これは厄介な事になった、と水上は内心で愚痴った。
視界の先には、空中に張られたワイヤーの上に立つ三浦の姿。
「ハウンド……ッ!」
水上は、ハウンド────と見せかけたアステロイドを放つ。
口にした射撃トリガーと別種の弾丸を撃ち放つ、水上の固有テクニック。
トリガーの口頭起動は、無発声の起動よりもほんの僅かに速い。
なにより、口頭で起動するトリガーを選択出来る分脳内処理の負担が軽くなる。
射撃トリガーは発射までに射撃トリガーの切り替え、威力・弾速・射程の調整を行い、トリオンキューブを生成。
そこからキューブを分割し、標的を設定して射出するというプロセスを踏む。
そのうち射撃トリガーの切り替えを、口頭発声で省略出来るのだ。
処理が一つ少なくなる分、負担が軽くなるのは通りである。
射撃トリガーをメインで扱う射手の場合、常に脳をフル回転させて戦っているようなものだ。
加えて射手は隊のサポーターである事が多く、幅広い視野を持つ事が求められる。
更にその場その場での迅速な判断力も必要な為、負担を少しでも軽くするに越した事はない。
水上の固有技術は、その理論に真っ向から反するものだ。
口頭で告げた弾丸とは別の弾丸を選択し、射出する。
言うなればそれは、前を向いたまま足元のボールを拾い上げて投げるようなものだ。
地味に見えるが、割と高等技術なのである。
だが、ランク戦では有効な技術である事は確かだ。
結果として水上の弾丸に最大限の注意を払わざるを得ず、他への警戒が薄くなる。
その隙を仲間に突かせるのが、水上の常套手段である。
水上の手口を知っている相手もハメる事が出来るが、実の所この戦法には明確な対処法がある。
「────」
────そう、
三浦は水上が弾丸を発射した時点で、迷う事なくワイヤーを足場に跳躍。
空中機動を繰り返し、素早く水上の側面に回り込む。
たとえ宣言通り
ハウンドに偽装したアステロイドは当然追尾機能はなく、そのままあらぬ方向へ飛んでいく。
その隙を突いて、三浦が弧月を振りかぶり水上に斬りかかる。
「────」
だが、それを黙って見ている生駒ではない。
三浦は水上と生駒の中間に位置しており、旋空を使えば水上を巻き込んでしまう。
故に生駒は、旋空を使わず三浦に斬撃を振るう。
「……っ!」
しかし、三浦は迷う事なくその場から飛び上がり、ワイヤーを足場に空中機動。
水上の頭を飛び越え、その向こう側に着地する。
「アステロイド……ッ!」
そこに、アステロイド────と、見せかけた
「させない……っ!」
その直線状に、三浦は咄嗟にスパイダーを設置。
メテオラはワイヤーに触れ、起爆。
射出したトリオンキューブが次々と誘爆し、爆発で視界が塞がれる。
「どわ……っ!」
爆発をシールドでガードし、後退する水上。
幸い、メテオラのシールド突破力はそう高くはない。
シールドを広げれば、充分に切り抜ける事は出来る。
「────」
だが、
爆煙を突っ切り、こちらに迫るのは弧月を構えた三浦。
シールドでは、叩き斬られる危険がある。
だが、後ろに逃げようにも何処にワイヤーが張ってあるか分からない。
「アステロイド……ッ!」
故に、取れる手は一つ。
射撃トリガーでの、迎撃である。
今度は、偽装なしの正真正銘のアステロイド。
だが、そんな事は三浦には分からない。
ほんの少しでも、逡巡する筈だ。
即ち、この弾丸が一体何であるかを。
少しでも躊躇わせる事が出来れば、それで充分。
時間さえ稼げば、生駒のフォローが間に合う。
本来であれば隊のエースである生駒をフォローするのが自分の役目ではあるが、こうも身動きがとり難いワイヤー地帯では思わぬ機動力を見せた三浦を相手にするには生駒に頼るしかないのが事実である。
その事を口惜しく思いつつも、水上はこの攻撃は凌げると考えていた。
三浦の立ち回りは、時間稼ぎ目的であるのは明らかである。
何を目的に時間稼ぎをしているのかは推察するしかないが、元々守備的な動きの多い三浦であれば此処では無難に回避を選択する筈だ。
