痛みを識るもの   作:デスイーター

104 / 487
香取隊⑨

 香取は、継続する膠着状態に苛立ちを感じ始めていた。

 

 別に、作戦が大幅に破綻したワケではない。

 

 むしろ、七海をこの場に押し留めるのは想定通りの結果である。

 

 七海をワイヤー地帯で抑え込み、救援に来た熊谷もしくは茜を討ち取る。

 

 それが、今回の作戦方針なのだから。

 

 既に三浦が隠岐を落として一点を獲得しているので、熊谷と茜の両方を落とせば三点を獲得。

 

 ついでに七海か南沢を落とせれば四点と、悪くない結果となる。

 

 B級上位ギリギリのポイントである香取隊としては、此処で得られる得点は貴重だ。

 

 ランク戦においてはその試合で最も多くのポイントを獲るに越した事はないが、別に一番になれずともポイントさえ充分な量を獲得出来ればそれで構わない。

 

 想定する四得点という数字は、地力の高い生駒隊や以前完膚なきまでにぼろ負けした那須隊相手と考えれば、悪くない数字である。

 

 作戦通りに進めば、決して届かない得点ではないのだ。

 

 問題は、生駒隊がフリーとなって時間がないというのに一向に熊谷も茜も姿を見せない事だ。

 

 染井や三浦に窘められはしたが、元々香取は気の長い方ではない。

 

 前回の那須隊相手の惨敗で自分を見詰め直し心機一転する事は出来たが、人の性格というものは早々変わるものではない。

 

 短気で逸りがちな香取の性質は、あくまで意識的に押し込められただけ。

 

 ゴールの見えているマラソン(過程)であれば気力も沸いて来るが、ゴールが不確かな走り込み(単純作業)ではペース配分が難しく、モチベーションも安定しない。

 

 元来、()()という事が苦手な香取である。

 

 ROUND5ではチャンスまでの道程が明確であった為問題とはならなかったが、()()()()という点では香取は那須隊の面々に及ばない。

 

 理屈では、分かっているのだ。

 

 今は逸らず、じっとチャンスを待つべきであると。

 

 もう、足踏みばかりで燻り続ける事は出来ないと。

 

 香取の理性は、それを受け入れていた。

 

 だが、感情となると話は別だ。

 

 香取は感情と理屈どちらかに重きを置くかと言えば、当然感情の方となる。

 

 そも、香取は()()の経験が足りない。

 

 幼い頃から要領が良く、勉学でも運動でも苦労知らずだった香取は、努力のやり方そのものがそもそも分からなかった。

 

 今は努力のやり方を人伝に学び、なんとか形にしている状態である。

 

 効率としては、悪くはない。

 

 元より、要領が抜群に良かった香取である。

 

 実力者との積極的な手合わせの経験は、確実に彼女を強くしている。

 

 しかし、それでもまだ彼女が心機一転してから10日ほどしか経過していない。

 

 たった10日の鍛錬で、劇的な実力向上を実現するのは流石に無理がある。

 

 確かに強くなってはいるが、実力差をひっくり返す程の成長かと言われれば疑問が残る。

 

 だからこその、『スパイダー』によるワイヤー地帯を用いた作戦を用意したのだ。

 

 自らを鍛えるのは、まず最初の()()()()

 

 努力しました、でも結果が出ませんでした、ではお話にならない。

 

 当たり前の話ではあるが、ずっと前から努力を続けていた者と、後から努力を続けた者であれば当然後者の方が不利になる。

 

 それは何故か。

 

 努力を始めるのが遅かった者は、()()()()という点で先を行く者に勝てないからである。

 

 自分が努力している間も、当然相手も努力する。

 

 同じように努力をしているのであれば、先に始めた方を追い越すには単純に()()()()()()()

 

 気合いだけでどうにかなるほど、勝負の世界は甘くはないのだ。

 

 鍛錬し、努力するのは当然として、現状を打開する具体的な手段を提示しなければ部隊そのものの変革など望むべくもない。

 

