「此処で南沢隊員を若村隊員が、若村隊員を日浦隊員が落とした……っ! これで、残っているのは那須隊の三人と生駒隊長のみとなりました……っ!」
「上手くやったね、若村くん」
犬飼は笑みを浮かべ、若村を称賛する。
確かに落とされはしたが、此処で一点を追加で取れたのは大きい。
これで獲得ポイントは那須隊が3Pt、生駒隊が2Pt、香取隊が2Ptとなった。
香取隊の勝ちは既にないが、ランク戦は失点より得点が重要となる。
この一点は、確実に香取隊に貢献出来るポイントとなるだろう。
「無理に生駒さんや七海くんを狙わず、熊谷さんとかち合った南沢くんを横から落としたっていうのもポイント高いね。無理な相手に特攻するより、確実に一点を取る。あの状況下じゃ、理想的な動きだと思うよ」
「そうだね。ROUND3の日浦さんみたいにそのまま逃げ切る事までは出来なかったけれど、此処で一点取れたのは大きいよ」
二人の言う通り、もしも若村が七海や生駒などを狙っていれば、何も出来ずに落とされていた危険が高かった。
しかし若村は自分の実力不足を冷静に認識し、交戦中の南沢を
自分の実力を正しく認識し、やれる事をやるのもまた、ランク戦では重要な要素だ。
自らの実力を測れない者は、戦場に置いて適切な判断を下す事が出来ないからだ。
自身の力を過小評価して臆するのは論外だし、過大評価して隙を晒すのも頂けない。
自己の実力と自分が出来る事出来ない事の認識は、正確に行うべし。
これが、戦場での鉄則である。
若村は自身の力不足を認め、適切な選択を行った。
その判断は、称賛されて然るべきものである事に間違いはない。
「海くんは、攻撃に集中すると防御が少し疎かになる悪癖がある。それはそれだけ攻撃にのめり込めるって利点でもあるけど、今回はその脇の甘さを突かれたワケだ」
「それ込みで、南沢くんを狙ったって事だね。いやー、中々考えてるねえ」
にこにこと笑う宇佐美だが、彼女とて当然それくらいの事は承知している。
場を盛り上げる話題提供を行うのも、実況としての務めだ。
一度引き受けた以上、きちんと職務は遂行する。
そんな所にも手を抜かない、生真面目な宇佐美であった。
「そんな若村くんも、日浦さんのスナイプで落とされたワケだけど、あそこで日浦さんを使った事に関してはどう思う?」
「俺はあれで正解だったと思うよ。下手に若村くんを落とすのが長引けば、あそこに生駒旋空が飛んで来ただろうし。若村くんを発見し次第即座に狙撃で落とした判断は、間違っていなかったと思う」
けど、と犬飼は続けた。
「これで、那須隊全員の位置が生駒隊に割れた。もう、生駒さんが遠慮する必要はなくなったね」
「旋空弧月」
南沢脱落の報が届いた瞬間、生駒は即座に動いた。
七海が反応するよりも早く、弧月を抜刀。
生駒旋空を用いて、周囲の建物を纏めて斬り裂いた。
「……っ!」
両断され、崩れ落ちる建造物。
ガラガラと大きな音を立てて建物が崩れ落ち、建物の向こうにいた熊谷の姿が露わとなる。
「くっ、ハウンド……ッ!」
炙り出されてしまった熊谷は、逃走ではなくハウンド使用を選択。
生駒に向け、無数の
「────メテオラ」
更に、それと合わせる形で七海も極小の立方体へ分割したメテオラを撃ち放つ。
今度は威力重視ではなく、弾数重視。
たとえ先程のように両断されても誘爆で纏めて起爆されないよう、調整を加えた結果である。
これならば、そもそも斬撃を当てる事自体が難しいし目晦ましになればしめたものだ。
隙を作り出せれば、後はこちらのもの。
次の一手に、繋げる事が出来る。
「────旋空弧月」
────だが、生駒はその目論見の上を行く。
生駒は通常の旋空を連射し、自分が切り倒した建造物を更に無数に断ち切った。
その破片は斬撃の
後は、言うまでもない。
ハウンドもメテオラも、斬り分かたれた建物の瓦礫に直撃。
生駒に届く事なく、空気中へと霧散した。
「く……っ!」
此処に来て、威力を捨てて弾数を取った事が仇となった。
分割数を増やし過ぎた為に、その分威力が著しく減衰してしまったのだ。
「旋空弧月」
そして、そんな隙を生駒が見逃す筈もない。
「ぐ……っ!」
生駒旋空が再度放たれ、崩落した残骸ごと熊谷の胴を両断。
防御すら許さず、一撃で致命傷を与えた。
「ただじゃやられないよ……っ!」
だが、熊谷は戦闘体が崩壊する前に有りっ丈のトリオンを搔き集め、再度ハウンドを射出。
