「香取隊の三浦くんと共闘の構えを取った那須隊長、ワイヤーを使った機動とバイパーによる射撃で生駒隊を翻弄……っ! これは生駒隊苦しいか……っ!?」
「正確には共闘じゃなくて利用してるだけ、だけどね」
犬飼は宇佐美の解説に、そっと付け加える。
宇佐美がちらりと視線を寄越した事を察し、犬飼は補足説明を開始する。
「那須さんとしちゃ、利用出来るものは利用するついでに面倒な相手を削っておこう、くらいの認識だと思うよ。それが、三浦くんに誘導された結果だとしてもね」
「ホント、上手く立ち回ってるよね三浦くん。まさか、わざと見え易くしたワイヤー地帯を那須さんの為に用意して疑似的な共闘状態に持ち込むとか、流石に予想外だったよ」
犬飼と北添は口々に、三浦の立ち回りを褒めそやす。
この戦術を提案したのはとうの犬飼なのだが、それを実際にこなしているのは三浦だ。
犬飼が香取隊に示したのは、あくまで大まかな作戦方針のみ。
細かい立ち回りについては幾らかは指導したが、それをこの短期間でものにしたのは間違いなく香取隊の努力の成果である。
それにしても、と犬飼は思案する。
(やっぱり、ワイヤー地帯を使っても七海くんを仕留めるのは香取ちゃんと若村くんには厳しかったか。まあ、ウチは二宮さんがいるから割とどうとでもなるんだけど、そうでなきゃどうやって倒すか頭を捻らなきゃいけない相手だしね)
それもそうだよなあ、と犬飼は内心で溜め息を吐いた。
七海は確かに個人戦であれば幾らかやりようはあるものの、集団戦となると途端に厄介極まりない駒に変貌する。
個人戦と違って自ら踏み込まなければならない場面というのは集団戦ではそう多くはない為、七海は必要とあらば防御や攪乱に専念出来る。
そして、攻撃を捨てた回避陣形を取った七海を落とすのは、並大抵の事では出来ない。
ROUND5では鈴鳴が選んだMAPを活かした戦いで強制的に1対1に持ち込んでいたが、逆に言えばそうでもしなければ集団戦で七海を追い込むのは難しいのだ。
香取の戦闘センスは確かにずば抜けて高いが、クレバーさという点で七海には一歩及ばない。
隊全体が改善の兆しを見せ、香取自身も考えを改めたにせよ、どうしたって
努力をして技術を磨くのは、まず前提条件。
以前の香取隊はその前提条件はおろか、具体的な指針すら定まっていない有り様であった為論外である。
今の香取隊はその指針を定め、ようやく目標を持った鍛錬を開始した段階。
ROUND5では香取を上手く使う事で勝利を獲得したが、それでも付け焼刃である事に違いはない。
(けど、逆に言えば付け焼刃でもあれだけのパフォーマンスは発揮出来るワケだ)
才能って怖いねー、と犬飼は密かに香取のポテンシャルに畏怖を抱く。
そう、今の香取隊は完全な付け焼刃の状態なのだ。
それなのに形になっているのは、香取のポテンシャルがそれだけ高いからだ。
更に言えば、三浦もまた捨てたものではない。
元々、迷走を続けていた香取隊を実質一人でフォローしていたのが彼である。
つまり、それだけの
それまでのような過剰な負担から解放され彼自身も考え方を改めた以上、その性能を腐らせる筈もない。
これまでのフォロー重視の立ち回りから
若村に関しては視野の広さも含めてまだまだな所が多いものの、香取と三浦と共に切磋琢磨していけば上達は出来る筈である。
(でも、七海くんを仕留めきれないのは当初の
でも、と犬飼は目を細めた。
(生駒隊は、中々曲者揃いだよ。特に水上くんは頭がキレるし、生駒さんもあれで中々クレバーだ。そろそろ動いてもおかしくないし、お手並み拝見かな)
「海、ホンマどうにかならんかこれ……っ!」
『そんな事言ったって、こっちも一杯一杯なんですってば~……っ!』
「気張れ、これじゃどうにもならんで……っ!」
悲鳴のような声が通信越しに聞こえ、水上は敢えて大袈裟に慌てて見せる。
その間にも上空からは無数の光弾が降り注いでおり、水上と生駒は防戦一方の立ち回りを強いられていた。
解決策は、あるにはある。
『生駒旋空』を自由に振るえさえすれば、ビルごと那須のいるワイヤー地帯を両断出来る。
