スピカ3年生の南都 夜々(なんと やや)と此花 光莉(このはな ひかり)は特別な関係にあった。それは誰にも知られてはいけない秘密の関係で…。
ごく普通のルームメイトだった二人の関係は1年前のある日を境に大きく変化することになってしまう。夜々の光莉に対する感情は友情という言葉ではとても説明できなくて、少しずつ夜々を蝕んでいく。単なる好きで済めばよかったのに…。思い悩む夜々の背後に破滅の足音が忍び寄る。
二人の過去がメインとなる第6章では3話全てが夜々ちゃん視点!夜々ちゃん特盛でお送りいたします!
■目次
<お目覚めにキスはいかが?>…南都夜々視点
<予兆>…南都夜々視点
<オワリノハジマリ>…南都夜々視点
第6章「足音はもう聞こえない」
<お目覚めにキスはいかが?>…南都夜々視点
自分が女の子にしか興味がないと気付いたのは小学校高学年の時だった。
友達としての話ではなく 恋愛対象としての話だ。
クラスのみんなが有名な俳優とかアイドルの話に夢中になっている横で、私は一人、とある女の子の横顔をじっと見つめていた。
特別に目立つというわけではないけれど可愛らしい顔立ちをしたその子に、私は夢中で。
偶然にもその子と仲良くなることが出来て何度か遊んだりはしたけれど、結局想いを伝えることは叶わないままその子は親の転勤によってアストラエアの丘を去っていった。
あの子の名前はなんていったっけ?
思い出そうとしても霧がかかったみたいに記憶がぼやけている。
でもそれでもいい。
今の私にはあなたがいるのだから。
「光莉~。ねぇ光莉ってば。もう朝だよー!」
起床時間が過ぎたというのに一向に布団の中から出てくる気配はなく、私の声にピクリとも反応しない。身体が弱いというわけでもないのに、どうしてこんなに朝が弱いんだろうか?ほぼ毎朝この有様である。つまりこのお寝坊さんを起こすのは私の日課と言うわけだ。
さて、今日はどんな手段で眠り姫を目覚めさせようか?ビックリさせるイタズラ系がいいか、それともオーソドックスにいこうか。しかしここのところどれもマンネリ化していて少々面白みに欠ける。もっとドキドキするようなやつがいいんだけど…。
(あるにはあるんだけど…。これやると怒るかな?でも案外気に入るかもしれないし。定番になったりして)
よし、決めた。今日は絶対にコレ。王子様のキスに決定!
早速光莉を起こさないように気を付けながらベッドに上がり、その身体を跨ぐようにして四つん這いになる。さっきまでは起こそうとしていたのに今度は真逆のことをしているんだからなんとも滑稽な話だが、私は私で結構必死だったりして…。ベッドの上って意外と動きにくい。今は光莉の身体を踏んでしまわないようにしているからなおさらだ。
慎重に手足を動かしながら位置を調整っと。よし、これで準備OK。傍から見ればこれから夜這いでもするんじゃないか?って思っちゃうような体勢に既に胸が高鳴りっぱなしだ。
(思ってた以上にドキドキして、これ結構ヤバいかも…。何回もやってたら癖になりそう)
顔に掛かっていた髪をそっと指で払いのけ、光莉の寝顔を観察する。このスピカでも間違いなく美少女に分類されるであろう整った顔立ち。普段開いている時はクリッとした可愛らしい目も、今は伏せられた睫毛(まつげ)によってその様子を窺い知ることはできないが、これはこれでとても魅力的な光景だ。
それにしても…。
(起きないなぁ光莉。私だからいいけど、他の子にもこんなに無防備だとマズいんじゃないかな。可愛いからいつか襲われちゃうよ?)
こう無防備だとイタズラしたい気持ちがムクムクと膨れ上がってきて、柔らかそうな頬っぺたをムニッと摘まみたくなる衝動に駆られてしまう。おっと、いけないいけない。面白そうではあるけど今日は我慢、我慢。お姫様を待たせちゃ悪いしそろそろ起こしてあげないと。
色素が薄い真っ白な肌に似たのかほんのりと桜色をした唇に狙いを定め、私は光莉に覆いかぶさった。そしてガラス細工にも似た儚げで今にも壊れてしまいそうなお姫様に目覚めのキスを…。あくまで優しく、壊れてしまわないように…。
重ねた唇から光莉の体温が伝わってくる。そんな少し長めの口づけ。お姫様は気に入ってくれたかしら?
