アストラエアの丘で   作:クラトス@百合好き

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■あらすじ
 日曜日の出来事で離れ離れになってしまった二人の距離は遠く、容易には埋まりそうにない。光莉との接触に怯える夜々と、それでも仲直りをしたい光莉。階段の踊り場で二人は話し合うが…。
 そして夜々から避けられつつも懸命に仲直りの道を探す光莉の前に静馬と千華留が現れる。ミアトルの生徒会室で静馬は一体何を語るのか?

 今回は2話とも過去回想。此花光莉視点でお送りいたします。

■目次

<暗闇の中>…此花光莉視点
<光差す>…此花光莉視点



第8章「今度は私の番だから」

<暗闇の中>…此花光莉視点

 

『バイバイ…光莉』

 

 夜々ちゃんの残していった言葉がずっと頭の中をグルグルと回っていた。あの日から私と夜々ちゃんは別々の部屋で学園生活を送っている。今まで二人で過ごしてきた部屋は熱を失ったみたいにひんやりとしていて、私の気分を一層落ち込ませた。

 

 私は一体どうすればよかったんだろう?どうすれば夜々ちゃんと離れ離れにならずにすんだのかな。なんだか自分でも不思議だった。たしかに夜々ちゃんのことを怖いと感じた。そして拒絶したはずなのに、私はこうして夜々ちゃんのことを考えている。私も夜々ちゃんと同じように女の子と恋愛したいと心の奥底では思っているのかな?そっと胸に手を当ててみても答えは返ってこない。

 

 憂鬱な気持ちに包まれながら私は眠りに落ちていった。

 

 

━ピピピッ━

 鳴り響く目覚ましの音に身体を起こしボタンを押す。夜々ちゃんがいた時はこんな無機質な音じゃなくてもっと温かみのある声が私を起こしてくれたのに。カーテンの隙間から差し込んだ光が床に模様を描いていて少しだけ穏やかな気持ちになったけど、隣のベッドに目を向けてもそこにはやはり人影はなく、ただただガランとした寂しさだけが残されていた。

 

「夜々ちゃん…」

 

 やっぱり一人だと寂しいよ。夜々ちゃんがいない生活なんて…楽しくない。夜々ちゃんとまた一緒に…。もう何度も繰り返した思考を再びトレースしていると、時間はあっという間に過ぎていった。

 

 あ、いけない。もうこんな時間だ。着替えて食堂に行かないと。

 

 

 

 

 教室に辿り着いてもそこには夜々の姿はなく、友人たちがお喋りしているだけだった。

 

(食堂では見かけたけど…、聖歌隊の朝練かな)

 

 何か解決策が見つかったわけでもないけど、会話がしたかった。おはようでも、いい天気だね、でも何でもいい。簡単な会話でもいいから言葉を交わしたい。

 

「おはよう光莉さん」「おっはよ~」

「うん、おはよう」

 

 友人たちから掛けられた言葉に元気なく返事をしていると心配をされてしまった。

 

「まだ仲直り出来てないの?」「あんなに仲良かったんだしパパッとしちゃいなよ~」

 

 私と夜々ちゃんは喧嘩して仲違いした結果別々の部屋にいる、ということになっていた。多分夜々ちゃんが説明したんだと思う。デリケートな部分は隠して上手いこと話したのか、それほど大事には捉えられていないみたいだ。

 

「夜々さんが光莉さんと喧嘩するなんて」「ほんと、信じられないよね~」

 

 別に友人たちに悪気があるわけではない。むしろ心配してくれてるんだからありがたいくらいだ。だけど…ついこう思ってしまう。何にも知らないくせに気安く言わないでよ、と。夜々ちゃんの苦しみは私しか知らない。だから言ったって仕方ないのは分かっているけど、たまに鬱々とした気持ちを誰かにぶつけたくなる時があるのは事実だ。

 

 そこへ丁度聖歌隊の練習を終えた夜々が教室に現れた。

 

