――……さま
――……アさま!
「フィトリアさま!」
「うわ!?」
まどろみをも引き裂くような、甲高い知らない子供の声が聞こえて、
普通なら親父が自分を起こしに来るはずなのだが。なぜ子供の声が聞こえたのだろうか。あの糞餓鬼がまた勝手に誰か引き連れて突撃してきたのだろうか。
あの糞餓鬼が犯人なら、拳骨を落としてやらねばならないが……
「フィトリアさま、起きてくれてよかったです! 眠っている途中に失礼でしたが、緊急の報告があります」
違った。鳥が言葉を喋っていただけだった。
(そうか、これは夢だ)
鳥が喋るなどありえない、ということで、これは夢だと思った。
言葉を話す鳥では、夏が知る中ではインコくらいだ。だがそのインコだってこうも流暢には喋らないだろう。
だが、今もどこかで見たことがあるようなダチョウっぽい人語を話す鳥が、長い首を曲げて夏の目の前で話している。近すぎて吐息もかかってきている。
夢の割にはかなりリアルで、なんとも奇天烈だなと夏は思った。
だが、そんな夢を見てしまう原因で思い当たるものが夏にはあった。
「……勇者」
「あれ、もう知っていらっしゃってたんですか?」
「え? あ、いや、そうじゃない。あれは寝言」
「寝言? ふーん……あ、そうでした。フィトリアさま、四聖勇者様が近隣の国で召喚されたようです」
四聖勇者。そう喋る鳥は言った。
やはり、そうだった。
(四聖勇者……槍の勇者、剣の勇者、弓の勇者、そして盾の勇者の事を指す。そして、私が知る限りでこういう『設定』がある作品は『盾の勇者の成り上がり』だけだ)
目の前のダチョウみたいな鳥を見ていて、やっと何かに似ているのかを気づいた。
あれだ。チョコボだ。チョコボみたいなダチョウもどきだ。
(こいつ、フィロリアルか)
『盾の勇者の成り上がり』に出てくるメインヒロインの一人の正体がこのフィロリアルと同じ種族なために、かなり印象に残る魔物だった。
書籍を読んでいる最中、どんな触り心地なんだろうかと何度も気になっていた。主に狂った槍の勇者のせいで。
(ちょっと触ってみたい)
手が届く所にそれがいるのだ。今のまだすこし眠気で思考がおぼつかない夏には、浮かんでしまった一つの選択肢を何も考えずに選んでしまった……そう、フィロリアル狂いになってしまった槍の勇者の如く、フィロリアルに勢いよく抱きついた。
「フィトリアさま!? どうされたのですか?」
「ん、しばらくこうさせてほしい。ちょっと頭の中を整理したい」
「分かりました! この俺の胸に好きなだけ胸をうずめてください」
もふん、と勢いよく抱きついた夏の顔と体を、優しく受け止めてくれたフィロリアルの羽毛は、もふもふふわふわしていた。
(やばい。触り心地凄い)
病み付きになる魔性の触り心地だ。槍の勇者、いやあの愛の狩人の気持ちが理解できてしまう。
最高だ……
勿論寝るつもりは無い。寝るわけにはいかない。
フィロリアルをもふもふしながら考えたが、ここはおそらく『盾の勇者の成り上がり』の世界だ。
まだ四聖勇者の顔を拝めてないので確証はつかない。もしかしたらスピンオフの『槍の勇者のやり直し』かもしれないが、夏の持つ知識で導き出せる結論はこれくらいしかなかった。
ちなみに二つの違いをザックリと説明すると、『盾の勇者の成り上がり』に出てくるのは女好きの正義漢であって『槍の勇者のやり直し』では愛の狩人が出てくる。以上。
だが夏はまだ、この世界が自分の妄想の夢だと信じている。夢は願望の現れとも言うのだから、四巻でフィトリアのカラーイラストを見てもしもこの世界に行けたらフィトリアに会いたいなと思ったことで、夢で出てきたのだと、信じている。
別に直前に何かあったわけでもない。いつものように本を読んで夜更かしして、いつの間にか寝落ちしていただけだ。その寝ている間に何かが起こったというのなら話は別だが。
だが一つ気になることがある。
(私は確かにフィトリアに『会いたい』と願った。だがどうしてフィトリアに憑依しているんだ?)