那須が視界に入りさえすれば、後はどうとでもなる。
だが、それが出来ない。
「旋空……」
「────」
生駒が旋空の構えを取ろうとするが、そこにやって来るのはワイヤーを伝った三浦の姿。
弧月を振るい、生駒に受け太刀を強要する。
「アステロイド……ッ!」
水上はそこに、アステロイドに偽装したハウンドを放つ。
「……っ!」
だが、三浦は即座にワイヤーを足場に撤退。
今度は水上の背後に降り立ち、弧月を振るう。
「あっちもかい……っ!」
更に、直上からは無数の光弾────
それを見た三浦は、即座にワイヤーを伝って撤退。
水上と生駒は、広げたシールドでのガードを余儀なくされる。
「────」
バイパーの弾幕が過ぎ去った直後、弧月を構えた三浦が水上へと斬りかかる。
それを見て、水上は口角を上げた。
(此処や)
上手く行ってる、と三浦は思った。
犬飼から教え込まれたワイヤートリガー、『スパイダー』。
それを設置したワイヤー地帯に七海を誘い込む事に成功し、香取と若村による足止めにも成功している。
未だ七海を追い込み切れてはいないようだが、元々集団戦での七海をそう簡単に倒せるとは思っていない。
故に、あそこで七海を倒す事が香取隊の作戦────ではない。
それは、駄目で元々。
元より、不利な状況に追い込んだ
七海は攻撃能力こそ香取に一歩譲るが、その生存能力は群を抜いて高い。
彼が今期のランク戦で落ちたのは、ROUND3での東によるスナイプとROUND5における捨て身の一撃の時のみ。
どちらも、彼を落としたのは東というベテランの中のベテランである。
同じ真似が自分達に出来るとは、どうしても思えなかった。
故に、七海を落とす事は最優先目標ではない。
むしろ、
そして、その為には三浦が一人で生駒隊を足止めするという無理難題をこなさなければならなかった。
だが、結果として三浦はそれを何とかやり遂げている。
最優先目標だった隠岐は推測通り三浦の機動力を甘く見て、ワイヤー地帯で罠に嵌り落とされた。
そして肝心の生駒と水上も、赤いワイヤー地帯を利用した那須の疑似的な援護射撃で封じ込める事が出来ている。
僥倖と言うべきか、唯一の不安要素だった南沢も那須が事実上足止めしている状態であり、このままであれば生駒隊を順調に削っていく事が出来るだろう。
最善は那須の弾幕によって削られた生駒隊を自分が仕留める事だが、そう上手くは行かないだろう。
今はログで見た七海の真似をして回避と攪乱に徹する事でなんとか拮抗状態を保っているが、まともに斬り合えば数秒で生駒に斬り伏せられるビジョンしか見えない。
此処は大人しく、攪乱に徹してチャンスを待つべきだろう。
大事なのは、
極論、生駒隊をこれ以上自分の手で落とす必要はない。
香取隊が狙っている
生駒隊は、隠岐以外は
元々、地力では生駒隊が上なのだ。
まともに勝負しては、勝ち目はない。
だからこそ、この膠着状態を作り上げた。
後は、このまま機会を待つだけである。
香取隊が得点する、唯一無二のチャンスを。
(最悪のケースはこの場に熊谷さんか日浦さんが介入して来る事だけど、多分それはない。下手に此処に介入するより、このまま生駒隊を抑える盤面を維持した方が得だって事は分かる筈だ)
実際、この場では三浦と那須の二人だけで生駒隊全員を抑える事が出来ている。
那須隊からしてみれば、下手に介入して落とされるリスクを負うよりこの盤面を維持する方がメリットが大きい。
故に、この場に介入される事はないだろうと三浦は踏んでいた。
(那須さんも僕達に利用されてるのは分かってるだろうけど、乗らざるを得ない。実際に効果が出てる以上、那須さんはこの陣形を捨てない筈)
そして、那須自身も大きく盤面を動かす事はないだろうと三浦は見ている。
恐らくだが、那須は待っているのだ。
向こうの、七海と香取達の戦いに決着を着く事を。
七海さえ
そして、その為の
それこそが、香取隊の狙いとも知らずに。
(もう少し、もう少しなんだ。きっと、長くはかからない。あと少し、生駒隊をこの場で足止め出来れば……っ!)
