痛みを識るもの   作:デスイーター

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戦い終わって

「皆、お疲れ様。今回は真っ先に落ちちゃってごめんね」

 

 那須は隊室で皆を労いつつ、そう言って頭を下げる。

 

 そんな那須の頭を、七海が優しく撫でた。

 

「いや、そんな事はない。玲は、きちんと自分の役割を果たしてくれた」

「そう、かな……?」

「ああ、あの戦闘データがあったからこそ生駒さんを倒す道筋を形に出来た。玲の奮闘は、決して無駄にはなっていない」

 

 那須はされるがままに七海に頭を撫でられながら労いの言葉をかけられ、擽ったそうに笑みを溢す。

 

 他のどんな妙薬よりも、七海の言葉が那須にとって一番の()になる。

 

 それは、この場にいる誰もが理解している事だった。

 

「そうですよ。那須先輩が真っ先に生駒さんと戦ってくれたから、あの勝ち筋に繋げられたんですし」

「そうよ。玲の戦いを笑う奴なんて、此処にはいやしないわ」

「有意義な戦闘データが取れたのは事実です。むしろ、あの生駒先輩相手によくやったと誇るべき所ですよ」

 

 他の面々も、口々に那須の健闘を称える。

 

 確かに那須は那須隊の中でも真っ先に落ちはしたが、生駒隊の足止めを行い、生駒の生の戦闘データを持ち帰るという大役をこなしてくれた。

 

 那須が獲得した戦闘データがなければ、あの最後の攻防に競り勝つ事は出来なかっただろう。

 

 点を取れずとも、部隊に貢献する方法は幾らでもある。

 

 そういう意味で、今回の那須の戦いは好例と言えた。

 

 情報は、戦いに置いて最大の武器。

 

 情報の有無や真偽次第で、戦況は幾らでもひっくり返る。

 

 その大事な情報を持ち帰った事こそが、今回の那須の()()と言えるだろう。

 

「ん……」

「七海先輩、なんか那須先輩がトリップしてるのでそのあたりで。続きは家でやって下さい」

「ん? あ、ああ」

 

 七海に好きに撫でさせていた那須の顔が赤みがかっているのを見て、小夜子がジト目で七海に進言する。

 

 言われて初めて気付いたといった風の七海は少々名残惜しそうにしながらも那須の頭から手を離し、撫で撫でタイムを中断された那須は多少頬を膨らませて小夜子を見て────固まった。

 

 小夜子はにこにこと笑みを浮かべているが、その眼は全く笑っていない。

 

 彼女の眼を見た那須は、「私への当てつけですか良いご身分ですねこのヤロウ」という幻聴が聞こえた気がしてぶんぶんと首を振った。

 

 恐る恐る小夜子の顔を見直すと、そこには普段通りの笑みを浮かべる小夜子の姿。

 

 杞憂だったか、と胸を撫で下ろす那須を見て小夜子はなんとも言えない目を向けていたが、幸いその事は那須は気付いていないらしい。

 

 代わりに、偶然その眼を見てしまった茜は言い知れない恐怖を感じて固まった。

 

「…………大丈夫大丈夫、舌打ちなんて聞こえてないです私は何も見なかったですよしそういう事にしよう私は何も見なかった……」

「…………茜? どうかした?」

「うぇっ!? い、いや、なんでもないですってははは……」

 

 ぼそぼそと何かを呟く茜を不審に思った熊谷が声をかけるが、それに気付いた茜は全力ですっとぼけた。

 

 何故小夜子にあんな恐怖を感じたかは定かではないが、これは踏み込んで良い事ではないと茜の直感が全力で訴えていた。

 

 触らぬ神に祟りなし。

 

 茜は今日、その言葉の意味を真の意味で知ったのだった。

 

「しっつれいしまーす……っ! 七海くん、いるー?」

「あ、宇佐美さん。こんにちは」

 

 そんな時、明るい調子で声をかけながら隊室に入って来た宇佐美に茜は心底感謝した。

 

 先程察知してしまった奇妙な空気が、その時霧散するのを感じたからだ。

 

 宇佐美は人知れず茜に感謝されている事など知る由もなく、満面の笑みで七海に語り掛けた。

 

「今日も凄かったねー、七海くん。あたしの解説聞いてたー?」

「試合終了後のものは聞かせて頂きました。試合中のものは後で内容を聞いてみようかと」

 

 そっかそっかー、と宇佐美は頷き、不意にポン、と手を叩いた。

 

「あ、そうだ。なら桜子ちゃんが試合解説の音声データ持ってるから、直接聞きたいなら頼んだげるよー? そっちの方が手っ取り早いでしょ?」

 

 通常、チームランク戦のデータで公的記録として残されるのは試合内容のみで、解説の音声はその対象外である。

 

