痛みを識るもの   作:デスイーター

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香取隊⑧

「こ、これは……っ! 水上隊員が捨て身でチャンスを作り、『生駒旋空』が炸裂……っ! 一気に三浦隊員と那須隊長を脱落させたぁ……っ!」

「…………流石、と言うべきだろうね」

 

 生駒隊が成し遂げた成果に、会場の面々は息を呑む。

 

 彼らがやった事は、言葉にすれば簡単だ。

 

 水上が捨て身で生駒をシールドで守り、その隙に生駒が旋空を使って相手を纏めて薙ぎ払う。

 

 だが、それは簡単に出来る事ではない。

 

 確かに水上は三浦から致命傷を負い、最早緊急脱出を待つだけの状態ではあった。

 

 故に残ったトリオンを搔き集めてシールドを張り、生駒を守る事自体はなんら不思議な事ではない。

 

 しかし、那須の弾幕は水上が致命傷を負った直後に飛来している。

 

 予めシールドを生駒の所に張らなければ、間に合わないタイミングだった。

 

 つまり、水上は最初からあの状況を狙っていたのだろう。

 

 恐らく、三浦の攻撃を受けた事も想定内。

 

 『幻踊』による一撃で致命傷を負ったのは想定外であっただろうが、どちらにせよやる事は最初から決まっていたのだ。

 

 即ち、自らが囮となって『生駒旋空』を放つ隙を作る事を。

 

「水上くんのアシストが上手い具合に刺さったね。三浦くんに彼を落とせるかもしれないという()を抱かせて、一歩先へと踏み込ませた。那須さんの弾幕の、被弾範囲内にね」

「イコさんと三浦くんの中間にいた位置取りも、わざとだろうね。水上くんが三浦くんの注意を惹き付ける事で、後ろの生駒さんに自分のシールドを展開した事を悟らせなかった。ホント、見事なモンだね」

「流石、生駒隊のブレインだねえ。頭脳派は伊達じゃない」

 

 あれで眼鏡かけてくれれば完璧なんだけどねー、と宇佐美は余計な事を口走りながらそれにしても、と思う。

 

 三浦を旋空で斬り払ったのは、まだ分かる。

 

 だが、建物の向こうの那須を同じ一撃で両断出来たのは、恐らく南沢の観測情報を元にオペレーターが情報支援を行った結果だろう。

 

 自隊の隊員の観測情報があれば、オペレートの精度は格段に上昇する。

 

 普段は隠岐の観測情報を元にオペレートしているのだろうが、今回はその役割を南沢が担った形だ。

 

 普段とは違う状態のオペレートを、それでも完璧にこなしてみせた。

 

 矢張り、B級上位のチームだけあってオペレート能力も突出している。

 

 様々な意味で、対応力が高い。

 

 これこそが、生駒隊の一番の強みである地力の高さによる安定感なのだ。

 

「でも、イコさんも凄いよねえ。観測情報からのオペレートがあったにせよ、三浦くんと建物の向こうにいた那須さんを同時に斬っちゃうなんて」

「那須さんも、何が起きたか分からなかった、って顔してたからねえ。生駒さんの剣速は、直に味遭わないとその凄さが分からないのが怖い所だよ」

 

 そして、当然ながら隊長である生駒の卓越した剣技は生駒隊の脅威の中でも最たるものだ。

 

 『生駒旋空』の射程と速度を()()()()()知っただけでは、その尋常ではない()()には対応し切れない。

 

 B級上位部隊として生駒隊と幾度も戦った事のある三浦だが、専ら生駒と直接戦っていたのは香取の方であり、三浦は生駒と戦り合う機会はあまりなかった。

 

 何より、三浦と生駒では剣速と近接戦闘での反射神経が大分異なっている。

 

 三浦が生駒と水上の二人を抑えられたのは、あくまでワイヤー地帯でブーストした機動力と那須の疑似的な援護射撃があったからだ。

 

 仮に最初から何の準備もなしで生駒とかち合った場合、成す術なく落とされていたであろう事は想像に難くない。

 

