「さあ、遠慮せずに食べてね。堤君は
「はい、頂きます」
七海は品良く家具が整えられたお洒落な感じのする『加古隊』の隊室のソファーに座りながら、部屋の主────『加古隊』隊長、
食べているのは、『トマトサーモン炒飯』。
トマトがサーモンの魚臭さをいい感じで打ち消しており、割と
『加古隊』の隊長の加古は長身のセレブオーラを纏った美人であり、A級部隊の長の一人として中々癖のある性格をしている。
マイウェイを全力でモンローウォークするタイプの加古の趣味は、『炒飯作り』。
『ボーダー』でも有名な、加古と付き合っていく中で最も注意しなければならない必須事項である。
加古は、料理の腕自体はそこまで悪くない。
どころか、料理上手なタイプに入る。
…………だが、問題となるのは加古の有り余る
加古は何をどう間違えたらそういった発想に至るのか、炒飯の具にとんでもない具材を使用する事がある。
10回中8回は絶品の激ウマ炒飯が出来上がるのだが、残り二回の
何故か予め用意してあった布団の上で倒れている『諏訪隊』隊員
堤は加古に気に入られているらしく、頻繁に彼女の炒飯の被害に遭っている。
彼は割と運が悪い方なのか、他の隊員が数回に一度のペースで
『加古隊』隊員の
尚、七海の場合は無痛症で味覚が殆ど感じられない為、加古の『外れ炒飯』を引いてもダウンする事がない。
加古も七海の事情については承知しており、七海に炒飯を作る時は濃い目の味付けを心がけている。
それを功を奏しているのか味を濃くする為に入れた調味料の味が強くなり、味を僅かにしか感じ取れない七海は加古の炒飯の攻撃力の源である
先程も堤と同じ『いくらカスタード炒飯』を食しているのだが、味を濃くする為に入れた醤油の味によってカスタードの甘味が緩和され、ほぼノーダメージでの完食に成功していた。
七海は特に問題なく『トマトサーモン炒飯』を食べ終えると、「ご馳走様でした」と告げ、加古にお辞儀をした。
「先日も、うちの志岐を送って下さってありがとうございます。いつも、助かってます」
「ふふ、大丈夫よ。私もそこまで手間じゃないし、あの子と話すのは楽しいしね」
加古は意味深な笑顔を浮かべるが七海はその真意には気付かず、ただ真摯な言葉を返す。
『那須隊』オペレーターの小夜子は重度の男性恐怖症の為、普段は家に籠ってボイスチャットで隊員と連絡を取り合っているが、『防衛任務』の時等は『ボーダー』本部の自隊の作戦室に赴く必要がある。
その為、彼女が男性と会わないように車での送り迎えを買って出てくれたのが加古なのだ。
最初は人通りが少ない深夜のうちに熊谷や七海の付き添いで『ボーダー』本部へ行き、任務のシフトまで『那須隊』の作戦室で過ごしていたのだが、その事を聞いた加古が「じゃあ私が送ってってあげるわ」と申し出てくれたのだ。
加古は任務のシフトを組む
話を聞いた本部オペレーターの
以来、どうしても二人の都合が合わない日を除き、小夜子の送り迎えの労力はかなり減ったと言っていい。
小夜子は散々お世話になっているからは沢田と加古の二人には頭が上がらない様子で、なるだけ迷惑をかけないように短期間であれば作戦室に泊まり込む事もするようになった。
その為、SFめいた内装(小夜子の趣味でデザイン)の那須隊の作戦室には小夜子が寝泊まり出来るよう小規模の居住スペースが追加されており、彼女の趣味であるアニメやゲームもそれなりに持ち込んでいる。
特にそういった趣味がなかった那須隊のメンバーも興味本位でやってみた結果サブカル趣味も悪くないと感じたのか、ちょくちょく小夜子と一緒にアニメを見たりゲームをしたりしている。
特に好評だったのが格闘ゲームであり、那須は鞭使いの軍人風女性キャラや氷使いの少女のキャラを使い分け、熊谷は眼帯をした軍人の男性キャラを使ってゲームを楽しんでいた。
ちなみに七海はトランプを武器にする老紳士のキャラを、小夜子は「お別れです!」と度々叫ぶ青い神父服のキャラを使っている。