「お、夜々さんじゃん」「おはよー」

「みんなおはよう」

 

 夜々ちゃんは特に変わった様子もなく、今までと同じようにみんなと接していた。みんなというのは私を除いての話だけど。

 

「おはよう、夜々ちゃん…」

「っ…。おはよう光莉」

 

 短く交わした挨拶が終わるなり、夜々は目を逸らしカバンから教材を出したりといった作業を始めてしまう。それっきり二人の間に会話はない。

 

 周囲も心配そうにそれを見守っていたが友人のうちの一人が意を決したように光莉を後ろから押し始めると、数人が呼応し一緒になって押し始めた。

 

「えっ?わ、ちょっと」

「私たちだって嫌なんだよ。光莉さんと夜々さんがこんな状態なのはさ」「だ~か~ら~。仲直りしちゃえ」

 

 そう言いながら私はズルズルと夜々ちゃんのところへと連れていかれていく。それに気付いた夜々は驚き血相を変えながら止まるように促した。

 

「ま、待ちなって。危ないからさ。光莉が転んだりしたら…」

「だったら、夜々さんが受け止めなさいよ」「今まで何度もそうしてたでしょうが」「それっ!」

 

 掛け声とは裏腹に背中に感じたのは優しい衝撃で、せいぜいポンッというくらいのものだったけど私は前につんのめり、そして…。

 

「あっ!?」

「光莉ッ!」

 

 ━━━柔らかな感触に包まれたと思ったら…優しく抱き締められていた。顔を上げると夜々ちゃんと視線が交錯する。その瞬間、私の頭の中にあの夜の出来事が一気にフラッシュバックした。愛していると言われたことや覆いかぶさられたこと。様々な記憶の欠片が私に襲い掛かり、あの時感じた恐怖までもが呼び起されそうになる。

 

 でも、そうはならなかった。もし恐怖が蘇っていたら私は間違いなく夜々ちゃんを突き飛ばしていただろう。けど、私の中でストップがかかったのだ。

 

 踏みとどまったのは、夜々ちゃんの瞳に私以上の恐怖が影を覗かせていたから。

 

「夜々ちゃん…なんで?なんで夜々ちゃんが怯えているの?」

「あ…、ダメ…光莉…私に…近付いちゃ」

 

 朝の教室で時間が止まったみたいに抱き合う。周りの景色も音も置き去りにしたかのように気にならなかった。

 

「は、離れて…光莉。でないと…私…あなたを」

「夜々ちゃんッ!」

「っ…!」

 

 名前を呼んだ瞬間に再び優しい衝撃を感じた。さっきと違って今度は前から。それは夜々ちゃんが私を振り払おうとしたもので…。けどその力は弱々しくて、私を突き飛ばそうしたはずの夜々ちゃんが逆にヨロヨロと後ろへ倒れこみペタリと床に尻もちをついた。

 

「や、夜々さん?」「大丈夫?」

 

 友人たちが口々に夜々のことを心配して駆け寄るが、夜々は呆然と座り込んでいた。

 

「ひ、光莉。ごめんね触っちゃって。本当にごめん」

「夜々ちゃん…」

 

 私に謝るなり、夜々ちゃんはスクッと立ち上がり教室を出ていってしまう。すると教室のざわめきが私を包み込んだ。

 

「二人とも本当にどうしたの?」「ただの喧嘩じゃない…よね。この感じは」「なに?なに?」

「ごめん驚かせちゃって。私ちょっと追いかけてくる」

 

 廊下に出ると夜々の姿はすぐに見つかった。壁に手を付いてよろめくように歩いていたからだ。

 

「夜々ちゃん、こっち」

「えっ?ひ、光莉?」

 

 私は迷うことなく夜々ちゃんの手を取り引っ張っていった。ここじゃ静かに会話出来ない。比較的人のいない階段の踊り場に着くと光莉は手を放して夜々の方へと向き直った。

 

