アストラエアの丘で   作:クラトス@百合好き

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■あらすじ
 六条深雪と源千華留。静馬を傍で見続けてきた二人がミアトルの生徒会室で対峙する。親友と元カノ。気まずい雰囲気の中、千華留の仕掛けたお遊びに深雪の心は乱されて。被り続けてきた、絶対に壊れることはないと信じていた仮面はあっけなく砕け散って消えた。素顔を暴かれた深雪は取り乱し錯乱する。そんな彼女が胸に秘め続けた想いとは?

千華留の心境を描く<その女、悪女につき>
二人の対峙を描く<臆病者と『静馬』の仮面>

今回は2話となっております。

なお第2章「ミアトルのために」の直後のお話となっております。
千華留が静馬と廊下で会った後の話です。
第3章「玉青ちゃんのケダモノッ」からは繋がっておりません。ご注意ください。


■目次

<その女、悪女につき>…源千華留視点
<臆病者と『静馬』の仮面>…六条深雪視点


第4章「さあご決断を!」

<その女、悪女につき>…源千華留視点

 

 静馬との逢瀬を楽しんだ私は足取り軽くミアトルの生徒会室へと向かっていた。

 

(ふふふっ。やっぱり静馬って素敵。あんな人と付き合えたなんて私は幸せ者ね)

 

 久しぶりに交わしたキスの味はやはり格別で、そっと唇に触れてみるとそこはまだジンジンと熱を帯びていた。数分は経過したはずなのに胸のドキドキだってほら…まだこんなに。みんなはまだ知らないのね。好きな人と一緒にいることがとても素敵なことなんだって。女の子同士だからなんて躊躇わず、もっとカップルが増えればいいのに…な~んてね。

 

(でも難しいのよね~)

 

 この丘の恋愛事情は少々特殊だ。女の子だ~い好きなんて公言してるのは静馬くらいなもので、それ以外はひっそりと息を潜めている。恋愛自体が活発ではないうえに、もし仮にカップルが成立したとしても基本的には秘密にするのがマナーみたいな風潮だ。そりゃあ静馬みたいに自信満々でいるのは難しいにしても、もうちょい何かあってもいいと思う。

 

(だいたいなによ。女の子同士で本気で恋愛してたら異端者みたいに扱うなんて、そんなの間違ってるわ)

 

 そんなに許されないものかしら?どうせこの丘には女の子しかいないわけだし恋愛を楽しんでみれば良いのに。案外素直に好きって言ってみたらそのまま交際が始まってしまいそうなペアだっているのに正直もどかしい。恋心がそうであるように恋愛も自由であるべきなのだ。

 

(そうそう、そういえば居たわね。これから行く先にも不自由なお姫様が…)

 

 思い浮かべたのはミアトルの生徒会長、六条深雪。名家のご令嬢であるがゆえに既に婚約者がいて卒業後には即結婚との噂もある人物だ。彼女はまた別の理由で想い人への恋心を心の奥底に封じ込めてしまっている。そして想いを胸に秘めたまま傍で見守り続けることを選んでしまった。

 

(私からすると臆病なだけにしか見えないのだけど。好きなら好きって言っちゃえばいいのに)

 

 みんな騙されちゃってるんだから。生徒会長の仮面を被った偽りの姿に。だから私は解放してあげたい。彼女の想いを。

 

 

ねぇ深雪さん。本当にいいの?

静馬はもう次の女の子を見つけたわ。赤茶色の髪をした愛くるしい編入生よ。

きっと今頃温室で考えてるに違いないわ。どんな風にアプローチしようかしら?なんて。

このままだと静馬とその子、そして…青い髪の少女の3人だけで舞台の幕が開いてしまう。

それをただ見ているだけなんてそんなのつまらないでしょ?

いつまでもそんなところに引き籠っていてはダメよ。

まずはそこから出してあげる。その閉ざされた生徒会室から。

ああ、舞台に上がるなら着替えも必要ね。臆病者のあなたから新しいあなたに。

私はたぶんあなたに嫌われることになるけど。でもいいの、静馬が教えてくれた幸せをあなたにも知って欲しいから。

 

 

 先程の会話で静馬が言っていたことを思い出す。

 

「ふふふっ演劇同好会ね…。静馬も面白うことを言うわ。だって今の私にはぴったりですもの」

 

 演じるとしたら何がいいだろうか?人の心を翻弄し、とある決断を下させてしまう魔性の女。ああ、そうだ。あれがいい。

 

「━━カルメン━━」

 

 これ以上にない演目の名を口にして私は一人ほくそ笑んだ。演目はこれで決まった。演じるのはもちろんその主人公、性悪女のカルメンだ。でも上手く演じられるかしら?なにせ今回はとびっきりの演技をしなくちゃいけない。

 

(ううん。弱気になってはダメよ。私は最高の女優ですもの。深雪さんの心をこじ開けて見せるわ)

 

 目的地に到着した私はその前で一旦立ち止まりゆっくりと深呼吸を繰り返した。落ち着け、落ち着け。手を顔の前にかざし仮面を被る。もちろん本物の仮面が存在するわけじゃない。あくまでイメージだ。

 

 でも案外、こういう古典的なおまじないも捨てたもんじゃないのよね。だってほら、自信が漲ってきたもの。私は女優。いまから主演女優よ!