「んっ 夜々…ちゃん?」
「おはよう、光莉」
返事はしたもののまだ意識の半分くらいは夢の中らしく、光莉はとろん、とした目で私を見つめ返してきた。
「光莉は本当にお寝坊さんだね。なんならもう一度キスしてあげようか?」
「えっ?あっ、あーーー!」
ようやく意識がはっきりとしたのか光莉は自分の唇に触れながら慌てて抗議の声を上げる。
「もうっ!夜々ちゃんてば。こんな起こし方して~。普通に起こしてくれればいいのに」
ちょっと拗ねたような口調だけど嫌ではなかったらしい。私は未だ覆いかぶさったままの姿勢で光莉を嗜めておく。
「そのセリフはすぐに起きない自分に向かって言いなさい。ほら、ぐずぐずしてたら朝食に遅れちゃうよ」
クスクスと笑いながらは~い、と返事をした光莉と目が合い、少しの間そのまま見つめ合う。頬に手を当てると私の気持ちに気付いたのか光莉はいいよ、と小さく呟き再び目を瞑った。言葉を交わさなくても視線だけで会話できるなんて、1年前の私に言っても信じないだろうな。
そんなことを考えながらもう一度顔を近付け口づけを交わす。さっきよりも少しだけ深く…。
「愛してるよ光莉」
「うん。私もだよ、夜々ちゃん」
光莉と愛を囁きながら、私はふと光莉と出会った頃を思い返していた。
<予兆>…南都夜々視点
光莉と出会ったのは去年の春。2年生に上がったもののまだ始業式を迎える前のとある
休みの日のことだった。
「えっ?ルームメイトですか?」
突然スピカ生徒会に呼び出された私は、そこでルームメイトが来ることを知らされたのだ。
(まいったなぁ。一人の方が気楽でいいのに…)
その思いに嘘はない。自由気ままな一人部屋暮らしが気に入っていたのは事実だし、なにより私の特別な事情もあってその方が都合が良いのは間違いなかった。同性の女の子を恋愛対象として見ている私としてはそれがバレるのを避けたいわけで…。一緒の部屋で暮らしているとひょんなことからそういったことに気付かれてしまう可能性がある以上、ルームメイトはご勘弁願いたいと思うのは当然のことである。
もちろん私は断固拒否すべく抵抗してはみたものの、努力も虚しくすぐにこちらが折れることになった。
(まぁ、一人の方が気楽だからってのは理由として弱いわよね。仕方ないかぁ)
内心面倒だな、という気持ちを引きずりながら部屋に戻ると既に荷物が運び込まれていて、今までガランとしていた風景が一変しているではないか。
(あちゃ~。こういうの見ると急に現実味が増すな~。とりあえず大人しい子だといいんだけど)
そんなことを考えつつ部屋の中で突っ立っていると、あの~、と後ろの方から声が。随分控えめな呼びかけだなと思いながら振り返るとそこには息を呑むような美少女がお行儀よくちょこんと立っていた。
「南都夜々さんですか?私、此花光莉といいます。これからよろしくお願いします」
まさかこんな美少女が来るなんて…。最初から教えてくれていればよかったのに。礼儀正しくお辞儀しながら挨拶してきた少女を見て私の中のルームメイト不要論が音を立てて崩れ去っていく。
見るからに華奢な身体つきに整った、それでいて可愛らしい顔立ち。おっとりした喋り方からは穏やかな性格が垣間見える。率直に言って、光莉は私好みの女の子だった。光莉に見惚れて呆然とする私の顔を不思議そうに見つめる表情がこれまた可愛らしくて、なおさら言葉に詰まってしまう。
「な、南都夜々です。よろしく」
我ながらひどい出来栄えの挨拶だ。もし点数を付けるなら確実に赤点まっしぐらだろう。それくらいこの時の私は舞い上がっていた。
(これからこんな可愛い子と生活するんだ。なんかドキドキしちゃうな)
こうして新しく始まった生活は何もかもが順調!というわけでもなく…。
「光莉さ~ん、どこ行ったのー?光莉さ~ん?」
「あ、夜々さん。よかったぁ。迷子になっちゃって」
おっとりした印象はそのままにどこか少し天然で抜けたところのある光莉の世話は意外と大変だった。ただし、大変と言っても全然嫌じゃなく、むしろ楽しいくらいだ。それどころか私は私で編入生のお世話というクラス共通の話題の中心になったことで友人が増えたりと、ちゃっかり恩恵を授かっていたり…
おかげさまで同性が好きという後ろめたさから今まで周囲と距離を置いていたことを後悔するくらい毎日が賑やかで楽しくなった。光莉もちゃんとクラスに馴染めたみたいで滑り出しとしては悪くない。私と光莉は次第にセットで扱われることが増え、気付けばお互いの呼び方も今と同じものになっていた。
「ねぇ夜々ちゃん。もしよかったら今日はパンにしてお外で食べない?今日は天気良いから絶対に気持ちいいよ」
「光莉がそうしたいならそうしようか」
「ほんと?ありがとう夜々ちゃん」