「夜々ちゃん、ちょっとだけでもいいの。私と話をして」

「光莉…」

「教えてよ。どうしてさっき夜々ちゃんは怯えていたの?」

「それは勘違いだよ。私は光莉のことどうやって襲おうかなって考えて━━━」

「━━━ウソだよ。夜々ちゃんの目は怯えていた。平手打ちしちゃった私にでも、他の誰かでもない。あれはきっと夜々ちゃん自身に…」

「言い掛かりはやめて!私は…私は普通の女の子じゃないの。自分のことちゃんと分かってる。だから自分に怯えたりなんてしない。きっと怯えていたのは光莉だよ。瞳が鏡みたいになって、自分の怯えているのが映り込んだの。そうよ。だって━━━」

 

 そう言い放った夜々はおもむろに光莉の方へと手を伸ばし、ブラウスのボタンに触れる。すると光莉は小さな悲鳴を上げて弾かれるように後ろへ下がりつつ、しまったという表情を浮かべた。

 

「ほら?やっぱり私が怖いんだよ光莉は。それが本心。だから無理に私と仲良くしようとしなくていいんだよ」

「い、今のは…ちょっと驚いちゃっただけで。そんなんじゃ…」

 

 必死に虚勢を張ったけれど、夜々ちゃんは悲しそうな顔して首を振った。

 

「いいんだよ。私、気持ち悪いよね。今度からはもっと距離を置こう。最初はみんな心配するかもしれないけどそのうち誰も何とも思わなくなるよ」

「夜々ちゃん…。私夜々ちゃんともう一度…」

「私はちょっと歩いて回ってから教室に戻るから」

 

 そう言い残すと夜々はふらりと立ち去って行った。呼び止めようとしたものの、そうするだけの言葉を持っていなかった光莉にはどうすることも出来ない。一人無力さを噛み締めながら光莉は教室へと戻るのだった。

 

 結局夜々が教室に戻ってきたのはホームルーム直前で、光莉は急いで話しかけたものの…

 

「ほら、もうすぐホームルーム始まるから。席に戻ったほうがいいよ」

 

 とやんわりと避けられてしまった。どうしよう?今から話をしても中途半端になっちゃう。そう考えているうちにタイムリミットが来てしまい光莉は諦める他なかった。

 

「う、うん。ちゃんとどこかでお話しようね。約束だよ」

 最後にそう声を掛けたけど夜々ちゃんは返事をせずに前を向いていた。

 

 

 

 

 

 

 

<光差す>…此花光莉視点

 

 昼休み。夜々とは別々に昼食を終えた光莉が教室に戻ると窓に人だかりが出来ていて、みなしきりに下の方を覗いていた。

 

「あれが噂の…」「凄い美人」「あれなら納得よね~」「隣に居るのが例のルリムの?」

 

 不思議に思った光莉が友人たちのところに混ざり一緒になって下を覗くと、そこには二人の乙女が佇んでいた。

 

 一人はミアトルの制服に身を包んだ銀髪の乙女。豪華絢爛といった感じの美人で全身からオーラを漲らせ自信たっぷりに笑みを浮かべている。もう一人はルリムの制服が似合う可憐な黒髪の少女。銀髪の方に比べると人懐っこい笑みを浮かべてはいるがやはり堂々としていた。

 

「ねぇ、あの二人って?」

 

 周囲の様子からするに有名人なのは間違いなさそうだが、あいにく編入生の光莉はよく知らない人物だった。そんな光莉に友人たちが競い合うようにして教えてくれる。

 

「銀髪の方がミアトルの花園静馬様で黒髪の方がルリムの源千華留様よ」「静馬様は今年のエトワール最有力候補」「千華留様も4年生にしてルリムの次期生徒会長として内定してるって話」

「へ、へぇ~」

 

