全校集会当日。ついにこの日が訪れた。様々な想いが交錯する中、少女たちが選んだ未来とは…。
■目次
<誓いの言葉>…涼水 玉青視点
<私たちに任せて>…南都 夜々視点
<六条深雪>…花園 静馬視点
<アストラエアの丘で>…涼水 玉青視点
<誓いの言葉>…涼水 玉青視点
大ホールに集まったミアトルの生徒たち。まだ開始30分前ということもあり、通路に集まって雑談したりする姿が目立つ。行事が始まる前のお馴染みの光景だ。あと15分ほどして先生たちが着席を促すまではおそらくこのままだろう。気になる雑談の内容はというと、うんざりするほど聞いた例の噂がメインだった。
「ねぇ、壇上のあれ」「仲良さそうだよね」
生徒たちから漏れる数々のヒソヒソ話。それらの大半は壇上で打ち合わせをする私と六条様に向けられたものだった。下で喋っているとそうでもないが、壇上というのは存外と微かな声も聞こえてくるものだ。今も前の方にたむろする数人の声に、私の耳はヒクヒクと反応を示している。
「私たち相変わらず人気者ね。ひょっとしたら静馬よりも話題性があるんじゃないかしら?」
「本当によろしかったんですか、六条様? 噂…あることないこと相当広まってしまいましたけど…」
「いいんじゃない? 盛り上がってるのは間違いないのだし。それにどうせこの全校集会が終われば、綺麗さっぱりなくなるわよ」
事もなげにそう言って微笑むと、六条様はわざと私の手元の資料を覗き込むフリをして顔を近付けた。
「どうなっても知りませんよ、もう」
その様子を見ていた生徒たちが上げた小さな歓声を聞きながら、私も六条様に合わせて同様のフリをしてみせると、歓声はさらに大きくなって私たちを指差す生徒まで現れる始末だった。結局私たちを噂する声は、開始15分前になって先生たちが通路を行き交うようになるまで、熱心に飛び交い続けていた。
「それじゃあまた後でね。お互い頑張りましょう、玉青さん」
「はい。六条様も」
壇上に席が用意されている六条様と違い、私はここで一旦舞台袖へ。出番が来るまでの少しの間はじっと待機することになる。今のうちにしっかり目に焼き付けておこうと、渚砂ちゃんのいる場所を見つめてから檀上を後にした。
(そろそろ私の番でしょうか…)
壁の時計に目をやり、声を掛けられるよりも前に壇上へ向かう準備を整える。まだまだ平気だなんて思ってたら、あっという間に自分の番が回ってきてしまった。本音を言えばもう少し精神統一でもしていたかったけど、どのみち落ち着いてなどいられないだろうからこれで良かったのかもしれない。
壇上のマイクの前では六条様が、次期生徒会長へと推挙する私の紹介を行っていた。
「それでは涼水玉青さん。壇上に来て一言」
「はいっ!」
緊張した面持ちで六条様の元へ向かう際にも、静まり返っていたホールにちょっとしたざわつきが巻き起こった。先生たちがチラリと見ると一時的にパタリと止むのだが、好奇心が抑えられないのか、先生の目を盗むように囁き合う生徒も中にはいた。
まずは隣に立って一礼。次いでマイクの前を譲ろうとした六条様の「頑張って」という優しい声。偶然マイクに拾われたそれが会場に響くと、生徒たちは先生がいるにもかかわらず小さく声を漏らした。
彼女たちは知らない。その『頑張って』に込められた様々な感情を、ドラマを。私たちの他には数人の生徒だけが知るその意味を噛み締めながら、私は万感の思いを込めてマイクの前に立った。演台の上には用意しておいた原稿を。使わないくせにしっかりと文章を考えたそれに、我ながら真面目過ぎたと苦笑いが浮かんだ。
(そう言えば渚砂ちゃんは『演台』のことを『マイクを置くあれ』とか言ってましたっけ。ふふっ渚砂ちゃんらしくて可愛い)
これから自分は大変な事をするというのに、不思議と心に余裕があった。緊張し過ぎておかしくなってしまったんだろうか?