無数の光弾が、再び生駒に襲い掛かる。
「────メテオラ」
更に、七海もまたメテオラを使用。
ハウンドに対しシールドを張った生駒に対し、無数の炸裂弾が降り注ぐ。
「旋空弧月」
それに対し、生駒は先程と同じく撃ち落とすつもりなのか旋空の発射態勢を取る。
「……っ!」
それに気付いた七海は、即座に反転。
大きく跳躍し、生駒の射線から逃れていく。
生駒の旋空の起動時間は、0.2秒。
抜刀から攻撃完了まで、僅か0.2秒しかないのだ。
七海のサイドエフェクトは、攻撃が来る事が
斬撃であれば攻撃意思を持って振り下ろした瞬間に感知するし、狙撃であれば引き金を引いた瞬間に感知出来る。
つまり、七海のサイドエフェクトが彼の攻撃を感知するのは
斬撃や狙撃であれば、攻撃が到達するまでに若干の
だが、生駒旋空は攻撃開始から直撃までの時間が、恐ろしく短い。
故に、サイドエフェクトが感知してからでは間に合わない可能性が高いのだ。
だからこそ、七海は大幅な回避機動を選択した。
メテオラ諸共、両断される事を防ぐ為に。
「────」
「な……っ!?」
────しかし、生駒はそれを利用した。
旋空は、完全な
生駒が選択したのは、
固定シールドを張った生駒に、ハウンドが到達し少し遅れてメテオラも着弾。
二種の弾丸がシールドに衝突し、爆発が辺りを包み込む。
「────」
だが、シールドこそ罅割れているが生駒本人は無傷。
固定シールドは、その場から移動出来ない代わりに防御力を上げるシールドの特殊な展開法。
メテオラとハウンドの一斉掃射であろうと、一度であれば防ぎ切る。
故に、七海が狙ったのは着弾後の追撃。
爆破後に間髪入れずに追撃を行い、生駒を仕留めるハラだった。
けれど、それは生駒の旋空を囮とした戦法によって防がれた。
彼の狙いは、七海を即座の追撃が可能な位置から退避させる事。
だからこそ、旋空を囮として七海に退避を選ばせた。
「く……」
『戦闘体活動限界。
最後の一射すら凌ぎ切られた熊谷が、光の柱となって離脱する。
彼女の足掻きを以てしても、生駒は仕留め切れなかった。
矢張り、強い。
生駒旋空の射程や、剣術の腕だけではない。
こうしたクレバーさもまた、彼の強さを支える根幹なのだ。
「今ですね」
だが、その瞬間を逃さぬ者がいた。
彼女は、茜は、生駒の罅割れたシールドの穴に照準をセット。
閃光が、生駒の下へ放たれる。
それは、極小の隙を狙った致死の一撃。
たとえ威力の低いライトニングであろうと、急所を穿てばそれで終わる。
ライトニングは、その弾速こそが武器となる。
連射も可能なその手回しの良さは、彼女の適性と見事に合致した。
故にこそ、彼女はその愛銃で数々の相手を葬って来た。
チームメイトが作り出した隙を、逃さずに刈る無音の狙撃手。
それが、日浦茜。
那須隊の誇る、優秀な狙撃手である。
「────」
「え……っ!?」
────しかし、生駒はその思惑の上を行く。
生駒はその場で咄嗟に大きくしゃがみ、ライトニングの一撃を回避。
そしてその眼は、正確に屋上の
「ヘッドショット、狙い過ぎやで」
「……っ!」
そこで、気付く。
確かに、彼女はこれまで頭部────即ちトリオン供給脳を射抜き、相手を仕留めてきた。
けれどそれは裏を返せば、
そも、威力に乏しいライトニングで相手を倒すには一撃で急所を穿つ他ない。
故に、茜が狙うのは頭部か胸部。
そして、これまでの試合では主に額を狙う事で相手を仕留めていた。
逆に言えばそれは、頭部さえ守れれば茜の狙撃は防げるという事を意味している。
今までは、チームメイトが作り出した隙を正確に狙う事でその弱点を補って来た。
だが、今回はどうか。
確かに、茜はハウンドとメテオラの着弾で脆くなったシールドの隙間を狙った。
しかし、生駒の策によって七海は距離を取らされ、即座に追撃を放つ事が出来なかった。
もし、七海が追撃を行う事が出来ていれば、茜の狙撃を回避する暇は与えなかっただろう。
けれど、現実に追撃は放たれていない。
だからこそ、生駒に茜の狙撃を回避するだけの
「旋空────」
「……っ!」
茜は生駒の手が弧月の柄にかかった事に気付き、即座に横を向く。
そして、一瞬後にその姿が消失した。
瞬間移動のトリガー、テレポーター。
茜が、それを使用した瞬間だった。
これまでも、数々の場面でこの転移が彼女を支えて来た。