 そうは言われてもいまいちピンと来ない。それに今は夜々ちゃんのこと以外は…。そう思っていた光莉だったが友人の一言で二人に興味を持つことになる。

 

「驚くのはここからよ」「そうそう」

「何かあるの?」

「それがね~静馬様の方は、同性愛者なのよ」「自分から周りに公言してて」「それであの二人は付き合ってるって噂」

「そ、それって女の子同士でってこと!?」

「まさにその通り」「アヤシイ雰囲気で抱き合ってるとこを見たって人がいるらしいの」「いちご舎でも人目を忍んで夜に密会してるとか」

 

 ひとしきり言い終えると友人たちはきゃーきゃーと声を上げながら騒ぎ合った。光莉はその輪には加わらず、窓からその二人を観察しながら静かに思いを巡らせる。

 

(同性愛者って、それって夜々ちゃんと同じ…。それに付き合ってるって。千華留さんっ

ていう方もそうなのかな?どっちにしたってあの二人の話なら何か、何か私にとって参考になるかもしれない。もしかしたら答えだって…)

 

 話を聞いてみたい。私の中でその思いがボワンと膨らんで身体を満たしていく。

 

「私、ちょっと行ってくる」

「行くって?」「どこに?」

「あの二人のとこ。ごめん、急ぐから」

「あ、光莉さんっ!?」

 

 気付けば私は駆け出していた。何がなんでも話がしたい。夜々ちゃんとのことを相談すれば何かが変わる、変えられる。そんな予感めいた確信が私にはあった。廊下を走り階段を駆け下りる。あまり運動は得意ではないけれど今はそうも言っていられない。とにかく全力で駆けていた。

 

 スピカの校舎を出て二人の姿が見えると同時に呼びかける。

 

「あ、あのっ!!」

 

 辿り着いた時には既に息が上がっていたが、なんとか声を絞り出して会話を続ける。

 

「お、お二人に聞きたい…ことが…あって…それで」

 

 光莉の切羽詰まった様子に何かを感じたらしい二人は光莉の方を向くと落ち着くように促した。

 

「あなた可愛い顔をしているわね。スピカにこんな子いたかしら?」

「静馬が知らないということは、きっと今年入った編入生の子ね。そうでしょ?」

「はい、スピカ2年此花光莉といいます」

「それで、私たちに聞きたいことって?」

 

 大声で話す内容ではないと思った光莉は、失礼しますと断りを入れてから二人に近付き小さな声で話した。

 

「私の友達に、あの…その。静馬さ、静馬様と同じような子がいて。その子も女の子しか愛せないって。それで私どう接していいかわからなくて」

「へぇ?」

 

 二人とも光莉の話に興味をそそられたようだ。特に静馬の方は面白いことを聞いたといった様子で口の端を吊り上げるようにして笑った。内心つまらない話だろうと考えていた分、それが喜びとなって顔に現れたのだ。

 

「あなたはそういう趣味はないの?さっきも言ったけどあなたなかなか魅力的な顔してるわよ」

「ごめんなさい、わ…私は」

「こ~ら。静馬ったらイジメないの。光莉さんが怖がってるじゃない。可愛い子を見るとすぐにこれなんだから」

 

 二人は光莉の緊張を解きほぐそうと少しおどけた様子を見せる。

 

「ごめんなさいね、静馬ったら節操なしで。ねぇ光莉さん。その話はきっとこんなところでしていいものじゃないと私は思うの。だから光莉さんが良ければ今日の放課後にもう一度会わないかしら?」

 

 千華留は静馬にウインクして合図を送る。それを見て静馬は頷き言葉を引き継いだ。

 

「放課後すぐにミアトルの生徒会室にいらっしゃい。そこで千華留と待っているから」

「ありがと、静馬」

「いいのよ。私も久々に面白そうな話でワクワクしているから」

「放課後、ミアトルの生徒会室ですね。必ず行きます。よろしくお願いします」

 