(この数ヶ月、色んな事がありましたね。渚砂ちゃんに出会って…静馬様と張り合って。楽しかったことも、嫌なこともあったけれど、今まで過ごしたどの時間よりも…ずっと…濃密な日々でした)
やっぱりどこかおかしくなってるみたいで、自然と零れる笑みが止められそうにない。
(アストラエアの女神様。申し訳ありません。私と渚砂ちゃんは…禁忌を犯します。楽園を追放されたアダムとイヴのように。罰をくださっても構いません。ですが…どうかこれからの僅かな時間だけ、お見逃しくださりますように)
マイクの前に立ったまま何も話さない私に、ホール中の視線が降り注ぐ。原稿を手に取ることなく顔を上げた私は、高らかに叫んだ。
「花園静馬様。どうか中央の通路へ!」
予定にない突然の展開に、司会進行役の生徒の顔色が変わる。あせあせと手元の資料を確認するも、やはりどこにも書かれていない事態であることに戸惑っているようで、その視線は誰かの助けを求めてホールを彷徨った。そんな進行役の異変に、退屈そうに席に座っていた一般の生徒たちの目にも生気が蘇り、台本から外れたアドリブの行方に胸を躍らせた。
混乱と期待が渦巻くホールの中、この御方はさすがと言うべきか。取り乱した様子を微塵も見せずにスッと立ち上がると、教師陣の視線さえも物ともせず、指をパチンと打ち鳴らして会場を鎮まらせてしまう。場所はちょうどホールの真ん中ほど。そこから建物を縦に走る少し広めの中央通路―――まるで専用の花道のようにも見える舞台へと躍り出てた静馬様は、マイク無しでもよく通る澄んだ声を響かせた。
「何か御用かしら? 次期生徒会長さん?」
あくまで何が起こるか知らないフリ。私が宣言をして初めて、自分もアクションを起こすつもりなのだろう。
「はい。あなたに…そして会場の皆様に伝えたいことがあります。この場をお借りして、それを宣言させていただきます」
「あら? サプライズ? 何が飛び出してくるのか楽しみだわ」
ほとんど全てと言っていいほどの視線が、私に…静馬様にと交互に行き来し、最終的にはサプライズを発表する私へと収束する。ここには多くの人が集まっているが、おそらく皆が、この即興劇の登場人物は私と静馬様しかいないと思い込んでいたはずだ。
そしてそれは、一対一の果し合いのように私の視線の先に立つ静馬様も、
「ええ!
私の声に合わせ、カタンッという音と共に館内の照明が一斉に落ちた。
予想外の出来事に騒然とするホール。誰もがキョロキョロと辺りを見回す事態に、静馬様でさえも「何っ!? 何だというの?」と動揺を隠せないでいた。
次の瞬間―――。
カッと伸びた一条の光が私を照らし出し、暗闇の中で鮮烈に姿を描き出した。その眩しさに思わず手で光を遮ろうとした静馬様の元へも同様の光が降り注ぐ。天井に備え付けられた無数のスポットライトのうちの2つが、私と静馬様に向かって照射されたのだった。
「ッ!? 一体誰がこんな真似を!?」
操作を行っている管理室がある方を振り返った静馬様だったが、他の照明が落ちている状態では見えるはずもなく、忌々し気に顔を歪ませることしか出来ない。一方の私はそちらを見ることなく、心の中で二人への感謝を述べた。
(夜々さん、光莉さん。本当にありがとう。静馬様との決着…つけてみせますから)
マイクをスタンドから取り外し、演台の前を離れていく私の動きに合わせ、光はスーッと追いかけてくる。光なのに影みたいと言ったら笑われてしまうだろうか。冗談はともかく光を従えて中央通路へと降り立つと、私と静馬様の間には隔てるものは何一つない、真っすぐな道が広がっていた。
「あなたたち、これは一体何の騒ぎですかっ!? 説明なさい!」「誰か管理室の方を。入り込んでいる生徒がいるはずです」
呆然としていた先生方は、今になってようやく事態を収拾しようと大声を上げ始めたが、私は…ううん、
「来てください渚砂ちゃんっ!!」
元の声量にマイクの力が加わった声はキィインとホール中に響き渡る。日頃の私の行動からは想像もつかない暴挙に驚いたのか、それともあまりの音量に驚いただけなのかは定かではないが、先生方の足はピタリと停止した。置物のように動かなくった石像たちとは対照的に、ただ一人自由を得た鳥の如く、席と席の間をパタパタと駆け抜けるのは赤茶色のポニーテールの少女。誰しもがその行き先に目を凝らしていた。
渚砂ちゃん! 渚砂ちゃん!! ああ、渚砂ちゃんが来る。私の渚砂ちゃんが!