いつしか私は光莉に好意を抱くようになっていた。友達としてのそれではなく、恋愛対象としての…。思えば出会った時からの運命だったのかもしれない。だって容姿も性格も私好みな光莉を、私が好きにならないなんてことは有り得ないのだから。
自分の気持ちに気付いてからも私は光莉と今まで通りに友人として、ルームメイトとしての関係を過ごしていた。恋人にはなれなくても光莉の傍にいられればそれでいい。それ以上のことなんて望んだら罰当たりだ。その時の私は本気でそう思っていた。
でもそれは私の勘違いで。自分の本性を分かった気になっていただけだということを、私は思い知らされることになる…。全ては決まっていたんだ。自分が女の子に恋をしたあの日から。このまま単なる好きで終わっていればどんなによかったことか…。これはきっと呪い。神様が私に与えた戒めに違いないのだ。
破滅の足音の第一歩が私の後ろで静かに、けれど確実に…刻まれた。
「光莉~。早くお風呂入っちゃって~」
「は~い」
光莉ってば結構お風呂長いからな~。早くしてくれないと自由時間がなくなっちゃう。お風呂の順番待ちとなった私は自分のベッドで雑誌を広げながら寝転んでいた。見ているのは女の子向けのファッション雑誌。この前の休みに外出して買い込んできた物の一つである。私服を買う際の参考にもなるし、なにより可愛い女の子がたくさん載っているから私のような人間にはもってこいのアイテムだったりする。
時折足をパタパタさせながらページをめくっていくと丁度私たちくらいの年齢をターゲットにしたコーナーに目が留まった。ふ~ん。なるほどね~。外出した時にいつも思うことだが、この丘はお嬢様が多いせいか世間一般の流行とはだいぶかけ離れてしまっている。光莉の私服なんて見るからに育ちの良いお嬢様といったものばかりだが、不思議とこの丘の中だと普通に見えてしまうのだ。もし機会があれば服を選んであげたいんだけどなぁ。
(あ、これなんか光莉に似合いそう)
そう思ったのはページの真ん中で大きく取り上げられたコーディネイトのもので、モデルの少女が笑顔でそれを着こなしている。
(ん~。この子も可愛いけど光莉の方がずっと良いかな~。写真大きいから人気モデルなんだろうけど…)
洋服を見ていたはずがいつの間にか女の子しか見ていない。いや~比較するのが楽しくてつい、ね?嬉しいことに光莉はそこら辺のモデルなんて目じゃないくらい可愛いから片っ端から見比べていっても安心出来る。何に安心するのかって?それはもちろん光莉が一番可愛いという事実についてだ。いや、まぁそれだけのために雑誌を買っているわけではないんだけど…。
そんな風に雑誌を読み漁っていると何やらお風呂場の方から声が聞こえてきた。
「夜々ちゃ~ん。ねぇ、聞こえるー?」
あれ?呼んでるのかな。どうしたんだろうと思っているともう一度私を呼ぶ声が。
「夜々ちゃ~ん。お願いがあるんだけどー。今いいかなー?」
今行くー、と返事をしてベッドから飛び起きお風呂場へと向かう。困っているといってもそれほど深刻ではなさそうだ。
扉越しにどうしたのか尋ねるとシャンプーが切れたから新しいのを渡して欲しいらしい。。な~んだそんなことか。私だったら足だけ軽く拭いて取りに出ちゃうけどなぁ。まぁ光莉らしいか。そういえばたしかにそろそろ無くなりそうだったな、なんて思いながら洗面所の棚を開けて替えのシャンプーを探す。たしか買ったばかりだから手前の方にあるはずだ。
幸いお目当ての物はすぐに見つかったので光莉に声を掛ける。
「光莉ー。あったよー。今渡すからー」
「ほんとー?夜々ちゃんありがとー」
扉越しにお互いやや大声で言葉を交わす。私は扉を少し開けてその隙間から渡すつもりだったのだが、すぐに必要だったらしく光莉が中から扉を開けて出迎えてくれた。
「っ!?光莉っ?タオル忘れてるわよ」
湯気と共に現れた光莉に私は目を奪われた。てっきりタオルくらい巻いていると思ったのに、光莉は一糸纏わぬ姿で立っていたのだ。
「えっ?だって女の子同士だよ」
私の指摘にキョトンとした顔を浮かべた光莉は相変わらずタオルも巻かずにそのままでいる。私はその光景を呆然としながら見つめていた。
(光莉…凄く奇麗)
濡れた髪は艶やかに煌めき、透き通るような白い肌はお風呂で血行が良くなったのかうっすらと赤みを帯びていて妙に色気がある。同級生の中でも育ちが良いとは言えない薄い胸。折れてしまいそうな細い腰からスラリと伸びたしなやかな足。ピンと張った肌が水を弾いて身じろぎする度に水滴が足元へと落ちていく。
「夜々ちゃん?どうかしたの…?」
光莉の裸に見とれていた私は、その声に慌てて目を逸らした。心臓がバクバクする。顔が赤いのは温かい湯気のせいだけじゃない。私、変だ。上手くは言えないけど何かがおかしい。これ以上光莉のことを見ちゃいけない気がする。