 だからこそ、香取隊は犬飼から提示されたスパイダーを使った策を受け入れた。

 

 …………香取も、分かってはいるのだ。

 

 まともに当たっては、今の自分達では那須隊には勝てないのだと。

 

 地力も、作戦立案能力も悉く上を行かれている。

 

 唯一勝てる所があるとすれば単騎の突破能力だが、それも七海がその気になれば幾らでも封殺出来る。

 

 今はワイヤー地帯という地の利を使って辛うじて拮抗しているだけで、ワイヤーがなくなれば瞬く間に前回の二の舞になるだろう。

 

 七海は、集団戦において容易には崩せない厄介な駒だ。

 

 彼は、強い。

 

 それはまず、認めなければならなかった。

 

 癪ではあるが、自分より強い者がいる事などとうの昔に知っている。

 

 風間は暗殺者の如き立ち回りで的確に急所を貫いて来るし、太刀川は扱いの難しい旋空弧月を二刀流でぶん回して剣の檻でこちらを斬り裂いて来る。

 

 三輪はムラッ気はあるが自分より上位の万能手であるし、加古は変幻自在の立ち回りで近付く事すら容易ではない。

 

 A級の面々は、どいつもこいつも化け物ばかりだ。

 

 そして、B級にもランク詐欺としか思えない面々が何人もいる。

 

 二宮と影浦に至ってはA級の実力をそのままB級のランク戦に持ち込んで来る反則のような存在であるし、生駒は冗談のような射程と速度で旋空を飛ばして来る本物の剣の達人である。

 

 ただ、そのような面々の中に七海の名前が加わっただけ。

 

 そう考えれば納得出来なくもないが、癪に障るのは確かである。

 

 七海を此処で抑え込む事が今回の作戦方針だが、香取自身としては此処で彼を仕留めておきたかった。

 

 そしてそれは、決して不可能ではないように思える。

 

 先程から七海を囲んでワイヤー地帯で動きを封じた上で攻め立てているが、一向に落とせる気配はない。

 

 けれど、いつもより七海の動きが鈍っているのもまた確かである。

 

 ワイヤー地帯では、彼の機動力を大幅に上げるグラスホッパーを迂闊には使用出来ない。

 

 下手に跳躍すればワイヤーに絡め取られ、そのまま香取達に押し込まれる危険があるからだ。

 

 同様に、メテオラでの地形破壊も使えない。

 

 何処にワイヤーが張ってあるか分からない上、今香取と若村は全力の銃撃で七海に防御を強いている。

 

 下手にメテオラのトリオンキューブを出せば、銃撃によって誘爆する危険がある。

 

 そして一度でもメテオラを使えば、即座に生駒に位置を補足される。

 

 七海が八方塞がりの状況である事は、間違いがないのだ。

 

 この状況を脱するには、仲間からの支援以外に有り得ない。

 

 故に、待つ。

 

 たとえ心が焦れようが、逸る気持ちを抑えきれずとも。

 

 待つしか、ない。

 

 その状況は、香取に多大なストレスを齎していた。

 

(早く、早く来なさいよ……っ! モタモタしてると、生駒隊が来ちゃうってのに……っ!)

 

 香取が、焦れる。

 

 だが、此処で逸ればこれまでの全てが無駄に終わる。

 

 一人で生駒隊を抑えた三浦の頑張りも。

 

 自分を見詰め直し犬飼に頭を下げて戦術を授かった若村の機転も。

 

 ポイントを大幅に犠牲にしてまで格上に挑み続けた香取の努力も。

 

 此処で逸って無茶をすれば、全てが元の木阿弥となる。

 

 それは、我慢ならない。

 

 自分は、自分達は、変わると決めたのだ。

 

 あの誓いを、嘘にはしたくない。

 

 染井の期待を、裏切りたくはない。

 

(よし……っ!)

