痛みを識るもの   作:デスイーター

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香取隊⑦

「ここで隠岐隊員、緊急脱出……っ! 落としたのは『香取隊』、三浦隊員だ……っ!」

「上手い事やったね。三浦くん」

 

 今試合初の緊急脱出に、会場が沸き立つ。

 

 その様子を、犬飼はニヤニヤと笑みを溢しながら眺めている。

 

 犬飼の人の悪そうな笑みに気付いた北添が、思わず苦笑した。

 

 先程から犬飼が『香取隊』贔屓の発言をしている事を、北添はなんとなく察していた。

 

 聞く所によると、『香取隊』の若村は犬飼の銃手としての弟子らしい。

 

 ならば、今回『香取隊』が使用した『スパイダー』を用いた戦術は彼が伝授したものだろう。

 

 なにせ、以前二宮隊には『スパイダー』を使う狙撃手がいたのだから。

 

 ペナルティでB級に降格される前のA級時代のランク戦で、張り巡らされた『スパイダー』を使って動き回る犬飼を相手にしたのは、一度や二度ではない。

 

 そんな北添からしてみれば、『香取隊』が誰から『スパイダー』の使い方を教わったのかは一目瞭然だ。

 

 犬飼は飄々としていて真意が掴み難いが、それでも弟子の成長は素直に嬉しいらしい。

 

 人を食ったような態度で知られる犬飼だが、別に冷血漢というワケではない。

 

 ただ、公私をきっちり分ける事が出来、合理的に物事を運ぶのが抜群に上手いだけだ。

 

 空気を読む力も群を抜いて高く、胸中で何を考えていようがその場の輪を取り持つ為に動く事が出来る。

 

 …………もっとも、言動と思考が一致せず人をからかう事も好きな為、感情をサイドエフェクトで感知できる影浦からは嫌われているのだが。

 

 犬飼は犬飼でそんな影浦の事を好ましく思っているようである為、実際は影浦の一人相撲で終わっている。

 

 まあ、嫌われている事を察しながらもぐいぐい話しかけてくる犬飼にも原因があるのだが。

 

「ん? どしたのゾエさん?」

「いや、なんでもないよ。それにしても、上手く『スパイダー』が作用したね。『スパイダー』は、『那須隊』に対してだけの対策じゃなかったワケか」

 

 そんな北添の思考を察したのか胡乱な眼を向けて来る犬飼に対し、北添は露骨な話題逸らしを行った。

 

 一瞬目を細めた犬飼だったが、それ以上追及する事はなく解説に戻る。

 

「そうだね。『香取隊』が『スパイダー』を使っている事は、今まで『生駒隊』にはバレてなかった。だからこそ、密かに張った網に隠岐くんがかかるのを待ってたってワケだ」

「待ってた、って事は『香取隊』は最初から隠岐くんを狙ってたって事?」

「そういう事だね」

 

 まず、と犬飼は前置きする。

 

「『香取隊』は確かに、『那須隊』に対する対策(メタ)として『スパイダー』を用意した。けど、それだけじゃ『生駒隊』はどうしようもないよね? 『生駒旋空』なら、遠距離から『スパイダー』を建物ごと斬れちゃうんだからさ」

 

 そう、この試合『香取隊』は『生駒旋空』の脅威をチラつかせる事で七海に不用意な『メテオラ』使用を封じる策を取った。

 

 だが、その『生駒旋空』は『スパイダー』に対する明確な回答と成り得るのだ。

 

 遠距離から建物ごと斬られてしまえば、『スパイダー』によるワイヤー地帯は瞬く間に失われる。

 

 つまり、位置を知られてはならなかったのは香取隊も同じなのだ。

 

「なら、話は簡単だ。簡単に位置を知られないように、対策を打てば良い。ねえゾエさん、それには()()()()()()良いと思う?」

 

 ニヤリ、と犬飼は意地の悪い笑みを浮かべる。

 

 そんな犬飼に、北添は苦笑しながら応対する。

 

「普通なら生駒さん、って言いたいけど生駒さんを落とすのはかなり苦労する筈だよね? 遠近両方に対応してるし、落とすのはかなり難しいよ」

 

 生存率も結構高いしね、と北添は告げる。

 

 確かに生駒は東や二宮ほどでないにしろ、それなりに生存率が高い隊員だ。

 

 『生駒旋空』ばかりがクローズアップされがちだが、本人の地力がまず高い。

 

 その上クレバーな判断や咄嗟の機転も効き、戦場での対応力は群を抜いている。

 