 深々とお辞儀した光莉を見て二人は顔を見合わせて笑った。

 

「本当に良い子ね光莉さんは」

「じゃあ放課後にお会いしましょう。ごきげんよう光莉さん」

「は、はい。ごきげん…よう」

 

 凄く緊張したけど、なんとかなった。あの二人ならきっといいアドバイスが貰えるに違いない。暗闇の中にスッと差した一筋の光明に光莉は感謝した。教室に戻ると案の定クラスメイトから質問攻めにあったけど、光莉はそれを捌きながら心に誓った。

 

(私、夜々ちゃんのこと諦めないから。だから夜々ちゃんも諦めないで)

 

 

 

待ちに待った放課後。光莉は友人たちへの挨拶もそこそこにミアトルの校舎へと一目散に向かっていた。逸る気持ちが抑えられず、それが自然と足取りとなって光莉の身体を運んでいく。

 

「着いた」

 

 編入生の光莉にとってミアトルの校舎に入るのは初めてのことだ。いざ入ってみるといちご舎で普段から見慣れているとはいえどこを見渡しても黒い制服に身を包んだ生徒ばかり。当たり前と言えば当たり前なのだが、スピカの制服が白を基調としたものなのもあって余計に浮いているように感じてしまう。あの二人はよくスピカの敷地であんなに堂々としていたなと今になって思った。

 

 生徒会室、生徒会室っと。人とすれ違うたびにビクビクしながらミアトルの校舎を進んでいく。こうしてみるとなんとなくだけどスピカの生徒よりも落ち着いた雰囲気の子が多い気がする。やっぱり一番歴史があるからなのかな?と思いながらキョロキョロしていると、生徒会室と書かれた大きな部屋が目に留まった。

 

「あった。ここだ」

 

 不安そうな顔から一転パァッと光莉の顔に元気が戻る。この中に夜々との仲直りのきっかけがあると信じて光莉は扉を開けた。

 

「いらっしゃい。そろそろ来る頃だと思ったわ。お茶を淹れているから座って待っていてね」

 

 千華留さんに促され静馬さんの傍の席へと座る。こうして近くで見ると本当に美人で華やかだ。同性愛者と聞いているけど、いつもこんなに自信に満ちた表情をしているんだろうか?私なんかからすると驚くことばかりである。

 

「はい、どうぞ。お砂糖とミルクは自分で入れてね」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく。そんなに畏まらなくていいわ。可愛い子とお茶出来るだけで私は楽しいから」

 

 会った時から何度も可愛いと言ってくれるけど、本気なんだろうか?こんなに美しい人に言われるとなんだか素直に受け取れない。それとも女の子に近付くテクニックか何かとか…。ううん、やめておこう。私は相談しに来たんだから。

 

「光莉さんの様子だといきなり本題からにした方が良さそうよ。彼女結構思い悩んでいたみたいだし、ね?静馬」

「千華留の言う通りね。光莉さん、まずはあなたから話して頂戴。それを聞いてから助言するわ」

「は、はい」

 

 と言ってもどう話そうか。やっぱり日曜日のことをそのまま話すのが一番かな。きっとこの二人なら他言したりはしないと思うから包み隠さず話そう。

 

 光莉がそう決意すると二人は穏やかな笑みを浮かべたまま光莉の話に耳を傾けた。光莉の話は夜々と仲良くなったことから始まり、やがてあの日曜日の話へと繋がっていく。

 

「夜々ちゃんは私のことを愛してるってそう言いました。それと性的な目で…見てるって。私のことを襲おうとしたこともあったと。

 

 それで、最後に夜々ちゃんは私に覆いかぶさって、それで…」

 

「なるほどね。事情はだいたい分かったわ。夜々さんって子。2年生にしては随分と進んでるのね」

「あら?2年生の時点で上級生を毒牙にかけていたあなたのお墨付きだなんて頼もしいじゃない」

「毒牙?」

「光莉さんにはまだ早いかしら?まぁベッドの上で色々と…ね?」

「それは置いておくとして、光莉さんは夜々さんのこと…怖い?」

「怖くないと言ったらウソになります」

 