男性恐怖症も、ゲームの世界にまでは適用されないらしかった。
戦績はなんだかんだプレイ時間の多い小夜子がトップで、熊谷、那須、七海の三人はさしたる差はない。
まあ、ゲームやアニメのストックは小夜子の家の方が多い為、今では皆で小夜子の家にお邪魔してやる事も多いのだが。
それを思い返しながら、七海は加古に返答する。
「ですが、お世話になっているのは事実ですので」
「真面目ねぇ。悪い事ではないけれど、もう少し
「一応、志岐達と共にゲームをする事はありますが……」
加古の二宮に対するディスりはいつもの事なのでスルーし、七海は当たり障りなくそう答えた。
彼女が名前をあげた
二宮は以前はA級に属していたが隊員の隊務規定違反のペナルティによってB級に降格され、今ではA級への登竜門的な扱いをされている。
B級のトップ2である『二宮隊』と『影浦隊』はその両方が元A級であり、ペナルティによってB級部隊となっている。
つまりA級相当の実力はそのままである為、彼等がB級になってからはその順位が下がった事はない。
加古は昔馴染み故なのか二宮を特に毛嫌いしている様子があり、普段から繰り返し毒を吐いている。
二宮本人の前でもその様子は一切変わらず、気難しい隊長のフォローを担当している『二宮隊』の
この件に関しては下手に触っても碌な事がなさそうなので、スルーするに限る。
「インドアな趣味もいいけど、アウトドアも良いものよ? なんなら、今度ドライブに連れて行ってあげましょうか? 玲ちゃんも一緒に」
「はい、後で玲に話してみます」
「ふふ、よろしくね」
それから、と加古は思い出したように告げた。
「小夜子ちゃんにも、構ってあげてね。彼女、割と寂しがり屋みたいだから」
「そうですか……? 俺を受け入れてくれたとはいえ、男性恐怖症の彼女に過度な接触はどうかと思っていたのですが……」
「一度受け入れた七海くんなら、大丈夫よ。貴方は、充分に彼女の信頼を勝ち取っているわ。それに……」
いえ、と加古は口に出しかけた言葉を引っ込め、笑顔で取り繕った。
「私からあれこれ言うのは野暮ってものよね。こういうのは、本人達に任せるべきだし」
「はい……?」
疑問符を浮かべる七海に対し、加古はくすりと笑みを漏らした。
「ふふ、なんでもないの。とにかく、小夜子ちゃんを大事にしてあげてね。自分から積極的に話しかけるとか、そういう事でいいから」
「は、はぁ……そういう事であれば」
一向に加古の真意を見抜く事が出来ず、七海は困惑するばかりだ。
無理もない。
七海は小夜子の事を
あれこれと根掘り葉掘り聞くのはどうかと思った事に加え、七海はあくまで彼女が
小夜子の会話から彼女の想いを察した加古とは、認識のズレが生じるのは当たり前である。
彼女は小夜子本人とは違い、彼女がその想いを押し込めるべきだとは考えていない。
恋愛に明確なルールなんてものがない以上、好きならば好きと言い、可能であるならば略奪愛も上等だ、というのが加古の恋愛観である。
なので、思ってしまったのだ。
七海の想いが誰に向いているかは承知しているが、それはそれとして玉砕するまで
成功する可能性が低いのだとしても、まずは突貫しない事には始まらない。
だから時々こうして七海を誘導したり、小夜子に発破をかけたりしているのだ。
余計なお世話、と言うなかれ。
彼女がそんな行動を取っているのは、七海と那須の関係の
二人の関係性が捻じれて絡まりきっている以上、当人達だけで変革を齎すのは難しい。
必要なのは、
那須はこれまで、那須隊やお世話になっている加古達以外の女性が七海に近付く事を徹底して嫌っている。
そんな那須の姿を知っているからこそ、『ボーダー』の女性陣は彼に不用意に近付く事を控えている。
だからこそ、小夜子という存在は貴重なのだ。
那須が
その彼女がその想いを表面化させれば、那須の考えにも変化が訪れる筈だ。
そして、そうなれば七海も変わらずにはいられない。
小夜子が本当に
