痛みを識るもの   作:デスイーター

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日浦茜と那須隊

 日浦茜は、自分の所属する那須隊が大好きだ。

 

 まず、彼女を那須隊に引き入れてくれた熊谷友子は尊敬できる先輩だ。

 

 多少ざっくばらんな所はあるものの、実は意外な程女性的な面もあり、()()()()()()()()として姉のように慕っていた。

 

 オペレーターの小夜子も当初はとっつき難かったが、最近では一緒にゲームをしたりアニメをしたりして交流を深めている。

 

 熊谷達は専ら格闘ゲームが好きなようだが、茜はどうやらそういった方面のゲームに関するセンスはないらしく、恋愛ゲームなんかを主に楽しんでいた。

 

 自分がゲームをしている横で小夜子が面白がってあれこれ解説して来るので色々と台無しになったりはするが、なんだかんだ楽しめているので良しとする。

 

 狙撃手故なのか、唯一シューティングゲームでは好成績を収めていたが、そういった方面になると那須が格闘ゲーム以上に大暴れするので、結局は二位止まりだった。

 

 まあ、那須隊に入った当初は那須とゲームで遊ぶ事になるとは夢にも思わなかったので、これはこれで楽しめている。

 

 その隊長の那須は信じられない程の美人で物腰も柔らかく、女性としての理想を体現している存在と言っても過言ではない。

 

 熊谷などは「玲は結構怖い所があるからね」と言うが、茜にとってはいつも微笑みかけてくれる優しい先輩なので、その()()とやらを実感した事はない。

 

 確かにランク戦なんかでは縦横無尽に跳び回って相手を翻弄する実力者だが、その強さに憧れる事はあっても怖いと思った事など無い。

 

 その旨を熊谷に話したところ、大きな溜め息と共に「茜はそれでいいや」と言われたので首を傾げたが、まあ良しとする。

 

 そして、最後の一人。

 

 那須隊唯一の男性隊員にして、隊長である那須の幼馴染、七海玲一。

 

 男の人にしては全然荒っぽさがなくて、真面目で誠実、顔立ちも整っている。

 

 本人は自分の容姿について自覚はないみたいだが、充分美形と言える顔だ。

 

 顔立ちが整っている割に筋肉なんかはしっかり付いていて、スマートな運動選手みたいな印象を受ける。

 

 運動部でエースを張っていても違和感がないくらいには、彼の身体つきは運動向けに鍛えられていた。

 

 どうやら玉狛支部の木崎レイジと一緒にちょくちょく走り込みをしているらしいので、その所為もあるかもしれない。

 

 しかし、本人は運動部に所属するつもりはないらしい。

 

 勿体ないとも思うが、彼の事情を知れば致し方ないとも言える。

 

 …………七海玲一は、『無痛症』という病を患っている。

 

 本当に()()としての症状なのかは分からないとの事だが、その所為で彼は痛覚がないとの事だった。

 

 それを最初に聞いた時は「痛い思いしなくていいんじゃ……」と考えたら、その実態は全く違った。

 

 痛覚がないという事は、触覚がないという事を意味している。

 

 つまり、茜が普段感じている物を掴んだ感覚や、風を切って走る感覚、更には味覚なんかも彼は一切感じ取る事が出来ていない。

 

 そのハンデを乗り越える為、彼は日常的にトリオン体を使用している。

 

 戦闘用のものではなく、あくまで日常を不便なく過ごす為のものであるが、それを以てしても完全に感覚を取り戻せているワケではないらしい。

 

 周りに人がいる状態ならばともかく、一人で過ごすには無痛症の身体は不便に過ぎる為、七海は一人きりでいる時は大体トリオン体で過ごしている。

 

 レイジと走り込みを行う時は生身でなければ意味がない為普通の身体でやっているが、それもレイジが傍で付きっ切りで危険がないか確認しているからこそ行える事だ。

 

 本当であればそこまでしなくてもいいらしいが、どうやらそうでもしないと那須からの許可が下りないらしい。

 

 那須はとにかく七海に危険が及ぶ事を嫌っていて、最初は七海が生身で走り込みをすると聞いた時もいい顔をしなかったらしい。

 