先程隠岐を落とした事には驚いたが、その目的は恐らく『生駒旋空』の精度を下げる為。
つまり、
以前よりも、
今回は『スパイダー』なんてものを持ち出している事からも、それが分かる。
サポーターならば、此処で無理してまで踏み込もうとはしない筈。
水上は、そう考えていた。
「が……っ!?」
…………その考えは、
三浦は、確かにワイヤーを使った回避を選択した。
だがそれは、水上の弾丸から逃げる為ではない。
────上空から降り注ぐ、無数の『バイパー』から逃れる為である。
雨の如く降り注いだ
辛うじてシールドでのガードが間に合った為致命傷は免れたが、それでも少なくないトリオンが漏れ出ている。
完全に、してやられた。
(しもうたわ。共闘のように見えてても、那須さんは
そう、那須と三浦は一見共闘しているように見えても、その本質は敵同士。
那須は三浦の張ったワイヤーを利用出来ればそれでいいのだから、三浦が落ちても何の問題にもならない。
いやむしろ、此処で纏めて落としておこうという心づもりだろう。
機動力を封じるワイヤーを張る三浦は、足で相手を翻弄する那須や七海にとって天敵に等しい相手だ。
故に、片手間で海の相手をしながら隙あらば水上達諸共片付けてしまおうという魂胆だろう。
(多分、それも三浦は計算づくやな。三浦は自分を囮にする事で、那須さんに俺等を狙わせとる。自分を狙った弾丸を、疑似的な援護として活用する為に)
そして、それは三浦とて承知の上。
三浦は自分を狙った那須の弾丸を、
立ち回りが、上手い。
認めよう。
今の香取隊は、以前の香取隊とは別物だ。
以前のように、香取がやられれば脆く崩れるだけの不安定な部隊ではない。
何より、目つきが違う。
今の三浦には、貪欲に勝利を求める執念が見て取れる。
以前の、隊のフォローで手一杯だった頃の彼ではない。
香取隊は、良い意味で貪欲になった。
この『スパイダー』も、恐らくは那須隊の対策として持ち込んで来たものだろう。
機動力を主とする七海や那須には、このトリガーは
此処まで来れば、分かる。
三浦は、香取が七海を落とすまでの時間を稼いでいるのだ。
生駒隊に、その邪魔をさせない為に。
このワイヤー地帯は、自分達にとっては見えない糸により
ワイヤー機動を得た香取は、かなりの脅威である事は予想出来る。
相手が素の機動力で彼女を上回っている七海でなければ、とうにやられている事だろう。
だが、未だに三浦が時間稼ぎに徹している所を見る限り、まだ香取は七海を追い込み切れていないらしい。
(ログを見る限り、防御や回避に徹したらA級並みの動きをしとったな。あれに粘られたら、中々骨やろな)
水上は、七海が出た今期の那須隊の試合ログには全て目を通している。
そこで垣間見た七海の回避能力は、A級の面々と比べてもなんら遜色ないものだった。
防御や回避に徹すれば、七海の生存能力はかなり高い。
自分で得点せずとも、仲間が相手を落とす隙を作れればそれで良い。
あれは、そう割り切った動きだった。
攻撃能力と爆発力は香取の方が上であるが、それでも機動力や回避能力、試合全体を俯瞰する能力は七海の方が上であると水上は見ている。
ワイヤーの補助があっても、香取では生存に徹した七海を落とすのは相当な時間がかかるだろう。
このままでは、千日手の状態に近い筈だ。
(けど、三浦にも向こうで海と戦り合うとる那須さんにも焦りが見えん。此処を早く片付けてあっちのフォローに回ろういう意思がまるで無いなあ)
そこまで考えて、水上は那須隊の────正確には香取隊の思惑に気付く。
そして舌打ちし、那須と戦闘している海に通信を繋いだ。
「海っ、那須さんは何とか出来へんのか……っ!? さっきからこっちに弾飛んできとるで……っ!」
「何とか出来るものならしてますよお~……っ!」
赤いワイヤーが張り巡らされた路地の中、南沢は悲鳴のような声をあげていた。
彼の視線の先には、ワイヤーを伝って空中を滑るように動く那須の姿。
