉の向こうで息を呑むようなそんな間があって、それまでのなんでもない日常から、重苦しい雰囲気へと変わったのを感じた。カレンダーの上ではたしかに数日のことかもしれないけど、私にとってはもっともっと長い―――それこそ数十日くらいに感じられる日々。私なりに我慢したつもりだったのに、これでもまだ早かったのかな?

 

 懇願するように、若しくは諭すようにもう一度問い掛けた。

 

「玉青ちゃん。カギ…開けてよ」

<<ごめんなさい。サンドイッチは扉の前に置いておいて下さい>>

「玉青ち―――」

<<ああ、そうだ。今日は体育がある日でしたね。きっと渚砂ちゃんはお昼までにお腹ペコペコになっちゃうでしょうから、もしよかったらサンドイッチ…持っていってください>>

 

 私を気遣うような明るい声。無理して出してるのはバレバレで、聞いてる私の気持ちがシュンとしちゃうほどに苦しそうだった。なのに玉青ちゃんは喋るのをやめなくて、私の数学のミニテストの心配とかそんなことばかりをまだ扉越しに言い続けている。私にだって分かる。こうなっちゃったらダメだ。一度こうなったら玉青ちゃんは絶対に心の扉を開いてはくれない。

 

 ノックしようとした手を途中で引っ込め、行き場を失ったそれをグ~ッと握りしめながら、決まり文句を口にした。

 

「私、そろそろ行くね。玉青ちゃんとお話し出来てよかった」

 

 私がそう告げると玉青ちゃんはどこかホッとした様子で息を吐いた。早口で喋るのもやめて、少しだけ落ち着いた玉青ちゃんに戻る。毎日がこんな感じだった。今日は部屋に入りたいと言ってしまったけど、そうじゃなくてもだいたいこんな空気で会話が終わる。すごく嫌だった。だって玉青ちゃんは私との会話が早く終わることをいつも望んでいたから。

 

 それでもこうして話をしにくるのは、こうでもしないと二人の距離がどんどん離れていってしまうからで、玉青ちゃんとの関係がなかったことになるのが、私はもっと嫌だった。

 

「明日から夏服だね。そしたら一緒に夏服着て学校行こうね玉青ちゃん。それじゃあまた明日」

<<はい、また明日>>

 

 廊下を歩き出してすぐ、なんだか玉青ちゃんが扉の隙間から顔を覗かせているような気がして振り返ったけど、やっぱり私の思い違いで扉は閉ざされたままだった。

 

 自分の部屋に戻り一人でする学校の支度。しっかりしてなきゃ玉青ちゃんに嫌われると思い、早起きしたりするのにも少し慣れた。ちょっぴり誇らしげに胸を張っているように見える目覚まし時計を撫で、自分が持っていくことにしたサンドイッチをラップの上からさらに袋を被せつつ慎重にカバンに入れる。うん、これなら潰れないと思う。

 

「行ってきます」

 

 おかえりもただいまも消え去ってしまった部屋に、私の声が虚しく木霊した。

 

 

 

 

 以前に玉青ちゃんが言っていた。一人で登校するのはとても寂しいことだと。周りの子たちがキラキラ輝いて見えて、羨ましくなるのだと。今の私にはそれが理解出来る。いつもと同じ道、同じ風景。踏んでる地面の感触も、時折吹く風の匂いもいつもと変わらないはずなのに…全てが違って感じられた。

 

 それはそうだろう。だって私がこの丘に来た次の日には、もう玉青ちゃんが隣にいて、お喋りしながら登校していたのだから。

 

(早く着かないかな。教室に入ったらこの寂しさも少しは忘れられるのに)

 

 暑くなってきた日差しを手で遮りながら、一秒でも早く寂しさから逃げ出したくて、冬服の―――鬱陶しい長い丈のスカートを翻しつつ私はミアトルへの道を駆けて行った。

 

 

 

 

 

 

<気になる噂>…六条 深雪視点

 

「入るわよ、玉青さん」

 