端の方の席から中央通路までやって来た大切な恋人は、私と静馬様の間で停止すると、大きく手を広げ私を呼んだ。
「玉青ちゃんっ!!」
その後ろであっけにとられている静馬様の姿を一瞥してから、私はホールにいる全ての人に向けて
「私…涼水玉青は、蒼井渚砂を愛しています! 友人としてではなく、一人の女性として!」
言った。言えた。私はとうとう言ったんだ。
訪れる一瞬の静寂。しかしその仮初めの静寂はすぐさま打ち破られた。歓声とも悲鳴とも受け取れる声が響き渡ったのである。
「ねぇ、今の」「愛してるって」「間違いじゃないよね?」「じゃあ六条様とは違うの?」
戸惑うざわめきは留まるところを知らず、あっという間に会場全体を包み込んでいく。その中には本気なのかと疑問を持つような声も含まれていた。
(何を言われようと構わない。私は渚砂ちゃんが好き。その想いは…誰にも邪魔させない)
スイッチを切ったマイクを床に投げ捨て、私を待つ人の元へ。
「渚砂ちゃんっ!!」
叫びながら両手を広げて待っていた恋人目掛けてダイブすると、私たちは勢い余ってその場でクルクルと円を描いた。いつかのダンスパーティで果たせなかった踊りを今踊るかのように、抱き合ったままで。
流れるように動いては視界から消えていく背景と、変わらずに私を見つめ続ける渚砂ちゃん。世界が私と渚砂ちゃんを中心に回ってるみたいで、何とも言えない感情が胸に染み出してくる。
相も変わらず木霊する歓声と悲鳴をミックスした声に包まれながら回転を止めた私たちは、静馬様の方を向いて背筋を伸ばした。
「申し訳ありません静馬様。私は…この道を選びます。あなたのものになる気はありません」
「―――ッ。本気なの? 渚砂だって学校でどう言われるか…」
「私と玉青ちゃん。二人で決めたんです。だから…後悔はしません」
「「覚悟は出来てます」」
そう啖呵を切るなり渚砂ちゃんの腰へと手を回した私は、約束通りギュ~~~ッと抱き締めながら顔を寄せ、そして―――。
「「「キャアーーー!!」」」
今度こそ悲鳴一色となったホールの中心で触れ合わせた唇。最初は見つめ合いながら軽く。2度目は目を瞑って強く…強く。互いを離さないように、どこへも行かせはしないと願うように相手の腰へ手を回しながら。
「玉青ちゃん。大好きだよ」
「私もです。渚砂ちゃんのこと、世界で一番…愛してます」
誓いのキスを終えた私たちを静馬様が見つめていた。
「そう。二人で選んだのなら…私にはもう何も言うことはないわ。ただ…荊の道よ。それだけは忘れないで」
静馬様は意外にも諦めたような、どこか放心したような表情に私には見えた。
「行きましょう! 渚砂ちゃん」
「うんっ!」
手を繋いだ私たちは走り出した。檀上に向かってではなく、ホールの出入り口へ向かって。
「なに? なになに?」「あの二人どこへ行くの?」「もしかして外?」「えっ? 駆け落ち?」
静馬様の隣を駆け抜けた瞬間、そんな生徒たちの声に交じって小さな…けれど耳を離れない声で「おめでとう」と呟く声が聞こえてきて、一瞬だけ振り返った先で、あの人は笑って天井を見上げていた。
でも立ち止まることはなく、渚砂ちゃんの手を改めてギュッと握り直すと、私たちはそのまま中央通路を駆け抜けていった。
<私たちに任せて>…南都 夜々視点
「やった…。やったよ。あの二人、やったよ光莉」
「うん…。うん! 良かったね、夜々ちゃん」
スポットライトを操作していた私たちは、管理室でそう叫ぶとハイタッチを交わし、抱き合うと二人でピョンピョン跳ねながら喜んだ。これで私たちの役目は
どうやって入手したかは知らないが、千華留さんから託された鍵を使って管理室に侵入した私たち。照明を落とし、スポットライトで玉青さんたちを照らしたりという行いの数々は、やはり無罪放免というわけにはいかないだろう。でも私たちにはまだやらなければならないことがあった。