 レイジが根絶丁寧に説明して条件付きで折れたとの事だったので、その心配性は相当なものだ。

 

 しかし、茜にはそんな那須を責める事は出来なかった。

 

 那須と七海の過去については、聞いている。

 

 七海は四年前の大規模侵攻の時、那須を庇って右腕を失いそんな彼を助ける為に七海の姉はその命を投げ出した。

 

 那須はその時の体験で、七海が傷付く事に対し心的外傷(トラウマ)を抱えているらしい。

 

 熊谷からそう聞いたので、間違いない筈だ。

 

 だから他人よりちょっと心配症でも、仕方ないと思うのだ。

 

 それに、茜から見ても那須と七海はお似合いのカップルだった。

 

 どうやら正式に付き合っているワケではないらしいが、茜の眼には二人は()()()()()()()()()()()()()に見えたのだ。

 

 熊谷にその事を話すと難しい顔をしていたが、それが何故かは分からない。

 

 「まだあいつらはそういう段階じゃないよ」と言っていたが、茜にはその意味を理解出来なかった。

 

 狙撃手の師匠である奈良坂透(ならさかとおる)にも聞いてみたのだが、彼は「俺が言うべき事じゃない」とはぐらかすだけだった。

 

 彼は那須の従兄弟でもあるそうなので何か知っているのかと思って聞いてみたのだが、上手くいかないものである。

 

 ともあれ、そんなこんなで茜にとって那須隊の面々は各々違った魅力のある素晴らしい先輩達と言えた。

 

 休日になるとちょくちょく那須の家でお泊り会が開催されるし、普段から小夜子の家や隊室でゲームに興じたりもしている。

 

 茜は、そんな那須隊の空気が好きだった。

 

 確かに狙撃手なんて事をしているし、『近界民』相手に戦うのが怖いと思う事もある。

 

 けれど、それでもこの『ボーダー』での毎日は彼女にとって欠け替えのない()()なのだ。

 

 両親はそんな茜の事をしきりに心配して度々『ボーダー』を辞めたらどうかと口にして来るが、彼女にとってはその選択肢は有り得ない。

 

 今の居場所を捨てるなんて、考えた事すらない。

 

 なので、両親が安心出来るようにB級の中でも上位に食い込んでそれを説得材料にする。

 

 そうでもしないと、何か切っ掛けがあれば両親は茜を連れて引っ越しでもしかねない。

 

 それだけ、両親の茜への気のかけ方は真に迫っていた。

 

 …………勿論、自分の心配をしてくれての事なのは分かっている。

 

 両親が嫌いなワケでもなかったし、むしろ自分に充分以上の愛情を注いでくれた素晴らしい親だとも思う。

 

 けれど、それでは駄目なのだ。

 

 確かに、『ボーダー』の任務に危険がないとは言わない。

 

 『緊急脱出(ベイルアウト)』システムがあるからと言って、戦場に出る以上絶対安全とは言い切れない。

 

 だが、それを言うなら一般市民だって危険がないというワケじゃない。

 

 世間は三門市に限定して『近界民』が出現していると認識しているが、他の地域でも『近界民』が出現しないワケではない。

 

 三門市の出現数が異様に多いだけで、他の地域でも『近界民』が密かに人々を連れ去っているらしい。

 

 つまり、『ボーダー』を辞めて一般人に戻るという事は、自分から武器を手放し何の保証もない場所に行くようなものだ。

 

 ならば極論、このまま『ボーダー』に所属して自衛出来る力を持っていた方が安全だし、何より身近な人を自分の手で護る事が出来る。

 

 だから、茜は『ボーダー』に、『那須隊』にいたかった。

 

 那須達がランク戦で上位を目指しているのは、つまるところ茜の為でもあった。

 

 他にも上を目指す目的はあるのだろうが、茜の存在がその一つである事は間違いない。

 

 彼女達は茜の意志を尊重し、彼女が自分達と共にいられるように全力を尽くしてくれている。

 

 それなら、茜とて全力を尽くすだけだ。

 

 彼女達と変わらぬ日常を過ごし続ける為に、出来る事は全部やる。

 

 今期のランク戦からは七海も隊に加入してくれるので、充分上位を目指せる芽はある筈だ。

 