 自分の部屋から出てすぐ向かいの部屋。今は傷付いた少女が羽を休めるための場所となったそこへ、私はカギを差し込み入っていった。入ると既にカーテンが束ねられた窓からは、この季節にしては強い日差しが燦々と降り注いでいて、いかにも気持ちよさそうな陽だまりが大きく口を開けていた。

 

「おはようございます、六条様」

 

 こちらの方は振り向かず声だけでそう挨拶した玉青さんは、ベッドに腰掛けたままぼんやりと外を眺めていた。芯の強い印象はすっかりと抜け落ち、繊細で儚げな様子。以前からもそうした要素はあったものの、私が思い浮かべる玉青さんの姿とはかけ離れており、例の事件の前と後では別人のように見えた。

 

 やはり渚砂さんと別の部屋にして正解だったようだ。

 

 ここは本来であれば上級生や生徒会役員向けの一人部屋だが、玉青さんについては次期生徒会長ということもあり、すんなりと使用許可が出たのは不幸中の幸いだったかもしれない。

 

「後で朝食を持ってくるわ。何か必要なものはある? 言ってくれればその時に持ってくるけど」

「いえ、大丈夫です。六条様がよくしてくださったおかげで不自由はありません」

「そう…」

 

 なるべく事務的に応対し、頼られるまでは彼女のテリトリーに踏み込まない。これが私が心掛けている玉青さんと接する時のルールだ。誰だってそっとされたい時はある。誰にも邪魔されず、時間が経つことだけをひたすらに願うそんな日々が…。玉青さんは今がまさにその時だろう。静馬のおぞましい行為によって深刻な傷を負った彼女を、私は守らなければならない。それは生徒会長として、玉青さんの友人として、なにより静馬を止められなかった不甲斐ない女としての、私に課せられた責務と言えた。

 

「渚砂ちゃんが来ました。寮母さんにお願いしてサンドイッチを持ってきてくれたんです。なのに私はそれを追い返して…。最低ですよね私。渚砂ちゃんは悪気なんてなくて、それどころか私を気遣ってくれているのに。でも安心したんです。ああ、これで今日はもう渚沙ちゃんと話さなくても済むかもしれないって」

「玉青さん…」

「嫌ってくれればよかった。穢らわしいと拒絶してくれればいくらか楽だったのに…」

(お互いを想い合っていることが足枷になるなんて…。この丘の女神様も存外いじわるね)

 

 私と静馬のように関係がこじれているなら分かるが、この仕打ちはあまりにも残酷過ぎて、私は初めてアストラエアの女神を恨みたくなった。

 

(どうしてこの子たちがこんな目に)

 

 私には二人がマフィアか何かが行う残虐なショーの登場人物のように思えてしまう。後ろには銃を構えた兵隊がいて太った親玉が叫ぶのだ。どちらか一人だけ助けてやる、愛しているなら自分の首に掛けられたロープを絞めて見せろ、と。彼女たちはその言葉を信じ、我先に首を絞めようと手に力を込めるのだ。自分の身も顧みずに…。

 

(静馬。あなたはこんな二人を見ても、間違っていなかったと言うの。もしそうなら、あなたは本当に悪魔に堕ちてしまったのね)

 

 

 

――――――――――

 

―――――――

 

――――…

 

 

 

「おはよう六条さん」

「えっ? ええ、おはよう」

 

 一体何なのだろう。今日はやたらと声を掛けられる気がする。もちろん朝の挨拶は礼儀として正しい事なのだけれど、普段は挨拶しないような生徒までがなぜだか声を掛けてくると、警戒してしまう。

 

(何かあったのかしら?)