 

(さぁ、舞台の幕を開けましょう。私はカルメン。人の心を惑わす稀代の悪女。覚悟していてくださいね深雪さん。これはあなたのための演目ですから)

 

 扉に手を掛けて力を込めるとガチャリと音を立てて扉が開いた。一歩踏み出せばそこはもう舞台の上。もう一人の登場人物はまだ何も知らない。けれど舞台の幕はもう上がってしまった。演じるのは源千華留。その役柄は…カルメン。

 

 源千華留は踏み出した。誰もが自由に恋愛できるアストラエアの丘を夢見て…最初の一歩を。

 

 

 

<臆病者と『静馬』の仮面>…六条深雪視点

 

 ガチャリと音を立てて扉が開き誰かが入ってくる。私は足音だけで入ってきた人物を識別しそちらに目を向けることなく話しかけた。

 

「どうしたの静馬?何か忘れ物?」

 

 珍しいこともあるのね、と勝手に納得して書類の整理を続けていると部屋は『静馬』の足音と私が紙をめくる音だけになってしまう。

 

「静馬?」

 

 あまりにも返事がないので気になって名前を呼びながら振り返ってみた。するとそこに居たのは…。

 

「静馬とはさっき廊下で会ったわ。ごきげんよう六条会長」

 

 にっこりと微笑みながら一人の少女が立っていた。当然静馬ではない。声の主はルリム生徒会長の千華留さんだった。

 

(まさか私が静馬と間違えるなんて…)

 

 長く一緒にいたから静馬の足音や気配には自信があるつもりだった。その証拠に私は静馬を他の誰かと間違えたことがない。それなのにどうして…。千華留さんと静馬って足音が似てたかしら?そんな風に憶測を立てているとすぐに答えが返ってきた。

 

「フフフッ。静馬の真似をしてみたんです。その様子だと驚いていただけたみたいですね?」

 

 真似た?それだけで私は静馬と間違えたというの?正直信じられなかった。いくら真似たといっても私が間違えるほど似てるだなんて…。

 

 あっ。いけない、いけない。あっけにとられてぼーっと立ち尽くしていたことに気付いた私は慌てて千華留さんに言葉を返した。

 

「と、とにかくいらっしゃい千華留さん。歓迎するわ」

 

 歓迎するというのはもちろん社交辞令だ。なぜなら私は千華留さんに一方的な苦手意識を抱えているのだから。

 

(困ったわね、千華留さんと二人きりだなんて。どうしようかしら)

 

 千華留さんはご存知の通り静馬の元カノである。これだけでも私には充分接しにくいことこのうえないのだが…。それ以外にも、私からすると千華留さんは捉えどころがなさすぎて、思考や行動が読めず先手を打てないという点も困りものだった。スピカの遠森さんのように感情がストレートであれば対応もある程度パターン化出来るのだが、あいにく彼女には通用しない。

 

 今だってペースを崩され会話の主導権を握られている。本当にやりにくい相手だ。

 

「静馬ってば相変わらず素敵なんですもの。さっきもつい甘えちゃったわ」

「相変わらず静馬と仲が良いのね…千華留さんは」

「ううん。私が一方的に静馬に甘えているだけ。静馬は優しいから相手をしてくれているだけよ」

「そう…なの」

 

 何をホッとしてるのかしらね、私は。千華留さんがそう言っているだけで、静馬が千華留さんとの復縁を考えていないとは言い切れないのに。静馬に直接聞ければいいのだけどそれが出来れば苦労はしない。もし静馬に、なんでそんなことが気になるの?と聞き返されたら困るのは私だ。気になる理由なんて一つしかない。けど言えるわけなんかない。私が静馬を好きだなんて…。

 

「今日は六条様お一人なんですか?」

 

 部屋を見渡しながら千華留さんが聞いてきた。心なしか嬉しそうに見える。何かあるのだろうか。

 

「ええ、そうよ。もう誰も来ないはずだけど、それがどうかしたの?」

「今日の私はツイてるなと思いまして」

「ツイてる?」

「いえ何でもありません。六条様はどうかお気になさらないでください」

「なら…いいけど」

 

 そう答えながら、ふとこの丘で何人くらいの人間が静馬を呼び捨てにしていたかしらと思い返していた。まず私と千華留さん。あとは瞳さんや水穂さんといった幼稚園から静馬を知っている面々もいる。静馬自身は別に呼び捨てでも構わないのに、と気にも留めてないが私にとっては重要なことだ。そういえば、千華留さんが静馬を呼び捨てにしてるのを初めて聞いたときも凄く悔しかったっけ…。

 

 そんな思い出に浸っていると千華留さんの声で現実に引き戻された。

 

「これがこの間の議題をルリムの生徒会で検討した報告書です。どうぞご確認ください」

「ありがとう。仕事が早くて助かるわ。流石は千華留さんね」

「いえいえ。天下の六条様には敵いませんわ」

「今お茶を淹れるから座って待っていて頂戴」

「ありがとうございます。実は私喉がカラカラで」

 

 思ったよりも普通に千華留さんとやり取り出来てるわね。なんて思うのは、私の意識し過ぎかしら。でもよかった。この感じならお茶を飲んで雑談していればすぐに時間が経つもの。

 

 少し安堵しながら私は本日3杯目のお茶を用意し千華留さんの前に置いた。千華留さんは余程喉が渇いていたらしく、いただきますと言ってすぐに口をつけるとあっという間に半分ほど飲んでしまう。

 

「すみません。なんだかそそっかしくて」

「いいのよ。まだティーポットに入っているからおかわりが必要なら言って頂戴」

「ちょっと緊張していたものですから、つい喉が」

 