 だが、その解説の生音声を毎回記録し、自室でそれを聞いて悦に浸るという趣味を持った変人が一人いる。

 

 ランク戦の実況解説システムの立役者、武富桜子である。

 

 彼女の部屋にはこれまでのランク戦の解説音声のデータが全て揃っており、ランク戦が開催される度にそのデータは増え続けている。

 

 宇佐美の言う通り、桜子が了承さえしてくれればそのデータを直に聴く事が出来るだろう。

 

 問題は、彼女が首を縦に振るかどうかである。

 

「大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫。あたし、これでもオペレーターの中じゃ頼れる先輩で通ってるからねー。玉狛に来る前に割と話してたし、平気だって」

 

 にこりと笑う宇佐美は、確かに彼女の言うように玉狛支部に転属するまでは本部で風間隊のオペレーターをやっていた。

 

 割と交友関係は広かったらしいし、色んな意味で顔が効くのだろう。

 

 七海もどうせ解説を聞くなら直接の音声データを聞きたかった所なので、此処は素直に彼女の厚意に甘える事とした。

 

「なら、お願いします」

「おっけー。了解取れたら連絡するねー」

 

 宇佐美は携帯で即座にメッセージを送信すると、さて、と一言告げ改めて七海に向き直った。

 

「今回も大勝利、おめでとー。レイジさんが玉狛でお祝いしてくれるって言ってるけど、来て貰っていいかな? 勿論、皆一緒にさ」

 

 

 

 

「無事勝利、おめでとう~。好きに食べてね~」

 

 エプロンを付けた迅が料理の乗った皿を七海達の下に運びながら、そう言って笑みを浮かべた。

 

 玉狛支部に着いた七海達を待っていたのは、既に用意されていた湯気の立つ美味しそうな料理の数々と、玉狛の面々による歓待だった。

 

 那須隊の面々も来る事もあって今回は洋風な感じで纏めたらしく、野菜をふんだんに使ったポトフやクリームシチュー、フィッシュアンドチップスやシーザーサラダ等野菜中心のメニューが並んでいる。

 

 肉類が好きな熊谷向けにローストビーフやステーキなんかも揃えられており、七海用に味の濃さを調整した特製の料理も用意されている。

 

 色んな意味で、至れり尽くせりな食卓だった。

 

「あ、美味しい……」

 

 ムール貝のムニエルを食べた那須の口から、ぽろりとそんな感想が零れ出る。

 

 しっかりバターの風味が効いた貝の濃厚な旨味が口一杯に溢れ、魚介類特有の生臭さなんかも感じ取れない。

 

 玉狛支部の凄腕家政父、レイジの面目躍如である。

 

「そうやろそうやろ。レイジさんの料理は一級品やで」

「…………それで、何故生駒さんが此処にいるのかを聞いても?」

 

 …………問題は、そんな七海の隣でぱくぱく料理を食べている生駒の存在である。

 

 生駒は玉狛支部所属でも、那須隊の所属でもない。

 

 ランク戦を通じて交流があったりリアル居合い抜きを見せて貰った程度の付き合いはあるが、その程度。

 

 村上と違って、プライベートではそこまで仲が良い方ではない。

 

 あまりにも堂々と食卓に着いて食事をしていたものだから、七海としても突っ込むタイミングを失ってしまっていたのである。

 

「迅がな、誘ってくれたんねん。なんや一緒に料理を食べる未来が見えた言うて此処まで連れて来たんはこいつやで?」

「イコさんが君を労おうと、食事に誘う未来が見えたんでね~。折角だから一緒に呼んじゃえばいいじゃんと思って呼んじゃいました」

「そういうワケや」

 

 こいつのやる事にいちいち驚いてたらキリないでー、と妙に親し気に迅と肩を組む生駒。

 

 そういえば、と七海は気付く。

 

 迅も生駒も、共に歳は19歳。

 

 同じ19歳組の嵐山とも仲が良い事を考えれば、生駒はむしろ迅の友人として此処に来ているのかもしれない。

 

 ならば、余計な事を言うのは野暮だろう。

 

 問題があるとすれば、今日の食事会は七海達が生駒達に勝利した事を祝う席であるという事だが……。

 

「ん? ああ、別に負けた事は気にしてへんで。あ、いや、気にしてるけど別に悪う思ったりはしてへんで。悔しくはあったけど、恨んだりはしてへんからなホンマに」

「あ、いえ……」

 

 そんな七海の反応が気にかかったのか、生駒が慌ててフォローして来る。

 

 そんな二人を見て、迅は苦笑を浮かべた。

 

「イコさんは、一度負けたくらいで根に持つような性格じゃないよ。勝負は勝負、ってね」

「そやそや、別に反則使われて負けたワケでもなし、恨むなんて筋違いや。ま、次は負けへんけどな」

「はい、こちらこそ」

「お、言うよるなあ自分。でも、そんくらい気合い入った方がええやろ」

 