 正面からは、かなり落とし難い駒と言えるだろう。

 

「そう。生駒さんを落とせればベストだけど、真っ先に狙えるような相手じゃない。じゃあ、生駒さんの一番の武器────『生駒旋空』の脅威度を下げるには、誰を落とせばいいかって話だね」

「ああ、成る程。その解答が()()()()()()()()って事なんだね」

「そういう事だね」

 

 横から正解を口にした宇佐美に対し、犬飼はそう言って笑みを浮かべる。

 

 北添も正解は分かったようだが、敢えて解答を宇佐美に譲ったようだ。

 

 そのあたりの気配りが、北添が「ゾエさん」と呼ばれ親しまれている所以である。

 

「『生駒旋空』は遠距離の相手も障害物越しに斬ってるけど、レーダー頼りじゃ精度はたかが知れてる。だからこそ、狙撃手の()が必要になるのさ」

「そうだね。狙撃手が高台でスコープ越しに得た情報をフィードバックすれば、オペレーターはより精度の高いターゲッティングが出来るもんね」

 

 そう、『生駒旋空』はランク戦では遠距離の相手でも容赦なく斬り払う脅威として認識されているが、レーダー頼りのオペレートでは障害物を挟んだ遠距離の相手に狙って当てる事は早々出来ない。

 

 その精度を高めているのが、狙撃手の隠岐による観測結果のフィードバックだ。

 

 前回のROUND5で那須隊がやったように、実際に戦う隊員の観測情報があればより精度の高いオペレートが可能となる。

 

 『生駒隊』においてその観測情報の収集を行っているのが、狙撃手の隠岐なのだ。

 

 隠岐はグラスホッパー持ちの狙撃手という持ち味を存分に活かし、素早く高台を抑えて観測情報を部隊で共有する役目を担っている。

 

 彼の観測情報があるからこそ、『生駒旋空』はランク戦であそこまでの猛威を振るっているワケだ。

 

 無論観測情報なしでも『生駒旋空』を適当に振るうだけでも脅威である事に違いはないが、ターゲッティングの精度が高ければよりその脅威度は跳ね上がる。

 

 『生駒隊』において、隠岐は重要な役割を担う駒と言えるのだ。

 

「だからこそ、『香取隊』は最初から隠岐くんを標的に据えてたワケだ。スコープで遠距離を覗ける狙撃手がいなければワイヤー地帯が発見される可能性を低く出来るし、『生駒旋空』の照準も合わせ難くなる」

 

 だから、と犬飼は続ける。

 

「その為に、三浦くんはワイヤー地帯を広げながら隠岐くんが姿を晒すのを待ったワケだ。那須さんを、利用する形でね」

「つまり、那須さんが生駒隊を抑えに行くのも『香取隊』の思惑通りだったってワケかー」

 

 「やるねー、香取隊」と宇佐美は世辞ではない称賛を漏らす。

 

 『玉狛支部』に所属し七海との交流もそれなりにある宇佐美ではあるが、小南と違って私情を実況の場に持ち込む事はない。

 

 割と情深いタチの宇佐美ではあるが、解説の場でもきちんと私情を抑えて公平な立場で解説する事が出来る。

 

 戦場以外では隙だらけの小南とは、色々と違うのだ。

 

 これが自分のオペレートする隊であればまた違った結果になるかもしれないが、宇佐美にとって七海はあくまで『玉狛支部(仲間達)』の知り合いだ。

 

 小南や迅ほど深い交流がない事も、多分に影響しているのだろう。

 

 七海は黒い義手をまだ幼い陽太郎に見せるのはあまり良くないだろうと考え、陽太郎の前には姿を見せないようにしていた。

 

 必然的に、陽太郎の面倒を見ている宇佐美との交流も少なくなりがちとなる。

 

 宇佐美は「心配し過ぎだ」と言ったのだが、七海がその訴えを聞き入れた事はない。

 

 恐らく、七海の姉の葬式で大泣きしたという小南の事が頭に引っかかっているのだろう。

 

 自分が姿を見せる事で、幼い陽太郎に余計な疵を残す事を厭うている。

 

 あれは、そんな反応だった。

 

 宇佐美としてはなんとかしてやりたいが、中々その切っ掛けがなくて困っていた所だ。

 

 小南達の話ではROUND3での敗戦を経て色々変われたらしいし、今ならば宇佐美の訴えも聞いてくれるかもしれない。

 

 その為にも、この実況は全力でやり遂げる。

 