 そう言うと光莉は下唇を噛みながら俯いた。気持ちとしては受け入れたいと思っても、やはりどこか恐怖心が残っている。それが正直なところだ。階段の踊り場の時だって、私は怖くて身を引いてしまった。

 

「そう。ねぇ千華留?ちょっと光莉さんと一対一で喋りたいから少し聞く側に回ってもらっていいかしら?」

「ええ、静馬がそう望むなら。信用してるわ。あなたのこと」

「ありがとう。期待に応えられるように頑張るわ」

 

 千華留は椅子を少しずらして離れると優雅にティーカップに口を付け始めた。聞く側に

回ると言うのを態度でも示すということらしい。私も千華留さんから目を離し、静馬さんの方へと向き直った。それが話をする礼儀だと思ったからだ。

 

 こうして一対一で向き合うと実際よりも大きく見える。スタイルが良いのはもちろんそうなんだけど、迸るオーラというか、上手く言葉に出来ない何かがそう感じさせた。

 

「最初に言っておくけど、あなたの夜々さんと元通りに友達としてって願いはすぐには無理ね」

「すぐには?」

「時間がかかるという意味よ。夜々さんはあなたを傷付けたくない一心であなたから嫌われ、距離を置くという選択肢を選んだ。その覚悟はとても立派だわ。それだけ光莉さんを愛しているということね。でもだからこそ、元通りに、それこそ何事もなかったかのようにっていうのは難しいの。あなたの望みは夜々さんのそういった覚悟や愛に基づく行動をなかったことにしたいと言っているのと同義なのよ」

「そんな…つもりは」

「夜々さんからすればそう捉えられても仕方がないわ。自分がした行動は何だったんだろう?何も伝わらなかったのか?ってね。光莉さんにも似たようなことが言えるわ。起きてしまった出来事を腫れものにでも触るようにしながら上辺だけ友人関係を装っても意味がないはずよ。光莉さんが望んでいる関係はそんなものではないでしょう?」

「はい」

 

 そうか。私は夜々ちゃんと仲直りすることだけを考えていたけど、なかったことには出来ないんだ。そうだよね。夜々ちゃんは私よりもずっと悩んだうえで行動に移したんだし、覚悟だって。私の軽率な仲直りしたいが、夜々ちゃんを余計苦しめてしまうこともあるんだ。気を付けないと…。

 

「それにね、私たちのような人種は一度そういう目で見始めてしまうとね、元のようには見れなくなるのよ。頭では友人と理解していても身体が反応してしまうことだってある。求めてしまうの。夜々さんもそれを分かっているだろうから、すぐに元通りになることは望んでいないはずよ。そのことは分かって頂戴」

「は、はい」

 

 性的な事については私はよく分からない。だから静馬さんのような人に言われたら頷くしかなかった。

 

 でもそう言われてみれば、今朝夜々ちゃんに抱き着いていた時に、夜々ちゃんが怯えていたのも少しだけ納得できる。夜々ちゃんにとって私はまだ興奮する対象ということなんだろう。だから手を出してしまわないようにって…、

 

「そういうわけだから夜々さんに他に好きな人が出来たり、気持ちを整理して落ち着いたり、とにかく理由はどうあれ時間を置く必要があるわ。6か月とか1年とかそういう長い目で見てあげないと。歯がゆいとは思うけど時間が解決するのを待つしかないわ」

「そう…ですか」

 

 クラスも一緒だし、いちご舎でだって顔を合わせることがあるのにそんなに長く待つのは…辛いな。その度に、私と夜々ちゃんはお互いに目を逸らして他人のフリをするのかな?いつか時間が解決すると信じて。

 

「そう落ち込まないで。正直言うと光莉さんには驚いているの」

「私に…ですか?」

 

 一体なぜだか全く分からない。どこか驚くような部分があっただろうか?