 

 思い当たる節はこれといってない。私の知らないうちに朝の挨拶奨励運動でも始まったのか、と思ったがすぐに「くだらない」と頭の中から取り消した。別に挨拶されたくらいで何だと言うのか。色々考えなければならないことだらけの今、この程度のことで一々悩んでいる暇はないのだ。

 

 その後もやけに投げ掛けられる挨拶をしっかりと返しながら教室に辿り着くと、私を見つめる無数の視線が身体に纏わりついた。さすがにおかしいと思いつつ、クラスメイト達からのいくつもの『おはよう』のトンネルをくぐり抜け、その横を通り過ぎた後に不思議な事が起きた。何人かの級友が私の方を見ながら、こそっと耳打ちしあったのである。

 

 何を言ってるのかは聞こえず、しかし私が視線を向けると、彼女たちは申し訳なさそうな顔を浮かべた後スッと顔を逸らしていくのがなんだか気味悪かった。

 

(本当に何なのかしら。寝ぐせでも付いてる? それとも制服が乱れてる? ううん、そんな感じではなかったわ)

 

 周囲の視線を気にしながら自分の席へ行くと、後ろの座席の静馬が、

 

「寝ぐせでもない。制服の乱れでもない。だったら何が原因なのかしらね」

 

 と私の頭の中を覗き見たかのようにピタリと思考を言い当てた。何か知っているのか尋ね返しても、「楽しい事が起きている」の一点張り。教えるつもりは全くないらしい。

 

 結局、理由が分からないまま数コマの授業を終えた私は、親しい生徒会のメンバーに真相を聞く羽目になった。

 

「私、何か噂されているみたいなんだけど、理由を知らないかしら?」

「えっと…それは………」

「言って頂戴。このままじゃ気になって生活に支障が出るわ」

「分かりました。私もあくまで流れている噂の範囲でしか知らないのですが―――」

 

 情報が正確かどうかは保証できないと前置きしつつ教えてくれた噂の内容に、私はただ驚くしかなかった。

 

「私が…玉青さんを?」

「はい。単にお気に入りだっていうものから、交際しているというものまで噂は様々ですが、とにかく六条会長と玉青さんとの仲に関する噂が飛び交っています」

「どうしてそんな噂が…」

「教えてあげましょうか?」

 

 聞きなれた声に振り向くと、そこには腕を組んで佇む静馬の姿があった。静馬は顎をクイッと動かす動作一つで話を聞いていた生徒会のメンバーをその場から立ち去らせると、満足そうに微笑んだ。

 

「どういう風の吹き回し? さっきは何も教えてくれなかったくせに」

「教室だと話しづらかったのよ。ただそれだけ」

「もしかしてあなたが仕組んだの?」

 

 それならそれで納得のいくような気はした。理由は例えば、私と玉青さんが慌てふためく姿が見たいとかそんなところだろうか。

 

「さぁ、どうかしらね? とりあえず私の話を聞いてみたら?」

 

 肝心な部分をはぐらかしつつ話し始めた静馬によれば、噂は私と玉青さんの仲についてのもので間違いないとのこと。噂が流れた理由についてはいくつかあるが、その中でも有力なものとしては、1つ目は私が玉青さんを次期生徒会長に抜擢したこと。2つ目はダンスパーティで多くの生徒が玉青さんの魅力に気付いたということ。3つ目はダンスパーティの後で玉青さんの部屋を私の向かいの部屋へと移動させたこと、だそうだ。他にも事実とは違うが、ダンスの代表に玉青さんが選ばれたのは私が強く推挙したからなど、尾ひれがついて様々な理由が存在していた。

 

 とりあえず玉青さんの部屋を移した本当の理由はバレていないことに、私はホッとした。

 

「本当にあなたは関与してないのね?」

「疑い深いのね。まぁ私の行動を鑑みればそれも仕方のないことかもしれないけど」

 

 列挙された理由の数々についてはある程度納得いくものがあり、後で裏付けを取るにしても静馬が噂の発生源ではないらしいことは、なんだか信用できる気がした。

 

「皮肉なものよね。あの子が優秀でなければ、こんな噂は流れなかったはずなのに」

「どういうこと?」

「理由の一つに挙げたでしょ? みんなが玉青さんの魅力を知ったって。まだ分からない? みんなが認めてしまったのよ。涼水玉青は()()六条深雪の隣にいても見劣りしないと。 そういった華やかさを持ち合わせていると。もし仮にあの子が無様な姿を晒していたら、誰もこんな噂を信じはしないわ。釣り合うと思われたからこその噂なのよ」