「もう、夜々ちゃんてばじっと見つめてきたと思ったら急にそっぽ向いちゃって。変な夜々ちゃん」
そう言ってクスクス笑う光莉が眩しくて見られない。
「あーっ!もしかして私の身体が子供っぽいってバカにしてたりして~」
「そ、そんなことないよ。光莉の身体、すっごく綺麗だよ」
何を言っているんだろう私は。こんな褒め方絶対に変だ。おかしいのに…。
「えっ?あっ、ありが…とう。でもスタイル良い夜々ちゃんに言われてもなんだか説得力ないよ~。夜々ちゃん胸も凄く大きいし。私なんてぺったんこだもん」
光莉の言葉に誘導されるように私の視線も自然とそこへと吸い寄せられる。再び視界に入ったそれはさっきまでとは比べものにならないほど淫靡に見えた。
「言ったそばからそんなにジロジロ見て。夜々ちゃんのえっち~」
「あっ、あの。ごめんっ!私そんなつもりじゃ…」
普段の私なら光莉の冗談だって分かっただろうけど、この時の私は気が動転していてそんなことさえも理解できない。だから必死で頭を下げて謝ってしまった。それを見た光莉がびっくりするくらいに。
「や、夜々ちゃん?冗談…だよ?怒ったように聞こえちゃったかな。私、怒ってないから頭を上げてよ」
光莉にそう言われて私はようやく自分の間違いに気付き、慌てて取り繕った。私は一体何をしているんだろうか。
「ご、ごめんね光莉。湯冷めしちゃうといけないからもう渡すね。はいコレ、替えのシャンプー」
強引に光莉の手に渡すと私は急いで背を向けた。
「う、うん。ありがと。って夜々ちゃん?どうしたの?や、夜々…ちゃん?ねぇどうしたの?夜々ちゃ~ん」
後ろで私を呼ぶ声がしたけど、私は構わず部屋へと戻りそのままベッドにダイブした。ドキドキとまだ心臓が鳴り響いている。目を瞑ると光莉の肢体が浮かび上がり、私は再びゴクリと唾を飲み込んだ。
(光莉の身体。凄く魅力的だったな…)
触ってみたい。純粋にそう思った。手足や服の上からなら今までも触ったことがあるけど、そんなものなしで、直接触れてみたい。あれ?私ってこんなこと考えたことあったっけ?記憶にない、新たに芽生えた感情に私は戸惑いを隠せなかった。ウソ…だよね?
(私…もしかして光莉の身体を見て興奮してる?)
って何考えてるんだろう私ってば。女の子同士でそんなわけないよね~。光莉のことは可愛いし好きだけどさ。触りたいっていうのだって綺麗だったからそう思っただけで別に変な意味じゃないし。美術品とかそういうものに対するやつと同じものだ。
私が女の子が好きなのは事実だし、光莉のことを好きなのも事実。
でも私の好きはプラトニックなものだもの。したいと思ってもせいぜいキスくらいだし。あ~あ、光莉と恋人になりたいな~。光莉は女の子に興味ないのかな?もしそうだったら嬉しいんだけど…。やっぱり無理かな。光莉はそうは見えないし。うん、もうやめておこう。傍にいられればそれでよしっ!それでいいじゃない。
私は目を背けていた。大切なサインから。この時ならまだ間に合ったかもしれないのに…。ちゃんと向き合っていたらあんなことには…。自分が女の子を好きだって自覚してる?なんてバカげた思い上がりなんだろう。私は何も分かっていなかった。何一つ。
後ろに迫る足音が、コツン、コツンと私の耳に届き始めていた。
<オワリノハジマリ>…南都夜々視点
翌朝の着替えの時間。光莉の立てたシュルッという衣擦れの音がやたら大きく聞こえてきた。こんなに着替えの音って大きかったっけ?と思うほどに。
試しに目を瞑って聞き耳を立てつつ、光莉が今どんな状態かを想像してみる。注意深く聞いていると、今のはパジャマの上を脱いだ音だな、とか。続いて聞こえてきた衣服が床に落ちるトサッという音はパジャマの下を脱いだ音だな、とか。そういったことが手に取るように分かってなかなか面白い。
(あ、じゃあ光莉のやつ今は下着姿だ。きっと子供っぽいの着けてるんだろうな~)
なぜか興味が湧いてきて無性に見たいという衝動が襲い掛かってくる。光莉の下着姿なんて別に大したものじゃないのに。
(まぁ、いいか。普通に見れば。普段だって結構見てるし)
「光莉~。着替えおわ━━━」
そう言いながら振り返って、言葉を失った。っ…。思わずゴクリと喉を鳴らす。それは扇情的としか言いようのない光景で…。下着姿の光莉がそこにはいた。別にセクシーなランジェリーを身に着けているわけではない。それどころか購買で売ってる何の変哲もない純白の下着のはずなのに、どういうわけか視線が離せなかった。
光莉が動くたびに私の視線もそれを追いかけて動いていく。ついこの間まではただの布に過ぎなかったはずのものに、私は夢中だった。ずっと見ていたい。そんなことを思うのはおかしいんだろうか?