 

「ええ。重ねて聞くけれど光莉さんは同性には興味ないのよね?キスしたいとかそういう感情を抱いたことはないと」

「はい、ありません」

「だからこそ驚いたの。親友としてルームメイトとして信頼していた子に襲われたら普通は一緒にいたいだなんて思わないわ。嫌いになったり、距離を置くのが当然よ。だってそうでしょう?それって重大な裏切り行為だもの。いくら愛してると言われたって受け入れられないわ。にもかかわらずあなたは夜々さんといたいと願っている。同じ部屋で暮らすことを望んでいる」

「それは…夜々ちゃんを大切に想っているから」

「━━━それだけ想っているなら少しだけ勇気を出してみない?━━━」

「えっ?」

「夜々さんが同性愛者をやめることは出来ないわ。だから代わりにあなたが夜々さんに近付いてあげるの」

「そ、それってまさかっ!?」

「落ち着いて。私はあなたにいますぐ同性愛者になれ、だなんて言うつもりはないわ。でも少しだけ、自分を騙す…のに近いかもしれないけど、物事の見方を変えることで上手くいくこともあるの。ちょっと私の知り合いの話をしましょうか」

 

 静馬は一旦ティーカップを手に取ると、千華留と同じように優雅に口を付けた。光莉もそれに倣い紅茶を口にする。美味しい。温かさと砂糖の甘さが精神的に摩耗していた身体にスウッと染み込んでいく。そういえば最近こんな風にのんびり紅茶を飲むこともなかったな。

 

 光莉が目を瞑り一息ついている横で、静馬が笑みを浮かべているのを千華留だけが見ていた。

 

「ミアトルの卒業生にね、同性愛者ではないにも関わらず女の子と交際していた子がいたの」

「本当ですか?」

 

 静馬は肯定代わりに頷いた。

 

「その子は相手に熱心に迫られてね、最初は断ったんだけどその熱意に押されて渋々付き合い始めたの。当然女の子とキスなんて考えてもなかった子よ。それなのに次第にその子と仲を深めていったわ。キスだけじゃなくてもっと深いこともする関係になったの。どう?興味あるでしょ」

「そ、その方は途中から同性愛に目覚めたということですか?」

 

 光莉の食い付きに満足げな表情を浮かべつつ静馬は話を続ける。

 

「それが違うのよ。その子は他の女の子にこれっぽっちも反応しないの。私や千華留にだって全然見向きもしなかったわ。なぜだか分かる?とても大切なことよ」

「大切な…こと。お付き合いしたということは相手の子を好きだった?でもそれだと同性愛でないことと矛盾するような…。なのにキスとかもしていた」

 

 さっぱり分からない。まるで迷宮にでも入り込んだかのようにあれこれ考えても袋小路へと辿り着いてしまう。静馬さんは一体何を言いたいのだろう?出来れば自分で答えを見つけたいけど…。今の私ではとても理解できそうにない。

 

 少しの間ぶつぶつと呟いていた光莉だったが、やがて白旗を上げるように分かりませんとポツリと呟いた。

 

「少し難しかったかしら?答えはとても単純なことよ」

「お願いします。教えてください」

「いいわ。その子はね、同性の女の子を好きになったんじゃなくて、相手の子を好きになったの。男であるとか女であるということに囚われずに相手の子だけを見ていた。性別ではなく本質を見て好きになったの。だから女同士で交際してるからといって同性愛者であるというわけでもなかった…ということよ」

 

 静馬はそこまで喋り切ると再び紅茶に口を付けた。しっかりと光莉の反応を窺いながら。千華留はそれを見ておかわりの紅茶を淹れるべく席を立ちあがる。

 