 

 だから、香取は待った。

 

 焦れて、しかし逸る事なく。

 

 焦る心を抑え込み、香取はひたすら銃撃を続ける。

 

 そして、七海に気付かれぬよう周囲を注意深く見回した。

 

 何か、異常はないか。

 

 那須隊が来る、前兆はないか。

 

 空気に、殺気が漂っていないか。

 

 探る。探る。探る。

 

 染井が()()()()()と言った以上、那須隊は間違いなく此処に来る。

 

 自分が幼馴染(かのじょ)の言葉を疑う事など、あろう筈がないのだから。

 

(……っ! あれは……っ!)

 

 そして、気付く。

 

 路地の向こう、その曲がり角から。

 

 ()()()()()()()が、こちらに迫って来ているのを。

 

 那須は、既に落ちた。

 

 生駒隊の射手である水上も、同様に落ちている。

 

 つまり、あの弾丸を、曲射軌道を描く射撃トリガーを撃つ可能性のある人物は一人。

 

「来た……っ! かかったわよ……っ!」

「おう……っ!」

 

 熊谷友子。

 

 那須隊の攻撃手にして、ハウンドを操る弧月使い。

 

 遂に、遂に、那須隊がこの盤面に介入して来た。

 

 これこそ、好機。

 

 彼女達が、待ち望んでいた展開。

 

 香取は若村にこの場を任せ、グラスホッパーを使い一気に誘導弾(ハウンド)が飛んで来た方角へと跳躍した。

 

 後は、スピード勝負。

 

 七海が若村を突破するまでの間に、熊谷を仕留める。

 

 更に、此処に茜が狙撃してくるならしめたものだ。

 

 既に、シールドを張る準備はしてある。

 

 威力の低いライトニングを主武装とする茜の狙撃は、シールドの展開が間に合えさえすれば防ぐ事が出来る。

 

 前回のような、醜態は晒さない。

 

 茜の奥の手であるテレポーター狙撃にも、充分に注意を払う。

 

 それで、詰み。

 

 少なくとも一人はこの場で香取が落とし、上手くいけば残る一人も炙り出せる。

 

 そう考えて、香取は迷いなく熊谷の下へ向かった。

 

 向かって、しまったのだ。

 

「────メテオラ」

 

 ────────それこそが、七海達が狙っていた展開だと気付かずに。

 

「はぁ……っ!?」

 

 香取は、信じ難い思いに駆られていた。

 

 熊谷の下へ向かおうと跳躍した直後の、後方での爆音と光。

 

 それは間違いなく、高いトリオンを持つ七海が炸裂弾(メテオラ)を使用した証であった。

 

 香取が七海のマークから外れた、一瞬の隙。

 

 その隙を(あやま)たず、七海は特大のメテオラをその場で起爆したのだ。

 

 爆発によって、建造物ごとワイヤーが千切れ飛ぶ。

 

 その爆発から逃れる為、香取も若村も防御姿勢を取らざるを得ない。

 

 信じられない、と目を丸くしながらも。

 

(馬鹿なのこいつ……っ!? メテオラなんて使っちゃったら……っ!)

 

 

 

 

「そこやな」

 

 そして、その爆発の光は当然の如く戦場にいる一人の武人の目に止まる。

 

 男は、生駒達人は、納刀した弧月に手をかけた。

 

旋空弧月

 

 神速の刃が、再び戦場を席巻する。

 

 

 

 

 建物が、斜めに両断された。

 

 遠方から飛来した斬撃が、建造物をバターのように斬り裂き崩す。

 

 半ばで両断された建物は、轟音と共に崩れ行く。

 

 土煙が舞い、瓦礫が周囲に散乱する。

 

 その直後、二度目の拡張斬撃が更なる破壊を齎した。

 

「くっ、どうすんのよこれ……っ!? あいつ馬鹿なの……っ!? こうなる事は分かってたでしょ……っ!?」

 

 香取は盛大に七海を詰りながら、崩れた瓦礫に巻き込まれぬよう駆け続ける。

 

 グラスホッパーは、使えない。

 

 この状況で上に飛べばどうなるかなど、火を見るより明らかだ。

 

 今のメテオラ(いちげき)で、生駒は完全に香取隊の居場所に勘付いた。

 

 このまま旋空で建物を切り崩しながら、こちらに近付く寸法だろう。

 

 生駒は旋空の射程ばかりに着目されがちだが、その真価は接近戦での常識外れの剣速にある。

 

 まともに正面からやり合えば、香取にも七海にも勝ち目はない。

 

 だからこそ、生駒の存在が七海にメテオラ使用を禁じていた。

 

 その、筈だったのだ。

 

 あろう事は七海は自らその禁を破り、生駒にわざと居場所を喧伝した。

 

 まるで、()()()()()()()()()()()()()ように。

 

(……っ!? あいつは、七海は何処……っ!?)