 故に、三浦は生駒の旋空の速度を知ってはいても反応し切れなかった。

 

 那須に至っては、実際に生駒旋空を見たのは今回が初めてである。

 

 一度『トマホーク』を『生駒旋空』で撃ち落とされた時も驚愕していたが、今回の一撃はあの時よりも更に剣速が上がっていた。

 

 その理由としては、今回は水上のシールドによるガードがあった為、完全な状態での居合い抜きが行えた事だろう。

 

 生駒は剣を抜いた状態からでも『生駒旋空』を放てるが、居合い抜きで放たれた『生駒旋空』の速度は抜刀状態のそれよりも更に速い。

 

 それに加えて、建物越しに放たれた旋空は気付いた時にはもう手遅れだ。

 

 建物が斬られた段階で察知しても、回避が間に合うワケがない。

 

 『生駒旋空』を避けるには、それこそ放たれる事そのものを予測する他無いのだから。

 

「これで生駒隊が二点、那須隊が一点獲得かー。香取隊が現在一点だから、生駒隊が一点リードだね」

「そうなるね。水上くんの点を那須さんに掻っ攫われたのが、香取隊としては痛いかなー。一撃で即死させてれば、また違ったんだろうけどね」

 

 犬飼の言う通り、三浦は確かに水上に大きなダメージを与えたが、致命傷となったのは那須の変化弾(バイパー)だ。

 

 一撃でトリオン供給器官を破壊出来ていれば三浦の得点になったであろうだけに、香取隊としては口惜しい筈だ。

 

 結果的に水上のトリオン供給器官を射抜いたのは那須のバイパーであり、三浦の弧月ではない。

 

 あのままトリオン漏出過多で緊急脱出となっていれば三浦の得点になっていただろう事を考えると、本当に惜しかったと言える。

 

「ともあれ、これで生駒隊がフリーになったね。こうなると、香取ちゃん達もゆっくりしちゃいられなくなった」

 

 でも、と犬飼は笑みを浮かべる。

 

「此処からが、見ものだね」

 

 

 

 

『ごめん、失敗した。生駒さんがフリーになっちゃったよ』

「いや、むしろ此処までよくやってくれた。無茶ぶりしたのはこっちだしな」

 

 緊急脱出した三浦からの通信に、若村は労いを返す。

 

 確かに生駒隊がフリーになったのは痛いが、あの生駒隊を相手に三浦一人で時間稼ぎをさせるなどという無茶を敷いたのはこちらなのだ。

 

 故に労いはすれど、罵倒などする筈がない。

 

「それより、生駒隊がフリーになったって事はもう時間ないんでしょ? このまま作戦通りでいいワケ? 生駒隊が来る前に、事を済ませなきゃならなかったんでしょ?」

 

 香取もまた、過ぎた事として三浦を叱責する言葉は吐かない。

 

 以前であれば愚痴の一つでも飛び出していた所だが、今の香取はやるべき事をきちんと弁えている。

 

 反省会は、後でも出来る。

 

 今は、試合中。

 

 ならば、()()()()()()()()よりも()()()()()()()()()に思考を回した方が建設的だ。

 

 この当たり前の思考が出来る程度には、香取隊は成長していた。

 

 以前は、それすら出来ていなかった事を考えれば大きな進歩と言える。

 

「────」

 

 今は、銃撃を継続しながら七海と睨み合っている状態だ。

 

 ワイヤー地帯で身動きが制限された七海は、即座に攻撃を捨てた防御機動に切り替えた。

 

 攻めっ気を捨て、回避と防御に徹する事で香取と若村の攻撃を捌く事に専念しだしたのだ。

 

 こうなると、香取と若村の二人がかりでも攻めきれない。

 

 元より、機動力では七海の方が上なのだ。

 

 特に回避・防御能力において、七海はボーダーの中でも群を抜いている。

 

 伸び悩んでいた所をようやく前を向き始めたばかりの香取と、銃手としての成長が頭打ちになっている若村では二人がかりでもキツイ相手だ。

 