「でも、私には婚約者がいるわ。認めたくはないけど…事実として」

「だからこそ…よ。婚約者のいるあなたが選ぶ以上は、そこら辺の子を選ぶはずがないとみんな思っているわけ。あとは…そうね。今まで浮いた話一つなかったお堅い生徒会長様に突然降って湧いた気になる子の存在。みんな好きなのよ…スキャンダルがね」

「馬鹿げてるわ、そんなの。でもそれならすぐに落ち着くはずよ。何日か我慢すればみんな忘れてるわ」

「………。そうだといいわね」

 

 

 

―*―*―*―*―

 

 

 

 その日の夕方、千華留さんが私の部屋を訪ねてきた。それも話したいことがあると自作の―――新たに立ち上げたシュークリーム同好会で作ったというシュークリームを手土産にだ。美味しそうなシュークリームが入った手提げ付きの紙の箱も手作りなところが、何事も楽しくという彼女のポリシーを強く感じさせる。

 

「大したものね。こんなものまで作れるなんて」

「ふふふ、ありがとう♪ それで早速で悪いんだけど、『噂』…についてなの」

「相変わらず耳が早いのね」

「秘密部の部長だもの。当然よ♪」

 

 そう言ってのける千華留さんに心の中でもう一度、大したものね、と賛辞を送る。もちろん、お菓子作りの腕前の話ではなく彼女の情報網のことだ。けれど驚きはしない。なぜなら千華留さんは、私が相談を持ち掛けるよりも早く()()()()()についても知っていたのだから。それに比べればいくら『噂』がまだミアトルで広まり出した段階とはいえ、知っていてもたしかに当然に思えた。

 

「単刀直入に言うわ。早めに手を打っておいた方がいいわよ」

 

 千華留さんにしては珍しく、その声色に茶目っ気がないことから、彼女の真剣さがひしひしと伝わってきた。

 

「静馬もなんだか変な感じだったわ。あっちは楽しそうではあったけど」

 

 普段とは逆にこちらが少し冗談交じりに答えると、千華留さんは首を横に振って改めて話し出した。いつもとあべこべな感じがしてなんだか無性に可笑しかったが、笑えるような雰囲気ではなかった。

 

「玉青さん、まだ学校へ行っていないんでしょう? だったら好都合よ。彼女が学校へ行き始める前に、噂を断ち切るべきよ」

「そうね。静馬の事で受けた傷も癒えないままに、今度は私との噂が飛び交っているのを耳にしたら、傷付くものね」

「違うの。そうではないのよ。不確かなもので申し訳ないけど女の勘………っていうのかしら。とにかく早い方がいいわ。のんびりしてたら静馬が余計な横槍を入れてくるかもしれないし」

 

 この時の私は「分かった」と言いつつも、どこか楽観的にこの『噂』を考えていた。けれど事態は私にとって予想外の発展を見せるのだった。

 

 

 

 

<飛び火>…蒼井 渚砂視点

 

「ねぇ、あなた…涼水玉青さんのルームメイトだった子よね?」

 

 夏服に切り替わって2日ほど経ったある日のこと。顔を知らない上級生たちに突然廊下で呼び止められ、いきなりそう尋ねられた。

 

「そう…ですけど。あの…」

 

 理由を尋ね返そうとするより早く、上級生たちは「やっぱりそうだ」と予想が当たったことにはしゃぎ出し、私そっちのけで盛り上がり始めた。上級生たちは私より背が高いし、私は一人なのに向こうは複数人だったのもあって、なかなか話を切り出せずまごついてしまう。

 

 こんな時に玉青ちゃんがいたら、という考えに、しっかりしなきゃ、という思いが反発するものの、それでもやっぱり上級生に囲まれて怖いという感情が前面に出て、オロオロするばかり。心の中では、この上級生たちあまり感じがよくないな、と言いたい気持ちが膨らむのだけど、それを実行に移せなくてもやもやが溜まっていった。

 

「ちょっと教えて欲しいんだけどさ、六条様が玉青さんを別の部屋に移したって本当?」

 