 そう言って舌をペロッと出す姿はとても可愛らしかった。思い返すと静馬が付き合うのは可愛いタイプの子ばかりの気がする。そう考えると私にはチャンスなんて元々なかったわね。だってこんな可愛らしい表情、私には出来ないもの。

 

「珍しいのね。千華留さんが緊張するだなんて」

「それは…その~。申し上げにくいのですけど、六条様って私のこと苦手にしてらっしゃるような気がずっとしてたものですから。なんとなく避けられているというか…」

 

 可愛いだけでなく千華留さんは聡明だ。性格の相性があったとしても私や遠森さんが遅れを取るというのはそれだけ彼女が優秀な証である。それにしても痛いところを突かれた。なるべくそういった素振りは見せないように努力してたつもりだったけど。愛想笑いを浮かべながらもきっとこれも表情に出てるわね、と気を引き締める。やはり一筋縄ではいかない相手のようだ。

 

「静馬の元カノだなんてよく名前が挙げられるせいで、静馬の親友である六条様からすると接しにくいのは分かるんですけど…。私としては六条様とは普通に交友関係を結べたらいいなと思っていまして」

「私の方こそごめんなさい。そんなつもりはなかったのだけど」

 

 これではまるで私が嫁を苛める小姑のようではないかと思い、つい苦笑いを浮かべてしまう。嫉妬しているのは事実だが千華留さんを苛めるつもりはさらさらない。仲良くできるに越したことはないのでそう言ってくれるのはありがたかった。

 

「本当ですかっ?実は六条様と打ち解けようと思って遊びを考えてきたんです。今からいかがですか?」

「遊び?」

「ええ。今度ルリムに演劇同好会を作るのでそれにヒントを得た遊びです。六条様は目を瞑って座っていて下さるだけで大丈夫ですので」

 

 演劇同好会ね。千華留さんがルリムで大量の同好会を作ってるのは知ってるけど…。たしか数日前にも何か立ち上げたばかりだったような。ルリムって本当に自由なのね。それとも生徒会長の特権か何かで押し通してるのかしら?

 

 そんな疑問を浮かべつつも私は千華留さんの提案を喜んで受け入れた。というよりもこの流れの中で断ろうものなら印象があまりにもよろしくない。どんな遊びなのかは見当もつかないが乗っておくのがベターだろう。

 

「目を瞑って座っていればいいのね?」

「ええ、お願いします」

 

 言われた通りに目を瞑って待つ。この時の私は千華留さんの計画に乗せられているとも知らずに無邪気に目を閉じてしまった。これでいいのかしら?なんて尋ねてたのは僅かなワクワクもあったからだろうか…。目の前で千華留さんの浮かべた笑みを見ていればすぐにでも部屋から逃げ出したというのに。

 

「じゃあ始めますけど絶対に目を開けてはダメですからね」

 

 その声を合図に遊びが始まった。といっても私は目を瞑っているので耳に神経を集中させて音を聞くことくらいしか出来ない。どんな遊びかは相変わらず見当もつかないがまぁそのうち分かるだろう。

 

 そんな私の後ろでコツッ、コツッと千華留さんが歩き始めた。注意深く聞いているとその音が次第に変化していくのが分かる。

 

(なにかしら?なんだか不思議な感じ。この足音って…もしかして静馬の?また真似をしてるのかしら?)

 

 足音の変化はなおも続き、それはやがて『静馬』のものになった。こうして音だけ聞いていると本当に静馬が後ろを歩いているみたい。でもどうしてこんなことを?誰を真似ているかを当てるゲームなのかしら?と私は推測を立ててみる。

いや、ここは真似ではなく演技と言った方が良いのだろうか?演劇同好会なのだからそうした方が千華留さんは喜びそうだ。

 

 そんな私の思考を知ってか知らずか、千華留さんは私の真後ろでピタリと足を止めた。

 

(今度は誰か別の人に化けるのかしら?遠森さんとか面白そうだけど)

 

 私がくだらないことを考えていると、背後からスルリと伸びてきた手が私を優しく包み込んだ。

 

 何かしら?と不思議に思い首を傾げていると、敏感になっていた耳元へと千華留さんが顔を寄せてそっと囁いた。

 

「深雪。ねぇ…深雪」

 

 その瞬間私はビクッと身体を震わせた。別に突然耳元で囁かれたからではない。似ている。そう思ったからだ。声や話し方、それに腕の絡ませ方といった仕草も。花園静馬に。

 

(驚いた。こんなにも似せられるものなの?これじゃまるで、千華留さんじゃなくて静馬が後ろにいるみたい)

 

「千華留さん…よね?」

 

 これは一体何の確認なんだろう?自分でも滑稽だったけど、それでも確認したくなってしまったのだ。後ろにいるのが千華留さんなのかどうか。静馬のわけない。そんなことわかりきっているのに。

 

「ひどいわ深雪ったら。私のこと忘れてしまったの?」

「ま、待って。あまり耳元で喋らないで。息が…耳に」

 

 千華留さんの吐息が耳に当たる度に否応なしに背中にゾクゾクとしたものが走ってしまう。生理現象だから仕方ないとはいえ、少し恥ずかしい。耳ってこんなに敏感だったかしら?私がぼんやりとそんなことを考えながら数回やり取りを重ねるうちに、千華留さんの演技はその精度を増していった。恐ろしいほどに。

 

 静馬そっくりの声や仕草、手から伝わる体温によって次第に私の中の静馬と千華留さんの境界が曖昧になっていく。気を抜くとつい静馬と呼びかけてしまいそうな…。あれ?私…。