今夏が抱きついている朱色のフィロリアルの瞳を鏡代わりに、自分の今の顔を確認したのだが、少し相違はあるが、間違いなくフィトリアの顔が映っていた。
少し相違があるというのは、その顔が記憶の中のと比べて些か大人びていたからだ。見たところはまだ大人になる直前、メインヒロインよりちょっと上くらいか。
全体的な容姿は等身大の姿見で見るしかない。だが、本編よりも姿は成長しているだろう。その分物凄く顔がいい。可愛いと綺麗が混在してる。
(そこらのアイドルよりも綺麗なんだ、見惚れても仕方ないだろう)
銀髪の天使マジ可愛い……というところで、ここらで軌道修正しないと不味いことに夏は気づいた。
そろそろ精神安定の為のもふもふをやめないと、本人が負担に感じるだろう。
「もう大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。ありがとう」
「どういたしましてです! 辛いことがあったら、いつでも俺の体を使ってくださいです」
恭しく頭を下げるフィロリアルの姿に、夏は、一心に相手に忠義を捧げる騎士を連想した。
(この色も、この様子も、このフィロリアルと似たような人物がいた気がするな)
この鮮烈な赤を持つキャラクターの絵が、カラーイラストにあった気がする。それも、一巻から……
どうも記憶に靄が掛かっていて、よく思い出せない。フィトリアの事や、世界観等は分かるのだが、メインキャラクターの見た目や性格は思い出せても、過去の事や、名前が思い出せなかった。
「分かった。それじゃあ……えーと」
「……また俺の名前を忘れてしまったのです? 俺の名前はもみじです」
「分かった。もみじ、緊急の連絡って何?」
「はいです。俺の持ってきた緊急の連絡は……えーと?」
思い出すことに手こずっているもみじを見て、夏はフィロリアルは忘れやすいという特徴を持つことを思い出した。
正直、ついさっきもみじが何を伝えようとしていたのかを夏自体もあまり良く思いだせなかった。
とりあえず、一応口調は記憶の中にあるフィトリアに似せているつもりだが、怪しまれてはいないようだ。
「ああ、思い出しました。四聖勇者様がメルロマルクにて召喚されたのです。それも、一回で全員という、前例の無い事態なのです」
「四人召喚された……その四人の名前と容姿は?」
「んー……そこまでは分かりません。城で飼われているフィロリアルの言伝ですので」
「そう……」
前例の無いということは、おそらくはこれから、夏の知る『盾の勇者の成り上がり』の展開通りの事が起きていくのだろう。そのうち夏も、主人公とそのヒロイン達とはエンカウントする運命にあるはずだ。
だが、念のために召喚された四聖勇者の名前と姿を解明しなければ、これからの展開が夏の知るとおりになるかどうかが分からない。夏の知る四聖勇者でなければ、これからどうなるのかの予測が付かない。
夢である限りは、夏の記憶どおりのシナリオに沿って進むだろうが……
「召喚されたのはつい先日、今は国から斡旋された仲間と共に動いているようです。ただし、盾の勇者様と共に居る仲間は一人、それも城のフィロリアル達の反応を見てもなんとなくきな臭い何かがある者のようです」
「ん、分かった」
「……その様子からして、介入はまだ後にするのです?」
「そうするつもり」
「分かりました。それではこれからはどのようなことをされるのです?」
「これからは四聖勇者の情報収集を主な目的として、人間の世界に潜りこむ」
「情報収集が目的なら、情報班隊長のなおが適任では?」
「フィトリアは情報収集は『主な目的』って言った」
「……?」
首を傾げるもみじを見て、そういやこの子は鳥だったかと思い出した。
多少知能があっても、鳥である限り、鳥頭なのは変わらない。難しい話は駄目だ。
(情報収集と称した異世界観光なんだけど、察しろというのは無理な話か)
夏はフィトリアの持つ異世界の知識を共有している。
だが、フィトリアがやらなかったことをやってみたい。魔法を創ったりとか。愛の狩人の如く魔物の虐殺をやってみたいとか。
だが夏を知らないフィロリアル達にとっては異世界観光など考えられないことであろう。
「分からないなら別にいい……手始めに、情報収集以外で、具体的に何をしようか」
やるべきことと、やりたいことをピックアップしよう。
やるべきことは、四聖勇者の顔と個人情報の入手。それからこの世界で二度目の災厄の波という災害が起こった後に、第二王女との接触というところか。