 一瞬、玉青ちゃんのされたことが知られてしまったのかと心臓が止まりそうになったが、彼女たちはどうやら『例の噂』について聞きたいみたいだった。

 

「あなたのルームメイトだったんでしょ?」「そこを六条様が強引に別の部屋に移した。これであってる?」

「ええと…」

 

 『噂』については私も耳にしていた。上級生たちから少し遅れる形で入ってきたそれは、当然私たち4年生の間でも瞬く間に広まりあちらこちらでヒソヒソ話が繰り広げられていたのである。当の玉青ちゃんが学校を休んでいるのもあり、ルームメイト()()()私に話を聞こうとする生徒たちもいた。

 

「たしかに六条様が関わっているのは事実ですけど、強引だとかそういうのは一切…」

「え~? でも実際玉青さんはあなたのとこから出て行ったんでしょ?」「もしかして仲悪かったの?」

(なんなんだろうこの人たち。いきなり呼び止めたかと思えば好き勝手言って。私と玉青ちゃんが仲悪いわけないのに…)

 

 ミアトル生らしからぬ品の悪さに嫌気がさし、教室へ戻ろうと会釈して横を通り抜けようとしたその時だ。ガシッと腕を掴まれ、話の途中なのに失礼だと再び取り囲まれてしまった。

 

「もう少しいいじゃない。休み時間まだあるんだしさ」「それで、どうなの?」「玉青さんは六条様にお呼ばれして喜んでた?」

「た、玉青ちゃんは生徒会のお仕事の勉強のために一時的に部屋を移ってるだけで…」

 

 六条様に教えられた言い訳を口にすると、上級生の一人がやたらと甲高い声を上げた。

 

「ねぇねぇ今の聞いた? 『ちゃん』だってさ」「可愛い~~~」「ねっ? 可愛いよね?」「いかにも()()()って感じする」

 

 口々に揶揄するようなことを言い合う彼女たち。私がやめてと言っても取り合ってくれず、なおも続く軽口に私はムキになって反論した。

 

「私と玉青ちゃんは特別な関係なんです。だから今噂になってることは…全部嘘で、みんな適当なこと言ってるだけです」

「そっか、特別な関係か~」「やめなよ、可哀想じゃん。きっとそういうの分からないんだよ」「あ~分かる。子供っぽいもんね、この子」

「ち、違います。本当です。玉青ちゃんは―――」

「お友達を六条様に取られてショックなんだよね~」「渚砂ちゃんかわいそ~」

 

 私がムキになればなるほど上級生たちは好奇心をくすぐられるのか、私を余計に子ども扱いしてからかうのを繰り返した。彼女たちにとって私は既に『可哀想な子』でしかなく、何をどう言おうが関係ないらしい。とうとう私は後先も考えず付き合っていると主張し出したけど、それさえも馬鹿にされて、いよいよ泣き出してしまった。

 

「私と…玉青ちゃんは…付き合って…るんです。ほんとです。ほんと…なのに………」

「あ~あ、泣かせちゃった」「え? 私のせい? ごめん、ごめん」「ほら、教室まで送ってあげるよ」

「触らないでッ!!」

 

 差し出してきた手をパチンと振り払い、私は一目散にトイレへと走っていって個室に籠った。

 

(好きで玉青ちゃんと離れ離れになったんじゃないもん。玉青ちゃんのためにそうしてるだけだもん。もう少ししたら玉青ちゃんは帰ってきてくれる。そしたらこんな惨めな思いしないで済むよね?)