そう。役目の残り
「来るのは分かってたけど、思ったより早いなぁ。まだ六条様の番があるってのに…」
「どうしよう夜々ちゃん?」
顎を指に乗せてちょっとの間、考えを練る。体格や力から言っても私が身体を張った方が良さそうだ。
「私が扉を押さえて時間を稼ぐから、光莉は操作を。とりあえず照明を点けて明るくしておいて」
「わ、分かった」
「扉が開けられたら抱き着くでも体当たりでも何でもして先生は止めてみせるから。だから…頼んだよ」
「任せて! 夜々ちゃん」
覚悟を決めた、といった顔で頷き合った私たちは、託された役目を果たすべく持ち場につく。
「そこにいるのは誰ですか? 自分たちがしたことを分かっているんですか?」「反省文では済みませんよ!」
扉をこじ開けようとする教師たちの声が管理室に鳴り響いた…。
<六条深雪>…花園 静馬視点
(まさか私がこんな風に置き去りにされるなんてね。自分の勝利を疑わずにノコノコと登場して、その挙句全てを掻っ攫われるなんて…いい笑い者だわ)
落ちていた照明が戻ってもなお、興奮と熱狂が色濃く残るホール内。誰もが扉の先を───少女たちの飛び立っていった行方を追うように出入り口を眺め続けていた。いくら眺めようとそこにはもはや…幻影すら残されていないというのに。
(意外と何も出来ないものね)
青い髪の少女を愛していた。あれほどの…強引に関係を結ぶという手段を使ってまで手に入れたかった相手のはずだ。それなのにこの無様な姿は一体どうしたことだろう?
隣を駆けていく際に手首を掴んだり、二人の後ろを追いかけて行ったり。今になって色々と思い浮かんだものの、全ては手遅れで、虚しさを感じさせる行いばかりだった。
いや、おそらく悟っていたのかもしれない。渚砂が出てきた瞬間、私は既に自分の負けをどこかで認めていたのだ。玉青の成長を楽しんでいた。彼女が渚砂との関係に悩み、壁を打ち破ろうと一歩前に踏み出す度に、私は悦びを覚えていた。だからというのも変な話だが、喪失感は…あまりない。それどころか二人の成長を嬉しく思う自分すらいることに気付き、笑みが零れていた。
(ふふっ。ここにいても意味がないわね。私も退場させてもらおうかしら?)
二人が出て行ったのとは別の出入り口へ向かおうと歩き始める。道化役は勘弁だ。温室へでも行って、ぼんやりとでもしようかと考えていたその時―――。
「待ちなさい。まだ…あなたが向き合うべき人がいるわ」
私の前に立ちはだかるように現れた一人の生徒。
「千華留。どうしてあなたがここに?」
わざわざミアトル生に変装して紛れ込むなんて、大した度胸だと感心する。普通なら思い付きはしても実行まではしないだろう。でもそれで納得もした。照明とスポットライト。あれは千華留の仕込んだことなのだと。となれば管理室に忍び込んだのはスピカのあの二人か。
「当然、色々と見届けるためよ。あ、でもその前にちょっと待ってもらえるかしら? あー苦しい。結構大変なのよ? 変装するのって♪」
正体がバレた以上、もう用はないといった様子でウィッグを投げ捨てた千華留は、さらにポケットから髪飾りを取り出し髪に留めた。依然としてミアトルの服を着ているものの、すっかり源千華留となった少女に、近くで見ていた生徒が声を上げる。「千華留様だわ」と発した声は周りに伝染し、ルリムの生徒会長が来ていることを会場中に知らしめた。
「注目してくれるのは嬉しいけど、今日の私はただの観客なの。主役は…舞台の上よ♪」
「舞台の?」
千華留が指し示した先。私が振り返るよりも早く聞こえてきたのは、「皆様。どうかご静粛に」という落ち着き払った声だった。
(深雪…? 一体何を?)
「今回の騒ぎについて説明させていただきます。照明の操作…及び玉青さんの行動は………全て私が裏で手引きしたものです」
(なっ!?)