三浦は那須の弾幕をワイヤーを伝って避けながら、再び水上へと斬りかかる。
此処で距離を詰めなければ、生駒が旋空を使う隙を与えかねない。
故に、多少の被弾は覚悟で接近する。
生駒と自分の間には、水上がいる。
このまま旋空を使えば水上を巻き込んでしまう以上、旋空は来ない。
更に水上は片腕が斬り落とされている上、那須の弾幕で少なくないダメージを負っている。
このまま、削り殺せば良い。
あわよくば、此処で自分が落とす。
「アステロイド……ッ!」
斬りかかられた水上が、射撃トリガーで迎撃する。
水上は口に出したトリガーとは別種の弾丸を撃つ事が出来るので、この弾丸も恐らくアステロイドではない。
だが、状況を考えればその正体を推察する事は可能だ。
この場面で、アステロイドと誤認させた方が
メテオラは、ない。
メテオラを使うには距離が近過ぎるし、こちらがシールドを張れば自爆で終わる為リスクが高い。
ならば、何か。
アステロイドを防ぐ為に集中シールドを展開した場合、もしくは最低限の動きで回避した場合に
「────
つまり、ハウンド。
曲射軌道で三浦に迫る弾丸は、広げたシールドによって受け止められた。
そして、回避を選ばなかった為三浦と水上の距離は離れていない。
即ち、
三浦はそのまま、弧月を水上に振り下ろす。
「く……っ!」
水上は、身体を捻ってその斬撃を回避する。
三浦の剣速は、そこまで速いワケではない。
ワイヤーにさえ引っかからなければ、回避する事は可能だ。
「────『幻踊弧月』」
「が……っ!?」
────そのブレードが、形を変えさえしなければ。
紙一重での回避を行った水上の身体が、陽炎のように形を変えたブレードによって斬り裂かれる。
刀身の形を変え、接近戦での優位を掴むオプショントリガー。
その名は、『幻踊』。
使い手こそ少ないものの、
幻惑の刃が、水上の身体に致命傷を与えた。
(獲った……っ!)
その手応えに、三浦は水上を落とした事を確信する。
間違いなく、致命傷。
即死こそ免れたようだが、あのダメージであればもう反撃はない。
三浦の頬が、僅かに緩む。
それは、明確な気の緩み。
これまで勝ち越せなかった生駒隊に一矢報いた故の、僅かな
それが、彼の命取りとなった。
「が……っ!?」
上空から降り注ぐ、無数の光弾。
魔弾の射手の操る毒蛇は、容赦なく彼等に牙を剥いた。
三浦の身体に、少なくない数の風穴が空く。
致命傷まで、あと一歩。
そのくらいの、痛手であった。
(しまった……っ! 踏み込み過ぎた……っ!)
三浦は、自らの失策を悟る。
水上に読み勝った事で生じた
彼を倒せるという気の逸りが、那須の弾幕への警戒を薄めてしまった。
元より、那須にとっては三浦も生駒隊も倒すべき相手。
それを一網打尽に出来る機会を、彼女が逃す筈がなかったのだ。
(けど、今ので生駒さん達もシールドを張らざるを得なかったから旋空は────っ!)
そこで、気付く。
水上は、
無防備に弾丸を受けた彼の身体は、最早原型を留めていなかった。
だが、その口元は笑っていた。
この状況こそ、彼が待ち望んでいたものであるのだと。
そう、言外に主張しているかの如く。
「旋空────」
「……っ!? まさか……っ!?」
那須の弾丸で穴だらけになった、水上の身体の向こう。
そこには、
(あのシールドは……っ!)
三浦は、気付いた。
水上は、シールドを張らなかったのではない。
自分のシールドを、
自身へのダメージを、顧みる事なく。
全ては、生駒に旋空を撃たせる為に……!
「────弧月」
────そして、遂にその刃が振り抜かれた。
神速の抜刀術から成る、目にも止まらぬ弧月の一閃。
生駒達人の伝家の宝刀が、『生駒旋空』が、戦場を席巻する。
その速度、最早光の如く。
目にも止まらぬ。目にも映らぬ。
剣戟一閃。
渾身の一撃が、神速で振るわれる。
旋空による一閃が、ワイヤーを、建物を、その全てを斬り裂いた。
その射線上にいた者もまた、同じく。
三浦と、建物の向こう側にいた那須の身体もまた、その一撃により両断された。
那須は何が起きたか分からずに唖然とした顔を見せ、胴体を斬られた自身の身体を見下ろしようやく事態を理解する。
『戦闘体活動限界────』
それが、致命。
『────
機械音声と共に三浦と那須は光の柱となって消え去り、それを見届けた水上もまた、光の柱となって戦場から離脱した。
香取隊も頑張ってるけど、負債はまだ返済しきれていないのである。
格段に強くなってはいるけど、生駒隊の地力には届かなかった。
安定感が違うのよね。安定感が。
水上はやっぱり生駒隊の中で一番書き易い。ロジックで動くキャラの方が書き易いのよね。
イコさんはこの作品では武人としての側面を強調してますです。
イコさん節による面白さを引き出すには執筆適性が足りないので、別方面で頑張ってみましたの巻