 

 泣いてるのを知られたくなくて、何度も何度も音を出して誤魔化したけど、それも途中でやめて最後の方はひたすらに声を上げて泣いていた。

 

「玉青ちゃん…早く帰ってきて。私、寂しいよ、辛いよ、玉青ちゃん…」

 

 休み時間の終了を告げるチャイムの音に、個室を出た私の顔は、ひどいくらいに目が腫れていて、やつれていた。

 

 

 

 

 

<炎上>…六条 深雪視点

 

(まさか、噂がなくなるどころか勢いを増すだなんて)

 

 私とて無策だったわけではない。千華留さんのアドバイスに従い、生徒会の何人かに頼んで噂はデマであると広めてもらったり、私自ら率先して噂の打ち消しに励んだものの、その効果は乏しかった。悔やんでも仕方のないことだが悔やまずにはいられない。

 

(完全に私の見通しの甘さが原因ね。とんだ失態だわ。もっと千華留さんの言葉を真剣に受け止めていればこんなことには…)

 

 どうしたものかと途方に暮れながら廊下を歩いていると、おしゃべりに夢中で広がって歩く生徒の一団に出くわした。追い抜かしてさっさと先に行きたかったが通路が完全に塞がれていて抜かすことも出来ない。仕方なく追い越すのは諦め、注意しようとその集団に向かって声を掛けた。

 

「あなたたち。もう少しまとまって歩きなさい。廊下は生徒みんなのものよ」

 

 私としては、内容も、声も、いつも通りに注意した()()()だった。私の顔は知れ渡っていたし、普段ならそれで解決もするはずだったのだけど…。

 

 生徒たちは私の顔を見て最初は従う素振りを見せたのだが、グループのうちの一人が何か小声で話しかけると、途端にニヤニヤとした笑いを浮かべ私をジロジロと見出したのである。しかも再び廊下を塞ぎ―――文字通り立ちはだかるようにして前に立った。

 

「どういうつもり? 私の声が聞こえなかったの?」

「生徒会長さんってほんと規律とかそういうのお好きですよね~」

「…? ルールを守るのは当然でしょう」

「え~? そうですかぁ?」

 

 相手を不快にさせるための、わざとらしく語尾を上げる言い方が耳に付いた。私に突っかかる気満々といった様子に少なからず警戒心が働き、自然と身構えてしまう。

 

「何が言いたいの?」

「ご自分はお気に入りの4年生を向かいに部屋に囲っておいてそれはないんじゃないんですか?」「権力の私的利用ですよ、六条会長」「そうそう」

「なっ!? あなたたちいい加減にしなさいっ!」

 

 囲うですって? 交際しているとかならまだしもその下卑た言い回しに嫌悪感が込み上げた。

 

 よく見るとグループのうちの数人は日頃からあまり素行の良くない―――つまり私のような人間を煙たがる生徒たちだった。それだけなら私を敵視しての発言として、と思えなくもなかったが、私を批判した声にはそれ以外の生徒たちの声も混じっていて…。

 

 それは私にとって信じ難い恐怖する出来事と言えた。もし今のような言い回しの噂が広まっているのであれば、私に対するバッシングが巻き起こるのは時間の問題でしかないからだ。そしてそれは生徒会そのものへの信頼を損ねることにも繋がりかねない。コツコツと積み上げてきた実績が崩壊の危機を迎えるかもしれないという瀬戸際だった。

 

「事実…ですよねぇ? 部屋移ったのは」

「玉青さんは生徒会活動の一環で一時的に部屋を移っただけよ。あなたたちが言うような私個人の意思は介入してないわ」

「じゃあ証明出来るですか? それ?」

「それは…」

 

 出来るわけがない。そもそも『ない』ことを証明することは不可能に近いうえに、静馬の事件の隠蔽でしたことなのだ。背景を喋るなんて馬鹿な真似は自殺行為以外のなにものでもない。

 

「あなたたちの『ある』というものだって、証拠と言えるほど強い根拠はないはずよ」

「次期生徒会長に推薦して、ダンスの代表に選んで、部屋まで与えたのにですか?」「毎朝様子を見に行くなんて可愛がり過ぎですよ」

「くっ…」

 

 数で優位に立つ彼女たちは、私が口ごもるや否や絶好のチャンスと考えたのかさらに声を張り上げた。

 

「言い返せないってことはやっぱり()()なんだぁ~」「みんな幻滅するんじゃないですか?」「生徒会長の立場を利用するとか、怖~い」

 