 師匠の奈良坂にその旨を伝えてこれまで以上に指導を厳しくして欲しいと伝えたところ、彼は「分かった」とだけ言って訓練のメニューを増やしてくれた。

 

 言葉少なな先輩ではあるが、面倒見の良い人である事は弟子である茜が一番良く分かっている。

 

 そうして茜は今期のランク戦に向けて、それまで以上に熱心に訓練をこなしていた。

 

 那須と七海、そして志岐が立てた作戦の中では、茜の技量が重要視されるものもある。

 

 自分に期待してくれている以上、茜はその期待に全力で応える所存だった。

 

 …………そういった努力が実を結んだのか、茜の狙撃トリガー『ライトニング』のポイントは10月1日で8015ポイント(マスタークラス)となった。

 

 数字が全てとは言わないが、自分の努力が実を結んだのだと思うとそれを明確な形で表しているようで嬉しかった。

 

 当然、茜は真っ先に那須隊の面々に報告しに行った。

 

 すると那須が「じゃあお祝いをしましょう」と言って家に招き、豪勢な食事会を開いてくれた。

 

 その時は普段は家から出ない小夜子もやって来て、皆で茜のマスタークラス到達を祝福してくれたのだ。

 

 この時、茜は改めて自分の居場所は此処にあるのだと強く感じた。

 

 熊谷も「よくやったぞ、茜」と褒めてくれたし、那須も「おめでとう、茜ちゃん」と言ってくれた。

 

 いつもいじわるな小夜子もこの時ばかりは「おめでとうございます」と言ってくれたし、七海は「頑張ったな」と頭を撫でてくれた。

 

 その様子を見ていた熊谷がなんとも言えない顔をし、那須はニコニコと笑っていた。

 

 その時、少しだけ那須の笑顔が怖く見えたのは内緒だ。

 

 きっと、気の所為だろう。

 

 あんなに優しい那須から、寒気のようなものを感じたなど勘違いに決まってる。

 

 熊谷がそんな茜の様子を見て深々と溜め息を吐いたのだが、茜にはちっともその理由が分からなかった。

 

 小夜子からは何故か羨むような視線を感じた気がするが、多分自分ばっかり七海に構って貰えているように見えたからだろう。

 

 その後はさり気なく小夜子の方に七海が向かうようにしたら嬉しそうにしていたので、きっとそうだ。

 

 その後那須から妙な視線を感じた気がしたが、まあ気の所為だろう。

 

 ともあれ、ランク戦に向けた準備は順調と言って良かった。

 

 小夜子が七海のオペレートを問題なく出来る事も分かったし、部隊での連携も確認出来た。

 

 明後日には、今期のランク戦が開始される。

 

 前回は那須の不調もあってB級中位最下位という残念な成績に終わったが、今期の那須隊は一味違う。

 

 新しく加入した七海によってこれまで那須隊が抱えていた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という弱点が解消され、各々の能力も前回よりも更に上がっている。

 

 何より、七海はチームランク戦の参加は今回が初めてだ。

 

 個人戦は結構やっているようだが、チームでの戦いでの七海の力はまだ誰もが初体験の筈である。

 

 このあたりの理屈は師匠の奈良坂から教授されたのだが、茜も七海の加入が大きな武器であるとは思っていたので納得していた。

 

 意気軒高、気合充分。

 

 今の自分達を表す言葉は、まさにこれだろう。

 

 意味は良く分かっていないが、リーゼント頭の狙撃手の先輩がそう言っていたので多分そうなのだろう。

 

 意味を説明して貰おうとすると何処かに行ってしまったが、特に気にしてはいなかった。

 

 自分達は、今期のランク戦で上位を目指す。

 

 B級上位に入るだけではなく、叶うのならば不動のNO2に狙いを定めたい。

 

 七海がそう言っていた以上、茜もそれに否はない。

 

 ランク戦まで、あと二日。

 

 那須隊の面々は、その全員が来るべき本番に向けて昂揚していた。




 茜ちゃんマスターランク到達。原作ではポイントは不明ですがマスターではなさそうだったので、この作品世界ではこうしました。

 七海加入という切っ掛けもあって良い刺激になったということで。

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