 少しでも会話の取っ掛かりを探す為に、公平な立場からビシバシ実況するつもりだ。

 

 取り合えず、この試合が終わったら那須隊の隊室に殴り込もう。

 

 そんな事を考えていた、宇佐美であった。

 

「でも、網を張っていたとはいえよく隠岐くんに追いつけたねー。グラスホッパーを持ってるワケじゃないのに、追いつけるものなんだ」

「きっと、同じ事を隠岐くんも思っただろうね。でも、意外に思うかもしれないけど三浦くんの機動力の評価って結構高いんだよ?」

 

 確か、『8』とかじゃなかったかな? と犬飼は補足する。

 

 機動力『8』は、評価としては香取と同程度。

 

 つまり、かなり高い評価と言える。

 

「けど、三浦くんってそこまで速いイメージはなかったんだけどなあ」

「まあ、それはこれまでの『香取隊』の立ち回りにも原因があるんだよね。三浦くんはこれまで、香取ちゃんの尻拭い()()をやってたようなものだから」

 

 確かに、これまでの三浦は香取のフォローに回っているイメージが強く、必然的に立ち回りは消極的なものになる。

 

 隠岐も、三浦に対しては()()()()()()()()というイメージを持っていた。

 

「けど、要所要所では割と機敏に動けてるんだよね、彼。いつもフォローに回ってるけど、逆に言えば機動力の高い香取ちゃんの補助に回れるくらいの立ち回りは出来るって事なんだよね」

 

 犬飼の言う通り、三浦はこれまでの香取隊の試合でも香取のフォローに終始しているが、銃手である若村と違って攻撃手である三浦が香取をフォローするには直接彼女に近付くしかない。

 

 つまり、香取に追い付ける程度の機動力は、三浦は持っていたという事になる。

 

 今までは単に、香取隊が隊としての機能を放棄していたに等しい為フォローで手一杯になりその機動力を活かす事が出来なかっただけなのだ。

 

「だから、三浦くんはワイヤーを使って隠岐くんに追い付いたワケだ。『スパイダー』は一度出してしまえば枠を消費しないから、『カメレオン』とも併用出来るからね」

 

 後は油断した隠岐くんを仕留めるだけって寸法さ、と犬飼は告げる。

 

 彼の言う通り、確かに隠岐は油断していたと言える。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()がグラスホッパーを使う自分に追い付ける筈がない、と。

 

 隠岐は、以前に戦った三浦の立ち回りを見て、彼の機動力を甘く見てしまった。

 

 それが、彼が真っ先に落ちてしまった要因と言える。

 

「初見殺しは、何も那須隊だけの専売特許じゃない。此処からだよ、本番は」

 

 

 

 

『すんません。落ちてもうた』

「何やってんねん」

「四人編成が売りのウチで隠岐が落ちてもうたら、もうワイ等売りになるモンあらへんやん。女にモテるちゅう看板はどないしたん?」

『いや、モテませんってホント』

 

 隠岐脱落の報は、すぐさま生駒隊に共有された。

 

 漫才のようなやり取りの後、水上はふぅ、と溜め息を吐く。

 

「で、香取隊が『スパイダー』使うとったんは間違いないんやな?」

『はい。ウチもそれに引っかかってやられましたし、イコさん達の近くにもきっとありまっせ』

 

 だが、ただでは落ちないのが『生駒隊』の隊員である。

 

 きっちり()()()()()()()()()()使()()という情報を持ち帰って来た隠岐は、三浦の位置情報と彼がスパイダーを張った可能性のある場所をオペレーターを通じて隊と共有した。

 

 油断して落とされはしたが、出来る事はきっちりこなす。

 

 そのあたり抜かりないのが、隠岐という男である。

 

「なら話は簡単やな。イコさんの『旋空』で、全部薙ぎ払えばええ。建物なくなれば那須さんも身動きとれんくなるし、一石二鳥やろ」

 

 そして、近くにワイヤーが張られているのではあれば取る対策は決まっている。

 

 『生駒旋空』を用いて、周囲の建物ごとワイヤーを薙ぎ払う。

 

 隠岐が落とされた為観測精度が下がりはしたが、建物ごとワイヤーを斬る事が目的である以上さしたる問題ではない。

 

 やるべき事は、明確になった。

 

 ならば、後は実行に移すのみ。

 

 生駒は腰を据え、弧月の柄に手をかけた。

 

『後ろや……っ!』

「……っ!」

 

 だが、そうは問屋が卸さない。

 