 

「覚えてる?あなたがいちご舎に入ったばかりの時ホームシックにかかって泣いていた時のこと」

「えっ…?どうしてそれを…」

 

 それは静馬しか知らないはずのこと。私がまだ1年生の時の、千華留さんはまだこの丘に来てすらいない時の出来事。あの時の私は静馬の後ろをくっついて歩いてたっけ。

 

「もう、寝ぼけているの?あの時泣いていたあなたを連れ戻したのは私なのよ。一緒のベッドで添い寝までしてあげたのに。薄情ものね」

 

 懐かしい。私にとってはとても大切な思い出だけど、そうか…よかった。覚えていてくれたんだ。

 

「あっ、私ったら。ごめん…なさい。━━『静馬』━━」

 

 そうだ、今私の後ろにいるのは『静馬』だ。だってそうじゃないと…辻褄が合わないのだから。

 

「深雪は私といるの…楽しい?」

「ええ、もちろん」

 

 頭がボーッとする。まるで夢の中にいるみたいにふわふわと気持ちがいい。ああそうか。『静馬』の腕に抱かれているからか。だから心地がいいんだ。

 

「そう、なら嬉しいわ。私も深雪といると楽しいもの」

「ほんと…んっ!?」

 

 『静馬』が私の耳にツーッと舌を這わせると吐息とは比べものにならない感覚が背中を走り回っていく。その気持ちよさに私は思わずスカートを握りしめていた。

 

「ごめんなさい、驚かせちゃった?」

「うん、少し。今まで『静馬』は私にこんなこと…してくれなかったから」

 

 そう、今まで一度もこんなことはしてくれなかった。私は密かにして欲しいと思っていたけど…そんな素敵な出来事は起こらなかった。あったとすれば、それは私の妄想の世界の出来事で。静馬と恋人だったらなんて前提で始まるおとぎ話のはずだった。でも今、それは現実となっていて、『静馬』が私を抱き締めている。

 

「深雪は私にこういうことして欲しかったんだ?」

「あっ、その。今のは…」

「いいのよ。恥ずかしがらないで」

「それより『静馬』こそ、いいの?」

「何が?」

「その…『静馬』は私のことなんて…これっぽっちも…想ってくれてないのかと」

「バカね。そんなわけないじゃない。深雪が私のために頑張ってくれてること、私ちゃんとわかってるつもりよ。生徒会に入ったのも、生徒会長になったのも、ね?」

「し、『静馬』っ?いくらなんでもそれは自惚れ過ぎよ…」

「あら、そうなの?私てっきり深雪はミアトルのためじゃなくて私のために頑張ってくれてるのかと思ってたわ。深雪は私よりもミアトルの方が大事なのね。ざ~んねん」

「ち、違うわ…私はっ」

 

 静馬より大切なものなんて、世界のどこを探したって見つかりっこない。それにミアトルの方が大事だなんて思われたく…ない。私はそんな無機物みたいな人間じゃない、そう言いたくてつい。

 

「なぁに?」

「えっと、あの私…。『静馬』の方が大切よ。ミアトルよりも。私が頑張ってきたのは全部、全部…『静馬』のためだもの」

「ありがとう。素直な子にはご褒美をあげないとね」

「ご褒美?」

「ええ」

 

 そう言うなり『静馬』は私の耳を唇で優しくついばみ始めた。それはまるでキスのようで。

 

「んんっ!?んっ…く」

 

 唇が耳に触れる度にピクンピクンと身体が跳ねる。幸せと共にゾクゾクとした快楽が背中を這いずり得も言われぬ感情が私を支配していった。もっと、もっとして欲しい。素直にしてたらもっとしてもらえるんだろうか?

 

「『静馬』は私のことどう…思ってるの?『静馬』にとってはやっぱり友達のうちの一人でしか…ない?」

 

 今なら聞けるかもしれない。ずっと気になっていた疑問の答えを。少し声が震えたけどちゃんと言えた。ちゃんと…聞けた。

 

「なぁに。不安になっちゃった?」

「私は『静馬』のことその…親友だと…思ってるわ。友達の一人じゃなくて特別な存在だと…思ってる。『静馬』は?」

「ダメよ深雪。ちゃ~んとほんとのこと言わないと。今度はお仕置き」

 

 ついばんでいたのを止め、大きく口を開けると『静馬』は私の耳をパクッと口に含んだ。握りしめていたスカートはもうとうの昔にクシャクシャになっている。

 

「んっ…私、ちゃんとほんとのこと。んんっ!?」

 

 『静馬』は答えることなくそのまま私の耳を舐り続ける。吐息に、舌に、今度は唾液の音まで加わって『静馬』は私を追い詰めていく。

 

「『静馬』やめっ。んっ…、んっ」

「やめてあげない。言ったでしょ、お仕置きだって」

 

 そして『静馬』は存分に弄んだ私の耳にトドメを刺すかのように…甘噛みをした。

 

「あぁっ!?くぅ…んっ」

 

 みっとないもない声を漏らし大きく身体を仰け反らせる。もう手遅れなことはわかっていたけど、それでも手で口を覆わずにはいられなかった。フゥッフゥッと肩で息をしながら快楽の波が身体を通り過ぎるのを待つ。それは何度かビクッビクッと私の身体を震えさせた後、ようやく収まった。それでもまだハァッハァッと呼吸は荒いままだ。気持ちよかった。それしか言葉が思いつかないくらいに。『静馬』の歯が優しく食い込んだ部分がまだジンジンと熱を帯び、時折快楽の余韻が小さな波としてやってきた。