 彼女たちの声に釣られ、通行人たちが何事かと足を止める。一人、また一人と増えていく見物客はいつしか大きな人垣となって私の逃げ道を塞いでいた。走って逃げるつもりはなかったが、その光景は心理的なプレッシャーを与えるには充分な異様さだった。

 

 廊下の窓際に押しやられた私を、絡んできたグループが囲い、さらにその外側を見物の生徒たちが取り囲むこの状況、静馬だったらどうやって打破しただろうか? 強引に相手を説き伏せるような振る舞いが苦手な私には、論理的に説得するしかないのだが、今回ばかりはそれが機能しない特殊なケースだった。

 

(でも、この子たちを放っておいたら確実に噂は捻じ曲げられていくわ。どうにかしないと…)

「みんなも気になってると思いますよ」「ねぇみんな~?」「いいじゃないですか、認めちゃえば」

 

 一人が取った音頭が周囲に波及し、この場の雰囲気全体がそういった空気へと染められていく。それはどこか―――オセロで挟まれた駒がパタパタッとひっくり返っていく姿に似ていた。頷き合う生徒たち、囁き合う数人組。みんなが私にYESを求めているような錯覚に、いや、実際にそうなのである。この一瞬、この状況における多数派は間違いなく彼女たちなのだから。

 

「私と…玉青さんの間には………何の関係もないわ」

 

 あまりにも心許ない、説明や根拠を欠いた主張の繰り返し。ギャラリーの失望が手に取るように分かる。「またそれか」とか「つまらない」といった声に出てない声が表情を通して伝わってきた。でもこれでいい。白けてしまえばいい。みんながつまらないと話題から遠ざかっていけばいつか忘れ去られてしまうはず…。現に数人の生徒がこの場を後にしようとする気配が見えていたから、間違ってはなかったのかもしれないが―――。

 

(これじゃ私の負けも同然ね。碌な反論も出来ず、こうして俯いているのだから)

「あらあら♪ なんだか賑やかね。今日はお祭りでもあるのかしら♪」

 

 そんな敗北感に打ちひしがれていた私の耳に届いたのは、あまりにも場違いな明るい声。神社の境内に屋台が出ていたのを偶然目撃したかのような呑気さで登場したのは千華留さんだった。

 

「どうしてここに…」

「ちょっと深雪さんに用事があったの。なんだか良いタイミングだったみたいね」

「ルリムの生徒会長…」「赤リボンの悪魔め」「悪いんだけど今は私たちが―――」

 

 邪魔をされたくないと考えたのかグループの子たちが口々に威嚇をするものの、千華留さんはそれらをまるで意に介さず悠然とこちらに近付いてきた。その堂々たる歩みにギャラリーたちは命じられるでもなく自ら道を開け、彼女のための専用通路を作り出していく。私の視点からは壁が自然と二つに裂けたような、そんな神秘的な光景だった。

 

「ふふふ、○○さんに××さんもお元気そうね♪ でも深雪さんは私の親友なの。虐めるのはやめてもらえる?」

 

 その声には疑問形なはずなのに、子供に言い聞かせるようなニュアンスが伴っていた。

 

「ふざけないでよ。あなた年下でしょ?」「や、やめといた方が―――」「うるさいなっ! もう昔の私たちとは違うんだ。誰がこんなやつに」

 

 ビビるものか、と言いたげに威勢よく指さしたものの、狼狽えているのは誰の目にも明らかだった。その態度の豹変ぶりに一緒にいた生徒たちの大半が首を傾げて不思議がる。かく言う私も事情は知らないため、どうしてこんな状況になっているのかはさっぱり理解出来ていない。

 

 ただ舞台の主役が千華留さんに移ったことはたしかで、もはや誰も私の噂を気にすることなく、この緊迫した状況の行く末を固唾を飲んで見守っていた。

 

「だいたい何様のつもりよ。いつまでも上から目線で―――」

「何って………そうねぇ、あなたたちの御主人様かしら♪」

「なッ!?」

 

 血の気の多い一人がなおも噛み付き、その返答に放たれた言葉にその場にいた大勢が唖然とする。こんなことを言えば、下手したら殴り合いが始まったっておかしくない。にも関わらず言ってのけた彼女の大胆さにみな舌を巻いたのだ。