突然の自供に騒ぐどころか、逆にシンと静まり返ったホール内。深雪はそれを気にすることもなく淡々とした様子で話し続けた。
「誤解のないように言っておきますが、手引きをしたと言っても玉青さんの…彼女の渚砂さんに対する想いは本物であり、私はあくまで玉青さんが行動を起こせるようにお膳立てをしたに過ぎません。ですがこれで、私と玉青さんの関係についての噂が…間違いであったことはご理解いただけたかと思います。彼女の名誉のためにも、今後一切、私と玉青さんが交際しているなどという噂はやめてください」
深雪の説明を聞くに従い、ようやく事態を飲み込み始めた生徒たちは、失っていた声を取り戻した。
「違ったんだ」「でもあれを見せられたら…ね」「どうしよう。私あとで怒られるかな?」
「皆様を驚かせてしまい申し訳ありません。深くお詫び致します。それと、手引きをした以上は…今回の件の責任については、全てこの私…六条深雪にあります。先生方は、私以外の生徒について寛大な処置をご検討頂くようお願い申し上げます」
この子は一体何を言っているんだろう? 全ての責任を負う? 玉青との噂を断ち切りたかったにしては、いくら何でもリスクが高過ぎるやり方ではないか? こんな事をして…何の意味が…。
顔を見合わせる教師陣には目もくれず、深雪の演説はさらに続いた。
「それともう一つ。今度は
言葉を区切った深雪の視線が、通路にいた私へと迷うことなく注がれた。
(―――ッ!? まさか、まさか深雪は)
玉青さんだけでなく、自分も………。
「待ちなさいッ!! 深雪!!」
「静馬…」
「それ以上は喋らせないわ。今すぐそこから引きずり降ろ―――」
「うるさいっ!!!」
「…ッ。深雪?」
「そこで黙って聞いてなさい。花園静馬。これは私が決めた事よ。あなたに口出しなんてさせないわ」
深雪が…私を怒鳴りつけるなんて。信じられない出来事によろめいた私を、千華留が後ろからそっと支えてくれた。もしその支えがなかったら私は床にへたり込んでいたかもしれない。それくらい凄まじい剣幕だった。
深雪は「失礼致しました」と頭を下げると、再び元の調子に戻り言葉を紡いでいく。
「中にはご存知の方もいるでしょう。私には婚約者がいます。私の生まれである六条家が選んだ方が。もちろん…男性です。顔は知りませんが、両親や祖父母が一生懸命選んでくれたのですからきっと素敵な方なのだと思います。ミアトルを卒業してすぐにその方と結婚をするのが、私に定められた運命でした」
再び私の方へ向けられた視線。けれどそれは私の肩を通り越し、後ろで支える千華留さんへと向けられていた。
「ですがある人のおかげで、私は自分の想いに素直になることを知りました。私は家の決めた婚約者とではなく、自分の好きになった相手と結ばれたいと願うようになったのです。この学園内にいる…とある生徒。つまり…女性の方と。決して軽い気持ちではありません。ましてや婚約者との結婚を悲観しての一時的な気の迷いなどでは断じてないのです。私はその方に…身も心も…全てを捧げる覚悟です」
やめなさい。やめて。やめてよ深雪。
心の中で懇願する私の想いなど無視してホールの照明が落ちた。フッと消えた深雪の姿は、次の瞬間にはスポットライトに照らされて暗闇に浮かび上がり、幻想的な光景を映し出した。そして深雪が照らされるのに遅れること数秒。今度は私の元へ光が降り注いだ。
「私が愛しているのは…この学園のエトワール。花園静馬ただ一人。私は彼女を…愛しています」
このホールに広がる、今日何度目か分からない驚きと悲鳴。私は呆然と、力なく天を仰いだ。仄暗いホールに落ちるスポットライトの円。2つしかないその円の片方から私は逃げ出そうとした。千華留を振り払い、出入り口へ向かって。けれどライトは私の背を執拗に追いかけ、姿をくっきりと照らし続ける。逃亡犯はこんな心境なのかと思いながら、私は辺りに喚き散らした。
「誰も…何も聞いていないわ! 今日の全校集会は何事もなく終わった。それだけよ。そうでしょう!? でなきゃあなたは………この丘を…」