 その方がこっちも遣り甲斐がある、と生駒ははっはっは、と笑う。

 

 別段、今日の敗北を引きずる様子はない。

 

 色々な意味で、清々しい男であった。

 

「最初は、水上達も誘お思たんやけどな。全員揃って用事がある言うねん。なあ迅、酷いと思わへんか?」

「まあ、生駒隊の皆が此処に来る未来は視えなかったし、都合があるなら仕方ないんじゃない?」

「ま、そうやな。人間用事が重なる事の10回や20回普通にあるわな。俺が誘う度に用事があるちゅうのが多いから、てっきりハブられでもしてんのかと思たわ」

 

 実際は、違う。

 

 生駒がいつも生駒隊の面々を誘って断られているのは、決まって迅絡みの事だけだ。

 

 水上を初めとした生駒隊の面々にとって、迅は()()()()()でしかない。

 

 そこまで親しくもない自分達が付いて行って、友人同士の交流に水を差すのも気が退ける。

 

 そう考えた彼等は善意で生駒の誘いを断っているのだが、生駒はその意図を察する事なく事あるごとに生駒隊の面々を迅の誘いに同行させようとしてきた。

 

 生駒にとって迅は身内同然の相手であり、気心の知れた仲だ。

 

 黒トリガーを持つS級隊員、という仰々しい肩書きを持つ迅だが、生駒にとっては友人の一人でしかない。

 

 密かに迅の良さを他の連中にも喧伝出来ればな、と思っているのは生駒の中だけの秘密────────と、見せかけて迅は当然知っている。

 

 なんだかんだ、良い関係なのだ。この二人は。

 

「しっかし七海もそうやけど、日浦ちゃんも凄かったで。転移しながら狙撃とか、隠岐でも中々やれんで」

「あ、はい、ありがとうございます。えへへ」

 

 試合では自分を両断してのけた相手からの心からの称賛に、茜は頬を緩めた。

 

 生駒は那須隊の身内ではない為、極めて客観的に試合内容を吟味している。

 

 だからこそ、そこには気遣いや脚色の入る余地はない。

 

 ありのままの本心で、掛け値なしに言われた称賛。

 

 それが、嬉しくない筈がないのだ。

 

 にこにこと笑う茜を見て、生駒は動きを止めた。

 

「…………アカン、可愛過ぎやろこの子。大丈夫かこれ? 事案案件とはちゃうよな?」

「大丈夫大丈夫。間違っても事案なんかには成り得ないって」

「そか?ならええわ。俺の顔面で下手に女の子に近付いたら通報ものやさかいな」

 

 微妙にズレた事を言いながら、生駒は食事に戻った。

 

 一心不乱に料理を口にしているが、量の割には食事が減っていない。

 

 元々、生駒の食欲を考慮した上で作られたに違いない。

 

 その程度、迅にしてみれば朝飯前である。

 

「詳しい事は分かりませんが、心配はないと思います。生駒さんは話し易い方ですし、大丈夫ではないかと」

「お、おう……」

 

 七海のフォローに、何故か言葉を詰まらせる生駒。

 

 生駒は「迅、ちょお来い」と迅を引っ掴んで廊下まで来ると胡乱な眼を彼に向けた。

 

「のう迅、七海なんなん? 全自動キュン死発生器とかそんなやつかいな? なんで男のキュン死ポイントを的確に突いてくるの、あの子?」

「本人の自覚がないだけで割と気配り上手だからねえ、七海は。こっちの欲しい言葉を的確にくれるというか、フォローが上手いんだよねあの子」

 

 

 迅はふと、これまでの七海と自分のやり取りを想起する。

 

 あの屋上での懺悔の時も、七海は迅が本当に欲しかった言葉をくれた。

 

 人の心を的確に刺激する才能が、七海にはある。

 

 もし、那須がいなければそのスキルの所為で八方美人状態になっていた可能性もなくはない。

 

 それだけ、七海の何気ない一言というのは破壊力が高いのだから。

 

「ん……?」

「おや、次の組み合わせが決まったようだね」

 

 携帯端末に、メッセージが届く。

 

 時刻を見てみれば、確かにランク戦の夜の部が終了した時刻である。

 

 部屋に戻ってみると、それに気付いたのか七海達も携帯端末を凝視していた。

 

 B級ランク戦、ROUND7

 

 B級暫定二位:『那須隊』

 B級暫定五位:『弓場隊』

 B級暫定六位:『王子隊』

 

 上記の隊により、試合を行うものとする。

 

 携帯端末には、そう表示されていた。




 陽太郎も出そうと思ったけど出す時間がなかった。後に持ち越しかなあ。

 てなわけで次はこの組み合わせです。

 今回は前回と違って一週間も作中時間が空いてないんで幕間はそこまで長くはならない、筈。

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