 

「私好きよ、深雪のこと。でなきゃこんなことしないわ。だから深雪も本当のこと素直に言いなさい」

 

 真っ白になった頭に、たった一つの単語が木霊した。壊れたラジカセみたいに、それが何度も何度も頭の中で再生される。『静馬』の口から出た好きの一言で私の心は満たされていった。これは本当に現実なのだろうか?そう疑ってしまうと壊れてしまいそうな気がして…。

 

 だから聞き返す代わりに私も…、素直に。

 

「私も好きよ…。『静馬』のこと。大切に想ってる」

 

 自分としては最上級の表現をしたつもりだった。これ以上になく素直に…。でも『静馬』はちょっと意地悪で。

 

「深雪の好きはどんな好きかしら?知ってるでしょ、好きにも色々あるって」

「『静馬』?」

「知りたいの。深雪の好きは友達としての好き?それとも、一人の女の子としての…愛してる?」

「そ、それって」

 

 顔が熱くなる。『静馬』の言っているのはもしかしなくても、そういうことだ。私の好きはもちろん…。

 

「深雪は私とキス…できる?女の子同士で、遊びでも冗談でもない、本気のキス」

 

 驚いた。そういう対象とは見てくれてないものだと思っていたから。まさか『静馬』が私にこんなことを言ってくれるなんて…。

 

「い、言えないわっ。そんなこと」

 

 嘘だ。ほんとはできる。ううん、できるなんて言い方は間違ってる。『静馬』とキス…したい。そう想ってた。

 

「イヤ?私とキスするの」

 

 そんなわけない。そんなこと…あるわけない。でも口に出すのは恥ずかしくて、返事の代わりに頭をフルフルと振った。

 

「じゃあ深雪の好きは愛してるの方かしら?」

 

 今度は顔だけじゃなくて身体中がカァッと熱くなった。血液が凄い勢いで駆け巡り体温を上げていく。心臓の鼓動は早鐘のように鳴り響き、呼吸は運動した後みたいに浅くなった。口の中の唾だって碌に飲み込めやしない。身体が自分のものじゃないみたいだ。

 

「ちゃんと口にしないとダメよ。想いは秘めてるだけじゃ伝わらないもの」

 

 私の背中を押すような『静馬』の囁きはとてつもない甘美な誘惑だった。ほんとにいいのだろうか?口に出しても。好きなら、まだ友達とか親友に対して言ったって取り返しはつく。じゃあ、愛してるは? とても友人に向けて言う言葉ではない。

それを一度口にしてしまえばもう元の関係には戻れない。そういう類の言葉だ。それが受け入れられようとそうでなかろうと。

 

「聞かせて。深雪のほんとの気持ちを」

 

 でも今は『静馬』がそれを望んでいる。私の想いを聞かせて欲しいと。こんなチャンスはもう2度と来ないだろう。今を逃したらきっとあっという間に卒業を迎えて、私はすぐに許嫁と結婚することになる。そしたらもう言う機会は一生訪れやしない。なら、今日ここで…。

 

「『静馬』私、私、あなたのこと…愛してる。━━『静馬』のこと愛してるわ━━」

「嬉しい。嬉しいわ深雪。あなたが私のことをそんなに想っていてくれて」

 

 『静馬』の手が胸の前でキュッと交差し、私をより強く抱きしめる。それはなんだかもう離さないと言われているかのようで私の目に涙が溢れた。伝わったんだ。私の想いは。

 

「よく頑張ったわね。偉いわ深雪。だからとっておきのご褒美を、ね?」

 

 抱き着いてきた時と同様にスルリと離れた『静馬』が私の顎に手をかけた瞬間、その意図に気付いた。キスしてくれるんだ。私がちゃんと素直に出来たからとっておきのご褒美として。私は目を瞑ったまま『静馬』の方へと向き直りその時を待つ。初めてのキスの瞬間を。顔も知らぬ許嫁ではなく静馬に捧げられる喜びに、私は満ち溢れていた。

 

 『静馬』の顔が近付いてくるのがわかる。ゆっくりと、でも確実に。緊張した私は両の手を固く握りしめていた。これで、私も静馬と結ばれる。ずっと。ずっとずっとずっと好きだった。愛していた静馬と…。

 

 

(六条様きっと初めてね、キスするの。さすがに私がそのお相手になるわけにはいかないし。ここら辺が頃合いかしら。恋する女の子って感じでとても素敵でしたよ。六条様)

 

 千華留はテーブルに置かれたカップに狙いを定めると、その手を引っ掛けた。カップはガチャンという音を立ててあっけなくひっくり返る。舞台はもう終盤に差し掛かっていた。あともう少し。

 

(思ったより悪女役向いてるのかしら?フフフッ。同好会を立ち上げたら最初の演目は本当にカルメンにするのもいいかもしれないわね)

 

 

 

 ガチャンという音が部屋に響いた。どうやら『静馬』が机のカップをひっくり返したらしく、カップから零れた紅茶が溢れ出していく。

 

「『静馬』?大丈夫?」

 

 私が反射的に目を開けたその瞬間━━━魔法が解けた━━━

 

「千華留…さん?」

 

 私の目の前にいたのは紛れもなく千華留さんだった。

 

「私もまだまだね。こんなミスをしてしまうなんて」

 

 『静馬』は…いない。目の前にいるのは千華留さんだけだ。私が愛を告げた『静馬』はどこにもいない。

 