 これが個人戦ならばまだ勝ちの芽も見えて来るのだが、生憎今やっているのは集団戦。

 

 つまり、七海の最も得意とする戦場(フィールド)である。

 

 ワイヤー地帯で動きを制限したとしても、攻めきれないのは通りであった。

 

『どうすんのよ? 七海を追い込んで()()()()()()()()()()()()()()()のが作戦だったでしょ? 結構時間経ったのに、誰も来ないじゃない』

 

 香取が七海に聞こえないよう、通信で相談を持ち掛ける。

 

 そう、それこそが、香取隊の作戦。

 

 七海をワイヤー地帯で追い込むのは、あくまで目的の為の()()

 

 本命は、七海を援護する為に現れるであろう()()()()()()()()()である。

 

 これまでのランク戦で、那須隊の戦術は基本的に一貫している。

 

 即ち、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事である。

 

 那須隊は他の隊と比べて、合流をあまり優先しない。

 

 必要な時が来るまで隊員を徹底して隠れさせ、必殺の機会を待って逐次隊員を投入して得点を掻っ攫う。

 

 それが、今の那須隊の基本戦術だ。

 

 つまり、逆に言えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()確率が高いという事だ。

 

 故に、香取隊はワイヤー地帯で七海の動きを封じ込め、そこに救援に来た熊谷なり茜なりを狙って落とす。

 

 これを、今回のROUNDの基本方針としたのである。

 

 現在、香取隊の得点は一点。

 

 熊谷と茜を落とす事さえ出来れば、三点。

 

 最低限、それだけは取っておきたい。

 

 欲を言えば七海や南沢も落としておきたいが、それは状況を見極めて判断する他ない。

 

 生駒に関しては、落とせれば儲けものという扱いだ。

 

 落とせそうな機会があれば狙うが、決して無理はしない。

 

 以前の香取であれば無策で突っ込む可能性もあったが、今の香取は自分を客観視する事が出来ている。

 

 正面からでは、まず生駒には勝てない。

 

 確かに香取は格上の相手に勝つ事を諦め、燻っていた。

 

 故に今は個人戦で格上の相手とも積極的にやり合い、経験を積んでいる。

 

 だが、今は個人戦ではなくチーム戦である。

 

 ROUND5の那須隊は格上を倒す経験を積む為にポイントを度外視してでも東を落とす、という方針を取ったが、あれは那須隊のポイントにある程度余裕があったからこそ出来た事だ。

 

 今の香取隊のポイントは、上位に残留するギリギリのものでしかない。

 

 ランク戦が戦闘訓練であり那須隊のような方針も間違ってはいないが、それはそれとして上位残留には執着がある。

 

 今回は最終ROUND終了時に上位残留したチーム全員にA級に昇格する機会があるというのだから、猶更だ。

 

 だからこそ、今回はクレバーにいく。

 

 それは、この試合の前に隊全員で決定した方針だった。

 

 自分達の隊が現時点でA級に相応しいかどうかはともかく、挑戦の機会をふいにするのは頂けない。

 

 やれる事は、やるだけやってやる。

 

 それが、今の香取隊の方針であった。

 

『葉子ちゃん。多分だけど、そろそろ来るよ。だって、時間がないのは那須隊も一緒だから』

 

 那須さんが落ちたからね、と三浦は通信で告げる。

 

 そう、生駒隊がフリーになって困るのは、自分達だけではない。

 

 那須隊もまた、『生駒旋空』を警戒せざるを得ない状況に陥った。

 

 お互いバッグワームを着て戦っている事もありまだこの場所は生駒隊には割れていないが、彼等がフリーになった以上もう時間の問題である。

 

 この状況で何の手も打たないのは、ただの馬鹿だ。

 

 確実に、何か仕掛けてくる。

 

 それが三浦の見解であり、染井もまたそれには同意していた。

 