 オペレーターの声に振り向けば、そこには透明化を解除して弧月を構えた三浦の姿。

 

 それを視認した生駒は、そのまま弧月を抜き放ち三浦に斬撃を見舞った。

 

「く……っ!」

 

 三浦はそれを、バックステップで回避。

 

 そして、()()()()()()()()()()()、そのまま大きく飛び上がった。

 

「な……っ!? いつワイヤーを張ったんや……っ!?」

 

 まさか、と水上はある可能性に気付く。

 

 自分達は、最初からこの場にいたワケではない。

 

 合流場所としてこの場を選び、結果としてこの場所で那須と交戦を開始したに過ぎない。

 

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のならば、自分達が来るまでに『スパイダー』で網を張る事は可能だ。

 

 目を凝らせば、空中に無数に連なるワイヤーが見て取れる。

 

 最初から、この場所は三浦が張った()の中だったワケである。

 

「けど、それなら糸を斬ればええ。イコさん……っ!」

「おう」

 

 だが、それならそれで『生駒旋空』でワイヤーを薙ぎ払えばいい。

 

 やる事は、先程と変わらない。

 

 三浦も『旋空』をセットしているが、剣速は生駒の方が圧倒的に上である。

 

 今から『旋空』を抜いても、生駒の剣速には敵わない。

 

 生駒は再び弧月を鞘に戻し、居合い抜きの体勢を取る。

 

『イコさん、那須さんが……っ!』

「……っ!」

 

 だが、その抜刀は不発に終わる。

 

 通信越しに響いた海の声に従い振り向けば、上空から降り注ぐ無数の光弾が視界に映る。

 

 生駒は即座に旋空を取りやめ、シールドを展開。

 

 無数の光弾を、『バイパー』を防御する。

 

「アステロイド……ッ!」

 

 水上は此処で三浦を取り逃がしてなるものかと、光弾を放つ。

 

 三浦は空中のワイヤーを踏み込み、上空に退避する。

 

「……っ!」

 

 だが、放たれた光弾は三浦を()()()()

 

 光弾の正体は、通常弾(アステロイド)ではなく追尾弾(ハウンド)

 

 口頭で告げた弾丸とは別種の弾丸を撃ち放つ、水上の固有テクニックである。

 

 流石にこれは避けきれず、三浦はシールドで光弾を防御する。

 

「これも喰らいや……っ!」

 

 水上は更にトリオンキューブを展開し、照準を定める。

 

 更なる追撃を放とうとした、刹那。

 

「またかい……っ!」

 

 上空から、再度降り注ぐ光弾の雨。

 

 水上は仕方なくトリオンキューブを破棄し、生駒と共に全方位にシールドを展開。

 

 光弾の檻、『鳥籠』から身を守る。

 

「海、何やっとんねん。那須さんがフリーになっとるで」

 

 水上は那須を抑えている筈の南沢に通信を繋ぎ、問いかける。

 

 だが、通信から返って来たのは焦ったような南沢の声だった。

 

『大変なんですってっ! 那須さんが、ワイヤーを使って……っ!』

「は……?」

 

 予想外の言葉に、水上が固まる。

 

 一瞬後にはっとなり、空中に立つ三浦を凝視する。

 

 三浦は口元に、笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

「気に食わないけど。使えるものは、なんでも使わないとね」

 

 狭い路地の中、那須は何もない────────否、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 先程の路地の更に奥まった場所にあるそこには、先程までの夜闇に溶け込んだ黒いワイヤーではなく、目立つ色の赤いワイヤーが張り巡らされていた。

 

「うわちゃー、これマズイっしょ」

 

 路地の入口に立つ南沢は、ワイヤー機動を行う那須の動きに付いて行けず、結果的に那須をフリーにしてしまっていた。

 

 故に、那須が向こうの戦場に介入する隙を与えてしまったのだ。

 

 明らかな、那須の援護を目的としたワイヤー地帯。

 

 那須を利用して生駒隊を足止めする為の、香取隊の一手。

 

 それが、露わになった瞬間だった。




 ワートリのパラメーターって評価基準が曖昧な感じするけど、独自解釈入れてみました。

 まあ、分かんないトコは自力で補完するしかないよねってお話。

 三浦くん、原作じゃ香取ちゃんの鉛弾ガード間に合ったり要所要所で機敏に動けてたりするから、隊の動きが改善すればそれなりに動けるようになるかなって考えたワケ。

 おっきーは「前の香取隊」のイメージが強くて、油断しちゃった感じですね。
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