「逃げないでっ! お願いよ静馬。お願い。これが私にとって最後のチャンスなのよ」
背を向けたまま立つ私の後ろから足音が響く。やがて2つのライトの円が重なり合い、溶け合って、楕円を描いた。
「あなた自分が何をしたか分かっているの? 先生方から六条家へ連絡がいくわよ?」
「もうとっくに伝わっているわ。だって昨日、家に電話をしたもの。私には好きな人がいると。だから婚約を破棄して欲しいと。でも誰も信じてはくれなかったわ。精神を病んでるとでも思われたのかしら? だけど今日の騒ぎの報告がいけば、さすがに家の者も無視は出来ないでしょうね」
「――ッ! なんて馬鹿なことを。どうして…とは聞かないわ。私は理由を…知っているもの」
「ええ。あなたを愛してるから。それが全てよ」
ああ、もう手遅れだ。私にはどうしようもない。深雪はきっとこの丘から連れ戻される。そしておそらく卒業まで帰ってくることはないだろう。
「返事を聞かせて頂戴。玉青さんに袖にされて、今はフリーなんでしょ? それともやっぱり私じゃダメ?」
「やめなさい。答えは以前と同じく、ノーよ」
「理由…聞いてもいい? 最後に教えて」
私は拳を握りしめ、身体を震わせながら叫んだ。
「ッ~~~~~~~~~。あなたが悪いのよ」
私は深雪にここに居て欲しかった。たとえ仲が多少悪くなろうとも、元気な姿が視界の端に映っていればそれで満足だった。だから深雪のことは助けるつもりでいたのに、それが全て台無しにされた悔しさが自然と言葉に滲んでいた。
「私が?」
「ええそうよ。あなたが六条家の人間でさえなければ。そうでなければ、付き合う選択肢だってあったのよ!! あなたがそこら辺の中流の――花園家の力でどうとでも出来るような家の生まれだったら…。金でも何でも使って両親を黙らせることが出来た。でも現実は違うわ。あなたは六条家の生まれで、その六条家は私の花園家に並び立つほどの名家なのよ。そのうえ婚約者までいて…」
堰を切ったように言葉が溢れてきた。次々と飛び出す言葉を紡ぎながら、自分は思っていたよりもずっと深雪を大切にしていたのだなと、込み上げてくるものがあった。
「以前に言ったでしょう? あなた
「私を…親友だと思ってくれていたのね。知らなかったわ。だってあなた何も言ってくれないんだもの。嫌われてるんだと思ってた」
「大切だと言ったら、あなたは余計にチャンスがあると思い込んでしまうと、そう思ったのよ」
諦めてくれれば、今日みたいな馬鹿な真似はしでかさないと…。
「それにしても奇遇ね。私も似たような事を昔考えてた。あなたが花園家の人間でなければって。そしたら結婚したって静馬を使用人にして一生傍に置いておけたのに………ってね」
お互い名家に生まれた事が仇になるなんて一体誰に想像出来るのだろうか。
「そっか。親友…か。そう思ってくれてたなら、まぁ………いいか」
深雪は私の見ている目の前で、胸元から首飾りを───
「それにもう持っていられないしね。学園の外には持ち出せないもの」
「深雪…」
「ありがとう。盛大に告白もしたし、もう思い残すことはないわ。これで私は…心置きなくこの丘を去ることが出来る」
達観したような、あまりにも儚い笑顔を浮かべた親友に、私は何も言葉を掛けてあげられなかった。
「ばいばい静馬。あなたといた時間…楽しかったわ」
そう言って涙を浮かべた深雪は、私の唇を奪うと、先生方に付き添われホールを出て行った。私の手に残されたのはエトワールの証だけ。涙で濡れたように光るルビーの煌めきが、いつまでも名残惜しそうに瞬いていた…。
<アストラエアの丘で>…涼水 玉青視点
ホールから飛び出した私たちは、暖かな陽射しの下を息を弾ませながら走っていた。右手にはしっかりと握られた渚砂ちゃんの手。横を向けば、微かに赤く染まった頬が見える。誰もいないアストラエアの丘を疾走し、目指すは湖のほとりにある木陰。今日が真夏や真冬じゃなくて良かった。だって私たちはそこで…結ばれるのだから。