「夜々ちゃん?」
「えっ?」
「夜々ちゃんさっきから私の方ばっか見てるから。どうしたのかなって」
「な、何でもないよ。光莉ってば相変わらず子供っぽいな~って思ってただけ」
「もぉ~夜々ちゃんひどいよ。気にしてるのに~」
「だったらもっとセクシーなの着けなきゃ。今度選んであげようか?」
「またそうやって意地悪言うんだから。どうせ私のサイズに合うやつなんて子供っぽいのだけだもん」
光莉のことをからかって誤魔化しながら、私は自分の異変に動揺していた。やっぱり私どこかおかしい。昨日光莉の裸を見てから、なんか変だよ。
(私、やっぱり興奮してる)
「こらー!光莉さ~ん。待ちなさ~い」
「夜々ちゃ~ん、助けて~」」
友人に追いかけまわされた光莉がおふざけで私に抱き着いてくる。これだけ見ればクラスで友人とふざけあう、なんてことないお昼休みの光景だ。
「光莉。大人しく捕まんなさいよ」
「ええ~?夜々ちゃんは助けてくれないの?」
その日は本当に急に抱き着いてきたものだから偶然手がお尻に触れてしまって内心ドキドキしていた。
(華奢だと思ってたのに、ちゃんと…指が沈み込むんだ)
肉付きが良くないとバカにしていたけれど、その予想外の触り心地は私を驚かせるには充分過ぎるほどだ。光莉は変に思わなかったかな?と気になって観察してたけど特に変わった様子はない。やっぱりおかしいのは私なのかな。おふざけ中に偶然手が触れただけでこんな風になるなんて…。
友人から守るように光莉を優しく抱き締めていると光莉から良い匂いがしてくる。匂いと言ってもシャンプーの匂いのような、そんなどこかで売ってるような無個性な匂いじゃない。身体を密着させたときにだけふわっと漂ってくる甘~いミルクのような光莉そのものの匂いだ。抱き着いてきたのを幸いとばかりに光莉の匂いを堪能しておく。これも役得というやつだろうか。あまり長く抱き締めてると変な風に思われるから渋々ある程度で離すけど、本当はいつまでだって…。
(こんなおふざけじゃなくて二人きりで抱き合えたらな…)
これくらいは普通だよね?だって私は光莉のこと好きなんだし。ただのスキンシップだから…。それ以上のことなんて望んで…ないし。
「ねぇ夜々ちゃん。お互いのパフェちょっと交換しない?」
「いいよ。光莉のも美味しそうだなって思ってたから丁度良かった」
スピカのカフェで出してる期間限定スイーツ。一人で2個食べるのは勇気がいるけど二人でシェアしあえば両方の味も楽しめるしお財布にも優しい。
「はい、夜々ちゃん。あ~ん」
「えっ?ちょっと光莉?は、恥ずかしいよ。それにスプーンだって」
「早くしないと零れちゃうよ、ほら」
差し出してきたスプーンはさっきまで光莉が使っていたもので、つまり間接キスということになる。一度意識してしまうともう止まらなくて、よく今までは気にせずにこんなこと出来ていたなって思ってしまう。光莉は全然気にならないんだろうか?
