不滅の想い   作:島流しの民

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第漆話

 

 

 睨みあっていた二人は、吹き飛んだドアを見る。捻じれた金具が凄惨さを語っていた。

 下手人は言わずもがな。ドアを蹴っ飛ばした状態でぼうっと空を見上げている禰豆子であった。

 

「ね、禰豆子さん! 何で出て来たんですか!」

「……?」

 

 何故怒られているのか理解していないのか、禰豆子はこてんと首を傾げる。

 

「お、はよう……大丈夫」

「おはようございます! けど今それどころじゃないんですって! 家の中に入っててください!」

「禰豆子だと……?」

 

 首を傾げる禰豆子を無理やり家の中に戻そうと格闘していた仁太は、後ろから聞こえて来た氷よりも冷たい善爾の声に思わず振り返った。

 善爾は、鬼をも殺せそうなほどに鋭い視線で禰豆子を睨んでいた。禰豆子は殺気に身構え、小さな声で唸る。

 

「貴様、禰豆子というのか……」

「お、鬼退治さん! 禰豆子さんは鬼なんですけど、優しい人なんです! 別に俺を喰ったりしてませんし、そんな素振りも──」

「やかましい」

 

 一蹴。善爾は仁太の言葉を切り捨てると、緩慢ともいえる所作で刀を構えた。

 

「貴様が本当に禰豆子という鬼ならば、俺は貴様を斬る」

「き、斬るって……禰豆子さん、この人に何かしたんですか!?」

 

 首を振る禰豆子。どうやら彼女も善爾のことは知らないらしい。

 

「知らないだろうな。俺だって話を聞いていただけで実際に会うのは初めてだ」

「じゃ、じゃあなんで……!」

「お前に語る必要はない」

 

 再び一蹴。善爾の瞳からは怒りが見て取れた。

 再び身を傾ける善爾。空気がぴんと張り詰める感覚が辺りを覆った。

 善爾が息を吸う、どこか不思議な音だけが辺りに満ちていて、禰豆子は思わず少し距離を取った。

 

「雷の呼吸、壱ノ型────」

 

 善爾の周りを紫電が飛び交う。彼の周りにあった雪は溶けて消え、むき出しの地面が何らかの力によって捲れあがっていた。

 善爾の呼吸の音がいよいよ大きくなって、彼の身体が更に傾く。

 禰豆子が目を見開き、襲い掛かってくるであろう善爾を見る。

 

 そして、善爾が一歩踏み出して──

 

「霹靂一閃」

 

 消えた。

 否、消えたのではない。加速したのだ。

 先ほど見せた走りとは比にならない速度での直線疾走。それは、仁太の眼にはもちろん、禰豆子の眼をもってしても完全に見極めることはできなかった。ただ、雷のような轟音が響き渡って、次の瞬間には敵が目の前にいる。

 善爾が飛び出した瞬間、禰豆子は本能的に危機を察知し飛びのいていた。

 結果、善爾が禰豆子に負わせた傷は頬に残る浅くはない傷一つだけ。それも、数十秒もしないうちにすぅと消えてしまった。

 しかし、その傷は禰豆子を怒りの渦に落とすには十分すぎるものだった。

 牙をむき出しにして威嚇する禰豆子の体躯は、先ほどよりも確実に大きくなっている。仁太よりも頭一つほど小さかったその身体は、今や彼よりも大きく筋肉質な巨躯に変わっていた。右眉の少し上には大きな角が付いており、その禍々しさに善爾は微かに目を見開いた。

 見開かれた、猫のような瞳孔はぴたりと善爾に向けられている。

 

「……それがお前の真の姿か? 醜い鬼め」

 

 豹変した禰豆子の姿に暫しの間動きを止めていた善爾だったが、すぐに刀を構えなおす。

 禰豆子は何も応えることなく、ただ唸り声をあげている。

 

「その首、すぐに断ち切ってやる」

 

 霹靂一閃。

 

 

 再び善爾が霞のように消える。彼が立っていた地面の雪が捲れ上がり、舞い上がる。まるで岩に叩きつけられ白く泡立った波のようだった。

 目にも止まらぬ速度で禰豆子に肉薄した善爾は、身を捩り手に持った刀──日輪刀を彼女の首に向け振り抜く。

 禰豆子はそんな善爾に向け手を伸ばし──

 

「禰豆子さんっ!」

 

 しかし、その手が触れる直前、仁太が禰豆子の名を呼んだ。その瞬間、彼女の目が大きく見開かれ、まるで何かを押さえるかのようにぎゅっと伸ばした掌を固く握りしめた。

 

 しかし善爾の刀は止まらない。吸い込まれるように動きを止めた禰豆子に向け振り抜かれた刀は……それでも彼女の首を切り離すことはなかった。

 

「なっ!?」

 

 首を切り落としたと確信していた善爾は、刀を全力で振り抜いた反動で態勢を崩す。空中で態勢を立て直すことも出来ないまま、彼は雪の中へと突っ込んでいった。

 彼の太刀筋は確実に禰豆子の首を斬るはずだった。しかしできなかった。

 起き上がった善爾は、何故自分の刃が禰豆子に当たらなかったのかを理解する。

 

 先ほどまで善爾よりも大きかった禰豆子が、今度は膝辺りまでしか身長のない幼女に変わっていた。

 怒りに豹変していたその姿は元に戻っており、大粒の汗を額に浮かべながらも目を固く閉じているその姿は、まるで自らの中で何かと戦っているような姿だった。

 やがて彼女の中で決着がついたのか、禰豆子が目を開く。薄桃色のその瞳からは、怒りの音は聞こえてこない。

 善爾はまろび出そうになった悪口を口内で転がし、禰豆子に刀の切っ先を向けた。

 

「貴様が怒りを収めたところでどうだというのだ。俺は変わらず貴様に刀を突きたてるだろう」

 

 言い終わらぬうちに地を蹴り加速。出来る限り姿勢を低くしながら疾走し、禰豆子の足元に潜り込む。

 大きく息を吸い、全集中の呼吸をおこなう。酸素が体中に送り込まれ、血液が活性化していくのが手に取るようにわかる。筋肉が増強され、みしりと身体のどこかから筋肉が軋む音がした。

 

 左足をひきつけ、両手で柄を持つ。両の手に全ての力を乗せ、善爾は驚愕の表情で彼を見下ろす禰豆子に向かって刀を振り上げた。

 

「雷の呼吸伍ノ型 熱界雷っ!」

 

 振り上げられた刀身はまっすぐに禰豆子に向かい進み、その左わき腹を裂きなおも突き進む。禰豆子の表情が痛みに歪んだ。

 しかし、胴体が真っ二つに分かれる直前に仰け反ったおかげで、禰豆子の傷はそこまで致命傷にはならなかった。

 しかし、治癒するには数十秒の時を必要とする。

 その隙を見逃すほど善爾は甘くはなかった。

 

「その首、もらったっ!」

 

 倒れこみ苦しそうに善爾を見上げる禰豆子に向かい、彼は高らかに勝利を宣言しながら刀を振り上げる。

 そして、禰豆子の首に向かって、落とすように刀を振り切った────

 

 

 

 




【大正コソコソ噂話】
善爾は全集中の呼吸・常中を使えないよ。理由は明らかではないけど、常中を教えてくれる師匠がいなかったっていうのが理由と言われてるよ。
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