 

「あんまり調子に乗らないでよ。静馬様の後ろ盾がなければあんたなんか」

「そう思うなら好きなようにすればいいわ。ほら? やってみなさいよ」

 

 かかってこいと言わんばかりに両腕を広げた千華留さんに、リーダー格の生徒が怖気づいた。もうこの時点で勝敗は決したようなものだが彼女は手を緩めずにさらに続けた。

 

「じゃれついてきたわりに意気地がないのね。せっかくだし()()()()()()()()()()()()()()()()

「ひっ…」「ねぇ、これ以上はまずいって」「私もそう思う」

 

 気付けばグループのうちの数人が千華留さんに向かい合っているだけで、他の大半は気まずそうに観客の一部になり果てていた。形勢不利を悟った友人たちも、突出した一人を宥める方向へと舵を切ったようだ。既に敗走する兵士と化した彼女たちは、分かりやすく「覚えてろ」と捨て台詞を吐くとそのままへ去っていき、後に残された集団の片割れもどうしていいか分からず戸惑いながら呆然と立ち尽くしていた。

 

「は~い♪ お祭りはこれにて終了よ。解散、かいさ~ん♪」

 

 千華留さんがそう言いながら手を叩くと、生徒たちは顔を見合わせながらも一人残らず退散し、廊下には私と千華留さんだけがポツリと残されていた。

 

「ありがとう千華留さん。でも…さっきのは」

「私が静馬と付き合い始めた頃に生意気だなんだって突っかかってきたの。だから一人ずつ呼び出して分からせてあげたってだけ。昔の話よ♪」

 

 分からせるという言葉の意味が、痛い目に遭わせたのか、それとも千華留さん流の何かしらのものであったのかは不明だが、詮索はしないと告げると、千華留さんも「それがいいわ♪」とそれ以上語ろうとはしなかった。

 

「ごめんなさい。あなたの助言を活かせなくて」

「まぁ、こういうこともあるわ。それより噂って怖いわね。まるで生き物みたい。今のはあなたを嫌ってる子たちだったけど、そうでない子たちも、あなたの反応に関係なく好き勝手にあれこれ言うんですもの」

 

 生き物…か。たしかにどこからともなく流れて予想も出来ない方向に成長していく様は、そうと言えるかもしれない。

 

「ところで用事って本当にあるの?」

「あるわけないじゃない。心配で来てみただけよ♪」

「なんとなくそんな気がしたわ」

 

 未だに底の見えない千華留さんは、もしかしたら静馬よりも怖ろしい存在なのかも…。

 

「時間ある? なにか奢るけど」

「それじゃあルリムに行きましょ。ミアトルの食堂もいいけれど、やっぱり甘いものはルリムが一番だもの♪」

(こうしていると可愛い年下にしか見えないのに)

 

 夏服のボタンを一つ外すと肩の力が抜けた。悩みの種が解決したわけではないし、問題はまだ山積み。けれど今は千華留さんのくれた一瞬の平穏をありがたく享受するとしよう。そう決めた私はルリムのカフェのメニューを思い出しながら何を頼もうかと思いを巡らせた…。

 

 

 

~~~次章へ続く~~~

 

 

 

 

 

 




■後書き

 渚砂のところにきた上級生と、深雪に突っかかった生徒たちは別人です。一応念のため。前者の子たちは好奇心が抑えきれなかったとかそんな感じ。高校一年生(ミアトルでいう4年生)から見た高校三年生ってやはり結構怖く見えると思うので多少は渚砂のそういった心理も影響したと思っていただけたら。後者は………千華留さんは何をしたんでしょうね。ご想像にお任せします。

 千華留さんはミステリアスであって欲しい勢なんで、だいたい突然現れたり、未来予知的なことしてたり、意味深なこと言ってたりと好き放題してることが多いですが、今後も変わらないと思います。その方が千華留さんらしくて魅力的かな、と。

 それでは~♪


 
 
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