「玉青ちゃん、玉青ちゃん! なんかドキドキするね。こういうの何て言うんだっけ? 愛の…と…と…?」
「逃避行?」
「それだぁ。愛の逃避行!」
「ふふ、うふふふふ。渚砂ちゃんたら」
思いがけないロマンティックな単語に、緩んだ口元から笑みが零れてしまう。たしかに状況を的確に表してはいるけど、渚砂ちゃんが言うとちょっぴりメルヘンチックにも聞こえる。「笑わないでよ~」とプクッと頬を膨らませた渚砂ちゃんに謝りつつ、短くも楽しい逃避行に、私も胸を躍らせていた。
広い道を抜けて林の小道へ。木々の合間をグングンと駆け抜け途中でくるりと方向転換。獣道のようになっている藪の中を突っ走っていく。すると突然視界が大きく広がり、見えてきたのは湖! 澄んだ水を湛える湖畔は太陽の陽射しを反射してキラキラと煌めきながら私たちを出迎えてくれた。
「少しゆっくり歩きましょうか」
「うんっ!」
「私はここが好きなんです。湖や森の匂いを感じながら本を読んだり、文章を書いたり。最近は忙しくてご無沙汰でしたけど」
道のない湖のほとりを手を繋いだまま歩くと、ちょっとしたデート気分が味わえる。そのまま二人でのんびり会話しながら湖を半周し、あまり人の来ない方へと移動した。いつもお世話になっているお気に入りの巨木の影。そこで私たちは足を止め、向かい合った。
「渚砂ちゃん。もう離しませんからね? 嫌だって言っても、絶対に許してあげないんですから」
「じゃあ私は玉青ちゃんの傍を離れられないんだ。ふふっ、そしたら、ず~~~っと一緒だね」
「ええ。ず~~~っとです。1年後も、2年後も、卒業したって…ずっと」
「そしたら私…玉青ちゃんのお嫁さんにしてもらおうかな? えへへ。お父さんとお母さん、びっくりしちゃうだろうなぁ~」
「ま、待ってください。私も…その…お嫁さんの方が…。渚砂ちゃんに貰って欲しいです」
どうせなら私だってウェディングドレスを着たい。私の方が背は高いけど、お姫様抱っこだってして欲しいし…。時には渚砂ちゃんに強引に押し倒されてもみたい。
でも今は…ひとまず置いておいて。
「ごめんなさい渚砂ちゃん。私…もう我慢出来そうにないです。渚砂ちゃんへの好きが溢れて、おかしくなっちゃいそう」
「私もだよ、玉青ちゃん」
自然に伸びた手が渚砂ちゃんの華奢な身体を包み込む。予めインプットされていたかのように、迷うことなく身体は動いた。キスだってもう躊躇ったりなんかしない。渚砂ちゃんは私のもの。私の渚砂ちゃんだ。唇を触れ合わせながら、手は腰に、背中に。溢れ出る好きを表現したいから、じっとなんてしてられなくて。ついばんだ唇の…さらにその奥へ侵入し舌を擦り合わせた。
口の端から零れた吐息の、その艶めかしく奏でられた音色に、風に撫でられた湖の水面のように、私の心もザワザワと揺れて、渚砂ちゃんはこんなにも色っぽかっただろうか…なんて思ってしまう。
顔を離して見つめ合い、またキスをして。それを何度か繰り返すうちに渚砂ちゃんを地面へと押し倒していた。けれどここはいちご舎の部屋ではなくて屋外。ふかふかのベッドなんて気の利いたものは残念ながらない。一応ごつごつした砂利の地面じゃなくて草むらにはなっているけど、それでも渚砂ちゃんをここに寝かせるのは忍びなかった。
「待っていてくださいね。千華留様から預かったものがあるんです。たしかこの木の裏に…」
前もって木の影に隠しておいた袋を回収し、中を広げるとそこにはレジャーシートが。
「その…千華留様が…必要になるから持って行け…と」
「う、うん…」
「えっと…必要…ですよね?」
「そ、そう…だね」
これから何をするかはお互い分かっているんだけど、どうしたって気恥ずかしくて視線が逸らし気味になる。チラッ、チラッとシートを見て、相手を見ては、顔を真っ赤にして俯いた。私はその空気に耐えられなくなって、バサッとシートを広げると、やや強引に渚砂ちゃんの手を引き、そこへ寝そべらせた。
(こういうのは勢いも大切ですから…私がリードしてあげないと)