茜の、もう一つの切り札と言える。
「────弧月」
────だが、転移による回避は無駄に終わる。
生駒の旋空は、
「テレポーターの移動先は、視線の先数十メートル。そのくらい知ってるで」
「……っ!」
そう、テレポーターの最大の弱点────────それは、
テレポーターの移動先は、自分が視線を向けた先でなければならない。
そして、その最大移動距離は数十メートル程度。
即ち、生駒旋空の
この時この場において、茜は転移からの再狙撃を狙っていた筈だ。
故に、生駒旋空の射程内に────────
生駒はそれを理解した上で、茜の視界の先を纏めて斬り払った。
その結果、茜の胴体は斜めに両断される。
少女の奮闘が、空しく散る。
「まだ……っ!!」
だが、それで終わるような生易しい精神とは今の茜は無縁だった。
ライトニングから、数発の弾丸が撃ち放たれる。
脱落が決まった少女の、最期の足掻きか。
否。
それは違う。
茜は、無為に胴体を両断されたのではない。
逆だ。
つまり、
そも、テレポーターの弱点を彼女が知らないワケがない。
故に、転移して斬られる所までが彼女の想定内。
彼女は最初から、捨て身を承知で狙撃を敢行したのだ。
「けど、甘いで」
しかし、その程度は生駒とて想定していた。
彼は、前回の試合のログを────────即ち、
故に、いざとなれば捨て身で狙撃をして来る事くらい、彼は想定していたのだ。
シールドを張る事は間に合わずとも、発射地点が分かれば回避は可能。
生駒は体を捻り、頭部を狙った一撃を回避した。
足や腕を狙った弾丸は、紙一重の差で展開完了したシールドで防御。
少女の奮闘は、無為に終わる。
「────ふふ」
「……っ!」
だが、茜の顔に浮かんだ表情は悔恨ではない。
それは綺麗な、しかし不敵な笑みだった。
生駒は、そこで自らの勘が疼くのを察し振り向いた。
茜が放ち、生駒が回避した弾丸の先。
そこには、
「置きメテオラ……っ!?」
そう、生駒に回避される事など承知の上。
茜が本当に狙っていたのは、このトリオンキューブ。
狙い過たず弾丸はメテオラのトリオンキューブに着弾し、起爆。
『戦闘体活動限界。
茜の緊急脱出が、奇しくもその時告げられる。
瓦礫に隠されていた無数のトリオンキューブが誘爆し、連鎖的な爆発が周囲を包み込んだ。
「うおお……っ!? なんちゅう事すんねん……っ!」
生駒は間一髪でシールドを張り直し、爆発から身を守る。
最初から、これが狙いだったのだ。
考えてみれば、七海は生駒が来るまでこの場で待ち続けていた。
それは裏を返せば、
熊谷のハウンドも、七海の動きも、茜のテレポーターも。
その全ては、置きメテオラの存在を隠す為。
この状況に追い込む事こそ、彼等の狙いだったのだ。
固定シールドを再び展開した事で、シールドこそボロボロになったものの生駒は傷を負っていない。
(つまり、この瞬間の追撃こそあいつ等の狙いや……っ!)
爆発に巻き込む、くらいで七海達が満足する筈がない。
確実に、生駒が身動きが取れないこの瞬間を狙って来る筈だ。
その時、横目に何かが映る。
振り向けば、そこには爆煙に紛れるようにバッグワームがはためくのが見えた。
「そこやな」
生駒は、即座に旋空を一閃。
そのバッグワームを、一息で両断した。
「な……っ!?」
そう、
最初から、このバッグワームは囮。
瓦礫を重石にして投擲した、七海の身代わり。
「が……っ!?」
────────それに気付いた時には、手遅れだった。
度重なる攻防の末に生駒が見せた、一瞬の隙。
その隙を、音もなく背後に忍び寄った七海が伸ばしたマンティスが突き穿つ。
熊谷や茜の援護があったからこそ、辿り着けた一撃。
その一撃が、生駒の胸を貫いた。
『トリオン供給器官破損』
機械音声が、生駒の致命傷を告げる。
生駒は振り向き、己にトドメを刺した少年を見据えた。
「完敗やな。けど、次は勝ったるで」
「それは、こちらの台詞ですね」
「それ、さっきも聞いたわ。けど、してやられたのは確かやな」
生駒は自身の敗北を認め、笑う。
『戦闘体活動限界、
そして、終幕。
機械音声と共に、生駒は光の柱となって消え失せる。
B級ランク戦、ROUND6。
その結末が、決定した瞬間だった。
イコさん撃破。難産でしたが、なんとか終わりましたね。
イコさんは剣術の達人である事や割とクレバーなトコをピックアップしたつもりです。
次回は総評