 

 香取は、そこで気付く。

 

 旋空による地形破壊の混乱で、七海の姿を見失ってしまっている事に。

 

「葉子……っ!」

「────」

「……っ!?」

 

 だが、気付いた時にはもう遅い。

 

 七海は、既に香取の背後に降り立っていた。

 

「く……っ!」

 

 香取は即座にスコーピオンを肘から伸ばし、七海を迎撃する。

 

 だが、咄嗟のスコーピオンとはいえ七海にとっては()()()()()()()に過ぎない。

 

 身体を捻るだけで回避され、その手のスコーピオンが煌めいた。

 

「この……っ!」

 

 しかし、香取はそれにも反応してみせた。

 

 神業的な反射速度で後方を向き、手から伸ばしたスコーピオンで七海のスコーピオンを弾き飛ばす。

 

 そしてそのまま、七海の身体にスコーピオンを振り下ろした。

 

(獲った……っ!)

 

 今度こそ、香取は勝利を確信する。

 

 このタイミングなら、ガードは僅差で間に合わない。

 

 生駒を警戒して上に飛べない以上、グラスホッパーは使えない。

 

 落とせる。

 

 あの七海を、前回手も足も出なかった相手を。

 

 その昂揚が、香取を支配した。

 

「……え……っ!?」

 

 ────その手が、糸に絡め取られるまでは。

 

 七海に振り下ろそうとした右腕が、不意に上へと引っ張られた。

 

 錯覚、ではない。

 

 物理的に、()()()()()()()()()()のだ。

 

 彼女の頭上には、()()()()()()()()()()()()()()()がある。

 

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()が。

 

 七海がした事は、単純明快。

 

 ワイヤーの繋がった瓦礫を蹴り上げ、糸で香取の腕を釣り上げる。

 

 これだけだ。

 

 だが、それが致命の隙へと成り果てた。

 

「が……っ!?」

 

 七海の腕のスコーピオンの刃先から、新たな刃が牙を剥く。

 

 その刃は、『マンティス』は、香取のガードを潜り抜け、彼女の胸を貫いた。

 

「嘘……」

『トリオン供給器官破損』

 

 機械音声を聞きながら、香取はその眼を驚愕に見開いた。

 

 勝てなかった。

 

 努力したのに。

 

 作戦も練ったのに。

 

 あと少しで、自分の刃が届いたのに。

 

 そんな口惜しさが、彼女の心を支配していく。

 

「今回は、強かったよ。次を楽しみにしている」

「……っ!」

 

 不意にかけられた七海の言葉に、香取は息を呑む。

 

 それは、香取の力を認める言葉だった。

 

 燻り続けていた彼女が願って止まなかった言葉だが、よりにもよって七海にそれを言われた事で彼女の心に火を点けた。

 

 落ち込んでいた気持ちは天元突破し、ただただ悔しさと奮起する闘志が燃え上がる。

 

「この、覚えてなさいよ……っ! 次は、絶対勝ってやるんだから……っ!!」

『────緊急脱出(ベイルアウト)

 

 最後にそんな捨てセリフを残して、香取は戦場から離脱した。

 

 その顔は悔し気ながら、何処か晴れやかな様子だった。




 香取ちゃんを折るのが一度と誰が言った?

 香取ちゃんリベンジ、と題してはいたけど、リベンジが成功するかどうかはまた別の話。

 そして。

 ────香取ちゃんの出番が今回で終わりだとは、言った覚えがないですねえ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。