水上達の周囲に張り巡らされたワイヤーと違い、此処に張り巡らされた赤いワイヤーは那須にも南沢にもハッキリと見える。
故に、ワイヤーを使った機動は南沢にも可能だ。
南沢はワイヤーを足場に、那須に肉薄しようと駆ける。
だが。
「────」
「うわわ……っ!」
四方八方から迫り来るバイパーの雨に、南沢は防御に徹さざるを得ない。
その間に那須は高速でワイヤー地帯を縦横無尽に駆け抜け、秒単位で位置を変えながら
確かに、ワイヤーを使えるのは那須も南沢も同様である。
だが、空中戦の心得なら、那須の方が遥かに上だ。
南沢も割と身軽なタチではあるが、グラスホッパーによって強化された那須の機動力の前では一歩譲る。
何より、
遠距離攻撃の手段が旋空しかない南沢では、那須を射程に収める前に弾丸で押し返されてしまう。
しかも那須のバイパーはワイヤーを避けて正確に南沢を狙う為、射撃を繰り返してもワイヤーが減る気配はない。
「旋空……っ!」
ならばと、旋空でワイヤーを斬ろうとする南沢。
だが。
「うわ……っ!」
そんな隙を、那須が見せる筈もない。
速度重視にチューニングされたバイパーが、南沢に襲い掛かる。
南沢は止む無く旋空を中断し、
全方位から襲い来る『鳥籠』を、広げたシールドで防御する。
那須の攻勢は、緩まない。
再度、バイパーの雨が南沢に降り注ぐ。
南沢は両防御を維持しながら、那須に少しでも肉薄しようと駆ける。
「あ……っ!」
だが、南沢に迫っていた弾丸の半数が、上空へと進路を変えた。
その先に何があるかは、言うまでもない。
「すいませんイコさんっ、また那須さんの弾がそっち行きました……っ!」
「那須さんの弾って、なんや花火みたいで綺麗やなあ」
「見惚れてる場合かい……っ!」
上空から降り注ぐバイパーの雨を、生駒達は広げたシールドで防御する。
そんな中、三浦はワイヤーを使い、いち早く那須の弾丸の射程外へ退避している。
ワイヤーが張り巡らされたこの状況では、空中機動を自在に行える三浦の方が有利だ。
このままでは、じり貧になる。
だからこそ、手を打たなければならないが……。
(この様子じゃ、海が那須さんを仕留めんのは無理やな。那須さんの射程の有利が大き過ぎる。香取隊の狙いが分かった以上、このまま放置したらあかん事になるんは目に見えとる。点を毟り取られて終わるのはゴメンや)
水上は状況を頭の中で整理し、的確な采配を思考する。
自分が南沢の所に行って那須を落とす────却下。
三浦がそれを見逃すとは思えないし、バイパーを自在に操る空中をハイスピードで動き回る那須相手に撃ち合うのは明らかに不利である。
南沢を呼び戻して三人で三浦を落とす────却下。
那須をフリーにすれば、今以上の弾丸が襲い掛かって来る。有り得ない。
頭の中で次々と策が浮かんでは却下し、水上の頭脳がこの場での最適解を導き出していく。
この場の状況、那須隊や香取隊の狙い、自分達の強み。
それらを踏まえた上での、最善の選択。
「────これやな」
────水上は、それを選び取った。
無数の選択肢の中の、唯一の
不確定要素はあるものの、この時この場から組み立てられる情報ではこれが限界だ。
だが、それで問題はない。
多少の粗は、力押しで埋めれば良い。
それが出来るだけの地力を、自分達は持っている。
那須隊も、香取隊も、決して侮れる相手ではない。
だが、最後に勝つのは自分達だ。
水上はその自負の下、隊員に作戦を伝える。
生駒隊が、動いた。
水上のあれは地味に高等技術ってのをBBFかどっかで見たんで、そこからワートリの隊員達がトリガー名を言ってる場面を色々見てみたら、やっぱ射撃トリガーが大半なんですよね。
だから発声認識で起動すると少しでも発動が速かったり処理が軽くなったりするのかなと考察してみました。
そのあたり明言されてないけど、きっとこうかなというお話。
もし今後明言されたり自分がどっか見落としてたりしてたらこの世界ではそういう設定だという事でひとつ。