「あっ…あっ…。うそ、私…」 

 

 信じられない。信じたくない。椅子から立ち上がった私は口を手で押さえながら後ずさりを始める。嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ。

 

「魔法が解けてしまったみたいですね。ご気分はいかがですか?六条様」

「いやっ。こんなの嘘よ。だって私、静馬と…。いや、いやよ、こんなのいやぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 

 部屋に私の絶叫が響き渡った。どうして?どうしてどうしてどうしてなの?どうして私はあんなことを!千華留さんに静馬を重ねて、取り返しのつかないことを…。口にしてしまった。静馬への想いを。知られてしまった。静馬への愛を。全部。全部全部全部知られてしまった。

 

 必死で隠していたのに。誰にも気付かれてはいけなかったのに。その全部を。よりにもよって千華留さんに…。

 

「愛しているんですね、静馬のこと」

「あっ、ああ、ああああああああ!」

 

 どうしよう?どうすればいい?私はどうすればいいの?教えて、静馬。助けて!助けて助けて助けて!助けて静馬…、

 

 頭を抱えて取り乱す私を千華留さんはじっと見つめていた。とても冷たい目をして。

 

「いつ?いつから気付いていたの?だってそうでしょ。あなたは最初からこのために」

 

 そうだ。知られたんじゃない。知っていたんだこの女は。私が静馬のことを好きなのを

とっくに知っていて。許せない。こんなこと許せるわけない。

 

「私の気持ちを知っていて…それを弄んで。悔しい。こんな屈辱的なことって。あなたはさぞ楽しかったでしょうね。私が想いも告げられずに静馬の横でただじっとしてるのを静馬の隣で眺めていたのだから。私が、私がどんな気持ちで静馬の傍にいたかなんてあなたにはわからないでしょうね。静馬と付き合っていたあなたには」

 

 必死で責める私の声などまるでそよ風だと言わんばかりに、千華留さんは澄ました顔で受け流し、ただ一言。

 

「━━臆病者━━」

 

 私の声のトーンに対して、それはあまりにも低く冷たいものだった。予想外の反応に私は戸惑いを隠せない。千華留さんを責める勢いは寸断されていた。

 

「なんなんです、それ?私より先に静馬に出会って、先に好きになったんですから言えばよかったじゃないですか?ただ一言、好きと。その努力をしなかった癖に私にあたるのはやめていただけませんか。みっともないですよ六条様ともあろう御方が」

 

 正論だった。いや、自分でだって気付いていた。私にほんの少しの勇気があればそんな選択もあったんじゃないかと。ただただ静馬が色んな彼女を作っていくのを眺めるだけじゃない世界もあったのではないかと。でも認めるわけにはいかなかった。どれだけ正論であったとしても、気持ちとして。

 

 歯をギリギリと食いしばりながら、千華留さんを睨みつける。こんなことしたってどうにもならないけど、何もしないのも癪に障った。

 

「今度は睨みつけてだんまりですか。ミアトルの生徒会長さんも堕ちたものですね」

「ミ、ミアトルの役職と私は関係ないでしょう」

「あぁそうですよね。ミアトルのために、だなんて繰り返してた口癖も嘘っぱちでしたものね」

 

 そう言って千華留さんは失笑するような仕草をして見せる。演技なのか本当なのか、私にはもう判別がつかない。

 

「なっ!?くぅっ!」

 

 言い返したくても言い返せない。その悔しさに私は爪が食い込むほどの力で拳を握りこむ。

 

 思い返せばミアトルのためにという言葉を私は何度口にしただろう。生徒会のメンバーに向けて、一般の生徒に向けて、他校の生徒に向けて。時には自分自身に言い聞かせるように。頑張ってこれたのはこの言葉のおかげだった。私を支えてくれた魔法の言葉。

 

 けど本当は…。私が頑張っていたのはミアトルのためではなく静馬のためで。静馬へ秘めた想いをこの言葉にすり替えて…口にしていたのだ。臆病で直接言えないからせめてもの慰めに、言葉を偽って。

 

 そのことを千華留さんは知っている。私の口から直接聞いたのだから。私が言ってしまったのだから。魔法の言葉は魔力を失い、これから先私を助けてくれることはないだろう。自分の立っていた足場が音を立てて崩壊していくようなそんな錯覚に襲われる。

何か言い返したい。少しでもいいから反撃したい。なのに…。

 

「あら?もうこんな時間。楽しいお遊びでしたけどそろそろ失礼させていただくわ。フフフッ、帰りに静馬のとこにでも寄っていこうかしら。まだ温室に居るといいんだけど」

「えっ…?」

 

 それを聞いた瞬間、顔がサァッと青ざめていくのが自分でもわかった。今、なんて?静馬のところに?なんで?何のために?そんなの決まってる。私のことを…言うつもりだ。

 

「ま、待って。待ちなさい!」

 

 後のことなど考えずとにかく必死で呼び止めた。そうしなければ全てが終わってしまう。

 

「まだ何か御用でも?」

 

 止まってくれたはいいものの、頭の中はパニックで考えが全然まとまらない。どうする?高圧的に出る?でも弱みを握られているのは私の方で千華留さんを脅せる材料なんて一つもない。なら下手に出る?頭を下げれば考えてくれるかもしれない。

 

 悔しいけれど反撃何てもってのほかで、私に切れるカードなんてそれくらいしか残っていなかった。

 

「千華留さん、待って頂戴。お願い、今日のこと静馬には…言わないで。お願い。お願いします」

 