恐る恐るパクッとスプーンに食い付きパフェを口に含む。アイスとかイチゴとか色んな味がするけど、正直よくわからない。パフェを飲み込んで光莉の方を見るとクスクスと笑っていた。
「な、何か変だった?」
「だって夜々ちゃんてば食べる時に目瞑ってるんだもん。スプーンを前にしてこんな感じで」
余程面白かったのかまだ笑ってる。目を瞑ってたなんて全然気付かなかった。どうも間接キスに気を取られて意識し過ぎてたみたい。
「じゃあ次は夜々ちゃんの頂戴」
新しいスプーンを取りに行こうか一瞬迷ったけど、もう光莉のスプーンで間接キスしてしまっているし…いいかな?なるべく色んな味が楽しめるようにと複数の層をスプーンに乗せてあげる。
「ひ、光莉。はい、あ~ん」
「あ~ん。……。あー!こっちもおいし~」
幸せそうな顔をする光莉に会話を合わせつつ光莉が口を付けたスプーンを見つめる。照明が反射してキラリと輝いたそれを私は口に含んだ。別にそういうつもりじゃない。スプーンに残っていた僅かなクリームを舐めようとしただけだ。
(美味しい…)
そう思ったのはクリームの味か、それとも間接キスの…。
そんな日常を繰り返すうちに、私の中で何かが少しずつ壊れ始めていった。
朝の着替えで偶然見れたらラッキーくらいに思っていた光莉の下着姿を、いつからか明確に見たいと思う自分がいて。着替えの間中チラチラと光莉のことを盗み見ては一喜一憂してみたり。
他の場面でも見たいとか、触りたいという願望が日増しに大きくなっていって私の心は乱れていく。その度に私は自分を誤魔化して、これくらい普通だとか、単に光莉を好きなだけと子供じみた言い訳を繰り返す。
すぐ後ろに迫る破滅の足音が刻々と近付いてきていることに、本当は気付いていたのに…。
光莉のことがどんどん好きになっていく。止められない暴走列車のように、ただひたすらに…。それと比例するように私は自分の欲求を抑えることが出来なくなっていた。光莉の身体を見たいとか、触れてみたいという欲望ばかりが頭の中を行ったり来たり。
そしてある日突然マグマみたいに噴出したそれによって私の身体は乗っ取られてしまった。
(いつもお風呂長いし、まだ出てこないよね?)
気付けば私は光莉の入浴中に洗濯籠を漁っていた。いつ出てくるともわかない恐怖に怯えながら光莉の脱いだ服を物色する。ベッドに戻った私の手には下着が握られていた。まだほんのりとあったかい。体温が残ったそれは間違いなく光莉がさっきまで身に着けていたものだ。
(どうしよう。こんなことしちゃって。いくらなんでも…これは)
自分でも驚くくらい衝動的な行動に軽いパニックに陥る。けれど、下着を握りしめているうちに私はどうしても我慢できなくなって…。
(ちょっとだけ、ちょっと興味があるだけだから。私はおかしくなんかない。すぐに返すから)
誘惑に負けて顔を押し付けてみると信じられないくらい興奮した。布団を被り太もも同士を擦るようにして僅かな刺激を与えただけで電流が走ったみたいになる。一瞬躊躇したものの好奇心に駆られてショーツの上から指でなぞると、身体はピクンと跳ねながら切ない声を漏らした。手で押さえたくらいじゃとても我慢できそうにない。そう思った私は仕方なく被っていた布団の端を噛み締める。唾液で汚れちゃうけど、今はそんなことどうだってよかった。早くしないと光莉がお風呂から出てきちゃう。
コツを掴んだ私は片手で光莉の下着を握りしめながら、もう片方の手を胸や下半身へと這わせていく。光莉の蠱惑的な残り香を吸い込みながら何度も指を往復させるとショーツはじわりと湿り気を帯びて、やがて水音を奏でた。次第にショーツの上からでは物足りなくなり直接弄り始めると、そのあまりの気持ちよさに何度も身体が跳ね回る。波が来ては足をピーンと伸ばし、また波が来てはの繰り返し。
(光莉。光莉)
頭の中で必死に名前を叫ぶ。光莉の匂いだけじゃなく、許されない行為をしているという背徳感が私を余計に昂らせる
そしてついに頭の中がチカチカと点滅し景色が真っ白になると同時に私は身体を大きく震わせた。布団を噛み締めて声を押し殺してもなお、くぐもった声が辺りに響く。そのままベッドにぐったりと横になり肩で息をしながら甘い余韻に身を任せる。本当は一秒でも早く下着を戻しに行くべきなんだけど身体が言うことを聞かなかった。
幸いにもお風呂の方までは聞こえずに済んだみたいだ。その事実にホッとしながら私は気だるい身体を引きずって洗面所へと向かう。中では光莉が鼻歌を歌いながら呑気に髪を洗っていた。よかった、気付かれなくて。
光莉に見つかることなく下着を返し終えた私はふとお風呂の扉の前で立ち止まった。これを開ければ光莉がいる。下着じゃなくて、本物の光莉が…。満たされたはずだったのに、もう次を求めてしまう。その貪欲さに内心驚きつつも私は扉に手を掛けていた。
でも私は扉を開ける寸前で…気付いてしまったのだ。扉の取っ手を掴んだ右手が穢れていることに。テラテラと光る指先のそれは紛れもなく私が光莉で欲求を満たした証拠で。そう思った途端に急にそれがとても汚らしいものに見え始めた。一刻も早く洗い流したくなってハンドソープのポンプを押して泡を出し、両手に塗りたくって水で洗い流す。綺麗になったはずなのにまだ汚れている気がして、私は取り憑かれたように何度も何度も手を洗った。
ふと顔を上げると鏡に悪魔が映っている。大切な光莉を使って欲望を満たした私とそっくりな顔をした悪魔が。自分の顔を濡れた手でペタリと触ると水滴が付いた。当然のことだ。もう一度鏡を見ると悪魔も同じように水滴が付いていた。なんで?どうして?