「どう?自分に当てはめてみたら?」

「私が夜々ちゃんと…」

「女の人全員を好きになるのは無理でも、夜々さんとだけ向き合うことなら出来るんじゃないかしら?この丘の子たちはどの子も女の子同士ということに囚われ過ぎなのよ。もっと肩の力を抜いて一対一で接してみれば相手の事も違って見えるはずなのに…」

 

 勿体ないわね、と言いながら静馬は紅茶を飲み干すと、意地悪そうに笑いながらカップを揺らして千華留におかわりの催促をする。すると絶妙なタイミングで新しいティーポットがテーブルの上に置かれた。

 

「少し蒸らしたりするからすぐにはダメよ?」

「分かっているわ。あなたに紅茶の淹れ方教えたの私だもの」

「はいはい、お師匠様」

「それでどう?少しは参考になった?今の光莉さんにはぴったりの話だったと思うけど」

「凄く参考になりました。お二人に声を掛けて本当に良かったです。私、誰にも相談出来なくて不安で」

「でもまだ解決したわけじゃないわ。私はあくまで2つの道を示しただけ。時間に身を任せるか、それとも自分が変わるのか。後者だって決して簡単なことじゃないわ。上手くいく保証もない」

「それでも、私には大きな一歩です」

「今日はいちご舎に戻って、もう一度よく考えてみなさい。大事なのはあなたがどうしたいかよ。夜々さんといたいのか、そうでないか。とてもシンプルなことではあるけど重大な決断よ。焦って決めてはダメ。良いわね?」

「わ、分かりました。お二人とも今日はありがとうございました。失礼します」

 

 お辞儀をしてミアトルの生徒会室を出ると、かなり日が傾いていた。伸びた夕日が私を照らし影を作る。私はその影を踏んづけるようにして歩いていく。もう暗闇の中じゃない。この影は光が差したその証拠だ。もう一度強く影を踏みながら私は誓った。

 

(怖いけど、自信はないけど、私は夜々ちゃんの傍に行くよ。だから待っててね夜々ちゃん。━━今度は私の番だから━━)

 

 

 

 光莉の出ていった室内で千華留はおかわりの紅茶をカップに注ぎながら静馬に話しかけた。楽しそうに、嬉しそうに。

 

「ねぇ、さっきのお話の子って一体誰なのかしら?私聞いたこともないわ。そんな子のこと」

 

 答えは知っていると言いたげにクスクスと笑いながら静馬の膝の上へと腰掛ける。もちろん顔は向かい合わせで。

 

「さぁね?私も知らないわ。だって作り話だもの」

「悪い人。光莉さんを焚きつけて」

 

 千華留の腰へと手を回しながら静馬は耳元で囁き返した。

 

「いいのよ。理屈をねたって意味ないもの。あれくらいの子だったら感情に身を任せた方がいいわ。一生懸命になる理由なんて…一緒にいたい、それでいいのよ」

「私たちにもそんな頃あったわね」

「今だって大して変わらないわよ」

「うそばっかり。さっきの話だってノーマルな女の子を堕とすように前から考えていたやつでしょう?」

「それは言わぬが花ってやつじゃない?」

 

 二人仲良く笑った後、静馬は千華留を膝に乗せたまま器用に紅茶を口にする。

 

「あの子たちが上手くいったらキューピッドは私かしら?」

「無理ね。あなたは悪魔だもの。女の子を魅了する悪魔。だからずっと悪魔のままでいてね、静馬」

「注文が多いお姫様ですこと」

 

 首の後ろに手を回した千華留が静馬と唇を重ねると紅茶の香りが口の中にパッと咲いた。

 

(あなたが私に色々教えてくれたように、いつか私がみんなに教えてみせる。だからキューピッドの役は…私がやるわ静馬)

 

 




※改稿内容について。改行だけ入れました。


 いかがでしたでしょうか?過去回想終わらせるって言ってたのに次章に持ち越しになりました。申し訳ありません。
 なるべく早く頑張りますので次章もよろしくお願いします。


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