 そう言いながら私は深々と頭を下げた。千華留さんの恩情に縋りつくしかない。たとえ普段の頭が冴えてる時だって他の選択肢はなかったに違いない。それくらい絶体絶命の状況だった。

 

「六条様のお願いを聞く理由が、私には見当たらないのですが」

「そんなことわかってる。だからこうして頭を下げているのよ。こうするしか…ないから」

「はぁっ…。情に訴えるおつもりですか?いつもの六条様ならせめて交渉材料の1つくらいは用意していたと思いますよ」

 

 こうなってしまうとあとはもう、あれしかない。出来ることと言ったらあれくらいしか…。

 

「な、何でも…言うことを…聞くわ。それで、どうかしら?」

 

 震える声でそう言った。言ってしまった。いや、言わされてしまった。もう後には引けない。何を言われても従うしかない。

 

「へぇ?じゃあ服を1枚ずつ脱いでくださいと言ったら、そうなさるんですか?」

「っ…。千華留さんらしくない発想ね」

「するんです?しないです?」

 

 そう言われて私は再び奥歯を噛み締めた。こんな破廉恥なことを言ってくるなんて…。女の子同士といってもお互いそういうタイプである以上、意識しないわけがない。そういう目で見られるなら、当然羞恥心が込み上げてくる。目の端に浮かんだ涙で視界がぼやけてきた。こんなことって…。

 

「それが、お望みなら」

「フフフッ。なりふり構わないのね。そんなに静馬に知られたら困るの?」

「静馬に嫌われたら私はこの丘にはいられないわ。静馬は私の全てなのよ」

 

 千華留さんには知られているのだから隠す必要なんてない。静馬は私の全て。それは紛れもない事実だ。静馬の傍にいられないなら、この丘にいたって何の意味もない。ましてや、嫌われることにでもなったら…。

 

「それ、静馬に直接言ってはいかがですか?きっと喜ぶと思いますよ。だって今のセリフ、愛の告白同然ですもの。そうだわ、これって良いアイデアじゃないかしら?そうすれば私の言うことなんて聞かなくて済みますよ、六条様」

「からかわないで!出来ないからこのザマなんでしょう。今こうしてあなたに縋りついて………。千華留さん。聞いているの、千華留さん?」

 

 そう言いかけた私の前で千華留さんはブツブツと呟き始めた。時折首を傾げたりしながら歩き回る。一体どうしたのかしら?名前を呼んでも反応しないし。でもこれだけは分かるわ。きっと私にとって良からぬことを考えている。私が何もできずに立ち尽くしていると千華留さんは突然ポンッと手を叩いて振り返った。

 

「フフフッ。とても面白いことを思いついてしまいました。服を脱いでいただくよりもずっと楽しいことを。きっと六条様にも喜んでいただけますわ」

 

 絶対に嘘だ。きっと私を苦しめるためのアイデアに違いない。身構える私の前で千華留さんはにこやかに言い放った。

 

「━━静馬に告白なさってください━━」

 

 えっ…?今、なんて?

 

「静馬に告白することが、私が静馬に内緒にすることの条件です。どうです?面白いと思いませんか?」

「ふざけないで頂戴。そんな要求飲めるわけ」

 

 私は静馬に内緒にして欲しくて何でもすると言ったのに、その条件が自ら静馬に伝えることとは。一体この条件は何なのだろうか?私からすればどちらを選んでも、静馬に私の想いが伝わることになる。これでは何の意味もなくなってしまう。千華留さんは何を考えているのだろう。

 

「それでしたら今すぐにでも静馬のところに行くだけですわ」

「ま、待って。土下座しろと言うなら土下座するし。靴を舐めろと言われれば舐めるわ。だから…他のことに」

 

 千華留さんの狙いがわからないまま、とにかく翻意させようとする。しかし…。

 

「私、意地悪で憎たらしい女ですから。きっと静馬に伝える際にはあることないこと脚色がついているでしょうね」

「まさか…あなた」

 

 ある考えが私の頭の中をよぎった。それはとても信じがたいもの。

 

「もし私の口から話したら六条様は静馬にとても嫌われてしまうかもしれません。それこそ卒業まで二度と口をきいてもらえないかも。お可哀想な六条様」

「私の退路を断つために…」

 

 千華留さんの行為が私への嫌がらせではなく、私のためという考え。私のためは言いすぎかもしれないけど、少なくともマイナスの感情ではなく。

 

「それが嫌ならご自分の口でおっしゃってください。静馬に愛していると。少なくとも私の口から伝わるよりかはマシかもしれませんよ」

「私自身が人質というわけね」

 

 もしそうだとしたら、私はなんと滑稽なのだろうか。いや、千華留さんからすれば上手く踊ったと言うべきか。

 

「理解が早くて助かりますわ。流石六条様」

「あなたには敵わないわ。天下の源千華留さん」

「どうです?嫌われるにしても、その方がご納得できるのでは?」

 

 ようやくわかった。千華留さんの目的が。最初から私に想いを伝えさせることが狙いだったんだと。それで千華留さんに何の得があるのかは私にはわからない。面白い見世物として見物したいのか、単なるおせっかい焼きなのか。それとももっと別の何かがあるのか。

 

 一つ言えることは私は千華留さんの掌の上で転がされていたということだけ。

 

(玉青さんの時とは逆ね…。何一つ覆せないなんて。でも…これだけ見事に嵌められたら、素直にお手上げするしかないわね)

 

「卑怯よ、こんなやり方。悪魔的な発想だわ」

 