やりたいことは、拷問を趣味としているクズ貴族、アニメではイドルと呼ばれていたそいつから、メインヒロインの幼馴染を救出してみる。確か、イタチ娘だった。ちなみにふんどし犬もいるがあれは後で救出されるから放置する。
それから、主人公が王都まで第二王女を届けて、それからの槍の勇者との路上での決闘後に、槍の勇者が初めて育てるフィロリアルを死ぬ前に救出する。フィノモア種の生き残りの、フレオンという名前だったか。あれは悪女に、勇者の交流を阻止する為に毒殺されてしまう運命だったか。
後はあれだ。クロを回収してみるか? 中二病系のセリフについては、そこまで自信は無いが、やってみてもいいかもしれない。
(やるべきことよりやりたいことが多いのはどうしてだろう)
まあ、ある程度の事はどうにかなるほどの実力はあるのだから、いいとしよう。
夏は面倒くさくなって、思考を投げた。
「ん、もみじ」
「はいです」
「今はまだ朝だよね」
「分かりました。今はもうすぐ昼時です」
つまりは夏は昼近くまで寝ていたわけだが、そこについては触れないでおこう。
「昼時……夜になったら動こうか。イドルっていう貴族の屋敷の場所は分かる?」
「イドル……俺は知らないです。でも、なおに聞けば分かると思います」
「それじゃあ、そのなおも呼んでほしい。屋敷の場所を割り出して、真夜中になり次第、そこに向かう。隠密魔法が使える子がほしいけど……」
「隠密魔法です? 潜入でもするのですか?」
「そう。使える子は居る?」
「使えるとしたらなおでしょう。なおならドライファクラスまで使えるのです」
「なおは同行確定か」
なおというフィロリアルについても気になるが、それは後だ。
まずはイドルの屋敷を突き止め、イタチ娘を救出。身なりを整えさせたら王都で宿を取って寝かせておく。それから、早朝まで待って……
にやり、と夏は笑っていた。
(盾成りファンがあの名シーンを見逃すわけがない)
いいシーンとはお世辞でも言えないだろう、あの名場面。
マイルド主人公がやさぐれる決定的な出来事が起こるシーンである。リアルでアレを見たいと思う人はあまり居ないと思うが……
(というか大体は助けようとするわな)
だが夏はそこの干渉をするつもりはない。夏がするのは鑑賞のみだ。
主人公を見捨てるようで悪いが、これからの展開のためにはそうなって貰わないといけない。
ただしあのシーンはイタチ娘に見せるわけにはいかない。9歳の幼い彼女に現実のえげつなさを見せるにはまだ早いし、ましてや自分の好きな盾の勇者が酷い目に合うのを見ているだけしか出来ないのだから、深い傷心にとどめを刺すようなマネをする結果となってしまう。
これからの事を考えると、肉が露出している酷い傷口に塩の山を容赦なく擦り込むような行為をするわけにはいかない。
(あのシーンは絶対に見届ける。時間に遅れそうなら、イタチ娘の救出を先送りにするのもいとわない)
なぜならそれは、あくまで『やりたいこと』なのだから。
「それじゃあ、もみじ、行って」
「わかりましたー」
ダッダッダと猛スピードで走り去っていくもみじを見届けながら、夏はひとり静かに自嘲する。
「……これから関わることになる人を見捨てるなんて、我ながら最悪だな」
これからのストーリー展開において、逃れるわけにはいかないとはいえ、高みの見物を決め込む自分に吐き気がする。
まるでこの世界における『波の尖兵』のようにも捉えられるような行動だ。救える力を持っているにもかかわらず、見捨てるような真似をするのだから。
救える命を見捨てるようなことをしていることだってそうだ。あのシーンを見るためだけに救出を先送りにして、その間に死ぬ可能性もある。それを分かっていながら、夏は場合によっては見捨てるという選択をしている。
ふと、夏は主人公が時々偽悪的な振る舞いをすることを思い出した。
(主人公は偽者の悪だけど、私は本物の悪だな)
あの主人公は最後まで優しさを、勇者らしさを失うことは無かった。それに比べれば私は、自分勝手で趣味の為に悪を黙認する、勇者の皮を被った偽者だろう。
なんだか、フィトリアの中身が日向夏という存在によって塗りつぶされたことが、酷く申し訳なく思えた。
フィトリアに転生した夏は、情報収集隊隊長・なおちかに出会う。
なおちかに連れられ、高級治療薬を手に、イドルの館へと乗り込んだフィトリアが見たのは、丁度『盾の勇者の成り上がり』においてのメインヒロインが馬車に入れ込まれて運ばれていく姿だった。
夏はなおちかの隠密魔法で姿を隠して、メインヒロインの幼馴染・リファナのいる牢獄に忍び込もうとする。しかし、馬車を見送っていたイドルに隠密魔法を看破されてしまい……
次回『夏、初めての潜入』