『多分、すぐにでも来ると思う。恐らく熊谷さんが陽動を買って出てそこを日浦さんが狙う筈だから、狙撃に警戒して』

『日浦さんはライトニングしか使って来ないみたいだから、シールドさえ貼れれば防げると思うよ』

「そうだな。後はテレポーターにも注意、か」

 

 二人の見解に若村も同意し、香取はその言葉に顔を顰める。

 

 前回茜のテレポーターのセットを知らず、転移狙撃で仕留められたのは他ならぬ香取なのだ。

 

 あの敗戦は彼女としても苦い記憶であり、未だ忘れ難い。

 

 だが、今度はあんな失敗はしない。

 

 染井と三浦に言われ、今回の試合までに今シーズンの那須隊の試合ログは全て目を通した。

 

 それを見た結果、情報不足でどれだけ自分が墓穴を掘っていたのかを思い知った香取である。

 

 特に茜のテレポーター等、ログを見ていれば引っかかりはしなかった類の代物である。

 

 少なくとも、何が起きたか分からないまま頭を撃ち抜かれる結果にはならなかった筈だ。

 

(今回は、こっちが風穴空けてやる……っ!)

 

 故に香取は、七海以上に茜へのリベンジに内心燃えていた。

 

 今度こそ、あの小柄な少女狙撃手を落とす。

 

 雪辱を晴らす為、香取は気を引き締めた。

 

「やるわよ。今度こそ、あいつ等に目にもの見せてやるわ」

 

 

 

 

『ごめん。やられちゃった』

「状況を聞く限り仕方ない。生駒さんの旋空は、避けようと思って避けられるものじゃないからな」

 

 七海は飛んで来る銃撃を回避しながら香取と若村と睨み合いつつ、緊急脱出した那須と通信を繋いでいた。

 

 那須からの報告で、生駒隊がフリーになった事は理解した。

 

 恐らく、遠からず生駒隊と接敵する事になるだろう。

 

 問題は、それを先延ばしにするかどうかである。

 

『七海先輩、そこから抜けるのはきつそうですか?』

「ああ、二人共上手い具合に俺を逃がさないよう立ち回ってる。メテオラで路地ごと吹き飛ばそうにも、下手に撃てば誘爆させられかねない。()()()じゃ、やれる事は限界があるな」

 

 そう、ワイヤー地帯自体は、炸裂弾(メテオラ)を使用すれば吹き飛ばせる。

 

 問題は、絶え間なく銃撃が飛んで来る現状では迂闊にメテオラを使えば誘爆しかねない事だ。

 

 目は大分慣れてきたし、ワイヤーの位置もそれなりに把握出来てきている。

 

 だが、若村が逐一ワイヤーを追加するので、中々思うように動けないのだ。

 

 どうやら香取隊は、若村と三浦の双方に『スパイダー』をセットして来たらしい。

 

 生駒隊のいる方のワイヤーを三浦が、この場のワイヤーを若村が張ったのだろう。

 

 ワイヤーの追加がなければ一息に斬り飛ばす事も考えたが、これではじり貧である。

 

 若村はあくまで援護に徹しており、実際に七海と戦り合っているのは香取の方だ。

 

 どうやら今回はログをきちんと見てきたらしく、『マンティス』を警戒して迂闊に踏み込んでは来ない。

 

 八方塞がり、と言って差し支えない状況だった。

 

『────けど、この状況は逆に利用出来ますね。七海先輩、こんな作戦は如何でしょう?』

 

 ────だがそれは、あくで()()()()の話である。

 

 状況が変わった今だからこそ、打てる手もある。

 

 那須が届けてくれたのは、何も凶報だけではないのだから。

 

 七海は小夜子の()()を聞き、隊の全員が同意を示した。

 

 これまでは良いようにやられたが、大人しくしているのはもう終わりだ。

 

 盤面を、動かす。

 

 そう決意して、那須隊は行動を開始した。




 生駒さんの旋空の速度については独自解釈です。

 作中でも鞘から居合い抜きしてる場面とそうでない場面があるけど、居合い抜きの方が速そうだよね、というお話。

 武人度マシマシなのがうちのイコさんなのである。

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