悪魔が私で。私が悪魔で。うそだ。うそだうそだうそだ。信じたくなくて、認めたくなくて。私は自分の考えを否定した。これは悪魔が見せた悪夢だ。
「あ、夜々ちゃん」
ガチャリという音ともにタオルを身体に巻いた光莉が現れた。その姿はまるで悪魔を断罪する天使にも似た神々しい姿で…。
「ひ、光莉?」
私はイタズラが見つかった子供のようにその姿に怯えた。
「って夜々ちゃんどうしたの?お顔が真っ青だよ?どこか悪いの?」
「な、何でもないよ。ちょっと顔を洗いに来ただけ。すぐ戻るから」
「でも…」
「ほんとうに大丈夫だから」
逃げるように去りながら私は自分が取り返しのつかないことをしたのだとようやく実感した。
流石に私だって理解し始めていた。聞こえていた足音がもう私のすぐ後ろまで迫っていたことを。もう逃げられはしない。大きく口を開けた奈落の闇が私を飲み込もうと蠢いていた。私の感情が神様の与えた呪いだというのなら、どうかもう許して欲しい。私はもう壊れてしまったのだから。
「ねぇ光莉。起きてる?」
就寝時間が過ぎてから30分ほどして、私は光莉に小声で呼びかけた。返事はなく、代わりにすぅすぅという規則正しい寝息だけが聞こえてくる。もう寝ちゃったのか。なるべく音を立てないように気を付けながらベッドから起き上がり、光莉の傍へと忍び寄る。
(やっぱり可愛いな…光莉は)
そんな風に穏やかに思ったのも束の間、私の視線は呼吸と共に上下する光莉の薄い胸へと吸い寄せられていく。以前であれば寝顔を見るだけで心が満たされたというのに…。今はもうそれだけでは物足りなくなってしまっていた。
光莉の身体を包んでいるのはパジャマと下着だけ。そのパジャマだって前のボタンは身体を守るにはあまりに頼りなさげで、少し力を加えただけで簡単に外れてしまいそうだ。思わず好奇心がくすぐられる。このボタンを外したい。これを外したらお風呂で見たあの光莉の身体が見られるかもしれない。口の中いっぱいに溜まっていた唾液を飲み込むと、思いのほかゴクリと大きな音を立てた。
「光莉。起きないとイタズラしちゃうよ?」
起きて私を止めて欲しいとも思う反面、起きないで欲しいとも思う。ううん、そんなの嘘だ。起きないで欲しいと私は思ってた。だってその証拠に実際に私の口から出たのはとてもか細い声だったのだから。
耳元で囁いた癖に光莉が起きなかったことに歓喜しながら、胸元のボタンにそっと手を伸ばし指を掛ける。ボタンを傾けて穴を通すと、あっけないくらい簡単にボタンは外れてしまった。同じ要領で今度は二つ目を。二つもボタンが外れたパジャマからは光莉の白い肌が顔を覗かせ、私を誘惑する。
そしてあまりにも容易くボタンが外れたせいで今まで何度も夢に見た邪な願望が、私の中で急速に形を持って暴れ始めた。手に入らないと思っていた時は意識せずに済んだのに、いざこうして現実味を帯びてくると、頭の中から追い出すことが出来ない。
私の中の何かはとっくに壊れてしまっている。いや、最初から壊れていたのかも。今となってはどっちだって構わない。今はただ…。光莉を抱き締めたい。光莉とキスしたい。光莉の身体に覆いかぶさりたい。光莉が欲しい。光莉と…一つになりたい。ああ、光莉。ヒカリヒカリヒカリヒカリヒカリ。好き。大好き。愛してる。誰かに奪われる前に光莉を自分だけのものにしたい。無数の光が頭の中で弾けて消えて、そして今度は光莉で満たされていく。
私は欲望を叶えようと三つ目のボタンへと手を伸ばす。しかし、これまで同様簡単に外れると思ったそれは、なぜか私の手を煩わせた。ボタンを穴に通すだけなのに、そんな動作が上手くいかない。焦っているんだろうか?それともこれは…私の中の最後の良心だとでもいうのだろうか?