びっくりさせないように、もう一度キスをしてから制服のボタンに手を掛ける。白いブラウスをはだけさせた下には、キメ細やかな肌と、それから慎ましいサイズの胸が隠されていた。首筋からツーッと指を這わせ、その美しい肌に口付けすると、渚砂ちゃんはピクンッと身体を震わせて、可愛らしい声を漏らした。
「た、玉青ちゃん…。優しく………してね? 私…初めて…だから」
「ふふふっ。それじゃあとびっきり優しくしてあげますね」
思わせぶりな事を言っていた静馬様だったが、渚砂ちゃんには手を出していなかった。それを渚砂ちゃん本人の口から聞いた時、私は嬉しさのあまり涙を零したほどだった。どうして静馬様がそうしたのかは分からない。静馬様なりのルールというか、矜持みたいなものが邪魔をしたのかもしれないが、私に出来るのは…その幸運に感謝することだけだ。
「大好きですよ、渚砂ちゃん」
「私もだよ、玉青ちゃん」
一糸纏わぬ姿となった私と渚砂ちゃんの身体は、互いに溶けて混ざり合っていった…。
―――――――――
――――――
―――…
「そろそろ戻りましょうか?」
「私はもうちょっと…このままがいいな」
「いいですよ。渚砂ちゃんがそう言うなら」
シスターが見たらきっと大目玉に違いない。シートの上で未だ裸のままの私たちは、手を繋いで仲良く空を見上げながら横たわっていた。渚砂ちゃんの温もりがまだ身体に残ってる。たぶん渚砂ちゃんの身体にも私の体温が残っているはずだ。こうして余韻に浸りつつ空を見てると身体が宙に浮かんでいるみたいで心地良かった。
「ねぇ玉青ちゃん。私たち…なんだか浮いてるみたいだね」
「あっ…渚砂ちゃんもですか? 私も同じことを思ってました」
「ほんとっ? だったら嬉しいな。玉青ちゃんとお揃いだもん。相性ばっちりだね私た───クシュンッ」
「大丈夫ですか?」
「えへへ。ごめんごめん。でも一応制服は着とこうかな」
夏が近付いているとはいえ、さすがに裸のままというのはまずかったらしい。いそいそと制服を着た私たちは改めてシートを移動し、木に寄り掛かりながら互いに身体を預け合った。
「いちご舎に戻ったらどうしよっか? まずは知ってる人に報告かな?」
夜々さんたちに、千早さんたちに、と指折り数え出した呑気な渚砂ちゃん。怖~いイベントが待ってる事をお忘れみたい。
「生活指導のシスターが待ち構えてなければ…ですけどね」
「あはは…。忘れてたや。いっそのこと、本当に愛の逃避行でもしてみる?」
「ん~そうですね。でもやっぱりいちご舎は捨てがたいですから…それはまた別の機会にしましょうか」
「そうだね。じゃあ帰ろっか。私たちのおうちに!」
そう言って立ち上がった渚砂ちゃんが、私に手を差し伸べた。甘く、蕩けるような、最高の笑顔を浮かべながら。
「これからもよろしくね、玉青ちゃん」
私はその手に引っ張られる勢いを利用して抱き着くと、耳元で囁いた。
「渚砂ちゃん。あなたを心から…愛しています」
■後書き
玉青ちゃんと渚砂ちゃんの関係については、一旦これで終わりとなります。メインストーリーとして大きく取り扱ってきたカップリングでしたが、いかがでしたでしょうか?
ホールから出て行くシーンはアニメ最終話のオマージュのつもりです。アニメでは結果発表の土壇場でやって来た静馬様が「渚砂ぁっ! 愛してるの」と叫び、玉青によって送り出された渚砂と共に走り去っていくわけですが、本作では真逆の結果となり玉青ちゃん大勝利となっております。
周囲からどのように言われようとも渚砂と歩むという覚悟の元、愛してる宣言からのキスを行い、そして静馬の横を駆け抜けてホールを出て行くという構図ですね。
玉青ちゃんの愛が報われて欲しいというのがこの作品を書く原動力でもあったので感無量です。
さて、次章からですが深雪さんのお話をやる予定です。4年生である玉青と渚砂に比べ、家や将来(婚約者の存在)などのまた違ったハードルがある六条様。上手く書けるか分かりませんが、頑張るつもりです。
次章もよろしくお願いします。それでは~♪