 そう口に出しつつも私の中の千華留さんへの敵意は、すでに霧のようにどこかへと消えていた。千華留さんもそれを感じ取ったのだろう。威圧的なオーラが消えているのが私にも分かった。

 

「私は別にどちらでもかまいません。選ぶのは六条様ですもの。ちなみに私は、ご自分の口で言う方をおすすめしますけど」

「臆病者の私に、告白する理由を作ってくれたってわけね。これでもう私はフラれたらだの、嫌われたらだのと言い訳することも出来やしない」

 

 私の反応に満足したのか千華留さんは大きく頷いた。そして大袈裟に両手を広げポーズを決める。目には見えないスポットライトを一身に浴びながら。

 

「━━さあご決断を!━━」

 

 私もそれに応えなければならない。大女優の素晴らしい演技に。

 

「告白するわ、静馬に!自分の口で想いを伝える。私の気持ちは私のものだもの」

 

 舞台の幕が下りる。拍手はもちろん鳴り響かない。けれどまだ、舞台の上には私と千華留さんがいる。ここから先はさしずめカーテンコールだろうか。

 

「素敵ですよ六条様。惚れてしまいそうなほどに」

「笑えない社交辞令ね」

「あら、ダメですか?案外私と六条様なら良いカップルになるかもしれませんよ」

「私が好きなのは静馬だけだもの。今は静馬しか見えないわ。フラれたら考えてもいいけれど」

「それがいいですわ。では今度こそ本当に失礼させていただきます。健闘をお祈りしています六条様。ごきげんよう」

 

 最後に何か一つ、千華留さんの予想を裏切りたい。といってもこれも彼女の掌の上の出来事かもしれないが。立ち去ろうとする彼女の背中に声を掛ける。

 

「待って」

「?」

 

 呼び止められるとは思っていなかったのか千華留さんははてなマークを浮かべた。

 

「下の名前で呼んで頂戴。流石に呼び捨ては困るけど。遊びのお礼よ」

 

 私の言葉に千華留さんの顔がパァッと輝いた。その顔は女優ではなく、一人の少女の顔で。

 

「ごきげんよう。千華留さん」

「ええ、ごきげんよう。深雪さん」

 

 私が言い終わると共に、千華留さんの姿は扉の向こうへ消えていった。最後は可憐な少女の姿で。舞台にはもう私しかいない。

 

「紅茶、片付けなくてはいけないわね」

 

 

 

(さてと、私の役目はこれでおしまい。後は自分で歩いて下さいね、ろくじょ…。ううん、み・ゆ・きさん♪フフフッ深雪さんかぁ。なんだかとても良い響きだわ。嫌われることを覚悟していたけど、そうならなくて本当によかった。そうそう、次の役はやっぱり悪女じゃなくてお姫様にしようかしら?私もか弱い女の子だもの、な~んてね)

 

 一人の少女が廊下を歩いていく。颯爽と、かつ可憐に。蝶を模した2つのリボンを揺らしながら。少女の道のりは始まったばかり。けど、たしかに今日踏み出した。最初の一歩を。

 

 

 




※改行だけ入れました。





 いかがでしたでしょうか?今回は千華留ちゃんと深雪さんのこってり濃厚回でした。
静馬に化けた千華留ちゃんですが、深雪さんが誤認している際には『静馬』と『』をつけて表記をしてみました。
区別をつけることでより誤認してる感が出ていたら良いのですが…。どうでしょうか?
ごちゃっとして読みづらいと感じた方がいらっしゃったら申し訳ありません。


 <その女、悪女につき>こちらなぜカルメンかというとアニメ版のとある回で千華留ちゃんがカルメンを演じたということからカルメンにしました。深い意味はありません。
アニメ見てないとなぜカルメン?ってなったと思います。劇中劇なんですがこのカルメンを演じてるシーンの千華留ちゃんがとても素敵でした。
なかなかセクシーな衣装を着こなし、目つきもキリッとしていてそれまでの劇中のイメージとはガラッと異なっていたことから驚いた方も多かったのでは?
少女の可憐さと悪女の顔、その二面性に加えてミステリアスで掴みどころのない性格と属性もりもりですね。



 続いて<臆病者と『静馬』の仮面>深雪さんにスポットを当てた話になっております。
私のアニメ版ストパニの好きなキャラトップ3が玉青ちゃん、夜々ちゃん、そして深雪さんです。最近千華留ちゃんの追い上げが凄いですが…。
それはさておき深雪さんは廊下の少女の回でのギャップであったりとか静馬様にキスされて平手打ちしたり。
さらにはエトワールの証のところ等々で予想以上にスタイルが良くて、え?これ静馬様よりあるんじゃないの?ってなったりとか結構目立っていたキャラだと思います。
アニメ自体がミアトル配分多めだったのでそもそも登場回数も多かったですしね。
なので結構ファンも多いじゃないかと予想してるんですがどうでしょうか?
私の脳内では静馬よりグラマーという認識ですね。一見お堅い生徒会長が実は…みたいな。
まぁ深雪さんの場合は制服着てても大きいですけど。


 そういえばふ〇ば掲示板の百合スレでストパニの名前が挙がっていたのをこの前見かけました。自分以外にもこの作品好きって人がいると安心します。
ストパニと同じく公野櫻子さんが携わったシスタープリンセスは可憐ちゃんとかで盛り上がってますし、何か来ないだろうか…。
そんなわけで次章も見ていただけたら嬉しいです。それでは~。
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