加古は、それを期待している。
いずれにせよ、このままでは遠からず関係が破錠するのは目に見えている。
ならば、いっそ派手に爆発させてしまった方が良い。
那須にとっても、七海にとっても、小夜子にとってもだ。
小夜子は自分の想いを上手く押し殺していると思っているようだが、それは彼女の交友関係が狭いが故の錯覚に過ぎない。
加古のような者からしてみれば、その想いはすぐに察する事が出来る。
そもそも、想いを遂げるにしろ玉砕するにしろ、決断は早い方が良いというのが加古の考えだ。
小夜子自身は一生独り身でも構わないと考えているのかもしれないが、加古に言わせて貰えば自分から選択肢を切り捨てるべきではない。
どうしても七海を諦めきれないならば、いっそ公認の愛人でも目指す気概でやった方が良い。
それは極論だとしても、今の小夜子のスタンスが気に食わないというのが正直な感想だった。
女は男に尽くして当然、だとは加古は全く思わない。
古い日本の価値観であればそれでいいのかもしれないが、21世紀になってそれはあまりに時代遅れだ。
あれこれと何から何までやってあげるつもりまではないが、多少の
それが、今の加古のスタンス。
どちらにも深くは肩入れしない、あくまで
「それより、そろそろB級のランク戦よね? 準備は万端?」
話題を切り替える為、加古は間近に迫ったランク戦の事を切り出した。
既に日付は9/30であり、ランク戦開始までそう時間はない。
切り出す話題としては、順当なものである筈だ。
「ええ、大丈夫です。部隊の仕上がりも形になっていますし、作戦も色々練っています」
「そう。ま、私が言わずとも他の面々が聞いてるか。余計なお世話だったわね」
「いえ、お気遣いありがとうございます」
加古の言葉に七海は畏まり、そんな彼を見て加古はくすくすと笑う。
「本当、真面目ねえ。そう思わない? 双葉」
「そうですね。でも、そこが七海先輩のいいところなので」
加古はそれまで炒飯によるダメージで倒れた堤の面倒を見ていた双葉に話を振り、双葉は柔らかな笑顔でそう答えた。
入隊してそう間もない双葉は加古の伝手で七海を相手に模擬戦を繰り返しており、今では七海が稽古をつけるような恰好になっている。
彼女の使用する予め設定した軌道を高速で移動する試作トリガー、『韋駄天』は確かにそのスピードは驚異的なものの、何処に攻撃が来るかサイドエフェクトで察知出来る七海にとっては
結果として新しいトリガーを得て調子に乗っていた双葉の自信は、七海によって完膚なきまでに叩き潰された。
最初はその事もあって七海に反発していたものの、七海の人の良さとその悲惨な過去を知ってからは尊敬出来る先輩として慕ってくれている。
その甲斐もあって『韋駄天』に頼り切りの猪突猛進な戦法は改善の兆しを見せており、それを狙って二人を引き合わせた加古も満足する結果となった。
「七海くんも、ランク戦関連で試したい事とかが出来たらいつでも言ってね。私も双葉も、声をかけられればいつでも練習相手になってあげるから」
「はい、私も出来る限り協力します。私も、先輩が上に上がれるよう応援していますから」
「…………ありがとう。必要になったら、お願いします」
二人の厚意に七海は感謝し、頭を下げる。
いい加減良い時間になったので七海がお暇しようとすると、加古が「あっ、そうだ」と言って呼び止めた。
「炒飯、多く作り過ぎちゃったからおにぎりにしておいたわ。良かったら食べて頂戴。お腹一杯なら別に知り合いに渡してもいいわよ」
「はい、ありがたく頂きます」
七海はタッパーに詰められた炒飯おにぎりを受け取り、『加古隊』の隊室を後にした。
そうして持ち帰った『チョコミント炒飯』のおにぎりは、紆余屈折あって帰りに出会った太刀川の腹に収まる事になり、その日の個人ランク戦では負けなしだった太刀川は炒飯によって
加古さん回です。これで後は茜ちゃん回と風間さん回を残すくらいか。
ランク戦開始まであと僅か。お楽しみに。