つい手に力が入ってしまい、光莉の身体に触れてしまった。ピクンッと光莉の身体が反応する。私はそれを息を殺して見守った。大丈夫起きてない。まだ…まだ眠って━━━。
「んっ……。や…や…ちゃん」
驚いた私の身体がビクンと跳ねた。心臓が止まりそうになる。浅い呼吸を繰り返し何度も唾を飲み込みながら両手で口を覆ってジッと耐える。結局声を発したのはそれっきりで少しするとまたすぅすぅという寝息に戻っっていった。
(なんだ、寝言か。びっくりした。まさか私の名前を呼ぶなんて)
どうにかやり過ごした私は当然のように再びボタンへと手を伸ばし…そこで止まった。私は一体、何をしていたんだろう?緊張の糸が切れた途端、自分の今までの行いが頭の中にフラッシュバックしていく。
あれ?あれ?あれ?いくら光莉が寝てたたからって。こんなこと。ボタンを外した後、私は光莉に何をしようとしてた?こんな寝込みを襲うようなこと…。光莉が起きたら一体どうするつもりだったの?光莉が嫌がったら?抵抗したら?そしたらやめてた?私ちゃんとやめられてた?違う。違う違う違う。やめるつもりなんて全然なかった。ただただ光莉と一つになりたかった。考えてなかった、何も。光莉の気持ちなんて何一つ考えてなかった。自分のことだけで頭がいっぱいだった。
あ、ああああ、あああああああああああああああああああああ。
私はどんな顔していたの?どんな?どんな顔を?少しは心苦しそうだった?少しは躊躇っていた?それとも…笑ってた?嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ!こんなのいやぁっ!
知らなかった。自分の好きがこんな意味だったなんて。単に異性に向ける好きが同性に向いているだけだと思っていたのに。仲良くなりたいとか、一緒にいたいとか、手を繋ぎたいとかそんなんじゃ物足りなくて。もっと生々しくてドス黒い何かでいっぱいの愛…。気持ちが悪い。こんなの普通じゃない。普通の女の子が持つ感情じゃない。どうしよう。どうしようどうしようどうしよう。
最低だ、私。私の好きがこんな自分勝手な最低のものだったんだなんて知りたくなかった。好きな子を襲うなんてどうかしてる。どうして?どうして私の好きは普通じゃないの?私は光莉のこと普通に好きになりたかったのに!そこまで考えて、私はふと気付いてしまった。
あは、あはははは、あははははははははは。そっかぁ。そういうことだったんだぁ。私、私は…。
━━普通の女の子じゃなかったんだ━━
光莉を起こさないように気を付けながら部屋を出ていちご舎の中をふらふらと彷徨っていく。壁に手を付きながら足元もおぼつかない様子で。
よかった。ちゃんと気付けて。時間がかかっちゃったけどようやく気付けた。ようやく気付くことが出来たよ。光莉を傷付ける前で本当によかった。まだ、まだ間に合うよね?私まだ、大丈夫だよね?今からでもちゃんと普通の女の子のフリをすれば、光莉と一緒にいられるよね?
「あはははははは。そんなわけ…ないよね」
いつの間にか涙が頬を伝っていて、床に落ちた雫でようやく自分が泣いてることに気付いた。そのまま崩れるように廊下にペタリと座り込んだ私は、しばらく一人で泣いていた。声だけは押し殺して、誰にも聞こえないように。
「光莉とさよならしなきゃ。でないといつか過ちを犯してしまう。だから光莉のために、さよならしなくちゃ…」
呟いた私の声に、返事をするものは誰もいなかった。
後ろから迫っていたはずの足音がいつしか止んでいた。どこへ行ってしまったのだろうか?あれだけ大きな音がしていたのに…。理由は簡単で、少し考えればすぐに分かることだ。足音がしないのは歩く必要がなくなったからだと。
あまりに簡単なクイズの答えに笑う私を破滅がじっと見下ろしていた。
━━足音はもう聞こえない━━
※改稿内容について。改行だけ入れました。
いかがでしたでしょうか?今回はアニメ「ストロベリー・パニック」屈指の悲劇のヒロイン南都夜々ちゃんが登場です。前にも一度列挙した私の好きなストパニキャラトップ3。玉青ちゃん、深雪さん、そして夜々ちゃんとついに最後の一人が揃いました。いやー書き始める前は玉青ちゃんと夜々ちゃんのどちらをメインにしようかと悩んだんですけどもね~。ミアトルだと玉青ちゃんだけでなく深雪さんも付いてきてお得!と思って私の作品では玉青ちゃんメインとなっております。
さて、アニメでは衝動的に光莉ちゃんに手を出してしまい、光莉ちゃんに避けられることになった夜々ちゃん。最後まで微妙な距離感が元に戻ることはなく、エトワール選も自室で蕾ちゃんと膝を抱えたまま過ごすという…。もう少しこう何というか、手心というか…。でもだからこそグッときたというのも否定できないんですけどね。
え~この夜々ちゃんと光莉ちゃんの過去回想はちゃんと続きますのでもしよかったら次章もよろしくお願いします。それでは~。